九条院金丸の華麗なる学園生活   作:ニョニュム

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問 次の慣用句の意味を答えなさい。
 『火の車』

 九条院金丸の答え
 財政がひどく苦しいようす。

 教師のコメント
 正解です。特にコメントはありません。

 吉井明久の答え
 ひどくあぶない。

 教師のコメント
 ……確かにその通りですが、そういう意味ではありません。



第8話

「さて、昨日は皆、補給テストご苦労だった」

 

 朝のHRが始まる少し前、Fクラス担任の福原先生が教室へ来ていないことを良いことに教壇の上に立つ雄二が珍しく僕らを労う為の言葉を告げる。金丸の存在が暴威を振るったお蔭で残る戦いがAクラス戦のみとなり、皆の注目が雄二へ集中している。

 

「俺はBクラス戦において勝利したにも関わらず、設備の入れ替えを行わなかった。何故ならそれは俺達FクラスがAクラスに勝利して、Aクラスの設備を手に入れるからだ。俺達はBクラス程度の設備じゃあ満足出来ない。俺達こそがAクラスの設備を使うに相応しいことはD・Cクラスが無条件に降伏し、Bクラスに勝利したことで明らかだ」

「ああ、そうだよな。俺達はBクラスに余裕で勝ったんだ。Aクラスだって楽勝さ」

「ふっ、やっぱり俺達は選ばれた人間だったんだな……」

 

 雄二の口車に乗せられて、最強のAクラスへ挑むのに士気を段々と上げていくFクラスの皆。確かに新学期が始まった初日で学年最低であるFクラスがBクラスと戦争を行って勝利するなど、誰も思っていなかったはず。僕自身、そんなことは思ったこともなかった。

 

 九条院金丸というもはや存在自体がギャグのような僕の友人がいなければ。雄二はFクラスの皆を鼓舞して士気を高めているけど実際、昨日の快進撃の立役者はどう考えても金丸に他ならない。金丸の存在がFクラスにいなければDクラス、Cクラスとも戦争になっていた筈。

 

「俺達はAクラスへ王手を掛けた。勢いをそのままにAクラスを蹴散らして、教師どもに突き付けてやるんだ。勉強だけが全てじゃないってことを!」

「おおっー、その通りだっ!」

「Fクラスの力を見せてやるぜ!」

 

 勢いよく右腕を空中へ振り上げて叫ぶ雄二に感化され、Fクラスの皆が腕を振り上げている。皆の士気は最高潮。雄二の話術によって、ほぼ金丸の活躍による勝利がFクラスの勝利になっている。自分の活躍がさも皆の活躍に変換されている金丸へチラッと視線を送る。いくら温厚な金丸でも少しは自分の手柄を誇りたい筈だ。

 

 そんなことを考えて金丸を観察してみるけど、金丸の表情はいつもと何も変わらない。むしろ、皆の士気が最高潮へ誘導した雄二の話術を感心した様子で眺めている。自分の活躍を消された不機嫌さは全く見当たらない。こういう所を見せられると金丸が女の子にモテる理由が分かる気がする。金丸の器は大きい。

 

「さて、そして最後となるAクラス戦なんだが、これは一騎討ちで決着をつけたいと思っている」

「ど、どういうことだ?」

「誰と誰が一騎討ちするんだ?」

「それで本当に勝てるのか?」

「いや、こっちには金丸がいるし……」

 

 雄二の提案にFクラス全体からどよめきの声が上がる。当然だ、僕も雄二の提案を聞いて、言葉を失っている。それは勝利を疑っている皆とは違う。Aクラスが引き受けてくれる筈が無い。そう思っているからだ。

 

 だって、僕達Fクラスにはあの霧島さんでさえ、足元に及ばない超兵器(かねまる)がいる。そんな結末が分かり切った勝負をAクラスが受けてくれる筈無い。金丸にさえ注意して普通に戦争をすればそれだけでAクラスはFクラスに勝利出来る。一騎討ちに乗ってわざわざ敗北(かねまる)へ突撃するような人間がAクラスにいるとは思えない。

 

「落ち着いてくれ。この一騎討ちに金丸は出さない。金丸を出せば、Aクラスは絶対に提案へ乗ってこないからな」

 

