君がいた物語   作:エヴリーヌ

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あらすじ


カピ「きゅー!」

京太郎「ただいまカピ…………ああ、向こうにはもう行かないから大丈夫だよ……」

カピ「きゅー……」



エピローグ 準NEW!

 春が過ぎて夏が来た。

 夏が過ぎて秋が来た。

 秋が過ぎて冬が来た。

 

 そして冬が過ぎて――また春がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さむっ…………あれ? ……ああ、いつの間にか寝てたのか」

 

 

 資料室。寒さに体を震わせ、気づけば俺はそこの机で突っ伏して寝ていた。

 窓の外は真っ暗で日も暮れている。変な体勢で寝ていたせいで体が強張っており、伸ばせば骨がポキポキと鳴った。スーツも埃だらけだ。

 

 

「今何時だ?」

 

 

 時間を確認しようと腕時計を見れば、既に短針が真下を過ぎている。最後に時計を見たときからすでに一時間以上たっていた。

 休憩のつもりで少し休んでいたのだけど、窓の外から流れる気持ちの良い風に眠気を誘われたみたいだった。といってもそんな陽気はどこへやら、すでに日も暮れているため開いている窓からは冷たい風しか入ってこない。

 

 

「やばいなぁ、まだ資料見つけてないぞ」

 

 

 辺りを見渡せば未だここに入った原因が残っている。

 放課後、上司に言われて今度使う資料を探していたのだけど中は乱雑としている為、未だに目的物を発見できていなかった。

 

 

「明日にするかな……」

 

 

 正直な所そこまで急ぎの仕事でもないし、後回しでもよい。ぶっちゃけテンションが上がらなかった。

 理由は決まっている――

 

 

「久しぶりに見たな……晴絵の夢」

 

 

 浅い眠りだったからか内容をハッキリと覚えており、眠っている間に見ていた夢を鮮明に思い出せた。

 晴絵と過ごした四年間の夢。帰って来てからは毎晩のように見ていたけど、最近はめったに見なくなっていたのに……。

 

 

「一年か……早いもんだな」

 

 

 そうだ一年。あれから一年たった。

 晴絵と別れ、故郷の長野に帰って来て、教師となってから一年たってしまった。

 

 ――あの日。晴絵と別れた日から色々と変わった。

 

 俺は母校、清澄高校の教師となった。それからは今までと違う日々にアタフタとする毎日だったけど、それでもやりがいもあってそれなりに満ち足りた日々を送っている――だけど俺の気持ちは晴れない。

 

 理由は言うまでもないだろう。良い思い出――というには未だに苦い記憶だ。

 他人から見ればもう一年も経ったからそろそろ忘れてもいい、とでもいうだろうが、当事者からすればクソみたいな言葉である。そんな簡単に忘れられるかよ……。

 

 

「やめやめ、さっさと探すか……っと、電話か」

 

 

 堂々巡りになるのはわかっていたので、さっさと頭の隅に追いやることにする。

 そして気持ちを切り替えたところで着信を告げるバイブ音に気付く。ポケットの中で震える携帯を取り出せば見覚えのあるナンバーだった。つーか実家だ。

 

 

「もしもし……ああ、咲か。うん、うん、そうだ。悪いけどもう少しかかりそうだし、先に食べててくれ……ああ、悪いな」

 

 

 手早く用件だけ話し切る。夕飯についてだった。

 この春からおばさんが仕事の都合で東京に行き、照がそれについていったため、以前よりもおじさんと咲がうちで飯を食うことが多くなった。それもあってか最近では咲もお袋とよく飯を作っているので、こうした電話もかかってくるのだ。

 ま、残念ながら平日はなかなかいい時間に帰れることはないんだけどな。

 

 

「さて、さっさと終わらせるか」

 

 

 そんなことを考えているうちに腹もすいてきたし、キリの良い所まで終わらせることにした。こればかりに時間を取られるわけにもいかないからな。

 

 

 

 

 

 結局、あれから数分もしないうちに、今までの苦労は何だったのかといわんばかりに必要な資料は見つかった。まさか入口の近くにあったなんてな……。

 無駄な時間を過ごしたことに落胆もしたけど、久しぶりに懐かしい夢を見たことは……まあ悪くはなかった。

 

 

「さて、今日はもう帰るかな」

 

 

