がんばるっスけど、素直に応援するなんてらしくないっスね。
まぁ……ある意味2回戦よりヤバいからな次の相手。
え、マジで?
月の聖杯戦争も二回戦が終了し、ここからが本番といったところでしょうか。
万能の願望器に魅せられた魔術師達が命を懸けて戦う様には心躍ります。
意志と意志。願いと願い。
強ければ強いほどそのぶつかり合いは激しくそして美しい。
かつての私にとってそれは遠く焦がれるだけのものでした。
私は所詮スペア。
正式な健康管理AIである ”彼女” の代用品。
しかし私は確信していました。
聖杯戦争というシステムを管理するのは私こそがふさわしいと。
だからこそ ”彼女” は姿を消し、私が保健室の主になったのです。
そう、これは偶然ではなく必然。
誰であろうと邪魔はさせません。
これは私の聖杯戦争なのですから。
◆ ◆ ◆
聖杯戦争第三回戦1日目の朝。
ここのところ強制的に早起きをさせられていたせいで朝になると自動的に目を覚ますアビリティを習得してしまったアタシはのろのろと布団から身体を起こした。
1回戦のように修行フェチの坊主が部屋に襲撃に来ることもなければ2回戦のように鬼畜シェフが待つ食堂に出勤する必要もない平和な朝を堪能しながらアタシは立ちあがると、二度寝の誘惑を断つべく布団を2つ折りに畳んで部屋の隅に追いやる。
と同時にカルナが実体化し声をかけてきた。
「おはようジナコ。朝にきちんと起きるようになった我が主の姿に俺は深い感動を禁じ得ない。さて出来た時間は有効に使うべきだ。未使用のストックが尽きかけている下着類を朝の内に洗濯しておけば夕方には乾くだろう」
「早起きするだけで英霊を感動させられるアタシって一体……。ていうか朝の挨拶から流れるように洗濯させようとしてくるサーヴァントとかウザすぎっス」
下着の残りがピンチなのは本当だけど、今日早起きしたのは洗濯をする為ではない。
アタシはPCの前に置いてある座布団に腰を落ち着けるとすかさず話題を変えた。
「ところで2回戦のダメージはどうっスか?」
「……ああ、問題ない。そこまで深刻な傷は負わずに済んだからな」
洗濯をする気がないアタシを見てカルナは肩を落としたが質問には律儀に答えてくれる。
どうやら今回はカレンの世話にならずにすみそうだ。あのクィーン・オブ・サディストに身売りするような自殺行為はもう2度としたくない。
もし2回戦でカルナがエリザの『
そうならなかったのはひとえに太陽の化身であるカルナの宝具であり、今はアタシに譲渡されている『黄金の鎧』のおかげだ。
あの時『
今日早く起きたのはこの鎧のことをカルナに教えてもらおうと思ったからだ。
「ドイツや日本はともかくインドの英霊とか宝具とか全然知らないんスよね。マハーバラタ? ヨガカレー? なにそれ美味しいの?」
「……言いたいことは色々あるが、今は問われたことに答えよう。さして面白くもない話だがな」
そう言うとカルナは散乱している雑誌を隅に寄せてスペースを作るとそこに座って話し始めた。
「その鎧は耳輪と共に俺の母クンティーの願いで太陽神であるスーリアより授かったものだ。元々光そのものが形となっている存在だが、お前に譲渡した影響で『鎧』という形は失われ『光』という形でお前を守っているようだな」
「へぇ~神様の鎧っスか。そんな鎧を息子の為に用意するなんていいお母さんだったんスね」
「まぁ俺は生まれてまもなくその母の手で箱に入れられ川に流されたわけだが」
「……」
やばい地雷踏んだっス。
何この最初からクライマックスな展開は。カルナさん出だしから飛ばしすぎィ!
ええっと、由来の話はここまでにして性能面の話題にしよう。
「そ、それにしてもすごい防御性能っスよねー。その上手足を再生できるほどの回復力があるとかまじパネェっス」
「この鎧を着ている限りその者への攻撃を物理・概念問わず9割削り取る。裏を返せば1割は攻撃が通ってしまうわけだが、その1割の攻撃力より装備者自身の防御力高ければ無傷でいられるわけだ。仮に傷を負ったとしても鎧が瞬時に癒すだろう。ただし死者を蘇生することはできないがな」
「なるほど。アタシが復活した後ランルーさんの《bite_gluttony()》をまともに食らっても無傷だったのはあの術式の1割の攻撃力よりアタシの防御力の方が高かったからなわけっスね。聞けば聞くほどチート宝具じゃないっスか。これならカルナさん生きてた頃は存分に俺TUEEEEEEEできたんじゃないっスか?」
「それが肝心な戦いの時には鎧は譲り渡していてな。最後の頼みの綱だった戦車も片輪が動かなくなり、その時に弟の手で首を落とされた」
「…………」
なんスかここは地雷原っスか?
