僕達の勉強机がボロボロの卓袱台からみかん箱に変わってからそれなりの月日が過ぎた。建て付けが悪く隙間風が容赦なく入り込んでくる教室の窓から外へ視線を伸ばせば、桜色に染まっていた通学路の坂道に生えていた桜の木は新入生を歓迎する役目を終え、来年の新入生を迎える為の準備をしている。
僕らの通う文月学園では新年度最初の行事である“清涼祭”の準備が着々と進められている。“清涼祭”は要するに文化祭の事だ。普通の高校なら秋季に行われるようだけど進学校である文月学園では三年生がゆとりを持って楽しめるようにこの時期に行われるらしい。
風の噂に聞いた所、他のクラスは既に出し物を決定して準備に動き出している。お化け屋敷や焼きそば販売、この学校だからこその“試験召喚システム”について展示を行うクラスなど様々だ。
他のクラスがどんどん清涼祭に向けて準備を進めていく中、僕達Fクラスはどうなのか、と言えば、実は全く決まっていなかったりする。何故ならそれは――――。
「写真館『秘密の覗き部屋』? 悪いが却下だ。集客率が悪いし、素人が撮った写真を見る為に金を出す人間が何処にいる。他に提案は?」
教壇の上でチョークを手に持ち、やる気を漲らせている金丸が原因だ。
本来ならクラス代表である筈の雄二が音頭を取るのが普通だ。だけど、今回雄二はクラスの出し物に対してやる気が無い。それに比べて学校行事に対する金丸のやる気はこちらが呆れてしまうほど強い。雄二としてもやる気のある人間にやらせればいい、と思っているらしく、金丸が全権を握って実行委員として動いているのだ。
「ええっと、メイド喫茶はどう……と思ったけどかなり使い古されているよな。目新しさを狙ってウエディング喫茶なんてどうだ?」
「ウエディング喫茶か。確かに目新しさはあるが……」
クラスメイトの提案を受けて金丸は姫路さんと島田さんへ視線を向けた後、小さく溜息を吐いて首を振る。
「却下だな。ウエディングドレスは予算的に見ても準備不可能だ。それにそれでは二人に負担が掛かり過ぎる。だが、喫茶店というのは中々良い案だな。利益が出やすい」
意見を却下しつつ、方向性を見出した金丸はうんうんと頷いている。
「それなら一つ、提案があるんだが……」
「そうか。では、頼む」
出し物が飲食店系に定まってきたことで須川君が手を上げる。金丸の言葉に頷いて、須川君は椅子から立ち上がる。
「俺は中華喫茶を提案させてもらう」
「中華喫茶? しかし、学校から使わせてもらえる設備で本格的な中華料理を作るのは難しいと思うが……」
「いや、違う。俺が提案したい中華喫茶は本格的なウーロン茶と簡単な飲茶を出す店だ。これなら金丸の方向性にも沿っていると思う」
「なるほど。それなら確かに良いかもしれん。メニューを小食限定にすることで客の回転率を上げつつ、店の目玉をお茶に据えれば料理の腕前などは関係なく、決まったお茶の入れ方で味も確保出来る。Fクラスの設備で十分に可能だな」
須川君の提案を聞いた金丸は少しの間、思案顔を浮かべると納得した様に頷く。
「ちょっといいか、金丸。実行委員を任せた以上、口を出すつもりはなかったんだが、少し言わせてもらう。金丸はアレもダメ、コレもダメと却下しているが出し物を決めるのはFクラスの皆だ。意見を論破するのは止めた方がいい」
このままの流れで決まると思った時、少し顔を顰めた雄二が手を上げた後、金丸を諌める。
「む……、確かにその通りだな。私が責任者として責任を取れる力があるなら私の意見を全面的に押し出してもいいが、これはクラス皆の出し物だったな。忠告感謝する。土屋と横溝にも悪い事をした」
雄二の指摘を受けて素直に頭を下げる金丸。なんでもないようなやり取りだけど、金丸はきちんと反省しているみたいだ。金丸の立場上、自然と自分が主導で行う事が身に付いてしまっているんだろう。責任者としては正しい在り方かもしれないけど、皆の意見を纏める進行役としては確かに雄二の指摘通り、金丸の対応は問題だったかもしれない。
「私の未熟で進行を止めてすまない。他に意見がある者はいないか?」
とは言え、雄二が問題視したのは金丸が一人で出し物を決めようとした事であり、金丸がした解釈は他の皆も十分に納得出来るものだ。金丸は他に意見を言いたそうな人がいないかクラスを見渡した後、出てきた三つの案から多数決を始める。アンケートの票が中華喫茶に傾くのは自然な事だ。
僕達、二年F組の出し物は中華喫茶『ヨーロピアン』に決まった。
お店の名前がヨーロピアンに決まった時、金丸が不可解そうな表情を浮かべて何か言葉を飲み込んでいたけど何か意見があったのかもしれない。
PC版マイクラとPS4版BFに嵌まって失踪してました。かなりリハビリ的な話になっています。すいません。