うむ、色々とあったんだ。色々とな……。
とりあえずショタっ子ハーレム編はよ。
そ れ は な い。
――――ある少女の話をしましょう。
少女は隣町の病院で目を覚ましました。
周囲のベッドには同じく爆発に巻き込まれた街の住人達が苦しそうな声を上げています。
起き上がった少女の顔には幾重にも包帯が巻きつけられていました。
包帯に阻まれた狭い視界で辺りを見回していると医者が診察にやってきます。
そこで少女は医者から住む街が爆破テロの標的になったこと。
それに巻き込まれた結果命は助かったものの顔に大きな火傷を負ってしまったこと。
近くにいた友人は助からなかったことを聞かされました。
少女は友人の死を深く悲しみましたがそこでおかしなことに気が付きました。
友人の名前が分からないのです。
毎日互いを呼びあっていたはずの友人の名前を少女は思い出すことができませんでした。
そのことを告げると医者は難しい顔をしながら少女にいくつかの質問をしました。
その質問は自分の身の回りのことや一般常識だったにも関わらず、
少女は半分も答えることができません。
すぐに精密検査が行われ、その結果を見た医者は少女に一つの病名を告げました。
――――『アムネジアシンドローム』と。
◆ ◆ ◆
落ちるぅぅぅぅぅぅぅ!
死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!
助けてザビエルお祖父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
落下する身体が地面に叩きつけられる瞬間、視界がブラックアウトし……。
「――――ハッ!?」
アタシは目を開いた。
目に入る真っ白な天井と背中に感じる柔らかな感触。
身体を起こすとそこは石畳の上ではなくベッドの上だった。
どうやら潰れたトマトにはならずに済んだらしい。
辺りを見回すと傍にカルナが立っていた。
「戻ってこられたようだな」
「カルナ、ここはどこっスか?」
「保健室だ。キャスターの宝具で倒れたお前は丸一日起きなかったのだぞ」
ということは今は3回戦の4日目ということか。
そんでもっておなじみの保健室と。
なんだか来たくもないのに常連になってる気がするっスね。
「意識をどこかへ持っていかれていたようだが何があった?」
「ええと、実はっスね……」
アタシは先程の不思議な体験をカルナに話した。
「なるほどそれがキャスターの宝具の力か。命拾いをしたなジナコ。危険を察知した鎧が自動的に発動しなければお前はマッチ売りの少女として物語に殺されていたところだ」
「マジっスか。危ないところだったっス……」
あのショタモドキめ。
カルナに勝てそうにないからってアタシを狙うとはせこいマネを。
大体ジナコさんが主役のマッチ売りの少女とかタイトル詐欺もいいとこっス。
「仮にまたキャスターの宝具に捕らわれたら、即座に鎧を発動させればいい。それで物語から出ることができるはずだ」
「そっか、自分の意志で発動できるんだから命の危険があるまで待つことはないっスよね」
ショタモドキ敗れたりっス。
次に物語の中に放り込まれたら速攻鎧を発動させることにしよう。
「なんだか気が楽になったっスね~。まったく、どうせ放り込むならサクセス系の話にしてほしかったっスよ。シンデレラとか」
「あなたがシンデレラになったらダンス中にガラスの靴が壊れるでしょうね」
「そうそう、そして足が血まみれの大参事に……ってダニィ!」
背後から聞こえた悪意まみれのツッコミに振り返ると、保健室の主であるドS紫陽花が迷惑そうな目をしてこちらを見ていた。
「あなたの悪運が強いのは分かりましたから、事あるごとに来て私の仕事を増やすのはやめてください。穏やかな午後のひと時があなたのせいで台無しです。もしかしてこれは新手の嫌がらせですか?」
やる気がないことこの上ない。
カレンは相変わらず健康監理AIとしての職務を完全にぶん投げている。
役割を放棄したAIとか存在意義が危うい気がするんスけどね。
「そんなわけないじゃないっスか。アタシも好きでここに来てるわけじゃないんスよ」
「いいえ、私がマスターを傷つけられないと思って調子に乗っているのでしょう? 直接手は出せなくてもアリーナに裏ボス級のエネミーを放って合法的にあなたを始末することだってできるのですからね」
「お願いそれはやめて」
自分でやるのはダメでもエネミーにやらせるのはアリとかAIの規則ガバガバじゃねーか。
今日のカレンはやけに絡んでくるな。黒いオーラが当社比2倍っス。
アタシ何も悪いことしてないのに。
でもなんだか怒っているというよりは拗ねているような。
「もちつけカレン。別にアタシはあんたに精神攻撃をしてるつもりはないっスよ」
「嘘です。それならあのことはどう説明するんですか?」
「あのこと?」
「カーマインブレイジを売店で売り払おうとしたことです」
そう言って半目でアタシに抗議するカレン。
えー……。何? もしかしていつにも増して不機嫌だったのはそれが原因なの?
「なんのことか分からないっスね。その礼装ならちゃんとここにアリマスヨ?」
面倒なことになりそうなのでここはとぼけておこう。
アタシはポシェットからカーマインブレイジを取り出して見せる。
「しらばっくれても無駄です。売店の下僕13号から報告を受けて裏はとれています」
あの売店NPCめ、チクりおったな。
言動がヤバかったけど調教済みだったんですねわかります。
それにしても使えない礼装押し付けておいて売られそうになったら拗ねるとかどうなの。
「せっかく私がブタコさんの為に元廃棄データから復元し、ゴミアイテムと分からないように隠し通路まで作ってお宝感を演出した欠陥礼装をどうしてあっさり手放そうするんですか?」
「今あんたが自分で答えを言ったじゃねーか!」
このカーマインブレイジが元廃棄データでゴミアイテムで欠陥礼装だからだよ!
