ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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バルサ様、楽々亭様、蒼火様、天ノ弱様、シュケル様、路地裏の作者様、エミリア様、天ノ弱様(2回目)、ささみの天ぷら様、ZHE様、とみお様。
感想、ありがとうございます!!(>_<)

勢いに乗って早めに仕上がりました(>_<)
お楽しみいただければ何よりです m(_ _)m



第九幕・逆星

 

 

 マーチが、白馬の突撃を喰らってしまった。

 

 

 私はルイルイを抱え、浄化結晶を手に持ったまま、それを見ていることしかできなかった。

 宙に打ち上げられたマーチ目掛けてボスが刃鞭を振るおうとしているのが、まるでスロー再生の様に見えた。

 

(おかしい――)

 

 マーチを撥ねる直前まで、ボスの刃鞭はマーチの刀に巻き付いていたはずだ。

 

 なのに、いつの間にかボスは左手にまで刃鞭を携えていた。

 右の刃鞭で、マーチの刀を絡め取り。

 

 今まさに、左の刃鞭をマーチへと振りかぶっている。

 

(――あいつまさか!)

 

 空中で身動きの取れないマーチを打ち刻むつもりか。

 それとも刃鞭を巻き付け、床や壁に叩き付けたりするつもりか。

 

 なんであれ、これは連携技の流れだ。

 

(あれは、阻止しないと――)

 

 ボスの刃鞭スキルコンボは、最注意攻撃だと、セイドに何度も言われていた。

 

 

 私は。

 

 

(――マーチが、死んじゃう)

 

 

 気を失ったままのルイルイと手に持っていた浄化結晶を、後ろにいるプレイヤー目掛けて一緒に放り投げた。

 

 マーチに1番近い私が助けるしかない。

 

 私にしか、できない!

 

(ごめんルイルイ!)

 

 投げてしまったルイルイには心の中で謝りながら、空いた手をそのまま背中の両手剣へと持っていく。

 同時に、全力で床を蹴って飛び出す。

 

 

「マーチィッ!」「マーチさんっ!?」『マーチ!!』

 

 

 キリトの叫びが、アスナの悲鳴が、攻略組の大勢がマーチを呼ぶのが聞こえた。

 

 

「――スッ!!」

 

 

 細く息を吸って両手剣を前に構え、突進系刺突技《レパード・チャージ》を発動。

 

 跳躍に剣技のアシストを乗せて一気に加速する。

 

 狙うのは、ボスの跨る白馬の後ろ脚。

 ボスが突進から着地した体勢のまま――つまり、マーチに後ろを向けている理由を想像した。

 

(あの体勢のままマーチに刃鞭を振るうってことは――)

 

 おそらく、ボスが仕掛ける追撃は、白馬による強烈な後ろ蹴り。

 

(――刃鞭で引き寄せてから、蹴り飛ばして、更に、刃鞭の剣技!)

 

 私が知っている刃鞭技とのコンビネーションからの予測でしかないけど。

 何もせずに眺めているより、可能性があるものに賭ける。

 

 《レパード・チャージ》は両手剣の剣技(ソードスキル)の中で、直線平面移動では最速・最長距離を誇る技だけど、デュエルじゃまず間違いなく使われず、モンスター相手にもほぼ使わない。

 軌道が単純すぎるからだ。

 

 でも、こういう風に距離を一気に詰めたいときには重宝する。

 

 視線だけでマーチの位置と状況を確認すると。

 刃鞭がマーチの首に巻き付けられていて、ボスがマーチを引き寄せたところだった。

 

(嫌な予測通りか!)

