君がいた物語   作:エヴリーヌ

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終わりが見えてきた四話目。
ここからちょっとシリアスです。



歩くような速さで Vol.4

 あれから瑞原プロたちの長いようで短い半荘が終わり、明日も皆仕事があるという事で対局後すぐに解散となった。

 店を出る前に赤土さんとは大会後に和との橋渡しをしてほしいということで携帯の電話番号とメールアドレスを交換した。ちなみに何故か俺の携帯には他の三人の番号とメルアドも入っている。戒能さんの知り合いだし気に入られたという事でいいのだろうか?

 そして四人と同じように俺も明日の決勝の応援があるためそろそろ帰ろうと思ったのだが、戒能さんからまだ話があるということで、店を出てから一緒に先程の公園までもう一度行くこととなった。

 

 最初にここに立ち寄った時から既に数時間が経って深夜に近い時間帯になっている為、駅前ならともかく既にここら辺を歩いている人はいなく、いるのは俺たちだけみたいだった。

 

 

「ソーリー、今日はいきなり付き合わせてしまいました」

「いえ、いい経験になりましたし、すごく楽しかったです」

「ふふっ、そう言ってくれるなら良かったよ」

 

 

 先ほど座っていたのと同じベンチに座り、戒能さんに改めて今日の礼を言う。

 戒能さんはいきなり誘った事を申し訳なく思っているみたいだが、俺としては貴重な体験だったし、ちょっとした伝手も出来ていいこと尽くめだった。

 それに……あのまま宿に一人で居たら鬱々と抱え込んでいたかも知れなかったからな……。

 

 

「それで話というのは?」

「オーケー、そうですね……」

 

 

 とはいえ楽しい時間であったのは確かだが、既に時間が時間なので早めに話を切り出す。連絡は入れてあるとはいえ、明日も皆の試合があるから遅刻するわけにもいかない。

 話を促すと戒能さんが顎に手を当て、何から話すべきかといった感じで考え込む。

 その仕草は俺の周りの女性陣では到底出せない知的な大人そのものであり、俺と五歳しか違わないとは思えないほどだ。

 考え込む戒能さんの姿に見惚れて思わず見つめていると、考えがまとまったのか戒能さんがようやく口を開いた。

 

 

「……ではまず、須賀君は麻雀が好きですか?」

「え……? あ、はい。まだ始めてからそんなに経ってないから知らないことも多いですけどそれなりに楽しいですし、多分好きだと思います」

「そうですか」

 

 

 唐突によくわからない質問をされて焦るが、とりあえず当たり障りなく答える。

ただ、夕方のメールと一緒で、自分には麻雀は向いていないんだとか考えたことは隠しておく。相談しようか悩んだが、画面越しならともかくこうして面と向かって言うのはやはり躊躇われるからだ。

 それに年上とはいえ相手は女性。今までと違い、やはり情けない所は見せたくなかったのもあった。

 うまく隠せたのか、戒能さんは特に気にせず話に相槌を打って次を促した。

 

 

「では次に……先ほどの勝負を見てどう思いましたか? あ、皆さん個人のことじゃなく対局自体を見て思った事です」

「……そうですね、一言で言えば次元が違うって感じました」

 

 

 続いた戒能さんの質問に困惑しながらも俺が感じた率直な意見を言う。

 普段の部活でも咲達の打ち方を見ているし、県大会や全国大会でも色んな選手を見て来た。また、プロの牌譜を見たこともあるし、テレビでやっている試合を見ることもあった。

 

 しかし……今日見たのは現役のトッププロ三人とそれとかつて肩を並べた赤土さんだ。その戦いは今までとは遥かにレベルが違ったし、あの対局にはなにか特別なものを感じられた。そしてそのせいか今まで感じたことのない感覚を俺に与えてくれた。

 そのことを伝えると、同感だとばかりに戒能さんも頷く。

 

 

