君がいた物語   作:エヴリーヌ

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咏「いやーほんとデッカイねー、まさに乳属性って感じ」
優希「大きさだけじゃなく手触りも一品だじぇ」
久「ほうほう、それは興味深いわね。ここは後学のため一つ……」

和「な、なんでこっちににじり寄ってくるんですか!? 染谷先輩助けてください!」

まこ「わしも気になるし、そりゃぁ無理な相談じゃ……咲、気持ちはわかるが、歯ぎしりはやめんさい」
咲「……………………………………」ギリギリ



12話

 日が傾き始め、オレンジ色の夕日が差し込む廊下を歩く。

 特にどこへ行こうという目的自体はなかったが、ふと静かなところに行きたいと思いぶらぶらとうろついていた。

 

 昼食後からずっと続けていた練習も先ほど済み、今まで根を詰めていたのもあって夕食までの時間は自由時間とした。そのため咲達は夕食までに風呂に入ってくるということらしいので、今の俺の周りにあいつらはいなく、折角だからのんびりしたかった。

 別にそれはあいつらが嫌いだという話ではなく、今日はずっと練習しっぱなしで精神的にも疲れていたので少しリラックスしたかったということが大きい。

 

 まぁ、元々子どもや女子の相手というのは苦手ではないが、流石にダブルはそれなりにクるものがあるし、俺以外男がいないという状況は中々きついものだった。三尋木?三尋木は三尋木だ。それ以上でもそれ以下でもないな。

 

 そんなことを考えつつ探索をしていると外に出られるところがあったので、そのまま宿の裏庭に出て、そのまま整えられた道を歩く。すると一分もしないうちにちょっとした水辺と休憩場所を発見した。

 まぁ、休憩場所といってもただベンチが置いてあるだけなのだが、地べたに座ったり、立ちっぱなしになることを考えると十分すぎるだろう。

 

 景観も良く、他に客がいてもおかしくなさそうだが、周りを見回すと時間帯などからか辺りには他に人もいないようなので、気兼ねなくゆっくりと休ませてもらうことにする。

 ベンチに座ると、どっと疲れが押し寄せてきて、そのまま今日一日の疲れをとるように深く腰掛け背もたれに寄り掛かる。

 夏までもう少しということもあり、日暮れ近くなのに寒くない程度の涼しく心地よい風が吹いてきて、水の音や自然の景色と合わせて疲れ切った俺の体を癒してくれる。

 同じ長野県内でもやはり慣れた場所から離れると空気が違ってくるな。

 

 それからおそらく30分ほどだろうか、心地よさから半分寝かけてうつろうつろしていた俺の耳に誰かの足音が聞こえた。

 その音に目を開いて、頭をひねり視線を後ろの方に向けてみると人影が見えた――というか。

 

 

「なんだ和かぁ」

「なんだとはなんですか」

「ははっ、悪い悪い」

 

 他の客だったらだらしないところを見せるのは恥ずかしいので、少しは姿勢を正すべきだと思い身構えていたら、まさかの和だったので拍子抜けした。とはいえ、当人からすれば不服だったらしく、微かに頬を膨らませながら抗議の声をあげられてしまった。

 そういえば思わず名前で呼んでしまったが、合宿も部活のうちとはいえ休憩中で周りに誰もいないし別にいいだろう。やべぇ、今の俺相当グダグダだな。

 

 

「それで、和は何でここに?」

「そういう須賀さんこそどうしてですか?」

「質問に質問で返すのはいけないらしいぞ。まぁ、夕食まで暇だったから散歩ついでのただの休憩だ。そんで和は? 風呂行ってたにしては早くないか?」

「……ゆーき達が暴れるから先に上がりました。それからそのまま夕涼みです」

 

 

 男子と違い、女子の風呂が長いことは存分身に染みているゆえに疑問だったのだが、わかりやすい返答だった。

 

 和の顔が風呂上りという理由以外にも赤味がかっているようなので、どうせあいつらが和の胸についての話題に出したり、実際に触ろうとしたのだろうな。うらやまけしからん。

 片岡、竹井、三尋木がこぞって周りを取り囲み、咲も消極的ながら恨みのこもった視線を向け、それを染谷が呆れながらも興味深い目で見ているという仲睦ましい光景が目に浮かんだ。