 

 

「――フッ!!」

 

 

 息を鋭く吐いて一気に剣を突き出す。

 

 単純な故に強力な一撃が白馬の後ろ脚に突き刺さり。

 

『――ッヒィィィイイイン!!』

 

 相応に大きなダメージに呼応して、首のない白馬が大きく(いなな)き身を(よじ)った。

 

 馬が暴れたことで跨っていたボスの動きが止まり、マーチが白馬のお尻に当たって私の傍に落ちてきた。

 

 スキルコンボの妨害に成功したらしい。

 

「マーチ! だいじょぶ?!」

「あ、あぁ……」

 

 マーチのHPは残り40%というところだった。

 ただ《眩暈(ディジィネス)》の阻害効果(デバフ)が発生している。

 

 フラフラと立ち上がりながらも、首に巻き付けられた刃鞭を何とかはずそうとするけど。

 

「くっ……!」

 

 眩暈のせいで上手くいってない。

 

「手伝う!」

 

 私も剣を背に戻して、マーチに巻き付いた刃鞭を解きにかかった。

 

 まずは、ボスから延びている刃鞭を掴んで、これ以上絞まらない様に――

 

「ガッ!」「あ!」

 

 ――しようと、したところで。

 

 刃鞭が昏い光を湛えて引っ張られた。

 

 眩暈を起こしているマーチは踏ん張ることもできず。

 

 かといって、私もそれを見過ごすわけにはいかない。

 

「うがぁぁああああああああ!!」

 

 

 私は全力で刃鞭を掴んで、ボスと綱引きをするような形になった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 マーチのHPが、満タン状態から恐ろしい勢いで減少していく。

 

 それを視界の端にあるパーティーリストで確認――

 

「シャァァァッ!!」

 

 ――した瞬間、PoH(プー)の隣にいた片手剣持ちのオレンジの男が斬りかかって来た。

 

 俺が一瞬でも意識を目の前から逸らしたのを見抜いての行動だろう。

 だが。

 

 俺はその男が斬りかかって来たのに合わせて、剣を躱しつつ静かに素早く男の足を払う。

 すると、片手剣持ちは自らの勢いそのままに、俺の横を転がっていく羽目になった。

 

「オイおい、誰が手を出せって言った?」

 

 しかしPoHは、そんな仲間の失態を笑いながら冷ややかに見つめるだけ。

 

「ぅ……し、しかしヘッド――」

「その男に一撃入れたきゃ、1人で突っ込むなって言ってんだよ。分かるか? ゼロムス」

 

 独断でフライングしたらしい《ゼロムス》と呼ばれた男は、とりあえず体勢を立て直しながら、俺の後ろで剣を構え直したようだ。

 

「ヘッドォ! それでもゼロの奴、あいつの後ろに回りましたし!」

 

 耳障りな声を上げたのは、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》幹部の1人、毒使いの《ジョニー・ブラック》だ。

 

「無駄とは、言えないと、思うが。独断は、やめろ、ゼロ」

 

 途切れ途切れのような独特な喋りをしたのは、PoHの隣に立つグリーンの刺突剣(エストック)持ち――仮面を付けた《赤目のザザ》――だ。

 

「マ、今のは、セイドの背後を取るためだった、ということにしてやろう」

 

 反射的に迎撃した結果、背後に回られたのは俺のミス――

 

(――と、油断してくれるとありがたいんだがな)

 

 ボス部屋の状況を確認したい衝動を何とか抑えて。

 

 ゼロムスのことなど大したことでもないとばかりに笑みを浮かべているPoHには、自分の考えなど全て読まれているのではないかと、うすら寒いもをの感じつつも。

 

 俺は《笑う棺桶》の戦力の分析に努める。

 

 

 ゼロムスの攻撃は最適なタイミングだった。

 だからこそ攻撃される可能性が最も高いと、こちらも読むことができた。

 

 背後に回られても、相手が犯罪者(オレンジ)である以上《警報(アラート)》の察知から漏れることは無いので、多少の注意を払えば如何様にでも対処は可能だが。

 

(PoHのことだ……俺の対応が間に合わなくなるように何かを仕掛けてくるはず)

 

「それじゃぁセイド」

 

 俺に思考する間など与えないとでも言うように。

 

 PoHは大振りのダガー《友切包丁(メイトチョッパー)》を手の内で(もてあそ)びながら。

 

「イッツ・ショウ・タイム、と行こうか」

 

 堂々と、笑顔のまま。

 

 俺へと《死刑宣告》を突き付けた。

 

 

 

 PoHの宣告と同時に前方に居たオレンジ2名――片手斧持ちと片手戦鎚持ち――が僅かな時差を付けて正面から襲い来る。

 