「ええ、小鍛治プロを筆頭に全員相当な腕を持ち主で、今の日本を代表する女性雀士です。だからその感覚は正しい物でしょう。そして彼女たちは――私にとっては超えるべき壁でもあります」

「壁……ですか?」

「はい。私も雀士の端くれですし、いずれは全員に勝って日本でトップの女性雀士になることが目標です。ですが一応ルーキーの中ではトップに近い実力を持っていると自負していますが上を見ればまだまだです。しかも下にも多くの実力者がいますから油断なりません」

 

 

 戒能さんは頭上に広がる夜空へと視線を向けて、どこか遠くを見つめるように語る。

 俺はその眼差しに試合に挑むときの咲達と同じような力強いものを感じ、また、彼女が今までの英語交じりのしゃべり方をしていないことからもその真剣さを感じ取った。

 

 先ほどまで皆が仲良く話をしていたのを見ているし、実際に仲はいいと断言できる。しかしそれでもこの人にとっては友人や先輩でありながらも勝ちたい相手なのだ。

 俺も昔ハンドボールをやっていた時は似たような感じだったし、今だって咲達には麻雀で勝ってみたいと思うときもあるためその気持ちは僅かだがわかった。

 

 

「そう……今同じプロという立場でありながらも天辺ははるかに遠いのですよ」

「そうなんですか……」

 

 

 俺にとっては戒能さんもあの四人と同じように雲の上の人だからわからないが、当人には当人にしかわからない苦悩があるのだろう。

 今までよりもさらに遠くに感じる戒能さんを見ていると、俺自身自分の悩みが小さなもの感じてきて、それとは別に湧き上がるものもあったのだが……

 

 

「言っておきますが他人事じゃないんですよ。あなたにとってはどうなのですか?」

「俺……ですか?」

 

 

 胸の内に湧き上がるものを感じかけたとき、唐突に今までと違い、鋭い視線で戒能さんがこちらを見つめてきた。

 そんな今までと違う様子に躊躇い、少し臆しながらも意味がよくわからず聞き返す。

 俺の様子に話が理解できていないことに気付いたのか、戒能さんが言葉を足して説明をしはじめた。

 

 

「須賀君。麻雀だけでなくスポーツや学問、どんなことであれ大事なのはそれに関わってきた時間です。中にはそれを飛び越える天才もいますが、それでも同じような天才同士ならやはり時間をかけた方が勝つと言えるでしょう。それはわかりますね?」

「ええ、勿論です」

 

 

 どんなものであれ経験がものをいうのは当たり前の話だろう。

 麻雀なんかは運や才能の要素は大きいが、それでも経験によってその差を埋めることが出来るし、かなり大事であると戒能さん自身からも以前習っているからな。

 なんでそんなことを今さら言うのが疑問に感じていると、先ほどと同じように真剣みを帯びた声で戒能さんが話を続ける。

 

 

「それでは高校に入ってから麻雀を始めた須賀君はどうですか? 自分が他の人に比べても大きなハンデがあることはわかっていますね? 先ほど私の目標と壁の話をしましたが、須賀君が麻雀で何かを成し遂げようとすれば私のと近い……いえ、もしかしたらそれ以上の苦労が必要かもしれません。そして……もしかしたらその苦労が全部徒労に終わることもありえるでしょう」

「た、確かにそうですが……で、でも……」

「それで学んだことは無駄にならない? 確かに一理ありますね。しかし私も少し前まで高校生だったからわかりますが、高校の三年間というのは貴重です。だからそれを今後も報われるかどうかわからない麻雀に費やすのですか?」

「それは……」

 

 

 戒能さんの厳しい言葉に反論しようとしたのだが、咄嗟に言葉が出て来ずに詰まってしまう。それは戒能さんが言っていることが全て正論だったからだ。

 

 確かに他の雀士に比べて俺の麻雀歴は浅すぎる。大抵大会に出て来る人なんて早くて小学校前、遅くとも中学から始めているが普通だ。中には高校から始めている人もいるだろうが、その人がインハイなどで優勝できるかと言われれば別だ。

