君がいた物語   作:エヴリーヌ

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うそすじ

赤土晴絵が登録した電話番号は何故か小鍛治健夜のものだった…。
トラウマを拗らせてひきこもる晴絵とそれを立ち直らせようとする京太郎のハートフルコメディが今始まる。


第二章
六話


 阿知賀から帰ってきて一週間。ついに来てしまった九月一日。さよなら夏休み、こんにちは二学期。今日までの一週間にも色々あったが、語ると某鈍器ラノベ並みの長さになるのでそこは割愛する。

 

 とりあえず日課である朝のジョギングを終えて家に帰ってきたので、朝飯を食うことにしよう。

 

 

「あー腹減ったー、飯くれー」

「はいはい」

 

 

 訂正。お袋に朝飯をねだることにしよう。

 どうやら親父は既に出かけた後らしく、お袋が台所で食器を洗っていたので俺の分の朝飯も頼んで手を洗って席に着き、待っている間に新聞を広げて読むことにする。

 

 ハギヨシの教え第21番『少しでいいから新聞は読む』。第3番『いざと言うときの為に体を鍛えておく』と一緒にすっかり朝の日課になっている。

 時間もあまりないので三面記事だけ読んでいると、テーブルの上に置いておいた携帯が鳴ったので手に取る。この音からしてメールだな。

 

 

「誰からだ? ……って赤土か」

 

 

 送り主を見てみると、向こうから帰ってからこれまた日課となっている赤土からのメールだった。電話やメールは結構な頻度でやり取りしているけど、流石にこんな朝早い時間にしてくるのは珍しいな。

 とりあえず内容が気になったので開いてみると。

 

 

『おはよ~眠いよ~こんな朝早くから学校なんてキツイよ~学校も重役出勤とか認めるべきだよ~』

 

 

 そんな愚痴なのか提案なのかわからない上にリズムに乗ったメールであった。いや、普通に愚痴だろうけど。

 気持ちはすごくわかるが、初日からこれとか先が思いやられるぞ。

 

 

「逆に考えるんだ、休んじゃえばいいんだ……っと」

 

 

 最初の頃は多少硬さもあったのだが、流石に一週間も続けていると慣れて来た為か、お互い砕けた感じの口調でメールを打てるようになっていた。

 勿論中身もそれに合わせて変わっており、ちょっとしたことも話すようになって、お互いのことも以前より詳しくなっている。ちなみに赤土の好きなおにぎりの具は鮭らしい。

 

 そんな感じで赤土とメールのやり取りをしている間に朝飯も出来たので一旦メールを切り上げ、時間もそこまで余裕がないのでさっさと食べて学校へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

「うーっす、おはよーっす」

 

「おー須賀おはよー久しぶりー」

「須賀君おはよう」

「チーッス」

 

 

 家を出てから徒歩15分ほどで俺が通っている清澄高校へと到着。通学に電車とかを使うのが面倒で近場を選んだが、実にいい選択だった。

 教室に到着し挨拶をすると、クラスメイト達から思い思いの返事を返ってくる。受験ということで夏休みもほとんど会うことがなかったので久しぶりに会う為か感慨深いものを感じ――

 

 

「そういえば聞いたぞ~、旅行先で女の子達ナンパしまくりで仲良くなって、酒池肉林を楽しんだらしいじゃねえか。須賀マジもげろ」

「ちょっと待て、それ何処情報だ」

 

 

 ――さっきまで感じていた感動も一瞬で吹き飛んじまったぞ……。

 

 確かに女の子(赤土)とは仲良くなったが意味が違うし、マジでどこ情報だ?クラスの奴で旅行の事を言ったのはハギヨシぐらいだが、あいつがそんなこと言うわけないし……。

 

 

「あーどこだっけ……? ああ……思い出した。隣のクラスの新聞部の部長が言ってたな」

「そいつ、書いた記事の半分がデマで出来てるやつじゃねえか、信じるなよ!」

「いや、ほらあれだ。面白いものには巻かれろって言うじゃねえか」

 

