君がいた物語   作:エヴリーヌ

23 / 67
うそすじ


 襖を開けて入ってきたのは――


「あ、あはは……」


 ――何故か小さくなった晴絵だった。


 次回から迷探偵ハルエが始まります。




二十一話

「あははははははははっ! しずと私が姉妹か! そりゃいいね!」

「京太郎もうっかりだねー」

「おいおいあんま弄ってくれるなよ……」

 

 

 二人が到着した後、なんでチビッ子達が此処にいるのかを晴絵たちに説明をしているうちに、先ほど穏乃ちゃんと憧ちゃんを間違えたことを話すと大笑いされてしまった。

 確かに早とちりだったけどそこまで笑わなくてもいいだろ……。

 

 

「ごめんごめん。ほら、さっき焼いたケーキ持ってくるから許して。ね?」

 

 

 掌を合わせて新子がウインク。その様は実に似合っている。そしてその言葉に反応するものがここに一人。

 

 

「ケーキ!!?」

「しずってば、今、須賀さんのシュークリーム食べたばかりじゃん」

「……てへっ」

「いいんじゃない。望もいっぱい作ってるだろうし、しず達も食べていきな」

「やったー」

「はぁ、まったく……」

 

 

 晴絵の一言に穏乃ちゃんが両手を掲げながら喝采し、それを見て憧ちゃんがため息をつく。二人の関係性が見える一コマだ。その様子を見て、新子も苦笑しながら部屋を出て行く。

 と、そこで少しに気になって隣に座る晴絵へと振り向く。

 

 

「そういえば晴絵は二人と知り合いなのか?」

「まぁ、望の妹とその友達だからね。それに狭い阿知賀なら結構見知った顔も多いわけよ」

「そうか?」

 

 

 いくら子供が少ないって言っても無理がないかと思ったけど、晴絵は有名人だしそんなもんか。

 そんな会話をしていると、テーブルを挟んだ正面で憧ちゃんが何やらそわそわしていた。

 

 

「そ、それよりハルエはこの人とどういう関係なの?」

「え? えーっと……ね、その…………か、彼氏……」

「……………………マジ? そういえばお姉ちゃんから前に聞かされたかも……衝撃的だったからすっかり忘れてたわ……」

「へぇー赤土さんって彼氏いたんだー」

 

 

 俺と晴絵の距離感が気になったためか、憧ちゃんが俺達の関係を聞いてきた。それに対し、もじもじしながら晴絵が答えると、答えが予想外すぎたためか絶句している。

 まあ、気持ちはわからんでもないな。

 

 しかし二人の反応を見る限り、俺たちの事は大人の間では有名だけど子供たちにはあまり伝わってなさそうだな。ここら辺は子供たちへの教育に悪いからなのか、俺たちをそっとしておこうという大人達の気遣いなのだろうか……恐らくは前者もあるが、後者が大きいのだろうな。

 

 

「うう……京太郎、憧が苛めるぅ……」

「はいはい。ほら、シュークリームやるから機嫌直せ」

 

 

 憧ちゃんのありえないという視線が微妙にショックなのか、泣き真似をしながらしなだれかかってくる。その様子に憧ちゃんが、再び目をひん剥いていた。そしてとりあえずこの場では俺の分のシュークリームを渡して宥めておく。

 残り?全部ちびっこ達の胃の中だよ。まあ、こういった場という事で手元に置いたけど散々味見をして実際に食べるのは結構きつかったしな。

 

 

「あ……」

 

 

 とはいえ、タダでさえこの状況で目立っているのにこんなことをすれば流石に察する者もいた。憧ちゃんがバツの悪そうな顔で手元を見ている。

 なので、わかりにくいかもしれないが、苦笑しながら目線と手の僅かな仕草で気にしなくていいと伝えておいた。流石に誤魔化しようがないからな。

 

 伝わるか不安であったが、憧ちゃんはすぐに理解したようで無言でぺこりと頭を下げてきた。見た目は穏乃ちゃんと同じで普通の元気娘だが、姉に似て年相応以上に気遣いのできる子みたいだ。

 

 

「?」

 

 

 もう一人は年相応にわかっていなかったが、まあ、可愛いからいいんじゃないかな。

 

