ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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やきざかな様、バルサ様、チャマ様、ささみの天ぷら様、路地裏の作者様、感想ありがとうございます!m(_ _)m

珍しいことに、あまり間を開けずに投稿することができました!
自分でもビックリです!(ぉぃ



第七幕・明滅

 

 

「B隊C隊、スイッチ! H隊、スイッチをサポート!」

 

 陣頭指揮を執るヒースクリフ氏の声が響き渡る。

 

 67層ボス攻略戦を開始してから、そろそろ30分。

 順調にデュラハンの馬を倒し、地に降りたデュラハンが、刃鞭専用の広範囲攻撃型剣技《ソーンエッジ・トーネード》を繰り出した。

 ボスの周りにいたパーティーがその《剣技》を避けるように後退したが、ボスを中心とした全方位剣技のため、完全に回避することができたのはアスナさんを含めた少数だった。

 

 しかし間を開けずに各パーティーがスイッチ。

 回復のローテーションを崩すことなく、今までのところは、私達の想定した通りに戦闘が展開されている。

 

「イイ感じ! だよね!」

 

 スイッチが完了したのを確認して、アロマさんもH隊の待機場所に素早く戻ってきた。

 

「ここまでは、問題ないですね」

 

 アロマさんのそんな感想に、私は更に一言付け加えようと――

 

「アロマが途中でコケたこと以外は、予定通りだったな」

 

 ――したが、先にマーチがそれを言ってしまった。

 

「ちょ! マーチ!」

 

 慌ててアロマさんがマーチに詰め寄ろうとすると。

 

「いや、あれは実際焦ったな。アロマ、もうちょっと足元に気を付けてくれよ?」

「キリトまでぇぇえ! もう大丈夫だし! 問題ないし!」

 

 キリトさんも容赦なく、アロマさんのミスを突いた。

 流石のアロマさんも、アレは痛恨事として受け止めているようで顔を赤くして反論している。

 

「ロマたん、気にしなくていいよ~」

 

 攻められるばかりのアロマさんを見かねてか、ルイさんがフォローに――

 

「ルイルイ~~! そう言ってくれるのは――」

「また転んでも~、さっきみたいに私が引っ張ってあげるから~」

「――うわぁぁぁぁ!! ルイルイまでぇぇぇぇ!!」

 

 ――回ったように見せかけて、しっかりトドメを刺しに行っていた。

 

(また、ルイさんは高度なことを……)

 

 そんな4人のやり取りを見て、私は他の攻略組メンバーが戦闘中だというのにもかかわらず、苦笑とともにため息を吐いてしまっていた。

 

 

 アロマさんは、開始前に何度も注意しておいたにも拘らず、騎馬のHPが残り2割を切った辺りで、古戦場オブジェクトである武具に足を取られて派手に転倒した。

 

 オブジェクトによる《転倒(タンブル)》の阻害効果(デバフ)が課され、数秒身動きを取れなくなったところに、ボスが馬を操って突進してきたのだ。

 立った状態であれば回避でき、仮に回避できずとも強烈な《吹き飛ばし》効果によって弾き飛ばされる突進攻撃だが。

 これを倒れている状態で喰らうと、致命傷になりかねないダメージが発生する(ことが《警報(アラート)》のダメージ予測で分かっている)。

 

 慌てた私やマーチ、キリトさんを尻目に、ルイさんが冷静且つ的確に、転倒したアロマさんの右足首に鞭を巻き付け、まるで鰹の一本釣りの如く、アロマさんを釣りあ――退避させた。

 あれが無ければアロマさんは――騎馬に踏まれることは無かったにせよ――助けに跳んだ私共々、突進によって看過できないダメージを喰らうところだった。

 

 まぁ、ルイさんも咄嗟の行動だったためか、退避させられたアロマさんが顔面から落下するというオチがあったが。

 

「自業自得です。次からは、本当に気を付けて下さいよ?」

「うぅぅぅう……分かってるよぉ……」

 

 顔面から落ちたアロマさんを視界に捉え、またアロマさんの上げた奇妙な悲鳴を聴いてしまった攻略メンバーが、揃って吹き出してしまったのは今後の語り草になりそうだ。

 

