時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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16話 千種万様のロストワールド/同期生

ライアル・アッシュビーが恋文に悪戦苦闘している間も、フレデリカ、ユリアン、マルガレータの三人は、同盟軍情報部四課の人員として働いていた。

 

ジークマイスター提督が構築した秘密諜報網からの情報を扱う性格上、四課は限られた人員で業務をこなさざるを得なかった。そのような情報を扱っていることを隠すためのダミーの仕事(帝国に対する通常の諜報業務や防諜業務)も多数存在したため、常に過負荷状態だった。そこに未来においても超エース級の人材三人が加わったのだから重宝されないはずがなかった。

ジークマイスターは流石に機密の根幹には触れさせなかったが、それでも仕事は幾らでも転がっていた。

 

特に帝国語に堪能で、貴族文化にも精通したユリアンは、帝国及びフェザーンの公開情報の分析に関して短期間で実績を積み上げた。

ジークマイスターとしては、未来から来たことさえ無視できるなら、後継者候補として考えたい程だった。

もっともユリアンが、未来においてゴールデンバウム朝門閥貴族勢力に与していたことを知ればその気も失せたかもしれないが。

 

ユリアンとしてはこの機会に不世出のスパイマスター、ジークマイスターから諜報のノウハウを盗むつもりでいた。地球財団は未だに新銀河連邦において不安定な立場にある。ユリアン自身が危険視されているためにより不安定になっているという面も否定できないが、ユリアンがいなくなれば、そもそも地球財団自体が機能不全に陥ることは誰しもが予想するところだった。

ユリアンは地球財団を守るために得られる武器は幾らでも手に入れるつもりだった。

 

 

だが、それはそれとして。

 

三人は住居に戻って、今日も夕食を作りながら反省会を開いていた。

「今日も収穫はありませんでしたね」

マルガレータがぼやいた。

「ただ日常業務をこなしただけだったわね」

フレデリカもぼやいた。

「でもみんな感謝してくれましたね」

ユリアンだけが前向きだった。

 

フレデリカは三課の動向を探りたかったのだが、情報漏洩の防止と共倒れ回避のため、三課と四課の人員の交流は極端に少なく、部屋の場所も離れていて、なかなか思うようにはいかなかった。

 

マルガレータが思い出した。

「だけど今日のお昼時に、ホィーラー准将とすれ違いましたよね。初めて顔を見ました」

 

「そうね。こう言ってはなんだけど、なんだか目つきが悪い人だったわね。私達三人の中で、ユリアンのことばかり見ていたわ」

 

「もしかしてそういう趣味の方なんですかね」

 

「やめてくださいよ、二人とも。……でもあの目というか、顔つきというかどこかで見たことがある気もするんですよね。どこだったか……」

ユリアンは考えてみたが、答えは出なかった。

 

「しかし、それ以外に収穫はなかったですね」

 

「宇宙艦隊司令部の監視カメラ群にアクセスできれば……」

フレデリカが不穏なことを呟いた。

 

「この時代、まだまだカメラの導入台数も少ないですし、ネットワーク化もされていないですからね」

 

同盟において情報技術のルネサンスが起こるのは、アッシュビーによる大解放戦争が起き、亡命者の流入が止まってからだった。

今まで同盟に流れていた亡命者は、距離が近く文化的差異が少ない独立諸侯連合にまず向かうようになった。これに、同盟において燻る反新参亡命者感情と、同盟の国策としての独立諸侯連合支援政策が、新規亡命者受け入れ制限を設定させた。

亡命者の流入減は、戦死者数の減少と、軍務からの若年層の解放による一時的なベビーブームで人口としては補われたものの、同盟国内から低賃金の労働者が消える結果を招いたのだった。

 

同盟国内における安価な労働力が失われたことで、社会全体でその穴埋めを行う必要が出て来た。

その影響は兵士の確保に悩む軍にも及び、フレデリカ達の時代に、情報特化型の軍人と、無人化艦隊までをも産むことにもなったのだが、ひとまずこの時代の同盟はそのような状況にはなかった。

フレデリカの技能が活かされる場面は少なかった。

 

 

その後も収穫は少なかったが、何もなかった訳ではなかった。

ある時、フレデリカはサリー・ローレンス准将に声をかけられた。

 

「あなたはブルースの何?」

 

フレデリカは相手の意図を読みかねた。サリー・ローレンス准将がブルース・アッシュビーの元愛人だったことは既に情報として知っていたが、フレデリカに対する質問の意図がわからなかった。

 

フレデリカは正直に答えることにした。

「何でもありません」

 

その答えにサリー・ローレンスは苛立った。

「ブルースはあなたを見るとよく声をかけているようじゃない。噂になっているわ」

 

確かにブルース・アッシュビーはフレデリカに頻繁に声をかけて来ていた。流石に四課に乗り込んでくることはなかったが、司令部内で遭遇する頻度が妙に高いのだ。

 

フレデリカは仕方がないと諦めた。

「ここだけの話ですが、私はブルース・アッシュビーの義理の妹です」

 

その答えはローレンスの意表をついた。

「妹?義理?」

 

「ええ。妹で、義理です。ブルース・アッシュビーの弟と結婚しているんです」

 

「既婚者だったの……」

 

「はい」

 

「弟って、まさかよく一緒にいる亜麻色の髪の……」

 

フレデリカは慌てて訂正した。

「いいえ、違います!夫はもう少しアッシュビー提督に似ていますし、歳も上です」

 

「……では、ブルースのことは?」

 

「何とも思っていません」

 

「本当に?」

 

「ええ。あんな女たらし、趣味ではありません」

 

その答えは、ローレンスのツボにはまったようだった。

「そうね。あんな女たらし、相手にするだけ無駄ね」

 

