ムロ「尺がないからカットだって」
マホ「!!?」
嘘です
「………………ねむ」
まだ初夏なのに既に喧しい蝉の鳴き声と、窓からまぶしい朝日が差し込んで目を覚ます。
寝起きで半分頭が寝ている為、普段よりものそっとした動きで手を伸ばして携帯を探る。半分開いた目で確認すると、どうやら時計の目覚ましアラームが鳴るよりも早く起きたみたいだ。
昨日は結構遅くまで起きていたからな……とりあえず頭の運動も兼ねて携帯を放り、天井を見上げながら昨日の寝る前――合宿一日目の夜を思い返す。
昨夜は確か……風呂上りに竹井達に絡まれて、それから男として嬉しいような微妙なような目にも合わされたっけか…………これについてはさっさと忘れよう。
そしてその後は三尋木とハギヨシ、そこに藤田プロや久保コーチを交えた大人達で軽く晩酌をしながら、久しぶりにゆっくりと語らうことが出来た夜となったんだっけな。ま、昔の話……特に中学の頃の話をされたのは計算外ではあったが、しかたもないか。
そんな感じで本当なら一日目を乗り切り、清々しい朝を迎えるはずだったのだが、酒が残っている為か微妙な気怠さを感じる。
まあ、せめてもの救いは自分の部屋でちゃんと布団の上で寝ていたことであろう。いつも通り適当にあいつらと雑魚寝でもしている所を咲達に見られたらうるさいからな。
「…………起きるか」
とりあえずこのままぼーっとしていてもしょうがないので、頭も少し冴えてきたから体を起こす。早くしないと喧しい奴らが起こしに「おーい、センパイ起きてるかーー?」…………来ちまったから急ごう。
――さ、今日も一日頑張りますか。
その後、無駄に元気よく起こしに来た三尋木を連れて食堂へと向かい皆と朝食をとる。
そして朝食後には少しは息抜きも必要という事で、本来なら昨日予定に入ってた自由行動を今日の午前中に入れ、生徒たちは皆思い思いに動き出した。
え、俺?うちの連中と一緒に練習だよ。全国まで時間もないし、団体戦優勝校にそんな暇はないのだ。勿論手招きをする三尋木は無視した。
ただその前に午後の打ち合わせで藤田プロや久保コーチと話すこともあったので、咲達と合流するのは少し遅れてしまった。
とはいえ、別に俺がいなくてもなんとでも連中なので、急ぎもせずに途中顔を合わせた鶴賀や風越のメンバーなどと話したりしながら部屋に向かう。とりあえず池田は相変わらずしつこかった。
そして予定よりも一時間ほど遅れて部屋に到着する――さっきはああ言ったが、あいつらホントに練習してるんだろうな?
不安になりつつもとりあえず扉を開けると。その音に気付いた竹井、染谷、和、片岡と――見知らぬ女子二人がこちらを振り向いた。
「…………ふむ、いつの間にイメチェンしたんだ咲」
「どうしてそうなるの!?」
誰が聞いても突っ込みどころ満載のボケをすると、案の定隠れて見えなかった位置から咲が飛び出してツッコんできた。
いや、勿論別人なのはわかってるけど、お約束の様なものだ。
「どうどう、それでその子達は?」
「あら、先生には話さなかったかしら? 中学の頃の和と優希の後輩たちを呼んだって」
「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな。いらっしゃい、よく来たな」
「こんにちは!」
「初めまして、突然お邪魔してすみません」
しゅっと、片手を上げてちょっとかっこつけながら挨拶をすると、二人ともわざわざ立ち上がって頭を下げて礼儀正しく挨拶をしてくれた。いきなり大人が出てきて緊張しているのか、ぺこぺこと頭を下げるおかっぱの子にひらひらと手を振る。
「いやいや、どうせ呼んだのは竹井の方からだろうし歓迎するよ」
「ありがとうございます」
確かに部外者があまり出入りするのは体裁的に良くないのかもしれないけど、肩っ苦しいしなそんなの。それに遊んでいたならともかく雀卓を囲んでいるところを見るに真面目に練習していたみたいだし問題ないだろ。
その後、途中だった対局が終わるのを観戦しつつ待って、改めてお互いに自己紹介をした。
いかにも真面目そうな背の高い子は室橋裕子。もう一人の元気そうな小さい子は夢乃マホと言うらしい。うーん、しかし室橋は随分と真面目な子みたいだ。片岡の後輩とは思えないな。
「なんかいったか?」
「いや、別に」
俺の生暖かい視線を感じてか、身を乗りだしてきた片岡の肩を抑えて再び座らせる。
前に聞いた話だと中学の部活では片岡が部長だったらしいし、そりゃ部員もちょっと変な奴らだと思うは当然だ。実際うちに見本がいるし。
「何か言ったかしら?」
「いや、別に」
俺の生温かい視線を感じてか、身を乗り出してきた竹井の肩を以下省略。
まったく……落ち着きのない奴らだ。ほら、室橋たちも笑ってるぞ。
「ふふっすいません。優希先輩が話してた通り楽しそうな部活なので」
「まったく……どんな悪口を吹き込んだのやら」
「いえいえ、みなさん強い人ばかりでやりがいもあるし、とても楽しいと言っていましたよ。なあ、マホ……マホ?」
同意を求める様に横に座る夢乃に室橋が話しかけるのだが、それが聞こえていないのか、何かを悩むように眉間に皺を寄せる夢乃。
本人はもしかしたら真剣に悩んでいるのかもしれないが、その仕草は実に可愛らしげなものだ。
身長からして小学生にしか見えないのもあって、麻雀クラブの子達の事を思いだす。少し微笑ましい気持ちで眺めていると、突如夢乃が立ち上がった。
「思い出したのですっ!!」
「マホ、どうしたんですか?」
「えとえと、いつも和先輩がお世話になってます!」
「あ、ああ……」
いったい何を言い出すのかと思ったら、普段俺が咲、照関係で周りに言っている台詞だった。しかしなんで和?片岡ならともかく。
理由がわからず首を傾げていると――
「はい、須賀先生って和先輩の元彼さんなんですよね?」
――――――――――はあ?