「ボス戦の最中に笑わせるとか。ほんと、高等テク過ぎて真似できーよ。ック!」

「いや、真似しようとするなよマーチ……プッ……」

「うぎゃぁぁぁああ! 思い出すなぁ! 忘れろぉぉお!!」

 

 場面を思い出してしまったのか、マーチとキリトさんが思い出し笑いを堪えようとして、見事に失敗していた。

 

 

 そんな笑いの交じるやり取りを聞きながら、私は油断なく戦況を見据えていた。

 

 ボスの3段あるHPバー、その1段目がもうすぐ削り切られる。

 偵察戦で得た情報アドバンテージを活かせるのはそこまでだ。

 

 そこから先はアルゴさんを筆頭とした情報屋プレイヤーの集めた、ボス関連クエストからの情報と推測による本格的な攻略となる。

 

「しかし、やっと1段か……ボス本体は3段しかねえってのに、時間かかったな」

 

 私の隣で回復ポーションを呷ったマーチが、そんなことを呟いた。

 

「最初に、防御力の高かった騎馬を倒していますからね。計算上だけなら、HPを2段分削ってるのと同義ですよ」

「まあ、時間はかかったけど、馬は無事に倒せたんだし、良いんじゃないか?」

 

 のんびりと答えたのは、回復の必要がほぼなかったキリトさんだ。

 

 一応彼もポーションを呷ってはいたが、実際には必要なかったのではないかと思う程にダメージを受けていなかった。

 因みに、騎馬のLAを取ったのは――やはりというべきか流石というべきか――キリトさんだった。

 

「確か~、アルちゃんの情報だと~、この後に何か出てくるんじゃないか~ってことだったよね~?」

 

 のんびりした口調はいつものまま、ルイさんが気を引き締めるように鞭と片手棍を握り直した。

 情報屋の筆頭プレイヤー《鼠のアルゴ》さんですら、ルイさんにかかってしまえば《アルちゃん》扱いである。

 

「ええ。クエストで『迷宮に居座った亡霊騎士には、それに付き従う騎士たちが居るらしい』という情報を得た、と」

 

 これまでの層でも時々あったが、ボス以外のモンスターが出現する場合《何々の影を見た》《何々が集まってくる》《何々を従えている》というような文言がクエスト報酬と共に聞ける。

 今回のボスに関しても、御多分に洩れず追加モンスターが居るだろう。

 それも騎士《たち》が。

 

「あ! 1段目無くなるよ!」

 

 ボスのHPを注視していたアロマさんが鋭く声を上げ、同時に両手剣に手をかけた。

 

「モンスターの出現に注意! AからC隊は引き続きボスを担当! DからH隊は周囲を警戒!」

 

 ヒースクリフさんからの指揮も、それとほぼ同時だった。

 

 

 そして、数秒後。

 ボスのHPバーの1段目が消滅するとともに。

 

 

『ォォォォォォォォォオオオオオオオオッ!!』

 

 

 呻きとも怒号ともとれる声が。

 部屋の外周から響いた。

 

 

 ボス部屋の構造は、簡単に言えば広い正六角形だ。

 

 その一辺に部屋の出入口があり、私達はそこに背を向けるようにしてボスと対峙。

 

 ボスの挙動として、騎馬に乗っている間は室内を縦横に走り回るが、騎馬を倒されると、降り立った場からほとんど動かなくなるという特徴があった。

 

 その特徴とボスの使う刃鞭専用剣技を考慮し、騎馬を倒す場所を部屋の中央付近とした。

 つまり、ボスを部屋の中央で固定する作戦である。

 結果としても、上手くボスを中央付近で囲むことができていた。

 

 だが、ボスを中央に置いた最大の理由は別にある。

 

 

 

 室内に怨嗟の声が響くとほぼ同時に。

 室内に散乱していた鎧オブジェクトのいくつかが、糸に手繰られるかの如く、部屋の外周――六角形の内角部分へと集まっていく。

 

「増援の出現予兆! 予測数()!」

 

 事前の打ち合わせ通り、()は雑魚の出現に合わせてD隊からG隊に指示を飛ばした。

 

 これが、ボスを中央に置いた理由。

 そして、俺が《増援は、最悪6体出現する》と予測した理由でもある。

 

