ほ、ほら今回は一応シリアス回だから(震え声)
アタシは本当の気持ちを言うのが苦手だ。
騙すつもりがあるわけじゃない。
自分というモノがあやふやなアタシにとって、
本当の気持ちを他人に言うなんてとても恥ずかしいことだったから。
アタシの心は誰にも見えない。
誰にも分からない。
アタシの言葉はいつも嘘という殻で包まれていた。
アタシがそんなふうになって15年。
積み上げ続けた嘘はいつのまにかアタシ自身になっていて、
外の世界からアタシを守る『大切な自分』になっていた。
でも本当は誰かに知ってほしかったんだ。
嘘をつくのはさみしいから。
本当がないのは悲しいから。
でも分厚くなってしまった『大切な自分』は、
逆にアタシを外に出してくれなくなった。
そしていつもアタシの『ホント』は闇の中。
大抵はいつも期待はずれ。
でもここに来てからのアタシはどうだっただろう。
ガトーと一緒にアリーナで戦って。
妙に懐かしい感じのする少年に出会って。
教会でカルナに少し褒められて。
命がけの聖杯戦争という舞台は、
アタシの心の壁を少しづつ壊していく。
本当は見ない振りをしていたんだ。
だって諦めたほうが楽だもの。
そうやって今まで生きてきたんだもの。
今更、友情とか、努力とか、勝利とか、
そんなのもう忘れちゃったもの。
でもガトーがアタシを殺そうとしたあの時。
必死に立っているカルナを見てアタシは思ったんだ。
負けたくないって。
それはきっとアタシの『ホント』の気持ち。
死を目の前にして『大切な自分』を突き破って出てきたアタシの真実。
15年前になくしたと思っていた心の熱はまだここにあったんだ。
今までのように見ない振りをすることもできる。
このまま決戦場で何もせずに殺されればいい。
それはきっととても楽なこと。
そして
アタシは――――。
◆ ◆ ◆
「こんなところにいたんスか。探したっスよ」
校舎の屋上でその姿を見つけたアタシは声をかけた。
時間はもう夕方に差し掛かっている。
「あんたが迎えにこないから今日はゆっくり寝てられると思ったんスけどね。そしたら今日はカレンがアリーナにぶちこんでくれたっスよ。おかげでこんな時間になっちゃったっス」
相手は背を向けたまま何も言わない。
フェンス際で下の景色を見下ろしているだけだ。
「聞いてるんスか? ガトーのおっさん」
「何をしにきたのだジナコ。お主と小生はもう敵同士だと言ったはずだが?」
ようやく口を開いたと思ったらそれっスか。
「敵同士でも話くらいはするっス。おっさんもモブじゃないなら決戦前に敵と酒を酌み交わすくらいの心の余裕を持ったらどうっスか?」
「ふん、言いよるわ。ヒヨっこ以前のくせに」
場の雰囲気が和らぎ、ようやくガトーがこちらを振り向く。
「酒までは出せんが話くらいは聞いてやろう。なんだ?」
「単刀直入に聞くっス。おっさんはどうしてこんなことをしたんスか?」
こんなこととはこれまでのガトーの行動のことだ。
アタシを鍛えるようなマネをし、
昨日はアタシをアリーナで殺そうとした。
「それは昨日言ったであろう。強い敵と戦い、我が神の威光を一層輝かせる為だとな」
「それは嘘っスね」
アタシはバッサリと切り捨てる。
「強い敵と戦いたいならアタシを殺した後の2回戦や3回戦でいくらでも戦えるっス。ああ、最初に言ってたアタシの魂をプロデュースするとかもナシね。それなら昨日アリーナでアタシを殺そうとする理由がない」
ガトーはアタシを見つめながら黙り込む。
やれやれ普段あんだけ言いたいこと言ってるくせに、
こんな時はだんまりっスか。
「じゃあ、アタシが当ててあげるっス」
ガトーが初めて会った時に言っていた『魂をプロデュース』も
『強い敵と戦いたかった』と言うのもおそらく方便だ。
だがガトーが言っていたことの中で一つだけ本当のことがあった。
『簡単な話だ神の子よ。お主のマスターが小生の敵ではないからだ』
あの言葉だけがおそらく真実。
そしてガトーは昨日アタシに言ったはずだ。
アタシがガトーの『敵』になったのだと。
