君がいた物語   作:エヴリーヌ

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和「今度こそ私の出番です。三度目の正直とかありませんよ」



2話

 喫茶ギアス。

 学校の近くにある為か学生向けのメニューが多くあり値段も手ごろと懐に優しく、清澄の学生達から人気の喫茶店だ。

 俺自身も学生時代から通っていて、コーヒーが結構美味いので教師になった今も良く訪れている。あと個人的になんとなく喫茶店の名前に惹かれたのもあった。

 

 学校を出た後、麻雀部や片岡の話などのあたり触りない会話を和としながら歩いていると、その店に到着したので中に入る。

 メインの客層である学生たちが休みの為か、店内は普段よりもお客さんは少ないみたいで馴染みの店長と軽く会話をした後、待つこともなく席まで誘導されて和と向い合せに座る。

 

 しかし……こうやって正面から改めて見るとほんと可愛くなったよな和。昔から美少女だったから将来は美人になるとはわかっていたがここまでとはな……おもちもすごいデカくなったし、もし俺が和と同年代の学生だったら確実に和目当てで麻雀部に入っていたかもしれん。

 

 そんな感じで思わずジッと和を見ていると、突然和が顔を赤くして俺の視線から顔を背けた。

 

 

「あの……須賀先生、あんまり見つめられると恥ずかしいんですが……」

「え……ああ!? スマンッ! こうやって落ち着いてみると和が成長したことが実感できてな」

「成長って………………もう、須賀先生ったら……」

 

 

 恥ずかしがる和に言い訳をしていたのだが、思わず口に出た成長と言う言葉に反応した和が自分の胸を見下ろす。するとさらに顔を赤くして腕で胸を隠し、こちらをジッと見つめながら頬を膨らませて怒る。

 

 いや……でも、そこにおもちがあるなら見るのが男のサガというか……その…………ごめんなさい。あと頬を膨らませる姿が可愛い。

 

 

「あー……それより腹も減ってるだろ? 奢るから好きなの頼んでいいぞ」

「そんな……悪いですからいいですよ」

「気にすんなって。久しぶりの再会ってこともあるけど、遅くなったが和のインターミドル優勝を祝わせてくれって」

「……そうですね、それじゃあご馳走になります」

 

 

 遠慮する和に対し、先ほどの事を誤魔化す為にも色々言葉を並べて何とか説得する。

 流石にこういう時に大人が出さないのは問題あるし、実際に和との再会は嬉しいから祝いたいという気持ちは本気なので、こちらの我が儘を通させてもらった。

 

 そんな俺の言葉に和も納得してくれたのか置いてあったメニューに手を伸ばしてくれたので、俺も同じようにもう一つのメニューを取り注文を選ぶ。

 さて、何食うかな……。

 

 

「うっし……俺はコーヒーと納豆パンプキンイカスミ苺パフェデラックスにするか」

「なんですかそれ!?」

 

 

 俺が選んだ商品の名前を聞いた途端大声を上げて反応する和。まあ気持ちはわからなくもないが、店の中で大声はやめようぜ。それに意外に美味いんだぞコレ。

 

 

「ハァ……須賀先生って相変わらず変な食べ物が好きなんですね……」

「待て待て。別にゲテモノが好きなわけじゃなくちゃんと美味い物しか食べてないからな。あと、もう学校も出たし呼び方戻して良いぞ」

「はい、わかりました須賀さん。だけどやっぱり向こうでもそういうのばっかり食べていませんでしたか?」

「それは……ほら、あのおばちゃんの店の食べ物だけだな。確か和だって美味しい美味しいって言いながら食べてた記憶があるぞ」

「う……き、記憶にありません……」

 

 

 呆れる和にツッコミを入れると、俺の言葉が図星だったのか目を逸らして答える。確かに向こうでおばちゃんの店に行く時は創作料理ばっかり食べていたからな。

 

 まあ、見た目的にもインパクトがあるからそればっかり食っていたって印象が残ってもしょうがないか。しっかしおばちゃんか……懐かしいな、元気にしているかな。

 

 

