そりゃあ三十路前だし、ニートだし、カッコよくないし、デb……ぽっちゃりだし、根性ないし、三十路前だしで主人公要素が欠片もないからじゃね?
……じゃあどうしてアンタはこの小説を書いてるっスか?
……ジナコが好きだからだよ。言わせんな恥ずかしい。
気が付くとアタシは月海原学園の保健室に立っていた。
ランサーの閉鎖空間から教室に戻ってきたところで意識が遠のいた感覚は覚えている。
おそらくそこで意識を失ったであろう自分がこんなところに立っているのはおかしいのだが、アタシは特に慌てたりはしなかった。
なぜならこの突然校舎のどこかに立っているシチュエーションはこれで3度目だからだ。
これってまた予選の時の記憶を見るパターンっスよね。
いい加減この展開も慣れたっスよ。
でもジナコさんさっきまでサーヴァントに殺されかけてたんスけど。
もう精神的にいっぱいいっぱいなんで今日は自重してほしいんスけどね。
あ、でもこれ思い出してるのアタシなんだからアタシが悪いのか。
行き場のない愚痴を頭の中でこぼしながら周囲を見回す。
時間は夕方のようで、窓から差し込む西日が保健室の中を黄金色に染め上げている。
その部屋の中央に置かれた大きなテーブルでは、記憶の中のアタシである「ジナコ」が椅子に腰かけてノートPCをいじりながら足をぶらぶらさせていた。
『ひゃっほぅ、レアアイテムゲットォ! 100回狩っても出なかった時はあやうくPC投げそうになったっスけど、今や保健室警備員になっているジナコさんに死角はなかった。ここならおいしいお茶とお菓子が食べ放題だし、眠くなったらベッドがあるし、おまけに回線も最速ときた。まさか用務員室以上の理想郷がこんなところにあるとは思わなかったっスよ』
どうやら狩りゲーをやっているらしい。
いい素材が出たらしく「ジナコ」はノートPCの前で狂喜乱舞している。
喜んでいた「ジナコ」だったが、ふと動きを止めるとテーブルの対面に視線を移した。
『え、仕事しろって? 昔は君達のように働いていたんスけど、膝に矢を受けてしまってな。大体ジナコさんはあくまで保健委員の顧問であって保健医じゃないんスよ。アタシの仕事は君達がちゃんと仕事をしてるのかを監督することなわけっス。オーケー?』
うむ、相変わらず完璧な理論武装による見事な責任逃れっス。
さすが記憶の中のアタシ。
そう思いながら「ジナコ」の視線を追いかける。
テーブルの対面には2つの湯呑が置かれていたが、椅子には誰も座っていない。
いや、前回の時と同様にアタシには見えないだけで座っているのだ。
アタシと昇降口で出会った2人の男女が。
『うっ!……わ、分かったっスよ。2人してそんなに睨まないでほしいっス。POP待ちの間だったらちゃんと手伝うっスから。ホラホラ、今日はジナコさんおすすめのスナックを持ってきたんスよ。これを食べて機嫌を直すっス』
「ジナコ」はスナックの袋を取り出すと口を開けてテーブルに並べ始める。
『ふっふっふ……食べたっスね? かかったなこのアホゥがぁ! さぁ食べた分きっちりジナコさんの
「ジナコ」携帯ゲーム機を3つ取り出すと2つを対面に滑らせた。
その顔は楽しそうな笑顔を浮かべている。
アタシは驚いていた。
最後にあんな風に笑って人と話したのはいつだろう。
パパとママがいなくなってからアタシはほとんど外に出なくなった。
PC越しに見ず知らずの人とチャットをすることはあっても、人と向かい合ってしかも笑いながら話すことなどなかったし、これからもないと思っていたのだ。
これではまるで「友達」と話しているようではないか。
誰っスかあのリア充は。
なんかあの「ジナコ」が本当にアタシなのか疑わしくなってきたっス。
その時保健室のドアがノックされた。
まさにゲームを始めるところだった「ジナコ」は面倒くさそうな顔をしながら扉の向こうに返事を返す。
『はーい。開いてるっスよー』
『失礼いたします』
扉が開き姿を現した人物を見てアタシは目を見開いた。
豊かなプロポーションを黒い僧服で包み、頭には白い頭巾。
慈愛を感じさせる微笑を浮かべながら保健室に入ってきたのは、ランサーの閉鎖空間で出会った殺生院キアラだった。
『なんだ「藤村先生」じゃないっスか。なんの用っスか?』
『なんだとはご挨拶ですねジナコ先生。保健室の備品の補充が届いたので持ってきてあげたというのに』
『じゃあ、そこに置いといていいっスよ。お疲れ様っス』
なんでこの女がここに出てくるっスか!?
