時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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『田中芳樹初期短編集』の一部作品のネタバレを含みます。ご注意。

本日投稿二話目です。


45話 輝く星々のかなたより その2 人類を守護する者

「この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された」 『ヨハネの黙示録』より

 

「これは大規模な狩猟以上のものではない」

……御前会議における叛乱軍不法占拠地への遠征決定の際の軍務尚書ファルケンホルン元帥の言葉

 

 

 

 

 

少し、時間を遡る。

 

「人類防衛隊」は、人類の守護者たることを自任していた。

元は命令であったとしても、今やそれ以外に寄る辺はなかった。

 

人類の敵たる〈蛇〉を、これまで彼らは狩り、駆逐し、人類の領域を守って来た。

主戦場が、人類の活動領域を遠く離れて尚、彼らが任務を忘れることはなかった。否、電子頭脳に刻まれたその命令を忘れることはできなかったのである。

 

〈蛇〉との戦いは、本来は戦いとさえ呼べるものではなく、大規模な狩猟以上のものではないと言えるほどに彼らが常に優勢に進めていたはずであった。

つい先日までは。

 

しかし、いまや様相は一変していた。

彼らは狩られる側となった。

 

その巡航艦は一体のアンドロイドによって操艦されていた。

男を模して造られたことがかろうじてわかる造形、コストダウンとメンテナンス性のために剥き出しとなった機械部品、人類防衛隊では標準となる型式の量産型アンドロイドだった。

 

巡航艦は周囲を敵に囲まれていた。彼の指揮下にあった艦艇は既に全て失われていた。

〈蛇〉の一体が、アンドロイドの巡航艦を乗っ取ろうと近づいて来るのが見えた。

 

そのアンドロイドは、彼らのリーダーたるコードナンバー888、人類防衛隊では唯一の感情を持ったアンドロイドに対して通信を送った。

 

「こちらアンドロイド3235号、〈蛇〉が防衛線を各所で突破。我らは、孤立し各個に撃破されている。添付の情報の通り敵の戦闘パターンは今回も新規のものである」

 

返事はすぐに返ってきた。

「こちら888、了解。残存艦艇と共に撤退することは可能か?」

 

「不可能。船体に〈蛇〉が取りついた。道連れにするため自爆を試みる。これが最後の通信となるだろう」

 

「了解。貴官は人類防衛の礎として立派に役割を果たした」

 

「承知。通信終わり」

 

 

アンドロイド888は同胞たるアンドロイドへの自らの手向けの言葉に対して、自嘲めいた思念を持った。

感情を持ったアンドロイドは自らのみであるのに、時折感傷めいた言葉を発してしまうのだった。

彼は、同胞の中でも最古参かつ唯一感情を与えられたアンドロイドだった。888とは、本来は彼の所属していた組織「惑星間保安機構」におけるコードナンバーであったが、それは人類防衛隊においても引き継がれていた。

 

彼らの敵たる「蛇」は戦力を増強し、対艦隊戦術を得た。それによって人類防衛隊に対して今までの鬱憤を晴らすかのように連戦連勝を続けた。

 

かつて彼らに人類の守護者たることを命じた地球統一政府の課した制限によって、人類防衛隊は戦力、つまり艦艇の再生産ができなかった。

 

戦力は急速に枯渇し、戦況は加速度的に悪化した。

 

そして彼らは起死回生を賭けた最終決戦に、今この時敗北したのである。

 

彼らに〈蛇〉から人類を守る戦力は残されていなかった。

 

もはや、人類自身の自助努力に任せるしかなかった。

 

タイミング悪く、人類はこの未踏領域に到達し、可住惑星の開拓を開始していた。

彼らを救える可能性は低かったが、人類既知領域自体への〈蛇〉の再侵入は防がれなければならない。

 

888は、通信を送った。彼らアンドロイドには人類との意図的な接触が許されていなかった。

ゆえに、彼らが通信を送る先もまた、同胞たるアンドロイドであった。

 