「そ、それじゃあ私はこの普通のサンドイッチと紅茶を頼みますね」

「なんだ、同じの頼んでも良かったんだぞ」

「いいですから」

「じゃあ途中で食べたくなったらあげるな」

「い・り・ま・せ・んっ」

 

 

 力強く断られてしまった。美味いんだけどなー……。

 そして二人とも決まったので店員を呼んで注文し、商品が届くのを待つのだが――

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 

 き、気まずい……。

 

 さっきまでは移動中と言うこともあり当たり障りのない話題だったが、流石にこうやって落ち着いて話せる場所に来てしまったからさっさとお互いに聞きたいことを聞くべきなのだろうが、その取っ掛かりがすごく難しい。

 

 こっちは俺がいなくなった後のことなど結構聞きたいことも多く、また、向こうとしてももしかしたら俺のこっちでの話も聞きたいのかもしれないが、一番聞きたいことって言ったらやっぱり晴絵とのことだから聞きにくいだろうしな。

 まあ、大人らしくこちらから行くか。

 

 

「さてと……じゃあ飯が届くまで時間もあるし話すか……と言っても和が聞きたいことは晴絵の事だよな?」

「あ……はい、そうですね…………でも先ほども言いましたけど須賀さんが話したくないと言うのなら……」

「んー……まあ確かに誰にでも話すこと言ったことじゃないけどな…………でも、昔一緒に麻雀クラブで打ってた仲間の和が知りたいって言うなら聞く権利はあると思うからな……だから気にしなくて良いぞ」

 

 

 実際俺の身近な人物である咲や照は知ってるし、和達が知らなかったのは当時まだ子供のこいつらにそういった大人の嫌な所を見せたくないって気持ちがあったからだ。

 だからもう高校生になってそういったことも理解できるようになったなら話してもいいと思う。

 

 

「……わかりました。もしよろしければなにがあったのかお聞きしてもよろしいですか?」

 

 

 少しの間、下を向いて思案していた和だったが、俺の考えを理解したのか決心して顔を上げる。

 しかし――それはそれで困ったな。普通に別れただけだから特に話せる内容がないと言う……。まあ、普通に話すか。

 

 

「あー……そう深刻に捉えなくてもいいぞ、別に喧嘩別れとかしたわけじゃないからな。ほら、当時晴絵の奴に実業団の誘いが来てただろ?」

「はい、覚えてます」

「まあ、それで……あいつ福岡の方に行くことになっただろ? んで、俺も向こうについていくことも考えてたんだけど、色々話し合った結果……まあ、別れるってことになったっていう在り来たりな話さ」

 

 

 そこらへんの話し合いの中身については特に必要ないので言わないでおく。俺だけなく晴絵にとってもプライベートな部分なので、あまり言いたくはない。

 

 

「そうだったんですか……お二人ともその後会った時も仲良しでしたし、一緒に福岡の方に行くと思ってましたからまったく気づきませんでした……」

「まあ、確かに卒業までは変わらず付き合ってたからな。それに俺の就職先についてもバレない様にはしてたし」

 

 

 俺の言葉に驚きつつも納得する和にさらに説明を加えておく。

 当時卒論や就活などで忙しかったのと麻雀教室が解散したこともあり、こいつ等とは以前よりも会う機会が減ったが、それでも顔を合わせる事は多かった。

 晴絵とは最後まで普通にやれていたから大丈夫だったみたいだが、就職先の事とかからバレない様には気を使ってはいたし。

 

 

「そうですね……それにいつの間にか引っ越していたのもあり、その時に聞こうと思っていた須賀さん達の連絡先を聞けずにお別れしてしまいましたからね……実業団で忙しくなる赤土さんは兎も角として」

 

 

 ジト目なのだが、傍から見るとこちらを睨むような目で見つめてくる和。その恐ろしさに背中に嫌な汗が出てくる……。

 

 

「あー……ほら、当時みたいに近くに住んでるならともかく、遠くの長野に帰った男が小学生女子に連絡先を渡して置くって言うのは流石にな…………それに俺も教師のなり立ては結構大変だったんだぞ」

