時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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近況報告回








41話 準備の時期

 

ユリアンは月に帰還した。

 

カーテローゼ達は、ユリアンとの結婚話がうまくいきそうなことを喜びつつも、当然ながらユリアンの怪我の状態を心配した。

しばらく激しい運動は出来ないものの、それ以外はさほど支障がないことをユリアンは説明した。

三人は三者三様に複雑な表情を示したが、「早く良くなって」以上のことを口に出すことはなかった。

 

エリザベートとサビーネの母親、アマーリエ、クリスティーネに対する挨拶は、ヘルクスハイマー伯やシェーンコップよりもはるかに楽に話が進んだ。

二人ともユリアンを以前から気に入っていたからである。

 

「これからは私のことを実の母親だとおもってくれていいのよ」

「私のこともよ」

 

ユリアンは二人に屈託のない笑顔を向けた。

「はい、お母様方」

 

「まあ、お母様だなんて……」

顔を赤らめる母親達に、サビーネとエリザベートはジトッとした目を向けるのだった。

 

 

こうしてユリアンは四人の妻に加えて二人の父親と二人の母親を得ることになった。

 

トリューニヒトが保護者でいてくれたものの天涯孤独の身の上だったユリアンとしては、義理とはいえ親ができるということ自体が照れ臭くも非常に嬉しいことだった。

 

 

 

10月に入ってユリアンとマルガレータ、エリザベート、サビーネ、カーテローゼの婚約が全銀河に向けて正式に発表された。

 

ヘルクスハイマー伯の帝国への移籍も同時に発表された。帝国、連合双方が、「旧ヘルクスハイマー領民の希望による特例」として認めたのである。

現在の財産をすべて連合に寄贈することが移籍の条件であり、ヘルクスハイマー伯はこれを了承した。

金銭はともかく、連合内に領土を持たないヘルクスハイマー家にとっては認めやすい条件だった。

一方で、帝国への帰還を考える他の諸侯達にとっては身一つで帰れと言っているに等しく厳しい条件だった。

連合の弱体化を避けたいウォーリック伯としては、帰還を望む一部諸侯に対して、よい前例を作ることができた形である。

一方のヒルダにとっても、自らに都合のよい人材にだけ特例措置として財産付与を考えることができるため、権力基盤の維持のためには悪くない話であった。

 

帝国と連合によるこの合意は、ユリアンに対する配慮だと世間から見られた。

主要二国にそのような配慮をさせたユリアン・フォン・ミンツに対して、警戒と、また一方では畏怖の念をさらに強める結果となったのだった。

 

勿論、四人との重婚自体も大きな話題となった。

 

男性の反応はやっかみと同情の二つに分かれた。

女性からも反感と同情、それにユリアンの結婚を悲しむ声がそれぞれあった。

 

「ユリアンを遠くから見守る会」のメンバーにも、ユリアンの結婚という事実を悲しむ人が多かったが、中には、四人も五人も変わらないから自分にもチャンスが、と考えるような人もいた。しかし、遠くから見守ることが趣旨の会であるため、ユリアンに対する直接的なアプローチは会報において禁止が通達された。

 

マルガレータに対しては、いろいろな点から、多くの人間が同情的だった。

とはいえ、マルガレータ本人は、旧領回復目当てに父親に売られただとか、ユリアン・フォン・ミンツに誑かされたなどという見解を示された時には毅然とした態度で反論していた。

 

ユリアンと四人の結婚式は、マルガレータが出産して少し落ち着いた頃、翌年の6月頃を予定することになった。

 

大規模な結婚式になるため、ユリアンはその準備でも非常に忙しくなったのだった。

 

 

 

 

婚約の発表を機に、ユリアンには各方面から祝電や、何らかの連絡が相次いだ。

 

四大国首脳や新銀河連邦主席、新銀河連邦主要組織の代表からは形式の整った祝電があった。

 

ジークフリード帝からの祝電には「私も勇気をもらいました」という意味深な言葉が添えられていた。

 

保安機構宇宙艦隊司令長官のミュラーからも祝電があった。ミュラー自身はいまだに独り身である。なお、副司令長官のアッテンボローも独り身だった。

 

クリストフ・ディッケルからは「マルガレータを泣かしたら許さない」という一言だけの連絡があった。

ディッケルに限らず、マルガレータは銀河保安機構の中でも人気があり、悲しむ男性陣は多かったとユリアンは伝え聞いていた。

 