 と、それは一回置いといて。

 

 

「浴衣似合ってるぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 風呂上がりの和は先ほどまで来ていた服と違い、旅館で用意されている浴衣に着替えていた。

 普段と違う装いのためどこか新鮮さを感じ褒めてみると、和は恥ずかしそうに顔を横に背ける。

 その様子を見ていると、昔、ハギヨシから言われたことを思い出した。

 

 確か女性がいつもと違った物を身に着けているならとにかく褒めろって言ってたな。言うだけならタダで簡単だし、どんな相手でも褒められて喜ばない人はいないのだからとにかく褒めろとな。

 ハギヨシにしては毒舌気味だったが、まぁ、間違ってはいないのであろう。とはいえ、今の和は素直に似合っていると俺は感じるが。

 

 

「座るか?」

「……え、ええ」

 

 

 そんな懐かしいことを考えつつも、和が座れるように腰かけていたベンチのスペースを空ける。といってもそれなりに長いのでそこまで気にすることはないのだが。そのまま俺の右隣に和が座ると、先ほどよりも距離が近くなったためか、風呂上りもあってかシャンプーの匂いが漂ってくる。

 そういえばなんで同じシャンプー使っていても、男と女じゃあれだけ匂いが違ってくるんだろうな。わからん。

 

 

「今日はどうだった?」

「そうですね……とても有意義な一日でした」

 

 

 黙って座っているのもなんだったので適当に話題を振ってみると、和らしい言葉が笑顔とともに返ってきた。

 有意義というのはプロである三尋木の指導を受けられたということもあるのだろうが、皆とこうして合宿に来て、一緒に何かに取り組んでいるのが楽しいのだろう。竹井達ほどではないが、普段の和に比べてもテンションが高めに感じたからな。

 

 ただ、楽しそうなその表情の中には少し陰りがあったが、きっと親父さんとの約束が心に引っかかっているのだろう。

 原村さんとは先日話をしてきたが、そのことは和には内緒であるからそのことは話もしていない。出来れば親父さんの気持ちを教えてやりたいが、家庭内の問題でもあるからそれ以上踏み込めないのがもどかしいな。

 

 

「まぁ、全国前にまた合宿をするつもりだし、しっかりと考えておくから楽しみにしてろよ」

「ふふ、期待しています」

 

 

 これは言葉に出さずとも県大会で優勝しろと言っているのと同じなのだが、和は理解しているのか敢えて聞き返さずに頷いてきた。相変わらず察しがいいな。

 

 それから今日の練習でのあの打ち方はどうだっただの、温泉が気持ちよかっただの他愛ないことを話しているといつしか話題も途切れた。

 とはいえ話題がないというわけではなく、隣に座っている和からは話したりないという雰囲気を思いっきり醸し出している。しかもそれはこちらに気を使って、いかにも話にくいといった空気を感じた。

 

 まぁ、この感じと俺たちの間柄から話題は絞れるため、なんとなく聞きたい話はわかったが。

 

 

「晴絵のことか?」

「!!? …………ええ」

 

 

 向こうからは話にくいだろうと思い、先んじて和が聞きたいであろう話題を出すと、和はビクッと体を震わせながらも肯定した。

 

 以前話した時に一応の説明はしていたとはいえ、他にも色々聞きたいことはとあっただろうに、二か月前に話してから今までその話題はしてこなかったからな。周りにちょうど人がいないのもあって和からすれば絶好の機会なのだろう。

 といっても晴絵の事で聞きたいってなんだろうな?他に聞きたいことなんてあるのか?