「各隊1体を担当! 可能な限り壁際から動かすな!」

 

 それは、雑魚の出現予測位置だ。

 

 この六角形をしたボス部屋には、他の古戦場オブジェクトとは明らかに異なるものが存在した。

 それは《破損していない》6種の武器だ。

 

 騎士剣(ナイトソード)長柄鎚(ポールハンマー)騎兵槍(ブルードナス)槍斧(ハルバード)鎖鉄球(モーニングスター)死神鎌(デスサイズ)という、如何にも何かあり気な6種が地に突き立てられていた。

 

 その6種の武器が、それぞれ突き立てられていたのが部屋の角。

 偵察戦でそれを確認していた俺は、そこが増援の出現ポイントであり、同時に増援の使う武器であると予測したわけだ。

 

 この予測は、大まかには当たっていた。

 今、角にあった武器へと手繰り寄せられていく全身板金鎧(フルプレートアーマー)のオブジェクトは4つ。

 増援の出現を表す演出だ。

 

 俺は、良い意味で予測が外れたことに内心で胸をなで下ろしていた。

 出入口を挟む位置にある2か所の角――鎖鉄球と死神鎌の所――には、何の変化も起こらなかった。

 

(現段階では、出入口側の安全は保障されたと見ていいだろう。油断はできないが)

 

 部屋の外周に増援が出現すると予測した俺とヒースクリフは、ボスと近い距離で増援に挟まれることを避けるために、ボスを部屋の中央へ誘導したかったのだ。

 そして今、俺達の目論み通りに事態が展開した。

 

 

 

 出現した敵の増援――《首無し王の従騎士(デュラハンズロード・エスクワイア)》は4体。

 従騎士には頭も兜もなく、一見するとただの《動く鎧(リビングアーマー)》のようだ。

 

 その手には、突き立てられていた武器を、それぞれが握っている。

 出現位置は、まさに想定通りの位置。

 

 しかし出現数は、決して楽観できる数ではない。

 

「4体か……ほんと、予定ギリギリだな……」

 

 マーチが苦々しい表情でそうボヤいたのが聞こえたが、作戦は変更できない。

 

「H、4体時の予定通り各隊の援護。参戦は一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)呼びかけ(コール)を聞き逃すなよ!」

『了解!』

 

 俺の指示に呼応して、アロマ・マーチ・キリト・ルイがバラバラにDからGの援護に入る。

 

 遊撃要因として優秀なメンバーが揃っているDoR、そしてソロプレイヤーとしてその実力を広く知らしめているキリト。

 それぞれがメンバーの不足している各隊を援護しつつ、状況に応じて俺もそこに参戦するというのが、Hの役割だ。

 

 戦力としては若干劣るルイは、フルメンバーが揃っているD隊――《風林火山》の援護に回している。

 マーチが苦い表情をしたのは、必然的にルイと離れなければならないからだ。

 

(4体で助かった……編成・配置にも不備はなさそうだ)

 

 俺はボスとの戦闘が続いている部屋の中央付近に留まり、全体の戦況把握に努めると共に、いつでも、どこのパーティーへも援護に行けるように気を配る。

 

 従騎士の出現にも動じることなく、各隊は予定通り迎撃を始めていた。

 

 

「ふむ。ここまでは何とか順調に運んでいるようだね」

 

 俺と並び立つヒースクリフがそう呟いたのが聞こえた。

 それに答えるように、しかし視線を向けることなく、俺も言葉を紡ぐ。

 

「油断はできない。ボスのHPはまだ2段ある。3段目に入った時の変化と――」

「――最終段が半減したときの狂暴化、か」

 

 分かり切っていることではあるが、互いにそれを口に出すことで改めて認識し直す。

 このボス攻略は、中盤に入ったばかりなのだ、と。

 

「編成はギリギリ。何かあった場合、ボスは頼みますよ?」

「無論だ。その際は、君に全体指揮を任せる。期待しているよ」

「そうならないことを、祈ってます」

 

 俺とヒースクリフは、そんな会話を交わし――

 

「C隊A隊スイッチ! B隊はボスの背後には回らぬよう注意しつつ攻撃!」

「コール! Gサポート! D・E・Fは耐久主体(エンデュランス)!」

 