 

 ケタケタ笑うクラスメイトの顔を殴りたくなるが堪える。まあ、発信元がアレだしすぐに噂も消えるだろ。

 しかし半分デマらしく旅の事は当たっていたな、行きか帰りの姿でも見られてたか。

 

 

「んで、酒池肉林はともかく結局彼女は出来たのか?」

「いやいや、ヘタレの須賀に出来るわけないだろ。常識的に考えて」

 

 

 好き勝手言ってくれるな、こいつ等……そうだ。

 

 

「ま、まあ……自慢じゃねえしわざわざ言うことじゃねえけど……出来たぜ、彼女」

 

 

 あまりにも好き放題言われるため、思わず嘘をついてしまった。すると――

 

 

「ちょ、マジかよ!? あのヘタレの須賀に彼女が出来たのか!?」

「くそ! 裏切り者が出たぞ! 縛り上げろ!」

「恨めしい! 羨ましい! 嫉妬! シット! SHIT!!」

 

 

 不用意に放った一言で教室にいた男子たち全員が悲鳴を上げて阿鼻叫喚の渦となった。

 やばい……今更になって嘘だったとか言えない状況だぞ、これ……。

 

 

「名前は!? デートはしたのか? 写真は?」

「えーと……名前の方は言えないが苗字は赤土だ。デートはしたけど、写真は恥ずかしいし見せられないな」

 

 

 詳細を尋ねてくるクラスメイトに思わず咄嗟に出た名前を言う。すまん、赤土……俺の為に犠牲になってくれ。それに苗字だけならバレないだろ……。

 そんな感じで騒いでいると、誰かが後ろに近づいてくる気配がしたので振り向くと――

 

 

「おはようございます。皆さん以前と変わらずにお元気そうでなによりです」

 

 

 するとそこにいたのは中学からの同級生で親友のハギヨシだった。ちょうど今来たばかりみたいで鞄を持ったままだ。

 我が親友ながら相変わらずのさわやか素敵スマイルで教室の女子たちから黄色い声が上がっている。男子から怨嗟の籠った声をあげられた俺とは大違いだな。

 

 

「おう、ハギヨシおはよう。今日は遅かったな」

「ええ、少しお屋敷の仕事を手伝っていましたので」

「おはよう萩原。それより聞けって! 須賀に彼女が出来たらしいぞ!」

「ほう……それはまためでたいことですね。でも先生も来ましたから一旦席に戻った方がいいみたいですよ」

「お、そうだな。それじゃあ戻るか」

 

 

 これ以上話しているとボロが出そうで話を切り上げたがったからちょうどいいと思い、ハギヨシの話に乗っかって後ろにある自分の席まで逃げる。

 まあ、飽きっぽい奴らだし、他に面白いことがあればすぐにそっちに興味が行くだろ。

 

 

「ふふっ、大変そうでしたね」

「ふぅ……まったくだぜ……だけど見計らって声かけてくれたんだろ? 助かったわ、サンキュー」

「いえいえ、お役に立てなら良かったです」

 

 

 席に戻った俺と同じように移動して隣に座ったハギヨシが声をかけてきたので、先ほどの礼を言う。普段ならハギヨシが気配を感じさせることなんてないから、さっきは俺を助ける為に気配を殺さないで、わかりやすいように近寄ってきたんだろうな。

 

 久しぶりに会って積もる話もあるし、ハギヨシとこのまま話を続けたかったのだが、先生が来てしまった為話を切り上げる。まあ、後で時間もあるしその時でいいか。

 

 

「おー、おまえらおはよう、そしてお久しぶり。皆変わりがなさそうで何よりだよ。ああ……でも、須賀は婚約者が出来たらしいな。俺がわざわざ口を挟むことじゃないが避妊だけはしとけよー」

「噂の内容変わってるんですけど!?」

 

 

