感想ありがとうございます!!!!m(_ _)m
そして。
恐ろしく間が開いてしまいました orz 申し訳ありません
反省して、首吊ってきまs(略
遅くなりましたが、お楽しみいただければ幸いです(;一_一)
DoRのちょっとした恋愛模様
67層が攻略されてから2日が経った。
「いやぁ、今日も順調だったねえ!」
「そうですね。まずまずと言ったところでしょうか」
私はこの後の予定を確認しつつ、鼻歌交じりにスキップをしているアロマの言葉に相槌を打った。
午前中に68層のフィールドボスを攻略した私たちは、一度ギルドホームへと帰るところだ。
「ロマたん~、集中したし~、お腹空いたんじゃない~?」
ご機嫌なアロマに、にこやかに問いかけたのはルイさんだ。
「んだな。珍しく周囲の状況まで把握してたからなぁ」
ルイさんに言葉に、含み笑いと余計な一言を付け加えたのは、毎度ながらマーチだった。
昼食の仕入れもあり、私たちは今、ギルドホームのある24層の主街区《パナレーゼ》の商店街で買い物をしながら移動中だ。
マーチのその一言に、トトトッ、と歩調を早めたアロマは、私たちの前で振り返り、腰に手を当て、後ろ向きに歩きながら抗議を始めた。
「珍しく、とは失敬な! 私はいつでも周りに気を配っているのだよ!」
「へいへい」
「あ、こら! 軽く流すな!」
マーチは、やれやれといった様子で腕を組んで肩を
そんなマーチに、アロマは後ろ向きに歩を進めながら、くだくだと抗議を続けている。
失笑しながら、私も聞き流していたのだが。
「アロマ、後ろ向きのままだと――」
――危ない、と注意するのが少し遅かった。
進行方向の店の角から出てきた少し大柄な男性に、アロマが、ポスッとぶつかってしまった。
「おっ、と……?」
男性は小さく声を上げ、不思議そうな表情を浮かべ、アロマを半分抱きかかえるような感じで受け止めていた。
唐突にぶつかってしまった相手を受け止めるというのは、なかなかできない反応だ。
「あ、すみませ――」
「ったく、相っ変わらずだな、お前は」
反射的に謝ろうとしたアロマに対して、男性は苦笑いを浮かべてそう言うと、アロマの頭をクシャクシャと撫でた。
「んえ?」
ちょっと強めに撫でられた頭を押さえつつ、アロマが振り返り、男性を見上げ――
「ミスト?!」
――
「よ、アロマ。久しぶり」
《ミスト》と呼ばれた男性は、アロマに小さく手を上げてにっこりと笑って応えた。
それを見たアロマが、ミストさんの手を取ってブンブンと振りながら、歓声を上げる。
「うわぁぁ! ひっさしぶり! 凄い偶然!!」
「だなぁ。何時以来だっけ?」
「えーっと……最前線が29層だった時に解散して以来じゃない?」
「お~、そっか、そんな前かぁ……てかお前、全然、背伸びてないなぁ」
「ちょ! 伸びるわけないじゃん! てかそれ今関係ないでしょ!」
こちらに背を向けているアロマの表情は見えない。
しかし、
そして。
自然と、ミストさんの姿も表情もしっかりと目に入る。
背丈は180程、年の頃は、私やマーチと同じか少し下くらいだろう。
灰色の髪は短すぎず長すぎず、視界を塞ぐようなことにならないよう、しっかりと整えられている。
体格は中肉、防具は軽金属防具で身を包み、武装は少し大振りな片手用曲刀を腰に吊るし、逆三角形状の盾――《カイトシールド》を背負っている。
(アロマの、知り合い、か)
装備などを無意識のうちに観察していたが。
(アロマと、どういう関係だったんだろうか……)
今まで、こういう相手と出会うことが無かったからか。
(……話に、入れない)
話が盛り上がっている2人に、どう声をかけていいのか、どう割って入れば良いのか、全く分からなかった。
(……ん? 何故、割って入る必要が……?)
一瞬、自分の考えたことに違和感を持ち、そのことを考えようとした瞬間――
(「なぁ、あれ、アロマの知り合いか?」)
――マーチが肘で突きながら、ボソっと小声で聞いてきた。
(「で、しょうね」)
私も思わず小声で、しかし視線は2人から外せぬままに答えていた。
(「なんか親しげだな……アロマって、俺らのギルド以外に属してたことないんだろ?」)
(「そう、聞いて、います」)
(「ふ~ん……ってことは、個人的に仲が良かったってことか……」)
(「そう、でしょう、ね」)
「……セイド。発声がカクカクだぞ」
「気の、せい、でしょう」
隣のマーチは、何故かため息を吐いたようだったが。
私は何故か、アロマとミストさんのやり取りから、意識をそらすことができなかった。
楽しげに会話に花を咲かせていた2人の話題は。
「お前、今もソロやってんの? それか、パーティー渡り歩いてたりするのか?」
互いの近況報告へと移り。
「あ、ううん! へっへぇ! 聞いて驚け! 私はね! 攻略組に入ったの!」
「ぅお!? マジで?! すげぇな! ってことはあれか。迷宮区の攻略とかしてんの?」
「うんむ! 今日もね、68層のフィールドボス倒してきたところなんだよ!」
「おぉー! マジかぁ! くぅぅ……すげぇ差ぁつけられちまったなぁ……でもま、お前ならボスとかでもやれそうだもんな」
「えへへぇ! やっぱミストなら信じてくれると思ったよ!」
「や、まぁ、前からお前の実力はケタ違いだったよ。俺らの中じゃ、お前が1番強かったし」
「そりゃ、あのメンバーの中じゃねぇ。でも、ミストだって強かったじゃん! 壁戦士も攻撃役もできるようにしてるのは、今も変わらないんでしょ?」
「そりゃぁ、まぁなぁ……あのメンバーの中じゃ一応リーダーだし。ってか、攻略組って……攻略組ギルドに入った、ってことだよな?」
「ん? うん、そうだよ!」
ギルド、と口にしたミストさんの表情が、少し曇ったように感じた。
しかしアロマは、それに気付かないようで、嬉々として話を進める。
「正しくは、私が加入したギルドが、60層から攻略組に加わったんだよ!」
何がそんなに嬉しいのか、ミストさんに胸を張って自慢するアロマを見ていて、私は何故か――
(……よく分からない……複雑な感じ……?)
――自分の心境を、把握できなくなっていた。
「あ、ごめん! 紹介するの、遅くなっちゃった! セイド!」
2人の会話を、なにやら遠いものを見ているような気分で眺めていた私は、アロマの一言で、グッと現実に引き戻された。
いや。
意識だけではなく、実際に手を引っ張られていた。
「これね、セイド!」
アロマは、私の手を掴み自身の隣へと引き寄せていた。
唐突に、ミストさんの前に引っ張り出される形になった私は、反射的に頭を下げて、会釈をしていた。
何故か。
掴まれた手に感じた、アロマの温かさに。
妙に、ホッとした。
「私が所属するDoRのマスター兼お母さん!」
「だから、そこはせめてお父さんでしょう、性別的に」
ついつい、いつもの癖でツッコミを入れていた。
アロマも、それを分かっていて言ったのだろう。
悪戯っぽく笑ってみせ――
「セイド、この人はミスト。昔組んでたパーティーのリーダーだよ!」
――そのまま、ミストさんへと手を向けて、紹介してくれた。
「ミストです。《
ミストさんは、アロマに紹介されると爽やかに笑って右手を差しだしてきた。
「こちらこそ。アロマからも紹介されましたが、ギルド《
私も右手を出して、ギュッ、と心持ち強めの握手を交わした。
「《DoR》……聞いたことがあるような……」
「うちは、他の有名ギルドとよく似た響きの名前ですから。そちらと混同されているのかもしれませんね。《KoB》ではないですか?」
リアルのバイトで培った営業スマイルを浮かべ、どちらからともなく握手を解き、何とはなく会話を続けていく。
「あぁ、確かに……いやでも――」
「《ミスリルソーン》……もしや、25層に入ってからギルドを結成されたのですか?」
ミストさんは何やらこちらのギルド名に引っかかりを持っていたようだが、それはこの際、気にしない。
「あ、よく分かりましたね。そうなんですよ。それまではパーティーとしてやってたんですけどね。メンバーも固定されてきたのと、レアドロップの《
安直ですよね、と言いながら笑うミストさんは、悪い人には見えなかった。
「当時は相当なレア武器でしたね」
「今じゃ、使うことは無くなったんですけどね。ギルドストレージの1番下に、今でも置いてあります。やっぱり、手放せなくて」
「え、まだ残してあるんだ! もう価値なんてないんじゃないの?」
「お前なぁ……あの時にも言ったけど。あれは象徴なの。シンボルなの。俺らのギルドとしての証なの! 分かる?」
「あー、はいはい。ソウデシタネー!」
イシシっと笑うアロマの、そんな悪戯に満ちた表情は。
ここ最近、見ることのなかった笑顔だった。
「てか、お前、やっぱギルド入ったんだなぁ。俺らが誘った時は全力で断ってたのに」
アロマにそう問いかけたミストさんの表情には、悔しさと悲しさが混じって見えた。
「ミストには悪いと思ったけど、一緒にいた、あの筋肉ハゲが気に入らないのよ。やることが卑怯でセコくて。それに口説き方も寒いし。あんな男が一緒なんて、御免だわ」
悪気はないのだろうが、アロマの辛辣な言葉にミストさんは表情を曇らせていた。
「そっか……俺が嫌われてんじゃないかと思って、結構悩んだんだぜ?」
「ミストは別に、何も」
あっけらかんと言い放つアロマに、ミストさんは失笑していた。
「それも酷い言い草だな」
そして。
私も。
(……どう会話に混ざればいいのか……というか、この位置……それにこの話、入っていいのか?)
2人の会話に、入っていいのか。
入るとして、どう入れば良いのか。
何故か、アロマの隣が、今は酷く居心地が悪く感じた。
「ロマたん、私たちは紹介してくれないの~?」
不意に。
ふんわりと会話に混ざってくれたのは、ルイさんだった。
場の空気を壊すことなく、自然な感じに会話に入ったルイさんは、隣にマーチを連れ添って、私とは逆の――アロマの右隣に立って会話に混ざった。
「あ、ゴメン、ルイルイ。この人、ミスト。昔組んでたパーティーのリーダーなの。久々に会ったんだ」
「そ~なんだ~」
ルイさんは朗らかな笑顔を絶やさず、アロマとミストさんを交互に見やっている。
「ミスト。ギルドメンバーのルイルイだよ。ルイルイの作る料理がね! もう最高なんだから!」
「はじめまして~。ルイって言います~」
「ミストです、はじめまして」
しかしルイさんは、両手を後ろに組んだまま体を揺らして挨拶するにとどまった。
握手はしないらしい。
「ルイルイは、マーチの嫁だからね。下手に手なんか出したら、殺されるよ」
「ださねーよ、バカ」
ミストさんは笑いながら、アロマの頭を軽く小突いた。
「んで、ルイルイの隣に居るのが、旦那さんのマーチ」
「よぅ、よろしくな」
マーチもまた、ぶっきらぼうに片手を上げて挨拶しただけ。
自ら名乗ることもしなかった。
何となく、マーチが不機嫌そうに見えた。
ミストさんも何かを感じ取ったのか、マーチには会釈を返すだけに終わった。
「てか、アロマ。俺ら今から昼飯って、分かってるよな?」
何となくマーチの機嫌が悪いような感じがしたのは、空腹だったからだろうか。
確かに、今からホームに帰って食事というところで、足止めされているのは事実だが。
「ロマたん、立ち話もなんだし~、ギルドホームへお誘いしたら~?」
ルイさんが、上手い形で先へと促してくれた。
「それもそだね! ミスト、折角だし、私達のギルドホーム来ない?」
マーチの様子を知ってか知らずか、アロマもルイさんの提案に同意した。
「っと、そいやそんな時間だった。皆さん、足止めしてしまってすみませんでした。ゴメン、アロマ。俺、まだ用事があるんだよ」
しかしアロマの誘いに断りを入れたミストさんの一言を聞いて。
(ホッ……)
何故か、安堵した自分に気が付いた。
(……ん?……何に安心したんだろう……?)