 ――それぞれの役割に応じた指揮を執る。

 

 

 時刻が昼の12時に差し掛かる頃、ボス戦は中盤へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――っしゃいませ。ようこそログ雑貨店へ』

 

 工房でアイテム製作をしていたあたしの耳に、お店を任せているNPCの常套句が聞こえてきた。

 

(あ……お客様……)

 

 基本的に表に顔を出さないあたしは、工房で何かを製作している最中には、NPCの声が聞こえないようにお店の設定をしている。

 何かの製作が終了して手を止めている時や、今みたいに昼食のタイミングで休憩を取る時などが、声の聞こえる数少ない例外だ。

 

(……顔……出してみようかな……)

 

 偶然ではあっても、お客様の来店に気付いたのだ。

 一応、店主として顔くらい見せるべきだろう。

 

 以前のあたしなら、そんなことを考えもしなかったけれど。

 

(成長したって、皆さんに言ってもらったけど……そうなのかな?)

 

 自分ではよく分からなかったけれど、改めて考えると、そういう事なのかもしれない。

 でも、未だにフードコートは外せない。

 テキストじゃない会話は上手くできない。

 

 まだまだ直さなきゃいけないところばかりだ。

 

(……よし、思い切って………………挨拶だけでも……してみよう……かな……)

 

 恐る恐る、あたしはお店側の扉をゆっくりと開けた。

 ドアが開いたことに反応したNPCが、ドアから離れるようにカウンターの中を移動したのが分かる。

 

 あたしはお客様の姿を確認する前に、大きく深呼吸をしてからドアをさらに開けて店側に――

 

「ぉ! 呼ぶ前に出てくるなんて珍しいわね!」

「ログさん! こんにちはー!」

 

 ――1歩踏み出した途端、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……ぁ……リズさん……シリカさん……」

 

 お店にやってきたのは、鍛冶師でライバルのリズベットさんと、ビーストテイマーとして名を馳せるシリカさんだった。

 

「って、ほんと珍しいわね……あんたが喋るなんて……」

「あたし、ログさんが喋ったのって、初めて聞いたかもです」

 

 お2人に揃ってそうツッコまれてしまい、あたしは気が動転して、大慌てでホロキーボードを操作した。

 

【おふたいrともいらっしゃいませ、いっしょにくるとはおもってまえんでしt】

 

 慌てたせいで、ミスタイプが目立った。

 

(うぅ……恥ずかしい……)

 

「アハハ! もう、ログってば! 落ち着きなさいよ」

 

 リズさんは、ため息交じりに明るく笑い飛ばしてくれた。

 

「そういえば、リズさんと一緒にログさんのお店に来るのって、初めてじゃないですか?」

 

 ふと、シリカさんが気付いたようにそう呟いた。

 恥ずかしくて思わず俯いてしまっていたけれど、よく考えると、とても珍しいメンバーが揃った気がする。

 

【あれ? そう言えばそうですね? 私とシリカさんで、リズさんのお店に行ったことはありましたけど】

 

 あたしのテキストを確認して、リズさんが大きく頷いた。

 

「そうなのよ! あたしもさ、さっきシリカが来た時に偶然気が付いたんだけど! ログの店にこのメンバーで揃ったこと、無かったのよね!」

 

 どうやらリズさんはそのことに気が付いていたみたいだ。

 

「えー! リズさん、あたしにもその事言ってくれなかったじゃないですか!」

「あんた……気付いてると思ってたんだけど……気付いてなかったってのが意外だったわ……」

 

 2人で揃ってきたというのに、妙なところでかみ合っていないシリカさんとリズさんを見ていて、あたしは思わず笑ってしまった。

 

【えっと。それで、何か御用でした?】

 

 とりあえず、2人が来た理由を訪ねてみると。

 

「あたしの方は、いつもの仕入れの話もあるんだけど」

 

 リズさんがそこで言葉を切って、シリカさんに視線を向ける。

 

「今日はですね!」

 

 するとシリカさんが勢いよく、何かをポーチから取り出した。

 それは、小さな四角い、赤い箱。

 リズさんも、シリカさんのそれより1回りほど大きい薄緑色の四角い箱を取り出していた。

 

