時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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『田中芳樹初期短編集』の一部作品のネタバレを含みますのでご注意ください。

本日投稿三話目です。


46話 輝く星々のかなたより その3 地球統一政府秘史

 

地球統一政府時代に人類が遭遇した二つの存在が、この失われた物語には関わってくる。

 

一つはSWELL(スウェル)

それは西暦二十二世紀初頭に火星で見つかった。植物と動物の特徴を併せ持った生物。

ユニヴァーサル化学食糧株式会社が品種改良を進めた結果、スウェルは空気中を含めた周囲の元素を吸収し、光のエネルギーをも利用して、勝手に増殖していく生物となった。

当初は食用に開発されたが、食べた人間の養分を逆に吸収して餓死に至らせるという事故が起きてスウェルの研究はストップさせられた。

そのはずだった。

 

もう一つは、西暦二十四世紀末、カペラ星系第二惑星で発見された。知性と精神干渉能力を持った鉱物人間、STONE(ストーン)である。

彼らは人類の探査隊の精神に干渉し、二度まで全滅させた後、精神波の無効なアンドロイドであるコードナンバー888によって正体を突き止められた。その後、惑星開発機構長官の判断で秘密裏に全惑星レベルの「駆除」が行われて絶滅させられた。

そのはずだった。

 

だが、いずれの存在についてもサンプルが回収され、密かに研究が進められていた。

惑星間保安機構が恒星間空間に秘密裏に設置した研究所で。

彼らは恒星間植民地との対立を想定し、地球に勝利をもたらすための研究を行なった。

惑星間保安機構が宇宙軍に統合され、その付属組織となってからも研究は継続された。

 

スウェルは、その再生産コストの低さと品種改良によって真空にも耐え得る強靭さに目をつけられた。

兵士の代わりとなる生物兵器、あるいはスウェルを船体とする生物製の軍用宇宙船……

そのための品種改良が進められた。

 

ストーンは、その精神干渉能力を注目された。鉱物人間によって恒星間植民地のマインドコントロールを図ろうと考えたのである。

「駆除」の前にアンドロイドによって少量だけ回収された鉱物人間は品種改良処置によって知性を低下させられた。

残ったのは生存本能と僅かな知性の痕跡、人類の都合に合わせて偏向させられた精神干渉能力のみだった。

 

このまま両者の実用化が行われれば、シリウス戦役は異なる様相となり地球統一政府の勝利に終わったかもしれない。あるいはそもそも戦争は起こらず、地球統一政府による平和が続いたのかもしれない。

 

しかしそうはならなかった。

 

西暦二十六世紀末のことである。

ある研究者が思いついた。鉱物人間は植物と共生していた。植物の性質を持ったスウェルと鉱物人間を共生させたらどうなるか?

 

思いつきは実行され、その結果暴走事故が起きた。

スウェルはストーンにコントロールされることで、爆発的な運動能力を見せた。スウェル/ストーン共生体は実験室を逃げ出し、研究所内に広がった。

秘密研究所は秘密保持と暴走した二つの生物兵器の処分のためにその人員及び研究情報と共に爆破されたが、スウェル/ストーンの一部は研究所にあった恒星間航行艇と融合した上で船員の精神に干渉し、無窮の宇宙空間に逃走したのだった。

 

この事態に地球統一政府は数体のアンドロイドを駆除部隊として編成し、スウェル/ストーン共生体の駆除に派遣した。

 

乗っ取られた恒星間航行艇は時を置かずに発見され、地球統一政府の指令により、船員ごと破壊された。

 

これによって事態は解決したかに思われた。

しかし……

 

人類の開拓領域外縁にスウェル/ストーン共生体は逃げ出していた。

そして、地球統一政府の目の届きにくいその場所でまるで宇宙海賊のごとく他の船を人員ごと乗っ取り、船単位で増殖をしていたのである。

 

品種改良されたストーンにまともなレベルの知性は残っていなかったが、船員の感情を操って暴走させることは可能だった。

船員の怒りの感情を操作して、発見した宇宙船に体当たり仕掛けさせ、船体の破口からスウェルを浸入させ、ストーンの精神干渉能力で船員の精神を誘導して、新しいスウェル/ストーン共生体が生み出された。

