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第2回戦のモラトリアムの2日目。
アタシとカルナは朝早くからアリーナを訪れていた。
一日の大部分を学食での労働時間に取られているアタシは、
勤務時間前に少しでもLvUPを図ろうと涙ぐましい努力をしている……わけではない。
「ジナコあったぞ」
カルナの声にアタシは通路の先に目を向ける。
そこにあるのはアリーナに設置されているアイテムフォルダだ。
中には役に立つアイテムやPPTが入っているマスターにとっては嬉しいオブジェクトである。
だが見つけて嬉しいはずのアイテムフォルダを前にしてもアタシの心に喜びはない。
なぜならそこに入っているのは役に立つアイテムでもPPTでもないからだ。
アタシは無言でフォルダを開き中から出てきたブツを手にする。
ちなみにアタシが手に入れたアイテムの名前は。
『大根』
「うだぁぁぁぁぁぁぁぁ! どうしてアリーナまで来てお野菜ゲットしなくちゃいけないんスか! しかもここ海だから! 大根が取れるとかおかしいから! この大根ちゃんと食べられるんスよねカルナさん!?」
「疑問はもっともだがこれも仕事だジナコ」
そうこれも仕事の一環なのである。
昨日仕事を終えヘトヘトなったアタシに言峰はこんなことを言ったのだ。
『明日ここに来る前にアリーナで材料の仕入れをしてくるように。ふむ、言っている意味が分からないかね? 凝り性の私は当然素材にもこだわりたいと思っていてね。料理にはアリーナ農法で育てた新鮮な食材を使いたいのだよ。アリーナのアイテムフォルダでリソースを吸わせた食材は普通のそれとは一線を画した旨味を有する。最強の料理人を目指す私にとってアリーナで取れる食材は必要不可欠なのだ。何? まだ意味が分からないと? はっはっは……いいから行ってこい』
そう言ってリンゴを握りつぶす言峰シェフに逆らえるはずもなく。
こうしてアタシは早朝から食材の仕入れに励んでいるというわけである。
「なんスかアリーナ農法って! アタシのアリーナでお野菜育てるとか上司の横暴ここに極まれりっス! しかもフォルダの中全部食材だし! これ本来入ってるはずのPPTやアイテムのリソースが食材の養分になってるってことっスよね!? そりゃ旨くなるに決まってるよ! ついでにジナコさんの涙でちょっとしょっぱいんじゃないかな!?」
「メモによると次の食材は肉のようだな」
「最早突っ込む気もおきねぇ!」
そう叫んで次のアイテムフォルダへと足を進めようとするアタシをカルナが制した。
見ると前方の少し開けた場所に2つの箱を紐で繋ぎ合わせたような形のエネミーがいる。
「ご褒美はないのにエネミーはしっかりいるんスね。ダルいわ~」
「学食の仕事が始まるまであまり時間がない。手早く仕留めるぞ」
そう言うとカルナはダッシュをかけエネミーとの距離を詰める。
こちらに気が付いたエネミーが攻撃体勢に入るが、
アタシの行動の方が早かった。
「先手必勝っス!」
放たれたコードキャスト《cheat_atk();》が相手の出鼻をくじく。
動きが止まったところににカルナの攻撃が連続で入り、
最後に炎の槍が突きこまれたところでエネミーは消滅した。
「全く邪魔するんじゃないっス。ここで時間食うとジナコさんの休憩時間が減るんスからね」
戦闘後に軽口が叩けるくらいにはアリーナにも慣れてきたっスね。
1回戦のサーヴァントがかなりの迫力だったからなぁ。
金色で赤目のアルク様のプレッシャーに比べたら
その辺のエネミーなんて新兵が乗った旧ザクみたいなモンっスよ。
学食の仕事に入る前の休憩を確保するべく先を急ごうとするが、
カルナは再びアタシを引きとめた。
「油断するなジナコ。俺が感じた気配の本命はエネミーではない」
「私のアイドルオーラをいち早く察知するなんて。そっちのトドと違ってサーヴァントの方はファンとしての礼儀を心得ているようね?」
澄んだ声と共に通路の影から異形の少女が現れる。
一見かわいらしい少女だが頭に生えた硬質の角と鱗の付いたシッポ。
1日目に掲示板の前で会ったランサーのサーヴァントだ。
その後ろにはそのランルーくんが相変わらずの無表情で立っている。
「勝手にファン扱いされては困るな。全身から血の臭いを漂わせている女の追っかけをする趣味は、あいにくと持ち合わせていない」
「いいわねその反抗的な態度。首だけになっても同じことが言えるかしら?」
