時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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27話 一遊一予のロストワールド/束の間の休息

 

 

翌1月5日の朝、ヤン達はハイネセンポリスの軍事区画に向かった。

ジークマイスター提督やローザス提督に別れの挨拶をするためである。

 

ローザス提督はライアルと共に政界に進出するため、退任と引き継ぎの作業を始めていた。思うところはお互いにあったが、別れを惜しむ気持ちもまた本物だった。

 

ジークマイスターも、別れを惜しんでくれた。

ユリアンはジークマイスターから「民主共和制を守るため未来でも精進してくれ」と声をかけられ、多少罪悪感を覚えつつも、「はい」と返事をせざるを得なかった。

フレデリカは引き続き情報部第四課に所属し、ブルース・アッシュビーの義理の妹、フリーダ・アシュレイ中尉としてアッシュビー・クローンの最後の一人を探すなどの活動を続けることになった。

 

その後もブルース・アッシュビーと会っている姿が頻繁に目撃されたので、その仲を疑われもしたし、「ブルース・アッシュビーが最も愛していたのは義理の妹だ」という説が後世唱えられるようになったが、それは別の話である。

 

一度住居に戻った時には時刻は午前11時になっていた。住居は本日中に退去する必要があった。フレデリカも単身用の官舎に移ることになる。

 

ヤンは二人に告げた。

「出発は19時だから18時半には航時機のところに来てね。遅れないように」

 

フレデリカは笑った。

「まるで門限を念押しするお父さんね。どちらのお父さんとは言いませんけど。あなた達、頑張ってね」

 

フレデリカはフレデリカでお母さんのようだと二人は思ったし、何を頑張るのかと言いたくもなったが、言わぬが花と二人とも理解していた。

 

フレデリカは山中までは見送りには行かないことになっていた。本人は行きたがったが、夜の山にフレデリカを一人残すことになるのはヤンとしては流石に避けたかったのだ。

 

代わりというわけではないが、刻限まではヤンとフレデリカも二人でハイネセンポリスを散策することにしていた。

 

マルガレータもユリアンも私服に着替えていた。

マルガレータは私服姿をユリアンに見せるのは初めてで、何と言われるか不安だった。

しかしユリアンは「似合っているよ」と一言告げたのみだった。

安心したが、多少拍子抜けしないでもなかった。

 

二人は街に出た。デートである。

恋人同士というわけではなく友達としてのデートのはずである。そもそも友達と言っていい関係なのかどうかもマルガレータにはわからなかったが。

 

ハイネセンポリスで二人はランチを食べ、ウィンドウショッピングをした。

 

お菓子の店で、ユリアンは気になるものを見つけた。

「約60年前のチョコ・ボンボン……知らないブランドだ。フォーク中将に送ってあげたいな」

 

悪い意味で有名な名前にマルガレータが反応した。

 

「ユリアン、アンドリュー・フォークとまだ交流があるのか?」

 

フォーク中将は、心神喪失の状態であったことに加え、地球教団に拉致されて神聖銀河帝国に参加したため罪には問われなかったものの、再度同盟軍の療養施設で加療の身となっていた。結局のところ軟禁状態である。

 

「フォーク中将だけじゃないよ。神聖銀河帝国で交流があった人達とは今もたまに連絡を取っているんだ。生活にこまっていないかとか、神聖銀河帝国で責任ある立場だったから気になってね。塀の中の人達にはたまに差し入れを送ったりもしているんだ。……別に悪いことなんて企んでないよ」

 

「疑ったわけじゃない。一人でいろいろ抱えて、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ。みんな手伝ってくれるし、なんとかなっている」

 

「仕事量という意味ではなくて」

 

「大丈夫さ。それこそ今はそんなこと考えなくていいんだ。君と楽しく遊びたいよ」

 

「そうか、そうだな」

ユリアンにとっては、多大な負担のかかる未来より、この時代の方が生きやすいのかもしれない。マルガレータはそうも思った。

 

「あ……」

 

マルガレータは雑貨を扱う店で、小さめのクマのぬいぐるみを手に取った。ダークブラウンの瞳。

 

「そのぬいぐるみが欲しいの?」

 

「いや、そんなことはない」

ぬいぐるみの目がユリアンに似ていると思ったのだ。

 

ユリアンは少し迷ってから言った。

「君にプレゼントしてもいいかな?」

 

「私に?」

 

「うん……嫌かな?」

 

「……勿論嫌じゃない。でも、未来から来た私達が買ってしまっていいのだろうか?」

 

ユリアンは肩を竦めた。

「散々飲み食いして、生活必需品を消費している時点で今更だと思うよ」

 

