ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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Lhaplus3様、楽々亭様、バルサ様、堂場様、天ノ弱様、路地裏の作者様、ささみの天ぷら様、ポンポコたぬき様、チャマ様、taints no様、赤介様。

感想ありがとうございます!!m(_ _)m
返信が遅くなったこと、そして投稿が遅くなったことを、この場をお借りしてお詫び申し上げます!m(_ _)m

時間がかかった分、というわけでもないですが……今回は文字数が多いです……(;一_一)



第十幕・星の正位置

 

 

 

 

 

 アロマのHPバーが消滅。

 

 アロマの名前がグレー。

 

 

 

 

 

 

 もう――

 

 

 

 

 

 

 

    おまえらの  いのちなんて   どうでもいい

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界から色が消え、白と黒だけで構成された風景になった。

 

 

 全力跳躍からの蹴りでジョニーを壁に叩き付け、続けて追い討ちに入ろうとしたが。

 他の5人が邪魔をする。

 

 そいつらの攻撃は全て回避するも、ジョニーには距離を開けられてしまう。

 

「な、何なんだコイツ?! なんでこれだけの攻撃で、掠りもしないんだよ!?」

 

 ジョニーとは別の、アロマを死なせたもう1人の共犯、ラフコフの短剣使いが喚く。

 

 あいつも、生きては帰さない。

 だが、今はまず、主犯のジョニーだ。

 

「落ち着け、ジュニア、抜け殻に、理屈は、いらない」

 

 赤目のザザがそいつの名前を呼びつつ、落ち着かせようとしている。

 

「アル、ゼロ、シン! キッチリ連携かけて殺せぇ!」

 

 ジョニーが、立ち上がりながら片手戦鎚持ち・片手剣持ち・片手斧持ちに発破をかける。

 言われた通りに、まず2人が連携をかけてくるが。

 

 

  うっとおしい

 

 

「な、んで!」「躱せんのかよ、これも?!」

 

 アルとシンと呼ばれた奴らが攻撃を避けられたことに焦り。

 その隙に、2人とも床に叩き付けて身動きを短時間だが封じる。

 

「オォォォォォオオオ!」

 

 その動きに合わせて、ゼロムスが片手剣を赤い光に包みながら斬り込んでくるが。

 

 

  こいつにも  ようはない

 

 

 回避するのも面倒で、籠手を使って斬り込まれた剣の腹をぶん殴り、床へと叩き付ける。

 《剣技(ソードスキル)》の軌道を大幅に変えたことで、ゼロの技が途中で止まる。

 技後硬直によって動けなくなったゼロの頭を、無造作に《竜尾旋(リュウビセン)》で蹴り抜く。

 

「ッブ!?」

 

 空気の抜けるような音とともに、ゼロの身体が独楽の如く回転しながら吹き飛んだ。

 

 とりあえず邪魔なのは、3つ止めた。

 前方には、ジョニーが居るのみ。

 

 

  さあ  しね  ジョニー

 

 

 だが。

 隙があると見たのか、右手から、超高速の刺突剣技が襲ってきた。

 

 

  ザザ  か

 

 

 確かに速い。

 だが、直線軌道のために対処は容易い。

 

 ザザの放ってきた連続刺突技の初撃を、掴み取って止める。

 

 

  これも  じゃまだ

 

 

 連撃故に、突きの後に引かねばならない動きが阻害されて、アッサリと《剣技》が止まる。

 

「止めた、だと?」

 

 冷静なザザの声にも、流石に動揺の色が滲んだように聞こえたが。

 

 

  おまえも  どうでもいい

 

 

 少々うざったく感じたから、掴んだ刺突剣の剣身を、そのまま握って圧し折った。

 

「くっ、こいッ――ゥグ?!」

 

 ジョニーを殺したいのに、邪魔されても煩わしい。

 刺突剣(エストック)を握り折った直後、ザザの顔面を《閃打(センダ)》で打ち貫き、続けて《崩烙(ホウラク)》《ベヘモスブル》《弦月(ゲンゲツ)》《スパイラル・ゲイル》と立て続けに打ち込んで通路の壁に叩き付けて動きを止める。

 

 

  まだ  いきてるか    まあ  どうでもいい

 

 

 ザザのHPが3割ほど残っているのを確認し、そのままジョニーへと視線を移す。

 

「おいおいおい! テメェこんなにやれる奴だったか?!」

 

 訳の分からない非難を浴びせてくるジョニーが、お得意の毒ダガーを構えて、しかし動かずにいる。

 

 走るでもなく、ただ歩いてジョニーとの間合いを詰める。

 頭陀袋を被っているので表情は分からないが、焦っている様子を見せるジョニーは、大して狙いもせずにピックやナイフを投げ放つ。

 

 叩き落とす意味も見出せず、歩みを止める価値すらなく。

 首を傾け、身体を捻り、前進を続けながら全てを回避する。

 

「クッ……こんのぉぉおおおっ!!」

 

 自棄になったか、覚悟を決めたか。

 ジョニーが大型のダガーを構えて、死角へ回り込むように動きながら間合いを詰めてくる。

 

 なかなかの速度だが、攻略組にはもっと早い奴も居る。

 所詮はその程度。

 

「ジュニアァッ!」

 

 ジョニーの怒声で、ジュニアも動き出す。

 

 

  はさみうちていどで  どうにかなると  おもいたいのか

 

 

 この期に及んでも、この程度の策しかない。

 そんな程度の奴に、アロマへの攻撃を許したのか。

 

 

  はらだたしい

 

 

 ジョニーが、ではない。

 ジュニアが、でもない。

 

 

 他でもない、自分自身に。

 

 腹が立つ。

 

 憤る。

 

 嫌悪が募る。

 

 恨めしい。

 

 

 自分の至らなさが、この結果を招いた全てだ。

 

 

 

  とりあえず  おまえらも  しね

 

 

 

 この2人を殺した後、どうするかは、既に決まっている。

 

 

 周囲を走りながら、散発的に投剣を使用するだけのジョニーとジュニア。

 

 間を見て踏み込むと、それに合わせて飛び退く。

 間合いを詰めさせないまま時間を稼ぐつもりらしい。

 

「アル! シン! さっさとザザを起こせ! ゼロ、テメェも――」

 

 喚き散らすジョニーの耳障りな声すらも、意識から切り離した。

 

 何を喚こうと、何をしようと、こいつを殺すことは変わらない。

 忙しく移動を繰り返しながら、ジョニーは間合いを保とうとしているが。

 

 

  うごきが  たんじゅんすぎる

 

 

 上手く誘導されたことに、事ここに至って、ジョニーはようやく気付いたらしい。

 

 奴は、背を壁にぶつけて動きを止め、何やら苛立たしげな身振りを見せる。

 右手を引き絞り、指を曲げ、掌底のスキル《熊衝打(ユウショウダ)》をジョニーに向けて突き出す。

 

 当然、ジョニーは回避。

 衝撃系重単発のこれを軽装のジョニーが防いだりすれば、防御の反動で確実に動きが止まるからだ。

 予備動作が大きく、分かりやすい《熊衝打》を躱しながら奴もダガーを振るうが、それは敢えて受ける。

 

 通常攻撃でしかないダガーを受けたところで状態異常に陥らないことは分かっていた。

 躱されるとでも思っていたのだろうジョニーは、ダガーが当たったことで逆に動きが鈍り、その隙をついて、ダガーを握っていた腕を左手で掴んだ。

 

 そうして動きを止めた所で、右手で貫手の形を作り――

 

 しかし、それをジョニーに向けて突き出す前に、背後から攻撃がくる。

 渋々ジョニーの手を放し、身を屈めて背後からの攻撃を回避し、小さく身を捻る。

 

 邪魔をしてきたザザに、体を伸ばしながら貫手を繰り出す。

 紅い眼を狙ったそれは、反射的に首を横に振ったザザの耳を掠めて終わる。

 

 貫手を放った直後、腕が伸びきるところを狙ってゼロムスが左側から斬り込んでくる。

 更に右に身を捻り、右の裏拳でゼロの振るった剣を握る右手を殴打。

 ゼロが剣を取り落とすと同時に右の籠手に剣が当たるが、角度的に受け流す形になり、微かなダメージのみで終わる。

 

 

  じゃまだ  こいつらから  かたづけるか

 

 

 更に続けてアル、シン、ジュニアの攻撃も躱し、受け流し、反撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな流れを、何度か繰り返したところで。

 

 

 ジュニアが自棄になったように投剣をばら撒いてきた。

 ピックもナイフも無差別に、全ての武器を投げつけるように。

 

 それを避け、叩き落としたところで背後から1人が突っ込んでくる。

 片手戦鎚持ちのアルだ。

 

 背後に誘導したアルの攻撃を回避すると、大技を外したアルに決定的な隙ができた。

 他の邪魔も間に合わない距離がある。

 

 

 

  まず  ひとり

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

(おいおい! 冗談じゃねえぞ!)

