Fate/EXTRA NEET   作:あけろん

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さて、何か言い訳はあるっスかね?
何もございません。お待たせしてすみませんでした。


欠けた星の行方

「唐揚げ定食あがったっスよー!」

 

 アタシは厨房から出てきた料理をカウンターへと運ぶ。

 この食堂ではカウンターに置かれた料理をお客が取りにくることになっているのだ。

 

 聖杯戦争3日目。

 昼下がりの学食はそこそこのにぎわいを見せていた。

 1回戦が終わって残るマスターは64人。

 普通の高校に比べたら格段に少ない人数だが、

 それでもその大半が昼時に集まるとなれば忙しくもなる。

 

 それにアタシがここで働くようになってから妙にお客が増えてる気がするんスよね。

 これってジナコさん目当てのお客さんが増えてるってことっスか!?

 脱ニートしたらモテ期まで来ちゃったとか!?

 ええい、かわいいショタっ子との出会いイベントはまだっスか!

 

「最近マスターの間で評判なんだよ。ここのメニューが急においしくなったってさ」

 

 そう言うのはカウンターに唐揚げ定食を取りに来た白野クンである。

 

 そりゃ今日も早朝からアリーナで取ってきた新鮮な食材が使われてるっスからね。

 あの元神父の料理の腕がどれほどかは知らないけど食材の質だけは保証するっス。

 ジナコさんの汗と涙とPPTとアイテムの結晶、残したら許さんぞお前ら。

 

「まぁ、料理はどうでもいいんスよ。どこかのショタっ子マスターが『食堂のおねぇちゃんにいい子いい子されたい』とか言ってなかったっスか!? ほい、カツカレーあがりっスー!」

「い、いやそんな話は聞かないけど。けど今日のジナコの恰好ならそんな人も出てくるかもね」

「そうっスか? はっきり言ってこの恰好ってば苦痛でしかないんスけど。次、ラーメンセットお待ちどー!」

 

 白野クンと話してる間にも次々に出てくる料理をカウンターに並べていく。

 話すことばかりにかまけていると、アタシが苦労して取ってきたかわいい食材達があのシェフに握りつぶされちゃうっス。

 

 そんなアタシが今日身に着けているのは全身をゆったりと覆う白いエプロン。

 頭には同じく白い三角巾。

 いわゆる『割烹着』というやつである。

 昨日見事に遅刻したアタシは罰としてこの格好で仕事をさせられているのだが、これを着た自分の姿を鏡で見たアタシの感想は一言。

 

 完全に給食のおばちゃんじゃねーか!!

 

 おのれ外道シェフめ。

 NPCはマスターを傷つけられないだろうと甘く見ていたっス。

 まさかこんな手でジナコさんに精神的苦痛を味あわせるとは。

 ええ、効果はバツグンっスよ!

 

「さっき食堂の入口ですれ違ったマスターが『田舎のおふくろを思い出した』とか『かあちゃん元気かなぁ』とか話してたけどそういうことだったんだね」

「おばちゃんじゃなくてお母さん……だと……。タケシ、レバニラ定食できたわよ!」

「どこかのショタっ子マスターが『食堂のお母さんにいい子いい子されたい』って言ってたらすぐに報せるよ、うん」

「余計なお世話っス! えっと、なんだかわからない魚のチリソースかけあがったっスよ!」

「それは私が注文したゴスバレイヤです。ちなみにかかっているのはチリソースではなくトマトソースですよミス・カリギリ」

 

 カウンターに置かれたよく分からない魚料理を取りに来たのは、褐色の肌が目を引くエキゾチックな眼鏡美少女だった。

 

「ラニさんじゃないっスか。今日もご来店ありがとうございますっス」

「ごきげんようミス・カリギリ。そのコスチュームには人の郷愁を呼び起こす効果があるようですね。しかし精神攻撃としては少々回りくどいような気がするのですが」

 

 眼鏡を押し上げながら見当違いの評価を下す彼女の名前はラニⅧ。

 エジプトにあるアトラス院というところで造られたホムンクルスである。

 占星術を得意としていて、人の星を詠むということができるというのは昨日一緒に学食に来ていた白野クンから聞いた話だ。

 なんでも白野クンの対戦サーヴァントの正体を突き止める手伝いをしてくれているらしい。

 

 凛さんといいラニさんといい白野クンにはジゴロの才能でもあるんスかね。

 アタシも初めて会った時から妙になじんでるところあるし。

 

「白野クンだけずるいっスよ。ラニさん、アタシの相手サーヴァントの真名も星占いでちょちょいと見破って教えてくれないっスか?」

「却下しますミス・カリギリ。あなたの ”おかしな” 星にも興味はありますが、これ以上のタスクを負うと私自身の2回戦に影響が出てしまいますので」

 

 感情の読めない声できっぱりと断られる。

 アタシは厨房から出てきたゴーヤチャンプルーの皿をカウンターに滑らせながら眉をひそめた。

 それは断られたことに対してではなく、その後の言葉が引っ掛かったからだ。 

 

