君がいた物語   作:エヴリーヌ

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うそすじ


俺はバイクを走らせ――


京太郎「事故って入院した。留年して内定消えました」

晴絵「心配だから残ることにしたよ」


優しい世界



二十九話

 冷たい風が吹きすさぶ。冬という季節は嫌いではないが少し苦手だ。

 草木も枯れ、人もあまり出歩かないこの雰囲気はどこか情緒さを感じさせるところもあるが、それでもやはり寂しく感じる。一人で出歩くならなおさらだった。

 

 

「寒……」

 

 

 前から吹く冷たい風から体を守るようにニット帽をかぶり直し、マフラーを締め直し体を小さくして隙間風が少しでも入らない様にする。

 長野生まれの長野育ちといえども流石に寒いものは寒いのだ。

 

 

「はぁ……もうすぐか」

 

 

 一人ぼやく。

 この寒空の下、今日は就職の事で晴絵も傍にいない。だからか普段よりも心にポッカリと穴が空いたように感じる。

 

 あの日、お互いの道の為に別れることを決断した日。俺たちはもう一つ決めた。

 二人がこの地を去るまで、その瞬間までは――せめて恋人で居続けようと。そして他の皆にも話さない。決心が鈍るし、心配をかけたくもないから。

 

 勿論それは不誠実な選択だったのだろう。俺たちがここで恋人として暮らしていくにあたり大なり小なり色んな人にお世話になった。いくら俺達の間の問題とはいえ、今までの恩を忘れたそれは、信頼を裏切る行為だ。

 だけど……理屈ではわかってはいても、感情で追いつかないこともあった。俺たちは周りを含め、今のままの関係で、最期までいたいと思ったのだ。

 

 とりあえず今のところは誰にもバレていない。新子にもだ。

 晴絵が向こうに行くことは周知の事実となって、俺がそれについていく――ということでいつのまにか周りでは話が広まっていた。あえて否定はしなかった。

 

 あれ以来、俺の傍には常に晴絵がいた。今まで以上にべったりとくっつく俺達を見て、新子は子供でも出来たかと親父ギャグをかましてきたが、残念ながらそんなことはなかった。

 ならば今も一緒にいるべきなのだろうが、残念ながらお互いに都合が悪い日もあった。だからこうして手持無沙汰になり、こうやって寒空の中、一人外を歩いている。

 あと一か月もすれば俺もここからいなくなる。だから今のうちにこの街を巡りたいと思い、こうして歩いている。もう一度、同じように回れるとは限らないから。

 

 おばちゃんの喫茶店から始まり、穏乃の和菓子屋、新子と憧の神社、宥と玄の松実館、灼のボウリング場と馴染み深い所を歩く。

 そして……晴絵と初めて会った時に行ったガソリンスタンドに着いた。

 

 ここで晴絵と会った。正確にはここより少し離れたただの道だけど、ちゃんと会話をしたのはここになるのだからさして変わらない。というかあそこもさっき通ってきたからいいだろう。

 

 流石に歩き疲れた……とりあえずベンチに座ろう。あの時と同じように自販機で飲み物も買ったし。流石に寒いからホットコーヒーになったけどな。

 

 そのままボーっと、何もせずに座る。これからどうすっかなぁ……。

 まだ日は高いけど良いころ合いだ。色々回ったしそろそろ帰るかな……寒いし。

 

 

「……ああ、そういえばそうだな」

 

 

 まだ行ってなかった場所があったのを思い出す。もう少しだけ休憩したら向かおう。

 しばしの休憩を挟み、もう一度立ち上がって歩みを進める――阿知賀女子学院へ。

 

 

「ここに来るのも久しぶりか……」

 

 

 見上げれば懐かしい校舎。別に生徒として通っていたわけではないけど、それでも今になっては俺にとっても思い出のある場所となっている。

 晴絵の就職が決まり麻雀クラブも解散、それからは足を運んでいなかった。そもそも女子高に部外者の俺がいる時点でおかしいのだから来なくなるのも当たり前だった。

 

 そこまで考えて思い出す。当時晴絵と一緒だった俺ならともかく、今の俺は入れないんじゃないかと――

 

 

「やっべぇ……どうすっかなぁ」

 

 

 思わず頭を抱え込む。流石にかっこ悪かった。ニヒルに決めてたくせにこのざまだ。

 今日は平日だから放課後といってもまだ生徒も残っているし……。

 