凶悪な笑みと共にランサーの手に身の丈以上の長大な槍があらわれた。
相手が放つ刺すような殺気にカルナも戦闘態勢をとる。
どうやら相手は私闘を禁ずるという聖杯戦争の規則を守る気はないらしい。
「さぁ、オープニングライブよ! 派手にぶちまけてもらおうかしら!」
ランサーがカルナとの間合いを一気に詰める。
その可憐な見た目とはかけ離れた強烈な横薙ぎがカルナに向かって放たれた。
その一撃をカルナは具現化させた槍でなんとか弾いたが、
衝撃を殺しきることができずによろめく。
「なぁに? まだ1曲目なのにもうシビれちゃったの? もっともっと盛り上げて頂戴よ!」
ランサーはその細腕からは想像もできない怪力で次々と槍を繰り出す。
まだ槍を完全に具現化できないカルナは防戦一方に追い込まれた。
やはりサーヴァントの基本性能は向こうが上をいっているようだ。
1回戦のガトーとの模擬戦が思い出される。
あの時のアタシはカルナがやられるのをただ見ていることしかできなかった。
でも残念だったっスね。
ここにいるのは社会人デビューしたスーパージナコさんなんスよ。
アタシはカルナを攻めたてているランサーに向かってコードキャストを放つ。
一瞬ランサーの動きが止まった隙にカルナは体勢を立て直していた。
「うっとおしいブーイングね。シラけるったらないわ」
「やだなぁエールっスよ。こっからはオタ芸並に激しいのいくから覚悟するッス!」
速射性を生かしたアタシのコードキャストがランサーの攻撃のリズムを狂わせる。
逆にカルナはこちらのタイミングを完全に掴んでいるようで、
アタシのコードキャストのリズムに乗ってランサーを押し返す。
再び具現化したカルナの槍がランサーをかすめたその時。
ムーンセルによる戦闘の強制終了が告げられた。
「チッ! やっぱり日課のブラッドバスに入れないと調子がでないわね。あの女ってば壊れてるくせに妙なところで頑なだし、イラつくったらありゃしない」
「アレハダメ。ミンナオイシクナクナッチャウ」
「そんなの知ったことじゃないわよ。私は私が美しくあれば後はどうでもいいの。
ランサーはそう言うと憎らしげにランルーくんの方を見る。
にらまれたマスターの方はと言えばランサーの言葉を無視して、
フラフラとアリーナの奥へと歩き出していた。
やがてその姿はアリーナの奥へと消える。
「……私がいつまでも言うとおりにしているとは思わないことね」
そうつぶやきを残してランサーも霊体化して姿を消す。
「どうやら向こうのマスターとサーヴァントはうまくいっていないようだな」
「みたいっスね。今回はそれで助かったっスけど」
戦いの最中ランルーくんは一度も自分のサーヴァントを援護しなかった。
アタシ達のつけいる隙があるとしたらそのあたりだろうか。
「カルナさんはアタシがマスターでよかったっスねぇ。その辺の感謝を込めて部屋に帰ったらマッサージとかしてくれてもいいんスよ?」
「お前が部屋をかたずけるのならば考えよう。しかしマッサージとは、まさか決戦から2日後の今日になって筋肉痛がきたのかジナコ?」
「待て、ジナコさんの筋肉痛は昨日からだ。決して今日きたわけじゃない、わかるね?」
「わかっている。マスターとサーヴァントの関係が重要なのは先程の戦いで思い知ったからな。マスターとの関係を良好に保つ為にも主人のささやかな見栄と年齢からの逃避を温かく見守れと、そういうことだな?」
「全然わかってなかった!!」
関係が良好に保たれるどころか殺意がわいてきたよ!
おのれカルナ、アタシを年寄り扱いしおって。
次にあのランサーと戦いになったら後ろからコードキャストで撃ってやろうか。
「そんなことより急いだほうがいいのではないか? 学食の開店時間までもうほとんど時間がないような気がするんだが」
「またまた御冗談を……」
そう言ってアタシは携帯端末に表示されている時刻を確認する。
……なんと学食の開店時間まで5分を切っていた。
「うそぉ! なんでこんなに時間になってるっスか!? まだ食材全部集まってないのに!」
「筋肉痛になったばかりでつらいだろうが走れるかジナコ」
「走るしかないじゃないっスか! あとなったばかりじゃないから! 昨日からだから!」
この後追いかけてくるエネミーから必死に逃げながら食材を集めたアタシは、
その勢いで学食に滑り込み……見事に遅刻したのだった。
とんでも仕様のアリーナになっていますが
原作でもアリーナは柿やらフカヒレやらがとれる不思議な場所なので
こんなこともできるんじゃないかなーと思いました。