ユリアンはまずヤンと連絡を取った。
ヤンはユリアンの説明を聞きながら表情を複雑に変化させた。
説明が終わった後、ヤンは困ったように頭をかきながら言った。
「説明ありがとう。納得していいものかどうかはわからないが、とりあえずわかった」
ユリアンは頭を下げた。
「ご心配をおかけしました」
この数ヶ月、ヤンを心配させっぱなしだったろうとユリアンは思う。
ヤンは苦笑した。
「私のせいで君達が仲違いしたのではないかと責任を感じていたんだ。いろいろ予想外だけど、あのままよりはずっといい……のかな?とりあえず、おめでとう。いろいろ大変だと思うけど……」
歯切れは悪かったが、ヤンはユリアンとマルガレータを祝福した。
ユリアンはヤンに頼みたいことがあった。
「ヤン長官」
「わかっている。連合盟主ウォーリック伯への取りなしだろう?」
「はい。どうかよろしくお願いします」
ヘルクスハイマー伯の帝国への移籍を円満に実施するには連合盟主の了解が不可欠だった。しかし、終戦会議の一件もあって、ユリアンはウォーリック伯に直接連絡を取りづらかったのだ。
「私も君達のために少しは協力するよ。まあ、ウォーリック伯も、別に君のことを嫌っているわけではないから、話の持って行き方次第だと思うけどね」
「そうでしょうか?」
「だと思うけど。この際、三人で話をしてみようか」
「……わかりました。ただ、先にもう一つお願いが」
「何だい?」
「結婚式を挙げることになると思うのですが、新婦であるマルガレータ側のスピーチを」
「……2秒でいいかい?」
ユリアンは笑顔で答えた。
「駄目に決まっているでしょう」
ヤンは、ウォーリックにも超光速通信を入れ、三人で遠隔の相談を行なった。
状況を知らされたウォーリックは苦笑するしかなかった。
「ヤン提督の時も呆れたもんだが、君は輪にかけて大概だな。ペテン師の弟子は師匠を越えたか」
ヤン提督はユリアンと一緒の扱いをされたことに抗議した。
「私の相手はローザ一人ですし、女伯夫君というのは歴史上に前例のあることです」
「それを言ったら重婚だってそうだろうが」
ヤンのことは放っておいて、ウォーリックはユリアンに声をかけた。
「ヘルクスハイマー伯の移籍の件は少し検討させてくれ。まだ確約できないが悪くない返事ができるとは思う」
ユリアンはウォーリックの意外な言葉に驚いた。
「認めてもらえるのですか?」
「ああ。ちょうど別に何件かそういう話が上がってきていたところなのだ」
銀河に平和が訪れ、銀河帝国が「消滅」したことで、連合に亡命した帝国貴族の中にはオリオン帝国への「帰還」を望む者も出始めていたのだ。
まだ表には出ていない話だが、その中には領土ごと帝国への移籍を望む者もいて、オリオン帝国との間の新たな火種になり兼ねないところだった。
「私としては、今回の件を連合にとって都合の良い前例にできる気がするのだ。ヘルクスハイマー伯とも直接話をしてみることにする」
ウォーリック伯はさらに言った。
「いろいろ言う奴もいると思うが、今回の件、君が一番苦労する役回りにも見える。俺はこの件では君を応援するよ。祝電も送ってやる」
「ありがとうございます」
ユリアンはもう少し強面の対応をされると思っていたので拍子抜けする思いだった。
ユリアンの戸惑いをウォーリック伯も感じ取っていた。
「終戦会議の時は悪かったな。立場上、あの時はあのような態度を取らざるを得なかったのだ。個人的に含むところは何もない」
「いえ、謝罪されるようなことは何も」
「時と場合で今後も対立することもあるとは思うが、何にせよ今後もよろしく頼むよ」
「こちらこそお願いします」
実のところ、ユリアンは終戦会議の一件をそれなりに根に持っていたのだが、ウォーリック伯の言葉に過去のことは水に流すことにしたのだった。
ウォーリック伯との和解という、思わぬご祝儀も得て、対連合の交渉は成功裏に終わらせることができた。
新銀河連邦主席、トリューニヒトへの報告はもう少し大変だった。
「勿論祝福はする。するが、ユリアン、相当非常識なことをしているという自覚だけは持った方がいい」
「はい」
説教が始まったのだ。トリューニヒトなりの「被保護者」としての親心だということを理解していたから、ユリアンも黙って聞くことにした。
「月にいた三人との関係をはっきりさせておかなかったのは、このような事態となっては君の落ち度だ」
「はい」
「あまり言いたくはないが、避妊は考えなかったのかね?」
「お恥ずかしい限りです」
「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフとアリスター・フォン・ウォーリックの双方に借りをつくったのも、あまりうまくはなかったな。私に先に相談してくれればよかったのに」
「視野が狭くなっていました」
「それに、状況に流され過ぎてはいないかね?マルガレータ嬢と結婚して他の三人は愛人という形にはできなかったのかね?外聞が悪いのは変わらないが、納得はされやすいし、余計な小細工をする必要は減ったと思うが」
「それだけはできません。僕は四人とも愛していますし、四人の誰かに対して不誠実な対応をする気はありません」
そこだけはユリアンとしても譲る気はなかった。
ユリアンのはっきりとした主張にトリューニヒトは目を見開き、笑った。
「そうかそうか。それならしょうがないな。君は自分のやりたいことを貫いたんだ。胸を張っていればいい」
今までも暴走は多かったにせよ、ユリアンがトリューニヒトに明確に「反抗」を示したのはこれが初めてかもしれない。そのことをトリューニヒトは保護者として嬉しく思ったのだった。
ユリアンの地球自治区長という立場を考えれば同盟のレベロ議長、フェザーンのケッセルリンク国主にも外交上のバランスをとるために内々に連絡を入れるべきである。だが、それはひとまずウォーリック伯からの返事を待ってからのことになる。
最後に難題が残った。
カーテローゼの父、ワルター・フォン・シェーンコップである。
超光速通信で連絡を入れたところ、直接会いに来いと言われたのである。
ユリアンはキッシンゲンを離れてアルタイル星系に向かうことになった。