 バンバンと教卓を叩いて、雄二はFクラスの動揺を冷静にさせる。雄二の言葉は当然のことだ。金丸を出して、Aクラスが乗ってくる筈が無い。――――なら、他に一体誰が。

 

「やるのは当然、俺と翔子だ。FクラスとAクラスの代理戦争だからな。当たり前だ」

 

 雄二の言葉に頷く。その結論は当然だろう。むしろ、この条件でなければAクラスは提案を受けてくれそうにない。でも、それは雄二が霧島さんに勝てる確証がなければ意味が無い。

 

 と言うか、ぶちゃけ――――。

 

「雄二に勝てる訳ないんじゃ――――!」

 

 白いチョークの粉が大量に付着した黒板消しが僕の顔面に飛来する。その場から離脱する為に思いっきり仰け反った僕はそのままボロボロの畳を転がり、体勢を立て直す。

 

「――――次こそは全力で殺る」

「こら、雄二! 教室を汚すな!」

「違うよ、金丸! 注意する所はそこじゃない!」

 

 雄二の追撃を警戒して顔を上げた僕が見たのはカッターを構えている雄二の姿。そんな雄二に僕の背後で転がって、白いチョークの粉が舞った場所をいつのまにか取り出してきた箒で掃除している金丸が苦言を呈す。黒板消しクリーナーなどFクラスにはないので、すきま風が入るボロボロの窓を開け、片手で黒板消しを持ち、箒の柄でバンバンと黒板消しを叩いている金丸。ある意味、すごい光景かもしれないけど今は雄二をどうにかして欲しい。

 

「む、確かに元々、昨日の勉強会が終わった後で掃除をしなかった私が悪かったな。雄二、道理に反する責めをして申し訳ない。それに明久、私の愚行を指摘してくれてありがとう」

「…………話を進めるぞ」

「あ、うん」

 

 明らかにずれている金丸の謝罪に僕と雄二は脱力する。なんだかもう、どうでもよくなってくる。

 

「明久の言う通り、翔子は強い。だが、翔子にも弱点がある」

「弱点?」

「そう、日本史だ」

 

 そりゃあ、霧島さんにも弱点くらいあるだろう。例えば同性愛者だったり、テスト順位の掲示で金丸に大差で敗北して影で落ち込んでいる所を目撃されたりとか。クールに見えて、意外に負けず嫌いな所のギャップで男子生徒から人気だ。――話が逸れた。

 

 霧島さんが日本史を苦手にしているなんて聞いたことが無い。勿論、雄二がムッツリーニにおける保険体育のように、日本史を得意としているなんてことは無い。

 

「ただし、テスト内容は限定する。レベルは小学生程度。方式は百点満点の上限あり、召喚獣勝負ではなく、純粋な点数勝負とする」

 

 霧島さんの成績を踏まえると百点満点が前提になってくる。

 

「へえ、それで同点にした後、戦う人間を入れ替える訳だね?」

 

 雄二の話術次第だけど引き分けなら戦う生徒を入れ替えるのはそう不自然ではない。そこで金丸をぶつければ勝利は確実だ。クラス代表同士の戦いを前座にして、本命の金丸を登場させる。一度でも勝負にのったAクラスは金丸と正面から向き合うしかない。

 

「おいおい、そんな訳無いだろう。俺達は勉強が全てじゃないことを示すんだ。金丸が出てきたら普通に勉強が出来る、出来ないの世界になってくる」

「それじゃあ、どうするのさ?」

「大化の改新だ」

「大化の改新?」

 

 大化の改新と言えば、『794ウグイス、大化の改新』の大化の改新だろうか?

 

 首を傾げる僕に雄二が頷く。

 

「大化の改新が起きたのは645年。こんな問題は明久ですら間違えぬぞ?」

 

 ――――何も聞かなかったことにしよう。

 

「ああ、それでも翔子は間違える。これは確実だ。そうすれば俺達の勝利は揺るがない」

 

 断言する雄二にFクラスの皆がおおー、感嘆の声を漏らす。システムデスクはもう目の前にある。Fクラスの皆が盛り上がる中、躊躇いがちに姫路さんが雄二へ挙手。

 

「霧島さんとは……、仲が良いんですか?」

 

 それは僕もずっと気になっていた。霧島さんに対する雄二の呼び方が妙に馴れ馴れしい。

 

「ああ、アイツとは幼馴染だ」

「総員、アイツを殺せ!」

『『『『サー、イエッサー!』』』』

 

