君がいた物語   作:エヴリーヌ

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うそすじ

「まったくしょうがないなー」

 どうするべきかと悶々と悩む俺に新子は呆れた表情を見せたかと思うと、部屋の隅に置いてあった鞄の中に手を伸ばし―――

「桃太郎印のきびだんご~♪これを食べさせれば色んな意味で一発だYO!」
「まさに外道」



十六話

 あれから映画を見終えるとそのまま近くの店に入って昼食となった。

 いつもだったらバーガー店や牛丼屋、ファミレスとまったく場所に拘らない俺達だが流石に今日だけは違っており、入ったのは子洒落たイタリアンな店だった。

 

 元々デートするにあたって事前に色々調べて選んだ店なのもあって雰囲気も良く、味もなかなかの店だ。そして映画を挟み、時間をおいて慣れたことと料理のうまさもあってか、今朝俺たちの間にあったぎこちなさもほとんど消え、会話も随分と弾むようになっていた。

 

 

「いやーまさかあそこで恋人が裏切るなんて思わなかったなー」

「ああ、彼女を助ける為に自分を裏切り者にするなんて咄嗟に考えつかねーよ」

「酷く裏切ったのも自分に未練を残させない為だなんてね、でも裏切られても彼氏を信じていたから最後は二人とも助かったって結末はよかったね」

「当たりの映画だったな。今度レンタル始まったらまたみるか」

「さんせーい」

 

 

 食事中の会話でメインとなったのは、やはり先ほど見た映画で、前情報通りなかなかの出来だったので俺も赤土もご満悦だ。

 このように店に入ってから和やかな雰囲気が続いていたが、これではいつもと変わらないので少し切り込んだ話をしてみることにする。

 

 

「なぁ、赤土もやっぱああいうのには憧れるのか?」

「え? う、うん、一応……そうかな」

 

 

 予想外の事を聞かれたためか赤土は最初目をパチクリとしていたが、少し戸惑いつつも頬を掻いて照れながら答える。

 赤土も女の子だからな、本人は自分に合わないからと俺にはそういった面はあまり見せないが、こう見えて恋愛ものの映画や本を見ることも多いらしい(新子談)。

 

 

「そうだね……別に命張って欲しいとかそういうのじゃないけど、あれだけ自分や周りを顧みないほど誰かを好きになれたら素敵だと思う」

 

 

 その様子を思い浮かべているのかどこかうっとりとした表情を見せる。いつもだったら茶化すところだけど、そんな雰囲気でもないしする気も一切起きなかった。

 どこか暖かげな気持ちになりつつパスタに手を伸ばして食べていると、ふと前方から視線を感じた。

 どうしたのかと思い顔を上げると、赤土が何か言いたげな視線を向けていた。

 

 

「どうした?」

「あれさ…………須賀君はどうなの? やっぱ彼女とか欲しいと思う?」

「まぁ、俺も男だし時々そういった気分になる時もあるかな」

 

 

 探りを入れるように聞いてきたので偽りなく答えておく。

 本人はさりげなく聞こうとしているみたいだが、少し身を乗り出しているし、落ち着かなげなのが丸わかりだ。

 

 

「それって……やっぱり大きい胸の人?」

「あー…えー…………い、いや、確かにそういった好みもあるけどー……別にそれだけじゃないぞ」

 

 

 まさかの性癖を突かれて慌てるが、なるべく平静を装い答える。うまく隠していたつもりだけどいつバレたんだ?

 

 

「んんっ、あーそうだな……改めて考えると色々あるんだろうけど、やっぱ一緒にいて楽しいとか落ち着くってのが一番だな」

 

 

 確かに大きい胸は好きだが、小さいからそいつを好きにならないってことはあり得ない。現に今の俺も赤土の事を意識しているしな。

 そんな俺の言葉を聞いた赤土は頬を緩めて、ホッとした表情を見せながら浮かしかけていた腰を下ろす。今日の赤土は随分と積極的だ。やはり新子の言っていたことは本当なのだろうか……。

 

 

「ん、そっかぁ……いや、ごめん、須賀君がテレビで胸の大きい人が出ると普段より真剣に見てるから気になってさ」

「おぅふ……そこは男だから仕方ないという事で流しておいてください」

「ふふ、わかった」

 

 

 昔、三尋木に見苦しいから控えろと注意されて以来なるべく表情には出さないようにしていたんだけどな。流石に付き合いも長くなるとばれるか。

 ともあれ、俺だけ聞かれるのはフェアじゃないよな。

 

 