 俺の後ろを取ったゼロムスは動かない。

 未だグリーンを維持しているPoHと、その隣にいるザザも動かない。

 

 残りの2名――片方はジョニー、もう一方は名も知らぬ短剣持ち――は俺を挟むように左右に展開し、毒の塗られたピックを散発的に投げる構えを見せている。

 

(同時に7人を相手取るのは――)

 

 現実世界であれば、迷わず逃げる場面だ。

 どう考えても多勢に無勢、勝ち目はない。

 だが。

 

(――久しぶりだが(・・・・・・)、何とかするしかないな)

 

 この世界では、何度となく想定してきた状況の1つだ。

 とはいえ、不利であることは変わらない。

 

笑う棺桶(こいつら)相手に、どこまで通用するか)

 

 俺は正面から斬りかかって来た片手斧を右手の籠手で受け流し。

 

「ずぇぁああ!」

 

 続けて受け流しができないタイミングを見計らった、戦鎚を下から振り上げてくる男の攻撃を。

 

「フッ!」

 

 呼気に合わせて体を捻りつつ左足で蹴り上げる(・・・・・)

 

「ぅぉ!?」

 

 戦鎚持ちは、思わぬ反撃だったのか、武器を持っていた手を蹴り上げられたことで《剣技(ソードスキル)》の途中で手を離してしまい、スキルが不発で止まる。

 

 俺は蹴り上げた足を即座に振り下ろし、横へと受け流した片手斧持ちの背中へと叩き付ける。

 

「ガハ!」

 

 体勢が流れていた片手斧はその一撃で地面へとうつ伏せに倒れ――

 

『ッシャ!』

 

 ――るより先に、ジョニーと短剣持ちが構えたピックが光を放つ。

 

 投剣スキル《スプラッシュビット》――散弾銃の如き、面制圧用のピック専用投剣技。

 

 全て喰らったところでダメージは大したことはないが、2人の持っていたピックは全て毒が塗られている。

 状態異常を狙っての散弾といったところだろう。

 

(というか、アッサリ味方も巻き込む辺りがラフコフらしい)

 

 俺の近くに居る戦鎚と斧持ちの2人も、当然のように巻き込まれる範囲技だ。

 

(喰らうのはバカバカしいが)

 

 基本が布装備の俺は、この技によるダメージでも軽視はできない。

 本来なら回避して見せるところなのだが。

 

(こいつ、タイミングが上手い)

 

 俺が即回避の行動を起こさなかったのは、背後に居たゼロムスが。

 絶妙のタイミングで片手剣用上段突進技《ソニックリープ》の構えを取っていたからだ。

 

 俺が右足一本で立っている状態で、2人をいなすために体を捻ってバランスを崩しており、ピックを回避するためには前方へと跳ぶしかない状況で。

 俺を後ろから追撃するようにゼロムスが構えている。

 

 見事な連携だ。

 軽金属装備のゼロムスは、ピックのダメージなど気にせずに斬り込めることも織り込み済み、というわけだ。

 

 ジョニーたちの《スプラッシュビット》も、俺が後方に跳んだら絶対に喰らうように範囲を上手くずらしている。

 

(前方に跳ぶ以外の道を用意していない)

 

 PoHの笑みは、変わらず。

 ここまで全て、PoHの想定通りなのだろう。

 

(おそらく、避けても避けなくても(・・・・・・)、か)

 

 ピックの雨は、叩き落とすには左右からの数が多い。

 

 かといって誘導されるがまま前方に跳べば、背後からゼロムスによる追撃と、前方に待機しているザザとPoHに隙を晒すことになる。

 

 動かずにピックを受ければ、ゼロムスがそこへ斬り込んできて、こちらの隙を作り出し、ザザかPoHが追撃の構えに入る。

 

(――ってところか)

 

 

 一瞬の思考。

 

 ジョニーたちの投剣技を俺がどう防いでも、PoHを出し抜けるとは思えないが。

 

「フッ!」

 

 俺は戦鎚を弾き飛ばされた男の襟首を掴み、引き寄せ、左――ジョニー側に放り投げる。

 

「ぉ?」

 