 

 俺は歯を食いしばりながら奴――セイドを睨むしかなかった。

 

(こっちは6人がかりで囲んでるってのに、なんであのヤローに一太刀もまともに浴びせられねーんだ?!)

 

「ザザァ! しっかりしやがれ! 何やってやがんだよ!」

「お前も、人のことは、言えんだろう」

 

 苛立ち紛れにザザに喚いちまったが、人のことを言えねーってのは分かってた。

 刺突剣(エストック)を折られたザザは、以前手に入れた逆棘の短槍を使っていたが、奴にはまったくかすりもしない。

 刺突剣に比べれば、攻撃を当てられる範囲が広くなったというのに、だ。

 

(ザザのあの速度で突き出される幅広の短槍を、なんで見もせずに躱せんだよ!)

 

「何かあるってヘッドが言っちゃいたけどよ。ありゃ、なん――」

 

 俺がザザにそう話しかけたところで、セイドが蹴り技でこっちに跳んでくる。

 

「――ぅおおっ?!」

 

 間違いなく、俺を真っ先に殺そうとして狙ってやがる。

 そして、大技のように見えるこういう攻撃に、反撃なんぞしようもんなら――

 

(誰がその手を喰うかよ! 流石にもう同じことは繰り返さねぇ!)

 

 ――手痛い逆襲を喰らうってのは、身に沁みて分かった。

 

 今俺が握ってるナイフは、5本目。

 (ことごと)くダガーやナイフを叩き落とされて、ストレージにゃもう、投剣用の武器しか残ってねぇ。

 

「くそったれ! どういう理屈で動けてんだよコイツ!」

 

 俺とザザが回復するために他4人が攻撃を仕掛けていたはずだ。

 だってのに、コイツはその攻撃を躱しに躱して俺へと蹴り技を放つ間さえ作りやがる。

 

 いや、それ以上に。

 

(ヤベェ感じがしやがる。全体の流れを持ってかれてんな)

 

 俺ら6人の動きをあいつに管理されてるって感じがする。

 

「おいザザ、こいつぁ!」

「ヘッドと、同じような、雰囲気、だな」

 

 ザザも俺と同様の感想を持ったらしい。

 今のこいつは、まるでヘッドみたいだ、と。

 

「ジョニーさん! ザザさん! どうしたらいいんすかこれ!」

「クッソォ! 掠りもしねぇ!」

 

 口々に喚くジュニアら4人を、俺は一瞥し――

 

(チッ……6人がかりで、たかが1人を殺せなかったってか……へこむぜ、こりゃ……)

 

 ――ザザに視線を向けると、ザザは小さく頷いた。

 

「ジュニア、投剣ありったけばら撒け。シン、ゼロ、俺とザザに合わせろ。アル、背後から全力でぶっ叩け」

 

 視界の端でボス部屋の様子を窺った俺は、これまでだと見切りをつけた。

 

 どうやら攻略組の連中は、ボスを撃破するための最後の攻勢に出ている。

 ボスが沈むのに後1分はかかんねぇだろう。

 

「うぉらぁぁぁぁああああ!」

 

 ジュニアが持っていたピックやナイフを全て投げ付けていく中、セイドがアルに背を向け、それらを回避或いは叩き落としていく。

 

「ぅおぉおぉおおおおお!」

 

 アルはそれを好機と見たのか、俺の言ったことを守ったのか、片手戦鎚の最大威力の剣技(ソードスキル)で突っ込んでいく。

 俺はそんなアルの背後に回って右手を小さく振る。

 

『っ?!』

 

 それを見たジュニ、シン、ゼロが揃って息を飲んだ。

 ザザは既に転移結晶を手に持っている。

 

 撤収の合図。

 

 これ以上やり合っても、旨味はねぇ。

 それに、アルが突っ込んだのと同時に、ボス部屋から誰かが走ってくるのが見える。

 

 今退かねぇと、攻略組連中をまとめて相手にする羽目になりかねねぇ。

 アルを捨て石にして、俺らが転移する時間を稼いだわけだ。

 

(ケッ……《指揮者(コンダクター)》って名にゃぁ、戦場管理って意味もあったってか……)

 

 俺ら5人が転移結晶を手に、転移先を口にしたところで、セイドがアルを床に叩き付けたのが見えた。

 

(ヘッドと同質、か……クソッ……厄介な奴が居たもんだぜ……)

 

 それを確認したのを最後に、俺らはこの場を後にした。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 アルを床に叩き付けたところで、オレンジ反応が5つ消え。

 

 

 別のオレンジ反応が猛スピードで突っ込んできた。

 

 

  おれんじの  ぞうえんか?

 

 

 アルを壁に蹴り飛ばし、気絶したのを確認したところで、7つ目のオレンジが掴みかかってくる。

 

 それを回避し、相手の突進に合わせて拳を突き出す。

 カウンターとして拳が犯罪者の顔に突き刺さ――

 

 

  こいつ  はやいな

 

 

 ――るはずだったのだが、7人目は寸前で身を捻り躱した。

 

 何かを喚いているようだが、聞く気が無いので聞こえない。

 

 

  ジョニーを  おう  じゃまをするな

 

 

 とはいえ、先ほどまでの6人より腕が立つのは確かなようだ。

 

 仕方なく、正面に見据えて構える。

 対する刀持ちは、まだ何かを口走っていたが。

 

 

  う る さ い

 

 

 気にせず仕掛けた。

 

 刀持ちは、刀を鞘から抜かず、構えもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 数回の攻防を経て、刀持ちは苛立たしげに刀に手を置いた、

 

 鞘に納めたままの柄に手を置き、刀を構える。

 

 居合いの使い手らしい。

 

 

 

  い  あい  ?

 

 

 

 何か、意識に引っかかった。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 アロマを殺した犯罪者の仲間が相手という事実は変わらない。

 

 

  おれんじは  ころす

 

 

 刀持ちの構えに呼応して構え直し、相手の繰り出した超高速の3連続居合い技を籠手で受け流し、回避し。

 

 しかし最後の1撃に、右手を籠手ごと斬り飛ばされていた。

 

 

  さばききれない  これは

 

 

 

 

 マーチの居合いに似ている――

 

 

 

 ――いや、同じ?

 

 

 

  マ ー チ ?

 

 

 

 うっすらと、

 

 ぼんやりと、

 

 世界に色が戻り、音が戻っていく。

 

 

 

 

 

 

「セイド! しっかり……して! もう……終わったの!!」

 

 

 

 

 

 

 呆然と立ち尽くした《()》の背後から、とても懐かしく思える声が聞こえ。

 

 やはり背後から、力強く、抱き締められた。

 

 

 

 

「……アロ、マ……?」

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ぁ……アロマぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 アスナの叫びが部屋に響く中、俺は無意識のうちに走り出していた。

 

 アロマが何故、ボスの攻撃対象にされたのか。

 おそらく、あの紫色のナイフが原因だろう。

 何らかの状態異常を引き起こした2本のナイフは、明らかにボス部屋の外からの物だ。

 

 だが。

 

 そんなことはこの際どうでもいい!

 

「クラインッ!!」

 

 クラインの名を叫び、アロマが落下する地点へと跳び込み、全身で受け止める。

 

「急げっ!!」

「おう!!」

 

 猶予時間は10秒(・・・・・・・・)

 クラインの位置なら間に合う(・・・・)

 

 俺は続けてヒースクリフを呼ぼうとし。

 

「全隊、専守防衛! 立て直す!」

 

 それよりも早く、かの団長殿は、ボスの刃鞭を十字盾と十字剣で見事に弾き落としながら、力強く指揮を執った。

 

 それを確認した俺は、すぐにアロマを抱えて走り出した。

 こちらに駆け寄るクラインの元へと。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 気が付くと。

 

(……アス……ナ……?)

 

 アスナが俺に回復結晶を使用していた。

 どうやら助かったらしい。

 

(……助かったか……)

 

 一瞬とはいえ意識を失っていたらしい。

 

 覚えているのは、アロマが俺を助けに来たが、刃鞭の技は止まらず引き抜かれたところまで。

 これまでになく、死に近づいたが、辛うじて助かったらしい。

 

(こりゃぁ……アロマに、でっかい借りだな……)

 

 阻害効果も抜け、HPも回復した。

 ボス戦は続いている。

 

 俺も戦線に戻るべく体を起こし――

 

 

「ぁ……アロマぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ――そこで、傍らにいたアスナが、叫んだ。

 

 アスナに叫びに促され、俺は視線をアスナの見ている先へと向ける。

 そこには。

 

 

 宙に浮かされ、刃鞭によって切り刻まれたアロマの姿があった。

 

 

(な……に?!)