使ってほしければ今すぐ全てのカーマインブレイジに同調機能を授けてみせろ!(某大佐風)
「大体魔術師始めて2週間のアタシにサーヴァントと同調するなんてハードルが高すぎるんスよ。使えないアイテムは店売りされても文句は言えないと思うっス」
「何を言っているんですか。魔術師で同調スキルなしが許されるのは小学生までですよ?」
はいはい。どうせアタシは小学生以下ですよ。
そりゃ遠坂さん家の凛さんあたりなら小学生で同調余裕かもしれないけど、カリギリさん家のジナコさんは2○歳で同調スキルなしのダメ魔術師ですよ。
自己嫌悪に陥るアタシを見かねてかカルナが声をかけてくる。
「ジナコ元気をだせ。たとえお前がサーヴァントと同調もできない無能な魔術師だったとしても俺は決して見捨てはしない」
「ありがとうカルナさん……とでも言うと思ったかァ!」
このサーヴァントなぐさめるどころか傷口に槍をブッ刺してきたよ!
いつものように悪気はないんだろうけど自害を命じたくなるよ!
「何度も言うけど大体アタシは月に来るまで魔術とは無縁のパンピーだったんスよ? そんなアタシがサーヴァントと同調するなんてできるわけないじゃなっスか」
アタシが魔術に関わった時間は月に来てからの2週間とちょっとしかない。
これでは小学生どころか生まれたての赤ん坊のようなものだろう。
だがそう言ったアタシを見てカレンは呆れたようにため息をついた。
「仕方がないですね。それでは豚でもできるとっておきの同調テクニックをお教えしましょう」
「豚でもって……。まぁ、そんなテクがあるなら教えてもらおうじゃないっスか」
そんな都合のいいテクニックがあるものなのか。
なんだか嫌な予感がするっス。
「同調のする者同士がに同じ所作、同じ呪を用いることです」
「えっと……ドユコト?」
「簡単に言うとサーヴァントと一緒に歌って踊れということです」
なん……だと……?
「そんなんで同調ができるんスか!?」
「あなたは同調というものを難しく考えているようですが、同調とは言いかえれば ”息を合わせる” ということです。身体の動きと呼吸を合わせることで魔力の波長を合わせるんですよ」
「いや、でも歌って踊れと言われても……」
「歌や踊りというほど洗練されていなくてもいいのです。要は同じ動作で同じ言葉を同じタイミングで言うことができれば同調の難易度は劇的に下がるでしょう」
カレンの言葉を聞いたカルナは合点がいったようにうなずいた。
「なるほどな。内側からではなく外側から働きかけることで魔力の同調を行うということか。やってみる価値はあるのではないかジナコ。俺もできる限り協力しよう」
なんだかやる気になっているカルナの言葉にアタシは考え込む。
確かにただ「同調はよ」と言われるよりは俄然分かりやすくなったけど、それを決闘日までの期間でマスターできるものっスかね。
言葉の方はどうにかなりそうだけど、問題は動作の方っス。
「アタシが短期間にマスターできるくらい簡単で覚えやすいモーションなんて……」
その時アタシに電流走る。
あった。
それは某掲示板にAAで描かれるモーション。
4つの動作から成る説教系主人公の決めポーズである。
生きがいだったスレ監視で幾度となく目にしたあのモーションなら頭の中に焼き付いている。
それほど難しい動作ではないのでアタシでも少し練習すれば頭の中のイメージ通りに身体を動かせるようになるだろう。
「何か思いついたようだな」
「まぁね。ところでカルナさん、さっき『なんでもする』って言ったよね?」
「いや、なんでもするとは言っていないのだが……」
「言ったよね?」
「……お前の勝利の為だ。なんでもしよう」
「OK、それじゃこれから練習っス。決戦日までに仕上げるっスよ」
「一体何をやらされるのだ俺は……」
フヒヒ、アタシだけ恥ずかしい思いをするのは御免っス。
きっと新しい世界が見られるっスよカルナさん(ゲス顔)。
そしてそんなアタシ達を見ながらカレンは携帯端末を取り出す。
「私のアイデアなのですから当然練習もここでするのですよね。……もしもし下僕5号? これから保健室にカメラを3台ほど運び込みなさい。それから――――」
「……逃げるっスよカルナ」
「承知した」
携帯端末に向かってなおも指示を出すカレンを置いてアタシとカルナは保健室を飛び出した。
保健室を飛び出したジナコの姿を廊下の角から見つめる黒髪の少女がいた。
その傍らには中世風の衣装に身を包んだ青髪の少年が立っている。
「予想通りピンピンしているなあの豚め。これはお前も覚悟をしておいた方がいいかもしれないぞ。 ”お前自らが” 戦う覚悟をな」
「そうしない為のあなたでしょう。次の物語は完成したんですか?」
「一日程度で完成するか馬鹿め。と言いたいところだが、本業が行きずまると息抜きの方に力が入ってしまうものでな。完成しているよ。例え無敵の鎧に守られていようとも『この物語』からあの女は帰ってこられまい」
そう言った少年は一つの本を取り出すとニヤリと笑みを浮かべた。
その題名を見た少女は自らの勝利を確信する。
しかしその表情に喜びはなかった。
「ジナコさん、闘技場で正々堂々と戦いながらここまで勝ち上がってきたあなたを私は尊敬します。そしてそんなあなたにこのような結末を強いる私を許してください」
少女の懺悔は風に溶け、ジナコを絡め取る物語の幕が上がる。
お待たせしました。
色々と理屈をこねまわしていますが全てはジナコとカルナにあのポーズをさせる為です。
ええ、ほんとそれだけです。