 もしかしたら才能で行ける人はいるのかもしれないが、俺にはそんなものはない。咲のようにカン材を集める力や部長のように悪待ちで上がれるような力も……。

 だからこの先、俺が麻雀を続けても無駄になる可能性も高いし、来年以降うちの麻雀部には俺より腕の立つ新入生も入って来るだろうから俺の存在は邪魔になることもあるだろう……。

 

 黙り込む俺に戒能さんが畳み掛けるように言葉を続ける。

 

 

「ハッキリ言えばそんなことをするよりも須賀君には向いていることがたくさんあるでしょう。前に話していたハンドボールをまたやるのもいいですし他の運動部でもいいです。少し前に料理に凝っていると言いましたね? ならその系統の部活でもいいんじゃないですか。あなたにはもっと向いているものがあります」

「……………………………」

 

 

 抉るような言葉を次々と放たれ、ついには言葉すら出なくなっていた。

 わかっている……俺自身今まで何回も考えたことだ。今日だって相談しようかと思っていたぐらいだ。

 だけど自分から言いだすのと、他者から言いだされるのでは訳が違う。

だから――

 

 

「ふぅ……ですが「……かよ」……どうしました?」

「……いけないのかよ」

「…………なにがですか?」

「弱かったらやっちゃいけないのかよ!?」

 

 

 座っていたベンチから立ち上がり、先ほどまでボロクソに言っていた目の前の女を睨みつけながら声を張り上げる。

 相手は年上で今まで世話になった人だという事も忘れて、これまでずっと内側に誰にも言えず溜めていたものを吐き出していた。

 

 

「ああ、そうさ俺は弱いよッ! 県大会じゃボロ負けだし、咲達にも全く勝てねーし背中すら見えない!! 自分に才能だってないのはわかってるさ!!! それに始めた動機だって大したもんじゃないし、皆みたいにちゃんとした目標だってなくて今だって止めようか悩んでたさ! だけどっ……だけど……それでも少しずつ麻雀が好きになって頑張りたいって思ったんだ! ……それなのに…………駄目……なのかよ…………弱かったら、やっちゃいけないのかよ……今までやらなかったからって、後から始めちゃ駄目なのかよ…………麻雀を好きになっちゃ、いけないのかよ……ッ……ッ!………………っ」

 

 

 大声を張り上げ叫ぶように言うが、途中からそんな自分の現状を振り返ると情けなくなり、涙が出て来ると同時にほとんど声が出なくなってしまった。

 それでも負けてたまるかと涙で視界が滲みながらも目の前の相手を睨むのをやめないでいると―――

 

 

 

 

 

「良いに決まっています」

 

 

 

 

 

 ――突然抱きしめられた。

 

 

「………………え?」

「ごめんなさい……やりすぎました。君の本心を知りたかっただけなのに、傷つけてしまいました」

 

 

 戒能さんが戸惑う俺を抱きしめながら心底申し訳なさそうな声で謝ってくる。

 柔らかさとかぐわかしい匂いに包まれて、どこか安心できる心地よさに先ほどの怒りは少しずつ収まって行き思わず身を委ねたくなる。しかし頭のどこか冷静な部分で恥ずかしさを感じ離れようとするのだが――

 

 

「構いません、せめてもの罪滅ぼしです。落ち着くまでこのままでいてください」

「………………」

 

 

 ――俺を抱きしめている腕により強く力を入れられ、結局成すがままになっていた。

 

 依然先ほどまで感じていた怒りや悲しみは残っているが、それでもこうして抱きしめられながら戒能さんの悲壮な声を聞いていると、なにか事情があったのではないかと考える余裕が出てきた。

 