 

 あまりの出来事に声は出なかった。

 ただ茫然と、立ち上がることすら忘れて、その光景を眺めてしまっていた。

 

(嘘だろ……オイ……)

 

 アロマのHPを確認して、それが消滅するところを見てしまった。

 

 この世界でのHPの消滅は、イコール《現実の死》だと。

 

 今更ながら、思い出す。

 

 思い直す。

 

 そして、理解する。

 

 

 アロマが、死んでしまうということを。

 

 

 HPバーが消滅したプレイヤーには、回復結晶は使えない。

 効果も無い。

 

 もう、アロマを助ける術は――

 

 

「クラインッ!!」

 

 

 ――そんな絶望に縛られかけていた俺の意識を、キリトの鋭い声が貫いた。

 

 キリトは何を想ってか、HPバーが消滅してしまったアロマを落下から受け止めた。

 

「急げっ!!」

「おう!!」

「全隊、専守防衛! 立て直す!」

 

 キリトがクラインを呼ぶと共に、ヒースクリフが指示を出した。

 

 アロマを抱えて走るキリトの眼は。

 

 

(何か、ある)

 

 

 絶望していなかった。

 希望を持って絶望に抗おうとする意志がある。

 

(なら……俺がすることは!)

 

 俺は体勢を直しながら、ポーチから瓶を1つ取出し即座に飲み干す。

 

 そして。

 

 全力で駆けだす。

 

 

「邪魔させねぇぇぇぇええ!!」

 

 

 キリトとクラインの間に割り込もうとしていた《デュラハンの首》に、居合い剣技《大地(ダイチ)(マタタ)キ》を叩き込み、壁へと吹き飛ばした。

 

 どのような希望があるのかは分からないが。

 今、ここでキリトとクラインが止まってしまうことは、その希望が潰えることになるのだろう。

 

 ボスの首を止めねば、事態は悪化する。

 

 俺が為すべきは、状態異常の元凶をあいつらに近づけさせないことだ。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ルイ姐さん?! 大丈夫ですか?!」

 

 私が目を覚ましたのは、風林火山の人達に囲まれた状態でだった。

 

「……あれ……?」

 

 意識が現状に追いつくまでに、少しラグがあった。

 私は確か、何故か麻痺して。

 駆けつけてくれたコウちゃんに。

 

「~ッ!?」

 

 そう、コウちゃんに斬られた、はずだ。

 

「回復済んでます! しっかりして下さい!」

 

 風林火山の壁戦士の人が、私にそう声をかけてくる。

 

「ぁ、うん、大丈夫……でも……何が……?」

 

 周囲を見回すと、離れた所にマーチん(・・・・)とアスナんが一緒に居て。

 マーチんは、オレンジカラーになってて。

 

(やっぱり、私、斬られた……?)

 

 マーチんがオレンジになる原因は、それしか思い当たらなかった。

 けど、風林火山の槍持ちの人のこの言葉で――

 

「《笑う棺桶(ラフコフ)》が乱入して来て、姐さんを麻痺させたんです! マーチさんが姐さんを助けるためにやむを得ず居合いで殴ったんです!」

 

 ――ハッキリとしなかった意識が、急激に覚醒していく。

 

 《笑う棺桶》乱入。

 

 ということは、セイちゃんが危ないことを(・・・・・・・・・・・・)――

 

 

 

「ぁ……アロマぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 私の意識が鮮明になり、セイちゃんの行動を思い描いた瞬間、アスナんの悲鳴が聞こえた。

 慌てて声を辿って顔を巡らせると。

 

 

 

 ロマたんが、ボスの攻撃で、HPを全損した瞬間だった。

 

 

 

 呼吸が出来なくなった。

 

 音も遠くなった。

 

 

 時間が止まったみたいに、ロマたんがゆっくりと下に落ちてくる。

 

 ロマたんを受け止めたのはキリ君だった。

 キリ君は何かを叫んで、こっちに向かってくる。

 

 私の前からキリ君に向かって走り出したのは《風林火山》リーダーのクラさん。

 

 

 それを見ながら。

 

 私は、体に力が入らなかった。

 今、座っているのか倒れているのかさえ分からない。

 

 

 マーチんがボスの兜を壁に叩き付けて。

 

 ボスが振るう刃鞭をクリフさんが弾いて。

 

 ロマたんを抱えたキリ君がクラさんに駆け寄って。

 

 

 

(……やだよ……ロマたん……死んじゃ……やだよ……)

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「蘇生! アロマ!」

 

 

 

 

 

 

 クラインのそんな叫びが聞こえたのは、俺がボスの首を壁に叩き付けた直後だったか。

 

 その言葉が聞こえてからボスの首が動き出すまでの間、ボス部屋はこれまでにない静寂に包まれた――ような気がした。

 

 ヒースクリフやボス本体は攻防を続けていたのだから気のせいのはずだ。

 

 

「え?」「よし!」『うおお!』

 

 

 その台詞を聞いた攻略組メンバーは、思い思いの疑問を、喜びを、歓声を、口にした。

 

 俺も顔をアロマに向けていた。

 

 本当に、蘇生などという奇跡が起こったのなら――

 

 

「……ハッ……ハハハ……ハハハハッ……」

 

 

 ――アロマのHPバーも復活し、アロマを包んでいた消滅光も失せている。

 

 本当に。

 

 奇跡を。

 

「クライン……キリト……ッ!」

 

 この2人は、持っていた。

 

 それはおそらく――いや、間違いなく、途轍もない激レアアイテムだろう。

 その価値は、計り知れない。

 

 それを、こいつらは――

 

「……ッ!」

 

 ――ギルドメンバーでもない、多少の交流があるだけのアロマに、躊躇うことなく使ってくれた。

 

 俺は、数秒の行動不可(スタン)から復帰したボスの首が発した音に呼応して向き直り、逃がさぬように刀を叩き込む。

 

(俺が招いた最悪の事態を! 奇跡的に回避してくれた!)

 

 今、俺があいつらの行為に報いることができるとすれば。

 

(この《奇跡の蘇生》に対する働きができるとするなら!)

 

 一瞬、部屋の中央に視線を向けて状況を確認する。

 ボスの本体は、ヒースクリフが《神聖剣》の本領を発揮して完璧に近い形で封殺し、他のパーティーメンバーも立て直しつつある。

 

 それだけ確認した俺は、即座にデュラハンの首を――その目をしっかりと睨みつけ(・・・・・・・・・・・・・)、首が動き出す前に追撃をかけ壁際に押し付け続ける様に居合いを繰り出し続ける。

 

「こいつは俺が抑える! ヒース!」

 

 本来なら俺が言うことではないし、言える立場でもない。

 だが、セイドなら、きっと――

 

「総員、フルアタック! 本体の正面は私が引き受ける!」

 

 ――そして団長殿も、俺の意志を酌んでくれた。

 

 団長殿の指揮に従って、動けるメンバー全員が一斉に武器を構えてボスに突っ込んでいく。

 

「刃鞭の範囲技には注意! 一気に押し切る!!」

 

 そんな団長殿の指示を背に、俺はボスの首と対峙する。

 

 これはある意味、俺の意地だ。

 そんな俺の行動に適応してか、デュラハンの首から怨嗟の声が響き――

 

『ゥゥゥォォォォォォオオオオオオォォ』

 

 ――兜の角が伸び、装飾が鋭さを持って広がった。

 

 状態異常をばら撒くだけが能ではない、ということらしい。

 

(上等! その程度でどうにかできると思うなよ!)

 

 俺が飲んだ対状態異常薬の最上品《抵抗(レジスト)ポーション》の効果時間は、残り4分半。

 

「行くぞッ!!」

『オオオオォォォォォォォッ!!』

 

 咆哮と共に、攻略組はボスへと最後の攻勢に出た。

 ボスの体力は。

 

 

 残り、2割。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「蘇生! アロマ!」

 

 

 

 

 

 

 その言葉が聞こえて、何秒呆けていただろう。

 

 

「え?」「よし!」『うおお!』

 

 

 私は訳が分からないまま、その様子を見つめ。

 アスナんも私と同様、事態が呑み込めていない様子で呆然としていて。

 

 キリ君とクラさんは喜んでいて。

 この場に居たほぼ全員が、大きな歓声を上げていた。

 

「え? え? 今――」

「こいつは俺が抑える! ヒース!」

 

 事態が呑み込めないまま、どう動いていいのか分からない私に活を入れたのは。

 喜びに沸く全員の気を引き締めさせたのは。

 

 マーチんの決意に満ちた叫びだった。

 

「総員、フルアタック! 本体の正面は私が引き受ける!」

 

 そして、クリフさんの掛け声で。

 攻略組メンバーのほとんどが武器を構えてボスに向かっていく。

 

 そんな中――

 

「ルイさん! アロマちゃんを頼んます!」

 

