「なぁ、聞いたか? ボス攻略会議の話」
第1層の迷宮区に程近い位置にある《トールバーナ》の街。
私達3人は、今、この街を拠点としてレベル上げや、アイテム及び情報の収集に努めていた。
そんな折、マーチがその話を耳にしたようだ。
「ボス攻略~? だってまだボス部屋だって見つかってないんでしょ~?」
宿屋の一室で、私たちは昼食を取っていた。
ルイさんが、マーチの言葉に、パンを手に取ったまま問い返した。
「さて、どうかね。β連中は基本的にパーティー組まねえから、ボス部屋まで辿り着けてない可能性もあるが、この1ヶ月で情報網も出来上がってきた。下手に新規プレイヤーが死ぬ可能性も減ったはずだ。そうなってくると……」
そこで言葉を切って、マーチはパンを一口かじる。
「攻略のペースが加速度的に上がる頃合いですね。しかし、そのような頃がまた危険なんですが……」
「え~っと……ど~いうこと~?」
私とマーチの会話に、ルイさんが若干ついてこれていなかった。
「ん……道具屋で配布されていたガイドブック、貰ったろ?」
マーチが見せたのは、手帳サイズの薄めの本だ。
これはシステム上で用意されたアイテムではない。
ガイドブック作成にまつわる話を知っている一般プレイヤーは少ないだろう。
実はこのガイドブック、β経験者や、情報屋を生業とすることを買って出たプレイヤーたちによって作られた、プレイヤーメイドの、SAOにおける基礎情報書だ。
「こういうのが出回ってくると、みんな戦闘のやり方などが分かってくる。レベルも上がってくる。事故率が減る。安定した探索が可能になる。そうやって基盤ができたから、迷宮区の攻略も進んだんだろう。おそらく、ボス攻略の話が流れてるってことは、誰かがボス部屋を見つけたんじゃねえかな」
「なるほどなるほど~……んじゃ~、私たちもボス戦参加するの~?」
ルイさんも納得し、当初の錯乱ぶりからは想像もできない台詞を口にする。
「いや、しねぇ」
しかしマーチさんの口からは、攻略に参加しない旨の言葉。
「え~? なんで~?」
「なんででもいいさ。ボス攻略なんてのは、攻略する気満々の連中に倒してもらえばそれでいい。それに俺らの今の構成で行くのは、リスクが高い」
(マーチらしい……ルイさんを危険なボス戦に駆り出したくないだけでしょうに)
私は思わず笑みがこぼれた。
「ま、俺が言いたかったのは、ボス攻略戦の話があるが、参加はしねえってことだ。良いか、それで?」
「私は異存ありませんよ」
「マーチんがそう決めたなら、私もオッケ~」
「んじゃ、別の話をしよう」
マーチはおもむろに身を乗り出してきた。
「そろそろ俺ら、《ギルド》を組まねえか?」
「ギルド~? パーティーと何か違うの~?」
ルイさんがもっともな疑問を口にする。
「ギルドは、パーティーよりも大人数が所属することができる集まりです。他のゲームでもあったでしょう」
「あ~、呼び方は違うかもだけど、あったねぇ~、そんなの~」
「パーティー状態でなくても一定のメリットをプレイヤーにもたらしてくれるので、仲の良いメンバーでギルドを組むのは基本かも知れませんが……マーチ、貴方の言うギルドは何を目的にしたものですか?」
基本的に《ギルド》というのは、一定の目的を持った者たちの集まりになる。
もしマーチが他のプレイヤーたちを誘ってギルドを作るつもりなら――
「あ~、俺は別に他の連中を誘うつもりはねぇよ。とりあえず、俺ら3人で組むだけだからよ。目的ってんなら、そりゃもちろん『生き残ること』だろ」
