ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

71 / 74
チャマ様、ささみの天ぷら様、シュケル様、路地裏の作者様、ポンポコたぬき様、エミリア様。
感想、ありがとうございます!m(_ _)m


勢いに乗って書いてしまっています……(-_-;)
誤字脱字・矛盾や不明点などあればお教え下さい(;一_一)




第八幕・騒乱

 

 

「えっ?」

 

 麻痺で倒れたのは。

 

「なっ?!」「おい!?」「何だ?!」

 

 

「アスナ!!」

 

 

 近くにいたキリトがアスナの名を叫びながら前に飛び出し、彼女に向けて放たれた刃鞭を打ち払わなければ、アスナは看過できないダメージを受けていただろう。

 

「っ……リカバリー……!」

 

 キリトの防御が功を奏し、アスナは何とか自力で解毒結晶を使用して麻痺を解除した。

 

「何があったのかね! アスナ君!」

 

 立ち直したアスナに、ヒースクリフが尋ねるも――

 

「わ、分かりません! 急に麻痺状態になってしまって!」

 

 ――当のアスナ自身も原因が分からなかったらしい。

 

 

 現状を、瞬時に頭の中で整理する。

 

 俺はボス戦に臨むにあたって《警報(アラート)》に、レイドメンバーに対しての《状態異常攻撃の警告》を入れてある。

 しかし、今のアスナの麻痺に《警報》は反応しなかった。

 

(どういう事だ……何故《警報》が反応しないのに麻痺状態に陥る)

 

 俺は状況を整理しながら、ボスの行動に注視した。

 今、アスナに何かした可能性があるとすれば、アスナの属するB隊が相手をしていたボスと考えるのが妥当だ。

 

「うぉ?! なんだ!?」

 

 今度は――やはりB隊の――壁戦士(タンク)が状態異常に陥った。

 但し、麻痺ではなく《暗闇》だった。

 

 そして今回も《警報》は反応しなかった。

 

(……これは……もしや……)

 

 考えられ得る可能性として最も高いものは、ボスの《特殊攻撃》だろう。

 

 暗闇に陥ったBの壁戦士は、その場で動かずに大楯で自身を隠すように構え、そこでボスの突進に襲われた。

 盾の上からだったのでダメージはあまり大きくは無かったが、突進の効果で大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「C隊スイッチ! セイドく――」

「ボスの特殊攻撃だ! 原因が分かるまでは回避・救助・回復を最優先! ボスのタゲはローテで維持! 近衛騎士(ロイヤルナイト)はE・Gで何とか抑えろ!」

 

 ヒースクリフが俺に何か言う前に、俺は悲鳴に近い指示を飛ばした。

 ボスの想定外の攻撃に、攻略メンバー全員に緊張が走る。

 

「うぐっ?!」

 

 そうこう言っている間に、今度はC隊の片手斧使いが《混乱》させられていた。

 

 

 ここまでの状況を見るに、このボスの特殊攻撃は《無作為阻害効果(ランダムデバフ)》と考えられる。

 

 問題なのは。

 

(何が原因で阻害効果を受けるのか)

 

 単純な状態異常付与の間接攻撃なら《警報》が反応するはずだ。

 つまり、プレイヤーに対して阻害効果を与える何らかのボスの行動。

 

 先の3人を思い出す。

 アスナ、壁戦士、片手斧使い。

 

 こいつらが状態異常に陥る前にボスは何をした?

 

(刃鞭技。突進。兜投げ。騎馬の蹴り。再度突進。刃鞭……)

 

 混乱させられた片手斧使いにボスが刃鞭技を繰り出し、しかし素早くフォローに飛び出したアスナが刃鞭を《リニアー》で弾くと、片手斧使いを軽く叩いて正気を取り戻させていた。

 

(……デュラハンの兜)

 

 俺は、いつの間にかボスの左腕に収まっていた兜を睨んだ。

 あの兜は、投げられた後、宙を漂ってボスの元へと戻る。

 

(あれだ)

 

 ボスの首。

 

 その目の所にある隙間から、怪しげな光が漏れている。

 ボス戦の開始時には、そんな光は発していなかった。

 

 

「ボスの目を見るな!!」

 

 

 よく思い返すと、ボスが投げた首を避けた時(・・・・)や、首がボスの手元へと戻る時(・・・)

 兜にダメージ判定があるため、その首の近くに居た者は、視線を向けてしまう(・・・・・・・・・)

 

 それがこのボスの狙いなのだろう。

 

(やってくれる。常時発動の《視線効果》か!)