 実際に先程俺の本心が知りたいと言っていたし、元々戒能さんがこんなことをする理などないのだから。

 もしネトマで俺と会うのが嫌になればいくらでも理由をつけられるし、先ほど俺が話を遮って勝手に癇癪を起こしただけで、彼女からはまだ話の続きがあってもおかしくはなったのだと思った。

 

 それからしばらくこの体勢のままでいたのだが、流石に時間をおいて頭が冷えてくると恥ずかしくなってきた。

 

 

「あの……そろそろ……」

「大丈夫ですか? 私に遠慮しているなら気にしないでいいですよ」

「本当に大丈夫です。ありがとうございました」

「いえ、全面的にこちらが悪いんですから」

 

 

 そういうと戒能さんが背中に回していた腕を外して体を離す。

 先ほどまで感じていた温もりが消えることにどこか寂しさを感じたが、もう一度してほしいなどとは到底言えず、再びベンチに腰かけて戒能さんと向き合う。

 

 

「えっと……それで、なんであんなことを話したのか教えてもらえますか?」

「はい、まず先ほど言った通り須賀君の麻雀への本当の思いというのを知りたかったからですね」

「本当の……ですか?」

「ええ、県大会の後から様子がおかしかったですし、先ほど麻雀について尋ねた時にも全部話してくれていない様な気がしましたので」

 

 

 確かに麻雀についてどう思うか聞かれた時に内心考えていたことは言わず、当たり障りのない答えを返していたからな。

 俺よりも年上だし、麻雀においてはそれ以上の差があるのだから気付かれてもおかしくはないか。前にも画面越しでありながら気付かれていたし。

 

 

「ですので少し本音を引き出そうと厳しい言葉を使ってしまいました。本当にごめんなさい」

「あ、頭を上げてください!?」

 

 

 当時の事を思い返していたら目の前で深く頭を下げる戒能さんの姿を見て慌てる。

 まだ話の途中でよくわからないが、それでも何か理由があったのがわかって既に怒ってはいないのだから。

 

 

「そ、それで、本音を聞き出す理由を教えてください!」

「そうですね……気分を悪くしたら申し訳ないですが、須賀君……もう一度聞きますけどやはり今も麻雀を続けたいと思いますか?」

「それは……」

「先ほどはああやってキツく言いましたが、やはり須賀君が麻雀を続けるのはかなり辛い道です。勿論遊び程度に続けるなら問題ないですし、私も今まで通り教えるのは構いません。ですが……初出場で全国大会決勝まで行った清澄の麻雀部で初心者の君が続けるのは相当の覚悟が要ります。なぜなら……」

 

 

 そこで戒能さんは俺がその後のこともしっかり理解できるように一拍置いた後、続きを話し始めた。

 

 

「なぜなら……君が初心者だからという事だけでなく、直接会う前から携帯やパソコン越しの文章だけでわかるぐらいお人好しなのがわかるからです。きっとこの先も君は自分の練習をしながらも部活の為に大なり小なり身を削る場面があるでしょうし、周りからも心無い言葉をかけられるかもしれません。だから私としては生半可な覚悟をしているなら止めたかったのもあるんです」

「………………………」

 

 

 先ほどと同じように戒能さんの言うことはまたも正論だった。どれも以前から俺自身考えていたことだし、悩んでいたことだ。このままでいいのかと……そして結局今まで結論が出せなかったことだ。

 だが、今まで何度もメールやチャットで会話をしたとは言え、今日会ったばかりの俺の事をここまで親身になって心配してくれる戒能さんの姿に俺は――

 

 

 

「大丈夫です。だって俺麻雀好きですから」

 

 

 ――笑顔で答えた。

 

 

「須賀君……?」

「確かにさっき色々言ったのは全部俺の本心ですし、仕事任される時も正直めんどくさいなーって感じる時もあります。だから正直この先の事はどうなるかわかりませんし、不安ですけど――それでも仲間がいます」

 

 

 そうだ……本音を言えばすごく不安だ。だけど、それでも俺の未来は不安だけがあるんじゃないんだ。戒能さんのおかげでようやく自分の気持ちに気付くことができた。

 

