九条院金丸の華麗なる学園生活   作:ニョニュム

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第2話

 秀吉と一緒にFクラスへ入った金丸は何気なく教室を見渡し、設備を確認する。罅が入った黒板に立てつけの悪い窓ガラスが割れている箇所が幾つか。生徒が座る筈の“席”が存在せず、古臭い畳の上にボロボロの卓袱台と綿が入っていない為にペタンコの座布団が置いてあるだけだ。金丸が興味本位で覗いてきたAクラスの設備と比べてみれば、雲泥の差だ。

 

 常人であるなら扱いの差に憤慨するか、気を落とすか、少なくとも暗い反応を見せるFクラスの惨状を目撃して――――特に教室に敷き詰められたカビ臭い畳に戦慄する。

 

「なん……だと……?」

「どうかしたかの? やはり、お主には耐えられぬ設備かの?」

 

 目を見開き、信じられないモノを見ているように身体を痙攣させる金丸。プルプルと身体を痙攣させて手汗を握る金丸の姿に秀吉は怪訝そうな表情を見せて声を掛ける。秀吉が危惧しているのは金丸の精神状態。金丸の実家である九条院家は金持ちである。それはもう大金持ちを超えて、ギャグ漫画のような金持ちだ。勿論、一年の時に何度か実家へ招かれた事もあるがその時に自分の部屋として紹介された場所の設備は一流を通り越して、超一流。Aクラスの設備でさえ、金丸の個人的な部屋の設備と比べたら劣るような設備である。

 

 日常的に超一流の設備を使っている金丸にとって、設備だけでいえばAクラスですら劣る。Fクラスの劣悪な設備に耐えられるのか。

 

「素晴らしい! 学校に畳があるだと! これほど嬉しい事は無い!」

「………………」

 

 秀吉の想像を裏切り、気分を最高潮まで持ち上げてキャッホー、と突撃していく金丸。空いている卓袱台と座布団を見つけるとそこに座って、嬉しそうに笑っている。それだけでは喜びの感情が表し切れないのか、畳の上をゴロゴロと転がっている。

 

 そんな光景を見せられた秀吉は無言のまま、自分の危惧が外れた事にホッとしつつ、迷惑を顧みずに転がっている金丸に呆れる。確かに床が畳のクラスはFクラスだけである。だが、金丸は別に畳好きの人間ではなかった筈だ。

 

「そんなに喜んでいる所にアレじゃが、お主はそんなに畳が好きだったかの?」

 

 この質問は心の底から出た質問だった。その質問を受けた金丸はゴロゴロと転がっていた身体をピクリと止めて、冷静に頷いて身体を起こす。

 

「ふむ、そう言われてみれば私は別に畳の事が好きな訳ではなかったな。まあ、休憩中に横になりやすいのは評価する点だな。畳はカビ臭いし、教室には埃が溜まっている。これは大掃除をクラス代表に提案しなければ……」

 

 いきなり正気を取り戻してFクラスの設備を冷静に吟味する金丸に秀吉はげんなりする。金丸の情緒不安定は今に始まった事じゃない。所謂、どうでもいい些細な事に関してはその日の気分とその日のノリで決めてしまう適当な性格をしている。反面、重要な事に関しては冷静に、冷徹に、一切の妥協すらなく、判断する。見る人が見れば、二重人格に勘違いされるだろう。というか、金丸の適当な面がなければ金丸と秀吉達は友人にすらなっていない。結局の所、類が友を呼んだだけだ。

 

「おい、お前ら、さっさと席に着け。このクラスの代表は俺だからな。一応、挨拶しておく」

「む? 雄二がこのFクラスの代表なのか。随分と騒がしい学園生活になりそうだな」

「愚問だな。静かで礼儀正しい学園生活なんて糞喰らえだ」

「そうか、それならいいさ」

 

 教壇の方から聞こえてきた声に反応して視線を向ける。そこには金丸の友人である坂本雄二が教壇に上がっていた。雄二がクラス代表という事でイベントに欠く事は無いと呟く金丸に雄二が悪戯好きの笑みを浮かべる。雄二の言葉と浮かべた笑みに肩を竦める金丸。騒がしい日々にはもう慣れた。

 

「ふむ、それならクラスメイトの一人としてFクラス代表の坂本雄二に提案がある。今週の休みに学校の許可を得て、大掃除を提案する。教育方針とはいえ、不衛生な教室で勉強する事はあるまい」

「悪いが却下だ。何故なら――――」

「すいません。ちょっと遅れちゃいました♪」

 