「なるほど。大義名分を立てて、他のメンバーを募るようなら反対するつもりでしたが、そういうことなら、賛成します」
「組めば良いこともあるんでしょ~? だったら反対する理由は無いよ~」
私もルイさんも、ギルドの設立には反対しなかった。
メリットがあるのも確かだが、同時に、この世界における私たちの目的をハッキリとさせることができる。
「ところでマーチ。言い出したからには、ギルド名やエンブレムも考えてあるんですよね?」
「え? あ~……いや、エンブレムは考えてなかったな……」
「んじゃ~、名前は~?」
「おう、流石にそれは考えてたぜ。《
そう言われて、私もルイさんも、思わずお互いに見やっていた。
「いや、マーチん……どうよって言われても~……」
「……一応、その名前の理由を聞いてもいいですか?」
「ほら俺、β上がりだろ。だから情報をメインに、生き残る術を伝えていけるようなギルドにできねぇかと思ってよ」
「理念と思想は分かりました。が。それをギルド名にするのはどうかと思います」
そもそも、それでは私とルイさんが役に立たない。
「それに、生き残る術なら、すでにガイドブックをアルゴさんたちが配布しているじゃないですか。マーチの発想は2番煎じに感じます」
「えええ! ダメかよ!」
「う~ん……私も違う方がいいかなぁ~」
「ルイもかよぉ!」
――こうして、ギルド設立に関して、名前という難関が立ちはだかること数十分。
「……も~、今はパーティーのままでいいってことにしよ~……決まらないよ~」
「だ……だな……」
マーチとルイさんが次々と色々な案を出したものの、出した本人すら納得しかねるようなものまで出てくる始末。
「いやはや……皆が納得する名前というのは、難しいものですね……」
今日のところは、決まらずにこの話は終わりを迎え――
「っていうか、セイちゃん……聞いてるばかりで1度も案を出してないよね~?」
――る前に、ルイさんが余計なことに気が付いた。
「そういや確かに。俺やルイの案に関して、色々言ってたくせに、自分の案は出してねえな……」
「いや、あの――」
「ここはひとつ~、セイちゃんの考えたギルド名を聞いてみよ~」
「いやいや、1つと言わず、2つ3つ言ってもらわねえと」
「……何故ハードルを上げるんですか……いや、まぁ……考えてなかったわけではないですけど……期待はしないでくださいよ?」
私は正直、ネーミングセンスが無いので、命名というのは非常に苦手だ。
過去にやってきたゲームでも、プレイヤー名をリアルネームにするということをやっていたし、マーチにそのことを止められてからは、少し捻っただけの《セイド》という名前で通している。
「ほれほれ、良いから言ってみ。思いっきり笑ってやるからよ!」
「初めから笑うつもりでいないで下さい!」
マーチにツッコみを入れ、短くため息を吐いてから、私の案を提示した。
「ええと……ギルドの目的が『生き残ること』ということなので、《逆位置の死神》と書いて《デス・オブ・リバース》なんてどうですか?」
私の案に、マーチもルイさんも、しっかり10秒以上も考え込んでから口を開いた。
「……逆位置ってことは~、タロットネタだね~……うん、意味も良いと思う~。《デスゲームからの生還》って意味になるし~」
「……Death of Reverse……DoR……なるほど、略語も綺麗にまとまるな……」
(……あれ?……思ったよりウケが良い?)
