時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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暴力描写が少しあります。ご注意


2話 恐怖の銀河帝王事件その2

2日経って、マルガレータの発信した信号がアッシュビーに届いた。

アッシュビーのハードラックとディッケルの高速巡航艦ノヴァが現場に急行した。

 

だが、その場所が問題だった。

 

急行してみると何もなかったのだ。ただ一つ赤色巨星があるだけで他には何もなかった。

惑星も小惑星も、彗星すらも。

 

アッシュビーとディッケルは頭を悩ませ、スクリーン越しに議論を続けた。

「人工、天然どちらでもよいが、一定サイズの天体でなければ、人間は長期間生活できず、根城にはできない。しかしそのような天体が全く見当たらない」

 

悩みに悩んだ末ディッケルがついに言った。

「ヘルクスハイマー中佐がミスをしたのではありませんか。まだ根城に着いてもいないのに信号を発信してしまったとか」

アッシュビーもその可能性を否定できなかった。

 

そこでクスクスと笑う声が聞こえてきた。

ユリアンのものだった。

 

アッシュビーが努めて冷静に尋ねた。

「何がおかしいんだ?」

 

ユリアンは流石に失礼だったと思い、笑いを引っ込めた。

「失礼しました。ただ、自信満々だったディッケル少佐の意見があまりに的はずれだったので思わず笑ってしまったんです」

 

ディッケルの顔が赤くなった。彼が口を開く前にアッシュビーが尋ねた。

「君には別の考えがあるのか?」

 

「はい。多分真銀河帝国を名乗る輩はこの星域にいますよ」

 

「どこにいるというんだ?」

 

「真銀河帝国は中規模の海賊程度と目されているのでしょう?最大数千人程度の規模です。そうであれば戦艦が数隻もあれば収容するのに事足ります」

 

ディッケルが馬鹿にしたように鼻を鳴らして反論した。

「何を言うかと思えば。人間は植物と土がないと精神的に不安定になるんだぞ。戦艦のような小規模な環境ではコミュニティが長くは保たない。なあ、イセカワ軍医大尉?」

サキもディッケルに同意した。

 

ユリアンはこともなげに答えた。

「別に全員が精神的安定を保つ必要はないでしょう。艦船で人間が精神の安定を保てなくなるのは、乗組員全員が精神を安定させられるような大規模な環境を用意できないからです。上層部のことだけを考えれば、植物と土のある小規模な環境を用意することは可能です。下の人間は狂おうがどうなろうが気にしない。戦力にさえなればいいんです」

 

アッシュビーは動じなかったがディッケルとサキは唖然とした。

「そんな悪魔みたいなことをする奴がいるのか!?」

 

 

ユリアンはディッケルのその素朴さを羨ましく思った。

「そういう人間はいるんですよ。彼らは男手を最近集めているでしょう?きっと兵士の補充の為です」

 

「そんな……」

ディッケルとサキがあまりにショックを受けているのを見てユリアンは多少可哀想になってきた。

 

「もう一つの可能性もあるのですけどね」

 

「何だ?」

 

「植物も土も不要とする者達を配下としている可能性です。銀河の流民、フリーマンという言葉に聞き覚えはありませんか?」

 

アッシュビーはその存在に聞き覚えがあった。

「劣悪遺伝子排除法の対象となりルドルフの弾圧を受けたという、0Gに適応して惑星に戻れなくなった民達のことか」

ルドルフ台頭以前、人類の中には0Gに適応した集団が生まれていた。彼らは、巨大な頭と筋力の衰えた体を持ち、動力服で筋力を補っていたという。彼らは銀河連邦末期には総数数千万人にもなり、恒星間空間に独自の勢力を築き上げつつあった。

だがルドルフは、彼らを人類という種の枠組みを壊す存在と見なし、徹底的に弾圧し、絶滅に追いやったのだ。しかし、彼らが本当に絶滅したという確証もなかった。彼らが宇宙の辺境で生き延びていたとしたら……

 

「はい。その通りです。ナルニアを襲った連中の一部に動力服に身を包んだ者達がいたでしょう?彼らがそうなのではないかと僕は疑っています。0Gに生きる彼らなら土を踏む必要もなく、そもそも0Gではそのようなこと自体ができないでしょう」