 教師にまで伝わってるってどんだけだよ……。

  周りの女子からはセクハラだと非難の声が上がっているが、先生はどこ吹く風だった。個人的に尊敬している先生だし、こういった所も男子とかには人気あるんだけど、女子相手には不評だし見習いたくねーな……。

 

 

 

 その後新学期らしく体育館で集会を行い、初日ということですぐに下校となった。

 本来ならクラスの奴らと遊びに行きたいんだが、皆受験勉強ということで解散となり、ハギヨシと一緒に下校中である。

 

 

「あーあ……せっかく皆集まったんだからボーリングとかカラオケにでも行きたいよなー」

「仕方ありません。既に受験まであと半年を切りましたからね」

「だよなー、ハギヨシも今日は駄目なんだっけ?」

「ええ、本家でパーティーがあって手伝いに行かねばなりませんので……すみません」

「いや謝んなって。俺たちみたいに勉強さえしてればいい立場じゃないんだし、むしろ立派だと思うしすげーよ」

「ふふ、ありがとうございます。またお互いに都合の良い日にどこか行きましょう」

 

 

 ダメ元でハギヨシに聞いてみたがやはり断られてしまった。

 こう見えて……というか、同級生に敬語を使うぐらいだから、見てわかる通りハギヨシの家はちょっと特殊だ。

 

 なんでも、家が先祖代々龍門渕というお金持ちに仕えている執事の家系らしく、こいつも将来執事になるために常日頃から相手を立てるように心掛けているらしいので、中学からそれなりに長い付き合いの俺に対しても常に敬語を崩さないのだ。

 

 一時期かたっ苦しい感じもしたのでなんとか普通に話させてみようと周りと色々試したこともあったが、終始この調子で変わらないので諦めた。

 というか昔の面子が皆個性的であったせいでこれぐらい気にならなくなったというのもあるし、無理に直させることもないかって事になったんだよな……。

 

 そんな感じで昔のことを思い返していると、ハギヨシが思い出したとばかりに話題を振ってきた。

 

 

「それで旅行はどうでしたか? 前に頂いたメールからは実に有意義に過ごされたように感じましたが」

「おう、すげえ楽しかったぜ! やっぱ勉強も大事だけど、高校生らしく遊ばないとな!」

「ふふ、それは何よりです。でも教師になる為には勉強の方も頑張らないといけませんね」

 

 

 しばらく会っていなかったこともありお互いの近況について話していたが、やはり会話の中身の中心は俺の旅行に関することだったのでその感想を伝えると、自分のように喜んでくれるハギヨシ。余計な一言もついていたが。

 

 男二人で会話をしながらのむさ苦しい下校だけど、こうやって気兼ねない同性の友人同士で帰るのもいいもんだ………強がりや言い訳とかじゃないぞ。

 

 

「わかってるって。ハギヨシは龍門渕の執事になるから就職扱いだっけ? 本格的に働かなくちゃいけないのはキツいからまだ勘弁だけど、受験勉強しなくていいのは羨ましいわ~」

「やれやれ、教師を目指す人が何を言っているんですか……」

「それはそれ、これはこれってやつだな」

 

 

 呆れるハギヨシに言い訳をする俺。

 勿論教師になりたいから勉強しなくちゃいけないのはわかってるんだけど……ほらな?なりたいものになる為とは言え苦手なものに取り組むのには多大な労力が必要だと思う。

 

 

「まったく……そういえば先ほどしていた彼女の話ですが」

「お、おう!? あれな。いやぁ、ついに俺も彼女が出来たんだぜ!」

「アレ……嘘ですよね?」

「なぬ!?」

 

 

 なぜバレた。執事か?執事だからなのか?