 それからすぐに新子も戻ってきて、新子が焼いたバナナケーキを肴に盛り上がる。チビッ子達も最初は遊びに行くつもりだったみたいだけど、ケーキや見知らぬ俺の事が気になるようでここに残っていた。

 

 

「へぇー須賀さんって長野の人なんだー……長野ってどこ?」

「えっと……たしか埼玉の上かな? …………多分」

「それは群馬か栃木。憧は頭良いんだけどどっか抜けててお姉ちゃん心配だよ」

「ちょ、ちょっとまちがえただけ! それにあたしの事は良いからっ! そ、それで大学のためにこっちに?」

「ああ、色々やりたいことがあってな」

「へぇー」

 

 

 この年代の男と話すのが珍しいのか、色々と二人に質問をぶつけられる。

 まあ、子供の頃って自分の世界が狭くて、歳が離れている相手と話す機会なんて普通はないからな。色々と気になる年頃だし興味もわくよな…………玄は別格な。

 そういえばこうやってしばらくの間話してきたためか、先ほどまでと違って緊張が取れて憧ちゃんの言動が少し年相応になって来てるな。

 

 

「そ、それでハルエとは、い……いつからつきあ……出会ったの?」

「高校三年の夏の旅行に来た時だから二年前だな。それで付き合い始めたのは去年の秋からだ」

「う……」

「憧、顔真っ赤ー」

 

 

 恥ずかしさからか、憧ちゃんが口籠った言葉をあえて拾って意地悪そうに言うと、途端に憧ちゃんは恥ずかしさのあまり顔を赤くして、体を縮こませてしまった。

 

 

「ふむ、耳年増は姉譲り 「なんかいったかなー?」 いや、なんでもないぞ」

 

 

 そんな様子が可愛くて更にからかおうと思ったら、別の方向からプレッシャーをかけられる。付け足し。姉には地獄耳もついているようだ。

 

 しかし晴絵と会ってから二年か……早いもんだな。あの時は他にも宥達と会って、他にも――

 

 

「それでどうして今日は憧んちに?」

「ん? ああ、いやこっちに引っ越してかなり経つのに 新子の家に行ってないなーって話になってな。それで遊びに来たんだ」

 

 

 またなにかを思い出しそうになったが、穏乃ちゃんからかけられた言葉で霧散する。後一歩なんだけどなんか思い出せないんだよな……。

 とまあそんな俺の言葉を聞いた穏乃ちゃんが、良い事を思いついたとばかりに立ち上がる。

 

 

「ほうほう、なら私たちがあんないするよっ!」

「え、たちってあたしも? まあいっか」

 

 

 その穏乃ちゃんの言葉に、しょうがないなー立ち上がる憧ちゃん。なんかいきなり話が進んでいるけどいいのだろうか?

 

 

「いいんじゃない? 須賀くんも若い子の方が嬉しいでしょ?」

「若すぎだっつーの。まぁ、俺はいいけど場所が場所だけに余所様が見て待ってもいいのか? それに二人を残していくのは……」

「まあまあ、そこらへんは大丈夫。こっちもハルエの面倒はしっかり見ておくから気にしないで。須賀くんから聞けなかった二人の赤裸々な日々について聞いておくし」

「……言わないよ」

 

 

 手をひらひらとさせながら行って来いと合図を送る新子。というか完全に晴絵がペット扱いだ。

 しかし赤裸々な日々……ぶっちゃけ心当たりが多すぎる。晴絵も下手なこと言わなきゃいいんだが、すぐに挑発に乗るって余計なこと言うし。

 

 

「ほら、行こっ!」

「あ、待ってくれ。それじゃ行ってくるわ」

「いってらっしゃーい」

 

 

 先に出た憧ちゃんに続くように穏乃ちゃんに手を引っ張られ、晴絵と新子に見送られながら部屋を出る。その時にチラッと晴絵の表情を見たが、特になにもなく普段と変わらなかった。

 以前宥の事で嫉妬させたが、流石に歳もさらに離れているからか、この二人にはそういった感情はないようで安心した。

 

 

 

 それから憧ちゃんたちの案内で神社やその周囲を探索する。以前参拝で来たといってもここまで詳しく見ることはなかったので中々興味深かった

 