 これだけで《警報》に示されていた【範囲攻撃の予測】領域を半分消す。

 残り右半分だけなら、俺に当たるものだけ叩き落とすことも不可能じゃない。

 

「チィィ!」

 

 狙いを半分潰されたと分かったのか、ゼロムスが《スプラッシュビット》に合わせて《ソニックリープ》で突っ込んでくる。

 タイミングは、やはり絶妙。

 

(この男、幹部候補の1人かも知れん)

 

 などという、どうでもいいことが頭をよぎった。

 

 俺との距離を一瞬で詰めたゼロムスの剣が。

 短剣持ちの放ったピックの雨が。

 

 俺に届くか否かというところで。

 

 

 PoHが、視界の端で動いたのが見えた。

 

 

 俺に当たる軌道に合ったピックは7発。

 うち、4つを叩き落としつつ、ゼロムスの《ソニックリープ》と残りの3つのピックを、体を屈めるようにして回避。

 

 ――したのだが。

 

「くっ!」

 

 PoHは、俺を無視してボス部屋へと向かって走り出していた。

 

 俺はPoHの進行方向へと、バク転をするように強引に跳んだ。

 

「無理が、過ぎるぞ、《空蝉》」

 

 そんな俺の行動まで、予測の範疇だったのか。

 

 俺の真横に、赤目のザザが跳び込んでいて。

 

 ザザの手にしている刺突剣が、赤い光を放っていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 俺はアロマの近くへと走り込んでいた。

 

 ルイさんをどう扱うかは分からなくても、アロマが次にしそうなことなら分かったからだ。

 

 まず間違いなく、マーチを助けに突っ込む、と。

 

 ボスの優先攻撃対象が《状態異常者》ということを抜いても、今のマーチを助けられるとすれば、一番近くに居たアロマだけだ。

 なら、ルイさんの回復を他に投げて突っ走るのが、アロマというプレイヤーだ。

 

 あまり長い付き合いではないが、そのくらいは俺にも分かった。

 

「アスナ!」

 

 俺はアスナの名を呼び、意識を切り替えさせる。

 

「っ! アロマとマーチさんのフォロー! D隊はルイさんを!」

 

 ルイさんを受け止められる位置に居たのはクラインたち《風林火山》だった。

 

 イッシンが麻痺から回復したところにルイさんが投げられたものだから、クラインも困惑していたようだが、それでもルイさんをしっかりと受け止めたのは流石だろう。

 

 風林火山のメンバーの1人が、すぐにアロマのが投げた浄化結晶を受け取り、ルイさんに――

 

「ッ?!」

 

 ――使う前に。

 

 

 アロマの突撃で動きを止めていたボスは。

 

 いつの間にか体勢を入れ替えていて。

 

 

 右の刃鞭を。

 

 

 ルイさん目がけて振り下ろすところだった。

 

 

「っさせるかぁッ!」

 

 咆哮と共に、俺は相棒たる黒い長剣(エリュシデータ)を握りしめ、体を転倒直前まで前に倒し、片手剣用突進技《レイジスパイク》でボスとルイさんの間に滑り込み――

 

「ぉぉおおッ!!」

 

 ――ギリギリのタイミングで刃鞭用重連撃剣技《ディスペア・グリーフ》を弾くことに成功した。

 

 あれは、相手に刃鞭を巻き付け、それを引き戻す際に多大な連続ダメージを与える、要注意の技だ。

 

 巻き付けられた状態からでも発動が可能で、それが首などの急所だった場合、一撃でHPの半分以上を持っていく可能性すら――

 

 

「うがぁぁああああああああ!!」

 

 

『――?!』

 

 ――唐突に。

 

 唸り声が上がった。

 

 

「アロマ!?」

 

 アスナが、叫び声の主を呼ぶが。

 

「なっ!」

 

 俺は、その理由を、理解した。

 

 

 アロマの突撃で、スキルコンボを中断させられたボスだったが。

 

 いつの間にかマーチの首には、刃鞭が巻き付いていて。

 

 それが、昏い光を放ちながら、引き抜かれようとしている。

 

 先ほどルイさんを襲おうとした《ディスペア・グリーフ》だ。

 

 マーチのHPは先の突進を受けた時点で注意域(イエローゾーン)に差し掛かっていたはず。

 

(マズイ! あのまま喰らったら!)

