ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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思い付きで書いてみました。

息抜きに……なるといいなぁ……(-_-;)


幕間・1
DoRのちょっとした危機的日常


 

 

「くぅぅ~! あぁ~! イイ天気だなぁ~」

 

 マーチが大きく伸びをして、そのまま芝生の上に寝ころんだ。

 

「んも~、マーチんってば~。行儀悪いよ~?」

「いいじゃねーか、飯食った後くらい」

 

 ――私たちが、ギルド《逆位置の死神》を結成してから約1ヶ月が過ぎた。

 

 現実時間で言えば1月で、現在の最前線は第6層。

 ゲームクリアなんてまだまだ先だ。

 

「しかし、良かったんですか、ルイさん? 《料理》スキルなんて取ってしまって」

 

 私達3人は、第5層のフィールドで昼食を取った後だった。

 

 圏外なので、油断しきるわけにはいかないが、この周辺にはモンスターのポップもないので、ある程度気軽に腰を下ろして休むことができる。

 

「もっちろん! マーチんには私の手料理食べさせてあげたいしね~」

 

 レベルが上がり、スキルスロットも増えたが、まだまだ満足のいくスキル構成とは言えない中で、ルイさんは迷うことなく《料理》のスキルを覚えたのだ。

 今日の昼食に用意されたサンドイッチも、全てルイさんの手作りだ。

 

 店で買って食べるだけだった安物のパンも、簡単な調理を施されただけで数倍マシな味になるのだから、料理というのは奥が深いものだ。

 

(マーチには……まあ、私が計算に入っていない辺りは、目を瞑りましょう……)

 

 いい意味で、ルイさんもマーチもバカップルということだろう。

 

「……ルイ……お前ってやつはぁぁ!」

「ふにゃぁあああ?! ちょっと、マーチん!?」

 

 ルイさんの言葉に感激したマーチが、ガバッと起き上がったと思ったら、いきなりルイさんに抱き着いたのだ。

 システム上で結婚していなければ、間違いなくハラスメント行為で牢獄行だ。

 

「あ~、お邪魔しても悪いですから、私はちょっと席を外し――」

「セイちゃんまで悪乗りしないでぇ~!」

 

 そんなルイさんの叫びを聞きつつ、私たちは笑いながら日々を過ごしていた。

 

 

 

 ――しかし。

 

 

 

 この時、私はある悩みを抱えていた。

 そしてそれは、明日にでも2人に話をしなければならないほどの事態に切迫していた。

 

 

「お2人に、ご相談があります」

 

 私達は第3層の主街区《ラトラス》の宿屋で朝食を終え、部屋に戻ってきた。

 そこで私は、2人に話さねばならない案件を口にした。

 

 現在の最前線は第6層だが、すでにボス部屋も見つかっているようで、攻略されるのは時間の問題だろう。

 

 しかし、そのことは私達には一切関係ない。

 

 そんな事よりももっと重大且つ急を要する事態だ。

 

「何だよ、改まって?」

「な~に? セイちゃん」

 

 ゴホンと咳払いをした後、2人を真正面から見つめる。

 

 これは、命に係わる大問題だからだ。

 

「……お金がありません」

 

 

『はい?』

「ですから、お金がありません。ノーマニーです。この宿屋に泊れるのも長くてあと3日です」

 

『え?』

 

 2人は顔を見合わせはじめた。

 

「……えっと……だって、ギルドのお財布握ってるの、セイちゃんじゃない~?」

「はぁ、そうなんですが……諸事情がありまして」

 

 私のその言葉に、マーチは思い当たったらしく腕組みをして考え始めた。

 事情を知らないルイさんは、ちょっと真面目な表情になって私を真正面から見据えている。

 

「何に使ったの~?」

「必要経費です」

「ちょっと家計簿見せて~?」

「……分かりました」

 

