ななななんとかなるよ。おおお面白いかどうかはともかくとして。
そこが一番重要だろJK。
掲示板を離れたアタシは保健室の前に戻ってきていた。
よく考えたらさっきのアタシかなり危なかったっスよね?
あのコスプレマスターが止めなかったら殺されてたかもしれないし。
これは早く傷を治したカルナと合流しないと。
次に鉢合わせても見逃してくれる保証はないっスからね。
これ以上サーヴァントなしでそこらを歩き回るのは危険だ。
昼前というには少し早いが保健室の中にいる方が安全だろう。
邪魔だと言って追い出されたがかまうものか。
そもそもアタシはカルナのマスター、その治療を見届ける義務がある!
「ちわーっス。少し早いけど中で待たせてもらうっスよー」
そう言いながら保健室の扉を開けたアタシの目に飛び込んできたものは。
「うふふ……どんな気持ちですかカルナさん? 最高クラスの神格を持つあなたが、一介のAI風情である私にこのような仕打ちをされるのはさぞかし屈辱でしょうね?」
「屈辱などは特にないのだが、これは治療に必要な行為なのか?」
赤い布のようなものでぐるぐる巻きにされたカルナが、
カレンの白く細い足で踏みつけられていた。
ピシャリとアタシは扉を閉める。
あるぇ? 部屋を間違えたっスかね?
ある日サーヴァントの治療をしているはずの保健室をのぞいたら
黒い修道服を来た少女が男を踏みつけていたんだ、どう思う?
アタシ疲れてるのかな。
そうっスね、1回戦大変だったし疲れて変なものが見えただけっスよね。
それともアレか。
背中を踏んでサーヴァントのこりをほぐしてあげてたとか?
アタシも小さい頃はパパによくやってあげたもんっス。
なぁんだカレンも実はお父さんっ子……ってそんなわけあるかーい!
バァン! とアタシは再び勢いよく扉を開く。
「何やってんスかあんたはぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「見て分かりませんか? あなたのサーヴァントを足蹴にして楽しんでいるのです」
「もはや取り繕う気もないよこの女! どうしてカルナさんを縛り上げて足蹴にしているのかと聞いているンスよ!」
「こうした方が私の調子が上がり、治療効率がよくなるのです。あなたも早くサーヴァントを治して決戦に備えたいのでしょう?」
「それはそうっスけど余計な性癖まで追加してくれとは言ってないっス! カルナさんは元から全てを受け入れるM体質なのに、これ以上やって『ドM体質』にスキルがパワーアップしたらどうしてくれるんスか!?」
「ジナコ……お前は俺をそんなふうに見ていたのか……」
アタシの言葉にうなだれるカルナさんを足蹴にしたまま
カレンはすがすがしい笑顔を浮かべている。
「あなたもご一緒にいかがですか? 太陽の御子を足蹴にできる機会などもうありませんよ?」
「あんたと一緒にするな。カルナは1回戦を共に乗り越えた戦友っス。それを足蹴にするなんてありえないっスよ常識的に考えて」
「賢明な判断だジナコ。お前の体重で踏まれては治療前以上のダメージを負いかねないからな」
一度は断ったアタシだったがカルナの言葉にこめかみがピクリと引きつる。
どうやら言ってはならないこと言ってしまったようっスね。
前言撤回、覚悟しろ戦友。
アタシはカレンに目で合図を送る。
『オーケー?』
『いつでも♪』
この時だけアタシとカレンの心は一つになった。
「待て、なぜジナコは跳躍体勢に入っている? よ、よせ。考え直せマスター!」
「デリカシーという言葉の意味を思い知れカルナァァァァァァ!!」
「サーヴァントの不幸で今日も紅茶がおいしいです♪」
助走からの跳躍でアタシの身体は宙へと舞い上がる。
カレンの布がより一層カルナを締め上げ、完全にその身体を固定した。
「お前たちどうしてこんな時だけ息がぴったr……ぐはぁぁっ!!」
こうしてアタシの全体重に跳躍からの落下速度もプラスされたストンピングは
見事カルナの背中に炸裂したのだった。
「不幸な事故はありましたが、これで治療はおわりです」
「ホント嫌な事件だったっスネ」
「そのおかげで俺の背骨は折れかけたわけだが」