そんな私の内心など知らぬままに、話は進んでいく。
「そうなのかー」
どことなく、残念そうに呟いたアロマに、ミストさんは何か思案して。
「ん~……じゃ、さ。アロマは、今からは暇か?」
「ギルドでは動かないよ。ね、セイド?」
呼ばれると思っていなかったタイミングで声をかけられたことに、少し驚いてしまった。
「え、あ! ええ、そうです。そうですね……特に予定としては……ないですね」
何もない事を、そのまま口にしてしまった。
予定はない、と言ってから、何故か、酷く後悔している自分がいた。
「じゃあさ、お前、ちょっと一緒に来ないか? 俺の用事にしても、30分くらいで終わるから、飯食いに行こうぜ?」
「ん~、ルイルイがご飯作ってくれるのに~」
ルイさんの食事は天下一品だ。
アロマにとっては、1食でも逃したくないだろう。
だが。
「久しぶりに会ったんだぜ? それくらい付き合えって、奢ってやるから。セイドさん、こいつ借りていいですよね?」
ここでミストさんまでもが、何故かわざわざ私に話を振ってきた。
よく分からないが、少し目つきが据わってでもいたのだろうか。
何であれ。
彼女の行動に、私がとやかく言う権利は無い。
「ええ。もちろんです」
ミストさんの問いかけに、ニコリと笑顔で応対し。
直後に、何かが、自分の中で痛んだ。
「すみません。ってことだ。マスターさんが良いってよ? どする?」
「ん~……何奢ってくれるの?」
「肉。肉食おうぜ」
「……よっしゃ! しょうがない! 奢られてやろうじゃないか!」
「何だよそれ。っても、すぐじゃねーからな? 俺の用事が終わったらだからな?」
「んじゃ、サクッと終らせて、肉、肉!」
アロマの言動に、ミストさんは笑いながらこの場を離れていく。
アロマも、トコトコと、私から離れていき――
「あ! ルイルイ! 私の分のご飯、残しといてよね! 食べちゃヤだよ! んじゃ、ちょっと行ってくるね、セイド!」
――ながら、そんなことを大声で、念を押していった。
私は小さく手を振り、そんなアロマを見送った。
「……なぁ」
微妙に機嫌悪そうに、マーチが私の隣に立っていた。
「なんですか……」
「あれで、お前、良かったのかよ?」
「あれで、とは?」
「……いや、良いなら良い。俺がどうこういう事じゃないしな」
そう言ったマーチは。
深々と、呆れたようなため息を吐いて足早にこの場から離れていく。
そんなマーチに続いて、ルイさんも歩を進めていく。
そんな2人を見て。
そして、楽しそうに、昔の話に花を咲かせるアロマとミストさんを見送って。
何故か私は。
自分が、不機嫌になっていることに気が付いた。
不機嫌だったのは、マーチではなく、私自身だったようだ。
帰ってきて、ルイさんの食事を食べ終えたマーチは、この後の予定のために早々にホームから出立した。
そんなマーチを見送り、私は食器の片付けを手伝いながら、ルイさんに、無意識のうちに問いかけていた。
「ルイさん」
「な~に、セイちゃん」
問いかけたものの。
(何を、聞くつもりだったんだろう……?)
何を聞こうとしていたのか、分からなくなっていた。
「え……っと…………午後、何で空きにしたんでしたっけ……」
「え~? セイちゃんが会議に行くからでしょ~?」
「…………そうでした」
「それに合わせて~、マーチんもいつもの所回ったり~、ゼルクさんの所に行ったり~。ロマたんは元々~、ログっちの所に行くくらいの予定だけだったし~」
全員の行動予定を、わざわざ口にしてくれたルイさんに、私は思わず大きくため息を吐いたと同時に、ガックリと項垂れてしまった。
「……なんだか、とても疲れました」
よく分からないが、何故か非常に疲れている気がする。
フィールドボス相手に、溜まっていたストレスは発散できたと思ったのだが。
「ほら~、セイちゃんも~。そろそろ行かないと会議の時間になっちゃうよ~?」
「……そう、ですね……行ってきます……」
まかり間違っても、自分が欠席することはできない会議だ。
私が皆に集まるように声をかけているのだから。
しかし。
(集中できる気がしない……)
心にモヤモヤとしたものを抱えたまま、私は1人、トボトボと会議の場所へと向かった。
セイちゃんを見送り。
私は思わずため息を吐いていた。
「はぁ~……全くも~……セイちゃんてば~」
ロマたんのことで、少しは成長したかと思った矢先にこれだ。
(っていっても、あれはま~、ショックもあるか~)
私から見れば、ロマたんを疑うようなところは欠片も無いのだけれど。
こういう事に不慣れで、鈍感で、ヘタレなセイちゃんは、多分自分の心情すら把握できなくなっているのだろう。
正直、タイミングも悪い。
今、セイちゃんを引き止めて、掘り下げて話をしたいのは山々だけど。
(そういうわけにもいかないんだよね~)
迷宮区の攻略に『本腰を入れない』と決めたのは、他ならぬセイちゃんだ。
その決意に、他の攻略組メンバーを巻き込んで。
それに、控えているのはアインクラッド初の大規模討伐戦。
それに向けての、細かい情報の集約及び精査・検証、そして作戦の立案。
それらは全て、セイちゃんが責務として背負ったことだ。
今は、それら以外のことは、全て《瑣末》として扱わなければならない。
(……セイちゃんに~、ロマたんのああいうところを瑣末事として扱わせないとならないのか~……それはそれで大変かも……)
私は私で普段通り行動しなければならない、という制約もあるのだけれど。
(まあ……何とかするしかないよね~)
少し、気を引き締めてかからないとならない案件が加わったようだ。
とりあえず、マーチんが『セイドが死んだ魚のような目をしている』と言っていたことだし、夕食は魚料理を出すとしよう。
「――……ん。…………さん!」
ギルドメンバーのリストを見ていると、アロマが圏外に出ていないことが分かる。
(無事なことに間違いはない……だが……)
あのミストという男性と一緒に居る。
ただそれだけのことが、どうしても頭から離れない。
「セ・イ・ド・さん!!」
唐突に。
アスナさんが作戦案を広げたテーブルを力いっぱい叩いた上に、私の名前を大声で叫んでいた。
「え、あ、はい? 何でしょう?」
「何でしょう? じゃありません!!」
この場に集まっている、アスナさん、キリトさん、ノイズさん、クラインさんが、皆同様に呆れと怒りを含んだ視線を私に向けていた。
「今日の集まりは、どういうものか、分かっておいでですよね!」
その中でもアスナさんは、全身から怒りのオーラが飛び散るかのような勢いだった。
「も、勿論です」
「なら! 一体さっきから何なんですか! 腑抜けたように話は聞いていない! 呼びかけても返事は無い! 全体指揮を執るのはセイドさんだと分かっているんですよね!?」
「は、はい」
「これでは、わざわざKoBの予備会議室を使っている意味も無いじゃないですか! 本当にやる気があるんですか!?」
「も、申し訳な――」
「謝る暇があるならサッサと話を進めて下さい! こちらだけ長引かせるわけにはいかないんでしょう?!」
「はいっ!」
怒涛の勢いで叱られ、私は意識を会議にシフトする。
というか、叱責されなければ、意識をこちらに向けられなかったのが、とても情けない。
「大変申し訳ありませんでした! では、改めて、これまでに確認できた情報を整理して、現段階で考えられる作戦案をいくつか提示します!」
気を取り直した私に、アスナさんは憤慨した様子はそのままに、とりあえず椅子に座り直した。
クラインさんは何故か『怒ったアスナさんもいいなぁ』というようなことを――声は聞こえなかったが、唇の動きで――呟いたのが見えた。
ノイズさんは、いつものようにカカカカッと笑い、こちらに何やら同情するような視線を向けていた。
キリトさんは苦笑いを浮かべたまま、隣に座っているアスナさんに、落ち着くように声をかけてくれていた。
なんにせよ。
(はぁ……いかんいかん! アロマのことは気になるが、今考えるべきことじゃない!)