 教室のドアを蹴飛ばし、逃げ出す雄二をFクラスの皆で追いかける。

 

『む? 少し質問があるのだが……。また、消えてしまった……』

 

 皆が全力で雄二抹殺に力を注いでいる時、金丸があることに気付いたことを僕達は知らなかった。

 

 

 

 

 語るに語り切れない雄二との激闘を経て、雄二をロープでぐるぐる巻きの簀巻きにすることが出来た。乗りに乗っている勢いを殺さないように、僕とムッツリーニで簀巻き状態の雄二を担いで、Aクラスへ宣戦布告に向かう。勿論、今まで大使として活躍してくれた金丸や雄二の身柄が心配だと言って秀吉も同行している。

 

 金丸と秀吉は僕とムッツリーニのことを呆れた様子で見ているけど、これは僕達の作戦だ。クラス代表の雄二が簀巻き状態で登場。これほど相手を動揺させる方法は他にない。ただ、雄二の幼馴染らしい霧島さんの返答次第で、僕とムッツリーニの身体が滑って簀巻き状態の雄二を窓の外に放り出してしまうかもしれないくらいだ。

 

「休憩中、失礼する。Fクラスの九条院金丸だ。Aクラスのクラス代表に用が有って、訪問させてもらった」

 

 Aクラスの前まで移動すると慣れた手つきで教室のドアをノックしてAクラスの中へ入っていく金丸。流れるような動作で自然に入っていく金丸の後に続いて、僕達もAクラスへ入る。

 

「あっ、金丸君。いらっしゃい! 代表に用があるの? ごめんね、代表は今、少しだけ席を外しているの。用なら私の方から伝えておくけど…………本当に何の用?」

 

 思わぬ金丸の登場に目を輝かせてこちらへ近付いてくる女子生徒。女の子の名前は秀吉の双子のお姉さんで木下優子さん。秀吉をそのまま女の子にした姿で男子生徒の中でかなり人気だけど、木下さんもまた、金丸の登場で目を輝かせていた所を見れば誰を思っているかすぐに分かる。

 

金丸の登場に笑顔を抑え切れない木下さんは後続として続々とAクラスのドアを跨ぐ僕達の姿を確認すると本当に不思議そうな面持ちで首を傾げている。

 

 まあ、木下さんがこの状況を理解出来ないのは仕方ない。金丸がAクラスを訪ねるのはまあいい。十歩譲って、秀吉がAクラスを訪ねるのも木下さんというお姉さんがいるという理由がある。でも、僕とムッツリーニ、なにより簀巻き状態の雄二を目撃して冷静に状況把握を出来るような人間はAクラスにいないと思う。というか、普通いない。

 

「日を改めて要件を伝えさせてもらおう。この姿じゃあ、流石に決まりが悪い」

「ろくでもない恰好だっていう自覚はあるのね」

「致し方あるまい。クラス代表の雄二が宣戦布告を延長するなら期限を延ばすだけじゃな……」

「ん~、やっぱり『試召戦争』についての話なんだ」

 

 簀巻き状態で身体の自由を奪われている雄二は妙にそわそわとした態度でAクラスを見渡した後、一刻も早くAクラスから立ち去りたそうに木下さんへ告げる。雄二のマヌケな恰好に小さく溜息を吐く木下さん。雄二の提案を聞いた秀吉の言葉に木下さんは少しだけ眉間に皺を寄せて悩んでいる。

 

「そう何回も訪ねられても迷惑だし、話くらいなら聞いてあげてもいいわよ」

 

 チラチラと簀巻き状態の雄二を見ている木下さん。確かに木下さんの言う通り、簀巻き状態のクラス代表とその他諸々が複数回に渡って、教室を訪ねてきたら僕でも迷惑に感じる。Aクラスからの脱走を試みた雄二は脱走を諦めたのか、小さく溜息を吐いた後で口を開く。

 

「俺達Fクラスは試召戦争として、Aクラス代表に一騎討ちを申し込む。教科はこちらが指名する。その代わりに戦うのは金丸じゃなくて俺だ。」

「う~ん、金丸君だったら即答で断ったけど……、何が狙いなの?」

「Fクラスの勝利に決まっている」

 