 

 

「執事は関係ないですよ。友人ですからなんとなくわかったんです」

 

 

 いや、今完全に心の中読んでたじゃねーか……。

 

 

「まあ、須賀君が旅先で会ったばかりの女性といきなり恋人関係になるような軽い人だとは思っていませんからね。それに本当に須賀君に彼女が出来たとしたら、親友として真っ先に教えてくれると信じていますので」

「……ったく、なに恥ずかしいこと真顔で言ってるんだよ」

 

 

 こっぱずかしい話をしだしたハギヨシに照れ隠しも兼ねて呆れるように言う。

 

 ハギヨシは基本的に誰にでも丁寧な態度を崩さないやつだが、気を許した相手にはこうやって気軽な一面を見せることもある。親友として信頼されていて嬉しくもあるが、大抵俺が弄られ役になるのでそこは遺憾だ。

 

 

「そういえば聞きたかったのですが、旅行先で恋人はともかく、仲良くなった人はいないのですか? 特に同年代の女性などで」

「あー……うん。まあ……一応向こうで親切にしてくれたやつがいてな、俺らと同じ学年だ」

「ほうほう、それはそれは」

「なんだよその顔は……俺が女と仲良くなったらおかしいか?」

「いえいえ、むしろ人当たりの良い須賀君が今まで彼女を作らないのが不思議でしたので。その方とは帰ってきてからも連絡を取り合っているのですか?」

「あー……まあな。一応連絡先は交換したから何度かメールはしてるな」

 

 

 実際は何度かどころかあれから毎日メールして、たまに電話もしているんだが流石にそれを話すのは恥ずかしいので黙っておく。

 といっても、ハギヨシの奴は鋭いし普通にばれてそうだな。

 

 

「そうですか。もしなにかあったら頼ってくださいね、いつでも力になりますから」

「なにかどころか、特にそういう関係でもないけどな……まあ、いざというときは頼りにさせてもらうわ」

「おまかせください」

 

 

 誇らしそうに言うハギヨシが少し眩しく感じられる。

 執事の仕事を目指すだけあって、こいつってやっぱり性格的にもそういう仕事に向いてるんだろうな……別に執事とかになりたいとは思っていないけど、なんか羨ましいわ。

 

 それから適当に近頃の高校生らしく実りのないくだらない話などを続けていたが、お互いの家への分かれ道へ来て立ち止まる。

 

 

「それでは私はここらへんで。また明日会いましょう」

「おう、また明日な…………さて、しゃーないし帰るか」

 

 

 ハギヨシと別れた後流石に一人で遊びに行く気にもなれず、素直に勉強でもするかと考えて家に向かって歩き出す。

 

 

 

「しっかしハギヨシも大変だよなー、まだ見習いなのに」

 

 

 先ほどまで一緒にいたハギヨシ事を考え、昔聞いたあいつの家の事を思い出す。

 一応見習いと言うことで学生の間はなるべく学生らしく生活しろ、という方針らしいが、完全に遊ぶだけと言うわけにもいかず、ああやって駆り出されることもあるらしい。

 

 それに高校三年となり、来年からは本格的に本家の執事として仕事を始めるからその頻度も多くなっていて、こっちも勉強があるのでお互い遊ぶ機会も減っている。

 夏休みも執事の勉強とかであまり会う機会もなかったしな……まあ、遊びにいけないのはつまらないが、我が友人ながら鼻が高いと思う。

 

 

    アレ?キョウチャンジャナイ? ア、ホントダキョウチャンダ

 

 

「そういえば赤土からメール来てないかな」

 

 

    キョウチャーン キョウチャーン

 

 

 男の事ばかり考えても男子高校生的にはよくないので携帯を取りだし、赤土からメールが来てないか確かめる。

 そろそろ向こうも学校が終わるだろうし、そろそろ来るだろうな。

 

 

    キョウチャンハヤイヨ、マッテヨー オネエチャンモハヤイヨマッテ~

 

 

 んー……まだ来てないか。あいつのことだから「勉強放置して遊ぶ私! ワイルドだろ~」とか間抜けなメールが来るだろうと思っていたのだが。

 

 まあ、あいつも地元の友達いるだろうし。そっちと夢中になって遊んでいるんだろうな。決して勉強するために図書室籠りをして、携帯断ちをしているとかの発想は出てこない。

 

 

