君がいた物語   作:エヴリーヌ

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うそすじ


疑問顔な赤土を放置し、隣の部屋においてある『アレ』を持ってくる。


「ほれ、罰ゲーム」
「あばばっばばば!?」


俺が渡したのはあんこうを模した全身タイツだ。
さあ、大洗町名物のあんこう踊りを見せてくれ。



十二話

「……それまじ?」

「まじ」

「………マジマジ?」

「マジマジ………すまん」

「………………うだぁーーー」

 

 

 頭を下げて謝る俺に何か言いたげな表情をしながらも、これ以上は流石に自分の我が儘だと思ったのか、諦めてテーブルの上に体を投げ出す赤土。

 俺ももう少し早く言うべきだったと反省し、申し訳なく思いつつコーヒーを啜る。

 

 そしてコーヒーを啜りながら死んでいる赤土を表面上は冷静に見つつ、頭の中ではどうするべきかと冷や汗をかきながら考える。

 そもそもこうなったのは俺と、学生にとって最高の時期である夏休みが原因だ――

 

 

 

 

 

 こちらに来てから早三か月。それぐらいになると余裕が出来たので地元の人とも関わることが多くなり、すっかり阿知賀にも慣れてきた。

 どうやらここらへんでは以前聞いた麻雀の事で赤土は有名人らしく、その関係もあって友人である俺を受け入れてもらえるのは結構早く、そのことで皆が親身になってくれるので赤土さま様だろう。

 

 そんな感じで住み心地がさらによくなり、また、つい先日には赤土の誕生日ということで、うちで俺と赤土、新子の三人でちょっとした誕生日パーティーなんかもして色々充実した三か月であった。

 そんなわけで既に暦は七月に差し掛かって、気温は30℃を超える日もあり、セミは鳴きはじめ、冷たいものが美味い季節に入ろうとしていた。

 

 ところで、今俺達がいるのは以前赤土と二度目に会った時に来たおばちゃんの喫茶店である。こちらに住んでからそれなりの頻度で来ており、今日も大学が午前で終わったので、昼飯がてら来ているのだ。

 

 そして話は最初に遡り、俺達が何を話しているのかというと夏休みの予定についてである。

 大学生の夏季休暇は二か月近くあるので、きっちり計画を決めて話し合おうと赤土が提案をしたのだが、今まである話をするのをすっかり忘れていたのだ。

 

――まあ、その……実家に帰ることを。

 

 正確には話したつもりだったのだが言っておらず、お互いあんまり考えない方で、今まで夏休みのことを後回しにしていたのもあり話していなかったのだ。

 よって、恐る恐るそのことを告げたのが今の状況である。反省はしている。

 

 

「それで……いつからいつまで?」

「あー……詳しく決めてないけど遅くとも八月に入る前に帰って最低でも一か月は向こうだな」

「…………あふぅ」

 

 

 顔を上げて死んだような目で尋ねてきた赤土にそのまま告げると再び死んでしまった。

 

 あまりの反応に実に申し訳なく思うが、照達にも長期休みは帰るって言っていたから、近頃はいつ戻って来るのかとよく電話が来るし、向こうでの付き合い考えると一か月は欲しい。

 県大会を突破した三尋木が多分夏の全国大会でもいい成績残すだろうし、なるべくなら直接集まって祝ってやりたいからな。

 

 だけどこの様子を見るに、赤土としては俺以外にも新子達が忙しいのもあって遊べないのが余程ショックなのだろう。

 

 大学の奴らも彼氏彼女がいるのはキャッキャうふふ、一人身の奴らも趣味に走っているいのが多いので会う機会も少ない。

 中には赤土を狙っている男子もいるが、この三か月である程度話すのは慣れたと言っても流石に二人っきりで出掛けるのは赤土にはまだキツイし、俺もなにやら気に食わないという。さて、どうしよう……。

 

 とりあえず死んでいる赤土に慰め半分申し訳なさ半分で声をかける。

 

 

「あー……ほら、七月はまだ遊ぶ機会もあるし、なんなら九月にでも…」

「…………一か月も放置」

「う……」

「…………そんな時期じゃお祭りとかも終わってるし、バイトもない」

「うぐぅ……」

 

 

 恨めしいそうな目と声で言われてしまうが、俺に非があるので何も言えなかった。

 すると黙りながら見詰め合う俺達の所におばちゃんが近づいて来た。

 

