時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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102話 果てしなき流れの果に その6 十億年の宴(エピローグ2)

 

 

人類と〈鳥〉の戦いは五十年の長きに渡って続いた。

原因は人類が秘匿する「世界改変術式」の存在が〈鳥〉に露見したことにある。

 

〈鳥〉としては人類に疑心を持たざるを得なかったし、人類に自らの死命を握られている状況から脱却を試みるのは種族として当然のことであった。

 

〈鳥〉による大規模な奇襲攻撃による劣勢から、人類は徐々に戦力を建て直し、戦争は〈鳥〉の全面的な降伏で終わることになった。

 

しかし、長引く戦争は更なる外部勢力の干渉を招いた。国力における劣勢を悟った人類は〈鳥〉と連合国家を形成し、これに対抗した。

 

人類はその後、数百年に渡って異星種族と戦い続けることになった。

その戦いの原因は殆どが「世界改変術式」の人類独占を理由とするものだった。

 

銀河全体を巻き込んだ戦争の時代は「世界改変術式」を無効化する技術の発見によって終わりを迎えた。

 

人類の宇宙暦にして1293年、銀河のほぼ全ての種族、全ての国家が加盟する「銀河連合」が成立した。

 

その母体は新銀河連邦及び、その他いくつかの星間連邦国家だった。

人類による連邦国家であったはずの新銀河連邦は、複数種族の所属する多種族国家となっていた。

 

単一種族の国家は銀河においてこの時既に少数派となっていた。

 

それからさらに時が経ち、

 

さらに時が経ち……

 

 

 

十億年が経った。

 

 

 

かつてバーラトと呼ばれた星系の、ハイネセンと呼ばれた惑星に、その二人はいた。

 

停滞力場に守られた巨大な墓標めいた建物の下に、ヨブ・トリューニヒトとレディ・Sの二人は寄り添いながら座り込んでいた。

 

惑星ハイネセンの空は巨大な恒星の赤色が覆い尽くしていた。

赤色巨星と化した恒星に、惑星ハイネセンはあと少しで飲み込まれようとしていた。大地も空気も赤熱化しており、二人がアンドロイドでなければとっくに燃え尽きていたはずである。

 

「今更だが、この場所でよかったのかい」

 

レディ・Sはトリューニヒトに向けて微笑んだ。

「この場所がよかったのよ。最後を迎えるならあなたが生まれた場所が、ね」

 

レディ・Sとトリューニヒトは人類を見守り続けた。休眠を繰り返し、定期的に目覚めては人類の状況を確認した。

 

既に人類は銀河を越えて超銀河団に広がり、多種族と混交し、その形態も生存環境も多様化し、かつての姿を留めているものは僅かしかいなかった。

 

しかし、多様化を極めてもなお、彼らは人類の末裔ではあった。

 

 

人類の歴史が途切れることはない。私の役目は終わった。ここに至ってレディ・Sはそのような納得を得た。

 

そのため、レディ・Sは自らの存在に終止符を打つことを決めたのである。愛する者とともに。

 

トリューニヒトは返した。

「それは光栄だが、私の生まれた場所にこんなものが建っていたとはね」

 

トリューニヒトは背後の建物に目を向けていた。

 

レディ・Sは笑った。

「当時の彼らがこれを見たら変な顔をするでしょうね」

 

そこには既に使われなくなった文字でこう書かれていた。

 

ルドルフ・アッシュビー霊廟

 

その名は人類の英雄として、語り継がれていた。

 

ルドルフとアッシュビー、正反対であったはずの二つの存在は、後世において混同され、ついには人類の守護神たる一つの神格として祀られるようになった。

 

既に正確な歴史が忘れられて久しく、かつて人類が人類同士で争っていた時代は遥か過去の伝説に過ぎなくなっていた。

 

それでも、ユリアン、ヤン、アッシュビー……彼らの名は伝説上の英雄として十億年を経てもなお、完全に忘れられることはなく、残り続けていた。

 

それもまた人類の歴史が途切れていない証でもあった。

 

二人は長い時間ただ静かに座り込んでいた。

 

レディ・Sがポツリと言った。

「私達はこれから巨星に飲み込まれて、それから、またいつか、星の材料になるのね」

 

トリューニヒトはその声を聴いていた。

「その星から再び生命が生まれる日が来るのかもしれないね」

 

「もしかしたら……私達は、どこかの誰かの一部になって……再び出会う日が来るのかもしれないわね」

 

「だとしたら、楽しみだ」

 

「ええ、私も」

 

更に時が経ち、ついに惑星が膨張する赤色巨星に飲み込まれる時が来た。

 

「また、再び巡り会いましょう」

 

「ああ、またいつの日か」

 

 

彼らは星間物質の一部となった。

 

その星間物質を材料として、

再び新たな恒星が生まれることになるのは、それから十億年後のことであった。


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