 

 聞きづらそうにしていた和だったが、俺から水を向けられたのもあり重い口を開き始める。

 

 

「その……車の内で出た三尋木プロと付き合うという話ですが……」

「………………はぁ、あのなぁ……あれぐらいの軽口はいつもの事だしただの冗談だよ」

「いえ、それはなんとなくはわかってるんですが……」

 

 

 まさかの三尋木の事に思わず脱力をしてしまう。竹井みたいにからかうつもりで言ってるならともかく、和までそんなこというなんてな。

 とはいえ、それが本題ではないみたいだから言いよどむ和が続きを言うまで急かさず待つことにする。

 

 

「そのですね…………三尋木プロが言っていましたけど、彼女を作らないのは理由があると。それはやはり赤土さんのことですか?」

「ん……そうだな」

「それってやっぱり、須賀さんは赤土さんのことが……えっと、今でも……好き、なんですか?」

「……まあな。女々しいけど今でもアイツの事を想ってるよ」

 

 

 羞恥心などからで口に出すのは憚れるためか、どこか躊躇いがちに聞かれた。

 しかしその言葉は確信を持ったものであり、嘘や誤魔化しをするべきではないと思い、素直に答えた。

 

 

「あいつと別れてから3年。前に話した通り、後腐れなく別れられたけどそれでもやっぱ今でもあいつのことは忘れられないな。だから三尋木もああいったんだよ」

「それじゃあ、やっぱり別れたのは後悔していますか?」

「……いや、晴絵の事に未練はあるけど、別れたことに後悔はしてないぞ」

「えっ?」

 

 

 俺の言葉が予想外だったのか、呆けた顔をしながら和がこちらを見てくる。余程俺の言葉が意外であったみたいだ。

 そんな和の様子に思わず笑ってしまうが、すぐに鋭い視線を向けられたので止める。

 そしてその視線にはどういう意味か説明しろと言わんばかりの力が込められているようにも感じたので口を開く。

 

 

「そうだな……今でもアイツに会いたいし、アイツの作った飯も食いたいし、時々寂しくて隣にアイツがいてくれたらなーってよく思うよ。でも……別れたことには後悔はしていないな」

「……どうしてですか?」

「そのまんまだよ。晴絵に会いたいっていう俺の未練は俺からの一方通行な思いだからいいけど、別れたことに対する後悔は当時からの晴絵の気持ちや今までの晴絵の成果に対する侮辱でもあるからな……あの時の俺たちは俺たちなりに自分と――なにより相手の事を想って別れようって決めたんだ。だから俺があの時のことを後悔すれば、それはその晴絵の決心と、そこから繋がっている今の晴絵を侮辱することになるから出来ないさ」

 

 

 内心の思いは少しだけ隠しながら和に話す。嘘はつきたくはないが、それでも話せない一線があった。

 和には後悔はしないといったが嘘だ。確かに今言った通り、後悔すればあの時の思いが嘘になるためしたくはないが、そう簡単に割り切れるものではない。それでもやはりどうなっていたかとifを考えてしまう。

 

 俺も一緒に福岡に行っていたらどうなったのか。晴絵が実業団に行かず俺についてきたらどうなったのか。

 あるいは晴絵が実業団に行かず、俺も長野に帰らずに阿知賀に残って2人で教師をやっていたかもしれない。そしてそこで麻雀部の顧問をやりながら集まった和や穏乃達と麻雀で全国大会に行ったかもしれない――とな。

 

 しかしこれはやはり只のifであり、内心で思うことはあっても決して一度も口には出さなかった。言えば先に考えた通り、本当に後悔したことになるからだ。

 

 

「それではこれからも……?」

「……そうだな、もう少し引きずると思う」

 

 

 情けない話で本来なら生徒に言うべきことではないのだが、感傷的になっていたのか思わず口に出していた。

 それは三尋木や咲たちと違って向こうでの晴絵との生活を知っている相手だからこそ言いたくなったのかもしれなかった。

 

 

「だ、だったら赤土さんともう一度っ!」

「そうはいっても今のあいつの連絡先知らないからなー、それに頑張ってる今のあいつに会ってもな」

「っ! ……そうですか」

 

 

 いきり立つ和を抑え、遠まわしに今の晴絵の邪魔をしたくないと言うと聡い和は理解したようだ。それに実際、今の晴絵が何をしているのかさっぱりわからないからな。

 

 別れてからなるべくあいつの事は調べないようにしていたが、それでも思わず気付いたら手が動いて調べていたため、どれだけあいつが頑張っているのかは知っている。しかしチームが解散してからの足取りは不明で、ネットでもどこでも情報は入ってこなかった。

 とはいえ、新子辺りなら知っているだろうが、以前のことがありどうも連絡をしにくいのだ。

 