無事である、と分かっていれば、今はそれだけでいい。
今、私が向き合わねばならない案件は、延いてはこの世界の全員の安全に関わることなのだから。
「で?」
会議を終え、KoBのギルド本部から帰ってきた私と顔を会わせたマーチの第一声が、これだった。
「え? 何ですか?」
「アスナとキリトに、お前に何かあったんじゃないかってメッセで聞かれたんだが。何をやらかした」
「あ~……いや、その……」
作戦会議中に、他のことを考えていて話を聞いていなかった、とは、なかなか言い出しにく――
「ま、大体想像はつくがな。どーせ、あのミストって男とアロマが一緒に居ることが気になって、会議中に呆けてたんだろ? ギルドメンバーのリストでも開いて眺めつつ」
「――ッブ!」
図星過ぎて、思わず吹き出してしまった。
「お前は、ほんっと分かりやすいよなぁ……このバカ野郎、いや大馬鹿左衛門」
「っちょ、いや、あの――」
「うるせえだまれこの朴念仁。今何か言い訳できるとでも思ってんのかド阿呆」
「――スミマセン」
「なんでわざわざKoBに集まる時間を合わせたり、会議室を別にしたり、解散時間を合わせたりしてるんだ? ん? 全部お前がそうするべきだと徹底させたからだよな? だよなぁぁあああ?」
「は、はい……」
「それ以外にも攻略組全員の行動に制約まで付けた張本人がっ! 最優先すべき事項以外に気を取られてっ! 肝心の会議を疎かにするとかっ! 許されると思ってんのかっ?! あぁ!?」
ギルドホーム内であることもあってか、マーチは腹の底から声を張り上げて、更には右手で私の頭を鷲掴みにして締め上げていく。
「ス、スミマセ、って痛いから! マーチ悪かった、私が悪かったかr――」
「謝らにゃならんようなことを! するんじゃねぇよ! 今がどんだけ重要な時期か! テメェが1番分かってん・だ・ろ・う・が・ぁぁぁぁああ!!」
「ごめんってぇええええ!」
「は~いは~い、マーチん、そのくらいにしてね~」
マーチに怒られている私を見かねてか、ルイさんが助け舟を――
「私が怒る分も残しておいてくれないとダメだよ~?」
――出してくれたわけではなかった。
「え……っと……あの……」
「はい、それじゃセイちゃん。ちょっと、ここに座って」
夕食の仕込みなどを終えたらしいルイさんは。
口元だけにっこりと笑いながら床を指差し、私に死刑宣告をした。
夕日が沈む少し前。
「たっだいまぁ!」
アロマが元気に帰ってきた。
「ロマたん、お帰り~」
夕食の支度を始めていたルイさんが、アロマの帰宅を確認したところで、ティーポットをリビングのテーブルに運んでくる。
「ぉ、戻ってきたか……ん? ミストは一緒じゃないのか?」
同じく、リビングで情報の再確認をしていたマーチも、メニュー画面から視線を外してアロマへと向ける。
そこには、一緒に居ると思われたミストさんは居られなかった。
「んえ? ミスト? ご飯奢ってもらって、そこで解散したよ?」
マーチの言葉に答えながら、アロマが私のところで目を止める。
「…………セイド……何してんの?」
「あ~、セイちゃんはね~」
「絶賛反省させられ中だ」
「……へ、へぇー……」
私の姿勢を見て、アロマは少々引き攣った笑みを浮かべていた。
「で、なにをやっちゃったの?」
わざわざ私の所まで近寄ってきて、そう尋ねてくる。
そして、私はというと。
「いえ、ちょっと、会議に集中できなかったので……」
未だに、リビングの床に、直で正座をさせられたままだった。
「え?! セイドが会議に? うっそだぁ?」
(主に、アロマが原因なんですがね……)
とは、流石に言うわけにもいかず。
「……まぁ……そんな日もあるんですよ……」
と、言葉を濁すにとどまった。
「セイドも、人間なんだね」
「何ですかそれ……」
アロマも床に正座をし、私の頭をよしよしと撫でた。
私の頭を撫でる、小さくて温かな手が。
妙に心地よかった。
夕食は、ルイさんお手製の《スター・トラウトの塩焼き》が食卓に上がった。
マーチは、魚と私を交互に指差しながらニヤニヤと笑い、ルイさんに視線で怒られていた。
私は、やっと床から椅子へと座る場所を移すことを許され、痺れる足に血が通うのを待ちながら魚を食べていた。
しかし。
「でねぇ、ミストってばねぇ――」
アロマは、ミストさんと過ごした内容を、取り留めも無く話していた。
それを隣で聞いているだけで、料理の味を、全く感じられなかった。
「――で! 結局見つかんなくって――」
ざっと話を纏めると、ラージ・ダックの丸焼きを食べた後、攻略したボスやダンジョンの話などをしながら街を回り、ミストさんの新しい装備を探してNPCショップを冷やかし、結局良いものが無かったのでそこで解散。
アロマはその後、予定通りログさんのところへ行った、ということだった。
この内容だと、全体を通しても約3時間程だろうか。
ログさんのところで過ごしたとも言っていたし、ミストさんと過ごした時間はそう長くは無いだろう。
(そうか……後半はログさんのところだったんだ……)
少し安堵したのか、今になって魚の味が分かってきた。
ほんのりと甘い岩塩が効いた、身がふっくりとした川魚の美味しさを、ようやく脳が認識したようだった。
「――そんでねぇ、ミストの武器がなかったってログたんに話したら、お店に来てくれれば相談に乗るっていってくれて!」
「ほー、そうなのか」
然程興味も無いとはいえ、アロマが楽しそうに話しているからか、マーチが適当に相槌を打っている。
(って、いや待て、この話の流れだと――)
「うん! だから明日、ミストを連れてログたんとこ行ってくる!」
――再び、川魚は紙の味にも似たものとなり、私は俯いたままそれを咀嚼することになった。
(自分で作ったスケジュールとはいえ……)
明日をフリーの日にしたことを、何故かとても後悔していた。
「んじゃ、いってきまーす!」
そう言って、朝食後、すぐに家を飛び出したアロマを。
「い、いっテラッしゃイ……」
私は、酷く複雑な気持ちで見送った。
「おーおー、アロマの奴、元気だねぇ」
「久しぶりの再会だもんね~。話も色々弾むでしょ~」
マーチとルイさんの台詞が、何故か、鋭く突き刺さってくるように感じられた。
「……っ……で、では……私も…………いッてきまス……」
「おう、いってらー」
「セイちゃん、気を、引き締めて、ね?」
半眼で、呆れた様子を見せるマーチと。
笑顔のようで、目が全く笑っていないルイさんに送り出されて。
「ハ……ハイ……」
私はホームを出て、転移門広場へと向かう。
何故こうも、心が波立つのか。
理由は、分かってはいるのだが。
目的の場所へと転移したところで、私は目を閉じて、何度も深呼吸を繰り返した。
(そう。分かってはいる。だが今は)
個人の感情よりも、優先せねばならない事案がある。
昨日のような失態を、続けることはありえない。
(……………………よし)
意識を完全に切り替える。
関係ない感情は全て削ぎ落とし、今はただ、自分の成すべきことを為すだけだ。
そうして私は、黒鉄宮へと歩を進めた。
「やれやれ……」
ノリが対照的な2人を送り出し、ソファーに腰を下ろした俺は、思わずため息を吐いた。
そんな俺に、ルイは苦笑しながら珈琲を出してくれる。
「ほ~んと、セイちゃんには困ったものだね~」
ルイも紅茶を持ってきて、俺の対面のソファーに腰掛けた。
「でも~、良い傾向だと思うんだ~」
「まぁ……なぁ……」
確かに。
異性関係などに恐ろしく鈍感だったあいつには、良い傾向だと言えるだろう。
あいつにとってアロマがどういう存在なのか、ハッキリ自覚させるには絶好の機会だ。
だが。
「しっかし……時期が悪ぃなぁ……ほんと。間の悪い男だぜ……」
セイドとミスト。
どっちもだ。
「だね~。もうちょっと後に出て来てくれると良かったかな~、ミスト君」
「あぁ……せめて、今の問題が終わってからだったら、何の文句も無かったな」
大まかな行動指針は決められている。
あまり突飛な行動をするわけにはいかない。
それがたとえ、セイドとアロマを想ってのことであったとしても。
「……ま! 今、下手に動くするわけにもいかねえし! 気にしないでおこうぜ!」
俺は思い切って、あいつらのことを考えることを放棄し、ルイへと手を伸ばす。
「え……ちょっ――」
折角ルイと2人っきりで居られる、貴重な休日。
俺としても、ルイと居ること、それだけを満喫しておきたいしな。
「んもぅ、マーチんてば~」
黒鉄宮を出てきたところで、午前10時を回っていた。
その後、DDAの本部、KoBの本部、風林火山のベースキャンプという流れで足を運ぶ。
全てを回り終えた頃には、12時を半ば以上過ぎていた。
(ふむ……)
無論、油断は許されないことに変わりは無く、常に周囲に気を付けてはいるが。
今の所、問題はなさそうだ。
(さて、次は……)
ルイさんが用意してくれたサンドイッチを頬張りながら、私は次の予定地へと向かう。
装備品のメンテナンスと消耗品の補充を兼ねて、ログさんの所へ。
「転移、ウィシル」
転移門を使い、39層の《ウィシル》へと跳び、そこからは普通に徒歩で向かう。
(修復に出す装備品……補充する消耗品……あとは――)
軽く確認しつつ、ログさんの店の前に付いたところで。
「――でさぁ! そこでズバッと素早く跳び込んできて――」
扉を開ける前に、馴染みのある話し声が店の裏手から聞こえてきた。
何やら、夢中になって語っているようだ。
「へぇ。やっぱすごいんだな――」
そして。
その話し相手の男性の声も聞こえた。
「うん! もう、ホント凄いんだから!」
擬音と共に、おそらく身振り手振りも混ぜて話をしているのだろう。
時折、体を動かしているような音も聞こえてくる。
細かい描写を擬音で表現してしまう辺りが、とてもアロマらしい。
「いいね、羨ましい限りだな」
そして、それを傍で静かに聞いているであろう、ミストさんは。
「で? その後どうなったんだ?」
アロマを飽きさせることなく、話の腰を折ることも無く、相槌や合いの手を忘れずに、話をうまく聞いている。
聞き上手、というのは、まさに彼のような人物のことだろうか。
「…………………………」
扉を開けようと伸ばした手を、いつの間にか強く握りしめていた。
確か、アロマたちは、朝からここに来ているはずだ。
そして、今もまだ、ここに居る。
(……楽しそうに……話してるな……)
飽きることなく、尽きることなく、アロマの話は止まらないようだ。
(……あんなに、楽しそうに話すアロマは……最近見ていない気がする……)
私は最近、アロマの話をゆっくりと聞く時間を、取れていない。
フィールドボス攻略。
迷宮区攻略。
フロアボス攻略。
無数のクエスト攻略。
(……向き合ってこなかったのは、私か)
攻略組として活動するようになり、更に多くの時間を共に過ごしてきてはいるが。
それは、本当にアロマを、見てきたことになるのだろうか。
不意に。
扉が開いた。
「っ?!」
咄嗟のことに、体が反射的に戦闘態勢を取っていた。
「wざqxせc!?」
出てきたのは、ログさんだ。
おそらく、店の前に立ちっぱなしだった私に、声をかけようとしてくれたのだろう。
扉が開いたことに過剰反応した私に、ログさんが驚いてしまった、という感じか。
「あ、す、すみません、ログさん、驚かせてしまいましたね……」
そう、ログさんに声をかけた私は、何故か声量を抑えていた。
そして、少々慌てつつも、テキストで返事をしようとしたログさんをみて――
「と、とりあえず中に」
――私はログさんを押すようにして急いで店内へと入り、急いで扉を閉めた。
パーティーを組んでいない状態での一般フィールドにおけるテキストチャットは、ある一定範囲のプレイヤーの目に入る。
今であれば、裏庭に居るアロマとミストさんにも、見える可能性がある。
私は、何故かそれを、避けたかった。
【せいどさんどうしたんづええすk】
押されながらも、ログさんはなんとかテキストを打ち。
【お店の前で立ち止まっていたので、何かあったのかと思いましたよ?】
ちょっと落ち着けば、すぐに丁寧な文章での会話へと戻った。
「いえ、ほんと、驚かせて申し訳ない。大したことじゃないんです」
そう、ログさんに語った自分の顔は――