 

「……………………帰るか」

 

 

 寒いし、どうしようもないので諦めることにして踵を返す。今度機会があったら晴絵と一緒に来よう。

 とりあえず帰りにスーパーに寄るか……寒いし確か牛肉が特売だったからビーフシチューでも作ろうかね。

 

 

「待ってください師匠!」

「あれ……玄?」

 

 

 校舎を背にした俺の耳に聞き覚えのある声が届く。振り向けば――阿知賀の制服を着た玄がいた。

 

 

 

 

 

「いやーびっくりしました、窓の外を見れば師匠がいるんだもん」

「ま、ちょっと散歩しててな。でも助かったよ」

「えへへ、師匠の為ならおまかせあれ!」

 

 

 玄の先導で校舎の中を進む俺。

 あの後、ここに来た理由を話したら玄がそのまま俺の手を引き、事務所まで行って中に入る許可を取ってしまった。こんな簡単でいいのか阿知賀女子……。

 しかしこうして顔を合わせるのも久しぶりなためかご機嫌である。といっても二週間ぶりぐらいだ。以前は二日に一度はほぼ会っていたのもあってより懐かしく感じる。

 

 

「あ、師匠、あそこでサッカー部が練習してるよ……いいね」

「どこ見て言ってるんだ」

「えへへ」

「いや、今度は照れる所じゃないから」

 

 

 いつも通りのくだらない話をしながら歩いていると、すぐに見覚えのある部屋にたどり着く。

 

 

「そうか……看板はもうついてないんだったな」

「うん……」

 

 

 解散した日に麻雀部の看板は外している。そこにあるのは何もないただの部屋でしかなった。

 仕方がない事とはいえ、俺たちが過ごした日々がなくなっていくようで少し寂しかった。

 

 

「…………ありがとうな玄、戻ろうか」

「え? 入っていかないんですか?」

「いや、だって鍵、締まってるだろ」

「大丈夫です」

「え?」

 

 

 そういうと玄は扉に手をかけ――そのまま開けた。

 

 

「……開けっ放し……か?」

 

 

 いや、違う。その考えは間違っていると、躊躇いなく入る玄の後に続けば理由はすぐにわかった。

 

 

「カーテンが開いてる……それに掃除、してあるのか?」

 

 

 クラブをやめてから数か月。それだけの期間があれば埃が積もっているのが当たり前なのに部屋は以前使っていた時と同じように綺麗にされている。

 鍵が開いていたこともそうだがこちらに驚く。一体誰が……いや、これは一人しかいないだろう。

 

 

「お前なのか……玄?」

「うん」

 

 

 隣にいる玄を見れば照れくさそうに笑っている。

 

 

「なんで……」

「だって木曜日は私の当番ですから」

「いや、それは……」

 

 

 胸を張って答える玄に動揺を隠せない。だってあれは麻雀クラブがあった時の頃の決まりだ。なくなった今では……。

 そんな俺の動揺が伝わったのか、玄がどこか寂しげな表情をする。

 

 

「私がいつも通りなら……きっとまた皆が来てくれるんじゃないかって思ったから……」

「玄……」

「あ……ほ、ほら、こうやって師匠にも会えましたし!」

 

 

 確かにあれ以来、皆で集まることはない。

 俺と晴絵は就職と卒論の件で皆と顔を合わせることは少なくなった。皆は皆で学年も違うし、クラブのような集まりでもなければ会う機会も減っていくだろう。

 だからいつか集まれる日を願う玄の気持ちもわかる。だけどこれは――

 

 

「わわわ、そんな顔しないでください師匠! これは私の好きでやってるんだから大丈夫ですっ!」

 

 

 気遣うような玄には悪いが笑えない。いつ来るかわからないメンバーを待つ。美談に聞こえるが、これはあまりにも歪過ぎる。

 一言、一言でいい。『みんなでもう一度集まろう』それだけ言えば済む話なのにそれをしないのは――いや、それは後にしよう。

 

 

「よし」

「し、師匠!?」

 

 

 邪魔になるコートを脱ぐと、玄が突如大声を出す。いつもの事なので気にしない。

 

 

「し、しし師匠なんでいきなり脱いでるんですか!?」

「別に良いだろ、室内だし」

「そ、それはそうですけど……」

「それに邪魔になるからな、お前も着てないだろ」

「!!?」

 

 