 ただ、一つ言えることは、晴絵は高校時代に一度躓いたとはいえ再び立ち上がり、もう一度麻雀の世界に入ったのだ。

 だからもしかしたら解散の事で悩んだかもしれないし、まだ悩んでいるかもしれない。しかしそう遠くないうちにどこかで活躍し、姿が見られるのを俺は確信している。

 ならば俺はあいつの邪魔にならないように遠くで応援するだけだ。

 

 

「それでは、もし向こうから会いに来たらどうしますか?」

「晴絵が俺に? あー……んー……わからん、それはその時考えるさ。とはいえ大丈夫だと思うけどな」

 

 

 そう和に反論するが、確かにあいつは強いが脆くもあるため、可能性としては小さいけどもしかしたら麻雀を諦めるなどして俺に会いに来るという事もあるかもしれない。

 そしたら俺はあいつ受け入れるか、それともあいつのためを思って突き放すかどうするだろうか……それはあいつが来る理由なども考え、それはその時になってみなければわからないだろう。

 

 もし本当に全部投げ出して来たらそれこそ叱責してでも立ち直らせるつもりだが、そうじゃない時には――

 

 思いを巡らせる俺を見て、和が先ほどまでの真剣な表情を崩しため息をつく。

 

 

「はぁ……わかりました。今の話を聞いて、須賀さんが凄く頑固だという事がよぉーーーくわかりました」

「まったく失礼な奴だな……。というか、俺の事なんかどうでもいいから、和は大会に集中しなさい」

「もうっ」

 

 

 時々俺がアホなことをした時に照や咲が呆れた視線を送ってくるが、それと同じような呆れた顔を見せる和の額を人差し指で小突く。

 

 そう、俺のはただの古傷で、未だカサブタとなり疼くものだがそれでも終わったものだ。

 だからこんなのはいつまでも気にしていてもしょうがないし、今は県大会の方が大事だからそちらに意識を傾けるべきだろう。

 そして話はこれで終わりだと言外に示すように立ち上がる。

 

 

「さて、そろそろ夕飯だし戻るか」

「そうですね」

 

 

 日も沈んで辺りも暗くなってきたこともあり和を連れて戻ることにする。早く戻らないと三尋木や片岡辺りが、腹が減ったと煩いからな。

 足元に気を付けながら宿からの灯りを頼りにしようと歩き出すと、今のこの状況にふと、昔の事を思い出した。

 

 

「はは……」

「どうしました?」

「ああ……いや、なんでもない。ちょっと……な」

 

 

 その時の光景が頭によぎり、思わず笑いがこぼれてしまったのを誤魔化す。

 

 そういえば昔、晴絵と付き合い始めてからこっちに帰郷した時に二人だけで泊まりがけで出かけたのは、宿は違ったけどこのあたりだったっけか。

 あの時の晴絵はほんとに笑えたっけな。その時のことを掘り起こすと怒りだすから付き合っていた頃は話題には出さなかったけど、今ではそれも良い思い出だった。

 

 そんな嘗ての記憶に浸って足を引っ張られかけもしたが、歩みを止めることなく、俺たちは前に進むために宿へと戻る。

 

 

 

 こうして麻雀の練習だけでなく、本来なら関わりのない俺の古傷にも触れるなど横道に逸れたし、この日の夜や次の日にもトラブルも発生するなど騒がしい合宿であった。

 

 しかし今回の合宿は咲達部員だけでなく俺を含めた全員にとって尊いものとなり、俺たちは万全の態勢を持って県大会へと望むこととなったのだった。

 




 今回は(自称)清澄側のヒロインの和がメインとなる十二話でした(一応誕生日だし)。とはいえ、話の内容は以前の二話の時と近く、レジェンドの事ばかりで全くそんな雰囲気はないんですけどね。
 また、和と再会してから意識したのか、気丈にふるまっていても以前より一層レジェンドの事を気に掛ける京太郎。でも本人は過去の事だと割り切ろうとしているという感じです。
 レジェンドよりまともそうに見えても、向こうも向こうならこっちもこっち。似た者同士で和が言う通りマジでメンドクサイ二人です。


 それでも今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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