 ――ギルドストレージに入る資金の運用は、基本的にはギルドマスターに委ねられるが、専横や着服を防ぐために《ギルド資金運用データ》、通称《家計簿》が存在する。

 このデータを見れば、ギルド資金を何時、誰が、いくら使ったのかが分かるようになっている。

 

 私はギルドメニューを呼び出し、家計簿データを出した。

 

 実は、見せても怪しまれないようにと、ちょっとデータを改竄――システム上、不可能になっているので、怪しまれない程度に資金の流用を細目に――したのだが。

 その甲斐も空しく、データに目を通したルイさんは、すぐにその点を指摘してきた。

 

「この辺りから、変にお金が動いてるよね? ここまでそんなに使ってなかったのに。それと、これ、な~に?」

 

 ルイさんは、全体の違和感を指摘した後、さらにあるデータを指した。

 

 そこにあったのは、ギルドストレージから個人ストレージへの、コルの移動を示すものだった。

 

「あ~……」

「詳細を見せて」

「いえ、あの……」

「いいから、見せなさいねセイちゃん」

 

 いつもの温和なルイさんからは想像もできないほど、冷たい声で話しかけられた。

 

 うららかな春の日差しが、一気にダイヤモンドダストと変化したかのような感覚に襲われる。

 こうなっては、ギルドマスターの肩書など何の意味も持たない。

 

「はい……ただ今……」

 

 渋々ではあるが、そのコル移動に関する詳細データを表示させる。

 

「借用書?」

 

 その詳細データは、ギルドストレージから、マーチへとコルを貸し出した旨が記載されている。

 そこに書かれている金額は、わずか1千コルなのだが――。

 

「……マーチん?」

「へへぇっ!」

 

 それを見たルイさんが、マーチに視線を向けると――

 そこには、すでに床に這いつくばって、スライディング土下座を披露したマーチがいた。

 

「マーチん。セイちゃんに何か無理を言わなかった?」

 

 家計簿のデータだけで、事情を見抜いたルイさんの慧眼には恐れ入った。

 

「あ、ま、まあ……ちょっと……」

「この家計簿の変なお金の動き、全部マーチんのせいだね? もしかして、全部マーチんにお金が行ってるんじゃないの?」

「……そ……その通りです……」

 

 土下座して、頭を上げぬままマーチは答え続けている。

 というか、むしろ、私も今のルイさんとは向かい合って話はしたくない。

 

 そんなマーチを、ルイさんは冷たく無言で見据える。

 

「い……いや、な、ど……どうしても、今すぐ買いたいものがあって……だな……」

「それで?」

 

(ルイさんが……ルイさんが怖い……)

 

 いつもの温和なルイさんの表情からは想像もできないほど、今のルイさんは無表情にマーチを見下ろしていた。

 

「ギルドの貯金を、だな……すぐ返せると思って、だな」

「いくら使ったの?」

「あう……」

「い・く・ら?」

 

 ダイヤモンドダストがブリザードに変化した。

 このままではマーチは凍死してしまう。

 

「は……8まンブッ!」

 

 有無を言わさず、ルイさんはマーチの頭を踏んづけた。

 それを見て、思わず私まで正座してしまった。

 

「そんなに使い込んだらポーションすら買えないじゃないの」

「す……すみませ――」

「セイちゃんも。そこに座りなさい」

 

 マーチの台詞を最後まで聞くことなく、ルイさんは私を見ることなくそう命じた。

 

「は、既に」

 

 私もマーチと同じく、正座状態から土下座に移行する。

 

「どうしてそんなにお金を貸したの?」

「必要かと……思いまして」

「後先って、考えなきゃいけないんじゃないの?」

「申し訳……ありません……」

 

 男2人が正座をしたまま――1人は頭まで踏まれて――涙目で、金髪の美人を見上げているところを見られでもしたら、周囲のプレイヤーにはどう思われることか。

 一瞬、体面というものが頭をよぎったが、幸いにもここは宿屋で借りている私たちの3人部屋だ。

 