 

 俺は指示を出しながら慌てて《警報》の設定を少し変更した。

 

 

 ボス戦に臨む際、俺は《警報》の設定をレイド仕様にしている。

 だが、効果対象を増やすだけだと、俺の視界は常に《警報》の情報で埋め尽くされてしまう。

 情報を整理させるために、危険度の高い物だけを察知するように設定を絞るのだが、この時、除外されてしまう効果がいくつかあり、それが死角となる。

 

 今回なら《常時発動型攻撃の警告》を除外していたことがそれだ。

 

 

「全員、ボスと視線を合わせぬように注意!」

 

 俺の言葉を受けて、ヒースクリフが指示を重ねる。

 

「状態異常に陥ってしまった者の救助はD隊とH隊で担当! F隊はE隊・G隊のサポート!」

 

 俺と違い、ヒースクリフは冷静且つ的確な指示を飛ばした。

 分析自体は出来ていても、指示を出すのが追いつかないことがあるのは俺の弱点だろう。

 

「あっ!」

 

 ヒースクリフの指示の直後。

 小さな悲鳴を上げて、倒れたのはアロマだった。

 

「アロマ!」

 

 

 視線を合わせるな、と口で言うのは簡単だ。

 

 だが、このボスは《首無し騎士(デュラハン)》だ。

 通常の人型モンスターと違い、首を投げたりすることで視線の位置が不規則に動く上、ボス本体は別の攻撃も仕掛けてくる。

 

 これは、厄介に過ぎる攻撃だろう。

 

 

 一瞬、この攻撃に対する対策を講じるべきか、というようなことを考えたが。

 今は。

 

「くっ!」

 

(考えるのなんて後だ!)

 

 俺は即座にポーチから結晶を取り出しつつ、アロマの元へと跳び込んだ。

 ボスのターゲットはまだアロマには向いていない。

 

 このボスは、敵対値に関係なく《状態異常》を起こしたプレイヤーに攻撃を仕掛けてきている。

 アロマが《転倒(タンブル)》した時も、アスナが《麻痺》した時も、《暗闇》や《混乱》を受けたプレイヤーに対しても。

 

 つまり。

 

(ボスが優先攻撃対象とするのは《状態異常》を起こしたプレイヤー!)

 

「セ……イド……」

 

 俺がアロマの元へと辿り着き、アロマを抱え上げたところで、ボスがアロマへとターゲットを向けた。

 何か言いたそうにアロマが口を開くが、今は無視してその場から飛び退く。

 

(優先攻撃対象。間違いなさそうだ)

 

 頭の中だけで情報をまとめ、退避しながら結晶を起動させる。

 

「リカバリー、アロマ」

 

 麻痺にも効果がある《解毒結晶》でアロマの状態異常を解除。

 アロマが元居た位置に向かってボスが突進を仕掛けたのも、このタイミングだった。

 

 他のメンバーに回避指示を出す間が無かったが、そこはヒースクリフがフォローしてくれいていた。

 

「ありがと、セイド」

 

 腕の中でアロマが呟き、悔しげに表情を歪ませた。

 

(体と別に動く首と視線を合わせるなってのは!)

 

 ハッキリ言って、至難だろう。

 

「状態異常者にボスの攻撃が向く! 全員でフォローし合え!」

 

 俺の指示の後も。

 状態異常に陥るプレイヤーは、後を絶たなかった。

 

 

 

 

 

 これまでのボス戦でも、常時発動型の攻撃を持っていたボスは居た。

 

 ただ、その場合。

 例外なく、ボス関連のクエストで知ることができていた。

 

 なのに――

 

「くそ……ヤバいな……」

 

 そう漏らしたのはマーチだ。

 

「状態異常回復系の結晶やポーション、そろそろなくなるぞ」

 

 ――今回のボスでは、その手の情報は、一切なかったはずなのだ。

 