「勿論冗談ですよ。でも実際何も言わずにいなくなったのは酷いと思います……。当時皆で見送りに行くつもりだったのに、いつの間にか住んでいたアパートから居なくなっているのに気付いた私たちの気持ちも分かってほしいです。穏乃達は泣いていましたし、その中でも特に玄さんなんか『師匠がいなくなっちゃったー!!!』ってずっと泣いていて大変だったんですからね」

「まあ、そこらへんはスマン……一応何度か会ってたし、皆も忙しそうだったからそれで大丈夫と思ってたんだけどな……」

「確かに私たちも中学校に入るので忙しくもありましたけどそれぐらいじゃダメに決まってますよ、もう……」

 

 

 昔の事を思い出しご立腹となった和に怒られてしまう。傍から見ると女子高生に説教をされるスーツを着た大人とかひどい絵面だと思うわ……。

 一応当時の言い訳をすると、やっぱり俺達の事を知らせないためにいうのがあったのと、別れるってことで俺たち自身もちょっとキツイ状態だったからな……まあ、それでも確かに酷いことをしちまったな……。

 

 

「いや、本当にすまなかった……それで俺たちの事はこんなもんだが和はそれからどうしてたんだ?」

「えっと……そうですね……それから一年ほど向こうにいたのですが、両親の仕事の関係でこちらに引っ越してきました」

「あー、なるほどな。和の両親みたいな仕事ならしょうがないか」

「ええ……そうですそのことで思い出したんですけど、須賀さんが阿知賀麻雀部の創部に協力したと聞きましたよ」

「あ、しっかりと復活したんだなー……ああ、言っとくけど俺は別に対してことしてないぞ。ただ、あの時玄が悩んでいたから相談に乗って背中を押してやっただけだし、結局俺がやらなくても宥あたりが同じようにしてただろうしな。だけどそれを聞いたってことはやっぱり和も麻雀部に入ってたのか?」

「はい、でも人数が集まらなくて私と穏乃と玄さん宥さんの四人だけだったので同好会扱いでしたからきっと今でも……」

 

 

 人数が足りず部になれなかったのに、そこでまた自分がいなくなったことによりさらにそれが遠のいてしまったことを申し訳なさそうに言う。

 

 しかしそっか……玄のやつあれからしっかりとやってたみたいだな。

 当時阿知賀こども麻雀クラブがなくなってから表には出さずとも落ち込んでいた玄に何かできないかと思って手を貸してやったが、結果的には良かったみたいだな。

 

 

「ふんふむ……それであいつらは今どうしてるんだ?」

「それは……」

 

 

 さらにみんなの事を聞こうと思った俺からの質問に言いよどむ和。あれ?なんか地雷踏んだか?

 

 

「いえ……その……少し前までは手紙などで連絡を取り合っていたんですが、中学の麻雀部に入ってから忙しくなって……その……」

「あー……確かに一度タイミング失うとそういうのってどうしたらいいか困るもんな……そ、それで穏乃達からは連絡は来てないのか?」

「いえ……向こうからはなにも…………もう私の事なんて忘れてしまったのかもしれません……」

 

 

 そう言うと和は目を伏せ、どんどん声が小さくなっていく。

 

 あー……これってキツイパターンだよな。自分が連絡しなくなったら向こうから来ないっていうのは。

 こちらから連絡しようとも実際長い間連絡取りあってなかった友人にもう一度連絡取るって結構度胸いるし、しかもそれが親しかった奴だと余計に気まずいしな。

 

 罪悪感と友人だと思っていたのは自分だけかという思いで、和は顔を曇らせたままであり、なんとかフォローをしようと急いで言葉を紡ぐ。

 

 

「でもまあ、あの穏乃だしな……ほら、和がインターミドルで優勝したのは結構有名だから多分知ってるだろうし、忙しくて連絡できなかったのはわかってると思うぞ。それにきっと、あいつらのことだから和の優勝見て『自分達も全国大会に行って和に会おう!』とか考えてるんじゃないか?」