地球財団及び自治区の職員や幹部からも祝意を伝えられた。

ユリアン直属の部下にあたる自治区警備隊長ベンドリング准将は、お祝いの言葉と裏腹に表情が沈んでおり、ユリアンは少し戸惑うことになった。

 

ベルンハルト・フォン・シュナイダー改めベルンハルト・フォン・メルカッツとゲルトルード・フォン・メルカッツからは祝電ではなく超光速通信で直接連絡があった。

ゲルトルードは幸せそうで、ユリアンはそのことが嬉しかった。気丈に見えて一時は父親の死によって鬱状態になっていた彼女だったが、ベルンハルトのサポートによってその状況を乗り越えていた。

「婚約おめでとう。正直驚いたけど、あなたならあり得る話だったわね。一足先に結婚生活を送っているから、いろいろ相談に乗るわよ」

彼女自身は既に臨月だった。

彼らはメルカッツ家を立て直すために独立諸侯連合に戻っていた。神聖銀河帝国に協力したことで周囲の風当たりが強いのではないかとユリアンは心配もしていたが、メルカッツ元帥元門下の軍人達のおかげもあってなんとかやっているようだった。

 

モールゲンに収容されているエルウィン・ヨーゼフからも祝電があった。日頃は連絡を取ることは制限されているが、今回は特例として認められた。

「ミンツ伯と四人の婚約を祝福する。ゴールデンバウムの血脈にミンツ伯を迎えられることを余は嬉しく思う」

 

レムシャイド侯やド・ヴィリエからも同様に祝電があった。

レムシャイド侯からのものは、引き続きサビーネ様、エリザベート様をよろしく頼む、との内容だった。

 

ド・ヴィリエからの祝電には謎めいたメッセージが付けられていた。

「何も終わってはいない。いつか必ずそれは現れる」

 

ド・ヴィリエは何を伝えたかったのか、ユリアンにはわからなかった。

ド・ヴィリエはユリアンの知る中で地球教団の最暗部を最もよく知る人物であった。

ド・ヴィリエがそれを明確に伝えることを避けたのは、そこに身の危険を感じたからだろう。それにも関わらずユリアンに何かを伝えたのは彼なりの善意だとユリアンは考えた。

何にせよ、地球財団独自の防諜体制の構築を急ぐ以外では、ユリアンとしては油断しないという以外の方策がなかった。

 

牢獄の内外を問わず旧神聖銀河帝国関係者から祝電が来た。

 

「このランズベルク伯アルフレッド、祝意を込めて詩を作りました。……」

ランズベルク伯からのものだった。

 

「ブラウンシュヴァイクの一門になるのだ。叔父上の名に恥じぬようせいぜい励め」

フレーゲル男爵からのものだった。

 

「チョコ・ボンボンはもう要りません」

同盟で「療養」の続くアンドリュー・フォークからの婚約とは関係のないメッセージに、ユリアンは首をひねった。

チョコ・ボンボンはフォークの好物のはずだとユリアンは考えていたし、それをユリアンが送り、外部に彼を気にかける者がいることを病院関係者が意識することでフォーク元中将の扱いが少しでもよくなればとユリアンは考えていたのだ。

検閲を受けていて直接書くことが難しい窮状を謎めいたメッセージで伝えようとしたのかもしれないとユリアンは思った。

今度、倍量のチョコ・ボンボンを送って反応を見てみようと思った。

 

リンチ元少将からも祝電と近況報告があった。

「娘から十数年ぶりぐらいに連絡があった。あんたを紹介してくれ、だと。紹介した後にどうなるのか怖かったから断ったが、久々に娘と話せたのはあんたのおかげだ。感謝する」

 

旧神聖銀河帝国関係者で祝電が来ない人もいたが、生活に困窮している者も多いことを考えればしょうがないとも思うし、ユリアンとしても生活にお金を回して欲しいとも思う。

 

 

 

シャルロット・フィリスからも、その父親からのものと一緒に祝電があった。

「ユリアンお兄様、マルガレータお姉様、ご結婚本当におめでとうございます。結婚式でお二人の晴れ姿を見たいのですが無理なお願いですよね」

「ご結婚おめでとう。お願いだから今の四人で満足してくれ」

 

