そりゃもう、ジナコが華麗に戦うシーンだから張り切って……。
ちょっと前にランキングにのったもんだからテンション上がっちゃったんスよね?
…………。
そうなんスよね?
……ハイ。
紅蓮の炎がエリザの身体を包み燃え盛る。
先程の一撃はカルナのスキル『魔力放出(炎)』によるものだ。
彼の槍には炎の魔力が宿っており、それを解放することで攻撃力を上げることができる。
これは最初からカルナが持っていたスキルだが、1回戦の時にはアタシの魔力が不足していた為に使うことができなかったのだ。
槍を具現化することすらできなかった頃に比べて、アタシは確実に強くなっている。
「ふはははは! まさに大・炎・上! どうっスかカルナ。これがジナコさんの実力っス!」
「これは認めざるを得まい。蝸牛も殻に火が付けば必死に走るということか」
ふはははは! もっと褒めるっスよカルナさん!
あれ? よく考えると今の褒められたのか?
「ちょっとカルナ。今のって……」
「お喋りはここまでだジナコ。どうやらまだ終わりではないらしい」
だが問い詰めようとしたアタシの言葉は緊張を含んだカルナの声に遮られる。
同時にエリザを包んでいた紅い炎が内側からの青白い光によって吹き飛んだ。
「ごめんなさいエリザ。援護が遅くなってしまったわ」
闘技場に甘くハスキーな声が響く。
声はエリザの後方に立つ彼女のマスターのものだ。
ランルーさんの右手からは炎を吹き飛ばしたものと同じ青白い光が放たれている。
先程カルナの炎が吹き飛んだのは彼女が何かしたということか。
「たいしたことじゃないわ。竜の血を引くエリザは元々高い耐魔力を持っているの。私はそこにちょっと炎除けのまじないを乗せただけよ」
ランルーさんの言葉からは「ね? 簡単でしょう?」という心の声が聞こえてきそうだったが冗談ではない。
いくらエリザが高い耐魔力を持っている言ってもカレンから受けたペナルティはその耐魔力にも影響を及ぼしているはずなのだ。
それでもランルーさんは太陽の化身であるカルナの炎を吹き飛ばした。
彼女が使った術式がどれほど高度なものだったのかアタシには想像もつかない。
「全く時間稼ぎも楽じゃないわ。玉の肌が台無しじゃないの」
声のした方を見るとカルナの炎から解き放たれたエリザがパンパンと服を手で払っている。
こちらもあちこちに火傷はあるものの声にはまだ余裕があった。
アタシは愕然とした。
先ほど『太陽の槍』は間違いなくこちらの決め手だったのだ。
それが相手マスターによって鮮やかに破られ、サーヴァントにはたいしたダメージを与えることができなかった。
アタシは確実に強くなっている。
しかしそれでもアタシとランルーさんとの間にはまだ絶望的なまでの力の差があるのではないだろうか。
「それで『できた』んでしょうね?」
「ええ、つい先ほど」
「それじゃあ後は任せたわ。こっちは適当に遊んでるから」
いやまだだ!
まだ終わらんよ!
ランルーさんとエリザのよく分からない会話を聞きながらアタシは気を取りなおす。
確かにランルーさんとアタシの間には山より高く海より深い実力差があるのかもしれないが、それがどうした。
考えてみればそれは彼女に限ったことではないではないか。
この聖杯戦争に参加しているマスターのほとんどはアタシなど足元にも及ばない猛者達なのだ。
1回戦で戦ったガトーもアタシを遥かに上回る実力の持ち主だった。
アタシはそのガトーを倒してこの場所に立っているのだ。
相手との実力差に絶望していてはあのおっさんに顔向けできない。
幸運なことに相手のサーヴァントはペナルティによりステータスを下げられている。
サーヴァントの地力はこちらが上だ。
魔力も残っている。
大丈夫まだいける。
戦いはまだ終わってない!