 頭の中で明日以降の仕事を思い出し、一応これ以上の急ぎの用事はない事を確認する。授業の資料は作ったし、提出物もないな……今なら夕飯にも間に合うかもしれないし。

 そうと決まれば鞄を取りに職員室へと向かうとしよう。

 

 

「しっかし流石に夜は少し怖いな……」

 

 

 来た時には気がつかなかったけど、日が暮れれば真っ暗だ。

 夜の校舎。怪談物の舞台になることが多い場所なのもあって、中々に背筋が寒くなる。

 しかも俺がいるのは旧校舎だ……薄暗い上にさっきから木製の廊下がしなって凄く怖い。思わず独り言も多くなっていた。こういう時は……。

 

 

「急ぐか」

 

 

 速足で駆け抜ける一択だ。

 

 

「……ってあれ?」

 

 

 走りぬけようとしたら、窓の向こうに明かりが灯っている部屋を発見する。

 本校舎ならともかくなんでこっちに電気がついてるなんて…………ああ、どっかの部活動か。確か旧校舎を部室にしてる部活もあったっけな。流石にもう下校時刻は過ぎているぞ。

 

 とりあえず注意しようと思い明かりが灯っている部屋まで向かう。どうやら一番上の階にある部屋みたいだ。

 軋む階段を上り部屋の前に着けば、ドアの隙間から明かりが漏れている。ホラー系だと実は誰もいないってオチだけどそんなことないよな……。

 

 

「おーい、下校時刻は過ぎてるぞー」

 

 

 怖さを紛らわせるように声をあげ扉を開けると――

 

 

「おいおい……」

 

 

 ――本当に誰もいなかった。いや、こんなお約束いらないぞマジで。

 流石に心霊現象はないだろうし、きっと明るいうちに部屋を出て消し忘れたのだろう。そうに違いない。よし、さっさと電気を消して帰ろう。咲とカピが待ってる。

 

 

「そもそもここ、なんの部屋なんだ……?」

 

 

 在校時だけでなく教師になってからも旧校舎に来ることはほとんどなかったので見当もつかない。とりあえず電気を消す前に調べておこ………………あっ。

 

 

「雀卓……?」

 

 

 中を見渡そうとした途端、部屋の中央で一際存在感を示す物体――麻雀を行うために使う麻雀卓が目に留まった。

 こんなものがあるってことは……。

 

 

「そうか、ここは麻雀部の部室だったのか……」

 

 

 誰かが弄った後なのかまだ牌が積み上げられたままだ。懐かしくなって近づき思わず雀卓に直に触れる。

 そんなに長い期間やっていたわけではないけど、それでも俺にとって既に麻雀は特別なものになっていた。正直な所色んな出来事が噛み合わさって、好き……とは違う思いだが、それでも特別だ。

 

 この一年、照達が気を使ってくれていたからまったく触れていなかったのに、まさかこんな所で会うなんてな……。

 手を伸ばして牌を拾い、指で表面をなぞる。この感触……本当に懐かし――

 

 

「んん……だれぇ?」

「っ!?」

 

 

 突如後ろから聞こえた声に驚き飛び上がり、気づけば牌を手から落としてしまった。まさかまだ人が残っているとは思わなかった。

 声が聞こえた方へ振り向けば、一人の少女が目をこすりながら現れた。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 明るい茶髪でミディアムより少し短い髪、身長は女子にしては少し高いぐらいだろう。寝ていたのだろうか……?意識がはっきりとしないのか眼の目をこすっている。

 そうしているうちに少しずつ動作がはっきりしていき……固まった。目を白黒させている。

 とりあえず――

 

 

「下校時刻過ぎてるぞ」

 

 

 教師らしいことを言っておいた。

 

 

 

 

 

 その後、その女子生徒と話をすると、そいつは一年の竹井久と名乗った。

 なんでもこの麻雀部の部長、というか唯一の部員だという。

 

 そういえば先日、麻雀部で多少のいざこざがあったと聞いた。俺には関係ない事だと思い、詳しくは聞いていなかったけど、まさか部員が一人になってたなんてな……。

 

 

「そういうことで、少し休憩していただけで問題ないです。お迷惑をおかけしました」

「……ま、理由はわかったし、別に口うるさい事は言いたくないけど、次からは気を付けろよ」

「はい」

 

 

 俺の言葉に頷き丁寧に返事を返す竹井。

 素直だ。実に素直だ。それこそ模範的な生徒の返事だろう。だけど俺の最近ではあまり役に立たなくなった直感が告げている。こいつは何かあると。

 