 

「まったく……晴絵ちゃんも我が儘言わないの。むしろそこは黙って見送るのが良い女よ」

「だってぇ……」

「京太郎君だって遊びに行くわけじゃなくて親御さんの所に帰るんだから、ねえ?」

「ははは……そうなんですけど、やっぱり先に言っておかなかった俺が悪いんで」

 

 

 おばちゃんがフォローをしてくれるけど、悪いのはやっぱり俺だからな。

 

 

「まあ、晴絵ちゃんもその間夏休みの宿題でもやってなさいって」

「いや、大学だからないって」

「うそつくなよ。一部の講義では出されているだろ」

「あら、それなら頑張らないとね。それでこれがさっき言った新しいメニューだから試食してみて」

「ありがとうございます」

 

 

 おばちゃんはそういうと、テーブルの上に試作品兼俺達の昼食を置いて奥に戻って行った。

 ちなみに出されたのは蕎麦だ。喫茶店なのに蕎麦である。なぜだ?

 

 

「ひとまず食べようぜ」

「ぶぅ……ぅん」

 

 

 腹も減っていたのでさっさと食べようとフォークに手を伸ばす。蕎麦なのにフォーク。実にシュール。いや、美味いんだけどね。

 ちなみに商品名は「そばもん」らしい。色んな所から苦情が来そうな名前だ。

 

 それからズルズルと蕎麦を食べ始めるが、某アンパン男の如く赤土は凹んでいて力が出ていないのかその動きは実にスロウリィで全く蕎麦が減っていない。

 そんな様子を見ていると、ふと、あることが閃いた。

 

 

「だったらさ……赤土、夏休みにうちにこないか?」

「……ん? そりゃ須賀君が行く前や帰ってきたら遊びに行くけど」

「違う違う。アパートの方じゃなくて長野の実家に来ないかってこと」

「…………はえ?」

 

 

 俺が言ったことが理解できなかったのか、手に持っていたスプーンの動きが止まる――ってスプーンかよ!そりゃ減らないわけだ。

 

 とまあ、それはさておき話を続けると、こっちで一緒に遊べないなら一緒に向こうに行って遊べばいいし、うちに泊まるなら宿泊費もかからず安く済むから少し遠いけど気軽に行けるだろう。

 俺も向こうで毎日用事があるわけじゃないから赤土の相手だってできて、これなら前から赤土が行きたがっていた遠出という条件もクリアできるということだ。

 そんな感じで呆ける赤土に説明していくと、死んでいた目に光が戻ってきた。

 

 

「いいじゃんそれ! あ……でも須賀君の両親が良いって言うかわからないし……」

「ん? ああ、別に大丈夫だろ。来客用の部屋もあるし、昔からダチが泊まりに来ること多かったからな。そんなわけで一応連絡はしておくけど、たぶん大丈夫だから、後は赤土とおじさん達次第だな」

「んー」

 

 

 中学の頃からハギヨシや三尋木達が泊まることも多かったから親父達も慣れてるし、どうせ八月の後半になったら三尋木も来るしな。

 

 

「それにうちにくればカピに会えるぜ」

「行く!」

 

 

 そしてとどめの一言で赤土の夏休みの予定は決まったようだ。

 咄嗟の思い付きだったが、これで赤土の機嫌も直りそうでよかった。

 

 

 

 

 

 ―――しかしこの時の俺は理解していなかった。親元を離れて一人暮らしをしている男が、女子を連れて帰るということが周りからどう見られるのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに日は過ぎ、ついに夏休みとなった。

 その間にあった中間試験も親父との約束があったので常日頃から勉強していたのもあり、返却はまだだけど良い成績が取れたと思う。赤土もうちで勉強させていたのもあり、それなりに出来たみたいだ。

 

 また、長野への泊り旅行については、一人娘が最低でも一週間は県外に行くと言うことから心配して、親父さんも多少渋い顔をしていたがOKが出た。

 

 これは大学の試験がうまくいったことや、泊まり先のうちの両親に電話を取り次いで、向こうの事もしっかり把握できたのがよかったみたいだ。ちなみに俺がお袋に赤土が泊まることを話した時、なにやら面白そうな声をしていたので、ただの友達だと念を押しておいたが少し心配である。

 

 そんなわけで七月後半。俺と赤土は俺のバイクを使って長野へと向かうのであった。そして―――

 

 

