あと数話で終了になりますので今しばらくお付き合い頂けると幸いです
時刻は夕方になった。
本日最後のイベントである舞踏会兼立食パーティが催された。
銀河各国の首脳は参加しなかったが、新銀河連邦主席ルパート・ケッセルリンクは出席していたし、各国からも政府関係者が出席していた。
オリオン連邦帝国からは宮内尚書であるベルンハイム男爵率いる一団が参加したがその中にはキュンメル男爵の名前があった。
ラインハルト帝崩御の際に恩赦を与えられた彼は、先天性疾患を復興したゲノム治療で治しており、以前とは大きく変わって活動的となっていた。領地は没収されたが、宮内省に官吏としての職を得ており、今回の同行を許された形である。
キュンメル男爵としては若き英雄であるユリアン・フォン・ミンツを始めとして、ライアル・アッシュビーやヤン・ウェンリーをその目で見ることができることを楽しみにしていた。
ヒルデガルド自身も新たに帰属したヘルクスハイマー伯との関係を考え、結婚式に参加することを検討していたが、帝国の内政と自身の結婚式の準備で忙しく参加できなかった。
結婚相手は退位したジークフリード・キルヒアイスである。アンネローゼと結婚したまま、ヒルデガルドと結婚したのである。
相応に話題とはなったが、ゴールデンバウム王朝の歴代皇帝の素行や直近のユリアン・フォン・ミンツの事例を考えれば、否定的な反応自体は少なかった。
ユリアン・フォン・ミンツの重婚に影響を受けたというのが大方の見方である。
パーティの場は自然と外交の場となった。
新銀河連邦体制は続くとしても、各国の利害関係は依然として単純ではなかった。
ガニメデにおける終戦会議を彷彿とさせる光景が現出した。
その中心はルパート・ケッセルリンクだった。各国も要人を派遣していたが、役者が違うと言えた。シルヴァーベルヒも次の主席を目指して各国の参加者と積極的に対話を行っていた。
方々で、各国の関係者が腹の探り合いめいた会話に熱を上げる中、中央では煌びやかな舞踏会が行われていた。
ヤンは妻の誘いを断りきれず、今回は舞踏会に参加して不味いダンスを披露する羽目になった。
ポプランは、ラスト・アッシュビーに声をかけ、物怖じすることなくダンスに興じていた。
クリストフ・ディッケルはサキ・イセカワの相手をさせられていた。
リリー・シンプソンは踊りの誘いにそつなく対応していた。
サビーネやエリザベートも久々の舞踏会を楽しんでいた。神聖銀河帝国が消滅して年月が経ち、彼女達は以前ほど警戒される存在ではなくなっていた。
カーテローゼは身重の体のため、舞踏会を欠席した。
そんな中、主役であるはずのユリアンは舞踏会の場からいつの間にか姿を消していた。
ユリアンは会場のバルコニーの一つで、一人地球を見上げていた。
思うところがあってのことである。
「ユリアン、なぜこんなところにいるんだ?探している人もいたぞ」
後ろからかけられたその声はマルガレータのものだった。
ユリアンは振り向かずに答えた。
「いたら駄目かな?少し休みたい気分になってね」
「……私のせいか?」
「まさか。でも、僕は君のことを何も知らなかったんだなと思ってね。ヤン長官とのことも……」
マルガレータの声が大きくなった。
「ヤン提督とは何もなかった!」
「そういうことも、何もかも、僕は何も知らなかったんだよ」
マルガレータにとって、恐れていた言葉だった。他の三人と比べて、ユリアンとマルガレータは共に過ごした時間があまりにも少なかった。
「私のことが嫌いになったのか?それならそうと言ってくれ。覚悟するから。ベアテだって一人で育てられるさ」
ユリアンは驚いて振り向いた。
マルガレータが目に涙を溜めていた。
ユリアンは慌てた。
「僕は君が好きだよ。嫌いにだなんて、ただ、ちょっと自信をなくしただけだよ。僕なんかが君と一緒にいていいのかなって」
マルガレータは涙を拭った。
「何を自信をなくすことがあるんだ?」
「ほら、僕、友達少ないし。人の心に疎くて君を怒らせることも多いし」
ユリアンは自分の人生における欠落を自覚していた。
