時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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8話 オリオン王ばんざい!

宇宙暦803年10月 オリオン連邦帝国 首都星オーディン

 

この日、連邦帝国の行く末を決める選挙が行われた。

選王権を持つ宮廷貴族、領主、市長、惑星知事、元帥以上の軍人による選挙によってオリオン王が選ばれることになった。

 

当初の予定ではもう少し早く実施されるはずであったが、初めての試みであり準備に時間を要したのである。

 

十分な野心と巨大な才能を持ったシルヴァーベルヒが新銀河連邦に移った今、候補者として考えられる人物は実のところ限られていた。

帝国貴族筆頭のマリーンドルフ伯フランツ、首席元帥の称号を得た軍務尚書ウォルフガング・ミッターマイヤー、マリーンドルフ伯の娘であり、外務尚書として実績を積み重ねたヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの三人である。

当初は人望、実績によりマリーンドルフ伯フランツが有力視されていたが、彼は老齢を理由に引退を宣言していた。

これにより、候補者はミッターマイヤー元帥とヒルダの二人に絞られることになった。

 

平民出身の軍人のミッターマイヤーと、貴族とはいえ女性のヒルダ。

 

旧来の価値観から抜け出しきれない者にとっては、ある意味究極の選択であった。

 

本来はミッターマイヤーの優勢でもおかしくはなかったが、複数の理由でそうはならなかった。

 

一つはマリーンドルフ伯フランツの存在である。引退を表明したとはいえ、新帝国において貴族達をまとめ、国務尚書として皇帝を支えたマリーンドルフ伯の人望と影響力は未だに大きかった。神聖銀河帝国の策略とラングの暴走により一時立場を危うくしたが、それも伯の影響力の大きさ故のことである。

伯自身は選挙に対して何も見解を述べなかったが、選王権者達は伯がヒルダを後見として支える、必要であれば院政を敷くことになるだろうと考えたのだった。

もう一点、選王権者達の多くは今回の選王を、国家元首の選定とは考えず帝国宰相の選定程度に考えていた。

そうなれば、女性という点で確かに異例ではあるが未だ政治手腕が未知数のミッターマイヤーより、首席秘書官と外務尚書を務め、政治に関して実績の確かなヒルダの方が適任にも思えた。

この二点とも、選王権者達の勘違いや認識不足によるものではあったが、ヒルダは自らの目的のためにそれを利用したし、さらには陰ながらそれを促すことまでした。

さらには宮廷貴族と領主にとっては軍人かつ平民のミッターマイヤーより、貴族であるヒルダが上に立つ方が立場的に都合がよかった。

 

ミッターマイヤーは、周囲の声に推されて立候補することになったが、必ずしも積極的ではなかったし、彼自身の関心事はこの時、別のところにあった。

妻のエヴァンゼリンが妊娠していたのである。

ユリアンが地球アーカイブより復活させた不妊治療の成果であった。

 

結果、積極的に支持固めに動いたヒルダの優勢のまま選挙が行われ、ヒルダが初代オリオン王となった。

 

11月に入り、ジークフリード帝により、オリオン王の戴冠式が行われた。

ジークフリード帝の手により王冠を授けられた時、ヒルダもジークフリードも無言であり、それぞれどのような思いを抱いていたかは定かではない。

これ以降、皇帝の権限の大部分がオリオン王に移譲され、ヒルダによる統治が始まることになった。

 

戴冠後、ヒルダはミッターマイヤーと面会していた。

「今後ともご協力をお願いします」

そう言ってヒルダは微笑んだ。

その顔からは何やら威厳が感じられるようになったと思うのはミッターマイヤーの気のせいだろうか?

 

ミッターマイヤーは力強く答えた。

「勿論です。国王陛下」

 

ヒルダは悪戯っぽい笑みを見せた。

「早速ですけどお願いがあります」

 

「何でしょうか?」

 

「我が父はまもなく国務尚書を引退します。ミッターマイヤー元帥に国務尚書になって頂きたいのです」

 

ミッターマイヤーは驚いた。

「いや、しかし、私は軍人です」

 

ヒルダは笑みを深めた。

「元軍人ですね。できないとは言えませんよね。オリオン王に立候補されるぐらいなのですから」

 

ミッターマイヤーは思った。これは何らかの意趣返しなのだろうか?

 

ヒルダはミッターマイヤーも戸惑いを感じ取った。

「正直なところを言いましょう。オリオン連邦帝国は軍人の力によって興った国家。残念ながら、軍人の協力なしでは運営が難しいのが現状です。だから軍人出身の元帥を重用していると見せる必要があります」

「しかし、軍人の意に反する決定もなされることになるでしょう。そうなると私を動かして陛下に対する反対勢力を形成しようとする動きも出るのでは?」

「だからこそ元帥にお願いするのです。そのような時に私の側に立って頂くことを。ミッターマイヤー元帥の高潔な人柄は私も人々の知るところ。よもや簒奪などはお考えにならないでしょう?」

 

「それはそうですが……」

そうは言いつつもミッターマイヤーとしても徐々に納得しつつあった。仮にミッターマイヤーがオリオン王となったとしても今度は、貴族への押さえを欲しただろう。そうなった時にマリーンドルフ伯あるいはヒルダにその役を期待していたことは間違いない。

 

「貴族と軍人。文官と武官。貴族と平民。平民と元農奴。この国には様々な対立や矛盾が存在します。それにより国に混乱が生まれないようにしていかなければならない。

ジークフリード陛下はこの国のアウトラインをつくられました。私はその内側を整えたいと思っています。五年をかけて。

その成果がどうなったか。私はまたそこで選王を行いたいと思います。仮に私の統治に問題があった時は、ミッターマイヤー元帥に次のオリオン王になって頂いてもよいと思うのです。国務尚書として十分に経験を積まれたミッターマイヤー元帥に」

 

ミッターマイヤーは思った。ヒルダは先のことまで見据えているのだと。

「承知しました。陛下。そういうことであれば謹んで務めさせて頂きます」

 

「ありがとうございます」

 

オリオン連邦帝国にはこの後も困難が訪れたが、ヒルダはそれを乗り切り、後世の歴史家によって、

「オリオン連邦帝国を創ったのは皇帝ラインハルトとジークフリードであるが、それを育てたのはオリオン王ヒルデガルドである」

という言葉が生まれることになるのであった。

 

ヒルダは話題を変えた。

「ところで。元帥は、皇后陛下が妊娠されたことをご存知ですわね」

「ええ、存じております」

 

エヴァンゼリンの妊娠からそう変わらない時期にアンネローゼも妊娠していた。これも地球財団による技術復興の恩恵だった。今のところ箝口令が敷かれており、知っているのはわずかな者に留められていた。

 

事情を知るミッターマイヤーは、ヒルダの感情を慮ろうとしたが、その表情からそれを伺うのは難しかった。

 

「両陛下は今しばらくこのことを伏せられるそうです。この時期に私の統治に影響を与えないために」

皇帝に跡継ぎがいないことが選挙君主制導入の原動力の一つになっていた。今更元に戻す意志がジークフリード帝にないとはいえ、動揺する者が出るのは避けられないことであった。

 

ヒルダは僅かに笑みを見せた。

「両陛下らしいご賢明な判断だとは思いますが折角の吉事なのですから、両陛下のご意思も確認しつつ、お祝いの準備だけでも内々に進めておきたいですわね」

 


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