 教壇に立っているFクラス代表の雄二へ挙手して提案する金丸。その提案を断ろうと雄二が口を開いたタイミングで閉じていた教室のドアが開き、ある意味吐き気を催すほど愛嬌たっぷりの声音で教室へ飛び込んでくる男子生徒。

 

「早く座れ、このウジ虫野郎」

 

 男子高校生の媚びた声音を聞いた所で嬉しくもなく、むしろ気持ち悪い。それは金丸以外のクラスメイトも同様なのか、Fクラス代表である雄二が代表して気持ち悪い声音を披露してくれた男子学生――――吉井明久を出会い頭に貶す。

 

 雄二が教壇に上がっていた為に教師と勘違いしていたのだろう。明久は遅刻を誤魔化す為に張り付けた笑顔を強張らせる。その後、担任の教師ではなく、相手が雄二だと理解した明久は堂々と教壇に立っている雄二へ目を丸くして問いかける。

 

「…………雄二、何やってんの?」

「先生が遅れているみたいだからな。Fクラスの代表として教壇に上がってみた」

「へえ、『馬鹿と狼煙は高い所が好き』って言葉は本当だったんだ。仮にもクラス代表なんだから馬鹿を晒すのは止めた方がいいんじゃないかな?」

「……そっくりそのまま返してやる」

 

 ふふん、と鼻を鳴らして胸を張る明久。雄二は相手にするのも面倒だと思ったのか、間違いを指摘する事なく、話を流す。

 

「何故、あそこで狼煙が出てきた? 狼煙を覚えているなら煙ぐらい出てくるだろうに」

「まあ、明久じゃからな」

「それもそうだな」

 

 近くの座布団へ座った金丸と秀吉が明久を貶める失礼な会話をしている事を知らない明久は教壇の近くで雄二と言葉を交わしている。

 

「えーと、ちょっと通してもらえますかね?」

 

 そうこうしている内に明久の後ろにヨレヨレのシャツを着た、少し痩せた教師が立っていた。学校の全員が畏怖を込めて鉄人と呼ぶ西村先生と比べたら随分、頼りなさそうな風貌である。鉄人が異常と言えばそれまでなのだが。それでも教師である事には変わりない。

 

 今の所、学級崩壊もしていないFクラスの面々は指示に従って、おとなしく席に着く。

 

「えー、おはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします」

 

 福原先生は薄汚れた黒板へ自分の名前を書こうとしてその手を止める。黒板の近くにはチョークが見当たらない。去年のFクラス生徒はチョークも置いてない教室でどんな勉強をしていたのか。少し気になっていろいろ考えている金丸を余所にHRが進んでいく。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないです」

「あー、はい、我慢してください」

「先生、俺の卓袱台の脚が折れています」

「木工ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」

 

 当然ながらFクラスの設備に関する不満が次々に上がってきては先生によって解決されていく。

 

「必要なものがあれば極力自分で調達するようにしてください」

「ん? 福原先生、自分で調達する分には本当に構わないんですか?」

「なるほどの、確かにその手があるか」

 

 不満の声を切り捨てる為の言葉になんとなく話を聞いていた金丸が顔を上げる。金丸の思惑を理解した秀吉が納得した様子で頷く。

 

 他のクラスは建前上、学校から支給される事で色々な設備を整えるので手出しは出来ない。しかし、色々な設備もFクラスは自前である。だが、それは逆に言えば、自前であるならどんな設備でもクラスへ持ち込んでいい事になる。

 

「九条院君ですね。はい、それは――――。すいません、九条院君に関しては設備に対する干渉は禁ずる、との学園長からの命令です」

「そうですか……、判りました」

 

 その言葉にがっくりと肩を落とす金丸。金丸が本気になれば、教室の大きさこそ変わらないものの、Aクラス以上の設備に教室の設備を整えるのは造作もない。しかし、それではクラスによって設備へ掛ける費用を変えた意味がなくなってしまう。学園としてもそれは困るのだろう、金丸の行動を読んだ学園長が名指しで行動を封じてしまう。

 

 名指しで指摘されたら金丸に出来る事は無い。

 

「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね。廊下側の人からお願いします」

 

 廊下側の一番後ろに座っていた金丸へ福原先生が視線を送る。金丸は立ち上がり、Fクラスの面々を見渡すと口を開く。

 

「私の名前は九条院金丸だ。至らない所もあるがよろしく頼む」

 

 本当に短い自己紹介。飾り気も何もない自己紹介でありながら、Fクラスに衝撃が奔る。

 