「……アルゴやゼルクを筆頭に、情報屋がこの手の情報を取り漏らすとは考え難い」

 

 マーチの焦りは分かるが、今からではどうしようもない。

 

 それに、ボスの視線効果が判明してから十数分。

 状態異常に陥るプレイヤーが無くなることはないが、その頻度は確実に減ってきている。

 

「あ? あ~……そーいやそうだが……いや、セイド、今はそんな事より――」

「――なら何故、今回この情報が無かった?」

 

 ボスとの戦闘は状態異常者出しつつも、何とか戦線を維持することは可能になっている。

 近衛騎士側には特殊攻撃は無く、従騎士よりは攻撃力・防御力・HP量が総じて高くはなっているが、問題なく戦うことができている。

 

「セイド、このままだと、どこかでアイテムが切れる。何か――」

「――ヒース。待機ローテ中にこっちに回復アイテムを。救助が間に合わなくなる」

 

 マーチだけでなくキリトも同様の不安を抱えていたようだ。

 俺はアイテムの譲渡をヒースクリフに進言する。

 

「分かった。次のスイッチでC隊のアイテムをD隊・H隊に渡そう」

 

 これでアイテムは何とかなる。

 

「セイちゃん、何が気になってるの?」

 

 俺の様子を受けて、ルイが口を開いた。

 思考に意識を割きすぎていると、ルイは良く気付く。

 

「ボス情報の取り漏らしには1番気を付けていると、アルゴも言っていた」

 

 今回のボス戦に際して、俺が《常時発動型攻撃の警告》を外さずにいれば良かったのかもしれないが、《警報》に設定できるものには上限がある。

 

 常時発動系攻撃を使用するモンスターの数は多くない。

 情報が無ければ真っ先に外してしまう設定の1つだ。

 

「うぉぉぉおりゃぁぁぁああ!!」

 

 アロマの雄叫びが聞こえる。

 近衛騎士の撃破を速めるために、そっちに参加させている。

 

「ボス情報の統合も行われている」

 

 ボス関連の情報を得たプレイヤーは、攻略会議でそれらの情報を開示することになっている。

 攻略組以外のプレイヤーが偶然それらの情報を手に入れた場合――情報の正確性が判明し次第――高値で買い取るという告知も、今や知らぬ者はいないだろう。

 

「……何が言いたいんだ、セイド」

 

 嫌な予感を、マーチも感じたのだろう。

 

「つまり」

 

 マーチ、キリト、ルイが俺の言葉に耳を傾ける。

 

 

「誰かが、ボス情報を秘匿した」

 

 

 ボス情報を秘匿して、得をするプレイヤーは居ない。

 撃破ボーナスやLAボーナスに目が眩んだとしても、ボス攻略そのものに失敗しては意味がない程度のことは、誰にでもわかる。

 ボスに直結する情報の秘匿は、攻略の妨害にしかならない。

 

 そんなことをするプレイヤーは。

 

 

 奴等しかいないだろう。

 

 

「《笑う棺桶(ラフコフ)》か?」

 

 俺の思考を読み取ったマーチが、ハッキリとそれを口にした。

 

「そんな……」

 

 ルイが信じられないというように目を丸くした。

 キリトは、表情を険しくしたが、何も言わなかった。

 

 とりあえず、ボスとの戦闘は行えている。

 このことを考えるのはボス戦終了後でもいいだろう。

 

「今はボスに集中する。今の話は、終わってからだ」

 

 丁度C隊が待機ローテーションに入るところだった。

 とりあえず今回はH隊が状態回復のアイテムを受け取り、次のA隊の待機に合わせてD隊の《風林火山》がアイテムを受け取るように指示を出す。

 

「アイテムを受け取ったら散開。各隊を援護」

 

 H隊のメンバーも再度分散させ、状態異常者の救援をしやすいようにする。

 

 ボスのHPは残り6割。

 

 

 ボスの狂暴化をどう乗り切るか。

 俺はそのことに思考を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまっ!」

 

 そんな悲鳴と共に、次の状態異常被害者が出た。

 セイドの指示で散っていた俺の近くだ。

 

 DDA所属――俺が助けたくない奴ナンバーワン――の《ヴィシャス》だった。

 

