時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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49話 輝く星々のかなたより その6 銀河各国の対応

 

 

「恒久平和なんて人類の歴史上なかった。だから私はそんなもののぞみはしない」

……いつかどこかで、とある歴史家志望の軍人の言葉

 

 

その間にも、〈蛇〉は新銀河連邦領内に拡散し、民間船を襲撃し、取り込んでいった。

〈蛇〉は、取り込んだ船と共に、小惑星や彗星、あるいはガス惑星など手近な天体に隠れた。

そこで宇宙船のエンジンからのエネルギーとその天体の資源を用いて船全体を覆いきるまでに増殖し、それが完了すると次の船を襲うべく新たに活動を開始した。

 

〈蛇〉は新銀河連邦領内に留まっていた。新銀河連邦領内が自らの数を増やすのに好適な場所だったからだ。

 

新銀河連邦内は辺境開拓が盛んに行われており物資の運搬需要に事欠かなかった。モールゲンやアルタイル、月などの主要惑星では各種都市構造物の建設が急速に進められており、その点でも多数の民間船舶の往来を必要としていた。

それらが〈蛇〉の餌食となった。

 

保安機構は秘密裏に警備艦艇を増員していたが焼け石に水であり、被害艦艇数は合計で一万隻にも届こうとしていた。

 

この事態に新銀河連邦も流石に情報を抑えきれなくなった。

〈蛇〉の情報が公開され、そのことで新銀河連邦領内は騒然となった。

ユリアンが〈蛇〉に取り込まれ、その能力を〈蛇〉によって使われていることも同時に明らかにされ、さらなる不安を人々に齎した。

 

しかし、ヨブ・トリューニヒトはこの非常時に何も指示を出さず、所在すら明確にしなかった。

 

やっと開かれた状況説明の場にも本人は姿を現さず、「責任の重さを痛感する」という一言を秘書官のリリー・シンプソンを通じて伝えさせた。

 

「それだけですか?」

「具体的な対策は?」

「トリューニヒト主席はどこに?」

 

騒然となった会場でリリー・シンプソンは、孤立無援のまま話し続けた。

「まだ、続きがあります。「以前から銀河四国はこのような事態を想定し、水際防衛の準備を整えている。何の心配もいらない」とのことです」

 

一瞬の沈黙の後、誰かが叫んだ。

「新銀河連邦は無策ということですか!?」

他の者も続いた。

「他人任せか!?」

 

リリーは、自らの言葉で答えた。

「銀河保安機構が動いています。〈蛇〉は惑星には侵入できません。ですので惑星に留まればひとまずの安全は確保できます。新銀河連邦並びに銀河四国の市民の皆様は不要不急の星間旅行を控えてください」

 

「〈蛇〉は、あのユリアン・フォン・ミンツが率いているのですよね!?害虫駆除のように簡単にいくものなんですか!?」

「〈蛇〉は今も増え続けているのでしょう!?」

「軍縮で各国の軍の規模は縮小しているはずです。対応できるのですか?」

「ユリアン・フォン・ミンツはどうするのです?救出を考えるのですか?」

「未踏領域の開拓団はどうなったのですか!?」

 

広報会場の騒ぎが収まる様子はなかった。

 

 

銀河四国の首脳は、その様子をそれぞれスクリーンで観ていた。

彼らの感想は、会場の聴衆とはまた違ったものだった。

 

"以前から銀河四国はこのような事態を想定して"

 

彼らはトリューニヒトの言わんとするところを正確に理解していた。

 

 

自由惑星同盟最高評議会議長ジョアン・レベロは彼にしては珍しく舌打ちを一つして、グリーンヒル統合作戦本部長に連絡を入れた。

 

 

オリオン王ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは、即座に軍三役を招集し、必要な対応を取るように命じた。

 

 

フェザーン自治国主ルパート・ケッセルリンクは、少し考え込んだ後に独立諸侯連合盟主に連絡を入れた。

 

 

独立諸侯連合盟主アリスター・フォン・ウォーリックは、ケッセルリンクと超光速通信で会談した後、補佐官に命じた。

「ケンプ大将に連絡を入れてくれ。目標変更だ」

 

 

 

 

新銀河連邦領内で民間船の往来が途絶えたことにより、〈蛇〉の増加は頭打ちになった。そのタイミングで、〈蛇〉は活動領域の拡大に転じた。数千匹の群れに分かれて、各方面に散り始めた。

各国は国境における防備を整え、〈蛇〉を待ち構えた。

 

 

 

宇宙暦805年2月18日8時 自由惑星同盟領イゼルローン回廊

 

数千匹の〈蛇〉がイゼルローン回廊を通じてオリオン腕から自由惑星同盟のあるサジタリウス腕に侵入しようとしていた。

 

しかし、回廊内に侵入した〈蛇〉は、滝のように降りかかるミサイルの前に悉く撃破されることになった。

ミサイルの投射体の正体はアルテミス・システム、その量産型だった。

従来型より一基のサイズを小さくすることで攻撃力と継戦能力は低下したが、生産性と機動性は向上した。

ワープ能力こそ持たないが、小サイズのため輸送艦に積載して短期間に任意の場所に展開することが可能だった。

ワープ能力を持たない無人攻撃衛星は軍縮条約の対象ではなかった。自由惑星同盟軍は軍縮条約下においても「防衛能力」を維持するために秘密裏に無人攻撃兵器の増強に舵を切っていた。