スウェル/ストーン共生体はこの時、スウェル/ストーン/ヒューマン/宇宙船の共生生命体となっていたと言えるかもしれない。

 

この事態を惑星間保安機構が把握した時には、スウェル/ストーン共生体は容易に駆除できないレベルに増加していた。

 

ここに至って惑星間保安機構の上部組織である地球統一政府宇宙軍内に極秘の対策部隊が編成され、対策対象であるスウェル/ストーン共生体には、新しく人を惑わす存在の象徴であるSNAKE(スネーク)〈蛇〉の名が与えられた。

宇宙暦二十七世紀前半のことである。

 

既に地球統一政府による植民地開拓は頭打ちとなっていた。植民地の反地球機運が高まりそれどころではなくなってきていた。

一方でシリウス等の有力植民地星系は、地球統一政府の統制を逃れる手段として独自の恒星間植民を模索していた。

この植民地による外域探査船はことごとく〈蛇〉のターゲットとなった。

 

船が失われた原因は植民地星系にとって不明のままだった。もたらされるのはせいぜいが謎の宇宙船と接触したという報告のみであった。

用心のために護衛艦艇をつけて派遣してもその護衛艦艇ごと失われた。

植民地星系は地球統一政府の干渉を疑い、憎しみを募らせることになった。

 

植民地星系による外域への植民の試みはこのようにして頓挫し、人類は矛盾解決のために別の選択肢、内向きの抗争に突き進むことになったのだった。

 

植民地星系の試みが頓挫すること自体は地球統一政府にとって不利益ではなかったが、そのために〈蛇〉の駆除を止めるわけにはいかなかった。

放っておけば、〈蛇〉の精神干渉能力によって植民星系全てが支配される可能性すら存在した。実際にそれに近い事態になっていたのだった。

 

人類は精神波の人工的な生成には成功していなかったものの、精神波検出装置は完成していた。

 

それを使用して調べたところ、シリウス星系を中心に複数の星系が既に〈蛇〉に汚染されていたことが判明した。

 

〈蛇〉に汚染された植民地星系で反地球の気運が高まっていたことは、両者に何らかの繋がりがあるのかもしれない。

 

驚いた地球統一政府宇宙軍は、二つの対策をとった。植民地星系の汚染に対しては、強硬策を含めた対応を採用した。

 

一つ目の対策は、反地球植民地勢力に対する武力行使の前倒しとそれに伴う〈蛇〉の駆除と防護措置の実施である。

 

この時、ストーンの研究は精神波に対する防護の研究として密かに継続されていた。知能を完全に失わせ、ランダムな干渉波を発生させるようにしたストーン、通称SLAVE(スレイヴ)を作り出し、〈蛇〉に対する防御策とした。

スレイヴの精神波の元では、ストーンの精神波はかき消されるし、長期的にはその精神構造を破壊されてしまうのだ。

 

シリウスに侵攻した地球統一政府宇宙軍の装備には、スレイヴが仕込まれていたし、艦艇にも「精神安定用」としてスレイヴ入りの緑化土壌設備が用意された。

西暦2689年から2690年にかけてのシリウス星系首星ロンドリーナにおける一連の虐殺、略奪事件の背景には、この〈蛇〉の精神干渉とそれに対する地球統一政府宇宙軍の汚染中和作戦があった。

宇宙軍首脳部が、〈蛇〉の情報を明らかにしなかったために、現地の軍は命令を拡大解釈して暴走してしまったのであるが。

地球統一政府宇宙軍は、惑星の土と同化してしまった〈蛇〉を中和するために、肥料や土壌改良材の名目でスレイヴを植民星系にばら撒いた。

いずれにしろ地球統一政府宇宙軍は、植民地星系からの〈蛇〉の駆除と防護の成功した。植民地星系の恨みを一身に浴びることと引き換えにして。

 

……シリウス戦役にはこのように〈蛇〉が大きく関わっていた。

仮に〈蛇〉が存在しなくても、タイミングがずれるだけでシリウス戦役は生起したかもしれない。しかし、その様相は大きく変わっていたことだろう。

 