ほどなくカレンの治療はおわり、アタシは腰かけていた椅子から立ち上がる。
「かなりひどい状態でした。両腕はもちろん階梯に見合わないスキルを使ったおかげで魔術回路もかなり傷んでいましたよ。こんなになるまでサーヴァントをコキ使えるなんてある意味尊敬します」
「ぐっ……これからは気をつけるっスよ」
カレンの嫌味にも返す言葉がない。
今まで散々な目にあわされてきたが、
今回ばかりは彼女に感謝しなければならないだろう。
「あーそのー今回は助かったっスよカレン」
「当然のことをしたまでです。私はAIである前に神に仕える修道女なのですから」
そう言って十字を切るその姿はひたすらに神々しい。
どうやらただのドS女じゃなかったみたいっスね。
厳しさは優しさの裏返しって言葉もあるっス。
この女のおかげで鍛えられた部分もあるし(主に精神力)
これからはもう少し仲良くしてもいいっスかね。
「じゃあ、アタシはこれからアリーナにでも行くッス。カルナさんを連れていくっスから『それ』はもう解いてもいいっスよ」
『それ』というのは今もカルナを縛っている赤い布のことだ。
治療が終わった今も相変わらずカルナはこの布にぐるぐる巻きにされ、
保健室の天井からぶら下げられているのだ。
アタシの言葉にカレンはにっこりと微笑んだ。
「ええ、
「……頂くもの?」
脳裏に嫌な予感が走る。
「とぼけるのがうまいですね。『治療費』に決まっているじゃないですか」
え、治療費!?
「タダじゃないんスか!?」
「ご冗談を。カルナさんほどの英霊を治療するのにどれだけのリソースを使ったと思っているんですか? そもそもサーヴァントの治療は健康管理AIの仕事ではありません。対価が発生するのは当然でしょう」
「確かにそうかもしれないっスけど……」
治療費がかかるならかかると先に言っておいてほしいものである。
話が違うと突っぱねて強引に踏み倒してしまおうか。
「ちなみにカルナさんを縛っているのは男性を拘束することに特化した聖骸布です。本来の彼ならいざしらず、今の彼の力では自力で抜け出すことはできませんのであしからず」
……チッ! 考えを読まれたか。
「私は悲しいです。健康管理AIは本来特定のマスターへの肩入れを禁止されているのですよ? ですが足りない力をその意志で補い勝利したあなたに私は心打たれたのです。だからこそ困っているあなたを禁忌を犯してまで助けたというのに。ええ、そうですね。善行に見返りを求めてはいけませんでした。所詮私はじめじめと日陰に咲く紫陽花のような女。感謝の心を目に見える形で受取りたいなどすぎた願いだったのです。私はカーテンの向こうで泣いてきますので、その間にここから立ち去ってください」
そう言ってカレンはとぼとぼとカーテンの方へと歩き出す。
その姿はまるで打ちひしがれた聖者のようだった。
「わ、わかったっス。払うっスよ……」
アタシではどうしようもなかったカルナの傷をカレンが治してくれたのは紛れもない事実だ。
一応アタシも聖杯戦争に参加する
等価交換の原則を無視するわけにもいかないだろう。
仕方ないっスね。
手持ちのPPTいくらあったかな。
「……グスッ……本当ですか?」
「ジナコさんに二言はないっス。これでもちゃんと感謝はしてるんスから」
「そうですか……」
カレンの足がピタリと止まる。
その瞬間。
「うふ、最初からそう言えばいいんですよ。ブタコさん」
「へ……?」
聖者が悪魔へと変貌した。
「ではまず超級サーヴァントの両腕及び魔術回路を修復する際に消費したリソース、使われた術式の使用料、私に発生する管轄範囲外の仕事に対する人件費、邪魔されたティータイムの賠償費、そうそうカルナさんを拘束する際に抵抗されて聖骸布の一部が燃やされてしまったんでした。その弁償費も合わせまして――――」
悪魔が楽しそうにそろばんを弾く。
「100万PPTになります。耳をそろえて払っていただきましょうか?」
そう言って今日一番笑顔を見せるカレンにアタシはくらりと眩暈を覚えたのだった。
つまり今回の正しい題名は
「いつから(タダで)治療すると錯覚していた?」
ということだったんですね。
全部書いちゃうとネタバレになっちゃいますからね。
仕方ないね。