 

今回回廊内に展開された攻撃衛星の数は実に百基に及んだ。攻撃力だけであれば四個艦隊にも匹敵した。

人類同士の戦争のための備えが、今回は〈蛇〉のサジタリウス腕へ侵入をほぼ完全に押しとどめていた。

 

イゼルローン方面治安維持軍司令官ホーランド大将は、作戦が上手くいっているにも関わらず憮然としていた。

副官のエリクセン中佐がホーランドに尋ねた。

「何かご懸念でも?」

 

ホーランドは鼻を鳴らして答えた。

「ない」

 

「それならば何故そのように厳しい顔をなされているのですか?」

 

ホーランドは副官を睨みつけた。

「何も懸念すべきことがないのが問題なのだ。俺の戦術を活かす余地がないではないか!」

 

 

宇宙暦805年2月18日18時 独立諸侯連合対新銀河連邦直轄地国境地帯

 

国境地帯に迫った〈蛇〉の群れに、独立諸侯連合宇宙艦隊司令長官シュタインメッツ大将の第二防衛艦隊、フォイエルバッハ大将の第一防衛艦隊、プレスブルク中将の第三防衛艦隊が展開していた。しかし、戦いの主役は艦隊ではなかった。

フェザーン軍のコロリョフ技術准将率いる試験部隊が、連合の艦隊に同行していた。

フェザーンの試験艦百隻が〈蛇〉の面前に展開した。

コロリョフ技術准将は命じた。

「拡散性ゼッフル粒子散布開始」

 

通常のゼッフル粒子は元々拡散する性質を持っているが、拡散性ゼッフル粒子は指向性ゼッフル粒子の技術を応用して、拡散速度とその範囲を自由に制御できるようにした代物だった。

これによって任意の範囲に一定濃度のゼッフル粒子を迅速に展開することが可能だった。

本来はフェザーン回廊に侵入する「外敵」に向けられるはずのものだったが、広い宙域でも十分に効果的であると考えられていた。

 

〈蛇〉がゼッフル粒子の散布域に突入したことを確認して、コロリョフ技術准将は再び命令を発した。

「点火」

 

〈蛇〉の大半が突如虚空に出現した炎球の餌食となり、そこから漏れた〈蛇〉も、艦砲によって次々に撃破されていった。

 

 

 

宇宙暦805年2月18日19時 オリオン連邦帝国対新銀河連邦直轄地国境地帯

 

国境地帯に迫った〈蛇〉の群れに対して、帝国軍はビッテンフェルト元帥を中心に、ジンツァー上級大将、ヴァーゲンザイル大将、レーリンガー中将らの艦隊を薄く広く展開させていた。

 

〈蛇〉の侵入地点を絞れなかったためであるが、水際で〈蛇〉を押し留めるにはいかにも厚みが不足しているように見えた。

しかし、国境の複数地点から侵入を試みる(蛇〉の群れそれぞれに対して、艦砲とは思えぬ太さの光条が伸びた。

 

帝国軍は、軍縮条約の規制をすり抜けるために、非戦闘艦艇に使い捨ての大口径ビーム砲を載せて臨時の戦力とすることを考えていたのだった。

 

これによって国境地帯には要塞砲にも迫る威力のビームを放つことのできる艦艇が五千隻程揃えられており、〈蛇〉を殲滅するのには十分過ぎる戦力となっていた。

 

 

宇宙暦805年2月19日20時 ツークンフト回廊

 

未踏領域からグリルパルツァーによって、〈蛇〉の増援四千隻が送り込まれてきた。増援は、回廊内を順調に通り抜けようとしていた。

しかし、突如回廊内を巨大な光条が貫き、〈蛇〉の実に三割が一瞬で消失した。

 

回廊内にいつの間にか巨大な要塞が出現していたのである。

それは、独立諸侯連合がフェザーンからの技術供与で完成させていた機動要塞だった。

軍縮条約によって新たな要塞の建設は禁じられていたが、既存の要塞の改修については制限がなかった。

ガイエスブルク要塞は既知銀河最大最強の要塞だったが、その位置は現在の銀河の状況から考えて、決して適切な位置にあるとは言い難かった。

独立諸侯連合は軍縮条約による艦隊戦力の制限を、半ば無用の長物となりかけていたガイエスブルク要塞にワープ能力を付与することによって補うことにしたのだった。

 

大規模な改修によって要塞はサイズを増し、硬X線ビーム砲の出力も向上していた。

 

もはやガイエスブルク要塞とは別物に変貌したそれに、連合は新しい名前をつけた。

変幻自在に出現する機動要塞、幻影城(イルジオーンスブルク)要塞。

 

カール・グスタフ・フォン・ケンプ大将指揮する要塞によってツークンフト回廊は封鎖され、〈蛇〉の再度の侵入は防がれたのだった。

 

 

 

銀河各国は数日のうちに共同で声明を発表した。

「我々はこのような事態に備え、各国共同で防衛準備を整えてきた。今回の〈蛇〉に対する防衛成功は国際協調の成果である」

 

こうして、軍縮条約をかいくぐる形での各国の軍拡の試みが事実上明るみとなったが、大々的な非難を受ける前に国際協調の成果の一つということにされてしまったのであった。

 

内心はともかく、各国首脳の間にそのような阿吽の呼吸が成立したこと自体が国際協調が進展していることの証左と言えるのかもしれない。


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