「3人で、一緒にお弁当食べませんか!」

 

 

 

 

 シリカさん・リズさんに昼食に誘われたあたしは。お2人を店の庭へとお通しした。

 店の立地的に、庭から見えるのは《浮遊城(アインクラッド)の外》になる。

 

「やー! 良い風ねー、ここ!」

 

 リズさんはそう言って、浮遊城の外周との柵の近くで大きく伸びをしている。

 

「夏なのに、涼しくていいですね。ね、ピナ?」

「キュルルゥ!」

 

 シリカさんもピナちゃんも、ここの風を気に入ってくれたみたいだ。

 

【テーブルとか用意が無いんですけど、大丈夫ですか?】

 

 庭は前々からあったけど、何かに使うことも無かったので、芝生と柵とプランターくらいしかない。

 

「テーブルなんて要らない要らない! 芝生があるだけで充分よ!」

 

 言うが早いか、リズさんは大胆に芝生にすわ――

 

「って、リズさん?! お行儀が悪いですよ?!」

 

 ――るのではなく、寝転がってしまった。

 

「いいじゃん、あたし達しか居ないんだし! ん~! 気持ちいぃ~! 天気も良くてさいっこーぅ!」

 

 シリカさんの苦言もなんのその。

 リズさんは、本当に気持ち良さそうに芝生の上で仰向けになっていた。

 

【気に入っていただけたなら、なによりです】

 

 あたしはそんなリズさんの近くに腰を下ろして、ルイさんお手製のお弁当を取り出した。

 今日はボス戦ということもあって、ルイさんは『簡単なものでごめんね~』と仰ってたけど、とても簡単なものではないと思う。

 

「わ! ログさんのお昼って、店売りの物じゃないんですね!」

 

 あたしの隣に座ったシリカさんが、ルイさんの作ったサンドイッチを見て歓声を上げた。

 

「どれどれ?」

 

 シリカさんの言葉に反応して、寝転んでいたリズさんも体を起こして、あたしのお弁当を覗き込んでくる。

 

「……おぉ~……これは……なんて手の込んだサンドイッチ……」

 

 お2人に覗きこまれて、あたしは思わずお弁当を隠すような動きをしてしまった。

 

「ちょ! 取ったりしないから、そんな隠したりしなくていいわよ!」

「はぁ~……あたしも料理スキル、取ってみようかなぁ」

 

 リズさんとシリカさんも、それぞれご自分の持ってきたお昼を取り出して、膝の上で広げる。

 店売り、と仰っていたお2人のお弁当も、NPCショップのものではなく、料理スキルを極めた、所謂《料理人》プレイヤーのお店で売られている立派なものだった。

 

【お2人とも、立派なお弁当です。高かったんじゃないですか?】

「あ~、これね。あたしの知り合いがやってる店のやつでさ。ちょっと安くしてもらえるから、贔屓してんのよ」

「……ちょっと……ちょっとって言うんですか? あの料理人さん、泣いてましたよ?」

 

 リズさんの台詞に、シリカさんがジト目でツッコミを入れた。

 

「いいのいいの! あたしんところで厨房器具とか料理道具とか、色々面倒見てやってるんだから。あのくらいでガタガタ言わせないわよ!」

 

 相変わらず、リズさんは豪胆な人だ。

 あたしだったら、お店関係の繋がりでもそんな付き合い方は絶対できない。

 

「それに。ログんとこの……ルイさん、だったわよね? あの人みたいに、手の込んだ料理が作れるわけじゃないのよね……」

 

 そう愚痴をこぼしながら、リズさんはお弁当を1口食べる。

 

「勿論、これはこれで美味しいのよ? NPCショップに比べれば圧倒的に」

 

 シリカさんもムグムグと口を動かし、飲み込んでから一言。

 

「そうなんですよね。でも、なんでだろ……ルイさんの料理と比べると、一段落ちる……って言うんでしたっけ?」

 

 ルイさんの手料理を食べたことのあるお2人にしてみると、やはり《料理》スキルをマスターしている人の料理にも、プレイヤーによる差があることは分かるらしい。

 