「おい、九条院って言えば……」

「ああ、あの九条院グループの跡取りが同学年にいるって聞いていたけどアイツなのか?」

「なんだ、あのイケメン度はッ! アイツは本当にホモサピエンスなのか? イケメンって種族じゃないのかよ!」

 

 まずは至って判りやすい容姿に関する反応だ。金丸はイケメンである。それはもうどんな言葉で着飾っても劣ってしまうほどのモノ。芸能人としてモデルをやっていない方が不自然なくらいに。

 

「で、でも、Fクラスにいるって事は馬鹿なんだろ?」

「いや、でも、一年の時に張り出されたテスト順位で学年一位を譲らず、あの霧島さんが勝てないようなキチガイじゃなかったか?」

「それに振り分け試験の時は学校自体を休んだって聞いたぜ」

「じゃあ、本当はAクラスの学力なのか?」

 

 次に学力。金丸の学力は学年でも一位・二位を争うほどだ。だからこそ、久保とも友好関係を持っている。

 

「それに確か、色んな競技で全国大会に出てなかったか?」

「そういえばテレビとかであの顔を見た事あるような……」

 

 最後に運動。個人競技において何をやっても全国へ行ってしまうクラスの実力者。九条院グループの御曹司という事で日本の強化選手に選ばれる事はないがその実力は十分に持っている。

 

 学業優秀、運動万能、眉目秀麗にして大金持ちの御曹司。産まれながらの勝ち組にして、生きながらの覇者――――それが九条院金丸という人物だ。

 

「わしとしては何故金丸の事を知らない人間が学園にいるのか疑問なんじゃが……」

 

 それは最もな疑問である。一般的な人の人生においてほぼ全ての勝ち組要素を兼ね備えた金丸が文月学園でもかなり有名な存在だ。在校生の中で知らない方が珍しい。名前だけなら誰でも知っている。

 

「だってなあ……」

「そりゃあ……」

「どう考えたって……」

「芸能人のモデルよりイケメンで――」

「とんでもなく勉強が出来て――」

「全国クラスのスポーツマンで――」

「大金持ちの御曹司なんて――」

「そんな人間が――」

『『『この世に存在する訳ないじゃないかッ!』』』

 

 現実を見ようとしない複数の声が重なった。彼らの中で眩しすぎる存在の金丸はどうやらいない存在にされているらしい。よく判らない場面でクラスの心が一つになる。呆れた秀吉は溜息を吐きながら自己紹介をする為に立ち上がった。

 

 

 

 

 金丸の自己紹介に衝撃が奔ったFクラスの自己紹介は金丸さえ終えてしまえば比較的穏便に進んでいた。途中、笑いを取りに走った明久の『ダーリン』事件で男子生徒の大合唱がすさまじく気持ち悪かった。男子生徒の大合唱は想像以上の破壊力でクラスメイト全員へ爪痕を残した。あまりの気持ち悪さに合唱に参加した生徒は反省しているのか、大人しく名前と趣味程度の自己紹介で済ませている。

 

 こうなってくると後は流れ作業だ。味気無い自己紹介ばかりで教室全体に睡魔が襲い掛かる。これから一年を共に過ごす仲間の自己紹介より自身の睡魔を優先させる辺りが、Fクラス生徒をFクラスたらしめている所以かもしれない。

 

 クラスメイトの数人が船を漕ぎ始めた頃、作業的に進んでいく自己紹介に変化が起きた。突然、教室のドアが開き、息を切らせた美少女が現れた。遅刻している事もあり、相当急いできたのだろう。肩で息をしている彼女は苦しそうに胸を押さえている。

 

「あの、遅れて、すいま、せん……」

『え?』

 

 息も絶え絶え、という言葉が相応しい彼女は福原先生に向けてペコリと頭を下げた。その行動にFクラスの生徒がギョッとする。教室に困惑の雰囲気が流れる中、Fクラスの担任である福原先生は平然とした態度で話しかける。

 

「丁度良かったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします」

「は、はい! あの、姫路瑞樹といいます。よろしくお願いします」

 

 小柄な身体を委縮させて、小動物のようにチョコンと頭を下げる姫路。そのしぐさは保護欲を強烈に刺激する。愛玩動物を見守るような空気が教室を包み込む。そんな中、既に自己紹介を終えた男子生徒の一人が姫路に向けて手を上げる。

 

「なんでここにいるんですか?」

 

 言葉だけの意味を抜き出せば、Fクラスが発足した初日にイジメが発生している訳だが、勿論本当にイジメが発生した訳ではない。姫路の可憐な容姿は男子生徒の常識的な認識であり、同学年の男子生徒に限れば金丸以上の知名度を誇る。なにより姫路を有名たらしめるのはその成績だ。金丸には及ばないものの、姫路の順位はいつも一桁である。