 雄二の返答に木下さんは訝しんでいる。金丸だったら即答で断られることは僕達も予想済み。だからこそ、金丸以外で霧島さんと一騎討ちしても不自然じゃない雄二が戦う。しかも、一騎討ちを提案したのは僕達の方なのに金丸を出さないことを条件に教科まで指定している。

 

「面倒な試召戦争を手軽に終わらせることが出来るのは助かるけど、わざわざリスクを背負って一騎討ちにするのはちょっと……」

「いいのか? その場合は金丸と戦うことになるんだぞ?」

「金丸君に姫路さん、それと確か土屋君の保険体育。大体、戦争の主戦力はこれぐらいでしょ」

「チッ、Fクラスの情報収集なんてしていたのか。随分と暇なんだな」

「そりゃあ、そうよ。金丸君と姫路さんが所属しているのよ。流石に昨日の今日とは思っていなかったけど、Fクラスが要注意なのはAクラスの認識だわ」

 

 まあ、それは仕方ない。Aクラスは金丸と姫路さんがAクラスに所属していないことを知っている。金丸と姫路さんが所属しているFクラスを注目するのも分かる。

 

 う~ん、と頭を悩ませている木下さん。流れとはいえ、交渉のテーブルについている木下さんにはそれなりの責任が生じる。金丸や姫路さんを敵に回した試召戦争のリスクとクラス代表同士の一騎討ちのリスク、二つのリスクの間で揺れ動いているみたいだ。

 

「……受けてもいい」

 

 そんな時、僕達の後ろから物静かで凛とした声が聞こえてくる。驚いて振り返ってみると僕達が入ってきたドアから腰にまで届く黒髪を持つ美少女が現れた。Aクラスの代表で金丸に続く学年2位を維持している霧島翔子さんだ。

 

「……雄二の提案を受けてもいい」

 

 二人が幼馴染だという雄二の証言も霧島さんの言動を見る限り本当のようだ。雄二を縛り上げてから気付いたけど、霧島さんに憧れた雄二の妄想という可能性もあった。むしろ、雄二の妄想だと思っていた。

 

「あ、代表。高橋先生に呼び出されたのはもういいの?」

「……大丈夫」

 

 霧島さんの登場に気付いた木下さんは明らかにホッとした様子で胸を撫で下ろす。

 

「翔子、本当に一騎討ちでいいんだな?」

「……その代わり、条件がある」

「条件?」

「……うん」

 

 雄二の確認にこくりと頷く霧島さん。その瞳は簀巻き状態の雄二を捉えている。

 

「それじゃあ、交渉成立だな」

「……勝負はいつ?」

「そうだな。十時からでいいか?」

「……分かった」

 

 流石、幼馴染。話がどんどん決まっていく。

 

「よし、交渉は成立した。一旦、教室に戻るぞ」

 

 雄二の言葉に頷いて、ムッツリーニと二人で雄二を廊下へ転がすとAクラスを後にする。――――美少女と幼馴染なんて万死に値する。

 

 雄二が後ろの方で何か言っていたけど、僕らは特に気にせず、Fクラスへ帰還した。

 

 

 

 

「では、これよりAクラス代表とFクラス代表による一騎討ちを始めます。両者共、準備はよろしいですか?」

 

 AクラスとFクラスの生徒が集まってもまだまだ余裕のあるAクラス。試召戦争の立会人として、Aクラスの担任で学年主任でもある高橋先生が向き合う雄二と霧島さんの間に立ち、二人の顔色を窺う。

 

 二人の顔色に変化や緊張は見られない。二人とも一騎討ちだというのに、随分と落ち着いているみたいだ。

 

「教科の選択はFクラスでしたね。どうしますか?」

 

 高橋先生の確認に小さく息を吐いた雄二は宣言する。

 

「教科は日本史、内容は小学生レベルで方法は百点満点の上限ありだ!」

 

 雄二の言葉にAクラスの皆がギョッとする。雄二の意図を探るような視線が集まり、教室がざわめく。

 

「それなら問題を用意しなくてはいけませんね。クラス代表の二人は視聴覚室へ。後の方は少しだけ待っていてください」

 

 雄二の提案は高橋先生も驚かせたらしい。珍しい高橋先生の驚いた表情を二日続けて見れた。それでもすぐさま表情を元に戻した高橋先生はそう告げると雄二達へ指示を出して、教室を出ていく。

 