 

「――咲は前に比べればマシですけど、どんくさいですからやっぱ近くにいないと心配です。

 ――優希は口が悪いですけどそれも心配の裏返しですし、あいつにはそのうち旨いタコス食わせてギャフンと言わせたいです。

 ――和は麻雀の事に人一倍熱心で俺にも楽しんでもらおうと頑張ってくれています。

 ――染谷先輩は店の事で色々忙しいのにそれでも時間があれば俺の事いつも気にしてくれます。

 ――部長は天の邪気ですけど、試合の事があるのにこうやって少しでも勉強になればと一緒に連れてきてくれました……俺はそんな皆が好きですし、これからもあの麻雀部でやっていきたいんです」

 

 

 皆が俺の事を本当はどう思っているのかはわからない。

 色々世話を焼いてくれているが、実はお荷物に感じているかもしれないし、そうじゃなくて仲間だからこそそんなことは気にしていないのかもしれない。それは前者だったら悲しいし、後者だったらそれこそ悔しいのだ。

 だからこそそんな皆の背中に追いつきたいし、期待に応えたいんだ。

 

 

「確かに戒能さんの言う通り、今麻雀をやっていることももしかしたら将来俺は後悔するかもしれません。だけど……やっぱ後悔だけが残るとはお思いません。ちょっと違うかもしれないっすけど失敗は成功の元っていますしね。だから月並みなセリフですけど麻雀をやらないで後悔するより、やって後悔したいです」

「君は……」

「それに戒能さんも言ってくれてたじゃないですか『大丈夫。少しずつだけどちゃんと強くなってる』『歩くような速さでいい』って、だから俺はもっと頑張ってみたいです」

「……そうですか」

 

 

 もちろん皆の気持ちに応えるだけじゃなく、俺自身一度始めたことは投げ出したくないし、好きな麻雀を続けたい。後悔したくないんだ!

 

 戒能さんはそんな俺の答えが予想外だったのか最初は驚いた表情を見せていたが、俺の気持ちが伝わったのか笑った顔に合わせて同じように笑みを浮かべてくれた。

 別に今言ったことは混じりけのない本心だったけど、それでも先ほどのまでの表情は見ていて痛々しかったし良かった。途中自分でもなにを言っているのかわからなくなってきたが、言いたいことは伝えられたはずだ。

 

 

 

 

 

 それから泣いた後に長々と語ったこともあり少し疲れてしまったので、改めてベンチに深く腰掛ける。

 今思えばこれだけ誰かに自分の心の中の事を話したのは初めてかもしれない。

 親父やお袋には恥ずかしくて言えないし、友人達にも話しづらかった。一番身近な咲に対してもあいつの前では兄貴面していたかったから弱みなんて到底見せられなかったしな……。

 

 それからしばらくの間俺たちの間に沈黙が続いた。俺の言葉を聞いてから戒能さんがなにやら黙って考え事をし始めたためだ、

 とはいえ、今の俺にとってはあまりこの静けさは気にならない。多分溜まっていた言いたいことが言えて、戒能さんの言葉で自分の中の気持ちを整理ができてようやく形にすることが出来て満足したからだろうな……。

 

 戒能さんの考え事が終わったら後でさっきのことを改めて謝ろう。そして礼を言おう。戒能さんのおかげで俺は答えを見つけられたのだから。

 そう思い、戒能さんを待っていると、隣からいきなり「よし!」という声が聞こえたため顔を向けると、戒能さんが何かを決心したような顔をして同じようにこちらを振り向いた。

 

 

「……決めた。京太郎……いや、京って呼ぼうか。今から君を本格的に私の弟子にするからよろしく」

「え?……ええ!?」

 

 

 突如顔をずいっとこちらに寄せて、決定事項とばかりに戒能さんが告げた突然の爆弾発言に驚く。弟子って……。しかも呼び方と喋り方まで変わってるし……。

 