 

「へー、ここってそんな話があるのかー」

「……しずには前にも話したと思うけど」

「そうだっけ?」

「まったく……」

「はは、でも憧ちゃんは物知りだな」

「当然だし」

 

 

 憧ちゃんの解説はまだしっかりと教えられていないためか、一部話が曖昧な所もあったがそれでも素人が効く分には十分な内容であった。この年にしてはしっかりしており、思わず褒めると、胸を張って誇らしっていた。

 そのような得意げな顔は新子によく似ており、改めて姉妹であると感じる。

 

 

「さて、説明できるのは大体こんな所だねー、次はどうする?」

「そうだなー…… 「山行こう! 山ーっ!」 山?」

 

 

 あらかた回り終ったことで次にどうするかを話し合っていると、突如穏乃ちゃんが斜め上の方角を指さして山に行こうと言いだした。何故に山?

 

 

「ほら行こう!」

「お、おいっ!?」

「しずは山が好きだからねー」

 

 

 先ほどと同じように穏乃ちゃんに手を引っ張られながら神社を出て、すぐ近くの山に向かって走り出す。いきなりの事に慌てるが、手を振り払うわけにいかずおとなしくついていくことにした。

 というか憧ちゃん。しょうがないという風に笑っているが、君も満更ではないように見えるぞ。

 

 その後、田舎らしく直ぐに森の中に入り、山道を歩きながら山を登っていたのだが――

 

 

「ひい……ひぃ……ちょっと休憩……」

「えー、もう?」

「須賀さん体力なさすぎぃー」

「はは、二人が、げ、元気すぎなんだよ……」

「そうかな?」

「うーん……どうなんだろ?」

 

 

 呆れる二人には悪いが、ここまで二人の全力疾走に付き合っていたせいかすっかり息が上がっていたため立ち止まって、近くの木を背もたれにして座り込む。大学に入ってから筋トレはしていたが、晴絵と付き合ってから疎かにしていたし、運動もあまりやらなくなったからな。

 

 とはいえ、一番は子供の体力が底なしというのが大きいだろう。照と咲もそうだが、遊び関係になるとどうして子どもはあそこまで疲れ知らずなんだろうな、謎である。

 ちなみに女子の買い物が長いのも謎だ。下手したら何時間も同じ店にいるし、あれは化け物に近い。ただし晴絵は例外である。あいつはそこらへん決めるの早いからな。

 

 

「ふぅ……でも二人とも山が好きなんだな」

「まあねー」

「べ、別に好きじゃないし」

 

 

 俺も田舎育ちだし気持ちはわかる。多少の飽きもあるけど、やっぱり自然に囲まれているとリラックスできるからな。受験時代は気分転換によく散歩してたっけ。

 まあ、最近じゃ時々晴絵とピクニックに出かけたりするぐらいで全然登らないけどな。だけどホント体力落ちたな……今度久しぶりにあそこ行って体動かすか。

 

 

「ふう、それじゃあ行こうか」

「もういいの?」

「ああ、折角案内してくれるのにずっと休んでてももったいないからな」

「といっても別に行っても景色がいいだけで、何かあるわけじゃないよ。しずはただ単に山登りが好きなだけで」

「そうなのか? …………まあいっか」

 

 

 目的地に何か見るものでもあるかと思って期待もしていたのだが仕方ない。運動不足だし、偶にはこういうのも良いだろう。

 

 

「それじゃあ穏乃ちゃん、先頭に立つのは任せるよ」

「りょうーかい。あ、そうだ須賀さん、私の事は呼び捨てにしていいよ」

「ん、いいのか?」

「うん、あんまりちゃんづけで呼ばれるの慣れてなくて」

 

 

 そう言うと穏乃ちゃんは恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。うーん、こんな所も晴絵に似てるな。

 そんな思わぬ共通点を見つけ感心していると、今度は憧ちゃんが――

 

 

「あ、あたしも憧でいいから」

「別に無理しなくて 「してない!」 そ、そうか……」

 

 