 埃が積もっていない近くのテーブルにコートを置き、そのまま部屋の中を見回す。

 

 

「さて……」

「ま、まままだお昼ですし……そ、その」

「いや、今やらなくていつやるんだよ、夜は閉まっちまうだろ」

「う……そ、そうだけど、でもここは流石に恥ずかしいよぉ……」

「意味が分からん」

 

 

 腕捲りをしてそのまま掃除用具を閉まってあるロッカーへ近づき開ける。中には以前と同じ道具が入っていた。ここも変わらずか。

 

 

「で、でも師匠が言うなら……私、ここでも大丈夫だよ!」

「いや、最初からそのつもりで来たんだろ、ホラ」

「……………………箒?」

 

 

 玄の目の前に取り出した箒を差し出せば何故か目をぱちくりとさせていた。

 いや、なんだよその顔。

 

 

「??? …………!!!?」

「突然蹲ってどうした」

 

 

 眼をパチクリとさせていたと思ったら、なにやら両手で顔を隠し、こちらに背を向けて座り込む玄。

 髪の間からうっすらと見える首が赤くなっている。よくわからんがいつもの暴走か?

 

 

「…………だ、だいじょうぶなのですししょう」

「いや、どうみても大丈夫じゃないだろ、顔真っ赤だぞ」

「うぅぅーーっ!」

「なんで唸る」

 

 

 思いっきり頬を膨らませて涙目である。なんだろう……悪いことを気がした気がする。

 

 

「あー……えーと、俺も手伝うから掃除しようか」

「…………」

 

 

 無言で頷く玄。茹蛸みたいだった。

 その後、黙々と掃除を始める。最初は黙り込んでいた玄だったけど、時間も経てばいつも通りの様子に戻った。

 

 

「玄、上叩くぞー」

「はい。あ、その前に右足失礼します」

「あいよ」

 

 

 お互い慣れたものでみるみるうちに汚れも消えていく。といってもたいして汚れていないな。

 

 

「ふぅ……これで終わりだな」

「おつかれさまです」

 

 

 一時間後、部屋の中の掃除がようやく終わった。

 日ごろから玄が掃除していた為かあまりやることもなかったが、それでも一部屋を二人で掃除をするのは中々に大変だ。これを玄は一人でやっていたのか……。

 流石に疲れたので、片づけてあった椅子を下ろして並べて二人で座る。

 

 

「あ、これ残りものですけど飲んでください」

「悪いな」

 

 

 いつの間に持って来ていたのか、玄が水筒についでくれたお茶をもらい一気に流し込む。動いているうちに汗もかいていたが、それも用意してくれたタオルで拭う。

 こうやってすぐに用意できるあたり、玄の気配りを感じる。良妻賢母ってやつだな。

 

 

「師匠が手伝ってくれたからすぐに終わりました。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 

 たいしたことはやってない、たかが一回手伝っただけだ……そうだな、掃除をすることで一旦後回しにしていたけど、ちゃんと話さないとな。

 改めて話をするために玄を正面から見つめる。

 

 

「なあ、玄……これからも掃除、続けていくつもりなのか?」

「はい、もちろんです」

「……そうか」

 

 

 思わず渋い顔が出る。

 屈託のない笑み、傍から見ればそうにしか見えない。ただそれでも……寂しげな表情は隠せていない。

 今の俺には余裕がない。晴絵の事を何よりも優先している。だけど、それでも……少しはできることもあるはずだ。

 

 

「玄…………ハッキリ言うぞ。これから先、あの頃の様にクラブが元通りになることはないんだ」

「…………」

 

 

 突然出た俺の言葉に玄が驚くが、すぐに目を伏せ、きつく唇を噛む。黙っていても苦しそうな気持ちが伝わってきた。

 俺自身ひどい事を言っている自覚はある。かつてあった日常を想う玄の気持ちを踏みにじる行為だ。だけど……玄もわかっているはずだ。一度なくしたものは簡単には戻らないと。

 晴絵も俺もいなくなり、穏乃や和は阿知賀へ入るが、憧は別の中学に行く。二度と同じメンバーが揃うことはないだろう。玄のやっていることはいつ芽の出るかわからないことだ。だけど――

 

 

「だけどな……もう一度、形は少し違うかもしれないけど始めることはできる。晴絵が始めた阿知賀こども麻雀クラブじゃない……新しく、皆の集まれる場所を」

「新しい……」

「これは別に命令じゃない、ただの……お願いだ。だからもう少しだけ考えてみてくれないか」

 

