ユリアンは静かに微笑みながら問い返した。
「何故そう思ったんだい?」
マルガレータはユリアンの様子に戸惑いながらも答えた。
「だっておかしいじゃないか?何故爆発の前に艦橋から私を連れ出せたのか?」
ユリアンは頷いた。
「そうだね。不思議だね」
「!」
「でも、それだけ?それだけで僕がタイムワープを繰り返していると思ったの?僕たちの航時機はハイネセンにあるんだよ」
「神聖銀河帝国の残党と接触したんじゃないのか?ハードラックのどこかに彼らの航時機が持ち込まれていたんだ。お前はおそらく取引を持ちかけられて、それを利用することになった」
「何を取り引きをする必要があったんだい?ブルース・アッシュビーを生かすためなら取り引きの価値はあるのかもしれないけど、彼は死んでしまっているじゃないか?他に残党と取り引きしてまで積極的にタイムワープを行なう理由なんてないと思うけど」
マルガレータは躊躇いつつも答えた。
「自意識過剰に思われるかもしれないが、私を救うためなんじゃないか?」
ユリアンは変わらず微笑んでいた。
「君を?」
「私は本来爆発に巻き込まれて死んでいたんじゃないか?お前は私を助けるために、神聖銀河帝国残党と取り引きをしたんだ。何かとても大事なことを引き換えにして」
「君を助けるために僕はそこまでするのかな?」
マルガレータは思わず声を荒げた。
「してくれているじゃないか!現に足まで犠牲にして!……いや、他の人でも助けられるならお前は取り引きに乗っただろうな。それが偶然私だっただけだ。お前はそういうお人好しだ」
「……でも、艦内は監視カメラでフレデリカさんにモニタリングされているんだよ。そんなに簡単に残党達と接触したり、タイムワープをしたりできるかな?」
「最初は監視カメラなんて設置されていなかったんだ」
「へえ?」
「監視カメラの設置はお前の発案だ」
ユリアンは首を傾げた。
「そうだっけ?」
「そうだ。きっとタイムワープ前にはそんなものはなかったんだ。それに、監視カメラの半分はお前が設置している。死角を設けるのも簡単だっただろう」
「僕がどのような行動をしたか、順を追って説明できる?」
「タイムワープ前、お前は私と共に艦橋で爆発に出くわした。そこで私もブルース・アッシュビーも死んだ。お前はそれをなんとかしようとしたんだ。私だけでなく、ライアル・アッシュビー保安官とフレデリカさんのためにも。そのために神聖銀河帝国残党から持ちかけられた取り引きに応じて、数日前にタイムワープをした」
「それで?」
「お前は議論の中でヤン提督に巡航艦でハードラックをカバーさせるよう誘導した。一度目の時は、お前はハードラックに単純に流れ弾が当たったと思っていたんだろう。だからそれで解決すると思った。だが、それでも爆発は起き、私もブルース・アッシュビーも死んだ。だからまたタイムワープを行なった」
ユリアンは口を挟まなかった。
マルガレータはその様子に不安を感じつつも続けた。
「次に、お前は爆発物がハードラック内部に仕掛けられたのだと思い至った。だから監視カメラで監視することを思いついたんだ。だが、結局爆発は起こった。ハードラックの艦体内部に爆発物は既に仕掛けられていたからだ。だからまたタイムワープした。
その後も数回は試行錯誤を繰り返したのかもしれない。爆発物を除こうとしたのかもな。だが、爆発物が一つではなかったことからそれも失敗に終わった。だから最終的にお前はブルース・アッシュビー救出の方を諦めて、私を助けることだけに集中することにした。その結果がこれだ。お前は足を怪我して、タイムワープができなくなってここにいる」
ユリアンは微笑んだままだった。
「証拠はないね」
マルガレータは冷静でいようと努めた。
「そうだ。別に根拠なんてないんだ。そんな話も成り立つと思って私は言っているだけだ。違うなら違うと言ってほしい。……前みたいにブラスターを突きつけたりなんてしないから」
「それはありがたいね。で、もし僕が今の話を肯定したら君はどうするんだい?僕に救われたはずの君は?」
マルガレータは唇を噛んだ。
「そうだ。私はお前に救われた。だから私はお前を責められない。だけど私のせいでお前が苦しい立場に追い込まれたのなら私はそれに耐えられない。お前を助けたい」
マルガレータは縋るようにユリアンを見た。
「なあ、本当にそうなのか?お前は何を取り引きしたんだ?」
ユリアンは何でもないことのように答えた。
「神聖銀河帝国残党の一員として彼らに手を貸すことだとしたら?」
「!」
ユリアンはマルガレータの目を覗き込んだ。
「君はどうやって僕を助けてくれるんだい?」
マルガレータはたじろぎ、目を逸らした。
「約束は破れないのか?」
「破れないだろうね。その程度の工夫は向こうもしているだろうから」
「なら、考える。お前を助ける方法を」
「いい方法があると思うんだけど」
「何?」
「僕を殺してくれることさ。前にお願いしたじゃないか」
「……その前にお前を助ける方法がないか、考える」