 

アッシュビーは考え込んだ。

「重力制御全盛のこの時代に0Gでの戦闘に慣れた者がそうそう現れるはずもなし。あり得なくはないが……」

 

ディッケルはユリアンを問い質した。

「兵士を消耗品にしているのか、そもそも植物と土のある環境が不要な者達なのか、それはもういい。だが、肝心なのは何処にいるかだ。我々は既にこの星域を探索したんだ。一体何処にいると思うんだ?」

 

ユリアンは答えた。

「捜索したと言っても、直径1km弱の物体まで精査したわけではないでしょう?戦艦といえばそのくらいのサイズです。もっとよく捜せばきっと見つかりますよ。赤色巨星の近傍などは、ノイズに紛れるのにかなり適していると思いますよ」

 

 

アッシュビーはユリアンの考えを受け入れ、捜索は実行に移された。

 

手が空いたアッシュビーはユリアンを探した。

 

アッシュビーはユリアンに言ってやらねばならぬことがあった。

ユリアンがディッケルに挑発されたことには気づいていた。ユリアンの態度もそれに誘発されたのだろうとも思う。だがあのような態度は敵をつくるだけだ。マルガレータとも対立したというし、ユリアンは同年齢との付き合い方を全くわかっていないのかもしれない。

年長者として、エンダースクールの先輩として一言言ってやらなければ。

そう思って、ようやくユリアンを見つけたのだが、

 

バシン!

 

彼の副官にして妻のフレデリカが、ユリアンを思い切りひっぱたいていた。

 

「君、あの態度はないわ!思い上がりも程々になさい!」

 

……アッシュビーが言いたかったことは結局すべてフレデリカが代弁してくれた。

 

フレデリカの「修正」を受けて反省したユリアンは、ディッケルとアッシュビーに素直に謝ったのだった。

 

……思わす手を出してしまったフレデリカも、その後ユリアンに謝った。

 

 

宇宙暦802年10月25日 ???

マルガレータはシャルロット・フィリス達と共に、真銀河帝国の連中が後宮だと主張するだだっ広い牢屋に手枷をつけられ閉じ込められた。マルガレータとしては既に信号を発信したので後は耐えるだけだった。

母親と引き離されて、不安に苛まれ、幼児退行気味のシャルロット・フィリスを落ち着かせようと色々世話を焼いているうちに「メグお姉ちゃま」と呼ばれるようになり、すっかり懐かれてしまった。

 

ここに連れてこられて1日目、2日目は、食事が運ばれて来ただけだったが、3日目の今日は違った。

 

巨体、いや、肥満体の男が部下を引き連れてやって来たのだ。

「ほう、増えているな。今日は誰にするかな」

 

こいつがルドルフ3世なのだとマルガレータは理解した。顔のつくりだけはルドルフ2世にどことなく似ていなくもないが、その男は明らかに成人していた。

 

「後宮」の年若い女性達を品定めするように眺めていく彼の視線は、シャルロットのところで止まった。

「この娘にしよう」

 

このロリコンめ!とマルガレータは思った。

 

「いやあ!メグお姉ちゃまあ!」

「暴れるな。余は銀河の帝王ルドルフ3世なるぞ。余の寵愛を受ける栄誉を喜べ」

 

「お待ちください!」

部下に命じてシャルロットを連れて行こうとするその男を、マルガレータは呼び止めた。

 

「何だ?」

「……ぜひ私めにご寵愛を」

 

「んんん、年増には大して興味がないのだがな」

「!」

羞恥心と20にして年増と言われた屈辱で、我を忘れそうになりつつも、マルガレータは何とか耐えた。

 

ルドルフ3世は何かを思いついた顔をした。

「そうだ。確かに二人同時というのは経験がない。そなたもついて参れ」

 

「後宮」を出ると廊下は全く重力が働いていなかった。マルガレータとシャルロットは首輪と手枷をつけられ、ルドルフ3世に引っ張られた。

マルガレータは蹴りをくれてやろうかとも考えたが、不用意なことをしてシャルロットが殺される可能性を考え、断念した。

 

ルドルフ3世の部屋につくと、そこもまた0Gだった。

 