 ――クラさんが私に、そう声をかけてから走り去っていった。

 

「アスナ! 合わせるぞ!」

 

 先ほどまで呆然としていたアスナんも、キリ君に声をかけられて表情を引き締めて駆け出して行った。

 

「刃鞭の範囲技には注意! 一気に押し切る!!」

 

 クリフさんの指示が続く中、私は。

 

 横たわっているロマたんの元へと歩み寄った。

 

 

「行くぞッ!!」

 

 

 掛け声を背に聞きながら。

 

 私はロマたんの横に膝を下ろした。

 

 

『オオオオォォォォォォォッ!!』

 

 

 みんなの叫びを全身で感じながら。

 ロマたんの肩に手を置いた。

 

「ロマ……たん……?」

 

 目を閉じたまま、寝ているように見えたロマたんに、私は声をかけずにいられなかった。

 

 さっきの言葉が。

 

 蘇生、という言葉が。

 

 本当なのか、半信半疑だった。

 

 ロマたんの、意識が、魂が、ここには無いんじゃないかって、すごく不安だった。

 

 

 でも――

 

 

「ん……ルイルイ……?……だいじょぶ……だよ……私……」

 

 

 ――ロマたんは、ゆっくりと目を開けて、弱々しくはあったけど、ハッキリと、言葉を紡いでくれた。

 

 さっきまでロマたんを包んでいた淡い光は消え失せていて。

 

 ロマたんは、ちょっと息苦しそうに笑顔を浮かべていた。

 

「ほんとに……助かったんだね……?」

「あ、はは……みたいだね~……いや~……自分でも……よくわかんないんだけど……」

 

 ロマたんの腕が、ゆっくりと上がってきて。

 

 ロマたんの手が、震えながら私の顔に触れた。

 

 ロマたんの指が、止まらずに零れ続ける私の涙を拭った。

 

「ゴメンね……ルイルイ……」

 

 そう言って、ロマたんは、いつもみたいに笑って見せて。

 

「心配……かけちゃったみたいだね……」

 

 私は、ロマたんの手を両手で握って、溢れる涙もそのままに――

 

「そぅだよっ! ロマたん……っ! 死んじゃうところだったんだからぁ!」

 

 ――小さく掠れた声で、泣き叫んでいた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 意識が戻って、ハッキリ感じ取れたのは。

 ルイルイの言葉と、肩に置かれた手だった。

 

 

「ロマ……たん……?」

 

 

 すごく不安そうなルイルイの声に、私はボンヤリした意識のまま、何となく、自分に起きたことを自覚した。

 

 多分、助かったんだと思う。

 

 なんだか、体がとても気怠くて。

 思ったように力が入らなくて。

 それを言うとルイルイを不安にさせそうな気がして。

 精一杯気を張って。

 頑張って笑ってみせて。

 ルイルイに声をかけて。

 

 でも、ルイルイは泣き続けていて。

 

 震える手でルイルイの涙を拭って。

 無理矢理いつもみたいに笑顔を引っ張り出して。

 

 そしたら、ルイルイが私の手を握り締めて。

 

「そぅだよっ! ロマたん……っ! 死んじゃうところだったんだからぁ!」

 

 掠れた声で。

 小さな悲鳴で。

 私に縋るようにして、泣きじゃくった。

 

 そんなルイルイに、かける言葉はもうなくて。

 されるがままにされながら。

 私は、何が起きたのかを思い返した。

 

(だよね……やっぱり死んでたんだ。アレで)

 

 

 

 

 

 私はマーチを助けるために、ボスの刃鞭を引っ張っていた。

 

 でも結局、力及ばずに刃鞭を引き抜かれた私は、マーチが死んじゃうと思って、本気で怖かった。

 自分が宙に釣り上げられたことなんてどうでもよかった。

 

 ただ、マーチのことが心配だったけど。

 私の視界に入っていたマーチは。

 アスナに回復されたところだった。

 

(良かった! マーチはこれで――)

 

 そう、安堵した瞬間。

 自分の胸に『トストスッ』という、とても軽い音と共に何かが当たった。

 

(――え?)

 

 首を曲げて胸を見ると。

 ログたんの作ってくれた軽金属製の胸当てを貫いて、2本のナイフが刺さっていた。

 

「な、に……こ、れ?」

 

 刺さったナイフも、だけど。

 

 急に。

 

 自分の最大HPが減少したことに驚いた。

 HPバーの横には、見慣れないデバフのアイコン。

 

 でも、知っているアイコンだった。

 

 《虚弱(ウィークネス)

 

 HPの最大値とステータスを低下させる阻害効果。

 数あるデバフの中でも、危険度の高いものだ。

 

(なっ! 何で?! このナイフのせい!?)

 

 ありえない。

 ナイフ2本程度で《虚弱》に陥るほど、ログたんの装備の抵抗値は低くない。

 

 そう思ったところで。

 自分が、何故宙に浮いているのかを、思い出した。

 

(ボスの、刃鞭の効果もあって、抵抗値を超えられた!?)

 

 虚弱のデバフは、麻痺や眩暈と違って自分の動きは阻害されない。

 だから、虚弱に陥ったら、即座にその場から離れるのが最善の行動――なのだけど。

 

(この状況じゃ! どうしようも!)

 

 私は今、空中に居る。

 体勢も崩れていて《剣技》を発動させようにも、上手く動ける状況じゃなかった。

 

 そして。

 

「っ!?」

 

 そんな私の逡巡なんて気にもしないボスが。

 阻害効果に陥っている私(優先攻撃対象)に、刃鞭を振り抜いていた。

 鞭系専用5連撃剣技――

 

(……《クレイジー・クレイドル》っ!!)

 

 ――それが分かっても、私には何もできなかった。

 

 為す術も無く、ただ刃鞭に打ち切り刻まれた私のHPは。

 

 虚弱の効果もあって。

 

 あっさりと。

 あまりにもあっけなく。

 

 0を刻んだ。

 

 

 

   【You are dead】

 

 

 

 落下していく自分が、なんだか自分の身体じゃないような、変な感じがした。

 HPバーが0になっていて。

 目の前には、文字通りの《死亡宣告》があって。

 

 

 でも。

 悲しみとか、恐怖とか、絶望よりも先に。

 

 

(セイド――)

 

 

 セイドに『ありがとう』も『大好き』も。

 

 『――自分を責めないで』も言えずに消えてしまうことが。

 

 

 とても悔しかった。

 

 

 

 

 

 意識があったのは、そこまで。

 その後は、何が起こったのか分からない。

 

 ただ。

 確かなことは。

 

(死亡宣告まで出されてて、生きてるってことは、普通なら無いけど)

 

 一瞬、夢かとも疑ったけど。

 ルイルイに触れることもできたし、ルイルイが抱き締めてくれてるし。

 

(夢じゃ、ないよね……)

 

 私は。

 

 

 死なずに済んだんだ。

 

 

 それを自覚した途端。

 涙が溢れて、止まらなくなった。

 

「ぅ……ぅ……!」

 

 思わず顔を横に向けて。

 空いてる手で涙を拭って。

 

 そこでようやく。

 ボスの姿が目に入った。

 

 攻略組全員が、ボスに攻撃を仕掛ける中。

 ボスの攻撃対象は――

 

(あれ……もしかして……私を狙ってる?)

 

 ――私に向けられているように感じた。

 

 ボスの刃鞭も、騎馬による突進も。

 それらボスの攻撃の全てが、私目がけて繰り出されようとしている。

 

 しかし。

 

 何一つ、ここには届かない。

 ボスの突進すら来ない。

 その理由は、とても単純だった。

 

(凄いや……ヒースクリフさん(・・・・・・・・)……)

 

 ボスの攻撃――いや、行動の全てを。

 

 ヒースクリフさんが、封殺していた。

 

 刃鞭は弾き、叩き落とし、打ち返す。

 突進は、微動だにせず受け止め、平然と押し返す。

 しっかりと、背後の私とルイルイを意識しての防御行動だ。

 

 つまり、私がボスに狙われると、正確に判断した証拠。

 

(……そっか……これ……デバフなんだ)

 

 自分のHPバーの横にある、初めてみたアイコン。

 それは《衰弱》というアイコンだった。

 

(蘇生直後の……回復不可能の……時限性デバフ……か……アハハ……)

 

 茅場晶彦の意地悪さに、ほとほと呆れた。

 

 《蘇生不可》のデスゲーム、と宣言しておきながら、蘇生時限定の阻害効果を用意しておくなんて、悪趣味にも程がある。

 衰弱状態からの回復には10分かかるらしい。

 ヒースクリフさんは、衰弱状態の私が狙われると分かったんだろう。

 

(……セイドも……分かるよね……きっと)

 

 私が狙われると分かって、でも、セイドの場合――

 

(アハハ……セイドなら……どうするかな……)