「まさかそんなわけないですよ……」

「いやいや、だってあの穏乃達だしありえるって。それにあいつらが手紙の返事出さなかったぐらいですぐに友達止めるような奴らに見えるか?」

「そ、それは……見えません……」

「だろ? それに和みたいな可愛い子だったらたとえ自分が女の子でも忘れることなんかないって」

「な、何を言ってるんですか……」

 

 

 俺が話していくない内容を聞いてるうちに安心したのか、照れながらもホッとした表情を見せてくれる和に俺も安心する。

 言い訳みたいにも聞こえるが、友人を大事にしていてあんだけ麻雀教室に拘っていた穏乃達だしな……実際にさっきの俺の考えは結構あり得るんじゃないかと思う。お互い人数的に麻雀部だし、団体戦は無理でも個人戦ならもしかしたら会う機会があるかもな。

 

 

 

 

 そんな感じでお互いの近況を話しているうちに注文していたのが届いたので、一旦話を打ち切って食事にする。

 和が頼んだのは本人の行っていた通り普通のサンドイッチだが、俺が頼んだのは見た目が外宇宙的な感じのパフェである。その見た目に和は完全にひいてしまっている。

 

 

「………………」

「………………」

「食べるか?」

「食べません」

 

 

 再度和に進めてみたがにべもなく断られてしまった。何度も言うけど美味いんだけどな……この味を共有できないのは実に残念だ。

 諦めて自分だけで食べることにし、一口コーヒーを飲んでからスプーンで掬い食べ始める。個人的にコーヒーを最初に飲むことによって味がより引き立つと思う。

 

 バリモググシャパリンズドンドカンモキュグニュビタンニュフフフフと、口を閉じていながらも聞こえる咀嚼音に思わず食べていた手を止めて、まるで巨乳となった憧を目の当たりにしたような顔で和がこちらを見る。

 

 確かに音は凄いが意外に味はいけるんだけど、これは自分で食べてみないとわからないもんな……。よし……ならこうするか。

 そう思って食べやすい量をスプーンですくい、和の方へ持っていく。

 

 

「ほら、和。あーん」

「うぇ……? ちょ! いきなりなにしてるんですか!?」

「いや、さっきからジーっとパフェを見てるから食べたいんだと思ってな」

「そ、そんなオカルトありえません! どう見たらそんな変なもの食べたいと思っている様に見えるんですか!」

 

 

 まあ、確かに和の言うとおり食べたいと考えているなんて咲の胸ほどもあると思っちゃいないけどな。

 でも美味い物を誰かと分かち合いたいって思うのは人間としての本能だと思う。こっちじゃあんまりこういったのに付き合ってくれる奴いないしな。

 

 あと店長が自慢の一品を変なもの呼ばわりされて凹んでる。いや、食べ慣れた俺でもやっぱり変だと思うわ。

 しかしここまで頑なに断られるのに無理やり食べさせるのは駄目だし諦めるか。

 

 

「しゃーない、そこまで和が嫌がるならやめとくわ」

「そうですよまったく……………………………いえ、ちょっと待ってください」

「え?」

 

 

 諦めてスプーンを持っていた手を引っ込めようとした俺に和が待ったをかけてきた。

 どうかしたのか? と聞こうと思ったのだが、なにやら考え込み始めた和を見て思わず声を駆け辛くなってしまった。

 とりあえず手持ち無沙汰になったスプーンを引っ込めようとしたが、何故かスプーンもジッと見つめられているので、これまたひっこめ辛くなってしまった。

 

 

 結局その後五分程度硬直状態が続いたのだが、未だに和は黙って考え込んでいて、たまに視線をこちらとスプーンに向けてジッと見ているのでこちらとしても動けないのである。

 ただ、考え込んでいるにしては頬が赤くなってきたのがよくわからないんだが……流石に腕も疲れてきたしとりあえず声でもかけるか。

 

 

「あのー……和さん? 一体どうしたんですか……?」

 

 

 思わず敬語になってしまった。恥ずい。

 

 

「…………え!? あ、いえ……その……」

「もしかして……やっぱり食べたいのか?」

「………………………………………………………………はい」

「おう、じゃあ新しいのとるな」

 