 

「なぁに、元々なんとなくで指導していたのが形式的なものになるだけだから変わらないよ。それにさっきの話でも『だけどもし君にやる気があるならこれからも指導を続けていくつもりだけどどうするか?』って言うつもりだったからね」

「えっと……そうなんですか? で、でも俺なんかが……」

「ノーウェイ、そうやって自分を卑下するのは良くないね。京は自分を才能ないって言っているけど、私はそんなことないと思うよ」

「え……そうなんですか!?」

「イエス、ただしまだまだ蕾だけどね。だから立派なフラワーを咲かせるためにも弟子入りしなさい。ほら、返事。はいorイエス」

 

 

 先ほどよりも顔をずいっとこちらに向けて有無を言わさないような感じで話を進める戒能さん。だけど……。

 

 

「で、でも、いくら俺に才能があるって言っても同じような人はたくさんいるんじゃ……」

「そうだね、きっといるだろうね。だけど京は世界に一人だけだよ。それに才能だけで君をスカウトしてると本当に思っているのかい?」

「え?」

 

 

 雀士としての才能じゃなければ……パシリ?

 全く心当たりがないためそんなことを考えていると、戒能さんは呆れたようにため息をついた。

 

 

「ふぅ……そもそもただの他人だったら相手の内情に突っ込んだりしないよ。まず私は京がネットのやり取りだけでも真面目でやる気のある子だって思ってたから気にいったんだよ。だから元気がなさそうだったのが気になって今日の集まりに参加させて、実際に会って見て本当に君の事が気に入ったからこうやって話もしてるのさ。アンダースタン?」

「ええと……」

「それにさっきも君は本来ならやらなくていい小鍛治プロの暴走を止めてその生真面目さを見せてくれたからね。そういった所もグッドだよ」

「そ、そうですか……」

「だからこそ私は君を弟子にしたいんだよ」

 

 

 次々と真っ直ぐに放たれる言葉に恥ずかしさのあまり顔をあらぬ方へと背ける

 この年になって面と向かって褒められることなんてないため、恥ずかしくなってきてまともに戒能さんの顔を見られなくてしまった。

 でも、これだけ俺を買ってくれているのだ。ならばこれ以上かっこ悪いところは見せられないし、それに応えなければならないだろう。

 

 

「えっと……知ってのとおりまだまだ未熟で、これから苦労を掛けると思いますがよろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 

 

 頭を下げようとした俺を制して、手を差し出した戒能さんに合わせてこちらも手を出して握手を交わす。

 その手は雀士らしく指先が少し硬くなっているのを感じたが、それ以上に女性らしさを感じる手であった。

 

 

 

 こうして、仲間の応援に来ただけのはずの俺の東京訪問は、予想もできなかった結果を伴うものとなった。

 この先なんだかんだで色々と大変なことはきっと訪れるはずだ。だけど少し変わってはいるが、それ以上に頼りになるこの人と一緒ならば俺はやっていけるだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そうと決まればトレーニングと行こうか。今から24時間耐久オカルト全方位麻雀ぐらいならいけるかな?」

「名前からしていきなりハード!? いやいや、既に夜遅いですし、そもそも明日応援があるんで無理っすよ戒能さん……」

「弟子が口答えしない。あと私の事は師匠と呼ぶこと。オーケー?」

「イ、イエス、師匠……」

「ン……実際に言われてみると中々ナイス響きだね」

「あー、ソウッスネー」

 

 

 ――さっそく後悔しそうなほど不安であった。

 




 ということで紆余曲折ありましたが正式に弟子入りした京太郎と、受け止めて諭す役割果たした戒能さんの四話でした。


 そしてなんだかんだで麻雀に愚痴愚痴言いつつもなんとか答えを見つけて辞めない京太郎。原作では描写が少ないため実際どうなのかはわかりませんが、向こうもこんな感じで悩みながらも頑張ってほしいなーと思います。

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