 

 防御力が高いとか低いという問題ではない。

 弱点に設定されている《首》への、剣技のヒット。

 

 マーチのHPを残すことなく磨り潰すのが、否応なく予測できた。

 

「アロマ!」

 

 俺はアロマの名前を叫んで駆け出し。

 

 アロマはマーチの首へと巻き付いていた刃鞭を引き抜かせまいと、全力で引っ張っていた。

 刃鞭と首が擦れぬように、締め付けを緩める様に。

 

 しかし――

 

「んぬぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」

 

 ――僅かに均衡したように見えた《綱引き》も、ボスの筋力値がアロマのそれを上回っていたようだ。

 

 何とか刃鞭から抜け出そうとマーチももがいていたが。

 刃鞭を握り締めるアロマと共に、マーチはボスへと引き寄せられながらHPを削られてゆく。

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」

 

 アロマの雄叫びも、気合いも届かず。

 俺が駆けつけるよりも早く。

 

 

 刃鞭は。

 

 

 

 

 無情に引き抜かれた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ッ!」

 

 赤目の刺突剣(エストック)が《剣技》の光を放ち、俺へとその切っ先を突き出す寸前。

 

 俺は両膝を引き寄せて体を丸め、バク宙のような形に体勢を入れ替えた。

 その際、膝がザザの顔をするような軌道を取ることで、ザザの視界を遮り剣の軌道を僅かにずれさせる。

 

 ギリギリのところで、奴の刺突剣は俺の背中を掠めるに終わった。

 

「なかなか、やる、な」

 

 俺としては、PoHに肉薄したところでこれをやりたかったのだが、致し方ない。

 

 後方への跳び込みと急回転による勢いを殺し切れず、俺は床を後転するように移動する羽目になったが。

 2回ほど転がった辺りで両手をついて飛び退く。

 

 ザザは《剣技》の技後硬直によって先ほどの位置からは然程動けていない。

 

 だが。

 

(PoHは!)

 

 俺は、災厄の権化の姿を探し視線を巡らせ――

 

「ぁ?」

 

 ――その姿を捉えた途端、奴が俺へ向けて浮かべていた表情の意味が分からなかった。

 

 

 PoHは。

 

 ボス部屋へなんて駈け込んでいなかった。

 

 駈け出した奴を止めようと跳んだ俺が、ザザに気を取られた時からほぼ動くことなく。

 

 歩みを止め、ただ悠然と立ち、昏く深い笑みを湛えていた。

 

「なん――」

「お前は、読み誤った」

 

 俺が口を開くのを見計らっていたように。

 PoHが笑みを深くしながら台詞を被せてくる。

 

「俺に注意するのではなく、あいつらに注意するべき場面だったはずだ」

 

 このPoHの言葉で。

 

「だが。お前は俺に気を取られ過ぎた」

 

 俺はここに来た最大の目的を思い出す(・・・・)

 

 

 俺の目的は、ボス部屋内部へと攻撃をさせないために、距離を保ちながらこいつらを牽制し、放たれる投剣を落とし続けることを最優先としていたはずだ。

 

 

 いつから、こいつらを相手に立ち回ることへと意識をシフトさせられた?

 

 

「っく!」

 

 慌てて――

 

「遅い」

 

 ――本命であったはずの《ジョニー・ブラック》と、短剣持ちを探そうとした俺を。

 

 正面から、ゼロムスの《ヴォーパルストライク》が薙いだ。

 

 

「グッ!!」

 

 

 《警報》の警告すら目に入っていなかった俺は、それを避けるのが圧倒的に遅れた。

 

 辛うじてバックステップすることができたことで致命傷こそ避けることができたものの、一撃でHPの半分を持って行かれた。

 

「っしゃぁああああ!」

 

 それと同時に。

 

 

 俺の僅か後方から、ジョニーの歓声が耳朶を打った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 首を削られたマーチは。

 

 

 

 

「~~っ!!」

 

 

 