「えっと、その、先に、用を済ませてしまっていいですか? メンテナンスと、補充を」
――いつも通り、笑えていただろうか。
その自信は。
無い。
【よく手入れされていますね】
朝一でお店に来たアロマさんに、ミストさんを紹介してもらい、そのまま装備品を鑑定させてもらった。
昨日アロマさんから聞いていた通り、ミストさんの現在の装備はレベルに見合わない低レベルの物が大半だった。
特に、曲刀と盾、胴装備が悪目立ちしていた。
強化も限界までされていて、愛着を持って使ってこられたことはよく分かった。
けれど。
【レベル、お上げになられるんですよね?】
「あ、ええ、まぁ、そのつもりでいます」
【今よりもレベルを上げるのであれば、この子達はもう限界ですね。変えるべきです】
あたしは、装備の子達に関して妥協はしない。
「だよねだよね。っていうか、ミストってば、なんで今までこんな装備使ってたの?」
現在のミストさんのレベルは63だと聞いている。
なのに、今まで使っていた曲刀と盾は、どう高く見積もっても、ミストさんの適正レベル品より10以上低いものだし、胴装備に関しては15以上低い。
その他の部位の装備品も、6~8は低い物ばかりだ。
最大まで強化してあったとしても、流石に限界――いや、既に限界を過ぎている。
「単に、買い替えるほど資金に余裕がなくって……それに、ギルメン全員が、俺みたいにレベル上げてるわけじゃないから、必要もそんなになかったし」
「え。あのメンバーだよね? レベル上げてないの?」
「ぉぃ……昨日飯食いながら言っただろ! その日その日を過ごすのに困らなければいいって落ち着いちゃってるんだって!」
「あ~……聞いた、うん、確かに聞いた」
「……ほんっと、相変わらずだな、お前は……」
そんなお2人のやり取りを聞きながら、あたしはどうしても聞かねばならないことを文にする。
【ミストさん、ご予算はどのくらいですか?】
資金に余裕がないと言われたが、いくらまで出せるのか、その金額によって用意できる装備は限られる。
「えっと……出せても……この位……」
ミストさんは、そう言いながら右手を開いて前に出した。
「50までだっけ?」
「おう……」
ミストさんは申し訳なさそうに、少し俯いてしまっている。
(50万コル……普通なら武器くらいしか買えないけど……)
普通なら、というのは《一級品》を求めたら、だ。
(最前線で戦うわけじゃないなら……)
あたしがまず取り出したのは、最優先すべき《胴装備》だ。
【とりあえず、これを試してみて下さい】
汎用品ではあるけれど、量産が難しい軽金属胴装備の《ピュアミスリルブレスト》だ。
「って、え、え?! ピュアミスリル?! いやいや! こんなの買えませんて!」
一般に《
但し。
霊銀だけなら、25層辺りから使われている素材で、60層以上のフィールドでは、ほぼ使われない。
あたしが今回取り出した《
通常のミスリルインゴットを作るのに、霊銀鉱石が5つ必要であるのに対し、ピュアミスリルインゴットを1つ作るには、霊銀鉱石が100個必要になる。
簡単に言えば。
【ピュアミスリルは、手間がかかるだけで元手は安いので。これなら価格は手頃ですよ?】
「いやいやいや! 競売とかで見かけるピュアミスリル製の武具は、もの凄い高いんで!」
【あれは競売に置く手数料等も計算しての価格になりますから、競売での購入はあまりお勧めいたしません】
競売でこの子と同じものを買おうとすれば、おそらく20万コルはかかるだろうけれど。
【ちなみに、この子は12万コルですよ?】
「…………え!?」
「うっわ、ログたん、ちょっと安過ぎない?」
流石にアロマさんも安いと思ったようだけれど。
【適正価格です。手間がかかるので量産できず、単価が上がる傾向にはありますが、個人販売なら、この価格でも高いかもしれません】
本当なら10万、と言いたいのだけれど、この子は一般流通している子よりも性能が良い。
適正に評価すると、どうしても少し価格が上がってしまう。
【無論、ピュアオリハルコンや、ピュアアダマンタインに比べれば、性能は劣ります】
霊銀は、比較的入手がしやすいから、純化させるのはそんなに難しくない。
対して、オリハルコンやアダマンタインは入手が難しいため、それを純化させるのは至難だ。
【稀少鉱石ではないので、この子たちから見繕っていただくのが良いと思います】
1つでは決めにくいだろうと、あたしは金額的に同じくらいの子達を色々と取り出して見せた。
予算内で、胴・曲刀・盾を揃えて、可能ならもう1か所、更新させておきたい。
職人として、その人のレベルに見合っていない子達が無理を強いられるのは、見ていて辛いものがある。
予算50万で考えられる組み合わせを、その後もいくつかお出ししたのだけれど。
何故かミストさんは恐縮するばかりで、なかなか購入の決め手にはならなかったようだ。
そんなこんなで午前一杯悩んで《
「ミストはほんと、こういうところでズバッと決められないよねぇ」
「慎重なんだよ! てか、お前みたいに最前線で稼ぎまくってるわけじゃないんだから、そんなに金がねぇの!」
【どうされます? 残りのご予算35ですけど、剣と盾は必ず買いたいところですよね?】
ミストさんは、肝心の武器と盾を決められずにいた。
曲刀と騎士盾を使っているのなら、やはり同系の子が馴染むだろうと、こちらも色々と取り揃えて並べてはいるのだけれど。
「う~~~~~~ん……これも良い……いや、しかし……これと併せると……」
「ねぇねぇ、これなんかどう?」
「……それか……それだと盾が……うぅむ……」
今、アロマさんが薦めたのが《シャドー・シャムシール》という、黒染めの刀身が特徴的な、比較的重量のある子だ。
要求筋力値は充たしているようで、その子を軽々と取り扱うミストさんだけれど。
【そうですね。それならこの子はどうですか?】
あたしの見立てだと、併せて持つ盾が重いと筋力値が足りなくなる気がする。
「えっと……これは……」
「おー! ログたんもしかして、これってアレが素材?!」
【朧シリーズの1つ《ミスティ・カイトシールド》です】
朧系素材は、レア素材『だった』アイテムとして、最近では名前をよく聞く。
アロマさんが見つけた《朧月宮》も、今では他の人にも知られるようになり、素材の流通が普通に行われている。
その中では、未だ流通量の少ない《朧鋼》を主材料として使った子だ。
【この子の特徴は、現在知られているカイトシールド系の中では、最も要求筋力値が低い事です。防御力に関しても《純霊銀》系ではとても及ばない高数値を誇っています】
「ちょっと、待って下さい!? 朧系って……最近やっとまともに流通が始まったばかりの素材じゃないですか?!」
【朧素材を使った防具には、特殊効果も付きますから、とてもオススメの子です。そうですか? 私の所ではメジャーな素材ですよ?】
主に、アロマさんが大量に集めて来てくれるからだけれど。
「価格的にも良いんじゃない? 他で買おうと思ったら、手に入らないだろうけど?」
【そう、ですね。一般での販売価格はまだ高いです。私は特別に、この価格でこの子達を扱えていますけど】
「ま、マジでいいんですか!? 競売価格の半分以下ですよ?!」
【お礼ならアロマさんに。この価格でお売りできるのは、全てアロマさんのお蔭です】
あたしのテキストを見たミストさんは、アロマさんへと顔を向けて、何か信じがたいものを見るような目をしていた。
「……なによ?」
「いや……お前、すげーなって思って……」
「ふふん! 崇め奉られてあげないことも無いけど?」
「調子に乗んな。けど、ありがとよ」
ちなみに、曲刀が13万、盾が22万で、予算丁度だ。
端数は、内緒でおまけしたけど。
【お買い上げありがとうございます。ご予算丁度で収まって、良かったです】
「いや、ホントにありがとうございます! まさかこの予算で、こんなに良い物が買えるとは思っていませんでした!」
「ミストも、ログたんのお店の常連になりそうだねぇ!」
「や、マジで通いますよ。こんなに良い店、見たこと無いし」
【そう言っていただけると嬉しいです】
あたしのお店の主なターゲットは、ミストさんのようなボリュームゾーンの上位に入るプレイヤーの方々だ。
セイドさんたちは、同じギルドということであたしのお店の子達を贔屓に使ってくれるけれど、正直、あたしのスキルでは、いずれ攻略組の装備品を作ることは難しくなる。
ウィシルのクエストで手に入る特殊素材も、いつか普及するアイテムになるだろう。
そうなれば、あたしにしかできないこと、というのは少なくなる。
【今まで使っていた子達は、どうしますか?】
「ん~……うちのギルメンに渡すことにします。これはこれで、低層なら、まだまだ使えますし」
「って、あのハゲに渡すの? それは勿体ないんじゃない?」
「いや、あいつはもう全然外に出ないんだ」
「え、圏内に引き籠ってるってこと?」
「ああ、一度死にかけてな。それ以来、一度も外に出てない」
「へぇ……ミストも大変だね」
「ハハハ。まあ、あいつも何もしないってわけじゃなくて、職人系スキルを取ったりして、外に出ずにできることをやってるよ」
「ふぅん……あの筋肉ハゲがねぇ……」
「ってことでログさん、今度、そのギルメンも連れてきていいですかね? 職人関連は俺じゃよく分からない事も多いから、そいつに教えてやっていただけると助かるんですが」
【あ、えっと】
ミストさんの思わぬ申し出に、あたしは慌ててテキストを打とうとしたけれど。
「ミスト、そういう事を聞きたいなら、初心者サポートもやってる職人系ギルドの人、紹介してあげるよ」
「え、あ、そっか、わり。ログさん、失礼しました」
アロマさんが助け舟を出してくれたことで、あたしが何か言うことなく、ミストさんはご自分の発言を取り下げた。
あたしが人見知りだと、暗にアロマさんから諭された感じだと思う。
と、ミストさんのお会計が終わった辺りで、お店のドアが開いた。
別のお客様がおひとり、ご来店された。
【いらっしゃいませ】
あたしも、最近はテキストでの応対に慣れてきたのもあってか、唐突なお客様にも、普通に挨拶ができるようになった。
「っと、ログたん、ちょっと裏庭借りるね。ほらミスト、そっちで話の続きするよ。装備に合わせたスキルの相談もあるんでしょ?」
「おっと、そうだった」
「んじゃ、また後でね、ログたん!」
あたしはお客様を確認しつつ、アロマさんとミストさんに軽く会釈を返した。
お2人が店の裏庭へと移動したところで――
「なかなか賑わっているみたいだね」
――笑顔でそう仰ったのは、今ご来店されたフェニクさんだ。
「お久しぶりです! フェニクさん!」
あたしは思わず、そう言葉にしていた。
「ん、ログも元気そうで何よりだよ。でも、やっぱりまだテキストがメインかい?」
フェニクさんは笑いながらそうおっしゃると、装備していた短剣をカウンターの上に置かれた。
「あ、そうなんです……やっぱりまだ、慣れないというか……恥ずかしくって」
「そうか。それじゃ、ログとこうして話ができるのは、今のところ俺だけか」
フェニクさんは何か思案気にそう呟かれたけれど。
「っと、すまない、用件をまだ伝えていなかったね。いつも通りこの子のメンテを頼むよ」
「はい! お任せください!」
「それと、今日はいくつか、新しく装備を買いたいんだが――」
そう言ってフェニクさんは、ご友人分として新しい装備品を求めて行かれた。
その買い方に、あたしはちょっと驚くことになった。
フェニクさんが店をお出になられて少ししてから、セイドさんがやってきた。
セイドさんは、何か様子が変だったけれど。
「気にしないで下さい」
としか仰られなかったので、事情はよく分からなかった。
ただ。
「……アロマは……楽しそうでしたか?」
チラチラと、落ち着きなく裏庭を気にしていたセイドさんは珍しかった。
【はい、楽しそうですよ】
「そう……ですか……ありがとうございました、次の予定もあるので、これで失礼しますね」
【え、あの】
それだけ言うと、セイドさんはあたしの返事を待たずに店をお出になってしまった。
(セイドさん、なにか、いつもと様子が違ったなぁ……アロマさんと何かあったのかな?)
