時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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前話の最後のところを、少し修正しました 10/23






43話 新しい年の到来

宇宙暦804年11月30日、新銀河連邦主席ヨブ・トリューニヒトの名で発表が行われた。

 

曰く、先日の一連の逮捕、神聖銀河帝国元所属者のごく一部ながら犯罪に走った背景には、神聖銀河帝国元所属者の経済的困窮状態と精神的な疎外状態がある。新銀河連邦は銀河各国と協力して彼らに就労支援等可能な支援を図っていく。逮捕者についても、裁判及び刑期終了後は、同様の支援を行う。特に新銀河連邦直轄地、地球自治区、人類未踏宙域への移民希望者には移動支援等も含めた対応を実施する。

 

死者は蘇らないものの、生者に対しては手が差し伸べられた形となった。

 

銀河は平穏状態を取り戻したと言えた。

 

ユリアンの心には憎しみが澱のように残った。

この頃からユリアンは、どこかで誰かが、自分を含めた数百億人の運命を指先に乗せているようなそんな感覚に発作的に囚われることが増えた。そして、それをそのままにしておけないという怒り、焦りを抱えるようになった。

仕事に支障をきたすようなことはなかったが、ユリアンの精神の変調を身近な者達は感じ取っていた。

カーテローゼ、サビーネ、エリザベート、マルガレータ、シュトライト、マシュンゴ……

 

 

 

トリューニヒトの発表が終わった後、オーベルシュタインは、局長補佐のバグダッシュに話しかけた。

「結局、ミンツ総書記は動かなかったな。いま少し感情に突き動かされて私の暗殺でも図ると思っていたが」

「彼も守るべきものが増えましたからね。感情を抑える必要を学んだということでしょう。その点で、ミンツ総書記の危険性は下がったのでは?」

 

「卿はそう思いたいのだろうが、どうだろうな」

 

オーベルシュタインは話題を変えた。

「クリストフ・フォン・バーゼルがミンツ総書記と繋がっていた証拠も出なかった。不自然なほどに」

 

「はい。クリストフ・フォン・バーゼルとその妻が証拠隠滅の上自殺したことは間違いなさそうですが、彼の部下達の死には他殺の疑いがあります」

 

「疑っていた通り、ミンツ総書記を守るべく動く集団があると考えてよさそうだな」

 

バグダッシュは驚いた顔になった。

「ミンツ総書記が秘密の諜報部隊を持っているということですか?」

 

「彼の指示に従っていたとしたら、殺さずに彼らをどこかに逃すことを考えたのではないかな。病院で面会した際の彼の反応を考えても、彼の意思とは別に動く組織がありそうだ」

 

「……」

 

「ミンツ総書記と旧知の卿のことを、その組織の主要人物ではないかと疑っていたのだが、今回の件で卿はそれらしい行動を取らなかったな」

 

オーベルシュタインの発言は、彼がバグダッシュのことを監視させていたことを意味した。

バグダッシュは「ユリアン君を遠くから見守る会」のメンバーではなかったが、彼らにオーベルシュタインの策動を密かに伝えていた。それは実際に動き出す前であり、その後は接触を避けていた。

バグダッシュは自らへの監視が捜査開始以後であったことに安堵した。

とはいえ、そう思わせて油断させようとしているだけかもしれないが。

いずれにせよ今後は情報提供が難しくなったのは事実である。

バグダッシュは内心を必死で覆い隠して笑顔をつくった。

「ははは、まさか。私は長いものには巻かれる主義ですからな」

 

「彼と私と、どちらを長いものと見ているのだろうな」

 

義眼に見据えられてバグダッシュは身の竦む思いだった。

「閣下に決まっているじゃないですか。あっはっは」

 

「……」

 

反応のない上司に焦って、バグダッシュは話を変えた。

「いや、しかし。となると、デグスビイ主教の一団もその組織の一部だったのでしょうか?デグスビイは結局死にましたし、生き残りには逃げられて殆ど情報がない訳で。我々のエージェントも数名殉職しており、かなりの武闘派集団なのは確かですが」

 

オーベルシュタインは考え込んだ。

「どうだろうな。我々と協力関係にある黒旗の者達のような存在もあるのだから、さらに別の組織があってもおかしくないだろうな」

 