 

 ――ヒースクリフさんみたいに、ボスを封殺することはできないだろう。

 

(……でも)

 

 それでも、確信を持って言えることがある。

 

(絶対……助けてくれるよね……セイドなら)

 

 そんなことを考えながら。

 でも、体が動かない私は、横たわったまま。

 

 ボス戦の終結を見守ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【CONGRATULATIONS】

 

 

 俺がボス撃破を知らせるその文字を目にしたのは、抵抗ポーションの効果が切れる5秒前だった。

 

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!』

 

 直後、部屋を揺るがすかのような歓声を、攻略組のほぼ全員が上げた。

 

 全員、と言い切らないのは。

 俺やルイやアロマが、歓声を上げないからだ。

 

(喜ぶのはっ――)

 

 勝利に沸く連中に、声をかけたかったが。

 

(――クソッ……流石にすぐには動けねぇか……)

 

 俺は俺で、体力の6割を減らしていた。

 

 首の暴れっぷりは、思った以上に激しく、抑え込むのになかなか無茶をしたからか。

 疲労感から、脚を思うように動かせない状態だった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 その場で刀を杖代わりにして片膝をついて、息を整える。

 視線だけルイとアロマに向けると、いつの間にか、大勢のプレイヤーが2人を囲んでいた。

 

「アロマちゃん、大丈夫か? ボスは倒したから安心してくれよ!」

 

 クラインの、アロマへの気遣いが聞こえる。

 

「ほんと……無事で良かった……アロマッ……無茶してっ!!」

 

 アスナの、アロマを心配した叱咤が聞こえる。

 その他にも、ルイの様子を窺う声や、無事を祝う連中の騒ぎが聞こえる。

 

 だが。

 

「まだ! 終わってねぇ!!」

 

 何とか息を整えた俺は、勝利に浮かれる連中を一喝すると同時に、部屋の出口へと全力で走り出す。

 俺の一言に、即座に反応できたのは何人いたのだろうか。

 そんな確認は放棄して、俺は――

 

「セイドッ!!」

 

 ――1人でラフコフと殺り合っているであろうセイドの元へと急いだ。

 

 

 

 ルイが麻痺した途端、セイドが戦闘指揮を放棄して飛び出したことで、大凡の事態には見当がついている。

 まず間違いなく、オレンジ反応がでたんだろう。

 

 そして、この場に現れる可能性があるオレンジがいるとすれば。

 ローテ待機時のセイドの推測通り《笑う棺桶(ラフコフ)》しか考えられまい。

 

(ボス戦中の攻略組に仕掛けてくるようなら、おそらく連中の幹部クラス――いや、PoH(プー)もいるはずだ!)

 

 幹部とPoHが揃っている所へ、セイド1人が出張って無事で居られるとは思えない。

 

 そんな俺の予想とは。

 

 違った光景が目に入ってきた。

 

(あれは……ジョニーとザザか?)

 

 犯罪者は合計で6人いたが。

 

 俺がその場に辿り着く前に。

 5人が転移光に包まれて消えた。

 

 消えた連中の中に見知った姿形のプレイヤー――《ジョニー・ブラック》と《ザザ》が見て取れた。

 

 が、奴らは仲間1人を見捨てて、転移で逃げた――

 

(――ようにしか見えんが……セイドが1人でそこまで追い詰めたってのか?)

 

 逃げた奴らの中にPoHの姿は無かった。

 奴は居たのか、居なかったのかは分からないが、何にせよ、セイドが無事であることは変わらない。

 

「セイドッ!」

 

 無事であれば良い――と、声をかけた俺は。

 

 

 セイドの様子に、鳥肌が立った。

 

 

 実際に鳥肌が立つような世界ではないが、そう形容するのが最も適切な――

 

「っ! おい! セイド!!」

 

 ――明確な《殺意》が、セイドから見て取れた。

 

 セイドは、オレンジの1人を床に叩き付けた直後だった。

 ただ、いつものセイドとは違い――

 

(あいつ! トドメを刺すつもりか?!)

 

 ――貫通属性の体術技《エンブレイサー》の構えに入ろうとしていた。

 

 鎧の継ぎ目すら簡単に貫けるその技は、技の効果範囲こそ狭いものの。

 足元に倒れている相手への追撃としては、充分に過ぎる威力を持つ。

 相手の犯罪者のHPは、残り3割といったところ。

 ここで《エンブレイサー》が決まれば。

 

 

 間違いなく、オレンジの男が――死ぬ。

 

 

「セイドォォオオオオオッ!!」

 

 俺の叫びにも、奴は反応しない。

 全く聞こえていない様子だ。

 

 だが。

 全力で加速した俺に――おそらくは、自分に近寄るオレンジに――反応したセイドは、床に叩き付けた男へのトドメとなる追撃を止め、俺と対峙するためにその男を壁へと蹴り飛ばした。

 

(とにかく! 今はあいつを止めねえと話にならん!)

 

 俺はセイドを取り押さえるべく跳びかかり――

 

「っ!」

 

 ――それを迎撃するように、セイドの拳が俺の顔へと繰り出さる。

 

 紙一重で身体を捻って回避し、少し距離を置いて体勢を立て直す。

 

「ッ、おい! このバカ野郎! しっかりしやがれ!」

 

 呼びかけは続けながら、取り押さえるべく距離を詰めるが、悉くカウンターによって妨害され、俺もそれを回避するのに精一杯だった。

 2度、3度と、そんな攻防を繰り返すと、セイドは俺を見据えて本気の構えを取る。

 

「聞けよ! セイドッ!! もう終わっ――」

 

 俺の言葉など聞こえていない。

 そう言わんばかりに、セイドが俺へと仕掛けてくる。

 先の組手など戯れとしか思えない、気迫の込められた拳や蹴りや貫手が、人体の急所目掛けて平然と繰り出される。

 

「――ック! この……!!」

 

 セイドの攻撃を、俺も何とか素手で捌き続ける。

 

 こいつが幼馴染みで、うちの道場で何度も組手をしたことのある相手だからこそ、捌くことができた。

 これが本当に知らぬ相手であれば。

 俺では、素手で対応することはできなかっただろう。

 

 受けてばかりでは止まらないセイドに、俺も何度か素手で反撃するが。

 それに効果は無く、それどころかこちらの攻撃に合わせたカウンターを喰らう。

 結局、俺は防戦一方になっていた。

 

 

 何度攻防を繰り返したか。

 

 何度セイドへ呼びかけたか。

 

 

 しかし、何ら反応を見せないセイドに。

 

 

「あああああああぁぁぁっ!! クソッ!!」

 

 

 俺は。

 

 覚悟を決めて、刀の柄に手を置いた。

 

 

 俺は、今の自分が《オレンジ》であることを悔しく思った。

 俺が犯罪者カラーでなければ、セイドがここまで俺を認識しないことは無かっただろう。

 

 それと同時に、犯罪者カラーであったことを《幸運》だとも思う。

 このカラーでなかったら、セイドは駆け寄る俺に気付くことなく、壁のことろで気絶している男を殺していただろう。

 親友に、人を殺させずに済んだことは、紛れもない幸運だ。

 

 だが。

 何であれ。

 

 こんな形で、コイツと本気でやり合わなきゃならないってのは。

 

(不本意だぜ! コウセイ!)

 

 今のこいつを、俺が止めるのに。

 手加減する余裕は、ない。

 腕や足の1~2本、斬り落とすことは、覚悟しなければならない。

 

 俺の構えを見てか。

 コウセイは、一瞬だけ、動きを止めたが。

 

 即座に居合いに対応できる構えへと移行する。

 

(悪ィが――)

 

 俺は、そんなコウセイへと、本気で刀を抜き放つ。

 

 繰り出したのは、居合い3連剣技《爪牙(ソウガ)(ヒラメ)キ》――抜打ち、右の斬り返し、逆袈裟斬りという、連続斬り。

 初手は籠手で受け流されたが、剣技の中断には至らない。

 右から返した斬撃は、体を後ろに退かれて回避された。

 

(――そこまで!)