「それじゃあ赤土はどんな奴がタイプなんだ?」

「え、私? …………考えたことないけど……そうだなぁ」

 

 

 頭を捻り赤土が考え込む。いい言葉が見つからないのか、店の中を見回し時折こちらに視線を向けてもいる。さっきの俺もそうだったが実際に改めて聞かれると困るよな。

 苦笑いしつつ待っていると、先ほどまでとは違い、どこか緊張気味に赤土が口を開く。

 

 

「そう、だな……楽しくて優しくて気が利いてて、普段から頼りになる人がいいかな…あと、子供にも優しい所があると良いと思う」

 

 

 考え込んだ割には聞かされた内容としては俺とたいして変わらないごく普通のものであった。まぁ、大体そんな所だろうな。

 そんな感じで普段の俺達からはあり得ない会話もあったせいかどこかしんみりとした空気が漂う。

 

 

「……じゃあそろそろ出るか」

「……おっけー、次はどこ行く?」

「そこは着いてからのお楽しみという事で」

「えーなにそれー」

 

 

 隠しているのが不満なのか笑いながら腰をツンツンとつつかれる。別に近くの綺麗な紅葉が見られる自然公園に行くだけだから隠すほどの所でもないが、ここで言うのもつまらないしな。

 それから先ほどのように俺が払う形で会計を済ませ外に出てから再び手を繋いで俺達は歩き出した。

 

 

 

 

 

 あれから色々と回っているとあっという間に時間も過ぎ、すっかり日も暮れてしまった。

 

 最後に入っていた店を出ると、俺達はそのまま夜景が綺麗だと言われるちょっとした山の上の丘にある公園まで来ていた。

 そこから見える街の景色は絶景かつロマンチックであり、デートの締めには最適だろう。また、運が良かったのか他に人の姿は見えなく、今ここにいるのは俺達だけだった。

 

 

「綺麗だね……」

「ああ……」

 

 

 手すりに寄りかかりながら街の光を見て呟き、横目で隣にいる赤土を盗み見る。

 今日一日友人の赤土晴絵でなく、一人の女性として改めて赤土晴絵を見て来たが、以前にも増してどんどん惹かれているのがわかる。

 ちょっとした仕草も可愛く見えるし、疎い俺でも赤土の事を女性として好きになっているのだと思う。だから本当なら周りの雰囲気も良い今ここで告白をすべきなのだろう。

 

 しかし、俺が赤土の事を好きなのがわかったとはいえ、元々今日は確認という意味合いが大きく、いきなり告白というのはがっついているし、なにより赤土も困惑するだろう。

 よって後日改めて告白をしようと内心で決意を固めていると、突如、赤土が後ろに向かって歩き始めた。

 

 

「どうした?」

「ん、ちょっとね……須賀君はそのままでいて」

「あ、ああ……」

 

 

 そう言って俺を制してから赤土は数歩下がったかと思うとこちらに背を向けたままでいる。何をしているのかわからなかったが、見られるのは恥ずかしいかもと思い視線を戻し、再び夜景を見て待つことにする。

 その後二、三分してから赤土が戻ってきて再び隣に並ぶ。

 

 

「……今日は本当にありがとね」

「何度も言うけど元は俺のせいだしな。それに俺もすげぇ楽しかったし」

「そうなんだけど――――おかげで私も決心ついたから」

「なにがだ?」

 

 

 いきなり決心したとか言われ、どうしたのかと思い横を向くと、赤土が真剣な表情でこちらを見て――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――須賀くん、もしよければ私と付き合ってください」

 

 

 

 

 

 ――そう告げてきた。

 

 

「………………え?」

 

 

 突然の事で頭が真っ白となり驚くが、赤土はそのままお構いなしに話を続ける。

 

 

「今日一日須賀君とデートして分かったんだ、私が須賀君を好きだってこと…………ううん、本当はとっくの昔に好きになってて、少し前から気付いてたんだけど今日ので確信できたよ」

 

 

 真っ直ぐな視線を向けながら話す赤土から俺も視線を逸らせない――いや、逸らさない。

 

 

「実はね、少し前に望に相談したんだ……須賀君からデートに誘われたって事。その時に色々言われてね、改めて自分の気持ちを思い返したんだ」

 

 

 そこまで言うと再びこちらに背を向けて、夜空を見上げながら赤土が話を続ける。

 

 

「最初に須賀君に会った時はカッコいいけどちょっと間抜けな人って印象だった。だって夏の山でバイク押して歩いてたしね。それでも話し始めてから面白かったからなのかな……当時は男の子話すことなんてなかったのに、これで終わりは残念だって思ったんだ」