「おっさんはアタシに『敵』になってほしかったんスよね?」
そう考えれば昨日の模擬戦も、
アタシに「負けたくない」という気持ちを喚起させるものだったと分かる。
だがなぜそんなことをしたのか。
そんなことをしてもガトーに得なことなど一つもない。
でもアタシには一つ思いあたることがあった。
馬鹿馬鹿しい考えだと思うが、
他には思い浮かばなかったのだ。
「もしかしておっさんは『敵』じゃない人間を殺したくなかったんじゃないっスか?」
もしガトーに初めて会った時のアタシが戦う意志を持っていたのなら、
彼はアタシを『敵』と見なし、なんのためらいなく殺しただろう。
だがあの時のアタシは戦うことなど考えていなかった。
誰もが死に物狂いで相手を殺そうとしている戦場で、
一回戦がアタシみたいな人間だと知ってガトーは驚いたに違いない。
そこで自分の信念に絶対的な自信を持っているはずのこの男は、
初めて迷ったのではないだろうか。
戦う意志のない人間を殺すことはできない。
『臥籐門司』とはそういう人間だったのだ。
『願い』の為に『自分』を殺すか。
『自分』に殉じて『願い』を殺すか。
そしてどちらも選ぶことができなかったガトーは第3の選択をする。
アタシに戦う力を与え、戦う心を呼び戻す。
アタシを『敵』に育て上げることで『自分』と『願い』の両方を守ろうとしたのだ。
ガトーは何も答えない。
だがこの男は違うなら違うと声を大にして言うだろう。
その沈黙はアタシの考えが正しいことを物語っている。
「でも安心するっスよ。今のアタシは正真正銘おっさんの『敵』っス」
胸を張ってそう答えるアタシにガトーが目を見開く。
「アタシの願いは人生をやり直してカワイイ男の子一杯のハーレムを作ることっス! そのためにおっさんの電波ユンユンな願いは却下させてもらうっスよ! プギャーおっさんザマァ!」
アタシの精一杯の強がりにガトーが始めてニヤリと笑う。
「はっはっは! 言うではないかジナコよ! そうであればもう容赦はせん。明日は我が神と小生がお主をヘルヘイムの底に突き落としてくれよう! せいぜいがんばって成仏するがいい!」
「上等っス! 明日は倒れたおっさんの上でコサックダンスを踊ってやるっスよ!」
そしてアタシは屋上をあとにする。
アタシとおっさんはこれでいい。
いや、これ以外に向き合う方法などなかったのだ。
後は明日の決戦でアタシの『本当の気持ち』をおっさんにぶつけるだけだ。
例えその結果がどうなろうとも。
「それじゃあ、とりあえずピコがんばってみるっスかね」
アタシは振り返ることなくマイルームへの道を歩き出した。
◆ ◆ ◆
夜もふけたマイルームの片隅でカルナは目を開いた。
ベッドには自分のマスターが寝息を立てている。
先ほどまで端末に向かって何やら作業をしていたようだが、
終わると電源が落ちるように眠ってしまった。
(とうとう明日か)
相手は強敵だ。
加えて自分はマスターが未熟なおかげで満足に力が出せないでいる。
ジナコが戦うことを諦めていた時ならそれでもよかった。
この身はマスターに寄り添うもの。
潔く敗れて消えればそれでいい。
(だが風向きが変わったようだ)
どうやらジナコは戦う覚悟を決めたらしい。
ならば自分もその意思に寄り添わなければならないだろう。
(いくつかの布石は打ってあるが、さて……)
それらもジナコに戦う気がないのなら使う必要がなかったものだ。
だがあの時。
『負けたくない』
ジナコは俺にそう言った。
ならば俺はその心に全力で応えるまで。
カルナはジナコがマスターであることを一度も嘆いたことはない。
全ての物事を『それも有り』と受け入れることがこの英霊の本質なのだから。
明日は自分のマスターの意思に殉じてその力を振るうのみだ。
そして勝つか負けるかは……。
(それはお前次第だジナコ)
そしてカルナは目を閉じる。
その瞼の裏に映るのは勝利した主の姿かそれとも……。
ガトーの心境は完全に作者の妄想です。
CCCのガトーを見る限りこんなこともあるんじゃないかなーと。