「「はあああああああぁあああああっ!!?」」
夢乃の爆弾発言に声を上げたのは勿論当事者の俺と和である。だってそんな話初耳だし。
そんな俺たちの様子に視界の端では竹井が目を輝かせ、染谷が額を抑える。そして咲は呆れた目で見ていた。幸いにも信じている奴はいないだろうが、そういった反応は腹が立つな。
「い、いったいどこからそんな話を……っ」
驚きのためか、震えた声で問いただす和。
いや、和、そんなの一人しかいないだろう――さり気なく部屋から逃げようとしているそこのタコス狂いを置いて他にいない。
驚きながらも俺の視線に気づいた和が同じ方を向くと、片岡がビクッと体を跳ねさせ、片手で頬を掻きながら視線を漂わせる。
「い、いやー思わず話を盛りすぎたじぇ…………テヘッ」
「はぁー……」
思わず……じゃねーよ。しかも話を盛るどころか嘘しかねーじゃないか。呆れてため息をつくと――気付いたら隣に悪鬼がいた。
「ゆ~~~き~~~」
「うぉぉ……のどちゃんの髪の毛が怒りで逆立ってるじぇ……」
「そんなオカルトあり得ませんっ!!!」
どこからドドドッ!という様な効果音が聞こえてきそうな怒りのオーラを纏わせた和。そしてそれ見た片岡が逃げるが勝ちといわんばかりに走り去り、それを普段とは比べ物にならないほどの俊敏さで和が追いかける――おい、普段の運動音痴の設定はどこ行った?
「しっかし俺と和が……ねぇ?」
「い、いえ、流石に小学生と付き合うなんてありえませんし、最初から冗談だとわかっていましたよっ」
「ふぅん……」
思わずジトーとした目で見ると、激しく首を振って頷きながら室橋が釈明する。ただし俺はその目が泳いでいるのを見逃さない。
恐らく冗談なのはわかっていたのだろうが『もしかして……』ぐらいには考えていたのだろう。女子の色恋沙汰好きは古今東西変わらないからな。その対象になる身としては正直勘弁してもらいたいところだけど。
「あれ、違ったのですか?」
「夢乃。片岡の話は9割嘘だと思って聞いておけ」
「??? わかりました」
俺の言葉に首を傾げながらも頷く。なんともまあ素直なことだ。咲にもこんな時代が――あったっけ?確かに天然ボケな所は似ているけど、ここまで純真じゃ……いや、これ以上はやめとこう。咲から視線が怖い。
とりあえず空気を換える為に話を逸らそう。
「それで確か夢乃は二年で、室橋は三年だったっか? だったら室橋は今年受験だし、来年はうちに来るかもしれないのか」
「そうですね、和先輩もいますから考えています」
「あら、それなら来年私がいなくなっても大丈夫ね」
自分が抜けた後の事も考えているのか嬉しそうな竹井だが、確かに俺もその意見に同感だ。
「ほう、その心はなんじゃ?」
「ボケが2人に減って、ツッコミが4人に増える」
「…………もしかしてそのボケに私も入れてないよね?」
「えーっと……ほら、和だよ和っ。ああ見えて結構天然だし」
ジト目で見てくる咲の追及を逃れる為に、矛先をここにいない和に逸らす。
嘘は言っていない。和もあれで「へぇ……須賀先生は私の事をそう思っていたんですか」あ……終わった。
声の聞こえた方へ首を曲げると、片手に片岡の亡骸を抱えた和がいつ間にか戻ってきていた。
その顔は笑顔ながらも怒気が感じられた。どう考えてもさっきの台詞が聞こえていたのだろう。つーか捕まえて来るの早すぎだろ……。
「さて、少しお話しましょうか……」
その後、片岡と一緒に昼までたっぷりと説教された。
ちなみに室橋と夢乃は最初ビビっていたが、すぐに慣れて咲達と一緒に俺達を放って麻雀をしていた。うん、実にうちのピッタリの人材だよ。
夜。合宿最終夜という事で更に騒がしくなったあいつらの輪から俺は一人抜け出していた。少し一人になって考え事をしたかった。
とはいっても遠出をするわけでもなく、備え付けのサンダルを履いて軽く庭に出ただけだ。
「すぅーー………………はぁ」
火照った体の中の空気を入れ替える様に思いっきり空気を吸って吐くと、嗅ぎ慣れているが、どこか違った土の匂いがした。
「ふぅ……」
「おや、こんな所でどうしたのですか?」
俺一人しかいないはずなのに、いきなり背中に向かって声がかけられた。