 

 顔を赤くして蚊の鳴くような声で答える和だったが、店内が騒がしくないおかげでギリギリ聞き取ることが出来た。スプーンで掬ったままなのは温くなっていると思い自分で食べ、新しいのを掬っても一度和の前に差し出す。

 しかし食べたいなら食べたいって素直に言えばいいのにな……まあ和は結構内向的なタイプだし、一度断った手前言いだしにくかったんだろう。

 

 

「ほら、あーん」

「あ……あああああーん……」

 

 

 俺につられて同じように口に出してあーんと言い、先ほどよりも顔を真っ赤にして口を開けて待つ和。

 んー? あー、そっかなるほどな。

 

 

「ちょっと待ってろ。新しいスプーン貰うから」

「え!?」

「ほら、このスプーン俺が使ってたやつだし、自分で持った方が食べやすいだろ?」

 

 

 あの頃みたいに子どもなら特におかしくないんだけど和も年頃だしな。昔からの癖で子供相手だとやってしまうがいい加減直さないとだめだなー。

 さて、代えのスプーンを貰うか――「あ、ま、待ってください!」――ん?

 

 

「えっと……べ、別に……そ、そのままでもいいですよ……」

「え? でも」

「いいんですってそれで食べますよ。だってそこにスプーンがあるのにもう一個貰うのは非効率的ですし実に無駄です。新しいスプーンを頼むことによって他の作業をしている店員さんの手を煩わせてしまいますし、頼んでいる間の時間によってさらにパフェが温くなって味も落ちてしまいます。また、スプーンを余分一個使うことにより洗わなくちゃいけないスプーンがもう一つ出てくるんですよ。スプーン一つ洗うのに使う水の量なんてたいしたことないと思うでしょうが、その一つ一つを積み重ねていくことが自然を大事にするんです。そして私が自分でスプーンを持とうにも今の私は先ほどまでサンドイッチを食べていたので手にパンの滓が付いていますので、このままでは須賀さんのスプーンが汚れてしまいます。もちろんお手拭で拭いたから綺麗ですけど100%大丈夫とは言えません。ですので、須賀さんが私に『その』スプーンで『食べさせてくれる』ことに何の問題もないのです。別に言っておきますけど別に私がそのスプーンを使って食べたいとかそんなオカルトありえませんからね、別に」

「…………お、おうわかった。ほら、あーん」

 

 

 なにやら和が言っていたのだけれど早口で何を言っているかほとんど聞き取れなったが、とりあえず食べさせろと言うことはわかったので、あーんをする。

 うん。先ほど内向的なタイプだと思ったけど、いつの間にか和も変わっていたみたいで良かったわ。

 

 

「そ、それでは失礼します。あーん…………パクリ」

「どうだ? 結構美味いだろ?」

「モグモグ…………ゴクン。はい、見た目と違ってとてもおいしいです」

 

 

 差し出したパフェを赤く染めた顔で食べる和。味を噛みしめるようにゆっくりと咀嚼する和に感想を聞くと、笑みを浮かべながら答えてくれた。

 そっかやっぱり美味いよなー、見た目で皆ひいてしまうから食べてくれないんだよな。共感してくれて良かったわ。

 

 

「ほら、もう一口どうだ?」

「いえ……なんだかお腹がいっぱいなのでもう大丈夫ですよ……」

 

 

 もう一度差し出す俺に対し、どこか呆けながら頬に手を添えて答える和。

 なんだろ……実はまずかったとかか? でもそれにしては様子が変だしな……でも別体調が悪いとかでもなさそうだし……まあ、確かにサンドイッチも食べ終わっているから腹いっぱいなってもおかしくないし大丈夫か。

 

 どこかボーっとした和をそっとしつつ食事を続ける。あー……コーヒーが美味いな。

 

 

 

 

 

 食事が終わった後も店に留まり話を続け、店を出るころには既に夕日が沈むころになって暗くなり始めていた為、安全を考えて和を家まで送ることにした。

 これが男子生徒だったら家を教えることになるから途中までってことになるんだろうが、教師なら今更知っても変わりないと言うことである意味役得だな。

 

