カルナのこうげき! エリザに300のダメージ! とか書けば簡単っスよ?
ドラ○エじゃねーか!
アタシとカルナは2回戦の闘技場に足を踏み入れる。
そこは1回戦と同じく海の底のような薄暗い蒼に覆われた空間。
違うのは1回戦は周りが岩ばかりだったのに対し今度は朽ち果てた建物の中のようだった。
ただ無事なのは石畳の床だけで天井はなくなっており、壁もボロボロで外の風景(と言っても一面青色だが)が丸見えになっている。
アタシは闘技場の中へと歩を進めながらランルーさんを見た。
深い蒼を背景に赤いドレスの裾をひらひらと躍らせながら歩く彼女はまるで水中を泳ぐ綺麗な熱帯魚のように見える。
こうしていると本当にただの綺麗なお姉さんなのだ。
「あまり食事には向かないシチュエーションねエリザ。こう殺風景だと肉の味まで損なわれてしまわないか心配だわ」
「大丈夫よランルー。食事の時は獲物の血と臓物で辺りを綺麗に飾り付けてあげる。この深い蒼に鮮やかな赤はきっと映えるわよ」
エリザというのはランサーの真名なのだろう。
以前は不仲に見えたランルーくんとエリザ(ここからはそう呼ぶことにする)だったが、マスターが「ランルーさん」になってからは名前で呼び合うほどに親しげだ。
あまりに2人の波長が合いすぎていて雰囲気だけなら姉妹のように見えないこともない。
だが会話の内容はとても普通ではなかった。
目の前の2人にとってこの闘技場は戦場ではなく食卓なのだ。
もしこの戦いに負ければアタシの肉はその食卓に並べられることになるだろう。
「冗談じゃないっス! 絶世の美女にボコボコにされた上に食べてもらえるとか上級者向けすぎるご褒美っスよ! ジナコさんへのご褒美は冷えたジャージープリンにしてほしいっス!」
「マイルームの冷蔵庫に隠してある一品に思いを馳せるのはいいが気を付けろジナコ。アレはもはや人間ではない。ヒトの皮をかぶった『怪物』だ」
カルナが前に出る。
彼が空に手を滑らせると炎が走り、得物である槍が現れた。
槍を手にしたカルナが目の前の敵を討つべく戦闘態勢をとる。
「今日のステージの主役は私達なの。エキストラにはさっさと退場してもらおうかしら。逝く時にはせめていい声で鳴いて頂戴」
エリザが前に出る。
彼女が空に手をかざすとその背丈より長大な槍が現れた。
槍を手にしたランサーが目の前の敵を蹂躙するべく戦闘態勢をとる。
向かい合う2人のサーヴァントの間で空気が張りつめていく。
『――――いざ!!』
均衡を破ったのは同時だった。
同じタイミングで地を蹴った2体のサーヴァントが闘技場の中央で激突する。
互いの槍が相手を貫くべく超高速で繰り出される。
奇しくもランサーという同じクラス同士の対決。
得物やクラスとしての特性が同じなだけにサーヴァントの性能がものを言う戦いになる。
カルナのサーヴァントとしての格は文句のつけようもないが、サーヴァントの性能はマスターに大きく左右される為こちらが不利なのは明らかだった――――のだが。
「くっ!?」
最初の激突で下がったのは意外にもエリザの方だった。
カルナの槍を受け止めきれず小さな身体が後方へと弾かれる。
体勢を崩したエリザを追撃するべくカルナが間合いを詰める。
エリザはなんとか体勢を立て直して振り払うように槍を繰り出すが、その一撃は正面からカルナに叩き落とされた。
逆に放たれたカルナの一撃を今度はエリザが槍を回転させ弾こうとするが、方向を逸らしきれずカルナの槍が彼女の肩口をかすめる。
「チッ!」
舌打ちしたエリザはたまらず大きく間合いをとった。
カルナは追わずにその場で槍を構えなおす。
明らかにカルナが押していた。
前にアリーナで戦った時には技量はともかくパワーは完全に向こうが上だったはずだ。
だが今の攻防を見る限りパワーでもカルナがエリザを上回っているように見える。
「威勢のいいことを言っていた割には随分苦しそうだな。まぁ原因は察しがつくが」
「うるさいわね。ペナルティを食らってなきゃアンタなんか……」
カルナの言葉にエリザが苦い表情を浮かべる。
アタシは昨日カレンが保健室で言っていたことを思い出していた。
「神隠し」の一件で彼女にはカレンからペナルティが課せられているのだ。
彼女のステータスはムーンセルによりマイナス補正がかけられている状態なのである。
「なぁんだそういうことっスか。ビビって損したっス! そうと分かればもう怖くないっスね。たたみかけるっスよカルナさん!」
「自分の有利が分かった途端にその態度はどうかと思うが、提案には賛成だ。流れがこちらにある内に勝負を決めるとしよう」
カルナ再び地を蹴りエリザまでの距離を一瞬で駆け抜ける。
閃光のような連撃がエリザに降り注ぎ彼女は防戦一方に追い込まれた。
「アタシもぼけっとしてるわけにはいかないっスね」