    モ、モウダメ… ワ、ワタシモムリ…

 

 

 ふぅ……これ以上の無視は可哀想か、と思い振り返ると、そこにいたのは小学校からの帰りの宮なg、違った、ポンコツ姉妹だった。

 

 こっちは走るどころか普通の小学生なら簡単に追いつけるぐらいの速さでゆっくり歩いてたんだがな……どんだけポンコツなんだよ。

 このまま待っていても時間がかかりそうだったので、二人に近づき声をかける。

 

 

「おい二人とも大丈夫か? というか照は女の子なんだから胡坐をかくな、咲も服が汚れるから道路に寝転ぶのはやめろって」

「はぁはぁ……だ、だってぇ……き、京ちゃん逃げるんだもん、はぁはぁ……ず、ずるいよぉ……だ、だから…………おかしを要求する」

「ひぃひぃ……そ、そうだよ~き、きょうちゃん、わ、わたしたちのこときらいになっちゃったの?」

「いや、普通に歩いてただけだからな。ほら、引っ張るからしっかり立つんだぞ咲」

「ふぅふぅ……あ、ありがとうきょうちゃん」

「どういたしましてっと。それに二人とも赤ん坊のころから知ってるのに今更嫌いになるわけないだろ。あと、照はせめてさりげない感じでお菓子を要求しろ」

 

 

 ヘタレていたと思ったらいきなりキリッとした表情をする照と、涙目で聞いてくる咲に言い訳をして、寝っころがる咲に手を差し伸べ持ち上げる。

 

 しっかし同年代の子と比べてもやっぱり軽いよなー。相変わらず片手で持ち上げられる重さの咲だが、しっかり食べているのは知っているけどそれでも今みたいな体力の無さもあり心配になってくる。

  照?こいつは大食漢だから言っても意味がない。むしろあれだけ食べてるのに太らないのが逆に心配だが。

 

 とりあえず涙目の咲を宥める為にも頭を撫でておく。こいつらはこうすれば大抵の機嫌が良くなるので楽でいい。年取るとなんであんなに面倒になるんだろうな……わっかんねー。

 

 

「え、えへへ~」

「ぶーぶー、お菓子食べたい。それに咲だけ頭撫でるのズルい! 私も撫でて~」

「わかったから頭をこすり付けるな、角が刺さって痛い!」

 

 

 一人だけ撫でられる咲を見て不満げな照に頭をグリグリと押し付けられた。

 ちなみにこのような感じで先ほどから俺に纏わりつく二人は宮永照と宮永咲という九歳と七歳の姉妹で、俺のご近所さんであり幼馴染でもある。

 

 両親達が学生時代の先輩と後輩という関係だったらしく、俺も昔からこいつらの世話をすることが多かった為、10歳近く歳が離れているが実の兄のように慕ってくれている。

 まあ、だからといって京ちゃん呼びはないよな……。

 

 

「どうしたの京ちゃん?おかしは3000円まででいいよ」

「0が一つ多いぞ、それにこの前お土産でたくさんお菓子あげただろ」

「あのねぇきょうちゃん。おねえちゃんね、おかあさんにいっぺんにおかしたべたらダメだっていわれてたのに、ないしょでたべておこられたんだよ」

「咲。それは京ちゃんに言っちゃダメだって言ったよね?」

「ほねえたゃん、ほっへひはあああないえ~」(訳:お姉ちゃん、ほっぺ引っ張らないで~)

「こら、やめろって」

 

 

 咲の頬を引っ張る照の手を掴み上げる。

 基本暴君の照とそれに泣かされる泣き虫の咲だが仲が悪い事はなく、むしろ普段から良い方である。

 まあ、そこらへんは照がしっかり大丈夫な範囲はわかっている為だろうが、照も子供だからやりすぎる時があって泣かせることもあるので、一応こういう場では収めるのが年長者の役目であった。

 

 