 

 本当ならば俺自ら他の皆を誘って何かしらの機会を作ってやればいいのだろう……だけど近いうちにここからいなくなる俺には何もできない。する資格もない。少し背中を押すだけ、道を示すだけだ。それも正解なのかはわからないけど。

 

 

「なあ、玄。欲しいものはな……自分から動かないと手に入らないんだよ」

「…………」

「もちろん待っていればそのうち変わることもあると思う。だけど、それじゃダメなんだ……」

 

 

 なんという自虐。俺が言える立場じゃない。欲しいものを自分から手放してしまう愚か者だ。

 そんな俺が誰かにアドバイスなんて烏滸がましいかもしれない。ただそれでも……こんな玄を見ていられなかった。

 

 

「時間はあるんだ、ゆっくり考えてくれ」

「……はい」

 

 

 無責任だけど俺が言ったのも一つの選択肢に過ぎない。玄にも考えがあるだろう、色々言ったがどうするかは玄自身で決めてほしい。

 

 それからしばらくお互いの気持ちを落ち着ける為に関係のない話を始める。学校の事や家のこと、しばらく聞くことのなかった話だ。

 先ほどの話をしていた時は落ち込んでいた表情をしていた玄だけど、すっかり元通りだ。

 

 

「それでこの間、晴絵が間違えてジャージを中に着たまま外に出ちまったんだよ」

「あははっ、赤土さんらしいですね」

「まったくだ……と、もう暗くなってきたな。そろそろ帰るか、送っていくよ」

「やったぁ!」

 

 

 話しているうちに日も落ちてしまい既に外は真っ暗だ。帰り支度をするために使った用具をしまいカーテンを閉める。そして隅に置いておいたコートを手に取り、ようやく気づいた。

 

 

「玄、鞄は?」

「あ! 教室に置きっぱなしだ!」

「じゃあ教室寄らないとな」

「てへへ」

 

 

 とりあえず部屋を出ないことには始まらないと扉まで歩く。一年の教室は何階だったっけな……。

 

 

「なあ玄「あれ、おねーちゃん?」え、宥?」

 

 

 玄の言う通り、よく見れば扉を開けた先、廊下の真ん中に宥が立っていた――いつも通りの不審者恰好で。

 日も暮れて暗くなった夜の学校の廊下では中々イケてる格好だった。

 

 

「おねーちゃんっ、どうしたの?」

「うん、玄ちゃんの教室に行ったらまだ鞄があったから……」

「ああ! ありがとーおねーちゃん!」

「こんな時間まで残ってたのか?」

「う、うん」

「寒かっただろうに……ほら」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 寒さで震える宥の肩に俺のコートを脱いでかけてやる。少し寒いが仕方ないな、マフラーもニット帽も被っているし、家までは耐えられるだろう……あれ?

 

 

「(冷たい……)」

 

 

 今、コートをかけたときに宥の頬に手が触れたのだけど、凄く冷たかった。まるで長時間冷気にあたっていたかのように。

 いや、そもそもなんで宥がこんな時期に家に早く帰らず、暖房も切られていく校舎にこんな時間まで残ってるんだ……。

 疑問に思っていたのだが、隣にいる玄の顔を見てすぐに思い至った――

 

 

「ああ…………そういうことか」

「京太郎さん?」

「いや、なんでもないよ。寒いし帰ろうぜ」

「はいです!」

「……なんで俺の右手を握ってるんだ玄」

「これの方が温かいのです!」

「そうだね~」

「宥まで……ま、いいか」

 

 

 せっかく楽しそうにしているんだ、それ以上野暮なことは言わずにおく。

 その後、両手を二人に握られたまま俺は帰路についた。晴絵に出くわさない様に祈っていたのが届いたのか、何事もなく帰れたのは幸運だったのだろう。

 

 玄がこれからどうするかはわからないけど傍には宥もいる。だからきっと大丈夫だ。

 




 クロチャーをフォローしてるのか追いつめてるわかりませんが、とりあえずいちゃついてる二十九話でした。
 別れ話の後にこれを入れるのは蛇足気味ですが、この話がなきゃ麻雀クラブに関わった意味が半分なくなるので、濁す程度で終わらせる予定を変更して急遽投入しました。次回こそ完全に別れます。


 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。

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