こちらもコードキャスト《cheat_atk();》を撃ちながらカルナを援護する。
一瞬サーヴァントをひるませる程度の威力しかないこの術式は決め手にはならないが、速射性に優れ、対象の魔力を削り取る効果も持っている。
その為撃ち続ければ相手にはジワジワとボディーブローのように効いてくるのだ。
そして一瞬の隙が命取りのサーヴァント同士の戦いにおいて相手の攻撃や防御をわずかに遅らせることができるのは実は馬鹿にできないアドバンテージなのである。
アタシのコードキャストに後押しされたカルナの槍はついにエリザの防御をすり抜け、連続で彼女の身体に叩き込まれる。
「調子にのるんじゃないわよ!」
その時エリザの魔力が膨れ上がった。
魔力の行方は彼女の背中越しに見えている硬質な尻尾だ。
それが長く伸びながら太くなっていく。
「あんまり尻尾は使いたくないんだけどね」
それでも使ってくるということはそれだけ彼女が追い込まれているということか。
確かにあの尻尾で一撃されればただでは済まないだろう。
防御したとしてもかなりのダメージを受けることになり、ここまで優勢に運んでいた流れは確実に断ち切られる。
エリザは強力な一撃で戦いの主導権を取り返しに来ているのだ。
それならば。
「カルナ! 『アレ』を使うっス!」
「承知した」
一瞬のやり取りでカルナはアタシの意図をくみ取る。
カルナは防御態勢を取ると己のスキルを解き放つ。
「
カルナの耳に付いている黄金の耳輪が光り、その光が彼の身体を包み込んだ。
「
同時にまるで巨人の腕のようになったエリザの尻尾が振り下ろされる。
カルナは防御態勢のままその一撃を受け止めた。
周囲の石畳が破壊され轟音が鳴り響く。
細かく砕け割れた石畳が砂埃となって盛大に宙に舞い上がりカルナの姿を隠した。
「舐めないでほしいわね。例えペナルティがあったとしても銀河一美しいアイドルであるこの私が負けるなんてありえないんだから」
今の一撃に確かな手ごたえを感じているのだろう。
エリザの表情は余裕を取り戻していた。
確かに彼女の一撃はカルナをまともに捉えていた。
防御をしていたとしてもカルナは相当のダメージを負ったはず。
エリザは狙い通り戦いの主導権を奪い返したのだ。
――――と思うじゃん?
舞い上がっている砂埃から槍を構えたカルナが飛び出した。
まるで先程の一撃がなかったような動きでエリザに迫る。
「う、嘘でしょっ!?」
エリザは驚愕の表情を浮かべながらもカルナを迎撃するべく槍を振るう。
しかし動揺は隠しきれず、雑な防御をこじ開けられたエリザに次々に攻撃が突き込まれる。
「どうしてっ!? こんなに動けるはずがっ!?」
「舐めプだったのはそっちの方っス。強力なスキルで逆転を狙ったみたいっスけど、こっちだってスキルの一つや二つ持ってるんスよ」
アタシの合図でカルナが使った「
耳輪から放たれる光はカルナの身体を包み込みその防御力を上昇させる。
攻撃を完全防御とはいかないが、カルナを包む耳輪の加護は「
ちなみにこのスキル昨日の教会で覚えたてホヤホヤだったりするんスよね。
面倒くさがらずに魂の改竄しといて本当によかったっス。
おかげで最大のチャンスをつかむことができた。
勝負を決めるならここしかない。
最近やっと慣れてきた自身の魔術回路を回す感覚。
食堂の激務で常に大きな負担をかけられ鍛えられてきたアタシの魔術回路が昨日一日休んだおかげで回復した魔力で活性化する。
『るなっしー』を着て動き回ることで思った場所に魔力を集中するコツも覚えた。
今のアタシなら高めた魔力を無駄なくカルナに送ることができるはず!
「これで決めて、カルナ!!」
叫びと共に右手の令呪に向かって魔力を叩き込む。
アタシの意志を乗せた魔力は令呪からパスを通ってカルナに注ぎ込まれる。
魔力を受けたカルナの槍が燃え上がった。
しかしそこで終わりではない。
炎は勢いを増しながら槍の先に集められていく。
やがてそれは槍の穂先を包み込むように凝縮して安定した。
フレアを放ちながら猛り狂うそれはまるで小さな太陽のようだ。
「受け取ったジナコ。お前の意志を炎に変えて眼前の敵を焼き尽くそう」
カルナの手にした太陽の槍がエリザに向かって放たれる。
しかし最速だが真っ直ぐに突き込まれた槍の一撃は彼女に読まれていた。
炎に包まれた穂先はエリザの身体に届く前に彼女の槍に受け止められてしまう。
だが問題ない。
この小さな太陽は相手を貫くものではないからだ。
「
カルナの叫びと同時に穂先の炎が爆発的に膨れ上がる。
その炎はエリザの槍をその身体を一瞬にして飲み込んだ。
「ああああああああああああああああああッ!!」
エリザの苦悶の叫び声が闘技場に響く。
無慈悲な炎は勢いを増し、炎の柱となってエリザの身体を焼き尽くした。
勝った!
――――と思うじゃん?