そういやジナコって死んだら葬式あげてくれる人いるの?
貴様ァ!!
壁に無数の人型が描かれた部屋でアタシとランサーは向かい合っていた。
自分のサーヴァントと引き離されこちらは完全にアタシ一人の状態。
よく見るとランサーも一人であり、傍にマスターであるランルーくんの姿はなかった。
「マスターが分からず屋なおかげでおあずけになってたけど、禁じられたのならバレないようにやればいいだけ。こそこそするのは好きじゃないけど月夜に開かれる秘密の宴っていうのも悪くないわ。本当なら壁に埋め込んでじっくり血を抜き取るところだけど、対戦相手のあなたは特別に私が手ずから血を絞って殺してあげる。せいぜい派手に泣き叫んでライブを盛り上げて頂戴」
「あばばば……そんなはサービスはノーサンキューっス! ジナコさんの血なんか飲んでもコレステロール値が上がるだけっスよ!」
「馬鹿ね、飲むんじゃないわよ。私はこの美貌と若さを保つために人間の血で満たされたお風呂に入る必要があるの。あなたの血は少し質が悪そうだけら薔薇のエキスで薄めて足湯用ってところかしらね」
アタシの血をパシャパシャと足でかき混ぜながら微笑む角付き美少女か。
萌え……られるわけないだろコンチクショー!
このサーヴァントまともじゃないと思ってたけどとんだサイコさんっスよ!
出口のないこの空間で逃げられる心配など全くしていないのだろう。
ランサーはまるで焦らすようにゆっくりとアタシに近づいてくる。
今更言うまでもないことだがこの電脳世界に召喚されたサーヴァントの原型は過去に偉業(善か悪かはともかくとして)を成し遂げ、死後に英霊となった者達だ。
その身に数々の神秘を宿し必殺の宝具まで持っている彼らの強さは人間の限界を軽く突破しており、核兵器を含めたあらゆる現代兵器でも傷一つつかない存在なのである。
もちろん人間の魔術師なんかが敵うわけがない。
現在月にいる魔術師の誰であろうとサーヴァントと戦えば無残に屍を晒すだけだろう。
魔術師とよべるかも疑わしいアタシならなおさらだ。
なんだこれありえねーっス! 完全にDeadend不可避じゃないっスか!
リセットボタンはどこっスか!? 食堂の仕事が終わった辺りのセーブポイントからやりなおせば甘味OH祭りルートに入れる可能性が微レ存だと思うの!
などと現実逃避している場合ではない。
この状況をなんとかしなければアタシの聖杯戦争はここで終わってしまう。
今のアタシは昼間の仕事で出涸らしティーパック状態。
あがくにしてもコードキャストを撃つ魔力も逃げる為の体力も残っていない。
だが逆に選択の幅が狭まったことで覚悟が決まった。
アタシは両腕をゆっくりと動かすとピンと伸ばした左手と右手でTの字を作る。
そして近づいてくるランサーに向かってそれを突きつけた。
「タ~イム! ちょっとタイムっス!」
「……はぁ?」
虚を突かれたランサーの足が止まる。
「何? 命乞いなら時間の無駄よ」
「滅相もない降参っス。ジナコさんはもう諦めたっスよ。でも血を絞られる前に一つお願いを聞いてほしいんスよ」
「へぇ……言ってみなさい。聞くだけ聞いてあげるわ」
「あんたの歌を聞かせてほしいっス」
この状況でアタシができることのは時間を稼ぐこと。できるだけ殺されるまでの時間を引き伸ばして助けを待つ。令呪でカルナを呼ぶのは最後の手段だ。
どういう出自のサーヴァントなのかは分からないが、今までの言動からしてこのランサーは歌に随分と自信があるようにみえる。しかもパワーは凄まじいがオツムの方は残念そうだというのがアタシの見立てだった。
「今までの言動から察するに相当の歌い手とみたっス。ああ、死ぬ前に超絶かわいいランサー様の神曲が聞ければ悔いなく成仏できるんスけどね~」
そう言いながらアタシはランサーから顔をそむけると目だけでチラッと視線を投げる。
自分で言っといてなんだけどさすがに苦しいっスかねコレ。
いくらオツム弱そうでもこんな見え見えの時間稼ぎに乗ってくるほどバカじゃ……。
「しょ、しょうがないわね~。悔いを残した人間の血はノリが悪いものね。そこまで言うのなら歌ってあげるわ! 私のために命を投げ出すのだもの。極上のご褒美が必要よね!」
わぁいバカだった。
おーおーあんなに尻尾ぶんぶん振っちゃって相当嬉しかったんスね。
なんかチョロすぎて罪悪感がハンパないっス。
「さぁ、括目しなさい! これが命と引き換えにしても余りある天上を満たす女神の歌よ!」
両手を広げたランサーにどこからともなく照射されたスポットライトが当てられる。
いきなりな演出にビビるアタシの前でランサーは高らかに歌いだした。
♪ 愛はミラクル
(夜は強いの)イジワルしないで
おやつは深夜の三時過ぎ
♪ アナタのハートを 持ってくテイク
(心じゃなくて心臓よ)
♪ Murder☆Murder彼との
距離は遠いの……
♪ 彼はブレッド
あたしブラッド
♪ トランシルヴァニアに
バシバシ響け
♪ 今日こそアナタを拷問♡させて
……。
…………。
………………。
こ れ は ひ ど い。
透き通った美声が壊滅的な音程と痛すぎる歌詞によって蹂躙されている様がそこにはあった。
世界最高級の肉を雑巾の搾り汁で煮込み、コールタールをぶっかけて客に出すような所業。
声フェチのアタシからすれば血涙モノの光景である。
落ち着け。
落ち着くのよジナコ。
ヤツを正座させて小一時間問い詰めたい衝動を抑えるのよ!
