※答えは一つとは限りません。
塩酸に〔 〕を入れると〔 〕を発する。
姫路瑞樹の答え
塩酸に〔石灰石〕を入れると〔二酸化炭素〕を発する。
教師のコメント
正解です。他にもマグネシウムを入れたら、気体を発生させます。
九条院金丸の答え
塩酸に〔アルミニウム〕を入れると〔熱〕を発する。
教師のコメント
正解です。塩酸の濃度によってはかなり熱くなります。実験の際は注意しましょう。
吉井明久の答え
塩酸に〔生物〕を入れると〔悲鳴〕を発する。
教師のコメント
……間違ってはいませんが、不正解です。先生は吉井君の将来がとても心配です。映画などで見る映像は絶対に真似してはいけません。
金丸達が通う文月学園には日本全国どんな名門校と比べても見劣りしない魅力と変わったシステムが存在する。その中で最も有名なモノが『試験召喚システム』だ。科学とオカルトと偶然によって開発された『試験召喚システム』はテストの点数に応じた強さを持つ『召喚獣』を呼び出して戦うことが出来る。
文月学園はこの『試験召喚システム』を売りとしている高校であり、通常行われるテストは100点満点のテストではない。1時間という制限時間と無制限の問題数、生徒の学力にもよるが勉強の出来る生徒は点数を伸ばしていき、『召喚獣』が強化されていく。
もう一つが振り分け試験と呼ばれる進級するに辺り、生徒の学力を測るテスト。テストの成績によって生徒はクラス分けされる。好成績の生徒からAクラス、馬鹿な生徒はFクラスといった具合に。勿論、このクラス分けにも意味が存在する。好成績の生徒達にはそれに見合った整った設備が、馬鹿な生徒達にはそれに見合ったひどい設備が、それぞれのクラスに与えられる。
しかし、これだけでは馬鹿な生徒を冷遇して更にやる気を削いでしまうだけだ。それを防ぎつつ、生徒達にやる気を出させるモノ。それが『試験召喚戦争』。通称、試召戦争だ。
ある程度の規制は存在するものの、基本的なルールは簡単。クラス同士で『試験召喚システム』を利用した召喚獣を戦わせて勝利することが出来れば、戦争に勝利したクラスは戦争に敗北したクラスとクラスの設備を入れ替えることが出来る。勉強という高校生にはいまいち価値を見いだせない行為に対して、アメとムチを与えることで勉強する意味、価値を見出すのだ。
誰だって、設備の悪い教室で勉強などしたくない。『試験召喚戦争』は勉強という漠然なモノに対して、生徒達に少しでも意義を感じさせる為に用意されている。
Fクラス代表である雄二が提案したAクラスに対する宣戦布告。要するに一流の設備を使うAクラスの奪取。実際の所、それはFクラスにとって絵に描いた餅、水面に映る月へ手を伸ばすような行為。はっきり言ってしまえば現実味に乏しい。
AクラスとFクラス。その戦力差は比べるまでもない。努力してきた人間とそうでない人間。努力すれば夢が叶うほど世界は甘くない。しかし、努力を無駄と否定するほど世界は冷たくない。結局の所、AクラスとFクラスの戦力差は勉強をどれだけ頑張ってきたかの差だ。
いくら周囲から馬鹿としてレッテルを張られているFクラスの生徒でも大半の生徒はそれを理解している。だからこそ、雄二の提案に対する反応は鈍い。まあ、一部の生徒は理解していない訳だが。
「そんなことはない。必ず勝てる。いや、俺が勝たせる。その為の要素は既に揃っているからな」
「俺達がAクラスに勝てる要素?」
雄二は努力の量を理解している人間だ。それでも絶望的な戦力差を前にして、雄二は勝利出来ると宣言した。その為の軌跡は既に雄二の中で完成している。大胆不敵にして自信満々で答える雄二に注目が集まる。これだけの啖呵を切ったのだ。それ相応の理由と説得力があるに違いない。クラス中の視線が自分に集まったことを確認した雄二は小さく咳払いした後、口を開く。