 それに、これが仮に食堂であったとしても、そんなことを気にしていてはいけない状況ともいえる。

 生き死にの瀬戸際にいるようなものなのだ。

 

 私達2人に、たっぷりと氷の視線を送り、空気が絶対零度まで達したところで、ルイさんは目を閉じた。

 

「払い戻しはできないの?」

「できません……」

 

 こっそり視線をやると、ルイさんはマーチの頭をグリグリと踏みにじるようにして踵を押し込んでいた。

 圏内でなかったら、間違いなくHPが減っているのではないかと思えるような光景だ。

 

 マーチはというと、あまりの痛みに体が痙攣していたが、それでも何とか土下座の姿勢を保っていた。

 

「じゃあ、お金を稼ぐ方法を考えないとね~。使ったものは仕方ないし~」

 

 ここでルイさんが懐の深いところを見せ、マーチの頭から足をどけた。

 

 そこでようやく私たちは寒波から逃れ、春の日差しの中に戻ることができたのだ。

 

「おう! 俺稼ぐ! ガンガン稼ぐ!」

 

 勢いよく立ち上がり、マーチは右手で拳を作って力いっぱい宣言した。

 左手が踏まれていた後頭部を必死にさすっている辺りが、何ともマーチらしい。

 

「私も、及ばずながら頑張りたいと思います」

「及ばなかったらだめよ、セイちゃん」

「……はい」

 

 この春の日差しは、すぐにでも遠のいてしまいそうだ。

 言葉に気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、一通りお説教が終わったところで、私たちは具体的な対策を立てることにした。

 

「まず、日常の出費を削れる限り削らねばなりませんね」

「となると~……1番お金のかかるポーション系~?」

「あまり考えたくないな……回復結晶は高すぎて使いたくないって普段でも思ってんのに……その状態からさらにポーションを削るってのは命を削るのと同義だ」

「それもそだね~……んじゃ~、食費かなぁ……」

「3食全てを最低価格のパン1個に抑えるというのなら、かなり削れますが……」

「ん、まずはそしよっか~。モンスターから出た食材系も全部売ればそこそこのお金にもなるだろうし~」

「そうだな、削れるとこは食費が1番デカイか……となると、次は狩場か」

「そうですね……最前線の6層のフィールド辺りなら、相応に稼げるかもしれませんが」

「でもさ~……回復ポーションの消費も抑えたいよね~……」

「ええ、ですから、あまり最前線に近いところには出ない方が良いでしょう」

「となりゃぁ……2層辺りで安全マージンを大幅にとりつつ、雑魚のトレイン狩りでもするしかねえか?」

 

 本来トレインを意図的に作って狩りを行うのは非マナー行為なのでしないのが常識だが、今だけはちょっと許してもらおう、と自分で自分に言い訳をした。

 

「マーチん、ポイント絞っといてね~」

「まかせろ、ルイ!」

 

 マーチが主要ダンジョンなどを調べ始めたところで――

 

「あ、あと~、5万コル溜まるまで隣には寝ないから~」

「えええええええええええええ!?」

 

 ――というルイさんの台詞に、マーチが全力で叫んでいた。

 

「嫌ならどんどん稼いでね~」

「わかった、今から行こう。すぐ行こう」

 

 マーチがすぐに立ち上がり、猛スピードで部屋から飛び出そうとしたので、私は襟首を掴んで引き止めた。

 

「1人で先走らないで下さい。まだ話すこともありますから」

「早くしろセイド! 俺の安らかな睡眠のためにもぉぉお!」

「……どんだけルイさんがいないと寝れないんですか、貴方は」

 

 あまりと言えばあまりのマーチの様子に、長い付き合いながら、一瞬引いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局私たちがやってきたのは、第2層のフィールドダンジョン《木漏れ日の森》だった。

 