部屋の中はルドルフ3世とシャルロット、マルガレータ、それに、やけに立派なベットと机が床に固定されて存在するのみだった。

 

ルドルフ3世は二人に命令した。

「さあ、余を慰めよ」

 

もはや我慢ならぬ。

マルガレータはその感情のままにゆらりと立ち上がった。

手は封じられているが、脚で蹴り倒すことはできる。

マルガレータのその考えに気づいたのかどうか。ルドルフ3世は机からおもむろにブラスターを取り出し、マルガレータの脚を撃った。

 

「がぁ!」

マルガレータは苦痛の声をあげ、脚を押さえた。シャルロットが悲鳴をあげた。

「お姉ちゃま!」

 

ルドルフ3世は無感動だった。

「大げさな。ただのかすり傷だろう?目が挑戦的だったから念のためだ」

 

ルドルフ3世はマルガレータに近づき、彼女を仰向けにした。

「まずはお前がこの娘に手本を見せてやるんだ。余の慰め方の手本をな」

 

シャルロットが耐えきれず叫んだ。

「メグお姉ちゃまあ!」

 

マルガレータは、いざとなれば辱めを受ける前に舌を噛んで死のうと思っていた。

しかしシャルロットの前でそんなことはできない。

「大丈夫。大丈夫よ。シャルロット。大丈夫だから」

マルガレータは自らに覆い被さろうとする男を無視して、ただただシャルロットに微笑みかけた。何も考えず、少しの間我慢すればよいだけだ。

 

ルドルフ3世の顔はマルガレータに近づいていき……

急にマルガレータの体に異常な重さがかかった。

部屋が1Gとなった上に、ルドルフ3世の肥満体が彼女の体に乗っかっているせいだった。

「何だ!?重力制御のミスか?」

慌てるルドルフ3世だったが、その肥満のせいで思うように体を動かせなかった。

彼がマルガレータの上でもぞもぞと動いていると横に誰かが立つ気配がした。

 

「何をやっている?」

その声とともにルドルフ3世の顔は装甲服のブーツで思い切り蹴り上げられた。

彼の肥満体は1G下にも関わらず壁まで吹っ飛び、そのまま床に沈んだ。

 

 

マルガレータを助けたのはユリアンだった。その表情は怒りに満ちていた。

 

ユリアンはマルガレータの肩を掴み問い質した。

「マルガレータ!大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃ!まだ何もされていない」

 

それを聞いたユリアンは、

「そうか。よかった」

そう言って心底安心したというように柔らかく微笑んだ。

 

マルガレータはその表情に少し見とれて、この男はそんな顔もできたのかと思った。そして、その表情が自分の無事に安心してのものだと気づいて、気恥かしくなった。

「妾のことはよい。ユリアン、シャルロットの方を気にかけてくれぬか!」

言葉遣いが昔に戻っていることにも、相手を名前で呼んでいることにも気づいていなかった。

 

ユリアンはようやくもう一人いるのに気がついた。マルガレータの手枷を急いで外し、シャルロットの方に向かった。

「シャルロットというのは君か!?大丈夫か?」

 

「へえっ!?私?私は大丈夫です!」

シャルロットは目の前で起こったことにまだ呆けていた。お姫様の危機に王子様がやって来た。彼女の目にはそのように見えていた。

 

ユリアンは彼女にも笑みを見せた。

「よかった!」

その笑みを見て安心したシャルロットの目からは涙が溢れてきた。

シャルロットはユリアンに抱きついた。

「怖かったよお!ユリアンお兄ちゃまあ!」

 

シャルロットはユリアンとは初対面だったが、マルガレータが先程呼んだ名前をしっかりと覚えていたのだ。

 

ユリアンがシャルロットをあやしていると、横から声が聞こえて来た。

「ユリアン……?」

この世の淀みを一身に背負いこんだかのようなその声が、明るくなりかけた空気を一瞬で打ち消した。

鼻血を流しながら、ルドルフ3世が体を起こしていた。ブラスターの狙いをユリアンに合わせながら。

 

ユリアンはシャルロットをマルガレータの方に逃がした。

 

「あの、ユリアン・フォン・ミンツが、何故余を痛めつける?余はルドルフ3世。ゴールデンバウムの血脈ぞ。ミンツ伯、余に従うのだ。共にゴールデンバウム王朝の再興を目指そうぞ」