普段なら、アロマさんから逃げ隠れするような行動はしないはずだけど。
でも、今のセイドさんは、色々とお忙しいということも聞いている。
今回の行動も、あたしが分かっていないだけで、何か重要な意味があるのかもしれない。
(今日帰ったら、ルイさんに聞いてみるのが良いかな……外での会話は気を付けるように言われてるし)
セイドさんの行動や考えは、あたしでは想像もできないことが殆どだ。
あたしは潔く諦めて、裏庭にお弁当を持って移動した。
お昼ご飯を食べるのには、丁度良い時間だった。
「ぉ? ログたん、お客さん帰ったの?」
【はい、なのでお昼にしようかと】
「あぁ、もうそんな時間でした? アロマ、どうするよ? 俺弁当とか持ってないけど」
「む。私はルイルイお手製弁当があるんだけどな……流石にミストの分は無いし」
「んじゃ、どこかで買うか……それに、あまり長居してもご迷惑だろうし」
【迷惑ではないですよ?】
「ん~、そだね……ログたんと一緒にご飯食べたいけど……今はなぁ……」
「ん? 今は?」
「あ、いや、こっちの話。んじゃミスト、移動しよっか!」
「あいよ」
そう仰るが早いか、アロマさんとミストさんは立ち上がって、表の通りへと向かっていく。
あたしもお2人を見送るためにそちらへと向かい。
「それじゃ、ログさん、お騒がせしました。装備、大切に使わせてもらいます」
ミストさんが丁寧にお礼を仰ってくれたり、頭を下げてくれたりして。
【そんなきにしないでくささい】
ちょっと慌てたあたしは、やっぱりミスタイプしていて。
そんなやり取りを少しして。
「んじゃねー! ログたん、ありがとねー!」
ブンブンと音がしそうなくらいの勢いで手を振りながら、アロマさんは転移門へと歩いて行く。
その隣を、アロマさんのご友人のミストさんが、笑いながら歩いていく。
あたしは手を振り返しながら、お2人が見えなくなったところで裏庭に戻って昼食にした。
「たっだいまぁ!」
昼を少し過ぎた頃。
唐突にアロマが帰ってきた。
「ぁ? んだよアロマ。もう帰ってきたのか?」
ソファーに腰を下ろしたまま、気楽な姿勢で食後の茶を飲んでいた俺は、予定よりも圧倒的に早く帰ってきたアロマに、ちょっとした意地悪を言っていた。
「えー、何それ、確かの予定より早いけどさ。帰って来ない方が良かったの?」
俺のあからさまな反応を見聞きして、アロマが瞬時に表情を曇らせた。
「あぁ、もうちょいルイと2人きりにさせてくれてもいいんじゃねーの?」
「マーチん、バカなこと言ってないの~。おかえり~、ロマたん~」
そんな俺の戯言を軽くあしらい、ルイは満面の笑みでアロマを迎える。
「あ~……でも、そっか……ゴメンね、ルイルイ、気が回らなかったよ」
「んも~。マーチん? ロマたん本気で気にしてるじゃない。冗談だから気にしなくて良いよ~、ロマたん」
一瞬、ルイから背筋が凍るほどの視線を投げられ、俺は反射的に居住まいを正した。
「でも、確かに早かったね~? 何か予定変更があった~?」
「あ~、うん、実は」
と、アロマはそこで言葉を切ると。
「ん?」
俺に視線を向けていた。
「あの、なんか、すみません……アロマが無理を言ったんじゃないですか?」
おずおずと、ミストが俺に続いて階段を下りながら口を開いた。
「いや、気にしないで良い。この位なら大したことじゃねえし」
アロマが唐突に帰ってきた理由。
それが――
「しっかしまぁ、稽古付けてくれと言われるとは思わんかったがなぁ」
――ミストに、稽古を付けてほしい、ということだった。
「本当に引き受けていただけるとは思ってなかったです」
「今回だけ、な。今日は時間があったから受けてやるけど、普段は無理だぜ?」
「だよねー。私が相手するって言っても、それは困るとか、訳分かんないこと言うし」
武道場に降りてきたところで、俺は歩みを止め、何故か一緒に降りてきたアロマを睨んだ。
「……空気を読め、アロマ。お前はこっちくんな」
「えー! 何でだよう! マーチがどんな稽古付けるのか、私も見たい!」
空気の読めないアロマに、俺は仕方なく耳打ちする。
(「てか、今のお前は外を回ってる予定だろうが。行動計画狂わせんな」)
地下なので大丈夫だろうとは思いつつも、《
(「むぅ……分かったよう……後で教えてよ!」)
膨れっ面で捨て台詞を残して、アロマは渋々上へと戻り、そのまま外へ出て行った。
「ったく……わり、待たせた」
「いえ……あの、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、気にすんな」
ミストの言う『大丈夫』が何を指すのかはよく分からないが。
「うっし、んじゃま、始めようかね」
とりあえず、俺は稽古を付ける時に使っている片手用曲刀《ミスティ・カットラス》を取り出した。
「お、お手柔らかに願います、マーチさん」
「おう。まかしとけ」
というか、圏内戦闘に、お手柔らかも何もない。
ダメージは発生しないんだし。
ミストも、ログの所で揃えたという曲刀と盾を構えた。
「宜しくお願いします!」
「おう、いつでもいいぞ」
俺の返事を聞いて、ミストは盾を前に出し、俺から剣を見えないように隠す。
実に、基本に忠実な構えだ。
そして、盾の陰から《
(だが、基本に忠実過ぎる)
曲刀の《剣技》は全て分かっている。
盾の陰から使ってくるであろう技も、予測できている。
(セイドみたく《
大まかな流れが分かっていれば、自ずと対処方法も見えてくる。
俺は僅かに前進しつつ剣を左下に持っていく。
それだけで、ミストの剣技を受け止める。
(ぉ、なかなか良い一撃じゃねーの)
しっかりと体重も乗せ、自身で剣技を加速させた、良い感じの一撃だった。
「ほらほら。どした、もっと打ち込んで来い」
良い感じではあるが、それはそれ、これはこれ。
俺は受け止めた一撃を、そのまま後ろに流してミストを煽る。
しかしミストは熱くならず、冷静に的確に攻撃を繰り出してくる。
ある意味、教科書通りの、見事なお手本になりそうな攻撃だった。
その攻撃を幾度かあしらったところで、俺は少し、心理的に揺さ振りをかけてみる。
「お前さ、アロマのこと好きなのか?」
「え?!」
「ほら、動きが鈍った」
ミストが思わず構えを解いて動きを止めたところで、額に鋭く一撃を入れる。
圏内用の障壁が出現して、ミストには軽い衝撃とノックバックが発生した。
「ちょ、マーチさん、今のはズルいです!」
「甘いこと言ってんなよ。稽古なんだぜ? 不意を突かんでどうする。ほれ、続けるぞ」
「むぅ……はい」
気を取り直して、ミストが構え、今度は俺から斬り込む。
盾を使って俺の攻撃を受け流し、ミストが斬り返してくる。
が、俺はそれを、少し身を捻って回避する。
「で、どうなんだ? アロマのこと」
「もうその手には――」
「ああ、俺の嫁はダメだぞ? 手ぇ出したら、マジで斬る」
「――出しませんて! てか、目が怖いです!」
俺はミストの攻撃を捌き、隙を見つけては一撃を打ち込み、を繰り返す。
「まあ、俺の嫁とアロマを比べたら、月とすっぽん、お日様とスリッパ位に差が――あぁ、当然俺の嫁が月であり太陽な?」
「え、ちょ、さすがに酷過ぎません!?」
「そうか? まぁ、俺とアロマは、こんな会話ばっかだから気にすんな。いつものことだ。ほれ、また一本」
「グッ!」
今回は《剣技》で一撃入れた。
強いノックバックで、ミストは呻き声を上げつつ尻餅をついた。
だが、すぐに立ちあがり、盾と剣を構え直す。
「攻撃が丁寧過ぎるぜ。もうちょい型を崩して攻撃することも覚えな」
「型を、崩す、ですか」
「モンスターの動きも多彩になってくる。型通りの攻撃は、回避されやすいぞ」
攻略組を狙うなら、という意味合いは、言わずとも分かるだろう。
「はい!」
とはいえ、すぐにどうこうできることでは――
「ぉ?」
――ないと思っていたが、ミストは意外にも、構えを緩めて型に幅を持たせた。
(ほぉ……融通は利くってことか)
試しに軽く突きを放つと、今までのミストなら盾で受け止めていた所を――
「ッ!」
――受け止めるどころか前進した上で、ギリギリ回避した。
そして、俺の懐に潜り込むような勢いのミストは、そのまま曲刀に《剣技》の光を纏わせ、胴目掛けて横薙ぎに繰り出そうとしていた。
今までにない、見事なカウンターに――
(ぅぉ!)
――内心、驚きを隠せなかったが。
(やりやがる!)
俺としても稽古を付ける立場上、一撃を貰うことはプライドが許さない。
懐に飛び込んできたミストの肩を左手で突き飛ばすようにして、俺自身も後ろに全力で跳ぶ。
間一髪のところで、ミストのカウンターを空振りさせることに成功した。
「惜しい! が、まだ甘い!」
逆に隙を作ったミストに、痛烈な反撃を入れて俺はこっそりと一息つく。
今のはちょいギリだった、うん。
「っうぅぅ」
俺の反撃をもろに喰らって床に転がっていたミストは、フラフラと立ち上がる。
「で、どうなんだ? アロマのこと、好きなのか?」
俺の軽口に、ミストは顔を顰めつつも体制を立て直して、ひとつ深呼吸をしてハッキリと答えた。
「好きですよ」
そう口にすると同時に、真正面から盾で体当たりするかの如く高速で突っ込んできた。
自身を隠すと同時に次の攻撃手を隠しつつ、相手の視界も封じる狙いか。
「狙いは悪くねぇ」
それを俺も真正面から受けて立つ。
「それで、アロマの、何がいいんだ?」
ミストはそのまま、曲刀による連続した攻撃を繰り出す。
「明るい、ところ、です、かね!」
攻撃の合間で話を続けるミストに、俺もそれをフラフラと躱しながら話を続けた。
「爆弾娘だがな」
「フォロー、して、あげれば、いいんで、す!」
「物好きなやつだ」
「味が、ある、娘じゃ、ない、です、か!」
「クサヤか何かと一緒っぽく聞こえるな」
連撃の最後に俺がわざと隙を見せると、ミストはそこに大振りの攻撃を当てにきた。
「違いますよ!」
だが、当然。
俺はそれを受け流して、逆袈裟気味に《剣技》の一撃をお見舞いした。
強烈な衝撃で、ミストが吹っ飛んで。
「く……はぁ……」
今度は起き上がって来ないまま、床に大の字で転がった。
「はぁ、はぁ……流石に、当たらないですね……」
「そりゃまぁな」
ミストは寝転がったまま息を整えつつ、続きを話しはじめた。
「パーティーを組んでいた時から、ずっと、いいなとは思っていたんです」
休憩がてら、少し話をするのも良いだろうと、俺も道場の床に腰を下ろす。
「でも、解散以来連絡を取ることは無くて。昨日、街で会ったときは、本当にびっくりしました」
「あれ、マジに偶然だったのか」
「はい」
そう答えたミストは、何かを思い出すように目を瞑った。
「あの時。アロマが以前と変わらないまま俺に笑いかけてくれて。素直に、嬉しく思いました」
「そうか」
しかしそう言った後のミストは、ほんの僅かに表情を曇らせた。
「アロマは、ずっとソロで活動していると思っていました。だから、もし今度会えたなら、自分が彼女を守ろうと、そう思って……いたんです」
ミストはそこで口を噤んだ。
言わなくていい事を言いそうになったんだろう。
アロマがギルドに入っていたことにショックを受けた、と。
「そうか」
俺も、余計な答えはしなかった。
攻撃の筋もそうだが、こっちの面でも正当派なやつだ。
不意に、ミストが起き上がった。
ミストは大きく深呼吸すると、無言で武器を構えた。
それを見て、俺も立って斜に構える。
ミストが牽制を含めて、再度連続攻撃を仕掛けてくる。
俺はそれを数発避けたところで、今度はミストの剣を弾いて隙を作らせ、連続した反撃を始める。
それに対して、ミストはなかなかの反射神経をみせ、俺の攻撃を盾や曲刀で受け流し、または回避していく。
「稽古を付けてほしいってのは、お前がアロマを守りたいってことの表れか」
俺が連撃の最中でも、息を切らさずに話を始めたのをみて、ミストは悔しそうな顔をした。