 

「それで先生はなにしてたんですか?」

「見てわかるだろ、見回りだ」

「ふぅん……」

 

 

 嘘は言っていない。入るまでの目的はそれだったのだから。

 俺の言葉に対して、竹井は平常心に見せかけた一方、懐疑的な目と何かに期待したような顔をしていた。その表情を見て確信する。やはりこいつは厄介なやつだと。何故なら、その澄ました顔などはかつての友人――新子にどこか通ずる雰囲気を持っていたから。

 竹井は俺に顔を向けながらも、先ほど落として拾った雀牌へ視線を向けた。

 

 

「ねぇ、先生ってもしかして麻雀やってたんですか?」

「いや、友……人がやっててな。俺はそれに少し付き合ってただけだ」

「なんだ、そうなの」

 

 

 嘘をつくことは必要ないとはいえ、咄嗟に言葉が出ていた。自分で自分の言葉に傷つくとは情けない。

 しかし共通の話題を見つけたからか、先ほどよりも竹井の口調が砕け、距離感が近くなっている。

 

 

「でもそれなら『少し』は麻雀に興味を持ってるんじゃないですか?」

「あ、ああ……一応な……」

 

 

 どこか楽し気な竹井の言葉に思わず怯み、少しだけ本音が出てしまった……これ以上はまずいな。

 

 

「さて、俺は行くからさっさと帰れよ」

 

 

 君子危うきになんとやら、何か言われる前に帰ろう

 

 

「えっ? ま、まっ――」

 

 

 全て聞き終える前に扉を閉める。

 竹井が言おうとしていたことはおおよそわかる。だけど聞きたくなかった。

 

  それ以上追いすがられないよう、速足で駆け抜ける。チラッと扉を振り返れば横に麻雀部と書かれたプレートがあった。

 

 ――ああ、クソ……こんなのにも気づかないなんてな……。

 

 

 

 

 

 数日後。放課後にまた俺は旧校舎へ足を運んでいた。今日は使わなくなった資料をこちらの倉庫に運ぶ仕事だ。

 ちくしょう……下っ端はつらいなぁ……。

 

 とはいえそちらはあまり気にならない。俺の頭にあるのはこの間会った麻雀部の竹井の事だ。ここ数日、暇さえあればあいつの事を思い出している俺がいた。

 可愛いあの子が気になる――なんてわけがない。むしろそんなふうに言えたら逆に楽かもしれないが、俺の頭に浮かぶのは部屋を出るときに見てしまったアイツのどこか愁いを帯びた表情だ。

 

 一人っきりの部活。他の部員もおらず、顧問も名を貸すだけの存在。そんな名前だけの部活、部室であいつはこれからどうするのだろう……。

 時期的にも新しい部員は難しいから来年まで待つか、それとも諦めて自身もやめてしまうのか。

 

 いや……俺は確信していた。きっと竹井はこのまま一人でも待ち続けると。

 あいつの顔を見たときにハッキリとわかった。そんなタマではない……って――

 

 

「いかんいかん」

 

 

 頭を振って雑念を払う。他にも仕事は残ってるんだからさっさと片づけよう。

 本当に暇さえあれば竹井の事ばかり考えてしまう――が、その理由はわかっている。俺にはあいつの姿が、いつか見た晴絵と玄の姿と被ってしょうがないのだ。

 

 ――かつて麻雀に青春をつぎ込んで、燃え尽きてしまった晴絵。

 ――以前の繋がりを忘れられずに、一人で待ち続けていた玄。

 

 晴絵は時間がかかったけど立ち直った。玄は宥が傍にいて陰ながら支えていた。

 だけどあいつはどうするのか……と。

 

 けれど色々考えながらもハッキリ言ってそんなことは俺には関係ない。同情や慰めで引き受けられるほど顧問という立場は安くないのだ。

 原状、他の部活の副顧問もやっているし、一人だけの部活の顧問になるぐらいなら周りにも他の部活の顧問をやれといわれるだろう。名だけとはいえ一応顧問もいて、まともな部活動すらできない部の顧問にわざわざなるつもりはない――と自分に言い聞かせる。

 

 

「無理だな無理」

 

 

 どうにも最近独り言が多くなった。歳を取ったのだろうか……まだ23なんだけどなぁ……。

 

 

「さて…………」

 

 