「空気が旨い! 体が軽い!」

「いや、体はともかく、空気は大してかわらないだろ。どっちも田舎だし」

 

 

 後ろから降りた赤土が長時間同じ姿勢を強いられた体を伸ばしながら叫びだしたので、俺がツッコミを入れる。

 赤土のボケと俺のツッコミ。たまに逆になるとはいえ、既に毎度のパターンになってるな。

 

 

「そんなことないって、やっぱマイナスイオン的なのが違う気がするってこの前髪が言ってるよ!」

「前髪がかよ、つーか今まであえて触れてこなかったのにサラッと話題に出しやがって」

「ん、触れる? もしかして触りたいの?ほれほれー」

「はいはい」

「ぬおー!」

 

 

 そしてその後もボケっぱなしで前髪を顔の正面で振ってきたが、長時間の運転で疲れているので軽くつかみ、上に引っ張る程度に相手をしておく。

 そう――つい先ほど、ようやく故郷の長野の地へ返り咲いたのだ。

 

 現状長野県に入っただけで未だ住んでいた故郷の町には着かないが、それでも同じ長野には違いなかった。

 それから俺もバイクを止めて、一度降りてから同じように体を伸ばし深呼吸をする。

 

 気温や高低差の違いはあれ、同じ日本で自然に囲まれた奈良と長野。大して変わるものでもないと思ったが、こうして生まれ育った故郷に帰ってくると、なんとなくだが赤土の言っていることも理解できる気がした。

 半年ほどしか経っていないとはいえひどく懐かしく感じる。

 

 

「あと一時間程度か……一応お袋にメールしておくか」

「向こうに着くころには良い時間だろうね」

「だな、今日も早めに出たとはいえ流石に下道続きはキツイな」

「まあ、旅行なんだし良いじゃん良いじゃん。いやーやっぱ泊り旅行っていいよね」

「中学生かよ」

「一応大『学生』だし、ぎりぎりセーフ」

 

 

 そういって赤土がこちらの肩をパシンと叩くついでに凝った肩を揉んでくれる。

 そうなのだ。高速道路の二人乗りはまだ年齢的にできないから下道を走る必要があった。

 

 だから出発したのは昨日で、さりげなく今日で旅行二日目なのだ。

 昨日も早めに出発したが速度を出せないので、度々休憩を挟みながら移動をしつつ昨日は安めのホテルに泊まって、二日かけてようやくここまで来たのだ。勿論泊まった部屋は別室だ。

 

 当初は多少金がかかってもバスもしくは電車で行くつもりだったのだが、赤土の「旅っぽくバイクで行こう」との一言でこうなった。

 長時間の移動と言うことで、それなりの回数後ろに乗ってるとはいえ心配ではあったけど、多少疲れた表情は見せているが楽しそうなので余計な杞憂であったようだ。

 

 

「向こう着いたらどうしよっか?」

「ん、流石に疲れたし、時間もないから今日は休みたいわ」

「一理ある。というか向こう着いたら須賀君の両親に挨拶しないと」

「まぁ、硬くなるなって。平日だから今はお袋ぐらいしかいないし」

「それでも緊張するって、それに幼馴染の子達も来るんじゃないの?」

「あー、多分な」

 

 

 おじさんとおばさんの二人とも仕事してるからうちにいることが多い姉妹だ。俺が返ってくるのもあってきっと今日もいるだろう。土産も買ったし、喜んでくれるといいのだが。

 積んである荷物に視線を向けていると、赤土が少し不安げな顔をするのが横目で見えた。

 

 

「仲良くなれるかな……」

「うーん…………わからん」

「いや、そこは『大丈夫だろ』って言うべきでしょ!?」

「正直、あいつら人見知りするからわからんし、あまり俺の友達と合わせたことないからな……まぁ、でもなんとかなるだろ。んじゃ、あと少しだしさっさといくか」

「不安だなー」

 

 

 もうすぐ日も暮れる時間なので、休憩もそこそこにして不安がる赤土を再度乗せ出発する。

 

 

 

 

 

「よし、到着っと」

「おー! ここが須賀くんち! ………デカッ!?」

「んーまあそこそこな。カピバラ飼うとどうしても広くなるし」

 

 

 到着してうちを見た赤土の一言目がこれだった。

 確かに龍門渕の屋敷には到底勝てないが、それでも一般家庭よりは広い家だと思う。とはいえ、それはプールが必要なカピの為でもあるので、生活空間はそこまででもないのだけど。

