時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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夕方もう一話投稿します


55話 輝く星々のかなたより その12 シリウス星域の決戦 終篇

 

 

「先覚者はつねに理解されぬもの」

……『先覚者的着想と芸術的構想 ―ウィレム・ホーランド、四つの戦い』より

 

 

「戦略と戦術の区別をつけなきゃいけないよ。ユリアン」

……いつかどこかで、とある歴史家志望の軍人の言葉

 

 

 

 

ホーランドは赤色の艦艇を率いて、〈蛇〉の群れの中を駆け抜けた。

ミサイルもビームも無制限に撃ちまくり、一部僚艦が〈蛇〉の体当たりで脱落しても意に介さなかった。

 

ホーランドの率いる部隊は旗艦であるエピメテウスII以外はすべて無人艦から成っていた。

ホーランドはそれらの艦艇を赤く塗装し、古代の精鋭部隊にあやかって「アカゾナエ」と称した。オリオン連邦帝国の黒色槍騎兵艦隊に対抗してのことで、目立つことが目的だった。

通信妨害の中でも、ホーランドが艦隊運用に困ることはなかった。すべての艦がエピメテウスIIの機動に追随し、敵が有効射程にいれば自動的に砲撃を仕掛けるよう、予め行動をプログラムされていたからである。

 

副官のエリクセン中佐がホーランドに注意を喚起した。

「補給が途切れたら捕捉されて全滅させられます!」

 

ホーランドは白い歯を見せ、獰猛に笑った。

「構わん!後のことは考えなくていい!」

 

 

危機を脱したヒューベリオンでは、将兵達が戸惑いを抱えていた。

同盟軍のホーランド提督が何故この場にいるのかわからなかったからである。

 

ヤンは、スールズカリッターに助け起こされた。

「やれやれ、助かったな。本来はもう少し到着が遅くなるはずだったのだけど」

 

スールズカリッターはヤンの口ぶりに驚いた。

「この事態を予想されていたのですか!?」

 

「予想も何も、私が呼んだのだからね」

 

「えっ!?策はなかったのでは?」

 

「戦術レベルの策はね。戦略レベルではまた別だよ。だから機を待つと言ったのさ」

 

スールズカリッターは不審に思った。

「どうして教えてくれなかったのですか?」

 

「〈蛇〉は人を取り込む性質を持っている。取り込まれた将兵から秘密が漏れるのを恐れたんだ。だから、知っていたのはオーベルシュタイン中将、各艦隊の司令官と参謀長ぐらいさ。ミュラー司令長官戦死の報を聞いた時は正直焦ったよ。彼に戦死されるのも困るが、彼か参謀長が捕まって情報が漏れてしまったらそれはそれで困るからね」

 

「そうだったのですね」

副官の自分にさえ教えてくれなかったことに対しては不満もあったが、ひとまずは納得せざるを得なかった。

 

「もう一つ、戦いの中で高級士官が取り込まれた時に、私に策がないとユリアンに思わせて誤断を誘う意図もあった。でも、これはとんだやぶ蛇になってしまったね」

 

〈蛇〉だけに、とは、流石のヤンも艦橋に漂う微妙な雰囲気を察して言わなかった。

 

ヤンは頭を下げた。

「みんな、秘密にしていて申し訳なかった。しかし、〈蛇〉に情報を漏らさないために必要な対応だったんだ」

頭を下げるなど司令官らしからぬ対応だったが、ヤンらしくはあると皆思った。

 

「それは、わかりました。しかし、ホーランド提督の部隊はわずか二千隻程度です。〈蛇〉もそのうち混乱から立ち直るでしょう」

スールズカリッターにはホーランドの部隊だけで事態が打開できるとは考えられなかった。

 

ヤンは心外そうな顔をした。

「誰がホーランド提督だけだと言ったのかな?」

 

 

 

ユリアンも、ホーランドの乱入に当初は混乱した。ヤンに策がないと思っていたところに、増援がやって来たのだから。

しかし、司令官の名前がわかって、ある意味納得した。それだけウィレム・ホーランド提督の独断専行には前例があり過ぎた。

 

ユリアンは、ホーランドの勢いが一時的なものであることを見抜き、補給の途切れるタイミングを待つことにした。敵はわずか二千隻程度であり、大勢に影響はないはずだったからだ。

 

その判断は結果的には間違いだったのだが。

 

6時間後、散々暴れ回り、ついに補給の限界に達したホーランドの部隊は、離脱を図った。

ユリアンは、その機を逃さず、準備していた約二千体の〈蛇〉で追撃にかかった。

 

その二千体がホーランドに追いつこうとしたその時、思わぬ方向から攻撃がやって来た。

〈蛇〉の知覚を通してユリアンが認識したその攻撃の主は、黒塗りの艦隊だった。

 

今度は誰も正体に迷わなかった。

「黒色槍騎兵艦隊!ビッテンフェルト提督です!」

 