(ったく……仕方ねーな)

 

 個人的には助けたくもないが、そういうわけにもいかない。

 

 俺がヴィシャスを回復させた直後、ボスの攻撃がこちらに放たれる。

 運よく刃鞭の剣技だ。

 

「シッ!」

 

 俺は居合い系剣技《水鏡(ミカガミ)ノサザメキ》で迫り来た刃鞭を弾き、ヴィシャスと共にその場から退避する。

 

「マーチさん、申し訳ないっす!」

「おう。手間かけさせんなよ」

 

 短いやり取りだけでヴィシャスはパーティーの所へと急ぎ戻る。

 

(ってか、今のが突進だったら、俺、どーすりゃいいかね……)

 

 まぁ、実際に突進だった場合は、刃鞭程早く攻撃はしてこない。

 ターゲットに向き直り、騎馬を嘶かせて突っ込むという動作が入るので、もう1~2テンポ間が空く。

 

 それだけあれば、状態異常から回復した奴共々、飛んで避けるだけの余裕があるだろう。

 

 それと、最重要事項として、俺達が状態異常に陥らないようにする、ということもある。

 これはまぁ、ボスから一定以上離れた状態を保ち、ボスの首を意識的に無視することで可能だ。

 

 ボスの《兜投げ》によるダメージは小さい、というセイドの《警報》情報もあるからこそできるのだが。

 この《意識的に無視》というのは、なかなかに骨が折れる。

 

(ま、面倒だが、仕方ねーよな)

 

 内心で愚痴りつつ、ヴィシャスが復帰したのを確認すると同時にボスのHPに目をやると。

 

「ボスの変化に注意!」

 

 団長殿の一喝が空気を引き締めた。

 

(半分を切ったか!)

 

 ボスの最後のHPバーが、残り半分を切ったところだった。

 

(が……狂暴化はまだしねーか)

 

 全員が気を引き締めるも、ボスは目立った変化を起こさなかった。

 次に狂暴化するとすればHP残量が危険域(レッドゾーン)に入る時だ。

 

「いよっしゃぁぁ!」

 

 このタイミングで。

 アロマの歓声が聞こえた。

 アロマだけでなく、近衛騎士の相手をしていたG隊全員が歓声を上げていた。

 

(近衛騎士の一方を撃破、か)

 

「GF両隊、Eと合流! 集中して一気に撃破しろ!」

 

 歓声を聞き逃さず、セイドが即座に指示を飛ばす。

 

 アロマも一旦セイドの元へと戻り、何か言われてからFの所へ跳んでいく。

 Fが相手をしていた近衛騎士のHPも残り4割程度だ。

 3隊+アロマでの集中攻撃なら、ボスのHPが危険域(レッドゾーン)に突入する前に終わるだろう。

 

(あとは、状態異常に気を付けつつ、狂暴化を乗り切りゃいいな)

 

 楽観はできないが、多少の波乱を見せた67層ボス戦も終わりが見えてきた。

 

 

 

「全隊、ボスの狂暴化に注意!」

 

 俺の予想よりもかなり早く、2体目の近衛騎士が撃破され。

 全員での攻撃を開始してから数分後、団長殿が再び一喝し、全員が気を引き締める。

 

 ボスのHPがついに危険域に突入した。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 そしてついに、ボスが狂暴化を見せた。

 

 ボスが雄叫びを上げて刃鞭を強引に振り回し、取り付いていたパーティーを一旦振り払う。

 と、白銀だった刃鞭が黒色へと変貌した。

 

「刃鞭への状態異常効果付属を疑え! 壁戦士(タンク)は全員スイッチ順を再確認! 回復アイテムの所持残量にも注意!」

 

 セイドの注意指示が飛ぶ。

 

(ま、疑えってか《警報(アラート)》による予測だろうから、確定なんだろうが)

 

 セイドはまだ《警報》のことを開示してない。

 だから指示が曖昧になるところもあるが、攻略組にいるメンバーで、今それを気にするやつはいない。

 

(それにしても、刃鞭に状態異常、か。めんどくせぇ効果付けやがる)

 

 刃鞭の長所である細かい刃は、1つ1つが発するダメージは決して大きくない。

 だが、それが連続している鞭状の武器であるため、1回の攻撃に複数回のダメージ判定がある。

 