地球統一政府からのかつての命令に束縛されない唯一のアンドロイド、かつてのシリウス議会議長の遺児たるアルマリック・シムスンに対して。

 

「アルマリック・シムスン、聞こえるか」

 

彼の通信に少年の声で即座に応答が返ってきた。

「こちらアルマリック・シムスン。久しぶりですね。ミスター・サクマ」

その声には親愛の情があった。

 

アンドロイド888、ミスター・サクマの通信内容を理解するにつれて、アルマリックの顔は険しいものになっていった。

 

これが宇宙暦で言うところの805年1月15日のことだった。

 

 

 

宇宙暦805年1月23日、アルタイルの銀河保安機構本部は、一人の訪問者を迎えていた。

独立諸侯連合盟主アリスター・フォン・ウォーリックの仲介によってその訪問は実現した。

 

訪問者の名はアルマリック・シムスン。

人類未踏領域に到達した開拓船団が遭遇した異形の存在に対する情報を持っているということであった。

 

新銀河連邦主席ヨブ・トリューニヒト、銀河保安機構長官ヤン・ウェンリー、同長官補佐オーベルシュタイン、首席独立保安官代理シェーンコップ、宇宙艦隊司令長官ミュラーが彼と面会した。

 

モールゲンにいる銀河開拓財団理事長アーベント・フォン・クラインゲルトも超光速通信で会合に参加していた。

 

面会者達は、相手の風貌に驚いた。

クリーム色の髪と濃藍色の瞳を持った少年だった。

 

ヤン・ウェンリーが単純な感想を口にした。

「ウォーリック伯からの話ではもっと年古りた人物という印象だったのだけど」

無論、ユリアンやエルウィン・ヨーゼフの例があるからヤンも相手を外見で侮るわけではない。

 

アルマリックは苦笑してみせた。

「間違っておりませんよ。九百年以上存在し続けていますからね」

 

「九百年!一体どうやって……」

ヤンは驚きつつも、既に思い当たるものがあった。

失伝した過去の技術……

 

ヤンの想像を、アルマリックの発言は肯定した。

「僕はアンドロイドです。正確には、生身の存在であったシリウス政府議長の息子、アルマリック・シムスンの記憶と意識を電子頭脳に転写したアンドロイドということになります。感情を持つという点で、古き時代においても数少ないアンドロイドです」

 

相手が古のシリウスに連なる者であることは会合の参加者には伝えられていた。

しかし、それでも皆感慨を抱かざるを得なかった。

地球だけでなくシリウスまでもが歴史の闇に潜んでいたとは。

ああシリウスよ、汝は万能なる悪なるものとして歴史上に屹立せん!

 

彼らの反応を見てアルマリックは肩を竦めた。

「私の来歴はあまり重要ではないでしょう。最初期とごく最近を除いて、歴史に関わることは殆どして来なかったのですから」

 

ヤンとしてはその限られた干渉の中身にこそ興味があったが、流石に面会の目的を忘れてはいなかった。

「後でいろいろ話をさせて頂きたいのだけど、まずは本題を進めようか」

 

ヨブ・トリューニヒトが口を挟んだ。

「ウォーリック伯を介した君の依頼に基づき、いくつかの措置を施した。

開拓船団には撤退の指示を出した。殆ど無駄に終わったようだが。

一方で、撤退に成功した少数の艦艇に関してはモールゲン近郊の宇宙空間での隔離処置を続けている。

また、アルタイルⅦへの新規船舶の入港も止めている。

いずれも新銀河連邦主席権限による特別な措置だ。しかし理由も説明せずにいつまでも続けられるものではない。我々にこの措置が必要な理由を早くご教示願いたい」

 

アルマリックは頷いた。

「もっともです。しかし、話は少し長くなります。話は地球統一政府の時代にまで遡るのです」

 

アルマリックは語り始めた。

歴史の影に隠されたその物語を。


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