 

ビッテンフェルトは艦橋で地団駄を踏んでいた。

「くそう!ホーランドの奴に抜け駆けされた!俺もそうすべきだったか!」

 

艦隊副参謀長のオイゲン中将が本気で悔しがるビッテンフェルトを諌めた。

「これ以上早くシリウスに到達するのはまともな航行では無理でしたよ」

 

「そんなことはわかっている!しかし、我が黒色槍騎兵艦隊が二番手になった事実に変わりはないではないか!」

 

 

黒色槍騎兵艦隊が、ホーランドのアカゾナエ隊を助ける様子を、独立諸侯連合第三防衛艦隊司令官プレスブルク中将は傍観する羽目になった。

「三番手!しまった!これは連合貴族の名折れだ!」

 

参謀長のハルトマン・ベルトラム少将は、知より勇が勝りがちな司令官に助言した。内心ではうんざりしながら。

「別に乗り込む順番を競っていたわけではありませんよ。それよりも〈蛇〉が態勢を整える前に攻撃しましょう」

 

 

ヤンは、この決戦の前に、同盟、連合、帝国の三国に、秘密裡に援軍要請を出していた。

戦略的に勝利の条件を整えるためである。

ヤンは同時に、この援軍をユリアンと〈蛇〉に対して秘匿することを画策した。

そのための対応の一つが、援軍を味方にも秘密にすることだったが、もう一つが援軍を単艦単位に分散させて、通常航路と異なる領域を航行させ、シリウス星系で合流させることだった。

各国に対して要求した戦力は半個艦隊、各五千〜七千隻である。

通常はそれだけの規模の艦隊となると察知される危険性も高くなる。

それを避けるための行動だった。

 

実際、ユリアンは増援の存在をある程度は警戒しており、新銀河連邦の各航路に少数ながら監視のための〈蛇〉を潜ませていた。

それによって各国の艦艇を何隻かは捉えていたのだが、いずれも単艦あるいは少数の艦艇であったため、ユリアンはそれを援軍ではなく、航路に対する警備行動の一環だと考えた。

シリウス星系での決戦より前から、新銀河連邦直轄地における〈蛇〉の襲撃の対応のため、各国の軍用艦艇が支援のため少数ながらも派遣されていたことが、ユリアンに誤った判断をさせる原因となった。それすらもヤンによる欺瞞工作の一環だったとはユリアンにもわからなかった。

 

ヤンは、三国から集めた各半個艦隊を三方からシリウス星系に突入させ、最終的な決戦戦力として活用しようと考えていた。

 

各国には、短期間でシリウス星系に分進合撃可能な機動力と艦隊運用の能力を持った部隊を、と希望したのだが、それによって大分性格に偏りのある面々ばかり集まる結果となってしまったのは、ヤンとしても意図しない結果であった。

 

今回は、それに救われた形である。

 

来援時期としては当初、各国の艦隊が分進、合流した上で到着可能な日時を設定していた。

ヤンも、ユリアンの戦力が予想を上回っていたことが判明した時点で、来援を早めるように暗号通信で連絡してはいた。

その連絡は劣悪な通信環境でもなんとか各国司令官に届いた。

しかし、分進中の艦隊の進軍速度を上げることは困難を極めた。

 

このため、最初から抜け駆けするつもりだったホーランドのみがヤンの救援に間に合った。

 

 

 

ホーランドは、ヤンからの援軍要請を受けて即座に抜け駆けを画策していた。

ボロディン宇宙艦隊司令長官からの指令では副司令官のラップ中将が派遣されるはずだったのだが、司令官の権限の範囲だとして強引に自分が指揮を執ることにした。

 

ホーランドは自らの艦隊運用能力を、常識さえ無視して如何なく発揮した。

脱落艦艇が出るのを承知で、無理な行程を組み、実行に移した。

通常の艦艇であれば人員の疲労で達成不可能な行程も、無人艦艇であれば可能だった。唯一有人の旗艦エピメテウスIIに関しては、乗員を増員することで負担軽減を図った。その代わりに居住環境は劣悪となったが。

さらに、シリウス星系へのワープも、奇襲効果を出すために戦場と予想される惑星ロンドリーナになるべく最短で近づけるよう、ワープ危険域内でのワープを実施した。

元々ホーランドに心酔している者が多く、強行軍でハイテンションになっていたエピメテウスIIの将兵達も、嬉々として危険なワープを敢行した。

 

結果として、当初五千隻を数えた艦隊は、強行軍で3割強が脱落、ワープ失敗でさらに3割が虚空に消えた。

 

結果、二千隻のみがシリウス星系に到達して惑星ロンドリーナに急行し、ヤンの救援に間に合ったのだった。

 

 

 