 

 そんな会話をしながら荷物を下ろす。着替えなどのデカい物は先に宅急便で送ってあるとはいえ必需品は手持ちだからそれなりに積んでいる。

 

 

「んじゃ、さっさと入るか」

「ちょ、まま待って! な、なんか緊張してきた……」

「緊張って、うちに入るだけだぞ」

「いや、いつも入ってる須賀くんちと違ってご両親もいるならヤバいって」

「あー……確かにそうか。まあ、でもさっき言った通り今日は平日だから今いるのはお袋ぐらいだぞ」

「そうなんだけどさ……」

 

 

 微妙に後ずさりしながら答える赤土に同意しておく。確かに初めて遊びに行った家に上がる時は親が留守ならともかくこんなもんか。

 すると何を思ったのか赤土が深呼吸を始めた。そこまでかい。

 

 

「すぅーはぁー…………よし……行こうか」

「おう。ただい 「「きょうちゃーん!!」」 ぐぼぁ!?」

「え、なななに? 敵襲!?」

 

 

 鍵を差し込み、扉を開けて足を踏み入れた俺に激突する影二つ。

 それなりの衝撃だったが、男のプライドとしては倒れるわけにもいかず足に力を入れて踏ん張る。ただし手に持っていたカバンは落としたけど。

 なんとか倒れずにすんだので顔を下に向けると、予想通りそこには懐かしくもあり、見慣れた顔が二つあった。

 

 

「照、咲、危ないから体当たりは禁止って言ってるだろ」

「だってだって!」

「京ちゃん帰ってきたんだもん!」

 

 

 前にいたのが俺だったからいいけど、もし先に赤土を入れてたらそっちにぶつかっていたのもあって注意をするが、二人はこちらの腹に顔を埋めてぐずった声を出しながらいやいやと首を振るばかりだ。

 

 まったく……半年経ったんだから少しは大人っぽくなっているかと思ったら変わらないな――いや、少し背が伸びたかな?

 

 

「少しは我慢しなさい、二人とも外見てずっと待ってたんだから」

「って、お袋」

 

 

 どうしようか悩んでいるとお袋が奥から出てきた。

 

 まあ、お袋の言うことにも一理あるか。なんだかんだ言ってこいつらが生まれてからこんなに長く離れていたことはなかったし、しばらくはこうさせておくか。

 そうやってなすがままにされている俺を一度置いて、お袋は俺の後ろへ視線を向ける。

 

 

「あなたが赤土晴絵さんね、汚い家だけどゆっくりしていってね」

「あ……おおおお世話になります!」

 

 

 どこか楽しそうに歓迎するお袋に向かって急いで頭を下げる赤土。なんだかこそばゆい空気だぞ。

 

 

「さ、積もる話もあるだろうけど、二人も長旅で疲れたでしょ。ぱっぱと荷物置いて休憩しましょう」

「あ、ああ、そうだな。部屋の案内は――」

「あんたは動けないんだから、私に任せて照ちゃん達と一緒にリビング行ってなさい。案内するから着いてきて、晴絵さん」

「お、お願いします…………あ、お邪魔します!」

 

 

 そういって俺の荷物をかっさらうと、そのまま赤土を連れて部屋に向かうお袋であった。しかしお袋もいきなり名前呼びか…いや、年下の同性だしそんなもんか。むしろおばちゃんみたいにちゃん付けしないだけましか。

 

 そんな風に異性間の壁を感じつつも再び視線を向けると、チビ達は未だにくっついたままだ。

 

 

「ほら、リビング行くんだから一回離れろって」

「…………抱っこ」

「…………おんぶ」

「はぁ……ほらよ」

 

 

 くぐもった声で答える照と咲に呆れつつも、仕方ないかと思い腰を下ろしてやる。すると、のそっとした動きで背中に回る咲と抱っこしやすいように首に腕を回す照。

 二人がしっかり掴まったのを確認してから立ち上がると、前に同じようにした時よりも幾分か重く感じた。

 

 しかし――それは二人が半年で成長したからなのか、久しぶりに帰ってきたからなのかはわからなかった。

 




そんなわけで夏休み長野帰郷編でした。
本当なら夏休みの話は今回前編、次回後編の二話で終わる予定だったのですが、案の定一万超えたので区切ります。


それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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