 

もう一つの対策は、開拓領域外縁部での長期的な〈蛇〉の駆除の実施である。

開拓領域外縁部は、地球から百光年の距離にあり、補給や人員のストレスの点で人間による長期の作戦は難しかった。〈蛇〉の精神干渉を受けてしまうリスクも存在した。

このため、以前同様にアンドロイドに白羽の矢が立った。

とある命令違反行為で凍結され、解体を待つばかりだった888が再起動させられた。

888の命令違反後に製造された機能限定型アンドロイドだけでは、人間の指示なしの長期作戦は難しかったからである。

〈蛇〉を駆除し、人類を守護するという目的であれば888が再度の命令違反に出る恐れは少なかったし、宇宙軍としても相応の枷も用意していた。

 

巡航艦、駆逐艦合わせて千隻、888に率いられた千体以上のアンドロイドからなる「人類防衛隊」が組織され、人類不在の領域で〈蛇〉の発見と駆除を進めていくことになった。

 

シリウス戦役における戦況の悪化までに、部隊規模は五千隻にまで拡大した。

その後、新規艦艇や支援物資の補給はなく、自給自足を余儀なくさせれたが、対〈蛇〉の戦いは人類防衛隊の優勢で推移した。

 

開拓領域を離れたからには〈蛇〉が新規の恒星間航行可能な宇宙船を確保することはできなかった。船員も寿命で死んで行き、宇宙船の正確なコントロールも難しくなった。

それでも〈蛇〉は宇宙船に適応して、船員不在でも最低限の加減速、方向転換はできるようになっていた。

流石に恒星間ワープだけは人間の船員を必要としており、船員の寿命が尽きる前に〈蛇〉はなるべく遠方へと逃げ出した。

 

開拓領域外縁で粗方の〈蛇〉を駆逐した後は、遠方に逃げた〈蛇〉の掃討が人類防衛隊の仕事となった。

精神波を探知し、〈蛇〉の船を見つけて破壊し、惑星の土壌と一体化した〈蛇〉を駆除した。

銀河連邦成立後の人類域拡大の前にはオリオン腕の広域から、銀河連邦末期にはサジタリウス腕からも〈蛇〉の駆除を完了していた。

 

それでも〈蛇〉はまだ存在した。狭い回廊を抜け、宇宙暦805年において人類未踏領域と呼ばれる領域に到達していた。

本来は、そこでも狩られ、滅びを待つ運命のはずだった。

 

しかし、人類未踏領域には他の場所にはない驚異が存在した。

 

宇宙生態系。

真空で生き、太陽のエネルギーとガス惑星や小惑星、彗星の物質を利用して増殖する生物達によって構成される生態系。

それが多数の星系に広がっていた。

 

〈蛇〉はその生態系に紛れ込んだ。

 

〈蛇〉は宇宙生物と融合し、擬態した。

 

人類防衛隊は、宇宙生態系ごと〈蛇〉を滅ぼすか、〈蛇〉だけを滅ぼすかの二択を迫られた。

888の選択は時間をかけても〈蛇〉だけを滅ぼすことだった。

時間はいくらでもあるはずだった。

 

しかしさらに、新銀河連邦の成立と銀河開拓事業の開始が888の計算を狂わせた。

それでも、人類が予定していた開拓領域からは〈蛇〉は一掃されていたから、大きな問題はないはずだった。

あとは駆除の速度を早める必要があるだけだった。

 

しかし、グリルパルツァー大将率いる探査艦隊は、好奇心と功名心に駆られて人類未踏領域の奥深くに踏み込んでしまった。

結果、〈蛇〉と遭遇した。

唯の宇宙生物と考えた探査隊は、〈蛇〉を捕らえ、逆に〈蛇〉に囚われることになった。

探査艦隊約五千隻が、その人員と共に〈蛇〉の一部となった。

誕生したのは唯の〈蛇〉ではなかった。グリルパルツァー大将をはじめとして、大規模艦隊戦の経験とノウハウを持った〈蛇〉が生まれたのである。

人類防衛隊は、シリウス戦役開始直前、まともな艦隊戦のノウハウが存在しない時代に生み出された。

その後、アルマリック・シムスンや、遺棄艦艇からの情報抽出を通じて既知領域の情報入手と、それに基づく装備刷新を行なっていた。

しかし、艦隊戦に関しては素人に近かった。それでも今までの〈蛇〉であれば問題はなかった。相手の殆どは、生存本能に基づいて動くだけか、せいぜいが戦闘経験のほぼない宇宙船員に操艦されるだけで、狩猟の域を出なかったのだから。