ホーランドの部隊は暫く行動不能の状態となっていたが、黒色槍騎兵艦隊と連合軍第三防衛艦隊は士気旺盛で戦闘力も十分だった。

二艦隊あわせて一万三千隻が、銀河保安機構軍を取り囲む〈蛇〉をさらに外側から包囲し、攻撃を仕掛けた。

いずれも攻撃力に定評のある艦隊であり、〈蛇〉の戦力は瞬く間に削られていった。

 

数時間後には〈蛇〉の増援部隊は殲滅された。

 

状況は再度変化し、ユリアン=〈蛇〉は銀河保安機構軍と各国艦隊の重包囲下に置かれることになった。

ユリアン=〈蛇〉にとっては当初より悪い状況である。

 

 

ユリアンは、まるでヤンのように頭をかいた。

「参ったな。はじめから最大限戦略的に勝てる状況を整えていた、というわけですね。今回は勝てると思ったんだけどな」

 

ユリアンは、またしても自らの上を行ったヤンの智謀に感嘆を覚えていた。

 

ミュラー艦隊の高級士官から得た情報では、この後敵がとる行動は、ユリアンと〈蛇〉を惑星ロンドリーナ内に押し込んでスレイヴの精神波で無力化することのはずだった。

 

それが自分を救うための行動であることもユリアンは既に知っていた。

まったくの大きなお世話だと思っていたが。

 

〈蛇〉に思考を誘導されているユリアンとしてはその思惑に乗るつもりはなかった。

既に勝利は諦めていたがロンドリーナに押し込まれるよりは、前進してビームの嵐の中で命を散らすつもりだった。

 

既に〈蛇〉自体がこの場での敗北を受け入れていた。このため〈蛇〉はいまや人類に対する憎悪よりも希死念慮を増大させていた。

 

既に、ユリアンの精神はある程度まで〈蛇〉の精神ネットワークと融合していた。

ユリアンがここで死を選べば、ユリアンの精神は身体の牢獄から解き放たれ、〈蛇〉の一部として永遠に生き続けることになる。

これは人類既知領域内のすべての〈蛇〉がユリアンと同一の存在として行動するようになることを意味した。

 

船を乗っ取った際に獲得した物資、工作機械、各種工業プラントを使い、捕らえた人々を操り、既にワープエンジン、星系内航行用エンジン、ビーム砲等の量産には成功していた。

いま少し生産規模を拡張できれば、遠からず万単位の〈蛇〉の軍団が再度出現させることが可能だった。

そのための手段も既に手に入れていた。

今回実戦に投入した人間の形をした〈蛇〉、ヒトガタである。

今後ヒトガタを労働力として活用することで、生産力の大幅な向上を見込むことができた。

 

これはヤンも、オーベルシュタインも、あるいはアルマリック・シムスンも、誰もが想定していない事態であった。

 

ユリアンの知能を持ち、工業生産能力を手に入れて無制限に増殖し続ける〈蛇〉の軍勢、それが銀河人類の敵として今まさに出現しようとしていた。

 

 

ユリアンは、未来に知己を求めんと、銀河保安機構軍の艦列に向けて自殺同然の突撃を仕掛けようとしていた。

 

「僕は死んで人類の先導者になるよ。銀河保安機構の皆さんとは再び戦うことになるのだろうけど、最終的に僕/僕達/〈蛇〉に取り込まれてくれれば、これが正しい在り方なのだときっとわかってくれるだろうから」

ユリアンは、この苦しい人の生からの解放と、〈蛇〉としての新たなあり方に、希望すら抱いていた。

何か心に引っかかるものもあるのだが、それが何であるのか今のユリアンにはわからなかった。

 

最後の突撃の指令を精神ネットワークを介して伝えようとしたユリアンの元に、聴こえるはずのない声が届いた。

 

「ユリアーン!早く帰って来なさいよー!!」

 

巨大な声が艦橋を揺り動かした。

 

ユリアンも〈蛇〉も、完全に虚をつかれた。

ユリアンはたちどころにその名を思い出した。

「カリン!?」

 

 

さらに別の声が艦橋に轟いた。

「早く戻って来てー!私もあなたの子供が欲しいんだからー!」

 

「サビー!?」

サビーネの声とそのあからさまな言動にユリアンは動揺した。

 

「ユリアン!えーと、えーと、私も……」

エリザベートも多少躊躇いつつ、サビーネに続いた。

 

「リザまで!みんな、どこにいるんだ!?」

ユリアンの声に対して返答はなかった。

 

 

 

スールズカリッターは呆然としていた。彼だけでなくほとんどの将兵が同じだった。

彼らもユリアンと同じ声が聞こえていた。

 

スールズカリッターは叫んだ。叫ばないと他人に声が伝わらないほど大音声が轟いていたからである。

「長官閣下!これは一体何ですか!?」

 

ヤンも大声で返した。

「オペレーション・ローレライ!技術局に準備させていたユリアン救出のための奥の手だよ!」


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