キャゼルヌ中将はまるで僕を色情狂だと考えているようじゃないか、とユリアンは不満に思った。しかし、シャルロットが結婚式に参加したいと望んでいるため、シャルロットと一緒に中将も結婚式に呼ぶ方向で考える事にした。

 

いつの間にか大佐に昇進していたバグダッシュからも祝電があった。

「ご婚約おめでとうございます。大事な時期なので身辺には十分に注意して過ごしてください」

身体ではなく身辺と書かれていたことがユリアンには気になった。バグダッシュが現在はオーベルシュタインの部下であることと何か関係あるのだろうか?ユリアンとしても今の時期に下手な動きをするつもりはなかったが、より警戒しておくに越したことはなさそうだった。

 

同盟からはジャワフ准将やニルソン大佐などのかつての第十三艦隊関係者やパエッタ退役中将から祝電があった。

ユリアンは懐かしさを覚えた。未熟な自分の指揮に不平を言わずに従ってくれた人達。期待に応えられなかったこと、彼らをある意味で裏切って神聖銀河帝国に所属したことの後ろめたさが、ユリアンから彼らに連絡を取ることを避けさせていた。

しかし、彼らは祝電を送ってくれたのだった。

パエッタ退役中将はフェザーンでの敗北の全責任をユリアンの代わりに取ることになった。ユリアンの将来を考えてくれてのことだったが、ユリアンの行動のせいで全て無駄になった。

ユリアンは、新銀河連邦成立後にフェザーンでの戦いに関しての自らの不手際を説明する論文を書いて、同盟のメディアに送付した。メディアはこれを大きく取り上げ、パエッタ提督の名誉回復には役立ったが、退役自体を取り消させることはできなかった。

だが、パエッタが報告してくれた近況ではそれなりに引退後の生活を楽しんでいるようだった。

フェザーンではボロディン、ウランフ、ルフェーブルとも共に戦った。

ルフェーブルは戦死したが、ボロディン、ウランフは生き残った。

ボロディンは大将に昇進してビュコックの後任として宇宙艦隊司令長官となっていた。ウランフも大将に昇進したが、艦隊司令官に留まっていた。

数年後にはグリーンヒル統合作戦本部長が退任し、ボロディン統合作戦本部長、ウランフ宇宙艦隊司令長官の体制になることが既定路線と思われている。

パエッタからのメッセージには、二人からもよろしく伝えてくれと言われた、と書かれていた。

二人がユリアンに対して直接の祝電を避けたことが、同盟におけるユリアンへの風当たりの強さを伺わせた。

 

 

その他、ユリアンには意味不明の連絡も多数あった。

例えば、「ご婚約おめでとうございます。これからもご活躍を遠くから応援させて頂きます」とのメッセージで、差出人はCWOJFとだけ書かれた祝電である。名前なのか何かの略なのかもよくわからなかった。

 

他にも差出人なしで、

「婚約おめでとう。でも、運命がこの先には待っているわ」

という意味深なメッセージもあった。

 

 

ユリアンは祝電を整理する中で、そこに保安機構月支部のアウロラ・クリスチアン少佐からのものがないことに気づいた。

普段の彼女の態度からすれば祝電がなくてもしょうがないとも思うが、最後の会話で心配してくれていたことがユリアンには印象に残っていた。

 

ユリアンは思いついて、アウロラに連絡を入れた。

 

「何かご用でしょうか?ミンツ総書記」

スクリーンに出たアウロラは妙に憔悴していた。

 

ユリアンはその様子に驚いて尋ねた。

「クリスチアン少佐、何かあったのですか?」

 

アウロラは少なくとも表面上はいつも通り淡々と返した。

「……いえ、何も。それより、何の用ですか?」

 

「すみません、以前ご心配を頂いていたようなので、心配事は解決しましたとご報告を入れたくて」

アウロラ・クリスチアンが心配してくれているとは思っていなかっなので、ユリアンは印象に残っていたのだ。

 

「解決……?ああ、ご結婚の話ですね。既に発表された話ですから、わざわざ報告頂かなくとも。用件はそれだけですか」

 

「いえ、もう一つ。結婚式の招待状を送ってもいいですか?」

 

アウロラは目を瞬いた。

「私などが参加してもいいのですか?」

 

「駄目なんですか?」

 

「……いえ」

 

「では、送りますね」

 