「多分、手の込み方だと思うのよ! ログのサンドイッチみたいに、パンから手作り! とか、A級食材使ってます! とか!」

 

 リズさんの見立てで、当たっているところと間違っているところがある。

 

【パンは手作りですね。でもA級食材とか、高価なものはないです】

「パン、手作りなのは当たってるんですね……」

【小麦を入手して、小麦粉を作るところからこだわってました】

 

 あたしのその言葉に、お2人は目を丸くして手を止めてしまっていた。

 

「小麦から……流石にそれは予想外だったわ……なんて職人魂……負けてられない……」

 

 ルイさんに職人として負けられない何かを感じたらしいリズさんは、目を閉じ、唇を引き結んで、握り締めた拳をプルプルさせていた。

 

「……あたし、料理スキル取ったとしても……そこまでこだわれるかな……」

 

 シリカさんは、まだ取ってもいない料理スキルに対して、なにやら打ちのめされた様に俯いてしまっていた。

 肩に乗っていたピナちゃんが、心配そうにシリカさんの様子を覗き込んでいる。

 

【えと、あの、ルイさんが凄いだけで。私もそんなにこだわったことはできませんし】

【料理スキルがあると、食費が安く済んだりしますから、あると便利です】

 

 あたしは慌ててテキストを打ちこんだけど、効果があったかどうかはよく分からない。

 

「はぁ~……ま! スキルマスターしても、人によって差があるってことよね!」

 

 リズさんは気を取り直したようにお弁当を食べ始めた。

 

「ほら、シリカも! あたしの知り合いの料理だって悪くないでしょ? 折角こんないい場所で食べてんだから、もっと楽しく食べよ!」

 

 リズさんに励まされたシリカさんは、笑顔と共に顔を上げた。

 

「そうですね!」

 

 と明るさを取り戻し――

 

「でも、ちょっと怖いですよ……この景色は……」

 

 ――たけど、庭の柵の外を眺めて、その笑顔を少し引き攣らせていた。

 

「そう? あたしはそんなに怖くないけど」

 

 シリカさんとは対照に、外の景色を見ても怖がる様子の無いリズさん。

 

【あまり近づかないで下さいね】

 

 あたしも食事をしながら、片手でキーボードを打った。

 

 柵は高めに作ってあるから、わざと乗り越えようとしない限りは安全なはずだけど。

 危険な場所であることには変わりない。

 

「でもさ、やっぱこういう景色見てると、現実じゃないんだなぁって、改めて思うわよね」

「そうですね……現実ではあり得ない風景です。とても綺麗なんですけど」

 

 リズさんの台詞に、シリカさんが続けた。

 

「やっぱり、綺麗すぎるっていうか。幻想的すぎるって感じですね……好きなんですけどね、こういうの」

 

 何となく、空気がしんみりしたものになってしまっている。

 

(えっと……えっと……こういうときは……)

 

【そういえば、47層のフラワーガーデンも綺麗ですよね】

 

 話題を変える時は、脈絡を酌んだうえで、別の話題にすり替えることが有効である。

 というのが、セイドさんからの受け売りだ。

 

「あぁ! あの一面の花畑ね! あれは見惚れたなぁ!」

「あたしも良く行きます! ピナのためのアイテムもあるからですけど、やっぱりあの層全体が――」

 

 あたしの咄嗟のテキストに、リズさんとシリカさんも雰囲気を一変させて、明るく話をし始めた。

 

(さすがセイドさんだ……助かりました……)

 

 あたしは小さくため息を吐いて、お2人が和気藹々と話のを聴いたり、相槌を打ったりしながら、お弁当を食べていった。

 

 

 

 そんなこともありながら、全員がお弁当を食べ終わって、他愛もない雑談で盛り上がっていた時。

 

 

 

「ローちゃん! ローちゃん居るカ?!」

 

 

 という、大きな声が聞こえた。

 

(あれは、アルゴさん?)