 この複数回ダメージは、状態異常効果との相性が非常にいい。

 状態異常の発生確率は《攻撃を受けた回数》で増幅される。

 耐性系のスキルやポーションを利用していても、増幅に増幅を重ねられると、アッサリと状態異常に陥ることもあるほどに。

 

(下手に受けれなくなった……くそ……)

 

 念のために状態異常を受けなくなる《抵抗(レジスト)ポーション》は所持しているが、こいつは所持可能数が《1》に制限された、所謂(いわゆる)《奥の手》的なアイテムだ。

 その効果時間は5分。

 

 使用するタイミングを間違えるわけにはいかない。

 

「《抵抗ポーション》の用意は怠らぬように! 《耐毒ポーション》は切らさずに使用するよう注意! 状態異常者が出た場合はフォローと回復を優先!」

 

 団長殿もセイドの言葉を補い、的確な対処を指示する。

 この2人が指揮する戦闘は、やはり安心感がある。

 

(やっぱ注意すんのは《麻痺》だよな)

 

 団長殿の指示に従って、俺も含めた攻略メンバーは順次《耐毒ポーション》を呷る。

 

 

 この世界での《毒》に類するものは数が多い。

 最も基本的な《ダメージ毒》に始まり、ポピュラーな《麻痺毒》や《暗闇毒》、あまり見かけないステータスダウンの《虚弱毒》や、テキストも含めた会話が不可になる《沈黙毒》などなど。

 

 それら毒に類するものに対しての耐性値をまとめて上げるのが、耐毒ポーションや耐毒スキルだ。

 これら以外の《気絶》《行動遅延(スロウ)》《眩暈(ディジネス)》《行動不能(スタン)》などの阻害効果(デバフ)は、基本的に効果時間が短い。

 だが、例外的に効果が長い場合もあり、それらを治すためには、全状態異常回復の《浄化ポーション》や《浄化結晶》を使わなければならない。

 

 無論、用意はしてあるが、基本は耐毒を使用するのが常套手段となっている。

 

 

「来るぞ!」

 

 俺が耐毒ポーションを飲み干すと同時に、団長殿がボスの前へと躍り出て、騎馬による突進を十字盾で受け止めた。

 《吹き飛ばし》効果がある突進にもかかわらず、団長殿は微動だにもしなかった。

 

「相っ変わらず、バケモノな防御力してるぜ……」

 

 思わず声に出ていた。

 

「B隊! ボス側面から攻めます! C隊は逆側からお願いします!」

「分かった!」

 

 B隊のパーティーリーダーを務めるアスナが、団長殿の代わりに指示を出す。

 

 セイドはDからGまで部隊の再配置に奔走している。

 指揮を執るタイミングをしっかりと把握してるアスナを見て、流石副団長を任されているだけはあると、感心してしまった。

 

(っと、感心してる場合じゃねえ)

 

 ボスの狂暴化によって、ボスの首が常に本体の周囲を飛び回るようになった。

 刃鞭と併せて、状態異常に陥る確率は跳ね上がったと見た方が良い。

 

(救助優先、了解了解、っと!)

 

 ボスの首と視線を合わせぬように注意し、俺達は状態異常者の救助を優先しつつも、ボスへと遊撃を繰り出していく。

 

 

 不意に。

 

 

 俺の位置からは離れた所に居た風林火山のメンバーの1人が倒れた。

 確か《イッシン》という名だったか。

 

 カーソルを見ると、麻痺に陥っている。

 

(視線でも合わせたか? ま、あの場所なら)

 

 H隊の中でイッシンに1番近かったのはルイだ。

 

 倒れた男に即座に反応したルイは、鞭を振るってそのプレイヤーを引っ張り上げる。

 

 

 

 

 

 

 ――はずだった。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、想定外の事態だった。

 

 

 風林火山のイッシンが麻痺で倒れてしまった直後。

 

 《警報》が《状態異常攻撃の警告》を示した。

 

 

 ボスから、ではなく。

 

 

 

 俺達の背後から。

 

 

 

 それは、あまりにも急で。

 高速で飛来する《投剣》の《剣技》だった。

 

 