 

マルガレータはユリアンのことを一瞬不安に思った。彼が自分達を見捨ててルドルフ3世の側につくのではないかと。

 

ユリアンは彼女に頼んだ。

「ヘルクスハイマー中佐、シャルロットのことを頼む」

ユリアンの低い声からマルガレータは察して、シャルロットの目と耳を塞いだ。

 

「ゴールデンバウムの血脈?それがどうした?」

ルドルフ3世は露骨に狼狽えた。

「何!?ユリアン・フォン・ミンツはゴールデンバウムの守護者ではないのか!?サビーネやエリザベートを保護しているだろうが!?」

 

ユリアンはルドルフ3世にゆっくりと近づいた。

ルドルフ3世はブラスターを立て続けに撃ったが、それは狙点を予想されているかのようにユリアンに避けられた。

ユリアンはついにルドルフ3世の腕を掴み、そのまま馬乗りになった。

そして、彼に宣告した。

「ゴールデンバウム王朝などどうでもいい。ぼくが守りたいのは正義を主張する者の手から零れ落ちる者達だ。……そしてお前はその僕の手からも零れ落ちる下劣な存在だ」

 

ルドルフ3世はなおも主張した。

「余は真のていルドルフなるぞ!」

 

ユリアンは叫んだ。

「お前がルドルフのクローンだろうが何だろうが構うものか!あの気高い少年とお前は全く別の存在だ!」

 

ユリアンはルドルフ3世を名乗る男を殴った。何度も何度も。悲鳴をあげる彼を。彼が意識を失ってからも。

 

マルガレータはシャルロットの目と耳を塞ぎ続けながらユリアンに呼びかけた。

「ミンツ総書記!もうやめてください!その男が死んでしまいます」

 

ユリアンは止まらなかった。

 

マルガレータはもう一度呼んだ。

「ユリアン!」

 

ユリアンは我に返って立ち上がった。

そのまま何事かを考えていた。

 

マルガレータは安堵していた。

ユリアンがルドルフ3世の味方をしなかったことを。

最後、ルドルフ3世を殺しそうになったものの、自分の言葉を聞いて止まってくれたことを。

 

マルガレータはユリアンに助けてくれたお礼を言おうとした。

 

「ミンツ総書記、ありが」

「ヘルクスハイマー中佐。君は何をやっている?」

 

マルガレータの言葉はユリアンの冷たい声に打ち消された。

 

マルガレータは動揺しながらも尋ねた。

「何を、とは?」

 

振り返ったユリアンはシャルロットに一度目を向け、それからマルガレータに視線を移して睨んだ。

「君は僕を殺すんだろう?こんなところで何故その僕に助けられる羽目になっているんだ?」

「それは!」

「そんな無能が僕を止められるのか?殺せるのか?勘弁してくれ」

 

ユリアンの一言一言が氷の剣となってマルガレータの胸に突き刺さった。

 

マルガレータは何も言えなかった。顔をうつむかせ、心を整理した。そんなことを言うなら優しい顔を向けたりするな、そんな思いを胸の奥底にしまい込んだ。

それから顔を上げてユリアンを睨んだ。

 

「そうだったな。悪かった。このマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー、二度とこんな醜態は晒さぬと誓おう。貴様が道を再び踏み外した時にはいつでも殺せるように」

 

「ああそうしてくれ。この次同じことがあったらその時、僕は君に失望する」

 

それは、もう一度同じことが起きたらまたマルガレータを助けるという意味でもあったが、マルガレータはそのようには受け取らなかったし、言った本人も気づいてはいなかった。

 

「安心するがいい。そんなことは起きない」

 

沈黙が訪れた。

ユリアンは、マルガレータから目を逸らした。

「じきに他の救援が来る。彼らと合流してくれ」

 

「ミンツ総書記」

立ち去ろうとしたユリアンをマルガレータは呼び止めた。

 

「まだ何か?ヘルクスハイマー中佐?」

 

「シャルロットを先に連れて行ってもらえませんか?彼女を早く安心させてあげたいのです」

そう言ってマルガレータはシャルロットの耳と目に当てていた手をどけた。

 