それ故に、恒常的な戦時下で鍛えられたグリルパルツァー達を吸収した〈蛇〉に人類防衛隊は抗することができなくなった。

連敗を重ね、ついに起死回生の最終決戦でも敗れた。

〈蛇〉は開拓された惑星エオスに雪崩れ込み、開拓団とは音信が途絶することになった。

 

 

 

 

皆、息を呑んだ。

シリウス戦役の裏でこのような事態が展開していようとは。

開拓船団のことがなければ、荒唐無稽と思ったことだろう。

 

ヤンが初めに口を開いた。

「植民地星系には、その、スレイヴによる防護が施されたということだけど、今の銀河の初惑星についてはどうだろうか?」

 

「実は人知れず防護が施されています。惑星開発において運び込まれる改良用土壌や肥料にはスレイヴが混入しています。搬入業者も知らないまま、いつの間にか土壌と不可分になっているのです。このため一部の惑星、このアルタイル第七惑星のように地表の殆どをドライアイスで囲まれているような場所や、惑星エオスのように新発見の惑星を除けば、〈蛇〉が地表で脅威になることはほぼないでしょう」

 

「だから、アルタイルの交通封鎖を主張したのか」

 

「はい」

 

「しかし、宇宙空間では別です。艦艇の緑化設備にもスレイヴは混入しており、人類に一定の抵抗力を与えますが、量が少ないため、〈蛇〉に乗り込まれれば抵抗できません」

 

「なるほど」

 

シェーンコップが口を挟んだ。

「なあ、スレイヴに副作用はないのか?」

 

アルマリックは言い淀んだ末に答えた。

「実のところ、あるようですね。人類はスレイヴから離れることができないようにさせられているとも言える。植物の生えた惑星の土壌に長期間触れずに航海を続けると精神の安定を欠く現象はかつての人類には見られないものでした」

 

シェーンコップが重ねて尋ねた。皆嫌な予感がしていた。

「その原因は何だと言うんだ?」

 

「一つ前提が抜けているのです。艦艇に緑化設備、あるいは植木鉢でもいい、それらが存在する場合には、そうなるという」

 

「つまり、スレイヴが人間の精神に干渉して、惑星の土壌から離れられなくさせられているということか?」

喜ばしくない事実だった。

 

アルマリックは頷いた。

「はい。逆にスレイヴが存在しない環境では人間はさほど精神の安定を欠かさずに長期間生存も航海もできるのでしょう」

 

ヤンは、独立保安官達がかつて接触した銀河の流民フリーマンのことを思い出した。

彼らは、神聖銀河帝国を離脱した元軍人達が合流するまで、宇宙空間で植物のある土などなしに長期にわたり生存していたのだ。元軍人達がスレイヴを持ち込んだことで、フリーマンはストレスを溜め込むことになり、植物と土を必要とするようになった。

 

アルマリックの説明は続いていた。

「スレイヴは人類の拡大と共にその生息域を拡大できている。自らへの無意識の依存を強めることで、それを保とうとしているのかもしれない。本能的なものでしょう」

 

「つまり、スウェルはストーンと共生関係になった一方で、人類はスレイヴと共生関係になったということか」

 

「そうですね。しかし、その影響は限定的ですし、そのお陰で精神波による干渉を抑えることができているのです。惑星エオスから肥料運搬船が離脱できたのも肥料に含まれていたスレイヴのお陰でしょうね」

 

人類に益があるということであれば、皆多少の抵抗感は我慢せざるを得なかった。

「しょうがないな」

 

アルマリックが逆に尋ねた。

「他に質問は?」

 

それに応じたのはヤンだった。

「我々はこの後どうすればよいと思う?」

 