 他の指示を出していた俺に、その想定外の《警報》を叫ぶ余裕はなかった。

 

 

 その飛来した一筋の《投剣》は――

 

 

「……え?」

「っっ!? ルイィィィッ!」

 

 マーチから、悲鳴にも等しい叫びが上がった。

 

 

 

 ――ルイに、当たっていた。

 

 

 

 そして、ルイに投剣がヒットすると同時に。

 

 《警報》が最悪の警告を示した。

 

 

 

 即ち――【犯罪者(オレンジ)プレイヤーの察知】

 

 

 

 奇しくもそれと同時に、ログからメッセージが届き、自動開封されて視界に現れた。

 

 

「ヒースッ!!」

「む?!」

 

 

 俺はヒースクリフの名だけを叫び。

 

 出入口に向けて、飛び出した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「っっ!? ルイィィィッ!」

「ヒースッ!!」

 

 マーチさんとセイドさんの叫びを聞いて、わたしは何かがあったことを感じ取った。

 しかしセイドさんは、団長の名を呼んだきりで何も言ってはこなかった。

 

「む?!」

 

 流石の団長も、ボスの攻撃を受け止めた直後では、何があったのかを確認することができずにいた。

 わたしは一瞬の躊躇いの後、ボスから視線を背けてセイドさんの姿を確認し――

 

「セイド……さん?」

 

 ――ようとしたけど、そこにセイドさんは居なかった。

 視線を巡らせると、セイドさんがもの凄い勢いで出入口から飛び出していく姿を辛うじて捉えることができた。

 

(一体何が)

 

 視界の端で、風林火山のメンバーの1人が《麻痺》で倒れているのが目に入り。

 更にその奥で、ルイさんまでもが《麻痺》で倒れているのが見えた。

 

(そんな!? なんでルイさんまで?!)

 

 DoRのメンバーとキリト君は、ボスの視線効果の範囲外に陣取っていたはずだ。

 ルイさんまで麻痺で倒れている理由が分からない。

 

 わたしがそこまで理解した時。

 

 マーチさんがルイさんの元へと駆けつけようとしていることに気が付いた。

 ルイさんが麻痺に陥ったことに気付いた直後、真っ先に飛び出していたのだと思う。

 

 しかし、マーチさんの位置からルイさんの場所までは僅かに遠い。

 他の人も、ルイさんの麻痺への反応が遅れたようで、動き出している様子はない。

 

 ()く言うわたしも、ルイさんの所までの距離は、マーチさんよりも遠い。

 

 風林火山の攻撃役(アタッカー)――確か《イッシン》さん――の麻痺は、ギルドリーダーであるクラインさんが慌てながらも、即座に解除していた。

 クラインさんの行動は、良くも悪くも、迅速且つ適切だった。

 

 

 ただし、その結果として。

 

 

 ボスのターゲットは、自然とルイさんに向くことになる。

 

 

「団長!」

 

 わたしは咄嗟に団長の名前を叫んだけれど。

 デュラハン本体からの刃鞭を防いでいた団長に、騎馬の行動を妨害する間は無かった。

 

「おぉぉおおおおお!」

 

 ステータスが敏捷寄りのマーチさんは全身のバネもフルに使うことで、ボスが突進の構えを取ったと同時にルイさんの元に辿り着いた。

 

 しかしそれは。

 

(間に合わない!)

 

 

 先程、セイドさんがアロマを抱えて助けたようにして。

 

 

 マーチさんがルイさんを抱えて跳ぶだけの時間が、無い事を意味している。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「おぉぉおおおおお!」

 

 咆哮と共に出来得る限りの加速をし、俺はミハル(・・・)の元へと跳んだ。

 

 だが。

 

 ボスが突進の予備動作に入ったのも、視界の端に捕らえていた。

 

 

 妙に、時間が経つのが遅く感じた。

 

(このままじゃ)

 

 おそらく、俺がミハルの元へと辿り着くと同時に、あのボスは突進攻撃のモーションを完了させる。

 

 団長殿も他のパーティーのやつらも、ボスの攻撃を防ぎつつ攻撃を仕掛けてはいるようだが、ボスが行動を中断させる気配はない。

 

(抱えて跳ぶのは間に合わん)

 

 《麻痺》で身動きが取れないミハルの視線は俺に向いている。

 今のミハルの視界からは、ボスは見えていない。

 

 ミハルには、危機的状況だということは、分からないだろう。

 

(まぁ)

 

 俺は。

 

(仕方ねーよな)

 

 その選択を躊躇わなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ルイルイが倒れていて、マーチがそこへ駆けつけたのは分かった。

 けど、私にはマーチがそこで何をするつもりなのか分からなかった。

 

 だって。

 

(――居合いの構え?)