 

 奇跡的に。

 HPを数ドット残して、床に倒れ込んだ。

 

 

 

 それは、アロマが引き寄せた奇跡だろう。

 

 刃鞭をアロマが掴んでいたことで、僅かにでもダメージを軽減させ。

 その前の白馬への一撃がスキルコンボを止めたからこそ、マーチのHPが残ったのだ。

 

「マーチッ!!」

 

 俺の悲鳴に近い叫びに、アスナが行動で答えた。

 

 俺と同様に、マーチとアロマの元へ駆けつけようとしていたアスナは、閃光の名にふさわしい速度でマーチの傍に辿り着き。

 

「ヒール! マーチさん!」

 

 即座に回復結晶でHPを全快させた。

 

「ふぅ……」

 

 俺はそれを確認して、思わずため息を吐いていた。

 

 本当にギリギリのところでマーチは命を拾った。

 その奇跡を引き寄せたアロマの行動は、誰にでもできることではない。

 

「すげーよ! アロマちゃん! よく――」

 

 クラインが声を上げ。

 

 俺も視線をアロマに向けたところで。

 

 

 

 

 マーチを救おうと、刃鞭を掴んでいたアロマは、ボスが刃鞭を引き抜く動きに合わせて釣り上げられたようにして宙に浮いていた。

 

 

 そのアロマの胸と首に。

 

 

 紫色に光るナイフが、それぞれ2本ずつ、突き刺さっていた。

 

 

「え……?」「は?」「なっ……」

 

 

 俺も含め、全員がそんな間の抜けた音を発した次の瞬間。

 

 

 

 

 ボスの刃鞭が。

 

 アロマを空中で何度となく打ち付けた。

 

 

 

 

「ぁ……アロマぁぁぁぁぁ!!」

 

 アスナの悲鳴が響く中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アロマのHPバーが消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、ジョニーの上げた歓声の意味が分からなかった。

 

 

 奴ら2人が放ったであろう毒の塗られた投剣の軌跡。

 それは明らかに空中へと向かっていた。

 

 

 そんなところに誰かが居るとは思えない。

 

 

 ふと、パーティーリストに目がいった。

 

 

 パーティーリストにあったマーチのHPは全快している。

 誰かがマーチを回復させたのだろう。

 ルイの《気絶》も《麻痺》も回復されている。

 

 

 

 その代わりに。

 

 

 

 アロマのHPは、何故か半分近くまで減少していて、

 

 

 

 その名前の横には《虚弱》を示すアイコンが点灯していて、

 

 

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

 

 アロマのHPが一気に減少を始め。

 

 

 

 

 0へと至り。

 

 

 

 

 名前の下にあるHPバーが。

 

 

 

 消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア…………ロ…………マ…………?」

 

 呆然と。

 

 アロマの名前を呼ぶのが精一杯だった。

 

 

 何が起きた?

 

 

 ――分からない。

 

 

 何があった?

 

 

 ――分からない。

 

 

 耳障りな声が何かを言ったように聞こえた。

 

 

 ――何を言ったか分からない。

 

 

 

 ボス部屋へと身体を向けた。

 

 後ろから、誰かの声が聞こえたような気がした。

 

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 

 《警報》の警告が何かを示した。

 

 

 そんなこともどうでもいい。

 

 

 体が何かに反応して左右に揺れた。

 

 

 それこそどうでもいい。

 

 

 

 パーティーリストにあるアロマの名前が。

 

 何故、灰色になっている。

 

 

 尚も身体がフラフラと揺れる。

 

 ユラユラと動く。

 

 だが、前進している感覚がない。

 

 

 足を見る。

 

 

 全く前に動いていない。

 

 立ち止まっている。

 

 だが、小さく前後左右には揺れて動いている。

 

 

 

 

 さっきから何なんだ。

 

 この意識に引っかかる五月蠅いものは。

 

 

 今はアロマのことを考えねばならないのに。

 

 

 とてもよく見慣れたものが、よく聞きなれたものが。

 

 身体を小刻みに動かしている。

 

 

 あぁ《警報》の警告か。

 

 

 さっきから反応しているのは――

 

 