ユリアンはマルガレータの冷たい声に心にさざ波が立つのを自覚しながらも、冷静に応じるように心がけた。

「わかった。シャルロット、こっちにおいで。お父さんとお母さんのところに戻ろう」

「はい!でもメグお姉ちゃ……お姉様は?」

 

「私はまだ仕事が残っているから。先にユリアンお兄ちゃんについて行って。また後で会いましょうね」

 

シャルロットは迷いつつもユリアンの元に歩み寄った。

「お姉様……気をつけて!」

 

 

部屋を出る時、ユリアンは一度マルガレータを振り返った。マルガレータは座り込んだままで彼の方を見てはいなかった。

ユリアンは口を開き、そのまま言うべきことに迷い、結局何も言わずに立ち去った。

 

少し時間が経って、ようやく別の者がやって来た。

「ヘルクスハイマー中佐!無事か!?」

ディッケル少佐だった。

 

「大丈夫だ。何もなかった」

「……泣いているじゃないか。それに脚を怪我している」

「大丈夫だ!」

「お、おう」

マルガレータの断言の前にディッケルはそうとしか言えず、視線をさまよわせ、肥満体の男が倒れているのを見つけた。

ディッケルは指を差した。

「あれは?」

 

「真銀河帝国のボスだ」

「君がやったのか?」

マルガレータはそれには答えず立ち上がろうとした。しかし怪我をした脚では無理だった。

「……すまないが肩を貸してくれ」

「あ、ああ」

ディッケルは薄着のマルガレータをなるべく見ないようにしながら、急いで肩を貸した。

 

廊下にも重力が存在した。

 

「重力がある」

マルガレータの呟きを聞いたディッケルは悔しそうに言った。

「あのユリアンの発案だ。敵が0G戦闘に慣れているならいっそのこと重力をかければ良いとさ」

 

 

アッシュビー達は、再度の捜索開始から1時間で目的の戦艦群を見つけた。

標準サイズの戦艦二隻と、巨大な旗艦級戦艦一隻、それにその周囲を囲む巡航艦、駆逐艦十隻からなっていた。

 

幸いこちらはまだ発見されていないようだった。

この時には四隻の高速巡航艦と四人の独立保安官、それに十隻の無人高速駆逐艦がアッシュビー達に合流していた。

 

アッシュビーは、既に地方警備の部隊に連絡を入れていたが、その到着には1日以上かかることが既にわかっていた。

その間座して待つべきか?いや……

策を考えようとしていたアッシュビーに、ユリアンが戦艦とその他の艦船群への同時奇襲を提案したのだ。

戦艦以外の艦船にはハードラックともう一隻の高速巡航艦、無人高速駆逐艦が攻撃を仕掛け、降伏もしくは撃破する。

戦艦三隻には、高速巡航艦三隻の強襲揚陸機能で重力制御区画至近に接舷し、船内の重力が切られていた場合はオンにする。その上で船内各部の制圧に動くという作戦だった。

月の民も動力服を着れば通常重力下での戦闘が可能だった。

 

「しかし、標準型戦艦二隻はともかく、旗艦級戦艦の方の構造がわからない」

「あれは、帝国の50年以上前の旗艦級戦艦です。神聖銀河帝国にいた際に図面を見たことがあるので僕なら問題ありません」

 

そして作戦は実行に移された。重力がオンになった後は真銀河帝国の殆どの者はまともに動けなくなった。ユリアンの予想通り0Gに適応した者達が兵士をやっていた。彼らは動力服を着込む暇もなかったのだ。

 

ユリアンは先行してマルガレータのいる部屋に突入し、彼女達の救出に成功した。

 

 

 

アッシュビー達は真銀河帝国の者達を拘束し、被害者を救出した。

その上で近在の警備艦隊に引き継ぎを行い、アルタイルと太陽系にそれぞれ引き上げた。

 

調査の結果、彼らの内情が判明した。

ユリアンの予想は二つながら当たっていた。

 

真銀河帝国の構成員は新旧の二組に分かれていた。

古い側は、ルドルフ3世を名乗る男と、彼の旧来の臣下と奴隷達による宇宙海賊集団。

この奴隷達が銀河の流民フリーマンだった。

 

