時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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すみません、投稿遅くなりました。










22話 螺旋迷宮のロストワールド/英雄の業

 

 

 

英雄の死。

この事態に、フレデリカもマルガレータも何をしてよいかわからなくなった。

 

もはや歴史は変わってしまったのだ。

 

行動できたのは、アルフレッド・ローザスのみだった。

彼はフレデリカにライアル・アッシュビーを呼ぶように頼んだ。

 

カツラとサングラスで変装してやって来たライアルは淡々と事態を受け入れた。

 

ローザスがライアルに話しかけた。

「結局このような事態になってしまった。しかし、君達の未来に繋げる方法が一つだけあるように思う」

 

ライアルは答えを既に予期していた。

「俺に代役をやれと言うのだろう?」

 

「そうだ。この先起きることによっては、あるいはお前さんには酷な願いになるのかもしれないが」

 

フレデリカのヘイゼルの瞳が揺らめいた。

 

史実において、ブルース・アッシュビーはこの第二次ティアマト会戦では死ななかったが、大解放戦争における決戦、シャンタウ会戦で死ぬことになった。

ブルース・アッシュビーの代役を務めるということはその運命を受け入れることでもあった。

 

だが、ライアルは承諾した。

「それしかあるまいな」

そう言ってカツラとサングラスを取った。

 

マルガレータは思わずフレデリカに尋ねた。

「よいのですか?」

 

「よくないわ。でも……」

フレデリカは言葉を続けられなかった。

 

アッシュビーが二人いる事態に混乱している軍医に、ローザスは指示を出した。

 

「イセカワ軍医大佐。悪いがここで見たことは内密にしてくれ。ブルース・アッシュビーが死んだこともだ。いや、死んではいないな。このように生きている。……誰かに話したらどうなるかわかっているだろうな?」

殆ど脅しのようなローザスの言葉に、初老の軍医はただ頷くしかなかった。

 

ライアルはこれが運命かと思った。

 

アデレード夫人の件で、自らや他のクローンの行動が歴史に織り込まれていたことを理解した。

タイムマシンで過去に向かった神聖銀河帝国残党の目的も、歴史改変ではなく、ライアル達を使って本来はあり得なかった我々の今の歴史を実現することにあったように思えて来ていたのだ。

 

しかし、その通りであったとしても今となっては乗らざるを得ない。

 

納得もしていた。

常に自分は偽物だと考えていた。しかしある意味で自分もブルース・アッシュビーであり、大解放戦争を主導した本物の英雄であったということになるのだ。その最後に待ち受ける運命が暗殺であったとしても、人生の終着点としては悪くないかもしれない。

唯一心残りなことといえばフレデリカだが……

 

ローザスは迅速に指示を出した。艦橋にブルース・アッシュビーの無事と、ローザスが指揮を引き継ぐことを伝えた。

ハードラックの中破については帝国軍を喜ばせないという名目で箝口令を敷き、被害を小さく見せるための応急処置を指示した。

 

この指示によって、ハードラックの流れ弾による損傷とアッシュビーの負傷時の状況については、人によって様々な誤魔化され方をして語られることになった。

後世の歴史家は相互に矛盾する証言に頭を悩ますことになるのだった。

 

ヤンが遅ればせながら到着した。

 

ヤンはライアルから状況を聞いた。ヤンはフレデリカの心境を慮った。

「他に方法はないのだろうか?」

 

「他に方法を思いつくか?」

 

もう一人だけアッシュビー・クローンがこの時代に来ていたはずだったが、戦術能力でもカリスマ性でもライアルに劣るはずだったし、どのような人格なのかも不明だった。そもそも居場所を探す時間もなかった。

 

「航時機の再使用は?」

 

「ハードラックに積んで持ってきていれば別だったんだが。今となっては悔やまれるな」

今、ハイネセンに戻るためには1ヶ月を要する。そうなると何らかの形でティアマト会戦に再度参加するには2ヶ月分の時間遡行が必要になる。未来より過去に行く方がエネルギーを必要とする。過去2ヶ月分にわたって戻るような余剰エネルギーは航時機には存在しないはずだった。

 

ライアルに代役を務めてもらうのがやはり確実だった。

 

「案がないならばもう決まりだ。……そんな顔をするな。そんなに悪くないと思っているんだ。偽物だったはずの俺が本物になれるのだからな」

 

 

「本物ね……」

クローンとして生まれ、オリジナルになるべく強いられた存在の思いを、そうでない者が完全に理解することなどできない。

 

「しかし君は一体どこから来たんだろうな?」

 

「俺にも疑問だ」

 

大解放戦争が起きなかったら、おそらくライアル・アッシュビーは生まれないはずである。しかし、そのライアル・アッシュビーこそが時を遡って大解放戦争を主導することになるのだ。そしてライアル・アッシュビーが生まれ……また時を遡り……

まるで時の螺旋に囚われた存在。螺旋迷宮の住人……

 

「案外俺こそが時の女神に愛された存在なのかもな。時の女神の嫉妬が怖いから、アデレードやフレデリカみたいな意志の強い女しか寄って来てくれないんだ」

 