しかも姿が見えてるしちゃんと声も聞こえるっス!
『まぁ、随分とつれなのですね。私は皆さんと一緒に楽しいおしゃべりがしたいだけだというのに。夕暮れの保健室で重なり合う2つの影。荒々しく絡み合う互いの吐息。あぁ……生徒と教師のイケナイ関係にズブリと溺れてしまいたい……』
『どう考えても楽しいおしゃべりじゃないんですがそれは……。全く先生が生徒を毒牙にかけようとするんじゃないっスよ』
『まぁまぁ、私はジナコ先生も入れて4人でしても構わないんですよ?』
『いいからもう帰れアンタ』
そしてエロすぎィ!
ナニをする気なんですかねぇ……。
あの尼さんとんだビッチだったっスよ。
『間が悪かったようですね。残念ですが、今日はここで退散いたしましょう』
キアラは「ジナコ」の言葉に苦笑を浮かべると、踵を返した。
同時に周囲の景色が歪み始める。
始まる感覚が3度目なら終わる感覚も3度目。
沈んでいくアタシの意識が記憶の世界から引き離されていく。
『私は応援しているのです。この止まった楽園で踊り続けるあなた達をね』
最後のキアラの言葉は怖いくらいの優しさに満ちていた。
◆ ◆ ◆
目を開けるとまず白い天井が見えた。
「気が付いたかジナコ」
カルナの声が聞こえる。
どうやら今度はちゃんと目が覚めたらしい。
身体を起こすとアタシはベッドに寝かされていたのだということが分かる。
カルナはベッドの傍らに立っていた。
「ここは……?」
「保健室だ。だいぶ消耗していたようなのでな。マイルームではなくこちらに運ばせてもらった」
また保健室っスか。
過去といい今といい縁があるっスね。
別にジナコさんは病弱キャラでも不良キャラでもないんだけどな。
カーテンが引かれている為ベッドの周辺は薄暗いが、漏れてくる光の具合から察するに時間はお昼くらいだろう。
そう思いながら周囲を見回していると。
「ジナコすまなかった」
突然カルナが謝ってきた。
「え、何? なんで謝ってるんスかカルナ」
「俺がそばにいながらランサーの罠からお前を守れず危険にさらしてしまった。すまない」
カルナは辛そうに目を伏せながらうつむいている。
しかしアタシは怒ってなどいなかった。
もとはといえばアタシがカルナから離れて教室のドアを開けてしまったのが原因なのだ。
「やだなぁカルナは悪くないっスよ。それにランサーに殺されかけた時アタシの身体から変な光が出て助かったんス。きっと命の危機にジナコさんの隠された不思議パゥアが目覚めたっスよ! ノーマル人なアタシよさようなら! 今日からアタシはただのジナコじゃない。『覚醒ジナコ』と呼ぶっス!」
「…………」
辛そうにうつむいていたカルナがなんとも微妙な表情になる。
「重ねてすまないが、それはお前の力ではなく俺がかけた保険だジナコ」
「……え? じゃあ、あれはカルナが何かしたんスか?」
「契約時に俺の宝具である黄金の鎧をお前に譲渡した。いざという時にお前の身を守る為にな」
まぁ、そんなことじゃないかと思ったっスよ。
なんかカルナが落ち込んでたから半分冗談で言っただけだし……半分は本気だったけど。
……ん!? でもそれって自分の宝具をアタシにあげちゃったってこと!?
「な、なんてことしてるっスか! いくら施しの英雄だからって限度があるっスよ! 大体宝具ってその英雄の分身みたいなモンなんでしょう? そんな大事なものアタシにあげちゃって良かったんスか!?」
「無論だ。この身はお前を守る為に在るのだからな。ならば分身である宝具もお前を守る為に使うのは当然のことだろう」
「カルナ……」
そこまでアタシのことを?