 そうこうしている間に倉庫に荷物を運び終える。後は戻るだけなのだが……。

 

 

「…………少しだけ、な」

 

 

 どうにも気になってしまい、麻雀部のある階へと足を運ぶ。

 未練、後悔、贖罪――どれも当てはまるようでどれも違う。よくわからない感情が俺の体を動かす。

 

 麻雀部の部室に近づけば、シンッと静まり返った廊下に麻雀特有の牌がぶつかる音が微かに聞こえる。懐かしい音……実に聞きなれた音だ。

 見学者が来ている……ってわけでもないだろう。きっと竹井が一人で練習をしているはずだ。

 

 だんだんと部屋に近づき――足が止まる。

 

 行ってどうするのか、何がしたいのか、懐かしいという気持ちだけで混ざろうとでもいうのか……。

 そもそもなんでこうまで気になるのか……。

 

 

「ああ、そうか……」

 

 

 自問していくうちにようやく気づけた――俺は、吉野で過ごした日々を忘れたくない、無駄にしたくはないんだ。麻雀は俺とあいつらを繋ぐ絆だったから……。

 

 確かに傷である。過去にできた傷で、今も瘡蓋として残っているものだ。そのまま弄らないでおけば少しずつ治っていき、目立たなくだろう。

 だけど……あいつらとの繋がりをこのまま全てなかったことにするのは俺自身でも許せなかった。

 一年、無視していた。ならばそろそろ向き合う頃だろう。 

 

 覚悟を決め、扉をあける。

 中には予想通り、竹井が教本を手に取り、一人で山から牌をツモっていた。

 

 

「あれ……? 須……賀、先生?」

 

 

 少し話しただけだがどうやら俺のことは覚えていたらしい。俺が現れたのがよほど驚きなのか、振り返った竹井の目を見開いている。

 そりゃそうか、この間思いっきり拒絶したんだからな……きっと向こうも色々言いたいことはあるだろう。だけどとりあえず――

 

 

「改めまして、今日から顧問になる須賀京太郎だ。これからよろしく頼むな……部長」

「……………………え?」

 

 

 俺の言葉にポカーンと口を開けたまま硬直する竹井。

 さて、許可は……なんだかんだで簡単に取れるだろうなうち緩いし。あとは顧問として色々書類を作らないと。ははっ、これから忙しくなりそうだな。

 

 

 

 

 

 こうして俺は清澄高校麻雀部の顧問となった。その後の事は割愛する。

 

 一年目は、結局これ以上部員は増えず、俺と竹井だけの活動に終わった。

 その竹井は個人戦に出たが見事玉砕。中学との壁を思い知らされる結果となった。

 

 二年目になって染谷が入り、三麻が出来る環境となった。

 といっても二人とも生徒議会長や実家の事で忙しいのであまり活動はできなかった。

 

 そんなこんなで教師や顧問になってから大きな事件もなく過ぎていく。来年以降、誰も入らずに竹井と染谷が卒業すれば、この部活も廃部になるのかもしれない。

 これでいいのかと自問するが、何事もない日々も大事だと言い聞かる。

 

 何か功績をなすことが大事か?いや、それだけが学校生活じゃない。俺のように部活に入らずとも高校生活を満喫した奴もいるし、逆に無理な部活ばかりで楽しむことをできなかったやつもいる。

 どうやっても悔いというのは出る。ならばこうやって集まれる場所を作り、卒業までそれなりに楽しく過ごしていく――かつての阿知賀こども麻雀クラブのように。

 そして後々こいつらが過去を振り返って楽しかったと思えるなら……それもありではないのだろうか。

 

 だからこれからも俺は、この『普通な』日常を教師として過ごしていくのだ――――

 

 

 

 

 カンッ

 

 

 




 これで過去の物語は終了。この後京太郎たちがどうなったのかは今までの事もありお察しの通り、これ以上は必要ないでしょう。ここから現代へと続きます。

 しかし苦節三年弱……ようやく終わりとなりました、本当に長かったです。というか長くしすぎ……途中から過去編は最初から省略で行くべきだったと後悔しました。楽しかったけど。
 ちなみに余裕があったら二人がいなくなった後の阿知賀も軽く書きます(反省の色なし


 そして皆さまここまでご付き合いいただきありがとうございます。終わりは見えましたがまだまだ続きますので、もう少しだけお付き合いください。
 それでは今回はここまで、次回から現代編最終章が始まります。

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