時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

34 / 105
本日投稿二話目です。


32話 未来回帰のロストワールド/心に残ったもの

宇宙暦804年6月1日 自由惑星同盟首都星ハイネセン

 

航時機は宇宙暦804年のハイネセンに帰還した。予め定められた日時への帰還である。

 

「30分後に自壊を始めます」

発せられたアナウンスを聞き、ヤン達は無言で航時機から降りた。

 

マルガレータとユリアンはもはや一言も会話を交わすまいとしているようだった。

 

ヤンとしては、妹と弟のように思っている二人のことが心配でならない。

「二人とも、やっぱり」

 

「何があったかは忘れましたが、疲れたので先に保安機構支部に戻ってもよいでしょうか?」

ヤンの返事も訊かずにマルガレータは先に行ってしまった。

 

「僕も何があったかは忘れましたが、疲れたので一休みしてから戻ってもいいでしょうか?」

ユリアンの方は多少なりとも申し訳なさそうにしており、それがヤンにとってはせめてもの救いだった。

 

「……了解」

三人は別々に保安機構ハイネセン支部に戻ることになった。

 

洞窟の外にはメッゲンドルファーが保安機構の技術者及び監視員と共に待機していたが三人に彼の相手をしている余裕はなかった。

 

アナウンス通り30分後に航時機は自壊した。離れていても震動として伝わって来たことから、かなりの規模の爆発が起きたと推測された。

 

ハイネセン支部に着いたマルガレータは、支部員への挨拶もそこそこに、与えられていた個室に戻ってしまった。

泣き顔を見られたくなかったからだ。

マルガレータは自分が立ち直れると信じていたが、今すぐには無理だったのである。

 

ヤンは支部に着いてすぐに、支部員にハイネセンにおける地震の観測データを出すように伝えた。いまやその呼び名も怪しくなって来ていた、神聖銀河帝国残党の航時機も自壊しているとしたら地震として観測できているのではないかと考えたのである。

 

その後、長官代行を務めていたキャゼルヌに連絡を入れた。任務完了と、ライアルとフレデリカの件を伝える必要があったのである。

キャゼルヌはヤンの様子を心配した。

「ヤン、お前さん憔悴しているな。タイムトラベルはそんなにきつかったのか?いや、二人を失ったから仕方のない話か」

 

「そうですね……」

失ったのは二人ではなく四人かもしれないとヤンは本気で心配していた。

 

それから程なくユリアンも支部に帰還した。

ヤンはユリアンとコミュニケーションを取ろうとした。

「ユリアン、私の部屋で紅茶でもどうだい?ブランデーをたっぷり淹れて」

 

「……それ、僕が淹れることになるんでしょう?申し訳ありませんが、やっぱり疲れたので今日は遠慮させて頂きます」

 

「そうか……」

ヤンの様子は反抗期の息子の相手をする気弱な父親のようであった。

 

 

ユリアンを見送った後、ヤンはたまらずローザに通信を入れた。

「あなた!ほら、テオお父さんですよ!」

「おとうちゃー!」

ヤンからの通信に喜びを隠さないローザとテオの様子を見て、ヤンは泣きそうになった。

 

「あなた、一体どうしたんですの?またユリアンかオーベルシュタイン局長に虐められたんですの?」

 

「ローザ、何があったのか話せないのだけど何も訊かずに愚痴だけ聞いてくれないか?」

 

「……難しいことを言いますわね?でもいくらでも聴きますわよ」

「きくよー」

ローザとテオの笑顔にヤンは救われたのだった。

 

 

ユリアンは自室に戻った。自己嫌悪のあまり、何も考えられなくなっていた。

ブランデーを深酒するという普段は絶対にやらないことまでして、その日はようやく寝付いたのだった。

 

 

マルガレータもユリアンも次の日には多少冷静になっていた。

特にマルガレータは自らの八つ当たりのようなヤンへの対応を恥じた。

 

二人は個別にヤンに謝りに行った。

ヤンの露骨に安堵する様子に、二人はそれぞれさらに恐縮するのだった。

 

とはいえ、マルガレータとユリアンの間には未だにまともな会話は発生しなかった。

 

三人は新銀河連邦に戻ることになったが、ユリアンは二人に気を遣って別の船を手配して帰還することになった。

 

神聖銀河帝国残党の航時機の残骸はハイネセンの別の山中に発見された。

彼らの帰還もこれによって確認されたが、予想していたことながらそこには彼ら自身につながるものは残されていなかった。

 

ヤンとマルガレータが各所に問い合わせたところ、新たな歴史改変現象は確認されておらず、旧帝国暦表記のワインラベルや妙な記念碑は跡形もなく消え去った。

 

一部の人々には別の歴史の朧げな記憶が残った。これもいずれは消え去ってしまうのか、それとも残り続けるのかは定かではない。

 

ゼーフェルト博士など一部の歴史家は、人々の記憶が残るうちに、別の歴史を記録にまとめようと動いた。

しかしそれぞれの記憶は断片的だってし、人によって記憶が異なっていたり、その人にとって都合の悪いことは話したがらなかったから、完全な記録としてまとめることはできないと思われた。

異聞なども含めた何らかの「物語」あるいは「伝説」としてまとめるのが精一杯だろうと考えられた。

 

世に出せるかどうかはともかくとして、何らかの形にはまとめられるはずであり、その名称についても限定された人々の間で議論の的となった。「宇宙の英雄物語」や「銀河英雄の伝説」などが名前の候補に挙がっているという。どうやら主役の一人であるらしいヤンなどは、恥ずかしいのでやめてほしいと思っている。

 

ともあれ、過去へのささやかな旅はここに終結したのだった。






活動報告も投稿しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。