カルナはアタシのことを全てを捧げるに足るマスターだと認めてくれているということなのだろうか。
「だから例えお前が神隠しの事を知りながら不用意に俺から離れみすみすランサーの罠にはまるような危機感ゼロのノーテンキさAランク
「実は謝る気ないっスねカルナさん!?」
「……? なぜそのようなことを言うジナコ?」
……ひどい掌返しを見た。
いや、悪気はないんスよねきっと。
その辺は最近わかってきたんだけど、悪気がない分ダメージでかいっス。
「騒々しいですよ。保健室では静かにしてください」
アタシ達の声がよほど響いていたのか、不機嫌そうな顔をしたカレンが仕切られたカーテンを開いて姿を現した。
「チッ……その様子では元気そうですね。あの状況で生きて帰ってくるなんて、その丸いお腹には脂肪ではなく悪運でも詰まっているんですか?」
「あんたが命じた見回りのせいであんな目にあったんスけどねぇ!? 少しは悪かったとは思わないんスか。この黒い紫陽花は!」
「言っても無駄だジナコ。この女は最初からお前を囮にして『神隠し』の首謀者を突き止める腹だったのだからな」
マジっスか!?
じゃあアタシが死にそうな目にあったのはコイツのせいかぁ!
「何を怒っているんですか? 今のあなたは私に何をされても文句は言えないはずです。それに今回のことでランサーには相応のペナルティが課せられるでしょう。これでミジンコ程しかなかったあなたの勝率も少しはマシになるんですから私は感謝されてもいいくらいでは?」
こ、この女もう勘弁ならねぇ。
久々にジナコさんの怒りが有頂天っス!
コノウラミ、ハラサデオクベキカ。
「よろしい。ならば
「あ、それから今日の仕事はお休みですから」
「なん…だと……?」
カレンの言葉にアタシの頭が一気に冷える。
「欲しかったんですよね? お休み。時間もお昼を回っていますし、食堂にはもう代わりのNPCが入っています。今日はこのまま好きにしてもらって構いませんよ」
う、嘘っス。
このドS銀髪鬼がこんなことを言うわけが……。
「本当に休みでいいんスか?」
「はい、本当です」
「とか言って新しい仕事押し付ける気でしょ?」
「神とムーンセルに誓ってそのようなことはしないと約束しましょう」
いよっしゃあ! お休みキターーーーーーーーーーー!!
ジナコさん大勝利っス!
「ジナコ、
「そんなことしてる暇はないっスよカルナ! 今すぐマイルームに帰って溜まったアニメと積んであるゲームを消化しなきゃならないっス! こうしちゃいられねぇ!」
「溜まった洗濯物と積んであるゴミ袋もちゃんと消化するのだろうな?」
「それはカルナに任せるっス!」
こうしている間にもこの悪魔の気が変わらないとも限らない。
やっと手に入れた『
アタシは急いでベッドから降りるとカレンのわきをすり抜けそのまま保健室を飛び出した。
◆ ◆ ◆
「……ちょろいもんですね」
ジナコがいなくなった保健室でカレンはつぶやいた。
あのまま暴れられても面倒だったことと、これ以上居すわられても迷惑なので適当な餌をぶら下げて追い払ったのだ。
カレンは健康な者が保健室にいると吐き気がしてくる
加えて今の彼女は機嫌がわるい。
囮まで使って ”本命” である殺生院キアラを誘い出したというのにまた見失ってしまったからだ。
(全く……もう少しブタコさんに近づいてくれればビーコンの一つも付けられたというのに。私としたことが餌のチョイスをミスりました。『豚肉』で『牛肉』を釣ろうと考えたのが間違いでしたか)
あの女はこの聖杯戦争の『初まり』に関わっている。
目を離すわけにはいかない。
(これは私の聖杯戦争です。誰にも邪魔などさせるものですか)
彼女の孤独な戦いは未だ終わりが見えないのだった。
決戦前にワンクッションです。
次回は少し変わったランルーくんが登場する予定です。