「悪いけど戦いは終わったわよ」
その時まるでアタシの心を読んだようなタイミングでエリザの声が聞こえた。
視線を移すと彼女は槍を降ろし乱れた服を整えている。
「終わったとはどういうことだ。確かにそちらの魔術師はかなりの腕のようだが、まさかそれでもう勝った気になっているのではあるまいな。」
「分かってないわね。勝ちとか負けとか最初からどうでもいいのよ。私とあなたの戦いなんて所詮『前座』なんだから」
カルナの言葉にエリザが呆れた様子で答える。
「少し癪だけど私のライブはあくまで時間稼ぎだったの。メインイベントの準備の為のね」
「ごめんなさいねエリザ。かなり術式が複雑になってしまって、昨日一日では完成させられなかったのよ」
「本当よ。おかげでだいぶやられちゃったじゃない」
エリザの後ろでランルーさんが手を合わせている。
2人の会話から察するにランルーさんには昨日から作成していたコードキャストがあり、ここまでのエリザの戦いはそれが完成するまでの時間稼ぎだったということか。
「でも完成したわ。これで始められる」
そう言ったランルーさんの右手が魔力の光を放つ。
先程の青白い光ではなく今度は血の色を思わせる赤い光が人差し指の先に集まっていく。
やがてその指先が動き出し空中に複雑な魔法陣を描き始めた。
「気を付けろジナコ。何かしてくるぞ」
「分かってる」
あのランルーさんが作成に手間取るほどのコードキャストだ。
おそらくかなりの効果を持つ術式のはず。
サーヴァントのステータスを飛躍的上昇させるものか、それともカルナのステータスを下げてくるのか、エリザの傷を回復するものだったりしたら戦いの流れが完全に変わってしまう。
やっかいな術式なら発動前に潰したいところだが、カルナが妨害しようとすればエリザにその隙をつかれるし、私はそもそもコードキャストを妨害したり封じたりする術式を持っていない。
何が起こるか分からない状況でアタシ達は動くことができず、やがてランルーさんのコードキャストが発動する。
「《
彼女の言葉と共に空中に描かれていた魔法陣が砕け散る。
アタシとカルナは思わず身構えた。
まずエリザを見る。
何かが強化されたようには見えないし、傷が治った様子もない。
次にカルナを見る。
彼は顔だけこちらを向くと首を振った。
特に何かをされてはいないらしい。
それじゃあ、一体……。
「私は最初に言ったはずです。『晩餐会を始めましょう』と」
気が付くと砕け散ったはずの魔法陣がアタシの目の前に現れていた。
「なっ!?」
嫌な予感がしてその場から離れようとするが間に合わない。
突如魔法陣から鰐の頭部を数倍グロテスクにしたようなモノが現れる。
呆然とするアタシの前でそれは大きく口を開く。
びっしりと生えた牙が見え、次の瞬間にはそれがアタシの左手に食いついていた。
「ぎっ!? あああああああああああああああああッ!!」
強烈な熱さの後に凄まじい痛みが全身を駆け巡る。
熱い、熱い、熱い、痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――!!
涙でぼやける目で自分の左手を確認する。
左手が――――なかった。
……ばり……ぼり……ごり……。
何かを咀嚼するような音が聞こえる。
「ああ……これよこれ。これがずっと食べたかったの」
ランルーさんが恍惚の表情を浮かべている。
彼女の口はもぐもぐと動いており、咀嚼音はそこから聞こえていた。
何かを食べている。
何を?
アタシは一瞬痛みも忘れて自分の左手を見る。
ランルーさんのコードキャストによって食いちぎられた左手を。
ならば、ならば彼女が食べているのは。
…………ごきゅり。
ランルーさんの喉が鳴る。
ああ、食べられている。
今、飲み下されたのは。
彼女の腹に入っているのはアタシの左手なんだ。
「たまらないわ。もっと、もっとよ。全然足りない」
再びランルーさんの人差し指が動く。
「ジナコ!」
「おっと動かないでよね。いくらステータスが下げられていたって、背を向けたあなたを後ろから串刺しにすることぐらい簡単なのよ?」
「くっ!」
こちらに駆け寄ろうとするカルナがエリザに阻まれる。
そして再びランルーさんのコードキャストが発動した。
地面に魔法陣が現れ、そこから飛び出した咢が今度はアタシの右足を食いちぎる。
「うあああああああああああああああああああああああッ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――――!!
目の前が真っ赤になる。
痛いと感じる心さえ、痛みに浸食されていく。
足1本で支えきれなくなったアタシの身体が石畳の上に倒れた。
「どうして今まで我慢なんてしてたのかしら。獲物の叫び声を聞きながらほおばる肉のおいしさと言ったらもう……。飲み込むのが惜しいくらいよ」
ぶち……ぐち……みち……。
「
…………ごきゅり。
ああ……もう考えることすら億劫になってくる。
薄れていく意識の中でランルーさんの食べる音と声だけが妙に鮮明に聞こえていた。
「頭は最後に食べることにするわ。心地よい叫びを死ぬまで聞かせてちょうだい」
左手と右足を失った身体ではもう立ち上がることもできない。
アタシは死ぬまで何度叫ぶことになるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えることしかアタシにはできなくなっていた。