 入り口から、マップを全て塗り潰すように進みながら、目についたモンスターを片っ端から狩り続けている。

 幸いにも、他のプレイヤーと遭遇することはなかった。

 

「薄利多売というのはどうでしょう?」

 

 戦闘と戦闘の合間の移動中も、狩り以外で稼ぐ方法を検討し続けている。

 

「どういうこと~?」

「よく売り買いされるものの相場を常にチェックし、少し安く仕入れ、少し高く売ります。ただし、いつでも同じ場所で、かなり長い時間売り買いを行う必要がありますが」

「自動販売機と同じ原理だな」

「なるほど~。すぐに売ったり買ったりできるなら、多少の高い安いは目を瞑ってもらえるかもね~」

「ただ、24時間体制でどこかへ立たないとなりませんが……」

「セイちゃんするの~?」

「……無理ですね」

「ま、現実的なことなら、こーいう場所で、まだレべリングしてる低レベルプレイヤーたちに回復ポーションとかをちと高く提供する程度かね」

「ああ、なるほど。行商ですか」

「んじゃ~、できる時はそれもするとしよ~」

 

 そんな会話を繰り広げながら、私たちは休むことなく狩りを続けた。

 昼食も、パン1つなので、食べながら移動し、食べ終わる頃には次のモンスターと出くわした。

 

 

 

 

 

 

 そんな調子で、狩りそのものは驚異的な勢いで進んだが、やはり低層のモンスターだけあり、数は狩れても、手に入ったコルは多くは無かった。

 

「……もういっその事、賭けデュエルでもするか?」

 

 夕方になり、思ったほど稼げていない事実に落ち込んだマーチは、そんなことを言いだした。

 

「下手に目立ちたくないので、却下で」

「それに、勝てなかったら困るしね~」

「あああああ~! 何か、ドカンと稼げねぇかなぁあああ!」

 

 私とルイさんに揃って却下されて、マーチは頭を抱えながら蹲ってしまった。

 

 その時。

 私には何かが聞こえた。

 

「シッ! 静かに!」

 

 私の言葉に、マーチとルイさんが揃って息を止め、周囲を見回す。

 

 一瞬だが、確かに、聞きなれない鳴き声が聞こえたのだ。

 どこかに何かいる。

 

 私は《索敵》をフルに使用して周囲を見回す。

 

「ん?」

 

 すると、視界の隅に見慣れないモンスター名が浮かんだ。

 

 モンスターそのものは草むらに隠れているようで、ハッキリとは見えていない。

 

(《グリル・ラビット》?)

 

 見たことのないモンスターだ。

 この森を今日だけで10周はしているはずだが、こんなモンスターは見たことが無い。

 

 となれば、あれはおそらくレアポップモンスターだろう。

 しかも、強くないウサギ系モンスターだ。

 

 戦闘になって負ける、ということは、まずありえまい。

 

【あそこの木の根元に見慣れないウサギがいます。静かに、三方から囲みましょう】

 

 私は2人に、テキストチャットを使用して状況を伝えた。

 

【OK、俺左】

【私右ね】

 

 2人もテキストで返事をし、すぐに移動を開始する。

 

 ウサギ型モンスターは、基本的にノンアクティブで、戦闘状態に入ると逃げ出すものが多い。

 それがレアモンスターとなれば尚更、驚異的な速度で逃げるだろう。

 おそらく、逃走に入られたら、私たちでは追い付けない。

 そして、ウサギなだけあって、物音に非常に敏感だ。

 こちらが会話しているだけでも逃げられる可能性があったのだ。

 

 逃げられていないだけ、充分にラッキーだと言える。

 

【勝負は、気付かれる前に追い詰められるか、逃げられる前に1撃で仕留めるかです】

【セイちゃんは《隠蔽》無いんだよね。あんまり近づかないでね】

【ですから、この場から動いてません。お2人が頼りです。私は《投擲》でそこから追い出します。トドメは任せましたよ】

【おう】

【マーチん、逃がしたら口きかないからそのつもりでね】

【ぜ、全力で狩らせていただきます!】

 