私の心の声に気付くわけもなく、マーチとルイさんはうんうんと頷きながら話を進めてしまう。
「マーチん、どう思う~? 私は良いと思うけど~」
「俺も構わん。というか、気に入った!」
「え、あの、本当にコレで良いんですか? ギルド名なのに《死神》とか入っているんですよ?」
「胸を張れる意味だと思うよ~? それに、悪い意味の言葉をひっくり返すっていう発想は、なんていうか~、セイちゃんっぽいし~」
「人を増やすつもりもないしな。別に死神って名前だけで、もし仮に
――というわけで……意外なことに、私の発案が採用され、ギルド名が決まった。
「っしゃ! それじゃ、ギルド名も決まったことだし、さっそくギルド設立と行こうぜ、セイド!」
マーチは、唐突に私に何かを投げてよこした。
「はい? えっと……これは?」
マーチが投げたのは、何かの巻物のようなアイテムだ。
「ギルマスはセイドに任せた!」
「………………今……なんと?」
一瞬、マーチの言った意味が分からなかった。
「だから。ギルドマスターは、セイドに任せたって言った」
「……ちょっと待てぇ! 言い出したのはマーチでしょう!? なんで私がマスターなんですか?!」
マーチから受け取ったアイテムの名前を確認すると、ギルド設立用のアイテム《白紙の条約のスクロール》とあった。
このアイテムを使用して、ギルド名を書き込み、他に同じ名前のギルドがなければ設立が可能というものだった。
ちなみに、ギルドの象徴になるエンブレムの登録も可能だが、私に、その手の芸術的才能は一切無い。
「初めから決めてたことだ。俺がマスターをしても、ギルドのためにならん気がする」
「いや! この1ヶ月、マーチが先頭に立って私達を引っ張ってきたじゃないですか! リーダーやマスターを担うなら、マーチ以外はあり得ないでしょう!」
「パーティーリーダー位なら、まぁ、俺でもギリギリできるけどな。ギルドってなると、俺の手には余る。なぁルイ! 俺とセイド、どっちがリーダーに向いてる?」
マーチは、ルイさんにこの話を振った。
「ん? マーチんとセイちゃん比べたら~、それは当然セイちゃんでしょ~」
「ほれ、ルイもこう言ってる」
「いやいや! ルイさん、なんでそうなりますか?! この1ヶ月、マーチが居なかったら――」
「ん~、マーチんが頑張ってたのは確かだけど~。肝心なところとか~、危ないところとか~、重要な決断をしてたのはセイちゃんだったことが多かったし~」
「俺が引っ張ってたって言うけどな。言い出してたのは確かに俺だったが、判断や決断をしてたのは、ほとんどお前だぞ?」
「いやいやいや! そんなことないですよ! それにそもそも、マーチが言い出さなければ、判断も何もなかったわけですから!」
「なら、それはそれでいいじゃねーか? 言い出すのは俺で、判断をするのはお前。言い出すのと判断するのとで、どっちが結果に直結するか、それを考えりゃ、わかんだろ」
「うっ……」
行動の提案をする者と、その提案に対する決定を下す者という、分かり易い表現をされると、否定するのは難しい。
「ほれ、観念してギルマスやってくれよ。俺もルイも、お前なら、いや、お前だから任せられるって言ってんだ。信頼の証だぜ、親友」
私は、思わずため息を吐いてしまった。
「分かりました……分かりましたよ。ギルドマスター、任されましょう。でも、だからといって、私1人ですべては賄えませんから、お2人に頼るところも大きいですからね」
「と~ぜん!」
「あったりまえだ、ギルド云々以前に、俺たち親友だろ!」
ルイさんとマーチが、いつもの笑顔で応えてくれた。
「えっとね~、マーチん、前から言おうと思ってたんだけど~、その台詞、ハズいよ?」
「ちょ! ルイ! そりゃねーよ! 決め台詞だぞ!」
そんなこんなな会話が続き、昼食の時間は賑やかに終わった。
こうして、私達3人のギルド、《逆位置の死神》が設立されることとなった。
――翌日――
第1層のボスが撃破された話題は、第1層中に瞬く間に伝わった。
これを機に、最前線に立つプレイヤーたちは、本格的にこのデスゲームの攻略に乗り出し始めた。
そして、第1層攻略から、わずか10日後。
第2層がクリアされた。
ゲームに囚われた人々は、次第にこの世界に慣れてきていた。
冒頭部分として書き溜めておいた分は、今回の話ですべて出し切りました(>_<)
長くなりましたが、プロローグの終了となります。
感想や矛盾点など、何かありましたら、お気軽にお書きください。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m