 

 しかし、最後の逆袈裟は、回避を許さない。

 むしろ、先の2つを回避できているだけでも異常だ。

 

 全剣技中最速を誇る居合い系を防ぐのではなく、流し、回避するのは、尋常ではない技量が居る。

 大きくバックステップをしたとしても、最後の逆袈裟は前進しつつ放つことも可能となっている。

 

 まあ、タイミングとしてはコンマ何秒の世界だが、俺はコウセイの後退に合わせて前進して逆袈裟をしっかりと叩き込んだ。

 その斬撃はコウセイの右手首を、着けられていた籠手ごと斬り飛ばし、HPを注意域(イエローゾーン)から危険域(レッドゾーン)へと減らしてしまっている。

 

 だが油断せず、鞘に納めた刀からも手を離さない。

 

(これで、正気を取り戻さねぇようなら――)

 

 一瞬、最悪の事態が頭をよぎる。

 

 だが。

 

 コウセイの後ろ――ボス部屋から1人、こちらにヨロヨロと駆け寄ってくる人影が見えた。

 

 そして。

 

 コウセイは、呆然自失したように動きを止めていた。

 纏っていた空気からも、先ほどまでのピリピリとした殺気は失せている。

 

(――とりあえず、動きは止まった、か)

 

 

 俺は、コウセイに――いや、セイドに必死に駆け寄るアロマを見て、柄から手を離し、構えを解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ! 終わってねぇ!!」

 

 ボスの撃破。

 その余韻に浸る人や、私の所に駆け寄ってきた人たちを飛び越して。

 マーチのその一言が、私の意識をすべて持っていった。

 

「セイドッ!!」

 

 マーチが走りながら、セイドの名を叫んでいた。

 

「……セイド……?」

 

 他のみんなも、マーチの言葉でセイドのことに気付いたらしい。

 

「そう。そうだ! ロマたんゴメン! 急ごう!」

 

 まだ体が自由に動かせないのを分かってくれたようで、ルイルイは私を助け起こして肩を貸してくれる。

 

「俺も――「ルイさん! 手伝います!」――デスヨネ……」

 

 クラインのおっちゃんの言葉にアスナが台詞を被せて、ルイルイとは逆側をアスナが支えてくれた。

 

 セイドは、ルイルイが麻痺で倒れたところで、部屋の外に飛び出していたはずだ。

 パーティーリストにあるセイドのHPバーは、注意域にまで減っている。

 

「セイちゃん、きっと無茶してる。マーチんが先に行ってるけど……」

 

 ルイルイは、そこで言葉を詰まらせた。

 

「十中八九、来てるのは《笑う棺桶》連中だろう。俺も先に行く!」

「気を付けて、キリト君!」

「俺も行くぜ、キリト!」「俺達も行こう」「オウ! 俺らも!」

 

 キリトに続いて、風林火山の人や、DDAの人達も出口へと走っていく。

 私の居た位置が部屋の隅だったこともあって、上手く体の動かない私には、酷く長い距離に感じられる。

 

「セイド……」

 

 顔だけでも出口へと向けていると、キリト達が出口のところで足を止めているのが目に入った。

 何か、信じがたいものを見ているような、そんな雰囲気が漂っている。

 キリト達に遅れて出口に辿り着いた私達が見たのは。

 

「セイ……ド……?」「セイちゃん?!」「セイドさん!?」

 

 マーチを、本気で殺そうとして拳を振るうセイドの姿だった。

 マーチは絶えずセイドに呼びかけながら、何とかセイドの攻撃を捌いているけど。

 

 セイドには、届いていなかった。

 

「あああああああぁぁぁっ!! クソッ!!」

 

 呼びかけに応じないと分かったマーチが、悔しそうに叫び、刀の柄に手を置いた。

 本気で。

 セイドを斬るつもりだ。

 

「セイドッ……マーチッ……!」

 

 呆然とし、どうしたらいいのか分からず動けないキリト達や、肩を貸してくれていたルイルイ、アスナから離れて。

 

 私は、可能な限りの速度で、2人に駆け寄る。

 

 マーチの居合いは《最速必中》が信条だ。

 

 対するセイドは、《警報》による《絶対回避》があるとはいえ、人の反応速度、行動速度の限界には抗えない。

 

 マーチの居合いは、セイドの速度を超えて、一太刀、必ず入る。

 

(その瞬間しか、チャンスがないかもしれない!)

 

 その時に間に合えと、私は必死に足を前に進める。

 

 今のセイドは、相手が犯罪者か否かだけで行動してるんだろう。

 そうじゃなきゃ、あのセイドが、マーチを殺そうとするはずがない。

 

 でも、マーチの居合いの構えを見た瞬間、セイドは確かに動きを止めた。

 セイドの意識に、呼びかけるものがあったはずだ。

 

「セイド……セイド……!」

 

 私も、上手く声が出ないまま、セイドの名前を呼び続ける。

 きっと、まだ届かない距離だけど。

 それでも、呼ばずには居られなかった。

 

 

 そして。

 

 

 その瞬間が訪れる。

 

 

 マーチの《爪牙ノ閃キ》の最後の一太刀が、ログたんの作った《朧月の籠手》ごと、セイドの右手を斬り飛ばしたのが見えた。

 

 私とセイドの距離は、あと数メートル。

 

 衰弱が無ければ、すぐにでも跳び込める距離。

 

 だけど、今の私には、まだ少し遠い距離。

 

 私に背を向けているセイドは、右手を斬られて――いや、マーチの居合いを見て、動きを止めていた。

 マーチに向けていた突き刺さるような殺意も、鳴りを潜めた。

 

「セイ、ド!」

 

 上手く動かない体に、今だけは死力を尽くせと鞭打って。

 無理矢理床を蹴って。

 

「セイド! しっかり……して! もう……終わったの!!」

 

 呼びかけると共に、セイドの背中に抱き着いた。

 まだ正気を取り戻さなかったとしても、離すものかと、全力で抱きしめた。

 

 セイドの背中に、顔を埋めた私の耳に。

 

 

「……アロ、マ……?」

 

 

 セイドの、とても懐かしく感じられる声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイドさんを止めたわたし達は、全員でボス部屋へと戻った。

 アロマの《衰弱》の回復も待つためにも、次の層のアクティベートをどこがするのかなどの話し合いのためにも、この部屋で今後の予定を話すことになったのだけど。

 

「セイドさん。今、何と仰いました?」

 

 衰弱から回復しきっていないアロマをルイさんに任せて話し合いに参加していたセイドさんの言葉に、わたしは耳を疑い、問い返した。

 

 

「次の迷宮区を攻略する前に、攻略組で《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》を壊滅させる」

 

 

 セイドさんは、一言一句違えずに、繰り返した。

 

 攻略組は、このデスゲームに囚われた全ての人を解放するために戦っているのであって、PKを相手にするために居るわけではない。

 思わずそのことを口にしようとしたわたしよりも先に――

 

「セイド、気持ちは分かるけど、それはちょっと難しいんじゃないか?」

 

 ――キリト君が異議を唱えた。

 

「うむ、私も彼らのことは気にかかってはいるが、我々がそちらに力を注いでしまっては、解放を待つ人々に申し訳が立たないのではないかね?」

 

 続いて団長もセイドさんの意見に反論する。

 それが引き金となってか、他のメンバーもざわざわと言葉をこぼしはじめ。

 

 しかし、セイドさんは一切表情を変えずに言い放った。

 

「何か、勘違いしてないか? お前たち」

 

 いや、いつものセイドさんの表情ではなく、とても鬼気迫る表情で。

 

「俺は提案してるんじゃない。俺はそうする、と言っているだけだ。奴らを放置したまま攻略に参加するつもりはない」

 

 他のメンバーの行動を示唆するのではなく、自分はそうする、と。

 そんなことを言うセイドさんは、初めて見た。

 

「いや、だからセイド。《笑う棺桶》をどうにかするにしても、奴らのアジトがどこなのかすら、まだなにも――」

「そのことは、おそらくすぐにわかる」

 

 キリト君の言葉を、セイドさんはすぐに斬り捨てた。

 現状では、あのアルゴさんですら尻尾すら掴めていない《笑う棺桶》のアジトを、すぐにわかると断じた。

 

「それに、もし分からないとしても、攻略中の俺達に刃を向けるような連中を放置したまま、本当に安心して攻略できると思うのか?」

 

 セイドさんのその問いかけに、わたし達は言葉を発することなく視線を彷徨わせた。

 

「忘れるなよ? 今回のボス戦、死者は《0》じゃない」

 

「え、いや、アロマちゃんは助かったんだし――」

「クライン、そのことは感謝してる。どんなに感謝しても、し足りない。だが、それとは別だ」

 

 クラインさんの言葉に、セイドさんは一瞥と共に言葉を続ける。

 

「蘇生は不可というルールの例外が、奇跡が、1度あっただけだ。本来なら、死者が出ている」

 

 セイドさんのその言葉に、何名もが息を飲む音が聞こえた。

 

「今回は死者が《1にならなかった》だけだ。いいか? 勘違いするなよ? 今回のボス戦で、俺達は犠牲者を出したんだよ。奴らのせいで」

 

 クラインさんもキリト君も、言葉を失くして俯いていた。

 

 そうだ。

 

 確かに、アロマはあの瞬間、確実に死んでいた。

 それに、アロマが死に至った原因も、思い返してみれば、ルイさんへの外部からの攻撃が全ての始まりとなっている。

 

「次は無い。奴らの影を背負ったまま、奴らの脅威を背にしたまま、本当に今後のボスと戦えるのか、お前らは。悪いが、俺は無理だ」

 