「まず、説明するまでもないと思うが金丸と姫路の二人。本来ならAクラスでも上位陣に入る二人がいる。皆もその力を疑ったりしないだろう。はっきり言えば、俺はこの二人の力押しだけでもCクラスまでは確実に勝利出来ると思っている」
「それは確かに一理あるな」
「どちらか一人ならきついかもしれないけど二人ならお互いに助け合えるし」
雄二の説明に明るい反応を見せるクラスメイト。学年でトップクラスの二人に苦手科目というのは存在しない。正確には存在していてもCクラス程度なら苦手科目の点数でも十分に戦える。なにより苦手科目が来たら相手に任せることが出来る。お互いの苦手科目をカバー出来るのだ。
判り易い戦力を前にしてFクラスの意識が揺らぐ。もしかしたら、あわよくば、そんな反応を見せるクラスメイトを見た雄二が内心でほくそ笑みながら追い打ちを掛ける。
「おい、康太。姫路のスカート観察は止めて、前に出てこい」
「…………っ!」
「は、はわっ!」
雄二の説明に聴き入っていた姫路はその指摘を受けると意識を周囲に向けた後、小さい悲鳴と共にスカートを押さえる。康太と呼ばれた男子生徒は飛び跳ねるように立ち上がると首を左右に振って否定している。虫歯に見せかけたいのだろう。片手で頬を押さえているがその隙間から畳の跡がチラチラと見えている。檀上に上がった今でさえ、手を頬に添えている。
「土屋康太。こいつがあの有名な
その言葉に先程の二人とは違う意味で教室に衝撃が奔る。土屋康太という名前に反応しなかったクラスメイトもムッツリーニのあだ名を聞いて驚愕する。ムッツリーニ、その名は男子生徒に畏怖と畏敬を、女子生徒には軽蔑を向けられる名だ。
「???」
一人、意味が判っていない姫路であるが、ムッツリーニの由来を説明するような人物は紳士であるFクラスにいない。
「木下秀吉だっている」
再び畳み掛ける雄二におお、と声を漏らすFクラス。秀吉の学力はFクラスにいる時点で察しの通りであるが、秀吉には誰にも負けない特技がある。演劇部のホープとして活躍している。冷静に考えれば、演劇部のホープと勉強に結びつきは無い筈だが、勢いに呑まれたFクラスの生徒達は何故か納得している。
「当然、俺も全力を尽くす」
「確かに頼れそうな奴だな」
人心掌握の演説が上手いせいか、雄二の言葉に乗せられた生徒達が次々前向きになっていく。クラスの士気は十分に上がっている。
「それに、吉井明久だっている」
そして、勢いに乗っていたクラスメイトは沈黙と戸惑いの表情を浮かべる。
「ちょっと雄二! なんで僕の名前なんて出したのさ! 僕は雄二達と違って普通の人間なんだから――――」
「黙れ、足を引っ張ることしか出来ない無能が!」
「なんで僕が悪くなっているの!」
一気にしおれていく士気を前にして明久が叫ぶ。ゴミ捨て場に捨てられた生ゴミを見るような視線を雄二に向けられた明久は理不尽に向かって吠えた。謎の生徒、明久の登場でクラスに戸惑いの感情が流れる。クラスメイトの顔色に雄二はああ、と納得した。
「そうか、皆は知らないんだったな。こいつの肩書きは“観察処分者”だ」
「……それって、バカの代名詞じゃなかったっけ?」
Fクラスの生徒達がポカン、となる中、生徒の一人が確かめるように呟く。
「ち、違うよっ! ちょっとお茶目な高校――――」
「そうだ、バカの代名詞だ」
「肯定するな、バカ雄二!」
慌ててフォローを入れようとする明久の声を遮り、雄二が肯定する。
観察処分者。バカの代名詞でもあるあだ名を持つ明久の召喚獣は普通の召喚獣と違う。普通の召喚獣は物体に触れることが出来ない。しかし、観察処分者として教師の小間使いを強要される明久の召喚獣は物体に触れることが出来るのだ。同時にデメリットも存在する。召喚獣が受けたダメージのいくらかがフィードバックされるのだ。戦争でダメージを負えば、本体である明久も痛い。