「雄二、後は任せたよ」

「ああ、任せとけ」

 

 僕の問い掛けに雄二は力強く頷く。Fクラスの皆が雄二に期待している。そんな中、腕を組んで思案顔の金丸が雄二へ声を掛ける。

 

「雄二、少しいいか?」

「どうしたんだ?」

「ずっと気になっていた。全員、満点を当然のように思っていたが雄二は百点を取れるのか?」

「…………………………………………」

 

 金丸の問い掛けに雄二が沈黙で返す。逃げるように視聴覚室へ移動する雄二を見届けながら、Fクラスを絶対零度の沈黙が包み込む。燃え上がっていた士気が一瞬にして凍りついたことに金丸は首を傾げている。

 

――――その台詞はせめてテストが終わってから言って欲しかった。

 

 そして。

 

《日本史勝負 限定テスト 100点満点》

《Aクラス 霧島翔子 97点》

 VS

《Fクラス 坂本雄二 53点》

 

 Fクラスの卓袱台がみかん箱になった。

 

 

 

 

「どうした? 雄二を労いに行かないのか?」

 

 Aクラスに集まったFクラスのほぼ全員が絶対零度の雰囲気を纏って茫然と立ち尽くしている中で雄二を労おうとテストの行われた視聴覚室へ向かおうとしていた金丸は動く気配を見せないFクラスの皆に首を傾げている。

 

 …………労う? 金丸は一体、何を言ってるんだろう?

 

 雄二に待っているのは労いの言葉なんかじゃない。死刑である。

 

「行くぞ、皆! 極刑だ!」

 

「「「「「おおっー!」」」」」

 

 僕の号令を引き金にしてFクラスの皆が視聴覚室へ全速力で向かう。

 

「雄二、覚悟しろっ!」

 

 教室のドアを開け放ち、視聴覚室へ雪崩れ込んだ僕達は霧島さんと向かい合っていた雄二を取り囲む。

 

「くっ……殺せ」

 

「良いだろう。楽に死ねると思うなよ!」

 

「吉井、邪魔」

 

「あ、うん、ごめん」

 

 覚悟を決めた雄二の言葉に答えて、拳を握った僕の背後から淡々とした霧島さんの忠告が届き、少し冷静になった僕は霧島さんに場所を譲る。

 

「雄二、勝負は私の勝ち」

 

「……ああ、条件を言え」

 

 そういえば霧島さんは雄二との一騎打ちを引き受ける代わりに何か条件を提示していた筈だ。あの時は雄二も一騎打ちに持ち込む為、条件すら聞かずに了承していた。その条件がようやく発表される訳だ。

 

 霧島さんの事だからそこまで酷い事を要求してくる事は無いと思うけど雄二にとって害となる事だったら僕らFクラスは全力を持って、霧島さんを応援しよう。

 

「……雄二、私と結婚して」

 

「却下だ。それよりも条件を言え」

 

「……だから私と結婚する。それが勝負する条件」

 

「馬鹿か! 勝負する条件が結婚かよ! お前が勝った場合の条件ですらないのか!」

 

「? ……雄二は確認しなかった。つまり、了承した」

 

「だれがそんな条件を飲むか! 常識的に考えろ!」

 

「? 雄二と私は幼馴染。なら次は結婚」

 

「そんな訳あるか! 大人の階段を上るどころか、飛び越えてどうする!」

 

 …………?

 

 雄二と霧島さんの会話を聞いても理解が追い付かない。

 

 雄二と霧島さんが幼馴染である事は知っている。そして今回の一騎打ちをする為に雄二と霧島さんが結婚する訳だ。

 

 ……うん、よく分かった。つまり雄二を殺せば良い訳だ。そうすれば全て丸く収まる。

 

「死ねっ!」

 

「ああ、お前達は黙ってろ!」

 

 殴りかかった僕の拳を躱した雄二はそのまま視聴覚室から猛然と逃げ出す。

 

「皆、雄二を逃がすなー!」

 

 逃げた雄二を追って皆が視聴覚室を後にする中、金丸が霧島さんに声を掛けている。

 

「学生結婚は大変だと思うがおめでとうと言わせてもらおう」

 

「……うん、ありがとう」

 

 ああ、やっぱ金丸は変なんだなー、と思いつつ、僕は雄二を殺す為に走り出した。

 


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