「アタシの星って何かおかしいんスか?」

「ええ。『星』とはその人間を形作る『経験』と言い換えることもできるのですが、あなたはそれが大きく ”欠落” しているのです。単刀直入に聞きますが、あなたには記憶があいまいな時期がありませんか?」

 

 記憶があいまいな時期といえば予選から本戦にかけての間のことだ。

 アタシは確かに用務員室に篭って悠々自適なニートライフを送っていたはずなのに、

 気が付いたら本戦の校舎に立っていた。

 何を言っているのかわからねーと思うが状態である。

 

「おそらくその時あなたにはとても重大なことが起こったはずなのです。しかし今のあなたはそれを忘れてしまっている。そうでなければこの大きな欠落は説明がつきません。私は白野さんに『あなたは何なのですか?』とたずねましたが、ミス・カリギリにはこうたずねたい。『あなたに何があったのですか?』と」

 

 無機質な瞳が眼鏡の奥からアタシを射抜く。

 

 しかし何が起こったのかと聞かれても答えようがない。

 あの時アタシがまだ用務員室に篭っていたのなら、カレンに会うこともなく、ガトーと戦うこともなく、そしてアタシが今こうして生きていることもなかったはずだ。

 だがあの時どうしてアタシが用務員室の外に出ていたのか。

 それがどうしても思い出せない。

 

「何をしている。料理がたまってきているぞカリギリ」

 

 後ろから聞こえた声に振り向くと、奥の厨房から言峰シェフが出てくるところだった。

 丸三日顔をあわせているというのに未だそのコック服姿には違和感を感じる。

 

「あ、ちょうどよかったッスよ言峰シェフ。ちょっと聞きたいんスけど、アタシ予選から本戦にかけての間のことが思い出せないんスよ。こんなことってよくあることなんスか?」

 

 その右手に食材が握られていないことに胸をなでおろしながら、アタシは先ほどの疑問を目の前のNPCに投げかけてみる。

 今は料理人とはいえ元は聖杯戦争の仕組みを管理する監督役のはず。

 アタシの今の状況に心当たりがあるかもしれない。

 

「今のところそういうマスターの報告は受けていないな。だがお前ほど未熟なマスターならば、令呪の獲得時やサーヴァントとの契約による仮想体への負荷で一時的に記憶が飛ぶこともあるかもしれないが」

 

 なるほど、魔術師(ウィザード)としての経験が全くないアタシは、仮想体への負荷になれていない。

 そこに膨大な魔力が宿った令呪を刻まれたり、高密度の霊体であるサーヴァントと契約したりすればアタシの体に何らかのフィードバックがあってもおかしくないわけか。

 なんとなく釈然としないものがあるけど。

 

「失われた記憶に思いを馳せるのも結構だが、今は目の前の現実(りょうり)と向き合ってほしいものだ。アリーナ農法で作られた貴重な食材をこれ以上握りつぶすのは忍びないのでね。ちなみに次に何か粗相をした場合私の自作マスコット『るなっしー』の着ぐるみを着て働いてもらうのでそのつもりでいたまえ」

「いや、その間に何かアタシにとって重大なことがあったらしいんスよ。だから……」

「これ以上手を止めているつもりならば粗相と見なすがいいかね? ちなみに着ぐるみの総重量は20kgだ。さぞかし楽しく仕事ができることだろう。それが嫌ならば社会の歯車らしくきりきり働くのだな」

「アッハイ」

 

 言峰シェフの言葉にアタシはしぶしぶ疑問を引っ込める。

 

 これ以上聞くのは無理そうっスね。

 ていうか20kgって何で出来てるんスかその着ぐるみ。

 ネーミングといい色々とヤバイだろうそのマスコット。

 でも口に出したらその場で着装されかねないのでツッコミは心の中だけにしておくっス。

 

「これ以上いると邪魔になりそうだから俺はもう行くよ。がんばってねジナコ」

「『るなっしー』の精神攻撃も是非分析したいものです。期待していますよミス・カリギリ」

「いや、着ないっスからね」

 

 カウンターを離れていく2人を見送りながらアタシは仕事に戻る。

 

「激辛麻婆豆腐あがったっスよー!」

 

 しかし出来上がった料理をカウンターに並べながらアタシは違うことを考えていた。

 

『おそらくその時あなたにはとても重大なことが起こったはずなのです。しかし今のあなたはそれを忘れてしまっている』

 

 ラニさんの言葉がアタシの心によみがえる。

 言峰シェフはああ言ったが、なぜかその説明に納得することはできなかった。

 

 アタシに何が起こったというのだろう。

 そしてどうしてそれを忘れてしまっているのだろうか。

 次々に厨房から出てくる料理に思考の大半を奪われながらも、その疑問はアタシの心の隅にいつまでも居座り続けたのだった。




ちなみにゴスバレイヤは揚げた魚にトマトソースをかけたエジプト料理です。

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