 わたしも、クラインさんも、リンドさんも、自分たちのギルドの誰かが本当に死ぬという場面は、想像すらしたくない。

 けど、それは、今のままなら、確実に起こるとセイドさんは言っているのだ。

 

「今後の攻略で、犠牲者を出さないためにも。俺は《笑う棺桶》壊滅に全力を注ぐ」

「セイドの意志は、俺らDoR共通の意思だ。俺達は、攻略より《笑う棺桶》に意識を向けるぜ」

 

 セイドさんの言葉を支持するように、マーチさんもはっきりと表明した。

 

「それに、本気で攻略を最速で続けるつもりなら、奴らを先に排除しなければならないと思うが、そのことはどう考えているんだ、団長さん」

 

 セイドさんは団長相手にまで、口調を改めることなく言葉を続けた。

 

「ふむ……では、こうしよう」

 

 セイドさんの決意を聞いた団長は、しかしいつも通りの表情で答えた。

 

「私が攻略を数名のメンバーと共に進めよう。DDAからも、何名か出してくれたまえ。そのメンバーでフィールドボス、及び迷宮区攻略へと挑むとしよう」

 

 団長のその言葉に、セイドさんは一瞬、表情を変化させた。

 戸惑いと、驚愕の表情だった。

 

「そうすれば、攻略を遅らせることなく、そちらの問題にも対処ができるのではないかね?」

「……そうだな。それでいいだろう」

 

 視線を落とし、何かを考える様に。

 セイドさんは、少し冷静さを取り戻したように呟いた。

 

 やはり、いつもより冷静ではいられなかったということだろう。

 

(アロマが死んでしまった事実は、変わらない……それが、セイドさんを焦らせているのかな……)

 

 眼鏡をずらして、目元を抑えるセイドさんの姿を見て、そんなことを考えた。

 

「……すみません、冷静さを欠いていましたね」

 

 普段の口調と、表面上には冷静さを取り戻したように見えるセイドさんに、わたしは思わずため息を吐いてしまった。

 

 先ほどまでのセイドさんからは、息が詰まるほどの決意と、張り詰められた意志を、否応なく感じさせられた。

 

 無意識に、こちらも気を張っていたのだろう。

 ボス戦から続き、気を抜く間が無かった。

 

「では、方針としては、それでいいのでしょうか?」

 

 セイドさんから、再度確認を求められた。

 

「ああ、俺らはそれでいい」

 

 DDAのノイズさんが、鷹揚に頷いた。

 

「応! 俺達も、それでかまわねーぜ!」

 

 風林火山のクラインさんも、気合いと共に同意した。

 

「俺も、それでいいと思う。確かに今回の一件で、あいつらは無視できなくなった」

 

 キリト君も《笑う棺桶》の危険性を重要だと判断した。

 

「では団長、KoBの《笑う棺桶》壊滅側の指揮はわたしが執ればよろしいでしょうか?」

 

 KoBとして参加する以上――そして、キリト君が参加するなら――わたしはこちらに参加する。

 

「うむ、アスナ君に任せよう。だが、全体の指揮はセイド君に任せる」

 

 団長は私に全権を委ねるのではなく、セイドさんにそれを委ねた。

 

「分かりました。言い出した以上、私が(・・)責任を取ります」

「カカカカッ! おいおい、気負いすぎんなよ! 俺らも居るんだ。お前が責任だなんだって気にする必要はねぇよ!」

 

 セイドさんの言葉に、ノイズさんが豪気に笑ってセイドさんの背中を思いっきり叩いた。

 

「そうそう! そういうのはもっと大人に任せるこった!」

 

 クラインさんも、セイドさんの肩を軽く叩いていた。

 

「セイドは気負過ぎだよ。俺達も一緒なんだから、少しは楽にしていいんじゃないか?」

 

 キリト君は、セイドさんの胸に拳を当ててそう言っていた。

 

「……ありがとうございます……」

 

 男同士の絆というべきなのか。

 そんな男性陣のやり取りを、少しばかり羨ましく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボス部屋で行われた、そんな話し合いを経て。

 68層のアクティベートはKoBに任せ、俺達DoRは一足先に転移でギルドホームへ――は、戻れなった。

 

「すまねぇな、俺のせいで」

 

 本当なら、すぐにでもホームに戻って全員を休ませたいのだが。

 

「マーチんのカルマ回復が先だよ~」

「そうそう! あのルイルイの救出は見事だったよ!」

「戻るときは全員で、ですよ、マーチ。それに、初のオレンジ化ですから、かかっても数時間。サクッと終わらせましょう」

 

 オレンジカラーになっちまってる俺は、圏内には入れない。

 そんな俺のグリーンへの復帰のために、何種類かあるカルマ回復クエの中から最も早く終わるものを受けに来たところだ。

 

 恐ろしく長く感じた今回のボス戦も、終わってみると、まだ昼を少し過ぎた程度。

 今からカルマクエをやっても、夕方にはホームに戻れる計算だ。

 

(こんな濃密な1日は、ひっさしぶりだぜ……)

 

 俺達は33層のフィールドにある、ひっそりとした林道を進み、その奥にある教会へと向かう。

 そこの神父に依頼される最低10種類以上のアイテムを、少なくとも数十個単位で、この層のフィールドから拾ってくるのがここのカルマ回復クエだ。

 パーティーメンバーに手伝ってもらうことも可能で、かつ俺達のレベルならモンスターも問題はない。

 

 ただし、受けた状態で他の層に移動するとリセットされるし、パーティーメンバーの1人でも転移結晶を使用したらリセットされる。

 この層には騎乗(マウント)ユニットは用意されていないので、すべて徒歩で集める必要があるわけだ。

 

 また、カルマ回復はプレイヤーごとに累積する。

 回数を重ねると、集める種類も個数も増える。

 

 情報によれば、3回目の回復時には22種類のアイテムを指定され、1種類につき150個集めてくるように言われた奴が居るらしい。

 その中には、拾える場所がランダムかつレアな素材まで含まれていたという。

 

(そいつの回復には一週間かかったとか聞いたな……)

 

 そんな情報を脳裏に浮かべつつ、今回のクエが軽く済むように祈るばかりだ。

 それに――

 

「キリトとアスナも、悪ぃな、付き合せちまって」

 

 ――何故か、キリトとアスナも、俺の回復を手伝うと申し出てくれた。

 

「気にしないで下さい。マーチさんの判断は間違っていませんでした。なら、その回復をお手伝いするのは、攻略の一環です」

 

 実にアスナらしい台詞だった。

 

 が、実際にアスナが心配してるのはアロマのことだろう。

 アロマの衰弱は治ったとはいえ、友人として放っておけなかったのだと見ている。

 

「カルマ回復はフルパーティーでやった方が早いし、予め内容を体験しておけば、次があった時にこっちも助かるからな」

 

 合理的な理由を口にしたキリトだが、こっちも建前だろう。

 本音は、おそらく、セイドに聞きたいことがあるのではないかと思っている。

 

 まあ、真意がなんであれ。

 

「すまねぇ、助かるわ」

 

 2人の好意に甘えることにした。

 正直、今の俺達だけで何かするのは、精神的にキツイ。

 

 

 今回のボス戦にまつわる一件は、俺達に深刻なダメージを残している。

 

 数秒とはいえ、死を経験したアロマ。

 

 アロマの死を受け、自分を見失ったセイド。

 

 俺からの攻撃やアロマの死の目撃などでショックを受けたルイ。

 

 そして俺も、瀕死に追いやられたり、セイドとの死闘で、正直ボロボロだ。

 

 

 そうして、俺が神父に言い渡されたアイテムは11種。

 個数は、それぞれを50個だった。

 幸いなことに、レアドロップのアイテムは指定されなかった。

 

 

『謝り出すとキリがなさそうですから……今回のことは、全て、誰の責任ということでもないですし、謝るのは、無しにしましょう』

 

 とは、転移してすぐ、俺がルイに――

 

『悪かった、ルイ。咄嗟のこととはいえ、お前を殴っちまった』

 

 ――と言った直後のセイドの言葉だ。

 

『ちょっと、マーチん? 私、そんなの気にしてないよ。想定外の事態だったし、仕方ないって』

 

 ルイもそう言ってくれたことで、その場はそれで終わった。

 だが、セイドのあの台詞は。

 

(自分自身に言い聞かせている、って感じだよな)

 

 セイドは、俺とは比べ物にならないほどに、自分を責める傾向にある。

 

 今回の一件では、攻略情報を《笑う棺桶》が秘匿していた可能性を考慮できなかったとか、自分が対応していながらアロマへの攻撃を許したとか。

 口には出していないが、その様子や表情が、雄弁に語っている。

 

「セイド、どうだ、集まってるか?」

 