 

 あたしだけではなく、シリカさんとリズさんも、揃って声の聞こえた方向に顔を向けていた。

 

「今のって、アルゴさん、ですよね?」

「だと思うわ。ローちゃんって、ログのこと?」

【です。アルゴさん、私のことをそう呼びます】

 

 あたしは立ち上がってリズさんに答えながら、庭からそのまま、お店の外側に顔を出した。

 

【アルゴさん?】

 

 あたしはテキストの表示可能範囲にアルゴさんらしき人物がいることを確認したうえで、そう呼びかけた。

 

「あ! そっちカ! ローちゃん、居てよかったヨ!」

 

 あたしの姿を確認したアルゴさんは、砂煙が上がりそうな勢いであたしの目の前まで駆け寄ってきた。

 

「ローちゃん! 緊急ダ! 今すぐセイドにメッセ送ってクレ!」

 

 アルゴさんは、とても慌てている様子で捲し立ててきた。

 

「ちょっと、どうしたのよアルゴ。そんなに慌てて」

「何かあったんですか? アルゴさん?」

 

 アルゴさんの様子を悟ってか、リズさんもシリカさんもあたしの近くまでやってきていた。

 

「メッセの内容を聞いてくれればわかるカラ! ローちゃん!」

【k】

 

 アルゴさんの様子を受けて、あたしは即座に伝言結晶を使用していた。

 

 ボス部屋に居るセイドさんたちには、これを使わないとメッセージを送れない。

 それと、アルゴさんが自分でセイドさんたちにメッセージを送らなかったのにも理由がある。

 セイドさんたちはボス戦などの最中、余程のことが無い限りメッセージを開かないし、受け取らない設定をしている。

 これは、攻略組全体での共通事項らしい。

 

 過去に《インスタント・メッセージ》を悪用した戦闘妨害が流行ったことがあったのだそうだ。

 戦闘中のプレイヤーに大量にインスタント・メッセージを送りつけて視界を塞ぐという、オレンジプレイヤーによる妨害行為だったと聞いている。

 その対策として、戦闘中にはメッセージを受け取った情報すら表示させないのが基本になったと教えられた。

 

 その中でも例外的に、セイドさんはあたしからの――というか、DoRメンバーからの――メッセージだけは常時受け取るように設定している。

 何かあった場合の緊急連絡用だ。

 

「まーたなにか、ボス関連のクエ情報でも取り漏らしてたとか?」

 

 リズさんがヤレヤレというような雰囲気でそんなことを言ったけれど。

 アルゴさんは一切気にした風も無く。

 そして、それに答えている時間すら惜しいというように、取り合わなかった。

 

「じゃ、今から言うとおりに打っテ!」

 

 そう前置きして、アルゴさんが語った内容に。

 

 

 あたしだけではなく、リズさんも、シリカさんも、全身の血の気が引くような感覚を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がそのメッセージをログから受け取ったのは。

 

 

 

 既に状況が、最悪な方向へと廻ってしまっていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 67層ボス攻略戦も中盤から終盤へと差し掛かろうとしていた。

 

 部屋の外周に現れた《首無し王の従騎士(デュラハンズロード・エスクワイア)》4体は、担当する各隊が撃破の1歩手前まで追い込んでいた。

 

 ボス本体も、2段目のHPバーがそろそろ削り切られる、というタイミング。

 

「ヒースさん」

 

 俺はヒースクリフに声をかけた。

 

「ボスの2段目、削る前に従騎士(エスクワイア)を潰そう。ボス担当パーティーに耐久指示を」

「うむ。ボスへの攻撃を一旦中止! A隊B隊はスイッチ、回避と防御のみに集中!」

 

 他のゲームでも時折ある仕様として、雑魚を回復させる、というボスの能力がある。

 今回ここで俺が警戒したのは、まさにそれだ。

 

 それに、増援の追加もあり得る。

 いや、あるだろう。

 

 出入口を挟む位置にある死神鎌と鎖鉄球の2つが、ただの飾りだと考えるのは都合がよすぎる。

 

(今のうちに従騎士4体を撃破し、追加の2体とボスの変化に対応させるだけの準備を)

 

 俺はヒースクリフの指示に続いて増援担当のパーティーに指示を飛ばす。

 

「各隊、一気に従騎士を殲滅! 次の増援に備える!」

『了解!!』『応!!』『おっしゃぁ!!』

 