 2人が静かに素早く《グリル・ラビット》の居る場所を挟むように配置に着いた。

 私とウサギの直線状に巨木があり、その根元にいるウサギは、私から最短距離で逃げられる直線状には逃げられない。

 

 どうしても樹を避けるはずだ。

 そこを2人に仕留めてもらう作戦だ。

 

【行きますよ】

 

 私は《投擲》スキルの基本技《シングルシュート》を使用して、落ちていた石ころを《グリル・ラビット》に投げつける。

 

 すると、狙い違わず、ウサギの体に当たったようで、わずかながらHPバーが削れ、石が当たったと同時に《グリル・ラビット》は左に――マーチの方へと飛び跳ねて逃走を開始した。

 

「マーチん!」「マーチ!」

 

 私とルイさんの叫びがほぼ同時に響き。

 

「逃がさん」

 

 マーチがそう呟いたところで、マーチの横をウサギが跳び越え――るかと思いきや、なんと、マーチの横をすり抜けるか否かという瞬間に、《グリル・ラビット》がポリゴン片となって消えて行った。

 

「俺が刀を手に入れる前だったら、あるいは逃げられてたかもしれねえが。1週間ばかり遅かったなぁ」

 

 マーチは曲刀を使い続けたことで、1週間前にエクストラスキルである《カタナ》を入手したばかりだった。

 

 そしてそれは、マーチが全力で戦えるようになったということを意味する。

 

「……マーチ……今のは……」

「おうよ! どうだった、俺の居合い!」

 

 マーチは意気揚々と満面の笑みでこちらを見やる。

 

「いやぁ……マーチん、やっぱりリアルより速いんじゃな~い?」

「そりゃそだろ! 生身じゃこんなに自在に居合いなんぞ出来ねえよ!」

「それにしても速すぎるでしょう! 抜き手も、いや納刀すら見えませんでしたけど!?」

 

 

 

 ――マーチの実家は、剣術の道場を開いている。

 

 それも、剣道ではなく、本物の剣術、より正確には日本刀術と言った方が良いのだろうか。

 そこで生まれ育ったマーチは、幼いころから剣道を学んでおり、合わせて実家の剣術も身に付けている。

 

 そんな中、マーチが最も好んだのは、居合いだったのだ。

 実戦ではなく、如何に綺麗に巻き藁を居合いで斬れるか、ということにマーチは魅了されていた所がある。

 

 そんなマーチに刀を持たせたら、まあ、こうなった。

 

 

 

「イメージ通りに動くからなぁ……勝手にこうなるんだよ。ま、良い事だし、良いんじゃね?」

 

 歯を見せてニカッと笑うマーチは、清々しくも恐ろしい。

 

 通常、《剣技》以外の攻撃というのは大したダメージを叩き出せないものだ。

 だが、マーチの居合いは、《剣技》で無いにもかかわらず、雑魚モンスター程度なら1撃で屠ってしまうというような、常識離れした威力を叩きだしている。

 

(やはり、ダメージ計算には武器の振られる速度や、武器自体の重さも関係するんでしょうね……とすると、敏捷値に偏らせているというマーチの攻撃は、驚異的な速度を誇っているということに……)

 

 そんなことを改めて考えていると、マーチが戦利品を見せに来た。

 

「んなことより! ほれほれ! 良いもん手に入ったぜぇ! これで金欠解消だな!」

「ん~? 何が手に入ったの~?」

 

「そりゃ、《グリル・ラビットの肉》だろ! はずれると皮だけどな!」

 

「ほほぅ?」

「あ、ああ、知らねえのか。こいつの肉はA級のレア食材でな。現時点で手に入る肉系食材の中じゃ、1番美味いってもっぱらの評判だぜ」

 

『A級食材⁈』

 