 道中和と話しながら帰ったが、やはり長い間会っていなかったこともありずっと話題が尽きることはなかった。

 

 

「今日は色々とありがとうございました」

「いや、こっちこそこんな時間まで付き合わせて悪かったな。それに俺も楽しかったよ」

 

 

 会話をしているとあっという間に和の家に到着し、和が頭を下げて礼を言ってきたので、こちらも色々話を聞けてよかったので同じく礼をし返す。

 しかしここが和の家か……やっぱり親父さん達が立派な職業のためかキッチリとした感じの家だ。それに同じ学校に通っているんだからわかってはいたが、うちからもそんなに遠くないし何かあれば駆けつけられる距離だな。

 

 

「よければお茶を出しますので寄って行きませんか? まだお話したいこともありますし」

「あー悪い。流石に咲が飯の用意してるから流石に帰らないとな」

「そうですか残念です……」

 

 

 家を眺めていた俺に誘いをかけてくる和だが、流石に咲と約束したこともあり断る。

 悲しげな顔をする和に罪悪感を覚えるが仕方ないしな……それに教師と言えども……いや、むしろ教師だからこそこんな時間に女子生徒の家に上がるのは問題ある。

 

 

「それじゃあ今度また来てください。父も須賀さんに会いたいと思いますし」

「あー……和の親父さんか……正直言うとあの人厳格だからちょっと苦手なんだよな……」

「ふふっ……気持ちはわかります。でも父は須賀さんの事を気にいってましたし、教師になっていることを話したら喜ぶと思いますよ」

 

 

 そうかなー?言ったとしても多分「そうか、おめでとう」ぐらいだと思うけどな。まあ、厳しいあの人からすればそれでも十分なのかもな。

 でも和の親父さんとは向こうでも、とある理由で話す機会はあったけどやっぱりいつも厳しい顔していたからなー……。ちょっと怖いんだよな。

 

 

「まあ……こんなんでも和の顧問だし、親父さんも忙しいと思うから話せる機会見つけてまた来るよ。それじゃあそろそろ行くな、今日お疲れ様。お休み和」

「はい、お休みなさい」

 

 

 和が家に入るのを見届けてから歩き始める。

 途中咲に電話をし、何か必要がないか聞いたが大丈夫とのことなのでケーキでも買っていってやるかと思い、寄り道をしてから帰宅した。

 

 

 

 

 

「ただいまおじゃましまーす」

「帰りいらっしゃーい」

「どもっス。咲は飯の支度ですか?」

「ああ、折角のめでたい日なんだから出前でも取ろうって言ったんだけど自分が作るって聞かなくてな」

「はは、咲らしいですね」

 

 

 咲の家に着いた俺を出迎えてくれたおじさんに挨拶をして、会話をしながらリビングへと向かう。ガキの頃から二十年以上出入りしている家なので迷うこともなく足取りも早い。

 リビングに着くと料理をしているいい匂いが漂ってきており、台所の方では咲が忙しなく動いている。

 

 

「ただいまー咲ー。なんか手伝うかー?」

「あ、お帰り京ちゃん。もうすぐできるから大丈夫。先に手洗ってきなよ」

「おっけー」

「よし、後は盛り付けてと……あ、お父さん明日は休日だからビール飲んでもいいけどなるべく控えてよ」

「えー京太郎もいるし偶にはいいじゃないか」

「だーめ、お母さんからも気を付けるように言われてるんだからね」

「はぁ……娘がどんどん嫁に似てくるな…………お、そうだ!」

 

 

 父親の健康を気遣っていつもより口うるさくなった咲と、何やら思いついたように携帯を取り出すおじさんの会話を聞きながら洗面所へと向かう。

 

 父親一人、娘一人と一般的には普通じゃない家庭環境だが相変わらずうまくやれているみたいだな。俺もそうだったが、大抵の年頃の子供は中学辺りで反抗期が来るけど咲は特にそういうのもなかったし。

 まあ、大抵ストレスが溜まった時は俺が買い物など色々付き合わされているからそれで解消しているんだろうけどな。

 

 その後手を洗ってリビングに戻るとなにやら笑顔の親父さんが待っていた。なんだ?