「……用件はそれだけですか?」

 

「いえ、もう一つ。お礼を言いたくて」

話しながらユリアンはアウロラに笑顔を向けた。

「心配して下さってありがとうございます。僕はクリスチアン少佐を誤解していました。実は優しいのですね」

 

アウロラはユリアンから急に顔をそむけた。

「……そんなことを言うと、女性は勘違いしますからやめた方がいいですよ。ただでさえあなたは脇が甘いのだから」

 

「何を勘違いするんですか?」

 

「っ! いや、もういいです。招待状は受け取りますので。それでは」

通信を切られてしまった。

 

だが、ユリアンは不思議と不快には思わなかった。また心配してくれているのがわかったからだ。

脇が甘いという一言だけは不本意だったが、昔シンシア・クリスティーンに「ユリアン君は騙されやすいから」と言われたこともまたユリアンは思い出していた。

シンシアさんが生きていたら僕の結婚を喜んでくれるのだろうか、とユリアンは思ってしまった。

他の女性のことを考えるのは、結婚する四人のことを思えば、きっとよくないことなのだろう。シンシアさんのことは少しずつ忘れていくべきなのだろうか、と考えてユリアンは悲しくなった。

 

 

 

アウロラ・クリスチアンはユリアンとの通信を切った後、大きく息をついた。

大好きなユリアンと長く話していると、感情が揺り動かされて仕方がなかった。だから限界が来る前にいつも話を打ち切らないといけなくなるのだ。

 

彼女はユリアンが結婚することを喜ぶべきことだと思っていた。結婚する女性達に対しての嫉妬はあった。しかし、理屈の上ではこの結婚がもたらす関係がユリアンの立場を強めることになると考えていたからだった。

特に、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーがユリアンの味方と見なせるようになったことは喜ぶべきことだった。

銀河保安機構におけるユリアンの取り扱いは、多数の警戒とヤンを含む一部の人間の個人的な好意の間で微妙な均衡を保っていた。

マルガレータがユリアンと敵対してしまえば、機構全体がユリアンの敵に回る可能性が高かった。オーベルシュタインの司る暗部だけでなく機構全体を相手にすることは、自らが代表を務める「ユリアン君を遠くから見守る会」にとっても困難なことだった。

 

しかし、これで見守る会の総力をオーベルシュタイン率いる情報局に対して集中できることになった。

そのオーベルシュタインこそが問題だったのだが。

アウロラの憔悴は、ユリアンの結婚だけが原因ではなかった。

 

アウロラは、外部と通信を始めた。

「J137、状況は?」

「こちらJ137、先んじて対象の確保に成功」

「説得は?」

「実行中」

「不調に終わった場合は予定通りに」

「了解」

 

短時間で通信を終えてアウロラは呟いた。

「私は遠くからあなたを守れれば十分。だからあまり感情を揺さぶらないで。我慢できなくなるから」

 

 

 

 

 

ユリアンの婚約が発表されて数日後、ヤンはキャゼルヌの愚痴を聞かされることになった。

「おい、ヤン。聞いたんだが、あのユリアンの婚約にお前さんも一枚噛んでいたらしいじゃないか」

 

ヤンはなんとも言えない表情になった。

「一枚噛んでいたといえばそうなのかもしれませんが、別に大したことはしていませんよ」

 

「やめさせてくれたらよかったのに」

 

「そんな無茶な。やめさせてどうするんです?」

 

「聞いてくれ。うちのシャルロットがこう言うんだ。「四人が五人になってもきっと大丈夫よね。私もユリアンお兄様と結婚すれば、メグお姉様とも自動的に家族に」……なんておぞましいことを言うんだろう」

 

ヤンは暢気に答えた。

「微笑ましいですね」

 

 

「全然微笑ましくない!せいぜい7、8歳ぐらいでの発言ならまだしも、シャルロットはもう15歳なんだぞ!」

 

「あれ?もうそんなに大きくなりましたか」

 

「そうだよ!あのユリアンにだけはシャルロットはやらん!」

 

「それ、前も聞きましたよ。それならアッテンボローあたりならどうですか?」

 

「……前に冗談でアッテンボローに言ってみたら、真剣に考え込まれてしまったんだよ。あれはかなり本気に見えた。あいつ、実はロリコンなのか?」

 

「……」

 

父親はやっぱり難しかった。


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