「それなら、お願いがある」
マルガレータは身を乗り出した。
「何だ?言ってみてくれ!」
ユリアンの表情に笑み以外のものが混ざった。
「君が僕と一緒に来てくれることさ。一人で闇に堕ちるのはつらいけど、孤独でなければ耐えられるかもしれない」
ユリアンは手を差し出した。
「マルガレータ、僕と一緒に堕ちてくれる?」
マルガレータは迷った。
きっと拒絶すべきなのに迷ってしまった。
ユリアンの誘いに惹かれる心があった。
ユリアンと共に居られるのならそれもいいんじゃないか、と。
逡巡の末、マルガレータはユリアンの目を見据えて答えた。
「嫌だ。私はお前を助ける方法を考える。諦めない」
ユリアンの表情が変わった。
それから、急に俯いて震え出した。
その様子にマルガレータは焦った。
「どうした!?ユリアン!傷口が開いたのか!?」
「ふっ、ははは!」
ユリアンは急に笑い出した。
「いきなり何だ!?」
ひとしきり笑い終えて、ユリアンは言った。
「ごめん、からかい過ぎた。僕はタイムワープなんてしてないよ」
マルガレータはその言葉を理解するのに時間を要した。
「……はぁ!?」
「だから、してないよ。君の疑いは僕が爆発の前に艦橋を離れる行動を始めたところから始まったんだよね?」
「そうだ」
「僕はフレデリカさんから通信を受けたんだ。急いでマルガレータを連れて艦橋から離れて、ってね」
「そんな通信をフレデリカさんが……」
「そうだよ。フレデリカさんにはお礼を言わなくちゃね」
「……それじゃあ今までの話は何だったんだ?」
「君が疑ってくるから、ついからかいたくなって」
「お前はタイムワープなんてしてないし、残党と取り引きもしていないんだな?」
「そうだよ。第一、爆発が起こることを知っていたら片足を失うなんてヘマはしないよ」
今度はマルガレータが体を震わせた。
ユリアンはまずい、と思った。マルガレータを怒らせてしまったのだと。
しかしマルガレータは泣いていた。
「よかった。お前がなかなか目を覚まさないからその間に妄想ばかり膨らんで……不安でどうしようもなかったんだ」
「マルガレータ……」
「ああ、すまない。こんな泣き顔を見せるつもりじゃなかったんだ。今泣き止むから、少し待ってくれ」
ユリアンは恐る恐る尋ねた。
「怒っていないの?」
「何を?」
「君を担いだことを、だよ」
マルガレータはようやくそのことに思い至った。
「……そういえばそうだな。ひどいな、ユリアン」
「その程度?」
ユリアンとしてはマルガレータに引っ叩かれてもしょうがないと思っていた。
「私も、もっと怒らないといけない気もするんだが、安堵感の方が今は強くて」
涙ながらに笑顔を見せるマルガレータを見て、ユリアンは言葉に詰まった。
「それよりも、私の方こそ謝らないと。妙な妄想で疑いをかけてすまなかった」
「いや、ありがたいよ。もし本当にマルガレータの言った事態になっていたら僕はきっとそのように行動していた気もするんだ。君がそこまで考えてくれたこと、心配してくれたことには感謝するしかないよ」
「そうか……」
「……というか、本当にごめんなさい。今になって罪悪感が強くなってきた。ごめんね」
「私のために片足を失ったんだ。気にしないでくれ。ストレス解消にでもなったならそれでいい」
マルガレータは安堵していた。
まだ何か引っかかるような気もしていたが、きっと大したことではないのだろうと思った。
「そうだ。何か私にして欲しいことはないか?足も不自由にさせてしまったし、私にできることなら何でもするぞ」
「何でもって……」
「何でも、だ。私にできることなんて大してないけれど」
ユリアンは言い淀んだ。
「何かあるのか?遠慮しないでくれ」
「それじゃあ、足が治ってからの話なんだけど。きっとハイネセンに着く頃には義足にも慣れると思うから……」
「何だ?」
「ハイネセンに戻ったら僕とデートしてくれないか」
「デート?何だ、デートか。……ええっ!?」
マルガレータの声に逆にユリアンが驚いた。
「そんなに驚かなくても。ただのデートだよ。僕もこの時代のハイネセンポリスはまだあまり出歩いていないし、リハビリも兼ねて一度ぐらい散策したいと思ったんだ。君も司令部や統合作戦本部のビルに篭っていたから、一緒にどうかな?……嫌かな?」
「何だ。ただのデートか、ははは。勿論いいぞ」
マルガレータは幼年学校を出てそのまま軍人となった。日々の仕事に必死で異性とデートなど一度もしたことがなかった。
……ユリアンはきっと百戦錬磨だろうから、不慣れな私に呆れてしまうんじゃないか。
心の中で頭を抱えるマルガレータだった。
数日後、ユリアンの回復を聞きつけたフレデリカとヤンが病院船イムホテプにやって来た。ライアルは立場上簡単には来られなくなっていた。
ユリアンは、フレデリカに爆発発生前の避難指示の通信のお礼を言った。
だが、ユリアンもマルガレータもフレデリカの返事に愕然とすることになる。
「私、そんな通信送っていないわ」