 

 

「どうかしたんですか?」

「おう、先輩達も誘ったから今から来るぞ」

「げ、親父達が」

 

 

 マジか、親父達も来るのか。俺がいなくて二人っきりなんだから年甲斐もなくいちゃついてればいいのにな。

 

 ちなみに咲の両親と俺の両親は学生時代の先輩後輩関係で昔から仲が良かったらしく、家がすぐ近くなのもあり、今でもこうやってつるんでいるのだ。

 また、俺から見てもおじさん達はもう一人の親みたいなもので、正直そこらの親戚よりも濃い関係だと言える。

 

 

「だから咲~先輩達も来るから飲んでいいだろ~」

「まったくもう……しょうがないなあ……」

 

 

 なんとか咲を説得しようとするおじさんに対し、なんだかんだいって許してしまう咲。

 まあ、咲の性格上ああやって頼み込まれたらな……。

 

 その後、テーブルに料理を運んだりしているうちに親父達もやってきて、咲の高校入学というめでたいこともあり、ちょっとした宴会状態になってしまった。

 

 

「いや~咲ちゃんももう高校生か~! こないだまでこんなに小さかったのに時間がたつのは早いな~」

「確かに早いですよね~、こないだまで悪ガキだった京太郎もこんなに立派になってな~くぅ~!」

「まったく……二人とも飲み過ぎよ~」

「いや、二人の倍飲んでるお袋が言うなよ……」

「あはははは……」

 

 

 あっという間に出来上がってる親父ーズとお袋。

 昔の咲を思い出しながら小指を立てている姿は完全にセクハラ親父そのものである。つーか大きさからしてもアホかと、親指姫ならぬ小指姫かよ。

 

 そんな大人たちの様子に苦笑いをしている小指姫ならぬ咲はこの中で唯一酒は飲めないので、ジュース片手にお袋が持ってきた料理をつまみながら時折考え込んでいる。

 おばさんが東京に行ってからお袋に料理を習う機会が多かったのもあり、師弟関係みたいなもんだから勉強熱心に今も味を盗もうとしているみたいだな。

 

 

「おら、京太郎も飲め! 飲める男はモテるぞ!」

「そうだそうだ! 俺達もそれで学生時代は合コンで連勝だったんだぞ!」

「自分の好きなように飲ませろって。別にモテるとか今は興味ないし」

 

 

 自分のペースで飲んでいた俺に絡んでくる酔っ払い二人。

 途中いらぬことを言ったせいで、お袋の口元が怒りでヒクヒク言っている……これは帰ったら確実にお仕置きコースだな……多分お袋経由でおばさんの耳にも入るだろうからおじさんもご愁傷様。

 

 

「枯れてるな~京太郎は~。先輩なんか学生時代ブイブイ言わせてたんだぜ~」

「まったくだ! 俺の息子ならもっとがっつくべきだな。それともあれか? 例の元カノがまだ好きなのか?」

「別に…………あいつの事は関係なく今は仕事が楽しいから興味ないってだけだよ」

 

 

 こんな感じで飲むと毎度同じような会話になる為に慣れたが、それでも相手をするのは疲れる。

 実際に少し前まではなれない教師生活で手一杯だったし、今は今で部員も増え忙しくなるだろうから恋愛に現を抜かしている暇はないだろうしな。

 

 しかしそんな俺の答えが不服だったのか頬を膨らませて不満なのを表すおっさん達。可愛くねー……つーかキモイ……。

 昼間に和の可愛い膨れっ面を見たのもあり、ギャップで余計に気が滅入ってくる……。

 

 

「むむむ……だったら咲か照のどっちかと結婚しないか? それなら京太郎が俺の本当の息子になるしな! むしろ二人とも嫁にするか?」

「お~! いい考えだ! 照ちゃんならもう結婚できるし、咲ちゃんももうすぐ16歳だからな。ほら! 早く孫の顔見せてくれって!」

「あらあら~この酔っ払いたちどうしようかしら~」

 