「私はお前が友達の多い少ないで好きになったわけじゃないぞ」
「それならどうして僕なんかを好きになってくれたの?」
最初は危ういユリアンを放っておけなかったからだった。それなら成長したように見える今のユリアンは好きではない?……そんなことはなかった。
「どうしてだろうな。でも、好きだ」
ユリアンは苦笑した。
「わからないのか……」
「お前だって私のことをわかっていないんだろう?それでも好きなんだろう?」
「そうだよ。君が大好きだ」
ユリアンは微笑み、マルガレータを抱き寄せた。
「これからお互いのことをもっと知っていこう」
マルガレータもユリアンを抱きしめ返した。
二人はしばらく抱き合っていた。
どちらからともなく体を離した後、マルガレータは言った。
「なあ、ユリアン。ここは、ガニメデのあの場所に似ているな」
マルガレータはユリアンと初めて会った場所のことを思い出していた。
終戦会議後の舞踏会。場所は木星の見えるバルコニーだった。
ユリアンもよく覚えていた。そこに立っていた輝くような女性の姿を。
「そうだね。木星と地球の違いはあるけれど」
「あの時は殺すだの何だの言っていた二人が、今は。自分のことながら因果なものだな」
「お互いもっと素直なら、回り道せずに済んだのかもしれないね」
「お互いに人生の教訓だな」
先ほどまでの距離感は完全に消え去っていた。
二人は笑いあい、再び抱き合い、口づけを交わした。
マルガレータは不意に口ごもり、頰を赤くした。
「その、父上がな。やっぱり男児が欲しいと言っているんだ。私も、お前との子なら何人でも欲しいし、何というか……ユリアン?」
ユリアンは視線を別のところに向けていた。
その視線を辿ると……
少なからぬ人々が、ユリアンとマルガレータに注目していた。
シェーンコップが傍に女性を侍らせつつ、ニヤニヤと笑いながら酒杯を掲げていた。
サビーネとエリザベートもいた。
やれやれといった様子で苦笑していた。
赤面しつつ舞踏会会場に戻って来た二人を、参加者は温かく迎えた。
その様子を、アウロラ・クリスチアンは眺めていた。その表情は嬉しそうにも寂しそうにも見えた。
アウロラ・クリスチアンは既に銀河保安機構を退職することを決めていたが、この結婚式の直後、いずこかへと姿を消してしまった。
「ユリアン君を遠くから見守る会」は、会長が交代したことで人知れず穏健化し、その活動も控えめなものになっていった。
別の場所ではアンスバッハとシュトライトが二人で静かに酒を酌み交わしていた。
エリザベートとサビーネの二人が結婚して、結婚相手のユリアンも落ち着きを得つつあり、後見人を務めていた彼らとしては責任を一つ果たし終えたと言える状況にあった。
アンスバッハがシュトライトに尋ねた。
「卿はこれからどうするのだ」
「これからも地球財団に属して、ユリアン・フォン・ミンツの下で仕事をしていくことになるだろうな。それが楽しく思えるようにもなってきている」
「そうか……」
「卿は違うのか?」
「どうすべきかと思ってな」
「去ることを考えているのか」
「まあ、な」
アンスバッハはワインの赤い液面を見ていた。
「去ってどうする?……公の元にでも行くつもりか」
アンスバッハは答えなかった。
「卿が去ると方々は悲しまれるだろうよ」
「悲しまれるか」
「それはそうだろう。アマーリエ様もエリザベート様も。それにサビーネ様も。自分たちを見捨てたのかと」
「サビーネ様も、か」
「もう長い付き合いになるからな」
「しかし、父親を殺した男が側に居続けることになるのだぞ」
シュトライトもその一件のことは知っていた。
「そのことは、秘密として卿が背負い続けていくしかなかろう」
「……」
「思えばあの頃は単純だったな」
ブラウンシュヴァイク公の配下だった頃のことをシュトライトは思い出していた。
「公のことだけを考えて動けばよかったからな」
「今は自分で決めないといけないな。お互いに」
その後は二人とも、ただ黙ってワインを飲み干し続けた。
夜は更けていき、式典は終わった。
人生は続いていく。