「それってつまり、おいそれと召喚出来ない役立たずがいるってことだよな?」
「あれ? なんで出会ったばかりのクラスメイトに役立たず扱いされてるの?」
「気にするな。いてもいなくても変わらない雑魚だ」
「僕のフォローはどうした!」
「そんなことはどうでもいい。まずは俺達の力を証明する為にDクラスを征服する」
シクシクと涙を流していた明久は追い打ちを掛ける雄二にキレる。盛大に無視された明久は心が折れたのか、床に両手をついて項垂れている。
「そうだな、Dクラスへの宣戦布告は明久に――――いや、金丸。行ってきてくれるか?」
「ふむ、了解した。任せておけ」
打ちひしがれている明久を見た雄二は少し考えた後、座布団に座って寛いでいた金丸に声を掛ける。すぐに雄二の思惑に気付いた金丸は小さく口下を歪めると頷く。
「それでは九条院金丸はFクラスにあり、とDクラスに伝えてこよう」
「ああ、よろしく頼む」
雄二の言葉に答える為、手をヒラヒラと振った金丸は毅然とした態度でDクラスに向けて歩き始めた。
◇
Dクラスへ宣戦布告に向かった金丸を見届けた雄二のことを明久達が怪訝そうに眺めている。そのことに気付いた雄二は口を開く。
「どうしたんだ? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で?」
「いや、何故明久ではなく金丸を使者に送ったのじゃ? 金丸はFクラスにとって秘密兵器。戦う前から最高戦力を相手に晒すとは雄二らしくもない」
秀吉の言葉に賛同しているのか、明久達は同意するように頷いている。秀吉の言う通り、金丸と姫路はFクラスの最高戦力で秘密兵器だ。クラス分けがされたばかりの今なら二人がFクラスということはFクラスの人間とAクラスの人間しか知らない。奇襲出来る可能性まで捨てて、金丸を使者にした理由が判らない。
「そうだな、奇襲役は姫路一人で十分ってこともあるが金丸は仕方ないだろ。“あの”金丸だぞ? Aクラスに金丸がいないなんてこと、すぐに学校全体へ伝わる。それなら目立つ戦力になってくれた方がこっちとしても扱い易い」
「よくテレビで出てくるエースみたいな?」
非公式とはいえ、ファンクラブが存在するほど人気者なのが金丸である。教室の前まで集団で詰め寄せるようなファンは存在しない。だが、用も無いのに教室の前を通り過ぎていく女子生徒の姿を雄二達は去年何度も見ている。当然、金丸がAクラスにいると思っている金丸のファンは金丸がAクラスにいないことに気付くだろう。学園中に張り巡らされたファンクラブの情報網に情報が流れるのは時間の問題だ。金丸による奇襲は本人の知名度もあり、難しいのだ。
ならば、Fクラスの主力として全面に押し出していった方がいい。そうすることで生まれるある効果を雄二は期待しているのだ。金丸という最大戦力を全面に押し出す意味を理解していない明久に雄二が説明を続ける。
「明久のいう戦意高揚のエースって意味も勿論あるが、もう一つは相手に対する威嚇だ。金丸が学年一位の成績であることはおそらく全員が知っているだろう。Dクラスは必ず金丸を意識した作戦を立ててくる。目の前にある核兵器を無視するような馬鹿はいないからな。俺達はその裏を突く」
勿論、金丸と姫路を主軸とした正攻法でも雄二が宣言した通り、Cクラス或いは戦い方次第でBクラスまでは行ける。だが、雄二が狙うのはAクラス。一対一の戦いならば負けは無い金丸でもAクラス生徒との連戦は流石にきつい。最初からAクラス打倒を掲げている雄二だからこそ、実力任せの順当な勝利ではダメなのだ。智謀策略による大番狂わせが必要なのである。その為にはFクラスの練度を上げる必要がある。
