時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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深夜にもう一話投稿します


33話 時は積み重なって

 

 

ヤン達が歴史改変騒動、通称「帝国暦490年製ワイン事件」への対応に追われている間にも銀河は歩みを止めなかった。

 

宇宙暦804年5月には、ミッターマイヤー夫妻に女児が、ジークフリード帝/アンネローゼ夫妻には男児が、立て続けに誕生していた。

ジークフリード帝は、子供にローエングラム皇帝家を継がせないことを出生前から明言していた。

あえてキルヒアイス家を継がせることにしたのである。

ジークフリード帝は生まれてきた男児の名前をどうするか悩んだ。男児はアンネローゼに似て、金髪だった。

その金髪にジークフリード帝は友のことを想起した。

ジークフリード帝は含み笑いをして呟いた。

「ジークフリードなんて俗な名、か。あの時は言えませんでしたけど、ラインハルトだって俗な名じゃないですか」

 

出産から2日後に男児の名前が発表された。

ウィリバルト・ラインハルト・キルヒアイス

皇帝の嫡子でありながら皇族でも貴族でもなく平民。数奇な身の上でその男児は誕生した。

彼らの親族にそのことに異を唱えるものは存在しなかった。生きている者だけでなく、死んでいる者もそうであろうとジークフリード帝夫妻は信じた。

 

ミッターマイヤー夫妻の娘は幸運を意味するフェリーツィタスと名付けられた。生まれて来たこと自体が幸運であったし、本人にも幸多かれと祈ってのことである。

 

さらに同月、世間の耳目はさほど集めなかったが、一部で局地的に話題となったことがあった。

オーベルシュタインが養子を迎え入れたのである。その養子の母親はリヒテンラーデ公の親族、エルフリーデ・フォン・コールラウシュであったが、父親については不明だった。

エルフリーデがオーベルシュタインの家に居座っていたことから、オーベルシュタインの実子ではないかと疑う声もあったが、オーベルシュタインの性格と、そもそもが実子であることを隠す必要もないことから、あまり大きな声にはならなかった。

現時点で6歳の、ファウスト・フォン・オーベルシュタインがここに誕生した。彼の名前の意味もまた「幸運」だった。

 

「あなたも物好きね」

息子を養子に迎えると伝えられた時、エルフリーデはオーベルシュタインにそう答えた。

 

「他人のことを言えるのか?貴女がいつまでもここに居座るから、ファウストが肩身の狭い思いをしないよう、考える必要が出て来たのだ」

 

「お優しいこと。父親になったらあなたも何か変わるのかしら」

 

「そうだな。次代のために不確定要素をなるべく排除するように動くだろうな」

 

「今までと変わらないじゃない」

 

「そうでもない」

 

間接的な関係とはいえ、一人の男児の父親と母親であるにしては情愛のかけらも感じられない会話だった。本人達の心情はまた別かもしれないが。

 

宇宙暦804年6月15日、銀河軍縮条約が締結された。各国の主力艦保有比率が同盟3、帝国3、連合2、フェザーン1、(新銀河連邦1.5)に定められ、保有数に一定の制限がかかることになった。また、新規の要塞建設も当面は禁止されることになった。

 

宇宙暦804年6月25日、高速巡航艦でヤンがアルタイルに帰還した。同時にライアル・アッシュビー首席保安官とフレデリカの「長期休職」などを含めた臨時の人事発表が行われた。

ヤン長官の「極秘任務」との関連が噂となったが、トリューニヒトを含めた新銀河連邦のトップ層が認めていることであり、表立ってことを荒立てるものはいなかった。

首席保安官代理には保安機構宇宙艦隊から転任したワルター・フォン・シェーンコップが就任した。

ポプランなどは本人の面前で慇懃無礼に不満を表明したが、他の候補者の名としてムライの名前が挙げられると態度を一変させた。

「シェーンコップ閣下が適任だと俺、いや、小官は愚考します」

 

ヤンと共に帰還したマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーは大佐に昇進した。タイムトラベルにおける功績によるものではなく、それ以前からの実績に基づく昇進である。同時に保安機構宇宙艦隊キッシンゲン支部駐留部隊への転任も発表された。本人の希望によるものである。

遠からず准将に昇進して提督と呼ばれるようになるだろうというのが専らの噂だった。

仲間の多くは大変残念がった。マルガレータはその能力と誠実な人柄から可愛がられていたし、頼りにもされていたのだ。クリストフ・ディッケル中佐の意気消沈する様は、イセカワ少佐が呆れるほどだった。