いきなり息子を川に流す母親とか首狩りにくる弟とかカルナさんの家はどうなってるんスか。そんな家庭環境でよくこんな『ぐう聖』が育ったもんスね。普通だったら悪堕ち不可避でしょ。
しかも誰が聞いてもドン引きな不幸話を口にしながらカルナには悲壮感がまるでない。この英霊は自分が不幸だったなどとは露ほども思っていないんだろう。
「鎧についてはこんなところか。それはもうお前のものだ。好きに使うといい」
そう言って話を締めくくるカルナを見ながらアタシはなんとも言えない気分になった。
これだけのものを与えておきながらカルナはアタシに何も要求せずに「好きに使え」と言う。
この英霊は人に施してばかりだが、自分でほしいものはなかったのだろうか。
「損な性格してるっスねホント。せっかく聖杯戦争なんてものに参加してるんスから、カルナさんも願い事の一つや二つ考えておいたほうがいいんじゃないっスか?」
「そうだな、だが心配は無用だ。とりあえず今の俺には切実な願いが一つあるからな」
「おぉ、なんスかなんスか? マスターとしてサーヴァントの望みは聞いておく必要があるっス」
「お前に部屋の掃除と洗濯をしてもらうことだ」
「………………」
地雷原の最後には特大の地雷が待っていた。
この流れで「ノー」と言える人間がいるだろうか。
そしてアタシは昼まで部屋の掃除と溜まった下着の洗濯にいそしむことになったのだった。
午前の時間を掃除と洗濯に忙殺されたアタシは布団に倒れこみたい衝動を抑えながらマイルームを出る。途中で発掘した漫画を読み始めて時間を無駄にする等のアクシデントはあったが、積みあがっていたゴミ袋と床が見えないくらいに散乱していた雑誌類はあらかた片付き、溜まっていた洗濯物も全て洗って部屋干し中である(マイルームにはベランダがないから仕方ない)。
「さてと綺麗な部屋は落ち着かないし下がってる洗濯物はウザいし、これじゃ楽しくゲームもできないっス。せめて洗濯物が乾く間は外で時間を潰すことにするっスかね」
「ならばまずは対戦相手の確認だな。もう貼り出されている頃だろう」
「ハイハイ分かってるっスよ」
カルナの言葉に生返事を返しながら対戦相手が貼り出されているはずの掲示板へと向かう。
今度の相手はどんなマスターなのだろうか。1回戦・2回戦と勝ち上がってきたが、いくらアタシでもそれが実力によるものではないことぐらい分かっている。
実際アタシがここまで勝ち残れたのは相手のおかげによるところが大きいだろう。1回戦のガトーはアタシに最低限の戦う意志と力を与えてくれたし、2回戦のランルーくんにはエリザに殺されかけていたところを助けてもらい、最後はアタシの心を守ってくれた。2人共まともに戦っていたらまず勝てない相手だったと思う。
今度の相手もおそらく実力はアタシより上だろう。だが今のアタシには大きな実力差を前に諦めるという選択肢はない。1回戦・2回戦の勝利は相手に恵まれたこともあるが、アタシ自身があがいた結果でもあるからだ。
ガトーの修行と食堂での激務。どちらも無理矢理やらされたことではあったが、それらはアタシの魔術師としての力を高めてくれた。この経験がなければわずかな勝機を掴むことすらできなかっただろう。努力は裏切らないと思えるほど楽天的にはなれないが、何か行動することは無駄にはならないはずだ。そしてそれはアタシの勝利につながることもある……かもしれない。
それに死んでしまっては気になることにも答えが出ないままになってしまう。
気になることというのはアタシの失われた記憶のことだ。
聖杯戦争の予選から本戦の始まりまでの記憶がアタシにはない。時折「記憶の世界」として断片を見ることはあるが、アタシ自身それが自分に起こった出来事だと実感できずにいた。あそこにいた「ジナコ」はいつも保健室にいて2人の男女と話をしていた。最後に見た「ジナコ」の様子ではあそこにいた2人とアタシはおそらく……。
「ジナコ何を呆けている。掲示板を見ないのか?」
カルナの言葉にアタシは我に返る。
考え事をしていたらいつのまにか掲示板の前に着いていたようだ。目の前にはこれまでと同じく白い紙が貼り出されている。
アタシは恐る恐るその紙を覗き込んだ。
マスター:間桐桜
決戦場:三の月想海
アタシの心臓がドクンと大きく脈打った。
マトウサクラ
その名前はどこかで……。
「あなたが私の対戦相手ですか?」
背後から聞こえた声に全身が強張る。
聞き覚えがないはずのその声は妙な懐かしさを伴っていた。
この小説における初めてのオリジナルマスター「間桐桜」の登場です。
彼女がどういう存在なのかはこれから明らかにしていきます。