フレデリカは何となく彼女とは仲良くなれそうだと思った。どこかで似たような女性と仲良くなったことがあるような気もしていた。

 

フレデリカはこの際尋ねてみることにした。

「ローレンス准将はアッシュビー大将と同期だそうですね」

 

「ええ、そうよ」

 

「アッシュビー大将と、730年マフィアのこと、同期の方はどう思っていらっしゃるのでしょうか?」

 

ローレンスは確認した。

「私が、ではなく一般的な質問よね?」

 

「勿論です」

 

「活躍しているな、というぐらいじゃないかしら。正直。同期の誇りと思う人もいれば、僻みに思う人もいるとは思うけど、士官学校なんて人数が多いから、良くも悪くもそこまで強い思いを抱いてはいないと思うわ」

 

「730年マフィアと同期の方々の間の繋がりは?」

 

「個人的友情を除けばそこまで強いものはないわ。ただ、ローザスが同期会に積極的に関わっているし、面倒見もいいから、彼の頼みなら積極的に力になるという人は結構いるわね。……確かに、730年マフィアの子分達とか、アッシュビーの子分のローザスの子分達と揶揄されることもあるわ。730年マフィアだけで戦争はできないから、同期のネットワークは730年マフィアの活躍の助けになっていると言えるかもしれないわね」

 

「それもローザス提督がいてこその話なのですね」

 

「ブルースはそういうことを積極的にやらないから。持ち前のカリスマに惹かれて信奉者になる人もいるけど、離れていく人も多いわ。ローザスは奥さんに先立たれて休みを取っていたけど、彼が戻って来てそういう点でもブルースはほっとしているでしょうね」

 

ヤンの説では、ローザスがジークマイスターからの情報の再分析と取捨選択を担っていたということだった。しかし、ローザス自身が回想録で書いていたように、730年マフィア及びその同期の連携に関して潤滑剤の役割を果たしていたのも確かなようだ。

 

 

「ブルース・アッシュビー提督に強い恨みを抱いている方はいないのでしょうか?同期の方に限らず」

 

「それはあの性格だからいろいろなところに敵をつくっているわ。730年マフィアの面々の中にも実際色々思うところのある人は多いでしょうね」

 

「例えば、殺したいと思うほどに?」

 

ローレンスは問いの意図を探るかのようにフレデリカの顔を見た。

「そこまで恨んでいる人がいるかどうか私は知らないわ。……私はそこまで恨んではいないわよ」

 

「恨みそうな女性はいますか?」

 

「アデレードさんは恨む権利があると思うけど……他の人はあの人の女癖が悪いことを知った上で近づいているから。……街で盛んにナンパしているという噂もあるから、最近はまた違うのかもしれないけれど」

 

流石のブルース・アッシュビーもクローンの所業で殺されては浮かばれないだろう、とフレデリカは思った。

長話になってしまった。フレデリカは最後に残していた質問をした。

「ホィーラー准将はどうなのでしょう?」

 

ローレンスは少し考えてから答えた。

「ホィーラーは恨みとは違うわね。彼はハイネセンの信奉者よ。民主主義の英雄の理想像が、彼の中にはあるの。ブルースはそれから外れている。だから嫌っている。いや、危険視していると言った方が正しいかしら」

 

「危険視?」

 

「ホィーラー准将はブルースがルドルフになるのではないかと疑っているの」

 

「ルドルフに?」

ブルース・アッシュビーとルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。民主共和国家の英雄と、専制国家の英雄。

フレデリカは対極にあるようなその二人がイコールで結びつかなかった。

 

「まさかと思う?」

 

「ええ」

 

「私もよ」

ローレンスはそれ以上その話をするつもりはないようだった。

「ところで、私から声をかけておいて何だけど、一連の質問はあなたの興味本位?」

 

フレデリカはまさか情報収集の一環とは言えなかった。

「ええ、興味本位です」

 

「なら、そろそろ切り上げても大丈夫ね。なかなか楽しかったわ」

 

ローレンスは立ち去りながらも思った。四課が対外諜報ではなく、アッシュビーの私的な内偵を担っているという噂は本当だったのかも、と。

 

 

 

 

 

 

四課に所属して二週間が過ぎた頃、三人はジークマイスターに呼び出された。

ジークマイスターは珍しく言葉を選びながら話していた。

「君達の仕事ぶりには目を見張るものがあった。だから君達に落ち度はないことは言明した上でお願いするのだが、君達は明日から来ないでいい。いや、来ないでくれたまえ」

 

三人はショックを受けざるを得なかった。

「どうしてですか?」

 

「……君達は目立ち過ぎる。謎の美男美女三人が四課に出入りしていると噂になっているようだ。これでは周囲の人間の目が四課に集まることになる。これは諜報を担う部署にとっては致命的だ」

 

三人は顔を見合わせた。

 

「予期していて然るべきだった。だからこれは私のミスだ。すまない」

ジークマイスターは三人にわざわざ頭を下げた。

 

こうして、三人は晴れてお役御免となってしまった。

 

目立つと言われたからには、他のことをしたくてもあまり派手なことはできない。

 

結果、ユリアンの料理教室が1日1回から3回に増えた。

 

ライアルは、ユリアンに恋文を手伝わせようとしてフレデリカに止められた。

 

とはいえ、無為の日々は長くは続かなかった。

 

さらに数日が経過し、ライアル・アッシュビーが恋文を書き終えた宇宙暦745年10月26日、彼らはブルース・アッシュビーから連絡を受けた。ティアマト星域での会戦に向けて同盟軍宇宙艦隊がハイネセンを発つ日が決まったのである。

 

 

 

 


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