新しい側は、神聖銀河帝国フォーク部隊の残党だった。フォークのヴェガ星域突入行に参加せず、逃げ去った者達の一部がルドルフ3世の海賊集団に合流していたのだ。旗艦級戦艦以外の艦艇の多くは彼らのもので、同盟製の艦に帝国風の塗装をしただけだった。

 

彼らは元々は真銀河帝国などと名乗ってはいなかった。それが旧フォーク部隊残党が合流した頃からその首領だった男が精神の均衡を失い始め、急にルドルフ3世を名乗り出したのだ。

さらには後宮をつくると言い出し、若い女性ばかりを集めさせるようになった。

 

それと同時期に、奴隷のフリーマン達が今まで従順であったのに、急に反抗的になって来たため、その代替の兵士も必要となり、少年兵にし得る年齢の者達を集めるようになった。

 

ルドルフ3世に関しては保安機構で遺伝子検査が行われたが、当然ながらルドルフのクローンなどではなかった。しかし、ゴールデンバウムの血を引いていることも判明した。

失踪した皇帝や皇族の誰かの子孫なのかもしれなかった。

 

銀河の流民フリーマンは真銀河帝国から解放されたが、一つ奇妙なことが判明した。本来緑も土も無用であったはずの彼らが、何故かそれが存在する環境を求めるようになっていたのだ。

彼らがルドルフ3世に反抗的になっていたのもそのせいだった。

 

彼らはひとまず地球財団が保護することになった。月都市の低G区画であれば、彼らもなんとか生活することが可能だった。

その上で彼らを襲った奇妙な現象の解明が進められることになった。

 

 

 

アルタイルの銀河保安機構本部への帰路、フレデリカはアッシュビーに尋ねた。

「ユリアン・フォン・ミンツをどう思いました?」

 

アッシュビーがユリアンに協力依頼を出した目的の一つには、ユリアンという人物を見定めることも含まれていた。

アッシュビーはヤンからもユリアンのことを頼まれていた。

どんな人物なのか一度その目で確認しておきたかったのである。

 

「きっと君と同じ感想だ。あれは危ういな。根が善良なのもわかるが、かえってその善良さのせいで何をしでかすやらまったく予想がつかない」

 

「でも、なんとかしたいとお思いなのでしょう?」

 

「俺が英雄視され、彼が悪党と思われる現状は居心地が悪いからな。何とかしてやりたい。……君も同じ思いなんだろう?」

 

「そうですわね」

フレデリカは彼のことを思った。

思わす手を出してしまった彼女に、ユリアンはこう言ったのだ。

「きちんと叱ってくださってありがとうございます」と。

母親も父親もおらず、すぐに人の上に立つ立場となった。彼は怒ってくれる人に普段恵まれていないのだろう。

フレデリカとしては別にユリアンの母親役を務めるつもりもなかったが、やはり放ってはおけなかった。妙にそんな気持ちが起こっていた。

 

アッシュビーは呟いた。

「彼のために一人、独立保安官を担当につけるか」

その人選は彼の中で既に決まっていた。

 

 

 

なお、この事件があるご家庭に与えた余波が一つあった。

キャゼルヌはヤンに愚痴を言いに来ていた。

「なあ、ヤン。うちの娘、ショックを受けていると思ったらそうでもなかったのはよかったんだが。代わりにマルガレータ嬢とあのユリアンに夢中になっているんだがどうしたらいい?」

「あー……」

「メグお姉様……とか、ユリアンお兄様……とか家でも呟いているんだよ」

「私なんかより奥さんに相談したらどうですか?」

「あらあらとか、まあまあとかしか言ってくれないんだよ。それでな、ついにこの前、アウロラ・クリスチアンという人が主宰しているらしい「ユリアン君を遠くから見守る会」なるものに加入してしまったらしいんだ。オルタンスもどうして許すかなあ!」

「私もあらあらとしか言いようがないですね」

キャゼルヌは決然として言った。

「シャルロットはあのユリアンだけにはやらないぞ。不幸になるだけだからな」

「ユリアンもそのつもりはないと思いますよ」

「……それはそれでうちの娘に魅力がないみたいで腹が立つな!」

娘を持つ父親は面倒だった。


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