時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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本日中にもう一、二話投稿します。


35話 試練の時

 

 

ユリアンは抵抗むなしく結局すべてをカーテローゼに話すことになった。

 

カーテローゼはユリアンの話を辛抱強く聞いた。

すべてを把握したカーテローゼはユリアンに言った。

「言いたいことはたくさんあるけど、あなたがすべきことは一つよ」

 

ユリアンは死刑判決を待つ囚人のような心境で応じた。

「何だろう?」

 

カーテローゼは憮然とした表情で伝えた。

 

「マルガレータにもう一度求婚して来なさい」

 

「いや、でも、もう断られたんだ」

 

カーテローゼは鼻で笑った。

「難攻不落の要塞に正面から挑んで当然のように跳ね返されただけでしょう?ライアル・アッシュビー提督が何回奥さんに求婚を断られたと思っているの?そもそも、あなたそんなに素直に物事を進める人だった?」

 

「でも……」

ユリアンはマルガレータの嫌がることはしたくなかった。真っ直ぐなマルガレータとは本心で向き合いたいと思ってしまうのだ。

 

カーテローゼは溜息をついた。何故二人のためにここまでしなければいけないのかと、自分でも思わないでもなかった。

「いい?彼女も本当はあなたと一緒にいたいのよ。それはわかっているでしょう?」

 

「……今もそう思ってくれているのかな?」

 

カーテローゼはユリアンに苛立ちを覚えた。

「思っているわよ!……でも、彼女の理性だとかあなたとの約束だとか誇りだとかが邪魔して、今みたいなことになっているの。あなたは彼女のためにも、求婚を成功させるべきなのよ」

 

迷った末にユリアンは答えた。

「……わかった」

目に少し力が戻っていた。

 

「カリン、ありがとう。でもマルガレータと僕のためにどうしてそこまでしてくれるの?」

 

カーテローゼはそっぽを向いた。

「別にあなた達のためじゃないわ」

 

「?」

 

「私がワルター・フォン・シェーンコップの娘だからよ」

 

ユリアンはその事実を思い出した。カーテローゼの母親は一人でカーテローゼを育てて、病気になり、亡くなったのだ。カーテローゼも相応に苦労することになった。

 

カーテローゼは顔を戻し、ユリアンを見つめた。

「いい?私は自分が不幸だったなんて言うつもりはないけれど、自分の……好きな相手が、自分の父親と同じ軽薄な色事師になろうとしているところを黙って見ていられるような人間ではないわ」

カーテローゼは明らかに赤くなりながらそう言い放った。

 

「カリン……」

 

カーテローゼは今日初めてユリアンに笑顔を見せた。

「行く前に、もう何があっても怖くないように、気合を入れてあげる。歯を食いしばって」

 

カーテローゼはユリアンに近づいた。

 

「え!?」

 

「ユリアンの大馬鹿野郎!」

 

ユリアンは思い切り殴られた。グーで。

 

 

………

 

 

 

ユリアンが宇宙港に行くと、ポプランが待っていた。

 

「カリンちゃんからの呼び出しで喜んで来て見たら、何だユリアン総書記殿か」

ポプランは残念がって見せたが、それもユリアンの顔の状態に気付くまでだった。

 

「浮気現場に踏み込まれた彼氏みたいな顔になっているぞ」

 

「ははは……まさか。ポプランさんじゃあるまいし」

ユリアンは乾いた笑いで誤魔化した。

 

マルガレータのいるキッシンゲンまでは彼の愛機、小型快速艇アモールで連れて行ってくれることになっていた。

 

ユリアンは今度こそ全力でマルガレータに求婚するつもりだった。

 

ポプラン含め、周りに参考事例が少な過ぎるのが問題だったが、ないわけではなかった。

 

ユリアンはキッシンゲンに着くまでの間に予め何箇所かに連絡を入れた。

 

8月25日の朝、ユリアンはヘルクスハイマー伯爵邸に真正面から乗り込んだ。

 

 

朝食を摂っていたヘルクスハイマー伯は家令のニクラスから来客を知らされた。

来客の名前はユリアン・フォン・ミンツ。マルガレータに対する訪問だった。

マルガレータはまだ寝ていた。

 

ヘルクスハイマーもユリアンの名はよく知っていた。娘と多少なりと交流があったことも。

約束をしていたにも関わらず忘れるなどということは、娘に関しては常であればまずあり得なかった。しかし万一本当に娘が約束をしていたなら、出迎えないのは非礼にあたる。相手は曲がりなりにも同格の伯爵である。今マルガレータを起こしても身だしなみを整えるのに時間がかかるだろう。

仕方なく、ヘルクスハイマー伯は自ら出迎えることにした。

 

玄関の扉を開けるとそこには、現銀河最大の有名人の一人、黒衣の宰相、あのユリアン・フォン・ミンツが、大きすぎる花束を抱えてたたずんでいた。赤と白と淡紅色の、大輪のバラの群。

 

バラの強烈なまでの香気を前にして、ヘルクスハイマー伯はそっと玄関の扉を閉じた。


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