 

「次にあった時は観光で来てるのにわざわざ自転車直してくれていい人だって思った。だから前の日のこともあってお礼をしたくなったし、それでもっと話したいと思ったから観光に誘って番号も交換した……あの時ね、須賀君から連絡来ないのにやきもきしてたんだよ……待てなくて自分から送っちゃったけどさ。それからは直接会えなかったけど電話でいっぱい話して楽しかったっけ、男子とあんだけ仲良くなったのなんて初めてだったし」

 

「それから大学の事でまたこっちに来た時は嬉しかったから柄にもなくお洒落なんかしちゃった。まぁ、須賀君は気付いてなかったと思うけど。それであの時は色々恥ずかしい話聞かせちゃったけど凄くすっきりしたんだよね。周りの皆は当時の事を知ってるから改めて話すことなんてなかったし……それであれから須賀君のおかげで将来どうしたいのかも少しだけ先が見えて、今まで気の乗らなかった勉強にも集中できた。そんで合格して須賀君と同じ大学に行けるのは嬉しかったよ。だって絶対今以上にこれから楽しくなるってわかってたから」

 

「それで大学に入ってからは本当に楽しかった。須賀君と大学行って、須賀君の家で色々やって毎日が楽しかった。周りからカップル扱いされるのも実は満更でもなかった。だけど須賀君に他の女の子が近づくのは表ではからかってたけど内心ではちょっと嫌だった。それで夏休みに須賀君の友達から話を聞いた時も恥ずかしかったけど……ちょっと嬉しかった…」

 

 

 そこまで言い終えた赤土がこちらを振り返ると、その顔は真剣だが目は潤み、頬は赤くなっている。

 

 

「私はね……須賀君と一緒にいると楽しい。一緒にいるのが好き。一緒にどこかに行きたい。一緒に遊びたい。一緒にいろんなものを見たい。一緒に馬鹿なことしたい。一緒にもっともっといたいって思ったんだ。だけど……私たちは友達だからそのうち須賀君にはきっと素敵な彼女が出来て、一緒に居られなくなるって思ったらすごく嫌だった……」

 

「でも、もしかしたらこの気持ちは友達が自分から離れていくのが嫌だっていう只の嫉妬心かもしれなかったから…………もしそうだったらそんなのに須賀君を付き合わせたくないし、何より今の関係を壊すのが怖かったんだ。だから今回のデートで自分の気持ちを確かめたかった―――私は須賀君の事をどう思ってるのか」

 

「それでね……友達として見なかった須賀君もやっぱり素敵だった。手を繋いだときは凄くドキドキしたし凄く安心できた。他にもいっぱい良い所があったけど言い切れないや……それでやっぱり私は須賀君が好きってわかった。友達としてでなく、もっと近くに居たいって思った」

 

「意地悪な須賀君が好き。ちょっとおバカな須賀君が好き。困ったらすぐに助けてくれる須賀君が好き。文句を言いつつも付き合ってくれる須賀君が好き。照ちゃん達に懐かれてる須賀君が好き。やさしい須賀君が好き。楽しい須賀君が好き。一生懸命な須賀君が好き」

 

「だからこれから友達としてではなく、恋人として私と付き合ってほしいっ!」

 

「無駄に身長が高いデカ女で、須賀君の好みと違って胸も大きくないし、頭も良くない、男っぽいし、料理も出来ない、唯一の取り柄の麻雀すら捨てた私だけど―――」

 

 

 

 

 

 ―――――――――付き合って貰えませんか―――――――――

 

 

 

 

 

「……………………………………………」

 

 

 今までに見せたことのない真剣かつ怯えの混じった顔で告白をしてきた赤土。きっと悩んで悩んで悩みまくって答えを出したのだろう。

 そんな赤土に対し俺は――

 

 

「はぁ………………なさけねぇ」

 

 

 思わず心中を吐露してそのまましゃがみ込んでしまう。

 くそっ…!なにが「赤土が困るから告白は後日にしよう」だ。ただ単に俺がビビッてヘタレただけじゃねえか……。

 

 

「え? ど、どうしたの?」

「いや、今の赤土見てるとほんっと自分が情けなすぎてどうしたらいいのかわからねえよ…」

「え? え?」

 

 

 突如しゃがみ込んでわけのわからない事を言う俺に戸惑う赤土。

 まぁ、一大決心の告白の後にこんな反応されたら困るよな。その上今も赤土にこんな顔させてるのが余計に情けねえ………………よし!