「そうですか」

バグダッシュはデグスビイの組織の正体を知らなかったが、ユリアン君を遠くから見守る会とは異なる組織であることは把握していた。オーベルシュタインを惑わせるつもりであえて言ってみたのであるが、自らの上司の洞察の鋭さを実感するだけに終わった。

 

「ミンツ総書記のことはひとまずおいて、我々の捜査に干渉した一つまたは複数の組織の正体を探ることに我々は注力すべきだろうな」

 

「そうですなぁ」

バグダッシュはこれから起こる暗闘と、自分の身の置き方を考えて心の中で溜息をついた。

 

 

宇宙暦804年12月は表面上は比較的平穏に過ぎ去った。

 

カーテローゼ達はユリアンが塞ぎ込んでいるのを見ては、遊びに連れ出した。

マルガレータは超光速通信でユリアンと頻繁に話をするようになった。

ポプランは時々月を訪れ、ユリアンを揶揄った。

ヤンと紅茶を飲むという約束はいまだに果たされないままだった。

 

大晦日から銀河の各所では新年を祝うパーティーが行われた。

日が変わるとともに、人々は新年の挨拶の言葉を交わした。

「新年おめでとう!」

「今年も連邦による平和を!」

「さあ人生はこれからだ!」

「今年もよろしく!」

 

それぞれの想いを胸に、宇宙に住む四百億の人間は新しい年を迎えることになった。

 

宇宙暦805年1月5日、オリオン連邦帝国ジークフリード帝は全銀河に向けた新年の挨拶の言葉で三年後に退位する意向を示した。オリオン王ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの政治が軌道に乗ったことを見ての決定だった。

以降、帝位は空位となり、オリオン王が名実ともにオリオン連邦帝国の国家元首となる予定である。

退位したジークフリード帝と皇妃アンネローゼはローエングラム姓もフォンの称号も捨て、一平民としてキルヒアイス姓を名乗ることになる。

変わりつつあるとはいえ、未だに階級社会の帝国においては嫡子ウィリバルト・ラインハルトを平民としたことと合わせて非常に衝撃的なことであった。

オリオン王ヒルデガルドはこれを利用して帝国の身分制度に風穴を開けるべく既に動き出していた。

 

 

さらに同年1月10日、銀河開拓財団の主導で人類未踏領域に向けて初の開拓船団が出発した。

彼らは人類領域の拡大という使命を果たす先駆けとなる。

 

銀河四国の首脳にはユリアン率いる地球財団の発見、銀河人類に対するゲノム改変、それが人口減の要因となっていた事実が伝えられていた。ゲノム治療の治験の結果も良好であり、現在は事実の公表と全銀河人類へのゲノム治療の実施をどのように進めるか、内々に議論が進められている状況である。

公にはなっていないが、戦争の終結と合わせて、銀河四国の人口は今後増加に転じることが予測されており、既知領域の発展に悪影響を与えることなく、未踏領域の大規模開拓を進めることが可能な状況となっていた。

 

船団の指導者は独立諸侯連合前盟主クラインゲルト伯である。

 

独立諸侯連合の諸侯達は、戦争終結により、防人としての義務に代わる新たな高貴なる者の義務を、開拓の先導者たることに見出そうとしていた。クラインゲルト伯は既に老齢であったが、他の諸侯達に率先して範を示そうとしていたのである。

 

モールゲンから見て銀河北方にある狭い回廊を抜けた先に人類未踏領域は広がっている。

 

銀河開拓財団グリルパルツァー大将率いる調査船団の失踪により、人類未踏領域開拓事業は一時停滞を余儀なくされていた。

しかし、その後派遣された調査船団によって開拓予定宙域の安全の確認と可住惑星の調査が完了したため、開拓計画が本格的に動き始めた。

 

第一次開拓船団の規模は一万隻、人類既知領域(ノウン・スペース)の即時の支援を期待できないため、文明社会の維持に必要な物資・資材・機械装置を満載していた。

開拓者数は二百万人に及んだ。

 

若者を中心に移民希望者の数は多く、一次が定住に成功すれば、半年後には別の惑星群に対して第二次の開拓が行われる予定である。

 

宇宙暦805年の幕開けは、このように新時代の到来を予感させるものとなったのである。

 

 

 

しかし、人類は、この先に待ち受ける運命をまだ知らなかった。

 

 


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