「彼女が、前線で、戦う道を、選ぶなら! 俺も、前線に、行きたい、です!」
何とか防御を維持しつつ、言葉を返すミストだが。
「お前が前線ねぇ」
「守る、ことが、出来なく、ても! せめて、傍に!」
俺の攻撃を盾で大きく弾いたミストは、そこから反撃を始めた。
「あの時、できなかったことでも! 今なら、少しくらいは!」
「いい心がけだな」
ミストの動きは稽古開始時よりも格段に良くなっていた。
「だが――」
とはいえ、攻略組には到底及ばない。
ミストの攻撃を躱し、俺の曲刀がミストの脳天を直撃した。
「――今のままじゃ、まだまだあいつのお荷物にしかならないぜ」
俺の、笑みの無い真剣な言葉に。
ミストは、打たれた頭を押さえたまま、寂しそうに笑った。
ログさんの所を後にした私は、順次予定の場所へと足を運んだ。
その間、常に。
(やはり誰かに監視されているような気もするが)
特定個人に、ではなく。
入れ代わり立ち代わり、監視されているような感覚。
疑心暗鬼による錯覚だと言われても否定できる要素は無い。
(まぁ、監視されている前提で行動しているのだから、構わないとはいえ)
正直、気は休まらない。
知らず知らずのうちに人気のない路地裏へと足を運んでいた。
私の感知能力について、多少なりとも情報を得ていて警戒しているのであれば、人気のない所へまで尾行はしないだろう。
先ほどまで感じていた誰かに見られているような感じが無くなり、私は思わず天を仰いでため息を吐いていた。
(もうじき日も暮れる。次の場所は――)
「忙しそうだナ、せいちゃん」
不意に後ろから小声で話しかけられ、私は一瞬息が止まった。
(――毎度のことながら)
実に見事な忍び寄りである。
声をかけられるまで全く気付かなかった。
これは、尾行者が同様の能力を持っていた場合、危ないと言えるだろう。
「アルゴさん程じゃないと思いますよ」
私も小声で返しながら振り返った視線の先には、いつもの如く、3本髭を両頬に描いた小柄な――
「……………………アルゴさん、ですか?」
――小柄な女性、であることに変わりは無い、のだが。
「オイオイ、何言ってるんダヨ。オイラじゃなかったら誰だっていうンダ?」
思わず問い直してしまったのも、無理からぬことではないだろうか。
アルゴさんはこれまで、常にと言っていい程フーデットマントを纏っていた。
そのためか、フード無しの姿を見たことが無いのだが。
今目の前にいるアルゴさんは。
「……アルゴさんですよね……そうですよね……」
珍しい事に、フードを――いや、マントを付けていなかった。
それどころか、髪型も違った。
癖のある金褐色の巻き毛を、首の後ろで一つにまとめているようで、いつもと違って少し大人びた印象を受ける。
しかも服装が主街区に居るNPCの商人と大差ないもので、あろうことか武器すら身に付けていなかった。
頬に描かれた3本髭がなかったら、アルゴさんだと思わなかっただろう。
「アァ、この格好だからカ」
アルゴさんも何に疑問を持たれたのか思い至ったようで。
「ナ? 見事な変装ダロ?」
そう言ったアルゴさんは、ニャハハと笑って見せた。
「え、ええ、実に見事です」
私は念のため《警報》の【《聞き耳》使用プレイヤー報告】にチェックが入っていることを確認し、アルゴさんに問いかけた。
「ということは、今から《あの場所》に行かれるんですか?」
「そーいうコト。その前にせいちゃんを見かけたから、ちょっと声をかけたんダヨ」
頭の後ろで手を組んで笑っているアルゴさんに、私は余計なことかもしれないと思いつつも、頬を掻きながら注意を促す。
「あの、こう言ってはなんですが……」
「アァ、だいじょーぶダヨ。このペイントはちゃんと取るし、髪も染めるカラ」
変装そのものは実に見事なのだが、今のままではアルゴさんだと分かってしまう。
そのことを指摘しようと思ったのだが、アルゴさんはしっかり分かっていたらしい。
「武器は?」
「モチロン、クイックチェンジ登録済みダヨ。オイラを何だと思ってるンダ?」
無用な心配はいらない、とばかりに、アルゴさんは不敵な笑みを浮かべて見せた。
「ット、せいちゃん、折角だし少し歩きながら話そうカ」
「おっと、そうですね」
私は少し周囲に視線を巡らせてからアルゴさんに答えた。
「せいちゃんなら無用な気遣いかも知れないケド」
1歩踏み出した途端、アルゴさんがそう切り出した。
「オイラも《索敵》には自信があるンダ。変な奴らはいないはずダヨ」
どうやら私の視線の動きを察したらしい。
「ありがとうございます。少し安心しました」
並んで歩きながらアルゴさんが心配そうな声を上げた。
「心配性だナ。そんなに気を張ってると、本番まで持たないヨ?」
「大丈夫ですよ」
そう、静かに答えた私の顔を覗き見たアルゴさんは――
「ッ?!」
「この件に関しては、何カ月かかろうと、必ずやり遂げます」
――少し緊張した表情で、息を飲んでいた。
「あぁ、かといって、皆さんの行動まで制限しているのは大変申し訳なく思っていますから、可能な限り、迅速に、終わらせます。アルゴさん、絶対に無理はしないで下さいね」
「オ、オレっちは、だいじょーぶダヨ。せいちゃん、顔が怖いヨ?」
ついつい、殺気立っていた。
「あぁ……これは失礼を」
「せいちゃんが本気だってことはよく分かってるヨ。マーちゃんのこともあったしナ」
アルゴさんも、67層のボス戦で何が起きたのかは、知っている。
「結果論だけど、ホント、無事で済んでよかったヨ」
「しかし、次はありませんし、させません。過程も、結果も、アロマを2度とあんな目には遭わせない」
「ダナ」
と、ここで、僅かな間を開けて。
「デ? せいちゃん、マーちゃんとはどこまで進んだんダ?」
「……進んだ、とは?」
「だーかーラー。2人の関係ダヨ」
そういうと、アルゴさんはニョフフフと、少々品の無い笑い方をした。
「は?!」
「いやー、あのせいちゃんがサ。まさか呼び捨てにするとは思わないじゃないカ」
マーチの浮かべるニヤニヤと近いモノを浮かべたアルゴさんがそんなことをのたまう。
「いやいやいや! 今までも普通に呼び捨ててますよ!? マーチのこととか!」
「ルーちゃんやマーちゃんのことも、戦闘中なら、ダロ?」
「そうです!」
分かっているなら、何故そんなことを言うのか、と反論しようと思ったのだが。
「でも今は、マーちゃんのこと、いっつも呼び捨てダヨ?」
「そっ! それ……は……そうですが……」
妙に鋭いところを突かれて、言葉に詰まってしまった。
「それト」
アルゴさんはスッと目を細めて言葉を続けた。
「オレっちの掴んだ話じゃ、なんでもマーちゃんの昔馴染みの男が現れたって聞いたゾ?」
「ど! どこでそんな情報を!?」
「オレっちにそれを聞いても、なんて言われるか知ってるダロ?」
それを知りたければ何コル、と言われるのがオチだ。
ニャハハと笑みを浮かべたアルゴさんは、そのまま話を続けた。
「でサ? せいちゃんはその男の事、どう思ってるンダ?」
「どう……と、言われても」
唐突に、押し殺していた感情が渦を巻き始める。
どう思っているのか、はっきり口にするのには、すぐには無理だ。
「時期的に、連中の仲間じゃないか気にならないカ?」
私は自分の感情から目を反らしていたことを突き付けられた気分になった。
「……アルゴさん、もう調べがついてるんですね?」
アルゴさんがわざわざこういう事を言うのならば、おそらくその答えを持っているのだろう。
「ニシシ、さっすがせいちゃん! 調べた結果は白だったヨ!」
「そう、ですか……」
ミストさんは、奴等との関わりがない。
そのことは、本来喜ばしく思うべきことだ。
そのはずなのだが。
「複雑そうな顔してるナ? 何で喜び切れないんダ?」
「……何ででしょうね」
何故か、喜べなかった。
「そもソモ、せいちゃんらしくないヨ。こんな時期にそんな男が近寄ってきたら、真っ先に疑うんじゃないカ?」
それは確かに考えなかったわけではない。
だが、それを何故か、情報屋に依頼するのを躊躇ったのだ。
「オレっちも調べはしたけど、あれは単にマーちゃんを好いてるだけだネ」
「そう、ですか……そうですか」
今はまだ、極力考えないようにと、意識を完全に切り替えておいたのに。
アルゴさんにこうして話を切り出されては、このことを無視するわけにもいかない。
「連中との関わりがないのであれば、それは、何より……です」
そう、良い事のはずなのだ。
「せいちゃんは、マーちゃんとあの男を一緒に居させてていいのカ?」
「そのことに関して、私は口出しできないでしょう?」
私がどう思っていようとも、ミストさんと一緒に居るかどうかを決めるのはアロマだ。
彼が奴等と無縁であるならば、私が口を挟むのは筋違いだろう。
「せいちゃんならそう言うと思ったケド。言い方はいくらでもあるんじゃないカ? スパイかも知れないトカ」
「ですが、実際には違ったわけですし」
「違ったことを素直に喜べないのは、マーちゃんに、あの男と一緒に居て欲しくないからじゃないカ?」
私は喜べていない。
だが。
「アロマは、彼と会うことを嫌がっていません。むしろ喜んでいます」
「マーちゃんの話じゃないヨ。せいちゃんの問題ダロ?」
アルゴさんにハッキリとそう反論されて、私は思わず俯いてしまっていた。
「せいちゃん、嫌なんダロ? だから会議でも集中できなかったんダロ?」
「そんなことまで知ってるんですね……」
会議中の失態に関しても、アルゴさんの知るところだったらしい。
「マーちゃんの昔馴染みだからって、あの男とフレンドになれそうカ?」
その問いかけにも、答えることができなかった。
1つ1つ、こうして言われていくと。
私が、ミストさんのことを良く思っていないということを自覚させられる。
これまで接点もなく交流も無かった相手だが、悪い人物ではないと分かった。
好きか嫌いか、判断することはできない相手のはずなのに。
自分はどうして、嫌なのか。
「どうして、私は彼をあまり気に入らないのでしょうね」
「その答えってサ。もう、せいちゃんの中では出てるんじゃないカ?」
私は知らず知らずのうちに。
唇を強く噛んでいた。
「マ、どうするかはせいちゃん次第だけどナ。オイラが言えるのはここまでダヨ」
と、不意に視界が開けた。
どうやら、路地裏を抜けてしまったようだ。
「んじゃ、オレっちはそろそろ行くヨ。またナ、せいちゃん」
言うが早いか。
アルゴさんはそれだけを言い残して姿を消した。
「どうするのかは……私次第……か……」
マーチんがロマたんの頼みを聞いて、地下の武道場でミスト君に稽古をつけ始めてから約1時間が経った。
(夕食の準備も大体済んだし~。お茶でも持って行ってあげようかな~)
私もマーチんも、今日は出かけないことになっているから、すること・できることが限られている。
私だけなら料理に時間を費やせるけど、マーチんはそうもいかない。
ずっと一緒に居るのは、勿論楽しいし嬉しいけど。
(そ~いう意味では~、ミスト君がマーチんの相手になってくれて良かった気もするかな~)
紅茶と珈琲をポットに入れて、カップとソーサーを3セット、それにクッキーとマカロンを添えてお盆に乗せる。
私が階段を降りはじめると、2人の戦闘音が聞こえてくる。
「ほら、脇が甘い! 常に集中しろって言ってんだろ! 盾持ちなら最前線に立つんだぞ! 僅かな油断で後ろのメンバー全員死ぬぞ!」
「っく! もう1本お願いします!」
「フフッ」
そんなやり取りを聞いて、私は思わず笑っていた。
なんだか、とても懐かしい気がする。
子どもの頃の、マーチんの所の道場の光景。
マーチんの御父様や御祖父様が、マーチんとセイちゃんに、あんな感じで稽古を付けてたのは、もう10年以上も前の事か。
「2人とも~、お茶持ってきたよ~」
私が声をかけると、マーチんはこっちに視線を向けた。
ミスト君は、その瞬間を『隙あり!』とばかりに斬り込んでいったけれど。
「おぅ。サンキュー。これ終わったら茶にするか」