 恥ずかしがってもじもじしている所を見て、無理ならと伝えようとしたのだが拒否されてしまった。あれかな、自分だけ仲間外れにされたように感じたのかもしれないな。

 それでも一応呼び捨てで呼ぶのを許してもらえたのは、仲良くなれた証拠のようなものだし嬉しかった。

 

 

「わかった。ありがとうな穏乃、憧。それじゃあ逆に俺の事も名字じゃなくて名前で呼んでくれていいぞ」

 

 

 こちらだけが呼び方を変えるのは不公平かと思ったので、そう切り出してみると――

 

 

「うーん……」

「……」

 

 

 二人とも何やら悩んでいた。

 

 

「どうした?」

「なんて呼べばいいかなーって……京太郎さん?」

「別にそれでもいいぞ」

 

 

 呼び捨ては流石に周りの目もあるから無理だけど、それ以外なら好きに呼んでいいしな。

 

 

「あ……あ、あたしはパスッ……今まで通り須賀さんで」

「なんで?」

「な、なんでも!」

「はは、別にかまわないよ」

 

 

 きょとんとした顔の穏乃に憧が声を荒げる。恐らくだが、向こうから呼ばれるのはともかく、歳上の男を自分から名前で呼ぶのが急に恥ずかしくなってきたのだろう。もし俺が逆の立場だとしても中々呼べないだろうな。

 

 

「それで穏乃はどうする? 憧みたいに無理に変えなくてもいいけど」

「うーん…………………………………兄ちゃん」

「……はい?」

「兄ちゃん、ってどうかな?」

 

 

 唐突な穏乃の提案に思わず聞き返す。今まで京ちゃんとか呼ばれたことはあったけど兄ちゃんはなかったな……。

 今までにない呼び方に戸惑い、どうしようか返答に困っていると、穏乃が不安そうな顔をしているのに気付いた。

 

 

「あー……別にいいぞ」

「ほんと?」

「ああ」

 

 

 少し恥ずかしいが、まぁいいかな。穏乃も満更ではなさそうだし。

 

 

「うーん……でもなんかなー。やっぱ別のにしよっと」

「おいおい」

「しず……」

 

 

 さっきあんなに悩んでたのにいきなりの撤回であった。いや、別に本人が言うならいいんだけどね。

 

 

「んー……京太郎……兄ちゃん…………そうだ! 京兄ってどうかな?」

 

 

 そして悩みに悩んだのか、俺の名前と先ほどの兄ちゃんの間を取って、京兄という案を出してきた。まあ、兄ちゃんほど恥ずかしくもないしありじゃないかな。照達の呼び方もそれに近いから慣れてるし。

 そんなわけでその呼び方にOKを出すと、穏乃は自分が言った言葉をかみしめるように何度も繰り返す。

 

 

「京兄……京兄……へへっ」

「なんだ、気に入ったのか?」

「うんっ! 私って兄弟いないからこういうのってなんかいいかも」

 

 

 そういうと嬉しそうに俺の周りをグルグル回り始める。

 そうか穏乃は一人っ子なのか。もしかしたら身近な友達の憧に姉がいるのもあって少し羨ましかったのかもな。

 

 

「よっしゃ! 京兄早く行こう!」

「あ、待てって! 憧、行くぞ……っていない」

「へっへーん、置いてっちゃうよー」

「いつの間に!?」

 

 

 振り向くとそこにいたはずの憧はすでにおらず、気付いたら俺よりも先に走り出していた。さっきまでしおらしくしていたと思ったらこの調子である。女の子の所もあるけどこういった所も見ると、やっぱまだまだ子供だな。

 

 

 

 それから二人に付き合って野山を駆け回り、その日は久しぶりに体を動かした休日となった。

 ちなみに晴絵たちの所に戻るころにはすっかり日も沈んでいて、思いっきり呆れられてしまったのは言うまでもなかった。

 




 昔会ったことを思い出さないというまさかの展開。とはいえ二年前に少しだけ顔を合わせた相手なんて普通は覚えてないだろうという事から。宥とはその出来事を後まで深く気にしていたかという違いです。


 さて、ようやく四人までそろった阿知賀メンバー。ならば次に来るのは――――ですね。あと、そろそろ奴も出てきます。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 キャラ紹介過去編に【高鴨穏乃】・【新子憧】追加しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。