「むう、京ちゃんが咲ばっかりやさしくする……京ちゃんが寝取られた……」

「おい、その言葉何処で覚えた」

「学校のお昼休みに同じのクラスの美桜さん達が話してるの聞いた。好きな人が盗られた時に使う言葉だって。そのあとなんかみんな気にいったのか大きな声で叫んでたよ」

 

 

 世紀末過ぎだろそのクラス……同じ叫びでもまだモヒカンが「ヒャッハー」って言ってる方がマシじゃないかそれ……。

 近年の初等教育に不安を感じつつも、しっかり釘を刺しておこうと思い腰を下げて、照の目線に合わす。

 

 

「言っておくけど、それは使ったらダメな言葉だからおじさん達に聞かれたら怒られるし余所で使うなよ。というか聞いたってことは、照は話に参加しなかったのか?」

「うん。たまたま聞こえただけで興味なかったし」

「なんだ、照はまだ友達少ないのか……照は本が好きなんだから同じように本が好きな子にでも話しかければいいのに」

「だって話しててもあんまり面白くないし、京ちゃんや咲と話してる方が楽しい」

 

 

 興味なさそうに話す照に思わず頭を抱えてしまいそうになる。いやまあ…言いたいことはわかるけど悟るのが早すぎだろ……。

 

 確かにある程度年取るとそういった考えの人も多くなるけど、その分仲の良くないやつとの付き会い方も同じように自然と身に着くものだから問題ないんだがな。早熟と言えばそうなんだろうけど、照の場合は別に大人の付き合い方を知ったとかじゃなくただの無関心だから困る。

 今の所個性の範囲だし、そのうち直って来るとは思うんだけどな……まあ、いざとなったら手を貸せばいいしいいか。無理やり嫌なことさせてもしょうがないしな。

 

 

「きょうちゃんなにかかんがえごと?」

「あのメス犬のことね……」

「ああ、ちょっとな……あと照はどっかで覚えて来た変な言葉使うのホントに禁止な。破ったらもうお菓子買ってやらん」

「!? それは嫌!?」

 

 

 立ち上がる俺の脚にしがみ付いたと思ったら、姥捨て山に捨てられる老婆の様な表情でこちらを見上げる照。そこまでショックかい……。

 まあ、叔母さんからこいつらが近頃お菓子食べすぎだからどうしようって、相談されていたのもあるから減らすのは確定事項なんですけどね。勿論これは言わないでおく。

 とりあえず脚にしがみ付く照を宥める為に頭をなでてやるが顔が晴れなく、仕方ないのでもう一度しゃがんでから照を持ち上げて、そのまま右の肩に持っていき乗せてやる。

 

 

「わ、わ、京ちゃん……ッ!」

「ほら、危ないから暴れるなよー」

 

 

 慌てた照がしっかりと俺の頭を掴んだのを確認してから立ち上がる。

 最初のうちは体を強張らせていた照だが、慣れてきて余裕が出たのか常日頃とは違った視点の景色に喜びだす。

 

 

「京ちゃんもっと高く高く!」

「いや、これ以上は無理だって。あと落ちないようにしっかり掴まっとけよ」

「うん!」

 

 

 折角のお願いだけど背を伸ばすことはできないので断るが、それでも十分なのか喜んでいる。

 そんな照の様子に満足していると後ろから服を引っ張られたので下を見ると、大体の予想はしていたが、そこにいたのは羨ましそうに姉を見ている咲がいた。

 

 

「きょうちゃんわたしも! わたしも!」

「あー……まあ大丈夫か」

 

 

 咲も乗せてやりたいが、乗ったばかりの照が退くとは思えなく悩み、また、二人いっぺんに乗せるのは難しいと考えたが、最低一度はやらないと満足しなそうな咲を見て一緒に乗せること決めてもう一度しゃがむ。

 照とは逆の方に乗せてもう一度立ち上がると、照と同じように咲も喜ぶ。

 まあ、照達も大きくなってきてこういったこともしてもらえないだろうし、たまにはいいよな。

 

 

「じゃあ帰るからしっかり掴まってるんだぞ」

「「はーい!」」

 