「お前らか」

 

 

 ――6人のオレンジカラー共。

 

 

 

 

 ふと。

 

 意識が、少し前に聞こえた耳障りな男の台詞を再生した。

 

 

『ウハハハッ! やったぜ()ったぜ! やっと()り損ねてた《戦車(チャリオット)》を仕留めたぜぇ!』

 

 

 

 思考が少し回転する。

 

 

 アロマが虚弱に陥ったのは、この耳障りな声の――ジョニーのせいか。

 

 

 理性が、何かを訴えかけるが無視。

 

 本能が、何かを抑えようとするが無視。

 

 

 

 体が、頭陀袋を被った男へと向く。

 

 

 

 色々な警告が五月蠅く響く中。

 

 

 それら全てに、体が無意識に反応する中。

 

 

 

 全身の力を抜き、その直後、全力を込めて地を蹴る。

 

 

 

 

 

 

 

 湧き上がるのは。

 

 

 ただただ、純粋な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  《殺意》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ジョニー》と《ジュニア》のナイフで《戦車(アロマ)》が虚弱に陥らなければ。

 

 あの女は死ぬことは無かっただろう。

 

 

 ボスの優先攻撃対象の情報。

 視線による状態異常効果の情報。

 

 俺達が今回、奴等より先んじて入手した攻略情報の中で秘匿したのはこの2つだけ。

 

 ただ、致命傷となり得る2つ。

 

「ザザ、ジョニー、俺はこれで引き上げる。お前たちも適当なところで引き上げろ」

「ヘッド、最後まで、楽しまない、のか?」

「ちょ、ヘッドォ! この機会にあいつら全滅させちゃいましょうよぉ!」

 

 ザザとジョニーは俺の今回の目的を分かっていなかった。

 

「目的は果たした。奴らと本格的にやり合うのはここじゃない」

 

 今回は、あくまでもボス攻略に乱入し、数名の死者を出すことが目的だ。

 

「この人数で、攻略組の主戦力を相手にするのは、分が悪いからな」

 

 とはいえ。

 ここでこいつらの興を冷めさせてしまうのも問題か。

 

「ボスが倒されるまでの間なら、好きに楽しめ。そいつも相手をしてくれるだろう」

 

 俺は攻略組において、ある意味、最も警戒すべき相手《だった》男を視線で指さした。

 

「もう、抜け殻、だろう。殺して、終わる、つまらない、相手だ」

 

 ザザは言うが早いか、刺突剣を抜いて《ニュートロン》の構えに入り――繰り出していた。

 

 技の出が最速の細剣カテゴリの剣技だが、同じ刺突(ピアース)属性の刺突剣でも使用が可能だ。

 これを、背を向けているセイドに繰り出すとは、ザザも情けを知らない。

 

 だが。

 セイドは、それを見ずに躱していた。

 

 ほんのわずかに体を揺らすだけの、最小の動きで。

 

「ホゥ」

 

 多少の期待はしていたが、よもやアレを躱す程度には意識を保っていたのか。

 

 と、思ったのだが。

 

「サッサと死ねよ! 死に損ないが!」

 

 叫びとともに飛び出したジュニアの《ラピッドバイト》も。

 それに続いたゼロムスの《バーチカル・アーク》も、片手斧の《ベアーズ・ネイル》も、戦鎚の《ライノパクト》も。

 

 全てを紙一重で躱し。

 

 

「お前らか」

 

 

 そんな呟きが聞こえて。

 

 セイドは、ゆらりとジョニーへ向き直った。

 

 

 そのセイドの瞳を見て。

 

 昔こいつに感じたものに、間違いはなかったのだと確信する。

 

「ホラ、楽しませてくれそうだぜ? 思う存分やると良い」

 

 俺の台詞を聞いているのか居ないのか、分からないが。

 こちらの6人は、セイドへと、何かに突き動かされるように攻撃を開始した。

 

 

 それを確認したところで踵を返し――

 

 

「イイ目になったな、セイド。やはりお前は――」

 

 

 ――俺は下へと降りる階段を歩きながら。

 

 

「――こちら側の人間だよ」

 

 

 そう呟かずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 


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