こちらに意識を割きながらも、マーチんはミスト君の攻撃を曲刀1本であしらい続けた。
「おら、また癖が出てるっての! もっと不規則に攻撃しろって言ってんだろが!」
「ぅが!」
ミスト君が、どうやら癖になっている攻撃パターンに入ったらしいところで、マーチんからの痛烈な一撃で床に叩き付けられた。
「うぅ……」
「っし、んじゃ休憩にすっか。俺の嫁の手作りだ。1口ごとに10回以上感謝してから飲み込め」
「マーチん、変なこと言わないの~。気にせずに~、飲んで食べてね~」
武道場にはテーブルや椅子などは無いから、カップなどをお盆に乗せたまま畳状の床に置き、そのままその場に腰を下ろした。
マーチんが私の隣に座ったところで、私はマーチんのカップに珈琲を注ぎ、次いで自分のカップに紅茶を入れた。
そこでようやく、ミスト君も起き上ってきて、私とマーチんの対面辺りに腰を下ろす。
「すみません、お茶までご馳走になってしまって」
「いいんだよ~。私の趣味だから~。ミスト君は珈琲と紅茶、どっちにする~?」
「あ、では珈琲を」
「はい~」
そうしてミスト君のカップにコーヒーを注いでいる時には、マーチんは既にクッキーを1つ食べていた。
「ぉ、新作クッキーか」
「うん~。《ミルラズリーの葉》と《フラブルの実》を混ぜたクッキーとマカロンだよ~」
「うわ、うまっ! こんな美味いクッキーとマカロン、初めて食べましたよ!」
「だろ? 俺の嫁の料理は、店ができるレベルだ」
「だから~、変なこと言わないの~。そんなの無理だってば~」
「なるほど。だからアロマがルイさんの料理って騒ぐんですねぇ。これは納得だ」
「って、おいおい、クッキーと珈琲だけで知った風に言うなよ。こんなの、俺の嫁の実力の1割にもならんぞ?」
「は~いはい。ありがとね~、マーチん」
マーチんのべた褒めはいつものことだから、とりあえず流しておこう。
私も紅茶を飲みながら、休憩がてら、2人の稽古の様子などを軽く聞いていると。
「ん。ごめ~ん、ちょっとメッセ見てくるね~」
視界にメッセージ受信のウィンドウがポップアップした。
私は2人に断りを入れて、階上へ戻って、届いたメッセージを確認する。
(あ、アルちゃんだ)
メッセージの送り主は、情報屋のアルちゃん――アルゴちゃんだった。
【依頼の件、オレっちなりに触発しといたよ。あとはせいちゃん次第だ】
内容はそれだけ。
忙しいアルちゃんに少し無理を言ってお願いしたというのに、すぐに動いてくれて本当に助かる。
私もすぐに返信を
【ありがとうございます。お代、本当に私の料理で良いんですか? どんな料理が良いか、希望を頂ければ沿います】
本当は、私がセイちゃんに、ロマたんのことを話したかったんだけど。
今は色々と行動に制限がある。
それに――
(彼の件もあったしね~)
――ミスト君の事もあった。
彼についての調査依頼は、私達がミスト君と出会った日。
ロマたんとミスト君が食事に行った直後に、マーチんがアルちゃんにメッセで依頼していた。
多分じゃなくて確実に、セイちゃんはそれを依頼しないだろうから、と、ブツブツ言いながら。
その返事が来たのは、その日の夜、私とマーチんが個室にいる時だった。
その時点でミスト君への疑いは、ほぼ無くなった。
だから、翌日ロマたんを見送るのにも心配はしなかった。
問題だったのはセイちゃんだ。
ロマたんへの気持ちに関して、ハッキリと自覚させなければならないが、それにはこちらの時間的な都合が合わなかった。
そこで、私からアルちゃんに《セイちゃんに伝えてほしい内容を依頼した》というわけだ。
まさか、昨日の今日で話をしてくれるとは思っていなかった。
アルちゃんの忙しさは、私やマーチんの比ではないから。
と、考えていると、アルちゃんからの返信が来た。
【それじゃ、完全新作の料理で抜群に美味しい一品を、そのレシピも込みでヨロシク】
その内容を見て、思わず笑ってしまった。
具体的な指定をしないなんて、アルちゃんの可愛らしいところだ。
(普段通りの料理で良いってことか~。欲が無いな~、アルちゃんてば~)
私は手早く了解の返信をして、地下に戻った。
そこでは、ポットの珈琲とお茶を飲み干して、菓子も食べ尽くした2人が早くも稽古を再開していて。
(やれやれ……ホント、男の子って元気だね~)
私は声に出さずに笑って、食器の乗ったお盆を手にキッチンへと戻った。
「たーだーいーまー! お腹空いたー!」
ロマたんが帰ってきたのは、日が暮れて少ししてから。
その時には――
「って、ミスト、どしたの? なんか燃え尽きてる感じだけど」
――ミスト君はリビングのソファーでぐったりとしていた。
「いや…………もう……マーチさん、スパルタ……」
「だから言ったじゃん。マーチは厳しいって」
「そんな厳しいことはしてねーぞ? 今日教えたのなんざ、攻略組への1歩目ってところだ」
そう言いながらマーチんが《刀》を携えて武道場から上がってきた。
「お疲れさま~、マーチん。シャワー空いてるよ~」
「ん、浴びてくる」
ミスト君が完全に集中力を欠いたところで稽古を終了させたマーチんは、ミスト君にリビングで休むように言った後、自分だけ武道場に戻った。
マーチんが1人で身体を動かすのも、こういうフリーの時の日課だった。
「で、どうだった? マーチに1本入れられた?」
「いや、もう……全然……ムリ」
「惜しいところまで来てたさ。ひと月も修練すれば20本に1本くらいは取れるかもしれんぞ」
マーチんがそれだけ言い残して浴室に入ると、ロマたんがちょっと頬を膨らませた。
「むぅぅ! ミスト! 私とも模擬戦しよーよ!」
「ちょ、ま…………むり……だから……」
ロマたんも時々、マーチんやセイちゃんと手合せしてるけど、やはりというか、どうしても大型武器のロマたんは2人から1本が取れなくて悔しがっていることが多い。
それなのに、ミスト君が1本取れるかもと聞けば。
(敵愾心も燃えるよね~)
とはいえ、あくまで稽古での1本、という意味なのだけど。
マーチんは《曲刀》でミスト君の相手をしていたけど、ロマたんには《刀》を使う。
それはつまり、マーチんがロマたんの実力を認めて本気で相手をしているということだ。
「ロマたん~、ちょっと手伝って~」
下手すると、燃え尽きているミスト君を引っ張って武道場に行きかねないので、私はロマたんに夕食を並べる手伝いを頼んだ。
俺はシャワーを浴びながら、ミストとの会話を思い返していた。
出会った直後こそ奴等との関連を疑いもしたが、アルゴの調査結果と併せて、俺が直接話した感じからも悪意は感じられなかった。
それに。
(真っ直ぐな奴だ。攻撃だけじゃなくて、行動すべてが真っ正直なんだろうな)
アロマへの気持ちも、ハッキリ『好き』と言っていた。
ミストがアロマのことを大切に思っていることは、よく分かった。
(しっかりしろよ、セイド)
問題は、朴念仁でヘタレで大馬鹿野郎の、うちのギルマスだ。
(お前、このままじゃミストと張り合えねぇかも知れねぇぞ)
ミストとセイド。
この2人の、アロマへの気持ちにおける最大の違いは。
自覚しているか否か。
そしてそれを、ハッキリと口にすることができるか否かだ。
(ま、ルイが何か手を打ってたみたいだし、何とかなるだろう)
セイドのことに関しては、何となくだが、大丈夫だと思える。
俺としてはそれよりも。
(ミストが告るつもりで、アロマの傍に居るのかどうか、そこが気になるとこだな)
ミストは確かにアロマを好きだと言った。
だが、ミストの希望する《アロマの傍》という立ち位置は、今の奴には無理だ。
時間をかければ可能ではあるが、大きく開いてしまった差というのは、なかなか埋まるものじゃない。
ミストもレベルアップするだろうが、その間に、当然アロマのレベルも上がる。
ミストが追い付くのをアロマが待つ、って状況にでもならない限りは、ミストが追い付けるのは随分先のことだろう。
(寝る間を惜しんで、高効率の狩りを何ヶ月も続けるなんてのは、まず無理だしな)
俺達もかなりのハイペースでレベルは上げてきたが、比較的高効率で且つ安全な狩りを、それなりに維持していただけだ。
攻略組のトップ連中に比べれば、俺やルイ、アロマのレベルは低いだろう。
(まぁ、俺らの中でもセイドは別だが)
セイドは今でも、睡眠時間を削っての狩りを続けている。
だから常に、俺達より6~7はレベルが上だ。
だが、それでも攻略組トップのレベルには届いていない。
中でも、ソロプレイによる高効率の経験値稼ぎを続けてこれたのは、キリトだけだろう。
ミストが俺達に追いつこうと思ったら、ソロプレイに近い効率を求める必要がある。
そしてそれは――
(先に、釘さしとかねーとな)
――間違いなく、ミストに真似できることではない。
ソロプレイ故の高効率は、同時にソロプレイ故の致死率にもなる。
誰にでも、できることではない。
だが、恋ってのは時に人を盲目的にしてしまう。
今のミストが、そうならないとは言えないだろう。
(流石に稽古付けた相手に、注意しないまま死なれるってのも、寝覚めが悪いしな)
シャワーを顔から浴びながら、俺は昔の――β時代からの大勢のフレを思い出す。
その中で、今も健在なのは、残念ながら少数だ。
デスゲーム開始当初、俺は攻略に参加せずルイだけは何があっても守り、共に生き残ることを選択した。
その結果、多くのβ時代のフレたちが攻略に邁進して行く中で、その名前をグレーに染めていくのを眺めていることしかしなかった。
何も行動を起こさなかった。
あの頃の俺は、ルイ以外の全てを顧みなかった。
セイドの事すら、ルイを守るためにだけに利用していたのかも知れない。
そんな俺が――
(……今更……か)
――旧友の様子を窺いに行ったり。
――黒鉄宮に花を手向けたり。
――後発プレイヤーを助けようとしている。
逝ってしまったフレが見たら『何を今更』と言われるだろう。
だが、そうすることしか俺にはできない。
(……なんにせよ、少しでも助けになると良いんだがな)
後悔するのは、この世界から――生死に関わらず――出た時に、と決めている。
今は、未来に向けて、手の届く範囲で、出来ることをしていく。
(うっし、上がるか)
俺の全てであり最愛の女が、最高の飯を用意してくれている。
シャワーを止めると共に懺悔の意識に蓋をすると、思い出したかのように空腹感が襲ってきた。
浴室から出て、室内用の装備を身に付けたところで。
「マーチん、ご飯の用意できたよ~」
ルイが声をかけに来てくれた。
「おう! んじゃ、飯にすっか!」
まだセイドが帰ってくる予定の時間にはなっていないが、先に食べててくれと言われているし、問題ないだろう。
「何かすみません、俺までご相伴に与っちゃって。ご馳走様でした」
「気にしないで~。みんなで食べた方が楽しいし~、美味しくなるんだよ~」
ミスト君も一緒に夕食を済ませ、食後の1杯を振舞ったところで。
「マーチさん、戦闘指導、ありがとうございました。また、機会があればお願いしたいです。ルイさん、とても美味しい食事を、ありがとうございました」
改まってお礼を言われると、何とも照れくさい感じがする。
「応、俺らがオフの日なら、少しは見てやるよ」
「その時は、私も相手するからね! ミスト!」
そんなロマたんの台詞に、ミスト君は苦笑いを浮かべた。
「アロマ、それは勘弁してくれ……俺がもっと強くなったと思えたら、頼むから」
「えー! つーまーんーなーいー!」
その後、二言三言交わしたところで、ミスト君が立ち上がった。
「それでは、流石にそろそろおいとまします。遅くまで失礼しました」
「はい~。お粗末様でした~」
私達も立ち上がり、ミスト君を見送るつもりで扉を開けて外に出た。
「おや? 皆さんお揃いで、どうかされましたか?」
すると、そこに。
「あ、セイちゃん、おかえり~」
丁度セイちゃんが帰ってきた。
「よ、セイド、お疲れさん。どうだったよ?」