「いち早く、人類未踏領域に繋がる回廊を封鎖すべきですね。彼らはそこから乗り込んで来ます」

 

ミュラーが答えた。

「既にアッテンボロー提督に回廊封鎖を命じており、急行中です。事前に情報提供のあった精神波探知装置の試作品も持っていっています」

 

ヤンが訝しんだ。

「動きが遅くないか?エオスから人類の艦艇は既にモールゲン近郊に戻って来ているのに」

 

ミュラーも同様の疑問は頭に浮かんでいたようだった。

「しかし、まだ彼らの大群が人類の領域に来ていないのは事実です。敵の失着であれば大いに利用すべきかと」

 

「そうかもしれないが……」

 

アルマリックの回答は続いていた。

「もう一つ、有能な軍人については〈蛇〉に取り込まれないように注意すべきです」

 

「それは?」

 

「グリルパルツァー大将を取り込んだことで、〈蛇〉の戦術能力は格段に増した。しかし、グリルパルツァー大将の戦術能力は水準以上ではあれ、名将とまでは言えないでしょう。仮にそのレベルの提督が取り込まれたなら、〈蛇〉はきっと手がつけられなくなります」

 

ミュラーが名前を挙げた。

「オリオン腕で考えると、まず護衛すべきは、ヤン長官に、ジークフリード帝、それに獄中のエルウィン・ヨーゼフ。……あとはミンツ総書記でしょうか」

 

ヤンは、ユリアンの名前が出たことで彼がこの場にいないことを認識した。このような不明のことが多い状況では、ヤンはユリアンの意見を聞きたかった。

 

ヤンはオーベルシュタインに尋ねた。

「ミンツ総書記はこの会議に来ていないようだが」

 

オーベルシュタインが悪びれずに答えた。

「会議のことはミンツ総書記には知らせておりません」

 

ヤンは冷静さを保とうとしたが、声に不快さがこもってしまった。

「どうして?」

 

「彼の婚約者であるマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーが失踪しており、彼の精神状態を慮ったことが一つ」

 

「……他には?」

 

「そもそもが、ミンツ総書記が銀河保安機構首脳部だけが参加する会議に度々出席していたことの方がおかしいのです」

 

ヨブ・トリューニヒトが見かねて口を挟んだ。

「ミンツ総書記は新銀河連邦の高等参事官だ。必要な会議には出てもらうべき立場だよ」

 

オーベルシュタインは揺るがなかった。

「ミンツ総書記は昨年のうちに、高等参事官の職に関しては、辞表を提出していると聞いています。昨年の大量逮捕の責任を取る形で」

 

ヤンはそのことを知らなかった。

トリューニヒトは珍しく苦々しい表情で答えた。

「辞表はつき返した。彼は未だに高等参事官だ」

 

「なるほど、よろしいでしょう。今回は彼の参加は不要であったというだけのこと。伝達事項があれば、別に連絡すればよろしい」

 

冷え込んだ場の空気の中で、シェーンコップがわざとらしく咳払いをして言った。

「まあ、今回のことはしょうがないとして、次回はヤン長官とよく話し合って参加者は決めて欲しいもんですな。オーベルシュタイン長官補佐?」

 

オーベルシュタインは、静かに答えた。

「承知した」

 

場は収まったが、アルマリックは一人考え込んでいた。

ミュラーが彼に話しかけた。

「どうしたのです?」

 

「ユリアン・フォン・ミンツのことは私も知っています。万能の天才だと。今は月にいるのですね?」

 

「はい。そのはずです」

 

「地球統一政府がスレイヴの持ち込みを控えた場所があります。それが地球と月です。異星の存在で母なる星を汚したくなかったのでしょう」

 

ミュラーは気づいた。

「まさか……」

 

アルマリックは頷いた。

「月は、〈蛇〉に対して脆弱です。そこを衝かれれば……」

 

ヤンがすかさず指示を出した。

「シェーンコップ保安官、ミンツ総書記に早く〈蛇〉の情報を!警戒態勢を取らせるんだ!」

 

「了解!」

 

シェーンコップは迅速に動いた。

 

しかし、結果的には遅かった。


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