時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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54話 輝く星々のかなたより その11 シリウス星域の決戦 後篇

 

 

「さあ、勝負はこれからだ!」

……アッシュビー名言録より

 

 

 

 

銀河保安機構軍は防戦に努めた。前後に分かれ、それぞれの側の敵を抑えた。

 

敵の攻撃が遠距離砲撃と接舷に限られていることは、被害の低減につながった。

また、無人艦を前面に出すことで人員に対する被害は最小限となった。

 

それでも最終的な敗北に転げ落ちるのは時間の問題に思われた。

 

 

ヤンは、自ら陣頭指揮を取りつつ、思わずにはいられなかった。

 

あの偉そうな赤毛の男がこの場にいてくれたなら、自分は後方に座って居眠りをしていられたのに!

 

 

 

3月1日16時、ヤンの元に衝撃的な報告が届いた。

「ミュラー司令長官戦死!」

 

流石のヤンもこの報には蒼白となった。

 

しかし、これは誤報だった。

ミュラーは旗艦ガラハッドを〈蛇〉の集中砲火を受けて撃沈されたが、自身と幕僚、乗員の多くは戦艦ヘルテンに移乗して指揮を続けた。

しかし、そのヘルテンも〈蛇〉の接舷を受け、ミュラーは退避の必要に迫られた。

その30分後には乗り換えた先の戦艦アッヘンバッハも苛烈な砲撃により大破に陥いり、次に乗り換えたシュレーゲルも〈蛇〉の接舷で危機に陥った。

結局ミュラーはこの決戦で都合三度も旗艦を変えることになった。

その間も艦列を崩壊させることなく、防戦を継続させた点が守将としてのミュラーの真骨頂と言えた。

 

ミュラー司令長官生存と指揮続行の報は最悪な通信状況の中で、遅れながらも最終的にはヒューベリオンまで伝わった。

 

しかし、そのタイムラグの間に、艦隊は動揺し、艦列に乱れが生じた。戦力はじわじわと削られていった。

 

そもそも、司令長官が旗艦を失ったこと自体が既に追い込まれていることの証左でもあったのだが、そこから状況はさらに悪くなっていった。

 

 

この時、ユリアンは勝利を確信していた。

 

〈蛇〉はミュラー司令長官の旗艦を乗っ取った際に、逃げ遅れた高級士官数名を捕らえることに成功していた。

高級士官達の精神を操り、彼らを〈蛇〉の精神ネットワークに接続することで、ユリアンは銀河保安機構軍の作戦を把握した。

それによって、ユリアンはヤン・ウェンリーに打開策がないことを知った。

 

となれば、殲滅までに時間をかけることはヤンに対応策を見つける猶予を与えることにしかならない。

ユリアンは予備戦力まで投入した総攻撃を決意した。

 

 

 

さらに激しくなった攻撃によって、もはや総旗艦ヒューベリオンの周囲も安全地帯ではなくなっていた。

 

ヒューベリオンを護衛する艦艇の数隻が〈蛇〉に取り付かれて既に失われていた。

 

「これは計算違いだったかな」

ミュラー司令長官の旗艦が陥されたのが影響していた。ヤンはそこからユリアン=〈蛇〉に情報が伝わったと考えていた。

ヤンの策を警戒して予備戦力を確保していたユリアンが、総攻撃を決意してしまったのだ。

これによって時間的猶予がなくなってしまった。

 

オーベルシュタインはヤンを促した。

「長官、ご決断を。ユリアン・フォン・ミンツをお見捨てになりますよう」

 

ヤンは逡巡した。

それは致命的な結果につながった。

ヤンが口を開こうとしたその時、ヒューベリオンの周囲にいた。

護衛艦艇三隻が一度に爆発した。

解放されたエネルギーがヒューベリオンを叩き、艦橋を揺るがした。

 

席から放り出されながらもオペレーターは絶叫した。

「〈蛇〉が本艦に迫って来ます!」

 

 

 

ユリアンは〈蛇〉の精神ネットワークを介して、ヒューベリオンを知覚した。

 

これを陥とせば、〈蛇〉の勝利が確定する。

 

 

勝利を最優先にするならば、ヒューベリオンを一刻も早く砲撃で撃沈すべきだった。

 

ユリアンは躊躇った。

そこに、何か大事なものがあるような気がしたのだ。憎しみ以外の感情を刺激される何かが。

 

ユリアンは最終的に指示した。

ヒューベリオンの接収を。

 

ユリアンは憎しみに塗れながらも思った。

有人の艦内にはスレイヴが積載されており、簡単には乗っ取れないだろう。

しかし、時間をかければいいだけの話だ。

僕/僕達/〈蛇〉とつながれば、@@提督もきっとわかってくれる。

皆が精神的に一体となることの素晴らしさを。

僕が@@提督に対して抱く矛盾した感情も。

あなたをどれだけ憎んでいるか、

あなたをどれだけ尊敬しているか、

あなたをどれだけ……

 

そうすれば、

そうすれば……

 

ユリアンは、〈蛇〉の一群をヒューベリオンに向けて近づけていった。

 

 

 

迫り来る〈蛇〉に、ヤンすらもが敗北を覚悟した。

 

その時。

 

 

それは、遠くから見れば宇宙を一筋の赤い閃光が切り裂いたかのようだった。

 

 

〈蛇〉の猛攻が一瞬途切れた。

 

ヤンは艦橋でスールズカリッターに助け起こされながら、スクリーンを見た。

〈蛇〉も何が起きたのかわからず動揺しているように見えた。

 

席に戻り、状況を把握したオペレーターが伝えた。

「赤色で染められた同盟製艦艇の部隊が突入して来ています!」

 

突如出現した数千隻の部隊が、〈蛇〉の艦列を切り裂き、大量のミサイルとビームの乱打を浴びせかけたのだった。

 

ヒューベリオンに迫っていた〈蛇〉も、混乱によって生じた隙に排除された。

 

 

銀河保安機構の将兵は、その赤色に、とある人物を想起せずにはいられなかった。

 

赤色の部隊は、銀河保安機構軍に向けて発光信号でメッセージを発していた。

 

ヒューベリオンのオペレーターがメッセージを読み上げた。

 

"待たせたな。俺が来たからにはもう大丈夫だ"

尊大で自信に満ちたメッセージ。

 

そのメッセージには、送り主にあたる部隊指揮官の名前が末尾に付加されていた。

 

 

 

 

偉そうなメッセージの送り主は……

 

 

 

 

"帝国を滅ぼした者 ウィレム・ホーランド"

 

 

 

自由惑星同盟においてイゼルローン方面治安維持軍の司令官を任されているはずのホーランド大将その人であった。


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