「まずまず、といったところですね」
マーチんの問いかけに、セイちゃんは少し思案気にそう答えた。
ほぼ順調なのかもしれないけど、順風満帆とはいかないようだ。
「セイド! ご飯先に食べちゃったよ! ログたんの分が残ってるだけで、セイドの分は無いよ!」
そんなセイちゃんをロマたんがからかった。
それを聞いた瞬間、セイちゃんは目を細めて、不敵な笑みを浮かべた。
「ほほぅ……そうですか……それでは、明日はアロマの分が無しということで」
「や! ちが! 嘘、嘘だから! ゴメン許して!」
そんなやり取りをしていたところで、家からミスト君ができてきた。
セイちゃんもミスト君に気が付いたようで――
「っ……」
――ほんの一瞬、表情が硬くなったけど、すぐにいつもの冷静さを取り繕った。
「これはミストさん。お帰りですか?」
「あ、すみません、勝手にお邪魔してしまって。夕食まで頂いてしまいました」
「お気になさらずに。ただ、ルイさんの料理は絶品ですからね。今後の食事が辛くなってしまうかもしれませんよ?」
「あはは、確かに、それはありそうです」
そんな言葉を交わした後で、ミスト君はロマたんに向き直って。
「んじゃ、またな、アロマ」
「ん、またね! ミスト!」
ロマたんの頭をポンポンと撫で、帰路についた。
「今日、稽古で言ったこと、反復しとけよ」
「はい!」
元気に答えたミスト君がうちの敷地から出たところで、マーチんは家に入った。
「セイド、ご飯食べたら狩りだよね? 私、部屋で準備してるから、行くとき声かけてよ?」
ロマたんも、セイちゃんにそれだけ言い置くと鼻唄交じりに部屋に戻って行った。
「……どしたの~? セイちゃん?」
しかし。
セイちゃんはミスト君が出て行った方を見つめたまま動かなかった。
「セイちゃん?」
「ちょっと、ミストさんを見送ってきます」
セイちゃんはこちらを見ることなくそれだけ言うと、すぐに走って行ってしまった。
アルちゃんにどのように言われたのかは推測しかできないけれど。
セイちゃんなりに、覚悟を決めたのだろう。
「頑張ってね、セイちゃん」
私はそんなセイちゃんを、笑顔で見送った。
ミストさんにはすぐに追い付いた。
「ミストさん」
「ん? あ、セイドさん」
私の呼びかけに立ち止まったミストさんの表情は、街灯と街灯の間で立ち止まったためか、夜の帳に薄らと隠されていた。
「少し、話をしたいのですが、転移門までご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
そう答えたミストさんは、少し間を開けてから――
「……俺も、セイドさんと話がしたいと思ってたところです」
――先程までよりもトーンの低い声音でハッキリとそう口にした。
私も、これまでにない緊張を自覚し、彼の隣に並んで歩き始めた。
ここから転移門まで、そう長い距離ではない。
話は、長くはできない。
だが、なかなか話を切り出せなかった。
転移門広場が目に入り、転移門まで数十メートルという距離になったところで、私はようやく口を開くことができた。
「ミストさんは――」
「俺、アロマの事を諦めるつもりはないです」
しかし、そんな私の台詞を遮って、ミストさんがハッキリと言い切った。
「――っ」
「今の俺じゃ、まだ彼女は守れないですけど、強くなって、戻ってきます」
ミストさんは、私のことを見ることなく、前を向いたまま言葉を続けた。
「マーチさんにもきつく忠告されましたから、無理はしません。でも、どんなに時間がかかっても、彼女を守れるくらい強くなって見せます」
彼の真っ直ぐな気持ちに、気圧された。
「アロマの傍に立ちたいんです」
確固たる意志を持ってそう告げた彼の言葉に。
「それは、困ります」
思わず、そう答えていた。
私のその言葉を聞いたミストさんは、歩みを止め、こちらに視線を向けた。
私は、彼より少し前に言ったところで足を止め、喉がひりつくような感覚を味わいながらもう1度、振り向きながらハッキリと言う。
「貴方にアロマの傍に立たれては、私が困ります」
ミストさんは、私を真正面から見据えていた。
私も負けじと、相手から目を逸らさない。
「それは、どういう意味ですか?」
「それは……」
しかし情けない事に、肝心の言葉を口にすることができなかった。
どうしても、すぐに声が出ない。
ゆっくりと、深く息を吸って、何とか言葉にしようとすると。
「俺は――」
先に、ミストさんが口を開いた。
「――アロマが好きです。だから、アロマの傍に居たい」
静かで、力強く、真っ直ぐな言葉だった。
その言葉を聞いて。
何故か先ほどまでの緊張が嘘のように静まり、落ち着いて言葉にすることができた。
「私も、アロマが好きです」
先ほどよりも、ミストさんの表情が険しいものになった。
「彼女の隣に立つのは、ミストさんではなく、自分でありたい。今までも、これからも。これは譲れません」
ひと時の静寂が流れる。
彼も私も、互いに目を逸らそうとしない。
沈黙を破ったのは、やはりミストさんだった。
「……そう、ですか」
彼はそう言うと、寂しそうに笑った。
「セイドさんも、アロマを大事に想ってるんですね」
「はい。その想いも、貴方には負けないつもりです」
ミストさんは寂しそうな笑顔のまま、顔を上に向けた。
「あいつ、すごく強くなりましたね。まさか攻略組に入るほど強くなってるなんて思っていませんでしたよ」
「とても、成長が速かったです」
「俺も、レベルは上げてたつもりなんですが、こんなに差が開いてるなんて」
天を仰いだまま言葉を続けるミストさんの言葉を、私は待った。
「昔のあいつは、危なっかしくて、おっちょこちょいで、とても見てられませんでした」
「今でもあまり変わりませんよ」
「あぁ、やっぱり。そこは変わってないんですね」
それを聞いたミストさんは、くすっと笑って顔をこちらに向け直した。
「そんなアロマだから、俺が傍に居たいと思っていたんです。パーティー解散の時に、ギルドには入らないって言われたのは、かなりショックでした」
「そうでしたか」
昔のことを思いながら、淋しそうな笑みを浮かべたミストさんは――
「でも、今は、セイドさんがあいつの傍に居てくれてるんですね」
――そう言うと同時に、笑みを消した。
「セイドさんの話を、たくさん聞きました。アロマが話す内容は、殆どセイドさんの事ばかりでした。セイドさんが傍に居れば、多分、あいつが死ぬことは無いでしょうね」
その台詞に。
私は、少し前の出来事を否応なく思い返させられた。
「死なせません。絶対に」
あんな想いは、2度としたくない。
私の決意を表情から読み取ったのか、ミストさんは1歩私に近付いた。
「俺は、あいつを守れるくらい強くなってみせます。そうしてアロマと、セイドさんの前に戻ってきます」
そしてミストさんは、拳と前に突き出した。
「わかりました。ならば、その貴方を負かすように、私ももっと強くなりましょう」
私も拳を突出し、ミストさんのそれとぶつけた。
そうして、ミストさんは笑顔で歩き出した。
私も隣に立って歩いて行く。
転移門へと辿り着き、ミストさんは肩越しに、私へ視線を向けた。
「早く、前線でくたばっちゃってください」
「なっ!」
思いもよらぬ台詞に、思わず耳を疑った。
「そうなったら、すぐにでも俺が、あいつを貰いに行きますから」
ミストさんはニッっと笑って転移門へと顔を戻した。
言い逃げさせまいと、私は慌てて言葉を紡ぐ。
「絶対にくたばりませんよ! 貴方に譲る気はありません!」
咄嗟のことで、少々声量が大きくなっていた。
ミストさんはそれに応えることなく、転移していった。
おそらく、ミストさんなりのエールだったのだろう。
家に戻ると、ルイさんとマーチがリビングに居た。
「おかえり~、セイちゃん」
「おつかれさん」
アロマがいなかったことに、何となくホッとした。
「ただいま」
リビングのテーブルには、私の分の食事が用意されていた。
「夕食の用意できてるよ~」
「ありがとうございます」
礼を言いながら、いつも通りマーチの対面の席に腰を下ろす。
「どうだったよ、ミストに言えたか?」
おそらく、何を話して来たのかを察しているのだろうマーチは、不敵な笑みを浮かべていた。
「……何で分かるんですか」
「こっち方面のことで、お前に負けるつもりはねーぞ?」
ニヤニヤしているマーチに、ため息だけを返して夕食を頂く。
「いただきます」
「ふふ、セイちゃん、良い顔になったね~」
紅茶のポットを持ってきたルイさんも、よく分からないことを口にする。
「……顔、ですか?」
「うん~、男性としての箔が付いてきたって感じかな~」
「ああ、やっと男になってきたって感じだな」
「……少し前まで、女々しかったと言われているように聞こえるんですが?」
「違う違う。そーじゃねえ」
「今、マーチんに言い当てられても、動じなかったでしょ~?」
そういえばと、ふと自分の行動を思い返した。
「ちょっと前までのセイちゃんなら~、動揺したり~、必死になって否定したり~、そんな反応をしてたと思うよ~」
「少しは男としての覚悟ができたって感じか?」
「……かも、知れませんね」
「で? ミストの野郎に何て言ったんだ?」
箸を止めずに食事を続ける私だが、マーチは話題を変えさせるつもりがないようだ。
「譲る気はない、と伝えてきました」
それだけ言葉にして、ルイさんが注いでくれた紅茶を1口――
「何を譲らないの?」
「ッブ!?」
「ちょぅわバッ!」
――含んだところで、唐突にアロマの声が響き、私は思わずそれを吹いてしまった。
正面に居たマーチは、思わぬところで災難に遭うことになった。
「あ、アロマ、何時から!? どこから聞いてたんですか?!」
「ん? セイドが譲る気はないって言ってたのしか聞こえてないよ?」
間一髪、といったところだろうか。
話の大筋は聞かれていないようだ。
私の慌て様を見てか、アロマがパタパタと駆けてきて、隣の席に腰を下ろした。
「なーんで慌ててるんだよぅ。私に聞かれちゃまずい事でも話してたのぉ?」
微妙に不機嫌そうな表情を見せるアロマに、しかし私は本当の事を言うわけにもいかず。
「いえ、そのようなことは!」
差し障りのない返答をすることしかできない。
「もしかして、ミストに何かねだられた?」
「ぐ!」
何故、毎度毎度、妙なところで鋭いんですかね、この娘は!
「ロマたん、よく分かったね~?」
「だって、セイドがまだ食べ終えてないんだもん。タイミング的に、ミストと何か話でもしてたのかなって」
ルイさんが感心したようにフォローしてしまった。
「で、セイド? ミストに何を譲ってくれってねだられたの?」
不安気に聞いてくるアロマの顔を直視できず、私は食事を大急ぎで、無理矢理掻き込んだ。
「んんむ、んむむんむ、んんむんむ」
「詰め込み過ぎで何言ってっかわかんねーから、それ」
マーチにジト目で言われてしまった。
強引に呑み込んで、更に話もすり替える。
「さ、狩りに行きますよ。マーチとルイさんも」
3人からの視線が突き刺さるような気がしたので、見ないまま背を向ける。
マーチとルイさんは揃ってため息を吐き、諦めたように立ち上がった。
「ねー。何を譲るのー?」
しかしアロマは拗ねた口調で、私の前に回り込んできてまで質問を繰り返す。
「ですから。譲る気はありません、とお伝えしたので何もあげません。あげる気もありません」
アロマの頭をクシャクシャっと撫でて誤魔化しつつ扉を開ける。
「むぅー! 私にも何かちょーだい!!」
「だから、あげませんから!」
そんな私たちのやり取りを、後から出てきたルイさんとマーチが笑いながら聞いていた。
狩りに向かう道すがら、アロマといつも通りのやり取りができることに、心からほっとしていた。
遅れ馳せながら。
新年あけまして、おめでとうございます(>_<)
本当に遅筆で……昨年を通して、全く話が進んでいない……orz
今年はもっとしっかり、書いていければと思います(-_-;)