 

 馬鹿の吹き溜まりであるFクラスにいる事がおかしい。金丸のような事例が何度も続くと思っていなかったFクラスにとって、姫路の登場は青天の霹靂に近い。

 

「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめて言い淀む姫路の言葉を聞いて、大半の生徒がなるほど、と納得する。進学校である文月学園の振り分け試験はとても厳しい。体調不良で途中退出した場合、0点扱いになる。金丸のように試験を受けられなかった場合も同様だ。体調管理も学生の仕事であり、試験日に予定を入れているような奴が悪い。それは正論であり、シビアな大学受験においてとても大切な事である。本来なら金丸も瑞樹もFクラスでは役不足も甚だしいが、試験を万全の状態で受けられなかった二人の責任だ。

 

 そして始まった言い訳大会に面喰いながらも空いている席へ移動する瑞樹。席に着き、ほっとした様子の姫路へ声を掛けている明久と雄二。淡々とした自己紹介の空気が姫路の登場によってにぎやかなモノになった。騒がしくなった教室の空気をもう一度鎮める為、パンパン、と教卓を叩いて静粛を促す福原先生。そんな先生の前で、バキ、という音と共に教卓が崩れる。

 

「え~、替えを用意します。少しだけ待っていてください」

 

 静粛を促す筈が逆に騒がしくなってしまった事に気まずそうな表情を浮かべた福原先生は足早に教室を出て行ってしまう。明久と雄二が教室を出て何か話していたりしたが、金丸は特に気にした様子もなく、教室を見渡す。自己紹介があるまで気付かなかったが知っている顔がちらほら見えた。

 

 明久を殴るのが趣味と宣言した島田美波や無難な自己紹介で済ませた土屋康太などがその筆頭である。

 

「あれ? なんで金丸君がここにいるんですか?」

「姫路嬢、君は自分の言葉を覚えているかな? 私も外せない所用のおかげで試験を受けていない。それだけだよ」

「あ、そうなんですか。私と同じなんですね。それじゃあ、今年はよろしくお願いします」

「ふむ、こちらこそよろしく頼む」

 

 話していた明久達が教室を出て行った為、手持無沙汰になった姫路も教室を見渡していた。金丸と視線が合った姫路は驚いた様子で目を丸くさせる。遅れてきた姫路は金丸の自己紹介に立ち会っていない。金丸がFクラスにいると思っていなかったのだろう。

 

 普段、好成績という事もあり、金丸と姫路はそれなりに面識がある。お互いに刺激し合う良い好敵手(ライバル)だ。あまり関わり合いのない男子生徒ばかりで不安だったのか、金丸を見つけた姫路は花のような笑顔を浮かべている。普通の男子生徒ならイチコロの笑顔を向けられても普通に対応している金丸。本人達は普通に話しているつもりだが、傍からみれば何人たりとも干渉してはいけない美男美女の聖域が形成されていた。

 

 そんな二人の光景に大半の生徒が血涙を飲んでいる事に二人は気付かなかった。

 

「すいません、お待たせしました」

 

 明久達が教室に戻ってきた少し後、新しいボロボロの教卓を持ってきた福原先生が現れる。再び始まった自己紹介も最後にFクラス代表の雄二を残すのみとなった。

 

「坂本君、自己紹介をお願いします。君はFクラスの代表でしたね?」

 

 福原先生の質問に雄二は大きく頷くと立ち上がる。真面目な雰囲気を纏った雄二はその背丈以上の大きさに見える。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺の事は代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」

 

 さて、皆に聞きたい事がある、と呟き、雄二は教室にいる全員へ視線を独り占めする。教室の注目が雄二に集まる中、当の本人は視線を教室の各所に向ける。

 

 床に敷き詰められたかび臭い畳。

 

 古く汚れた綿が少しも入っていない座布団。

 

 薄汚れ、ボロボロの卓袱台。

 

「Aクラスは冷房暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが――」

 

 クラスの注目が集まる中、一呼吸置いて、雄二が告げる。

 

「――不満はないか?」

『大ありじゃぁっ!』

「くっくっく、流石は雄二と言った所か……」

 

 二年F組生徒の魂の叫びが響く。大掃除を断られた意味を理解して、金丸は小さく口を歪めた。

 

「――――FクラスはAクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う!」

 

 雄二の宣言と共に金丸の騒がしい日々が幕を開けた。

 


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