 

 

「すまん赤土。今度は俺の話聞いてくれるか?」

「う、うん……」

 

 

 戸惑いながらも頷いてくれる赤土を見てから俺も話し始める。

 

 

「最初な……俺も赤土に会った時可愛い子だって思った。ぶっちゃけ胸は大きい方が好きだけど、それを気にしないぐらい当時から惹かれた感じがしたんだ。それにその後親切な子だとわかったし、俺もあの時はこれで終わりかと思うと残念だったけどしょうがないと思ってたから次に会えた時は嬉しかった」

 

「それから奈良を案内してくれた時も楽しかったし色々話してると会話が弾んで、まるで昔からの友人かと思うぐらいすげぇ身近に感じた。だから次の日も誘ってくれた時も嬉しかったし、メルアドを交換した時もちょっと恥ずかしかったけどそれ以上に楽しみだったな」

 

「次に大学の案内で会った時は前と違ってお洒落してたのも気付いてたけど、あの時は恥ずかしくて言えなかったんだよな、すまん。それで向こうで麻雀の話を聞いた時、凄い奴なんだってわかってそんな奴が友達だなんて誇らしかったぜ」

 

「そんで赤土は俺のおかげで勉強する気になったって言ってたけど、俺もあれから前より勉強にやる気になったし、俺の方にこそ赤土に礼を言いたいぐらいなんだ。それで受かってからこっちに来ても色々面倒見てくれてすげえ助かったし、知らない土地に一人じゃないっては安心できた。それから大学に入って一緒にいることも多くなってからもっと赤土のいいところが見えてくるようになってたな」

 

「いつも元気でこっちも楽しくさせてくれる所、お節介焼きで周りから頼りにされる所、意外に気が利く所、他にも色々魅力的な所があってすげぇいい奴だった」

 

 

 一気に話し疲れたので一度止めて、赤土の方へ再度向き直ると指をもじもじさせていた。照れてるな……。

 そしてこのまま俺の気持ち伝える為に次の言葉を重ねる。

 

 

「それで……今でこそ言うが普段から結構赤土にドキッとすること多くてな、俺も赤土と同じようにもっと前から意識してたんだけど、同じように関係を壊したくなくて、友達だからって無理やり納得してそのことから目を逸らしてたみたいだ。だから今朝、赤土からデートのことを言われた時は咄嗟に誤魔化してたけど、今日は俺自身気持ちを確かめたかったから本当は最初からそのつもりだったんだ」

 

「それでな……今日一日デートして分かったが俺も赤土が好きだ。ちょっと間が抜けてる所が可愛いし、身長の事を気にしてるのも可愛い、スカートが似合わないって言いながら欲しそうにしてるのも可愛い、料理が下手だって言ってるけど隠れてお袋さんにこっそり習ってる所も可愛い、チビ共相手に嫌な顔せずに本気で向き合ってる所も可愛い」

 

「だからそんな可愛い赤土が彼女になってくれるなら――いや、俺はそんな赤土を彼女にしたい」

 

「結構いい加減だし、セクハラもするし、大きい胸が好きだし、いざとなったらヘタレるし、女の子に先に告白させちまうようなどうしようもない男だけど――」

 

 

 

 

 

 ―――――――――こんな俺でよければよろしくお願いします―――――――――

 

 

 

 

 

「…………っ! ……っう……!!」

「……あ、赤土!?」

 

 

 突如泣きはじめた赤土に慌てふためく。調子に乗りすぎて何かいけないことまで言っただろうか!?

 

 

「ご、ごめん……こ、断れるかもって考えてたからっ……嬉しくてっ……」

「すまん……俺の気持ちも伝えたかったんだけど、最初に返事の方をすればよかったな」

「ううんっ…………私の事、ちゃんと見ててくれて嬉しかった」

「っ!」

「!?」

 

 

 未だ涙を流しながらしゃくりあげる赤土を見て思わず抱きしめる。普段友人達と馬鹿やってる時や照達をあやしている時は全く違い、壊れやすいガラス細工を包み込むように優しく抱きしめる。

 いきなりそんな行動に出た俺に驚いていた赤土だったが、すぐに強張っていた体から力が抜け、こちらの胸元に顔を埋めると同じように俺を抱きしめ返してきた。

 

 

「…………いきなりすぎだよ……」

「……ごめん、離すか?」

「……やだ、もっと強く抱きしめて」

 

 

 そう言うと俺が動くよりも早く赤土の方から先に力を入れて抱きついてきた。それに応じ、先ほどとは逆に俺も赤土を強く抱きしめる。

 どちらも体格が良く、それなりに力も強い為、これだけ力を入れたら痛がってもおかしくないのだが、今はその痛みすら心地よく感じてくる。

 まるでその痛みこそがお互いを直に感じる為に必要であると言わんばかりに。

 