 それぞれから気合の入った返答がある。

 それから数分後には、各隊がほぼ同時に4体の従騎士を撃破した。

 不安に思っていた要素――従騎士の持っていた武器――も、撃破されると同時に消滅していた。

 

(これで、ボスが武器を切り替える可能性があったとしても、その幅を狭められた)

 

 俺はヒースクリフに声をかけようと――

 

「よし、ボスへの攻撃を再開! 2段目を削り切る! 全員、変化に注意せよ!」

 

 ――したが、必要はなかったようだ。

 俺は俺で次の指示に集中するべきだったか。

 

「DからHは回復忘れるな! 回復後、雑魚の出現予測位置にはEとGで対応! D・F・Hはボスの削りサポート!」

 

 ヒースクリフに関して、俺が心配する必要など何もなかった。

 今更と言えば今更だが、改めてそのことも認識し直す。

 

 俺の指揮でDからHがそれぞれ行動を開始し――

 

「よっしゃぁ! 2段目無くなるよ!」

 

 ――たかと思えば、速攻でアロマさんがボスに強烈な一撃を打ち込んでいて。

 

 見事にボスの2段目が削り切れるところまで追い込んでいた。

 2段目のHPバーを削り切るのに要した時間は、約30分といったところだろうか。

 

「いやぁ、相っ変わらずアロマちゃんの攻撃はハンパねーなー」

 

 俺の右手前で、そんなことをぼやいたのは《風林火山》のリーダー、刀使いの《クライン》だ。

 

「ま、あのくらいの威力は出してもらわにゃ、俺らとしても困るがな」

 

 そのクラインと並んで立っていたのはマーチだ。

 この2人、刀使い同士ということで、色々と会話に共通点があるらしく、時折《刀談議》に花を咲かせているのを見かける。

 

「あの威力は、刀じゃ出せねえからなぁ」

 

 顎鬚をさすりながら、クラインがそんなことを呟いた。

 

「お前らもさっさと構えろ。ボス変化来るぞ」

 

 俺はクラインとマーチの背中を同時に叩く。

 

「お、おう」「あいよ」

 

 その直後、ボスのHPバーの2段目が消滅した。

 

 

 

 ある意味、その後の変化も予想通りだった。

 

 出入口を挟む位置に残り2体の増援――従騎士(エスクワイア)よりも強力な《首無し王の近衛騎士(デュラハンズ・ロイヤルナイト)》が出現。

 使用武器は当然、鎖鉄球(モーニングスター)死神鎌(デスサイズ)だった。

 

 ボス自体の変化としては、ヒースクリフの予見通りに《騎馬》が再出現した。

 

 開始時のそれとは違う白い騎馬だったが、首が無いという点では同じだ。

 そして、最も大きな相違点として、ボスと騎馬のHPが共通となっていた。

 

「ボスと騎馬のHPは一体化している! まずは騎馬へ攻撃を集中させダメージの通りを量る!」

 

 ヒースクリフの指示が響き渡ると共に、ボスが跨った白馬が――首が無いのにどうやってか――大きく(いなな)き、こちらへと突撃してきた。

 

「っ! 担当を変更! AからD及びFはボスを! E・G・Hで近衛騎士(ロイヤルナイト)を抑える!」

 

 俺はその突撃を回避し、即座に指示を飛ばす。

 

 騎馬のみを倒すことができないということは、これ以降、ボスは騎馬に跨ったまま、部屋を縦横に駆けて攻撃してくるということになる。

 

「E隊G隊もボスの行動に無作為敵対視(ランダムヘイト)があると思え! Hは分散! 補助パーティーはそのまま! ヒースさん、ボス指揮は今まで通り!」

『了解!』「心得た」

 

 ボスの行動の変化は騎馬を得たことだけではなく、自身の首を投げつけるという攻撃や刃鞭剣技の追加など、いくつかあった。

 

 だが、これまでもボス戦を数多く経験してきた攻略組には、大した脅威ではなく。

 

 

 こうして俺達は、ボスのHPバー最終段――67層ボス戦の終盤へとスムーズに

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 移行した、と思った矢先。

 

 

 

 攻略メンバーの1人が。

 

 

 《麻痺》で倒れた。

 

 

 

 

 





2014/05/27
 アスナ参戦中を示す描写を追加。

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