 

 マーチは、ルイルイの元に辿り着くや否や、居合いの構えを取ったからだ。

 

 そして。

 

 何を想ってか。

 

 

 一切の迷いも躊躇いもない様子で。

 

 

 ルイルイに向かって、全力で刀を振り抜いた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(コウ……ちゃん……)

 

 私の所に迷わず跳び込んできてくれたコウちゃんは、刀に手をかけていた。

 

「コ――」

 

 私が問いかけようとした次の瞬間。

 

 私は。

 

 

 コウちゃんに。

 

 

 

 斬られた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 俺は、ミハルに向けて全力で振り抜いた。

 

 

 当然、刀を鞘に納めたまま(・・・・・・・)、だ。

 

 

(しっかり受け止めてくれよ! アロマ!)

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 わたしは、マーチさんが何を考えているのかが分かった。

 

 分かってしまった。

 

 そして。

 

 

 それ以上の方法も、それ以外の方法も、無かっただろうことも理解できてしまう。

 

 

 あの状況でルイさんを助けるには、居合いの威力でルイさんを《殴り飛ばす》しかなかった。

 

 

 でもそれは同時に。

 

 

 

 マーチさん自身は、ボスの攻撃を回避する術を失うということだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 マーチの行動に、私は目を疑った。

 あの、ルイルイ命なマーチが、あろうことかルイルイを斬るなんて、と。

 

 でも、すぐに意味が分かった。

 

(マーチってば! やるじゃん!)

 

 鞘ごと振り抜く居合い技《氷雪(ヒョウセツ)ノイブキ》で、ルイルイを打ち上げたのだ。

 

 信じ難いほど強引な手段だ。

 それに、こんなことをしたマーチはオレンジカラーになってしまっている。

 

「っと!」

 

 飛ばされてきたルイルイを、私は全身を使って受け止めた。

 私のいる場所目掛けてルイルイを飛ばしたのも、見事だった。

 

(あんな一瞬で、よくまぁ!)

 

 マーチの技量には敵わないなぁ、なんてことを思いつつ。

 

 私は、受け止めたルイルイが《麻痺》と併せ、氷雪の効果で《気絶》していることを確認し――

 

 

 

「ッガッ!!」

 

 

 

 ――《浄化結晶》を取り出したところで、そんな呻き声が聞こえた。

 

 

 思わず、声の方向に目をやると。

 

 

「――っ?!」

 

 

 宙に打ち上げられたマーチの姿を目にして、私は呼吸することを忘れた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 これで、ミハルは助かる。

 

 

 だが。

 

(あ~、こりゃ躱せねぇな)

 

 俺の右手側から、既にボスの跨った白馬が突っ込んできていた。

 

 回避するには遅すぎる。

 この期に及んでは無理に回避を狙うより。

 

(少しでも、突進の勢いを受け流すしかねぇ!)

 

 俺は白馬の速度に合わせて――

 

(っ?!)

 

 ――少しでも受け流すべく体勢を変えようとしたのだが。

 

(刃鞭?! いつの間に!)

 

 俺の振り抜いた刀の鞘に、刃鞭が巻き付いていた。

 

 おそらくは、ボスがミハルに向けて振るった刃鞭を、俺の振り抜いた刀が受け止めていたのだろう。

 恐ろしい偶然もあるものだ。

 

 だが、この瞬間。

 

 

 俺は対応を誤った。

 

 

 咄嗟のことで、刃鞭に巻き取られた刀を、取り返そうとして引っ張っていた。

 

(しまっ――)

 

 失敗した、と思った時には。

 

 手遅れだった。

 

 

「ッガッ!!」

 

 

 気が付いた時には、騎馬にまともに撥ねられ、宙に居た。

 

 

 今の場合、俺は刀を即座に手放して、衝撃を受け流す体勢へと移行するべきだった。

 

(クッ……しくじった!)