 

「ねぇ……」

「なんだ?」

 

 

 あれからしばらく抱きしめたままでいると赤土が胸に埋めた顔を上げて声をかけてきた。

 先ほどまで泣いていた為か未だ眼は赤くなり、頬には涙の跡が残っている。。

 

 

「その……私達ってさ、これから恋人でいいんだよね?」

「……ああ、もちろんだっ!」

 

 

 どこか不安げな声で聞かれたので、少しでも元気づけようと力強く肯定する。

 そうだよな…お互いに気持ちを伝えあってそれから今まで抱きしめてたから満足していたが、これからは友達じゃなく恋人なんだよな…。

 

 

「だからさ、これから呼び方も変えた方がいいよね?」

「そうだな…いつまでも苗字呼びじゃおかしいもんな、だけど変えるとしてどうする?」

「えっと……その……さ……き、京ちゃん……とかダメ?」

「い、いや……それは」

 

 

 自信なさげに首をかしげるという可愛らしげな仕草で尋ねられるが、流石にこの歳になって彼女にまでそう呼ばれるのはちょっと……。

 

 

「ぶぅ……だって二人が羨ましかったんだもん」

 

 

 膨れて拗ねてみせるがそれでも駄目なものは駄目だ。絶対周りからはバカップルだって誤解されるし。

 

 

「あー……二人っきりの時に偶にならいいぞ」

「ほんと?」

「ああ、だから普段は別のにしようぜ」

「むぅ……だったらやっぱ、きょ……京太郎……か、な?」

「お、おぅ……」

 

 

 照れてどもりつつも名前を呼ぶ赤土にこちらまで恥ずかしくなってくる。

 というか初めて会った時も同じようなことしてた気がするぞ……ホント俺達って成長してないんだな……いや、立場が変わったって考えればこういうものか。

 

 そんな事を考えつつ腕の中で「京太郎京太郎」と恥ずかしながらかつ恥ずかしげもなく連呼する赤土を見ているとなんだか俺もその気になって来た。

 

 

「じゃあ俺も呼んでいいか?」

「え………………ぅん……」

 

 

 何をとは言わなかったがそれでもわかったのであろう、声を小さくしながらも頷く赤土の目を見ながら俺も同じように呼ぶ。

 

 

「………晴絵」

「ぅぅぅぅぅ……」

「ははっ」

 

 

 

 腕の中で擽ったそうに身をねじる赤――晴絵の姿がおかしくて思わず笑い出してしまう。

 

 

「…………いじわる」

「ごめんな晴絵」

「…………もっと呼んでくれたら許す」

「まったく……チビ共に負けず劣らずのわがままお姫様だな」

 

 

 今までとは違う甘え方がくすぐったくて誤魔化すように軽口をたたく。

 そして――晴絵の目を見ながらもう一度名前を呼ぶ。

 

 

「晴絵……」

「……京太郎」

 

 

 お互いに名前を呼びあい見詰め合う。女の子らしくないって自虐する晴絵だが、肌はプニプニしててまつ毛も長いし普通に可愛いよな。

 いままでだったら恥ずかしがってこんなに長く見つめることなんてなかったが、今の俺達は既に恋人同士であり、目を背ける必要なんてなかった。

 

 

「晴絵」

「京太郎」

「――んっ」

「――ん……っ」

 

 

 ――そのまま何かに吸い寄せられるように俺と晴絵の唇が重る。これが俺達のファーストキスとなった。

 

 

 

 ―

 ―――

 ―――――――――

 

 

 

 こうして…出会ってから一年ちょっとという長くもあり短くもある期間を経て、俺と晴絵は友人という関係でなくなり、恋人という新しい関係へと変わることとなった。

 

 




 レジェンド誕生日おめでとう。こんなんでスマンな。

 そしてようやくです…ようやくここまで来ました…苦節16話目でようやく二人が付き合うことになりました。いやほんと長かった…。
 当初の予定では「それなりに書くけど半年あれば終わるだろー」と軽く考えていましたが、まさかの過去編すら終わらずこんな調子という…完結まで頑張りたいと思いますので皆様これからもよろしくお願いします。

 今後の過去編はまだ大学二三四年と期間的には今までより長く残ってるのですが、もう山場は一つ越えたしイチャイチャしつつ残りの主要キャラが出しながら話を進めていくだけなので、話数的には今までより短く終わる予定です………本当か?


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

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