「そっか、確かにゲームのラスボスが一撃必殺の技を持っていたら対策するよね」
「ああ、そうだ。そこに小技を叩き込む」
自分の中で理解しやすいゲームに置き換えた明久は雄二の作戦に納得する。一撃必殺の技を持つラスボスが小技を挟んで来たら相当ウザい。
「でもそれって、失敗したらどうなるのさ?」
明久の疑問は当然である。金丸という戦力を意識しているDクラスの隙を突く。言葉にするのはとても簡単であるが、金丸の脇を固める人間はFクラスなのだ。失敗は十分に考えられる。Dクラスが金丸を諦めて対応してくるとも限らない。明久の問い掛けに雄二は呆れた様子でやれやれと肩を竦める。
「そんなの決まってるだろ。相手が一撃必殺に対応しないなら一撃必殺を叩き込めばいいだけだ」
神童の貌と悪童の笑みを見せた雄二が楽しそうに断言した。
◇
「それにしても少し遅くないかのう?」
「……同意」
金丸がDクラスへ宣戦布告を告げに向かってから既に30分程の時間が過ぎている。FクラスとDクラスはそれなりに離れているがそれでも普通に歩いて5分程度で到着する。宣戦布告について揉めていると思われるが明久達にそれを知る術は無い。
「あのさ、こういう下位勢力の宣戦布告の使者って大抵酷い目に遭うよね?」
ただ金丸の帰還を待つことしか出来ない全員はそわそわと逸る気持ちを押さえてジッと帰還を待っている。不思議な静寂がクラスを包み込んでいる中で、明久は思い出した様子でポツリと呟く。
「いや、流石にそれは……」
「ああ、それはない……」
明久の呟きは静寂の中にあった教室へ小さな波紋を与えた。Fクラス全員の気持ちはそんな馬鹿な、である。“観察処分者”である明久が使者としてDクラスに向かったなら、アニメや漫画のようにDクラスの面々から酷い目に遭わされるかも知れない。
しかし、Dクラスへ宣戦布告に向かったのは“あの”金丸だ。現実逃避によって金丸という存在を消去していたFクラスと違い、Dクラスの人間に金丸をどうこうする度胸があるとは思えない。金丸へ手を出した所で返り討ちに遭うのがオチだ。
「でも、Dクラスが錯乱して……」
そこまで言って明久は口を噤む。明久が言いたいことは語らずとも理解出来た。学年最強である金丸がFクラスの使者としてDクラスへ宣戦布告する。傍から見れば驚天動地の出来事。その事象を目の当たりにしたDクラスが錯乱して金丸に何かした可能性は無いと言えない。自棄になった可能性すらある。
そうなれば金丸の命は――――――――。
最悪の結果にクラスの全員が息を呑んだ。
「ふむ、待たせて済まない。本来なら宣戦布告を任された時点で私が解決するべき問題なのだが、相手がどうしても、と粘ってきたのでな。雄二に意見を求めに来た」
勝手な想像で戦慄するFクラスの期待を裏切るように五体満足な金丸が教室のドアを開けて普通に入ってくる。一気に気まずい雰囲気がFクラスを包み込む。そんな空気に金丸は小さく首を傾げた後、後ろに見知らぬ男子生徒を連れて雄二の下へ向かう。
「雄二、彼がDクラス代表だ」
「俺は平賀源二。Dクラスの代表だ。よろしく」
「……ああ、俺がFクラス代表の坂本雄二だ。それで? 宣戦布告に行った金丸がDクラスの代表を連れてくるなんでどういうつもりだ?」
雄二としてもこの展開は予想外だったのか、一瞬だけ思案顔を見せる。相手の意図を見抜く為、鋭い視線を平賀へ送る。その視線を受け止めながら平賀は一瞬だけ悔しそうな表情を見せた後、毅然とした態度でFクラスへ宣言した。
「――――俺達DクラスはFクラスへ降伏する」
「なっ!」
『『『なっ、なんだって――――っ!』』』
驚きの声が教室に響き渡った。