ユリアンの後任の「担当」にはポプランが当たることになった。

 

公表はされなかったが、メッゲンドルファーは保安機構技術局の預かりとなった。

彼は最近時空震連続発生装置なるものの研究に熱中していた。単に弱い時空震を連続して発生させるだけの代物である。リンクス技術局長は説明を聞きその原理を理解したが、それが何の役に立つのかについてはさっぱりわからなかった。しかし、実害のある研究を勝手にされるよりはマシだと放置することにした。

 

宇宙暦804年7月1日、探査におけるトラブルから遅れていた人類未踏領域移民計画が正式に開始されることになった。第一次移民は翌年早々を予定している。

 

宇宙暦804年7月7日にはユリアンが月に帰還した。

カーテローゼ、サビーネ、エリザベートは宇宙港まで出迎えに来た。

「おかえり、ユリアン」

カーテローゼはそっぽを向きながら、サビーネは笑顔で、エリザベートは恥ずかしそうに口々にユリアンに呼びかけた。

 

「ただいま、みんな」

ユリアンは笑顔で応じた。

 

サビーネが提案した。

「ねえ、ユリアン、久々にユリアンの紅茶が飲みたいわ。みんなでお菓子を作って待っていたのよ」

 

「悪いけど仕事が溜まっているんだ。明日以降にしてもらってもいいかな。ごめんね」

ユリアンは申し訳なさそうにしながら、マシュンゴとシュトライトを伴って執務室に歩いて行った。

実際、ユリアンのいない間に代理を務めたアイランズは仕事を滞らせており、ユリアンが片付けるべき案件は多かった、のだが。

 

ユリアンを見送ったカーテローゼ達は、笑顔をおさめて視線で会話しあった。

「いつもなら私達の我儘に付き合ってくれるのに、これは何かあったわね」

「あったわね」

「きっとろくでもないことを考えているに違いないわね」

「どうしましょうか」

「相談しましょう」

 

彼女達の読み通り、ユリアンはろくでもないことを考えていた。

自己嫌悪のあまり、カーテローゼ達からも好意を寄せられる資格はないと思いつめていたのだ。

彼女達はユリアンといない方が幸せになれるだろう。そう考え、別れを告げるタイミングをどうすべきか、どうすれば彼女達を傷つけずに済むか頭を悩ませていた。

そうしながらも仕事を優先してしまっているうちに、さらに日数が経った。

 

宇宙暦804年8月5日

この日、ユリアンに通信があった。

保安機構月支部アウロラ・クリスチアン中佐からだった。

ユリアンは、いつもの営業用の笑顔で対応した。

「中佐、どうされました?」

 

彼女は珍しく言い淀んだ。

「あなたの様子が最近おかしいと聞きましたので……」

 

言葉の意味を理解するのにユリアンは時間がかかった。ユリアンは彼女に警戒され、嫌われていると思っていたし、彼女との通信はこれまで常に業務上必要な事柄のみだったからだ。

「まさか、心配してくださったのですか?」

 

「……心配してはおかしいですか?」

 

彼女に心配されるとは、どう考えるべきだろうか?

「あ、いえ、ありがとうございます」

ユリアンはひとまずそれしか言えなかった。

 

クリスチアン中佐はなおも言葉に迷っているようだったが、一言だけ口にした。

「いろいろとあると思いますが、お気を落とさないように」

 

それだけ伝えるとクリスチアン中佐は、すぐに通信を切ってしまった。

 

既にいろいろあるのは事実だが、彼女がわざわざ通信を入れてきた意味がわからなかった。

ユリアンが頭を悩ませていると、さらに通信が入った。

今度はクリストフ・ディッケル中佐からだった。

ユリアンは溜息をつきながらも通信に出た。実のところユリアンは彼を嫌っているわけではない。溜息が出たのは最近のユリアンの精神状態のせいである。

通信に出たディッケルにユリアンは即座に告げた。

「悪いけど三次元チェスなら別の機会に」

ユリアンが最後まで言い終える前にディッケルは話し始めた。

「マルガレータが休職したらしい。1週間前からだ」

 

「何だって!?」

寝耳に水の話だった。

 

ユリアンの反応はディッケルにとって意外だった。

「お前が何かしたんじゃないのかよ?」


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