「それもそうか」

 

結局プレゼントしてもらうことになった。

 

「はい。どうぞ」

 

「ありがとう。大切にする」

マルガレータの態度はむしろ素っ気ないぐらいだったが、内心は違った。

名前を付けよう。ユリアン、は流石に恥ずかしいからユールにしよう。ユリアンには内緒だ。

 

その後は遊園地に行った。

 

まるで付き合いはじめの十代の男女がするようなごくごく普通のデート。

 

マルガレータは楽しかった。

ユリアンと一緒だからというだけではない。

彼女は、軍人暮らしが長く、異性同性問わず同年代とこのように街で遊んだことがなかった。

だから、初めての体験で単純に楽しかったのだ。

 

自然と笑みがこぼれた。

ソフトクリームを二人分買って戻って来たユリアンは、マルガレータの様子に気づいた。

「マルガレータ、笑っている」

 

マルガレータはソフトクリームを受け取りながら答えた。

「ありがとう。ああ、笑っていたか。このデートがつい楽しくて」

 

「僕とのデートが?」

 

マルガレータは、途端に恥ずかしくなった。

「ええと、私はこんな風に同世代と遊んだことがなかったから、初めてで楽しくて」

 

言った後に後悔した。寂しい女だと引かれてしまったか、と。

 

しかし、ユリアンの反応は違った。

 

「そうか……君も……」

 

「ユリアン?」

 

「僕もこんな風に遊ぶのは実は初めてなんだ。だから、フレデリカさんにアドバイスを受けていろいろ考えたんだけど」

マルガレータはようやく腑に落ちた。

バーラト星系への帰路、フレデリカさんとユリアンが話し込んでいたのはデートのためだったのか、と。

……フレデリカさん、私の相談も受けつつ、ユリアンの相談も受けていたなんて。

 

マルガレータは疑問に思った。

「……月にいる三人娘とは?」

 

「カーテローゼ達?お茶会をしたり、乗馬をしたり、観劇したり、ダンスに付き合ったり……」

 

……お貴族様の遊びだった。……自分も貴族なのだが。

 

 

「君に退屈な思いをさせているんじゃないかと心配だったんだけど、よかった。君も僕と同じだったんだね」

 

「そうだな」

マルガレータは、ユリアンも軍人暮らしや教団暮らしが長かったことを思い出した。デート慣れしているように思っていたが、そう考えれば不思議ではないのかもしれない。

 

ユリアンは満面の笑顔で続けた。

「君も僕と同じで友達がいなかったんだね」

 

グシャッ

 

思わずソフトクリームのコーンを握りつぶしてしまった。

 

「マルガレータ!?」

ユリアンは驚いた。

 

マルガレータは何でもない振りを装った。

「いや、クシャミが出そうになって手に力が入っただけだ。いや、そうだな。私もぼっちだった」

 

「よかった」

ユリアンに笑顔が戻った。仲間を見つけたような、そんな笑みだった。

 

「ははは」

マルガレータはユリアンの笑顔を守るために秘密にしておこうと思った。

自分には流石に友達ぐらいは居たことを。

 

 

二人は観覧車に乗った。

 

観覧車からはハイネセンポリスの街が一望できた。他のゴンドラでカップルが口づけを交わしているところもチラチラと目に入って来たが、見なかったことにした。

 

「マルガレータ」

 

急に声をかけられてマルガレータは動揺した。

「何じゃ!?いや、何だ?ユリアン?」

 

「今日、君と来られてよかった。元の時代では、君とこんな時間を持つことなんてできなかっただろうから。何のしがらみもない、この世界だからできたことだと思う」

ユリアンの表情は少しだけ寂しげだった。

 

「そう、だな……」

この時代に来てから、マルガレータはユリアンとの距離が近くなったと感じていた。共同生活も経験して、いろいろな一面を知ることができた。おそらく以前よりもユリアンのことを好きになってしまったのだとも思う。

しかし、元の時代に戻るとまた距離が離れることになると思うと、胸が苦しくなった。

 

ユリアンはマルガレータに手を差し出した。

「今日のことは忘れないよ。元の時代に戻ったら今日みたいなことはできないけど、これからもよろしく」

 

マルガレータは笑顔で握手に応じた。

「こちらこそ。ユリアン」

 

この握手の意味もまた、マルガレータは単純な言葉で表したくはなかった。

 

時刻は17時を回っていた。

航時機の元に刻限までに辿り着くにはギリギリの時間である。

二人とも名残惜しくて切り上げることができなかったのだ。

二人は自動運転のタクシーを利用して、急ぎ山に向かった。


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