 

 セクハラギリギリの発言をかます二人とそれを見て、頬に手を添えながらニコニコ笑っているお袋。咲なんて先ほどの親父達の台詞のせいで茹蛸と間違わんばかりに真っ赤になっている。

 

 はぁ……まったく……付き合いきれないと思い立ち上がる。

 

 

「お~どうしたんだ~京太郎~~~」

「仕事も残ってるし、飯も食ったから先に戻ってるわ。親父達も迷惑だから早めに切り上げとけよ」

「え~もう少し一緒に飲もうぜ~」

「はいはい、また今度飲みましょうね。それじゃあ咲、悪いが後頼むわ」

「……うん、お休み京ちゃん」

「ああ、お休み」

 

 

 もっと飲もうぜとばかりに引き留めようとするおじさんをあしらい、未だ顔が赤い咲に後を任せてリビングを出て玄関へと向かう。

 俺がいなくなっても流石酔っ払いと言うべきか、すぐに新しい話題で盛り上がっていた。

 

 こういったことも何度かある為咲に任せるのは特に不安ではないが、面倒事を押しつけたのは変わりないので今度何か願い事でも聞いてやるか。

 

 

 

 

 

「うーさっみぃーーー…」

 

 

 外に出ると酒で温まった体に容赦なく夜風が吹きつけてくるのでポケットに手を入れ、少しでも寒さをしのごうとするが、この寒さの中ではあまり意味はなかった。

 

 家はすぐそこだからさっさと帰って風呂にでも入って体を温めればいいのだが、なんだか少し歩きたい気分だったので、寒さを我慢して遠回りをしながら帰ることにする。

 街灯も少なく、あまり明るいとは言えない道のりだが、月明かりのおかげで歩くことに問題はなかった。ただし……それに反して足取りは重い。

 

 

「はぁ…………あー……なんだろうなー……」

 

 

 しばらく歩いていると思わずため息をつき、独り言を呟いてしまう。

 まあ、その原因はさっきの親父達とのやり取りだとわかってはいるし、本来ならいつものことで流せるんだけど、どうやら和と会って当時のことを鮮明に思い出したのが足取りも重い原因みたいだ。

 あれから三年も経っているんだし、未練タラタラすぎるだろ……。

 

 多少男勝りな所もあるが、あれで晴絵は性格も器量も良い女である。たまたま昔、俺が恋人関係になれただけで、今は新しい恋人がいてもおかしくはない。

 それに少し前までは実業団リーグで活躍するほどで、今は詳しい話は聞こえないが、機会があればプロにだってなれるだろうし、俺とはすでに別世界の人間だ。

 

 そういうこともあり確かに新しい彼女を作っていいんだろうが、どうしても俺の隣に晴絵以外の姿が歩くのを想像できないのである。我ながらここまで女々しい人間だったかと自己嫌悪に陥るがどうしようもなく、再びため息をついてしまう。

 

 お互いの連絡先はあえて伝えていないが、当時の友人たちを介して連絡を取ることも出来るけどその気にはなれない。

 また、この三年間何度も連絡をしようと考えたこともあるのだが、意地なのか謙虚なのかはわからないが結局はできずにいた。

 

 別に先に連絡した方が負けと言うゲームをしているのではないが、前に進んでいる晴絵の邪魔になりたくないとか、先ほど考えたように新しい彼氏がいて俺は既に邪魔なのではないかという思いもあり出来なかった。

 

 重いなりとも前に進んでいたのだが、そんなことを考えているうちに、ついに動くのがだるくなって足も動かずその場に立ち止まる。

 どうしていいのかわからず、心の中にあるもやもやを頭のてっぺんに浮かんでいる月を見上げる。

 

 

「あーくそぉ…………会いてえなぁ、晴絵」

 

 

 無意識に出てきた言葉が誰に聞かれることもなく流れて、夜に溶けていった―――

 




 後編投下終了。さあ、次こそ過去編書くぞー。

 ちなみに登場キャラの設定やら紹介やらの項目を作るか思案中。番外編も書きたいのがあるし実に悩む。

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