 黙々と川底を探しているセイドに声をかけると、セイドは軽く手を上げるだけで応えた。

 キリトもそんなセイドに何かしら話しかけながらアイテムを拾ってくれている。

 

 クエを受けた後は、俺・セイド・キリトの3人と、ルイ・アロマ・アスナの3人に分かれて行動している。

 ルイと離れることの不安もあるが、一緒に居るのも不安という、自分でもよく分からない心理状態だった。

 

(やっぱ、疲れてんだろうな……)

 

 色々あり過ぎて、整理が追い付いていない感じか。

 俺達は全員が全員、少し離れた位置で心を落ち着ける時間が必要だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーチの呼びかけに身振りだけで応え、アイテムを拾いながら。

 

(大丈夫……私は……冷静だ……)

 

 私は自分自身に、黙々と言い聞かせ続けていた。

 

「セイド、足元に気を付けろよ?」

 

 キリトさんは離れすぎることなく、私に色々と声をかけてくれている。

 

(大丈夫……大丈夫だ……)

 

 キリトさんに笑顔で頷いて見せ。

 

 私は自問する。

 

 何が大丈夫なのか。

 怒りも悲しみも悔しさも殺意も、全て理性で制御できている。

 だから大丈夫だ。

 

(何も変わっていない……いつも通りだ……)

 

 何がいつも通りなのか。

 マーチが居て、ルイさんが居て、アロマさんが居る。ログさんも、キリトさんもアスナさんも健在だ。

 何もなくなってはいないから、いつも通りだ。

 

 

(…………なら……)

 

 

 何がこんなに《不安》なんだ。

 

 

 消えない不安が、心を掻き乱す。

 

 冷静なはずの思考を、悉く中断させる。

 

 大丈夫なはずの理性を、失わせようとする。

 

 いつも通りのはずなのに――

 

(――なんで……いつもと違うように感じるんだ……!)

 

 不安の中心は、分かっている。

 

 

 アロマさんだ。

 

 

 彼女が近くに居ても、居なくても。

 不安だった。

 

 

 以前に1度、彼女が死んだと勘違いしたことがあった。

 だが、あの時は、今ほどの不安を感じることなく、怒りに囚われていた。

 アロマさんの無事を知った後も、これほどの不安は感じなかった。

 

 実際には、アロマさんが死んではいなかったからだろう。

 

 自分の勘違いを恥ずかしく感じる心もあったから、不安が和らいだのだろう。

 

(……自己分析もできてる……だから……)

 

 必死に自分に言い聞かせる。

 しかし、1度心を支配した不安は、なかなか拭い去ることができなかった。

 

 

 今回は、彼女の死を、実際に見ていた。

 近くに居ながら、阻止できなかった。

 

 

 《死を跳ね除ける(デス・オブ・リバース)》なんてギルド名を付けておきながら、身近な人の死を防げなかった。

 

 

 自己嫌悪。

 

 自己矛盾。

 

 そして――

 

(……《笑う棺桶》……)

 

 ――責任転嫁。

 

 実際には《笑う棺桶》のせいであることは事実だ。

 

 だが、対応を誤り、アロマさんへの攻撃を許したのは自分だ。

 

 その事実を、全て奴らのせいにしたいと思っている。

 

(……実に……情けない……カッコ悪い……)

 

 思考が、ネガティブなループに囚われて――

 

「セイドってばぁ!」

 

 ――いたところで、唐突に後ろから突き飛ばされた。

 

「ぅわっ!?」

 

 今の私は、浅い小川の中に立って、川底のあるアイテムを探すために前屈みの体勢になっていた。

 そんな状態で後ろから押されれば。

 

 当然、川にダイブすることになる。

 

「っぷ! ちょ、何するんですか! アロマさん!?」

 

 私を突き飛ばしたのは、他の場所でアイテムを拾っているはずのアロマさんだった。

 よく見ると、ルイさんもアスナさんも、川辺に来ていた。

 

「ったく! 全然聞こえてないじゃん! さっきから呼んでたよ!」

 

「え……」

 

 川の中で尻餅をついたような体勢のまま、よく見まわすと、マーチもキリトさんも川から上がったところで、呆れた様な表情で私を見ている。

 

「ここのはもう拾い終わったって! 私達もちょっと遠くに行くから、その前に打ち合わせに来たの!」

 

 胸を張るように仁王立ちになったアロマさんは、叱るような言葉とは裏腹に、いたずらに成功した子どものような笑顔を浮かべていた。

 

「どーせ、ネガティブに色々考えてたんでしょ! セイドってば、考え過ぎなんだよ!」

 

 今回、1番の被害者であるはずのアロマさんは、持ち前の明るさで、立ち直っているように見える。

 いや、いままでと何も変わっていないようだ。

 

「私はもう、何ともないよ。セイドも、気にし過ぎないでよね?」

 

 そう言って、アロマさんは私に手を差し伸べた。

 

「おーい、セイド!」

 

 そこで、マーチが声を上げた。

 

「お前、アロマと一緒にアイテム集めて来てくれ! 俺はルイと。キリトはアスナと一緒に。3手に分かれようぜ!」

 

「なっ――」

 

「セイちゃ~ん! らしくないよ~!」

「セイドはセイドらしく、自分にできることをやればいいと思うぜ」

「セイドさん! みんないますから! 大丈夫ですよ!」

 

 マーチの言葉に、ルイさん、キリトさん、アスナさんが続き、さっさと他の場所へと行ってしまう。

 

「ほら、みんなだって、色々思うことはあるだろうけど、とりあえずは整理したよ?」

 

 アロマさんが、手を差しだしたまま、笑顔を見せた。

 

「私だって、セイドが居れば、怖くないし!」

 

 呆然としたままの私の手を、アロマさんは強引に掴んで引っ張り上げた。

 

「さ! 次行こう次! 私達は向こうの草原だって!」

 

 私の返事など待つことなく、アロマさんは私の手を引っ張って歩いて行く。

 

 

(……弱いな……()は……)

 

 

 1人では、自分の心すら整理できない。

 だが。

 

 俺は、独り(ひとり)じゃない。

 

「セイドは1人じゃないよ! 私達が一緒だし! 私はいつも傍に居るし!」

 

 まるで俺の思考を読んだように、アロマがそんなことを言った。

 顔は、こちらに向けないままに。

 

 

「……そうですね」

 

 そうだ。

 

 ()は、決して1人ではない。

 私1人でできることは、たかが知れている。

 そんなことは、初めから分かっていたことのはずだ。

 

 そんなことすら、忘れていた。

 (おご)っていたと言っていいだろう。

 

 私は、1人では自分の心の整理すら儘ならない弱い人間なのだ。

 

(なら、皆さんを頼ればいい)

 

 《警報(アラート)》という力を手にしていたが故か、自分の実力を勘違いしていた。

 私の心は、強くなどない。

 

 だから、アロマを頼ればいい。

 マーチやルイさんを頼ればいい。

 

(私は、皆と一緒に居るからこそ、強くいられるんだ)

 

 今更ながら、そのことを確認し。

 

「ありがとう、アロマ」

 

 私は、アロマに感謝を述べた。

 

「へ……?」

 

 すると、何か気になったのか。

 アロマが足を止めて私に振り返った。

 

「どうしました?」

「……いや、今……」

 

 アロマは何かを言いかけて――

 

「ううん! 何でも無い! いこ!」

 

 ――言わぬまま歩みを再開する。

 

「ちょっと、言いかけて止めるのは気になるでしょう?!」

「いーのいーの! さ! 日が暮れる前には家に帰るんだからね!」

 

 よく分からぬまま、私はアロマに手を引かれ、草原へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーチのカルマを回復したのは、時刻にして16時頃だった。

 

 キリトさんとアスナさんを夕食へと招待し、ルイさんは食事の支度に入った。

 ログさんも早めに店を閉めて帰宅した。

 一緒に居たというリズベットさんとシリカさんもやってきた。

 

 予想外に人数が多くなったので、庭でバーベキューにすることになった。

 マーチが道具を用意し、アロマも一緒に必要な物を組み立てていく。

 

 大勢がいる庭からは、楽しそうな声が聞こえてくる。

 

 

 

 そんな中。

 

 

 

「さて――」

 

 私は自分の部屋で、ある人物と対面していた。

 

「――話を聞かせてもらいましょうか」

 

 その人物は、2人。

 

「アルゴさん」

 

 1人は、付き合いも長い情報屋《鼠》のアルゴさん。

 

「それと――」

 

 もう1人は、初めて会う人物。

 

 だが、その素性を私は知っている。

 濃紺の長い髪を、首のあたりで1つにまとめている女性プレイヤー。

 

「――アクアさん、ですね」

 

 私がそう断じて名前を呼ぶと。

 

「……はい……」

 

 《アクア》という名の女性は、悲痛な表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 


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