 私とルイさんが見事にハモった。

 

 食事が唯一の楽しみと言っても過言ではないSAOの世界において、美味しい食材というのはなかなか無いもので、NPCレストランなどにある欧州田舎風の料理は、素朴な味わいで、それはそれで美味しいのだが、どうしても味の濃い肉系料理などが恋しくなる。

 その欲求を満たしてくれる、数少ない食材が、こういったレア食材というわけだが。

 

「……ね、それ、帰って食べない?」

 

 滅多に手に入るものではない。

 

 故に、結構な値がするので、おいそれと口にできる機会は無い。

 だから、ルイさんの気持ちもよく分かるのだが。

 

「マーチ、私にトレードして下さい」

「お? おう」

「あ! あああ! マーチん!」

 

 ルイさんが何か言う前に、マーチから私へ《グリル・ラビットの肉》を移してもらう。

 

「ねえねえセイちゃん! 私が料理するから! 帰ったら――」

「さあ、帰ってこれを売りましょう。これ1つで充分にマーチの借金分が賄えます」

「そんなぁぁぁ! セイちゃぁぁぁぁん!」

 

 ルイさんの滅多に見れない落ち込みぶりを背に、私は悪いとは思いつつも、街へと足を向けた。

 

(ごめんなさい、ルイさん、今回ばかりは譲れません……私だって食べたいですよ……)

 

 

 

 

 

 

 

 私は、街についてすぐ競売所に行き《グリル・ラビットの肉》を売りに出すと、あっという間に値がせり上がり、マーチの使った分を差し引いてもおつりが出るほどの金額になった。

 

 こうしてマーチはめでたく、借金返済となり、ルイさんの隣で寝る権利を得たわけだ。

 

 まあ……《グリル・ラビットの肉》を食べられなかったショックで、ルイさんが夕食を作ってくれなかったのは想定外だったが。

 

 

 

 その夜、マーチは、借金をしてまで用意したあるアイテムを、ルイさんに渡すことにしたようだ。

 

 妙に真剣な表情のマーチを、私は部屋の隅に設えられた机で家計簿をつけながら横目で見やった。

 

「ルイ、これ、受け取ってくれ」

「ん~……な~に~?」

 

 未だショックから立ち直っていないルイさんの、力のない返事が聞こえる。

 

「けっ……ケッコン……ユビワ……」

 

 ぼそぼそと、カタコトに話すマーチは、まるで中学生のようだった。

 耳まで真っ赤で、下を向き、ルイさんの目を見れていない。

 

「……え……」

 

 対するルイさんも、唐突といえば唐突なことに、何度も目を瞬かせている。

 

「ホントは俺、金貯めてからって思ったんだけど……この世界に来て、おまえが居なかったら、俺は絶対生きてなかったし……ちょっと無理したけど、お前を守って、ここから生きて脱出するっていう決意っていうか……ああ、俺なんかもう、上手く話せてないな」

 

 ルイさんは、頭を掻きながら小さく言葉を繋げているマーチを涙目で見つめている。

 

「エンゲージリングは給料3ヶ月分なんだろ? でも俺そんなの持ってないし……でも、ルイには……」

「もういいよ、マーチん。ありがとう……本当にありがとう……」

 

 ルイさんは、そのままマーチの傍に寄り添い――

 

 私は、これ以上は無粋だと思い、そっと部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 ここで、もう1つ、想定外のことがあった。

 

 マーチのバカ野郎が部屋を施錠してしまい、その理由も何となくわかった私は鍵を開けて入るに入れず、しかも運の悪いことに他に空き部屋も無かったために、私は白い息を吐きながら、冴えた月に見守られながら、一夜を外で過ごすしかなかった。

 

 あの2人が上手くいってくれるなら本望、と思う反面、明日はマーチをシメてやろうと固く心に誓いながら、第6層の通常フィールドにいたモンスターたちを力の限り叩きのめした。

 

 


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