振り向かないでもわかる。そこにいたのは部屋から出た俺の姿を見たのか、一人黄昏ている俺の姿をたまたま見かけたのかはわからないが、先ほどまでせかせかと天江達の世話を焼いていたはずのハギヨシだ。
――――――はぁ、まったくこいつは
「おまえ空気読もうぜ、ここは明らかに女の子が声をかけてくる場面じゃねえか」
「おやおや、すみません。それでは須賀くんのご希望のお方はどなたでしょうか?」
「あー……それを言われると困るなぁ」
笑いながらも隣に立ったハギヨシの言葉で思わず頭を捻るが、適当な相手が思い浮かばなかった。
生徒たちとは年が離れているからそういった対象としては見れない……というか見ちゃいけないだろ。大人勢の久保さんや藤田プロはそこまで親しくはないしなぁ……三尋木?ハハ、ワロス。
まぁ、なによりも原因はな――
「ま、誰でもいいさ、とりあえず華がある方がいいじゃねーか」
頭に浮かんだことを振り払うかのように誤魔化す。ほんといつまで引き摺ってるんだか……横にいるハギヨシには見えない程度に口を歪め、自分の情けなさを実感していると――
「……やはり赤土さんの事ですか?」
「っ……お前ハッキリというなぁ」
なんとも勘の良い事だ。昔から俺の悩みをすぐに当ててきやがる。
動揺を抑える様に、遠くの山の影を見ながらなんでもないかのように装う。
「ふむ、今でも好きなのですか?」
「はぁ……昨日といい今日といい随分と饒舌だな。また酒でも飲んだか?」
「いえ、私達もあと数年もすればアラサーですからね。以前お話しした通り気になるんですよ」
確かにハギヨシのいう事ももっともだ。実際昔からのダチには今度結婚する奴もいるし、俺にも見合いの話は来ているぐらいだ。
だから前に飲んだ時と同様にこんな話が出てもおかしくないのだが、最近のハギヨシは会うたびにこれ関係の話ばかりしやがる。
「まぁ……そのうちなんかあんだろ」
「果報は寝て待てと?」
「なんか違うだろそれ」
「ふふ、そうですね」
男二人揃って何を話してるんだろうかねぇ……まあ、実際女相手にこういった話は出来ないからなぁ。もしかしたら昨日の時といい、ハギヨシも何か悩み事もあるのかもしれないな。
偶には俺から悩み事に乗ってやるのもいいか。そう思い口を開きかけたら――
「おーっす! なぁに暗い顔してんのさぁ!!」
「うおっ」「おっと」
突如、背中に衝撃が来たのでたたらを踏みつつ踏ん張る。
まぁ、誰が何をしたのか聞こえた声などもありわかっていたが、確認の意味を込めて振り返ると、そこには案の定無駄に元気の良い三尋木がいた。
「ったく、あぶねーだろうが」
「ええ、危うく転ぶところでした」
「嘘つけ」
俺に同調するように言うハギヨシだったが、俺はよろけることなくそのままの位置でいたハギヨシを見ていた。
恐らくハギヨシは最初から三尋木の接近に気付いていたのだろう。もし避けたら三尋木が転ぶかもしれなかったし、どんだけ気が回るんだよこいつは。
「わっかんねー、なんのことかサッパリわかんねー。それよりこんな所で、男二人でなにやってんのさ」
「別に……ただ単に涼んでただけさ」
「うわー嘘っぽーい。ほら、観念して吐きなよ、ほんとはホモだってねぃ――――おえぇぇ」
「自分で言って気持ち悪くなってんじゃねーよ。ったく……ほらさっさと戻るぞ」
「あ、逃げた!」「おやおや」
アホな話にはついていけないとばかりに誤魔化し、後ろで騒ぐ二人の声を聴きながら俺は皆の所へそそくさと戻る。
そんな俺の後ろで笑いながら続く二人の足音が聞こえた。
ハギヨシの言う通り、未だ俺は晴絵の事を引き摺っており、最近では色々とあったせいで過去を思い返すことも多くなった。
だけど……それでもこいつらみたいなやかましい奴らが傍にいるおかげで、良い思い出として振り返れるようになっているのも事実だ。
だから――近いうちに本当に吹っ切ることも出来るだろう。きっと―――
7月の記憶がない……記憶喪失かな?
とりあえず歳とっても友達っていいね的な話の現代編23話でした。
もう少し合宿の話を書きたいけど話が進まないので今回で長かった現代編4部も終了です。書けなかった合宿編は小ネタで書けたらいいなぁ…最近あっちすら書けてないけど。
そして次からはとうとう過去編最終章に行きます。
それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。