 

 突進の直撃を受け、宙に打ち上げられた俺は、それでもまだ冷静だっただろう。

 確かに驚異的なダメージは受けたが、それで即死するほど防御力は低くない。

 

(下への落下ダメージも視野に入れて……今のうちに回復結晶を)

 

 使っておくべきだと、俺はポーチに手を――

 

「ぅ、ぉ?!」

 

 ――伸ばす前に、唐突に何かに《首》を引っ張られた。

 

 それも、今ボスが走り込んだ方向に。

 

(ぉ……い……嘘だろ……!?)

 

 引っ張られた反動か。

 俺は無意識のうちに、首に巻き付けられた刃鞭(・・・・・・・・・・・)を掴んでいた。

 

(まさか――)

 

 信じたくはない事だが。

 

 あの白馬の突進は。

 

(――スキルコンボの開始技かよ?!)

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

【ラフコフがボス情報を秘匿していた。そっちに何かするつもりらしい。気を付けろ。アルゴさんからです】

 

 

 ログからのメッセージと、部屋の外に出現した犯罪者(オレンジ)反応。

 この2つだけで状況は把握できる。

 

 

(ルイを麻痺させたのはラフコフ! あいつら!)

 

 まさか直接ボス攻略の妨害をしてくるとは、思いもよらなかった。

 

 

 俺は更に飛来し続ける、何かの毒が付与されたナイフやピックを、これ以上攻略メンバーを攻撃させぬよう、走りながら叩き落とす。

 叩き落とす時に、極々微小なダメージを受けるようにすることで、投げた奴らのカーソルをオレンジへと変化させる。

 

 現段階で、犯罪者反応は5つ。

 カラー回復クエストをこなした上でこちらに手を出してくるとは、念の入ったことだ。

 

 部屋を飛び出した俺は、すぐに犯罪者連中を視界に捉えた。

 

「貴様らぁぁぁあ!」

 

 こちらの存在を示すために一喝と共に走り込み、近すぎず遠すぎぬ位置で止まって身構える。

 

 想像通り、犯罪者(オレンジ)共は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のタトゥーをしていた。

 

 数は7。

 

 まだグリーンが2人いたが、俺の目的はこれ以上ボス部屋内部へと攻撃をさせないことが最優先だ。

 

(距離を保ちつつ牽制し、投剣を落とし続ける!)

 

 俺の姿を確認してか、犯罪者共は(にわか)にざわめきだした。

 

 

 

「ヨォ、セイド。久しいな」

 

 

 

 多数のざわめきに反して。

 

 静かに、悠然と、そいつは姿を現した。

 

 

「っ……PoH(プー)……!」

 

 

 殺人(レッド)ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のリーダーにして、最凶最悪の呼び声高き殺人(レッド)プレイヤー。

 

 《PoH(プー)》。

 

 知らずに聞けば、思わず気が緩んでしまいそうな名前であるにも拘らず、奴はこの世界で最も忌むべきプレイヤーとして、その名を轟かせている。

 

 相変わらずの黒雨合羽(ポンチョ)に身を包んでいるが、この男は高いカリスマ性を兼ね備えた蠱惑的な容姿と声の持ち主だ。

 

「まさか、お前まで来てるとはな」

 

 俺は静かに、意識を最大警戒状態にまで引き上げる。

 

 PoH1人だけを相手にしても、勝てる見込みは低いが、今は更に多数の犯罪者(オレンジ)が――

 

「さて」

 

 ――不意を衝いたPoHの、不吉な笑みと。

 

「セイド。ここに来てしまったお前には、後ろの事態はどうしようもないな?」

 

 ――言葉に。

 

 

 俺は辛うじて《笑う棺桶》連中に背を向けることなく、踏み止まった。

 

 

 ボス部屋の中で発生したオレンジの反応。

 

 視界の端にあるパーティーリスト。

 

 

 その双方で、マーチがオレンジ化したことを理解した途端。

 

 

 そこにある《マーチ》のHPバーが。

 

 

 

 

 急激に、減少していった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。