 

 そして帰る為に左右の肩に二人を乗せたまま家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 遊ぼうとせがむ照達に謝りながら振り払い帰宅。返事が返ってこないことからどうやらお袋も出かけているみたいだ。

 

 いつもは迎えに来るカピもどうやら寝てるみたいなのでそっとしておき、昼には少し早いが小腹が減っていたので冷蔵庫を漁って軽く食べてから部屋に向かう。

 部屋に戻って鞄を置いてから勉強! …………の前に休憩してパソコンの電源を入れるが、別に遊ぶためではない。

 

 立ち上がるのを少し待ってから大学関連のサイトを開く。

 そう――未だに俺は何処の大学に行くのか決めていないのである。勿論まったく決めていないと言うことではないのだが、ここが良い!というようなのを選べていないのだ。

 

 とりあえず勉強前の休憩も兼ねて、それ系のサイトから教育関係に力を入れている大学を探す。教師になるだけなら教職課程を選択できる大学は多いのだが、一生に一度のことなので出来る事ならその中でもしっかりと考えておきたい。

 

 その後30分程色々と見ていたのだが、やはりビビッと来るものがないので一度電源を落とす。このままだとヤバいと思うんだが、決まらないものはしょうがない。

 とりあえず一時間程度勉強したら飯を食べるかと考え、タイマーをセットしておこうと携帯を取り出すと、調べ物をしている間に赤土からメールが届いていたことに気付いた。

 

 

『あーやっと終わったーーー勉強する前に電話で話しよーよー』

 

 

 赤土からの誘いに少し悩んだが、昼食を早めにして準備しながら電話すればいいかと思ったので、こちらから電話をかけると――

 

 

「やほー。もう、かけてくるのが遅いよー」

 

 

 二コール目がなる前に出た。はえーな……こいつ宣言通り勉強しないで携帯弄ってたな。

 

 

「うっせ、さっきまで調べものしてたんだよ。だけどそっちも随分と遅かったみたいだな。学校終ったらすぐに連絡来ると思ってたけど」

「あー……ちょっと学校で先生に掴まってねー……」

 

 

 俺の指摘にやっちまったーって感じの声を上げる赤土。しかし初日早々掴まるとか流石赤土だな

 こっちが無言でいると、電話越しだがそこに生暖かい何かを感じたのか焦りだした。

 

 

「あ……い、言っておくけど別に悪いことしたわけじゃないからね。ほんとだよ!?」

「はいはいわかってるって」

「絶対わかってないし!」

「じゃあ、何で呼び出しうけたんだ?」

「あー……ちょっと進路のことでね…」

 

 

 言いにくそうにしている赤土だが、こいつ前に大学に行くって言ってなかったっけ?気になったので聞いてみると。

 

 

「いや、大学行くのは一応決めてあるんだけどね……その……志望校が決まらなくて…」

「ああ……なんだ、俺と同じ理由か」

「へ? 須賀君も志望校決めてないの?」

「ああ、前に教師になりたいって話しただろ? だけど行きたいところが決まらなくてなー」

 

 

 意外な共通点に驚く。ダメな共通点だけどな……。しっかしほんとどうすっかねー……。

 

 

「なるほどねー……そうだ! それだったらうちの近くの大学来ない?」

 

 

 

 ―――――――――――は?

 

 

 電話でこんな面倒な話をする必要もないと考えて、別の話題を出そうと思っていたのだが、唐突にわけのわからない事を言いだした赤土に思わず言葉を失ってしまう。

 

 しかし――まさかこの一言が、今後の俺の人生を大きく変えるとはこの時は思いもしなかった。

 




新キャラのハギヨシと宮永姉妹(幼女ver)登場。なお次回は出番がない模様。

しかしあとがきって何書けばいいのか毎回悩む…。
本編の詳しい内容について書くと今後のネタバレになるし、本編に関係ないこと書くのもなんかアレだし…なにも書かないのもね…。次回予告とか?


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