ライアルの惚気とも自嘲とも取れる発言に、ヤンは刺激されるものがあった。

「フレデリカはどうなる?」

 

「……」

 

「フレデリカに愛した男を失う悲しみを味あわせるのか?」

 

「お前さんが別の歴史でそうさせてしまったように、か?」

 

「……気づいていたのか?」

 

「そりゃあ、二人とも様子がおかしかったからな。何かあると思った方がいいだろう」

 

「そうか。それもそうか」

 

ライアルは静かに、淡々とその言葉を発した。

「なあ、ヤン長官。ヤン・ウェンリー。フレデリカのことを任せられないか」

 

ヤンは耳を疑った。

「何を言っているんだ!?いや、そもそも私は今の歴史で妻帯しているんだぞ」

 

「いや、別に今の奥さんと別れてフレデリカと再婚しろとか言っているわけじゃあない。本人達が望むならそうしてもらってもいいが。ただ、気にかけてもらえないか?俺がいなくてもお前さんがいれば、フレデリカは生きていくことができると思う」

 

「私はそれほど器用じゃないよ。ローザに複雑な思いをさせたくないし」

 

「今の歴史のお前さんはフレデリカのことが嫌いなのか?」

 

「好き嫌いの問題じゃあない!」

 

「なら、頼むよ。この通りだ」

日頃偉そうな態度の男が、この時は頭を下げた。

 

ヤンは溜息をついた。

「何も約束できない。しかし、私もフレデリカには不幸になって欲しくはないと思っている」

 

「それでいい」

ライアルは安堵の笑みを見せた。

 

ヤンはまだ納得出来ていなかったが、今はもう一つ、ヤンはライアルに伝えるべきことがあった。

「流れ弾のことなのだけど」

 

「どうした?」

 

「あれは本当に流れ弾だったのだろうか?」

 

ライアルは眉をひそめた。

「遠距離から狙い撃ちされたとでも?」

 

「いや。ハードラックは巡航艦二隻でカバーされていた。流れ弾が当たったように見えたハードラックの艦体中央部右下も含めてだ。そもそも同盟軍の記録では流れ弾が当たったのはそこではなかったはずなんだ。ローザス提督の対応を見るに、残された記録は改竄されていたのだろうけど。それはそれとしても、中央部右下に流れ弾が当たるはずはない。もし流れ弾が飛んできたなら巡航艦アウトノエに当たっていたはずなのだから」

 

「では、何なんだ?」

 

「ハードラックは内部から爆発したのではないかな?」

 

「……事前に爆発物が仕込まれていたというのか?」

ティアマト会戦開始数日前からフレデリカは旗艦各所の監視を始めていた。仕込まれていたとすればそれより前ということになりそうだ。しかも通路の構造物が爆発したという映像も捉えられていなかったから、艦の構造の内部に、である。

 

「おそらくは。二度目の爆発も怪しい。流れ弾は一発、艦橋周辺には万一の対策として当然ながら誘爆するようなものは置かれていなかったはずだ。ブルース・アッシュビーを確実に殺すために最初から複数爆発物を仕込んでいたのではないだろうか?実際一度目では死ななかったようだし」

 

「しかし、同盟軍の総旗艦に爆発物を仕込むなど、簡単にできるものなのだろうか?」

 

「神聖銀河帝国残党単独では少なくとも難しいだろうね。それに帝国軍でもない。帝国軍の仕業ならば、戦いが決する前に爆破していただろうから。となると同盟側の誰かが関与していることになる」

 

「艦の整備時に仕込まれたのか?」

 

「かもしれない。しかし議論したいのは誰がこのタイミングで爆破を敢行したか、だ」

 

「……」

 

「同盟軍の勝利という結果に影響を与えず、ブルース・アッシュビーが休憩のために艦橋を離れず、帝国軍からの流れ弾があってもおかしくない絶妙のタイミング。確実に殺すつもりならブルース・アッシュビーの位置取りも考える必要がある。フレデリカ少佐がやったようにカメラでモニタリングするにしても、少なくとも艦内だ」

 

「艦内といっても千人近い人員がいる。その中でも誰か心当たりがあるんじゃないのか?」

 

「将兵のうち注意すべき人物は四課の協力もあって監視が行われていた。我々も注意していた。その中に怪しい動きはなかった。しかし我々が味方だと思い、注意を払わなかった人物がいる」

 

ライアル・アッシュビーもその人物に心当たりがあった。

 

ブルース・アッシュビーの死に冷静な対処をした。

会戦前、ライアル・アッシュビーの元を訪れ、意味深な会話をした。

あるいは、そのことが動機となったのかもしれない。

 

しかし、ライアルは首を横に振った。

「やめておこう。ヤン長官。ろくな結論にならないし、それを暴いたとして我々にとって望ましい結果にはならないだろう。迷宮入りさせておく方が得策だ」

 

「しかし……」

 

「……等と言ってもヤン長官は納得しないか。ブルース・アッシュビーの代役とともに俺に任せてくれないか?決して悪いようにはしない」

 

ヤンは迷いつつも最終的に同意した。

 


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