「さ、さすがランサー様っス! マジ女神っス! ジナコさん現世への未練を通り越してあの世へ強制連行されるかと思ったっスよ! スゴイナーアコガレチャウナー」
「あなた分かってるじゃないの。今夜はとても気分がいいわ。このままオールナイトで歌いまくるわよ!」
「ごーごーランサー♪」
このサーヴァントさんノリノリである。
だがこちらにとっては好都合っス。
いくら血涙を流そうとも命を取られるよりはマシ。
目の前の阿鼻インフェルノ地獄を乗り越えてジナコさんは明日を掴んでみせるっス!
とりあえず命をつないだアタシはホッと胸をなでおろす。
しかしその時歌う体勢に入っていたランサーがその動きをピタリと止めた。
「何よ今いいところ……え? 時間がおしてる? 別にいいじゃないの今日はこのままオールで……あー……ハイハイ分かったわよ」
アタシには何も見えないし聞こえないがランサーは誰かと話しているように見える。
明後日の方向を見ながらの会話(?)を終えるとランサーはこちらに向き直った。
「悪いわね。『スポンサー』から巻きの指示が出ちゃったわ。残念だけど歌はオシマイ。後はあなたを殺してライブはフィナーレよ」
言うと同時にランサーが消える。
その姿が瞬時にアタシの目の前まで移動し、気が付いた時には壁際まで吹き飛ばされていた。
「あぐっ!!」
全身を貫く衝撃に意識を持って行けれそうになる。
それでもどうにか身体を起こすとランサーが少し驚いた顔をした。
「あら、今のを食らって立ち上がれるなんて意外と頑丈なのね。並みの魔術師ならもう動けないはずなんだけど。手加減を間違えたかしら」
ランサーの硬質な尻尾がピシリと床を叩く。
どうやらあの尻尾で攻撃されたようだがそれすら定かではない。
アタシでは見ることはおろか認識すらもできない攻撃だった。
こうなってはもう最後の手段を使うしかない。
「マスターたるジナコ=カリギリが……」
「おっと、そうはさせないわよ」
「がっ!?」
令呪を使おうとしたアタシの首がランサーの右手に掴まれる。
集中していた意識が途切れ、アタシの身体はそのまま宙に吊り上げられた。
「無粋な邪魔者に水は差させないわ。このまま首を握りつぶしてあげる。きっと派手に血が見られるでしょうね」
「あ……が……ぐ……」
再び意識を令呪に集中させようとしても首に食い込むランサーの右手がそれをさせない。
自分より華奢な少女の腕で空中に吊り上げられながらアタシはもがくことしかできなかった。
「なかなか楽しい時間だったわ。けどさようなら。その血を捨てるまではあなたのことは覚えていてあげる」
首筋に食い込む指の力が徐々に強くなるにつれてアタシの視界が暗くなっていく。
その視界が完全に闇に塗りつぶされようとしたその時。
闇の向こうに黄金の光が現れた。
あれは……何……?
とても眩しくて暖かくて……。
そして、ひどく懐かしい……。
『こんな日々がずっと続けばいいのに』
アタシはその光に向かって手をのばす。
それは誰の言葉だったか。
差し込む西日で黄金に輝くあの場所でそう言って微笑んだのは誰だったか。
そう、アタシはここで死ぬわけにはいかない。
彼女にもう一度会うまで、失われたあの場所を取り戻すまで。
アタシは死ぬわけにはいかないんだ!
いつのまにか黄金の光がアタシの身体を包み込んでいた。
ギリギリとアタシの首に食い込んでいたランサーの指が光に押し返されていく。
「な、何よこれ!」
驚愕の声と共にランサーがアタシの首から手を放す。
不恰好に地面に落ちたアタシは盛大に咳き込んだ。
同時にアタシを包んでいた黄金の光も消えていく。
な、なんだか分からないけど助かったっス。
でもさっきのはなんだったんスかね。
『彼女』とか『あの場所』とか覚えのないこと言っちゃうし。
「どういうこと? あんなド素人マスターがなんで神話クラスの防御礼装を持ってるのよ」
アタシから距離を取ったランサーは槍を構える。
その表情にもはや笑みはなく、身体には膨大な魔力が満ちていた。
「血は惜しいけど仕方ないわ。あなたはここで確実に殺す」
ランサーから血の搾取という遊びを捨てた本気の一撃が放たれようとしている。
一方アタシはというともう動ける状態ではなかった。
ただでさえ体力と魔力が尽きかけているところにこれまでのダメージが重なった結果、もう立っているのがやっとなのだ。
一度は不思議な光に助けられたが2度目がある保証はない。
「
ランサーが攻撃態勢に入り、これまでかとアタシが思ったその時。
――――ソコマデダヨ。ランサー。
アタシの目の前の空間が歪むとそこには一人の魔術師が立っていた。
ピエロを模したような服装に、顔には白と赤のコミカルな化粧。
アタシと2回戦を戦う魔術師。
「なんで……あんたが……」
思わず漏れたアタシのつぶやきが部屋に溶ける。
長い夜はまだ、終わらない。
作中の歌はエリザベートがこの小説の為に書き下ろした2番です(嘘)